ある日の放課後、巴マミは急いでいた。
この後、仲間を集めてのお茶会の準備があるからだ。
「すみません」
彼女はあまり交友関係の広い方ではない。だから、自分が呼ばれたのではないと思った。
普段から聞き覚えのある声ではなかったから。
もう一度、呼び止められるまでは。
「すみません。待ってください」
再び背後から発せられた小さな声には、マミは少しだけ聞き覚えがある。
違和感を覚えて振り返った彼女の前に、先日突然現れた魔法少女、藤乃が立っていた。
予想外の再会。驚きはそのまま言葉として発せられる。
「小牧さん、あなたもこの学校の生徒だったの!?」
「ええ…… 私は、お医者様からも許可は頂いていましたから」
――噛み合わない……
毎回どこかズレた答えを返す藤乃に、彼女は苦手意識を持っていた。
初対面の印象があまり良くなかった所為もあるだろうか?
いや、それだけではない。間違いなく。
けれど、ほむらを助けたいという点では、自分と同じ気持ちを持っているとマミは思いたかった。
「それよりも、ほむらさんに私へと接触してこないのは何故でしょう?」
藤乃は、そう言ってから思案する。
少々言葉の繋がりがおかしい。まとめ切れなかった言葉が、一度に出てしまったのだろう。
思ったより、子供っぽいのかも知れない。この時点では、彼女はそう思った。
「……失礼しました。今の言葉は正しかったでしょうか?」
「意味は分かるわ。でも、あなたの言いたいことが、正しく言えていなかったかも知れないわね。落ち着いて、言葉を整理してから話してくれる?」
はい。と答える藤乃を見ながら彼女は考える。
マミには彼女が言っていた様に、ほむらと一緒に過去へ行くという荒唐無稽な話には流石に決心がつかない。
そもそも、ほむらがどこまでの助けを必要としているのかも、分からなかった事の一つだ。
……ともかく、彼女ほど思い切り良くはなれないけれど、マミも少しだけでもほむらを手助けしようと思っていた。
「これから暁美さんたちとお茶会をするのだけれど、あなたも来るかしら?」
既に一緒に行くと決心しているのなら、お互いの仲が良くて悪いことはないだろう。
彼女はそんな考えでお茶会へと招待した。
誰しも無駄に敵を作るつもりはないし、彼女にとってはどちらも守るべき後輩なのだから。
「おお、救世主様と共にお茶会ですか。招待していただけるのでしたら喜んで!」
そこで、マミは初対面でとても印象の強かった彼女に、何故一度で気付かなかったのかようやく気付いた。口調と声量が、先日とは全く違っていたからだと。
今はまだ先日に比べれば声量が抑えられているけれど、口調が戻っている。
背伸びしたいお年頃なのか、そう考えると自然と顔には笑みが作られていた。
談笑しながら歩いていると、何かが引っかかる。
――何か忘れているような気がする。
次の瞬間、当初は急いでいたはずなのに、ゆっくりとした歩きとなっていたことに気付いた。
予想外の人物の登場で、予定より遅れてしまっている。帰宅とお茶会の準備を急がなければいけない。
「ちょっと急いでもらえるかしら? 準備をしなくちゃいけないの。手伝ってもらえる?」
だから、マミは軽く微笑んで藤乃を急かした。
お茶会の参加者が増えるのは、彼女としても喜ばしいことではあったから。
再び肯定した後輩を連れて、家路を急いだ。
◆
巴マミの開くお茶会への参加者は、ここ最近は上条恭介を介抱するために美樹さやかの欠けた三人であった。けれど、今回は参加者数が戻り少しだけ賑やかさを取り戻すことになる。
二人目の参加者である杏子が到着した直後は、小牧藤乃の存在に非常に驚いていた。
そしてまた、もう一人の被害者が到着する。
「どうも、ご無沙汰しております」
「あなた! どうしてここに……」
ほむらが残る二人を見回すと、マミはすまし顔、杏子は肩を竦める。
彼女の存在を既に知っていたマミと杏子の予想通り、ほむらは驚いていた。
しかし、同時に好都合だとも考えていた。彼女もまた、協力者候補の一人ではあったから。
参加者がそろった所で、思い思いに机を囲むように座ると紅茶が配られる。
菓子がないところを見ると、お茶会は話をしてからと言うことなのだろう。
「まず、小牧さん。あなたは私が何をしようとしているのかは知っているの?」
