6月16日、その日は書き換わった今の世界でもほむらたちにとってのターニングポイントだった。
魔女の居ない現状の世界での記憶もある暁美ほむらには、この日の戦いで美樹さやかが円環の理によって消滅してしまうという記憶がある。
事前に杏子への根回しなどはしているが、助けられる保証はない。
それは、未来を知るほむらの行動によって左右されるものではなく、根本的にさやか自身の精神に起因するものだからだ。
その日の戦いで、やはりと言うべきかさやかは力尽きかけていた。
「あーぁ、やっぱりダメか。悔しいなぁ……」
一際大きな魔獣に対して大技を仕掛けた後、さやかは動けなくなってしまった。
魔法少女の力は精神状態に依存する。
さかかの思い人である上条恭介が志筑仁美と付き合う事になってから、彼女はずっと心が不安定になっていたのだ。
マミが必死になって治癒の魔法をかけているが、傷だらけで血まみれになった身体は限界を訴えているのが見て取れる。
その様子を見てキュウべえが呟く。
「美樹さやかはもう限界だ。ソウルジェムが持たない」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! まだやれるだろ!」
杏子が怒鳴りつけるが、治療を行うマミは限界を悟って首を横に振る。
そもそも、彼女の魔法は治癒能力に特化しているわけではない。治癒能力に関しては、この中でさやか自身が最も優れているにもかかわらず、自己再生が追いついていないのだ。
マミにも魔力にはまだ余裕はあったが、回復が追いつかないために手の付けようがなかったのだ。
その時、少し離れた場所で残りの魔獣と戦っていたほむらが合流する。
ほむらはさやかの状態を見て、即座に時間停止の魔法を展開した。
そして、さやかの青いソウルジェムを奪い取ると、盾へと収納して時間停止を解除する。
「これで一旦、大丈夫なはずよ。残りの魔獣を片付けます」
「えっ!? 何をしたの?」
突然の目の前現れたほむらに驚きながら、マミは問いかける。
ほむらはその問いには答えず、盾を仕舞うと弓を取り出す。
そして、残り三体となった魔獣に向かいながら答える。
「緊急回避です! 美樹さんは今、私の時間停止がかかった空間に隔離しています!」
遅れてソウルジェムを失ったさやかの体から力が抜ける。
寄り添う杏子が、それに気付いて支えた。
突然の出来事に驚いた二人だったが、その答えにほむらの意図を理解した。
――さやかの消滅を先延ばしにしたのだと。
すると、同様に理解したインキュベーターがほむらに問う。
『せっかく円環の理が観測できるというのに、何故さやかのソウルジェムを回収したんだい? 君の目的からは遠ざかると思うんだけどね』
その言葉を聞いた瞬間、少女たちは怒りの形相を浮かべてインキュベーターを睨む。
だが、すぐに冷静さを取り戻すと、無言のままそれぞれの武器を構える。
さやかの消滅が一旦でも回避できたならば、ここで議論を続ける意味はない。
二人もほむらに続いて残った魔獣へと向かった。
◆
戦いが終わった後、魔法少女たちはマミの家に集まっていた。
無論、消滅の危機に瀕した美樹さやかの件について話し合うためだ。
集まった面々の中で一番最初に口を開いたのは、小牧藤乃だった。
「遅れて申し訳ございません。何か話でしょうか?」
そう言いながら頭を下げる彼女に、杏子は気にしなくていいと言う。
藤乃は今日の戦いには不参加だったのだが、緊急で招集されただけで内容は伝えられていないらしい。
杏子に促されて、マミがさやかの事を話し始める。
しかし、それを聞くにつれて藤乃の表情が曇っていく。
「そんな……」
話を聞いた後、彼女も悲痛な声を上げて俯いてしまった。
それも当然だろう。仲間が死に瀕しているという事実を聞かされれば平静では居られないはずだ。
ほむらはそんな彼女にフォローを入れるように話しかける。
「まだ間に合うわ。だから今は、彼女を助ける方法について話し合いましょう」
「……はい」
返事をする藤乃の声は震えていた。
ほむらの言葉に顔を上げたものの、彼女の顔色は優れないままだった。
「一応もうアイデアはあるの」
そこで切り出したのはほむらだ。
「私の時間遡行魔法は、正確には時間遡行ではない。これは何度か話したわね」
繰り返しの仕組みを全員で確認する。
暁美ほむらの繰り返しが、鹿目まどかへ異常なほどの因果を束ねる原因となった。インキュベーターとの情報交換で得られた、もっともらしい仮説。
ほむらが契約後に絡めとった因果の糸は、単一の世界ではなく多数の世界から集めてしまったものだった。
彼女にとっては契約後の剰余でしかない因果だが。
そして、暁美ほむらが契約後だったために生じた莫大な剰余因果は、全ての並行世界に共通する中心である鹿目まどかへと収束する。
暁美ほむらと言うハブを介することで、並行世界の人間関係が彼女のものとなって。
つまり、単純に時間を巻き戻しているのではなく、
時間遡行をするというより、むしろ魔法によって過去の時点から可能性を切り拓くための力と言った方が正確かもしれない。
元々が魔法少女の契約による奇跡由来の魔法であるためか、自由に使用できるものではない。
しかし、それでも魔法は手段だ。
さやかを救うことに繋がるのなら、どんな魔法であろうと構わない。