「先日の話は、おおよそ聞いていましたので……」
ほとんどの内容を立ち聞きしていた事を怒られると思っていたのか、藤乃の反応はやや鈍いものだった。
彼女をどこまで信用して良いかわからない以上、余計なことを話すべきではないと判断したほむらは話を進めることにした。
「それなら、分かっているものとして本題を聞くわ。あなたたち三人は協力してくれるの? 後、時間を巻き戻す時には一緒に来るつもりはあるかしら?」
追加の判断材料を渡されると考えていた二人は、質問から始まったことに首を傾げた後、続く質問の内容に驚愕した。
「一緒にって……」
「私たちも一緒に過去へ行けると言うの?!」
杏子とマミは驚きに声を上げながら質問を返す。
特に立ち上がってしまったマミはハッとして座りなおすが、興奮冷めやらぬ様子だ。
それはそうだろう。ほむらから話は聞いていたが、時間遡行するという事は夢物語なのだから。
「まだ、試したことはないから確実とは言えないけれど…… でも、多分大丈夫だと思うわ」
ほむらの言葉を聞いた三人の顔には、わずかに期待の色が現れる。
「本当に……?」
「えぇ、ほぼ成功するはずよ。ただ、失敗した場合はどうなるか分からないわ。だから、確認したいのだけど、あなたたちはそれでも付いてきてくれるかしら?」
その回答は、藤乃はどちらも肯定。杏子は前者を肯定、後者は決めかねてはいるがやや否定的。マミは二人の中間と言った所だった。
ちなみに、この場にいないさやかも事前に話をしており前者のみ肯定であった。
三人の意思を確認したところで、ほむらは話を続ける。
「正直に言えば、私は現状では誰も連れて行くつもりはないわ」
当然と言うべきか、時間遡行を共にするのも左程抵抗のなかった二人は協力が必要なのではないのかと問う。
とりあえず、最後まで聞いてからもう一度と、前置きしてから話を始める。
「付いて来たいと言ってくれるのは嬉しいけれど。私と一緒に行く事は、多分この世界で過ごすよりも確実に辛い目にあうことになるわ」
協力してくれつもりがあるのは嬉しいと感謝を伝えるが、その結果彼女たちを辛い目に遭わせてしまうことを示唆した。
何故連れて行きたくないのか? という疑問の答えは、彼女の目的への過程に集約される。
「まず、魔女と呼ばれる。そうね、この世界では円環の理があるけれど、並行世界での魔法少女の末路が”魔女”よ。魔女は力尽きた魔法少女が変化した姿で、魔法少女がソウルジェムを浄化するためのグリーフキューブを手に入れるための、ここで言えば魔獣のような存在ね」
ほむら以外の三人が息を呑む。
本来ならば、知らせること自体が破滅を呼び込みかねなかった衝撃的な事実。だったこと。
この世界ではあり得ないことだから、簡単に告げられた別の世界での魔法少女の結末。
「それを再び蘇らせる事になるかも知れないの。ちなみに、魔女が居た世界では私もあなたたちも、仲間の魔法少女を手に掛ける様なこともあったわ」
思い出されるのは、初めて魔法少女が魔女になるところを見たときと、仲間の魔法少女たちを助けるために魔女となったさやかを倒した時のこと。
そして、「魔女になりたくない」と望んだまどかのソウルジェムを撃ち砕いたときのこと。
彼女がメガネを外す前の、弱かった頃の記憶。
「だから、この世界での情報収集に協力してくれるだけで満足なのよ」
話を聞いていた三人は、案の定というべきかすぐにはついて来られなかった。
ほむらはカップを手に取って口をつけ、話し続けて渇いたのどを潤す。
その紅茶は冷めていた。
「それなら、最後にひとつだけ聞くけどさ。そもそも戻る必要はあるのかよ?」
杏子の質問に、ほむらは首を横に振る。分からないという困惑の表情と共に。
しばらくはこの時間でまどかを取り返す方法を探す。それがこの世界でも可能ならば、戻る必要はないと。
もし過去に戻る場合でも、何も告げずにと言う事はしないことを説明する。
期限にも限りがないからこそ、別の世界まで巻き込むつもりはないのだと。
折角彼女たちはまどかの祈りによって救われたのだから、それを不幸な目にはあわせたくない。
ほむらはそう考えていた。
「それでも、やはりこちらは共に行きたい」
その話が終わった切れ間に、藤乃は再び同行したい意思を訴える。
ほむらが再び否定しようとした所でマミの動きに気付き、開きかけた口を閉じる。