都合の良いことに、現時点では魔法を使用する条件は揃っていた。
起点は変わってしまったが、使用条件を満たす砂時計の落ちる速度もそれに合わせて変わっていたのだ。
ほむらは魔法少女たちに向き直ると、改めて説明を始める。
――彼女の考える美樹さやかを救うための方法と、その危険性を。
「私の時間遡行で
次のループでも協力者を得るための手段として、考えてだけはいたアイデア。
それは、魔法少女の本体、ソウルジェムをほむらが盾の内部空間へ入れて時間遡行を行うという案であった。
この世界では存在しないはずの、魔女のグリーフシードですら持ち越しすることが出来たのだ。
本質的に同じものである魔法少女のソウルジェムに対して、それが出来ない道理はない。
それをさやかを救うための方法として、ほむら自身の時間遡行で起こる事象を人為的に起こすというものだった。
彼女の時間遡行が成立している以上、恐らくは確実に実現可能な案だった。
それを、彼女の肉体を原点回帰させる目的で使用する。
文字通り時間を巻き戻すことで、さやかを救うのだ
「リスクはやはり、これまで試したことがない事。そして、成功する保証がない事よ」
ほむらは淡々と話す。
さやかが助かる可能性があるのは確かだが、それが本当に正しいのかも分からない。
それに、さやかの肉体と精神への影響が未知数だ。
だが、それでもほむらには勝算があった。
既に彼女は幾度となく時間遡行を行っている。
その過去へ戻るという結果は、実質的にさやかを助ける手順と同じなのだ。
「それ自体は、前にも言ったけれど成功するはずよ。私以外に生物を持ち越したことはないから、どんなことが起こるか分からないのが一番の懸念事項ね……」
彼女と共に時間遡行すること自体は、今のさやか同様に盾の内部空間に収納した状態で時間を巻き戻せばいい。
だが、世界の影響が及ばない盾の内側からソウルジェムを取り出した瞬間が最も危険だ。
現に魔女のグリーフシードは、盾から出すと瞬時に消えてしまった。
それと同様に何かが起こってしまう可能性はあるのだ。
「私が最初の実験台になるわ」
マミが名乗りを上げる。
もし駄目だったら、解決策を考えてからさやかを救って欲しいと想いを伝えながら。
そして、言葉を続ける。
「私は年長者だもの。それに、私の能力はきっと役立つから」
◆
その後、この世界での諸々を済ませた少女たちが集結していた。
「もう一度確認するわ。本当に一緒に行くのよね?」
最後の確認。
既に何度もしてきた、時間遡行へ同行するか否かの問い。
今回、三人は無言で首肯した。それに返すようにほむらも頷くと、確認をする意味でも言葉にする。
「それでは、ソウルジェムを預からせてもらいます」
共に時間を遡るために、必須となるソウルジェムをほむらが預かる。
様々な色形をした三つのソウルジェム、彼女たちの魂、彼女たちそのものを。
「私のこと、お願いね。暁美さん」
巴マミは、オレンジのソウルジェムを――
「ではお頼みします」
小牧藤乃は、藤色のソウルジェムを――
「たのんだぜ」
佐倉杏子は、赤のソウルジェムを――
それぞれが不安を感じているのか、奮い立たせるように、虚勢を張るように、思い思いの態度でソウルジェムをほむらに手渡した。
彼女が無言で三人を見回すと、皆は頷き、微笑む。
――「きっと、大丈夫」と。
その笑みに後押しされ、ほむらは自らの武器である盾を出現させる。
わずかに躊躇した後、決意を確認した彼女は仲間たちのソウルジェムを盾に入れた。
ほむらは今なお、肉体から魂が抜かれると言うことには納得がいかない。
だが、そのサイズが利点となるとは考えていなかった。
ほむら自身の時間遡行では、遡行後の差異はソウルジェムと盾内部だけだ。
その際の状況から考えられる条件に合わせて、時間遡行を行う。少しでも成功確率を上げるために。
安全を優先すれば、持って行けるのは魔法少女の本体であるソウルジェムだけになる。
遅れて少女たちの体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように倒れる。
ほむらはその光景から目をそらす。
仲間たちの本体は手の中にあると分かっているにも関わらず、直視できなかったのだ。
時間遡行を行うために盾へ手をかけた少女は、そこでようやく自分の手が震えていることに気付いた。
自身から望んだことだと言うのに、この時間から去ることを直視した今、決意が揺らいでいた。
暁美ほむらは自らの体を抱き、立ち尽くす。
「今回は、すこし長居しすぎたかも知れないわね……」
わずかな沈黙の後、彼女は自嘲するように独り言を呟いていた。
これまで繰り返してきた時間の中で、最も短いはずの2週間。
けれど、彼女にはそれが長い時間だったように感じられていたのだ。
今のほむらの願いであるまどかとの再会は叶っていない。
それでも、もう少し、ほんの少しでいい、長く、この時間に留まりたい。
彼女はそう思ってしまった。
間違いなく、これまでで最高の条件をそろえる事が出来たと思えるから。
それでも、もうこの世界には留まれないのだ。
何より、さやかを救うと決めてしまった以上、今更後に引くことなど出来ない。
覚悟を決めた彼女は、砂時計を裏返した。
ほむらは物言わぬ少女たちの体に、この世界に別れを告げる。
「さようなら……」
――loop n return