彼女は冷蔵庫からケーキを持ち出してきたようだった。
「聞きたいことは聞き終わったでしょう? そのことはお互いすぐには納得できないでしょうから、今はお茶を楽しみましょう」
口論が始まるかと言うところで、マミがたしなめる。
諦められないからこそ、もう一度口を開いた藤乃は少々納得の行かない顔をしていた。
◆
「小牧さん、あなたには聞かなければいけない事があるのだけれど。鹿目まどかの事は一体どこで知ったのかしら?」
マミの提案によりお茶会が開始され、和やかな雰囲気の中で会話が進んでいく。
だが、ほむらには彼女に問いたださなければならない疑問があった。
初めて対面した時に藤乃が口走った、鹿目まどかという名前。
それは改変された現在の世界では存在しない、ほむらの記憶上にしか居ない魔法少女の名だったのだ。
その存在は仲間の魔法少女とインキュベーター、そして既に知っていた様子を見せたもう一人の彼女である入間すみれにしか話していない。
もちろん、その場で言い訳のために吐いた嘘という可能性もある。
しかし、それならば逆にまどかと円環の理が結びつかないはずだ。
彼女の魔法少女としての素質を知らなければ、鹿目まどか=救済の女神という図式も成立しない。
だからこそ、彼女に問わなければならない。何故知っているのかと。
「私が円環の理に呑まれた際に彼女を見たのです。神々しいあの方の姿を」
その返答に三人は不機嫌な表情を浮かべる。
当然の反応だろう。また、はぐらかされるのかと考えたからだ。
「その話はもういい! 鹿目まどかの事をどうやって知ったのか話せ!」
杏子が声を大にして追求する。
藤乃の肩がびくりと震え、怯えているようにも見えた。
見かねたマミが助け舟を出すことにする。
「彼女の事は、いつ知ったの?」
「……いつの間にか知っていたのです。まるで、最初から記憶にあったかのように」
答えになってはいないが、少女たちはこれ以上追及しても無駄だろうと理解した。
ほむらは、彼女が真実を知らない可能性を考慮しつつも、一応は確認してみることに決める。
「つまり、円環の理に導かれた時に彼女と話して知った訳ではないのね?」
意外にも、この問いには藤乃は素直に肯定した。
「そうです。その時に話をした訳ではありません。本当にどうして彼女の姿と名前を覚えていたのか定かではないのです……」
彼女の話す通り、彼女自身でも本当に理解できていないのかもしれない。
ほむらはそれ以上深入りすることは止めて、話題を変える。
「それなら、どうして私が救済の女神に心当たりがあると思ったのかしら?」
まどかを知った経緯が分からず、彼女と会話した訳でもないのなら次に浮かんでくる疑問。
もし救済の女神が鹿目まどかだと知っていたとしても、彼女とほむらを繋げる線はないはずなのだ。
何故、その二人に関係があると、ほむらなら目星が付くと、そう思ったのか?
ほむらの問いかけに対して、藤乃は少し困ったような顔を見せる。
そして、思い出すようにゆっくりと語り始めた。
「あの方を思い出すと、貴女の名前が浮かんで来るのです。だから、あなたが女神様の救世主なのだと思いました」
いつの間にか覚えていたまどかの情報に付随して、ほむらの名前が記憶されていたという事だろう。
確かに、それならば関係していると推測するのもおかしなことではない。
「なるほどね…… そうなると、今度は暁美さんが彼女の救世主だと思った理由が気になるわね」
マミの言葉に全員が同意を示す。
今までの話を聞いている限り、ほむらが救世主だという根拠はなさそうだ。
それには、藤乃はしばらく考え込んだ後に答えた。
「それは、記憶にある女神様はいつも寂しげな顔をされていたからです」
その言葉を聞き、ほむらは僅かに眉を動かす。
今の世界はまどかが起こした奇跡によって再構築されたもの、現状は彼女の望んだ結果のはずだ。
だと言うのに、彼女は悲しんでいるのだろうか。
もしそうであるならば、ほむらの望みとは別に彼女を救い出す必要性が出てくる。
願いを叶えて消えてしまったと言うのに、未だにまどかは救われていない事を意味するのだから。
彼女を助けるためにも、まずは奪還する手立てを探さなくてはならない。
ほむらは一層、彼女を取り戻すという想いを強めた。