空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第06話「操縦席」

 ――()()、起点が違う。

 

 ほむらは、()()()()()()()()()病院のベッドで目を覚ました。

 今度は一瞬にして状況を理解した彼女は、起き上がるとカレンダーを確認する。

 その日付を確認して、ほむらは大きく息を吐いた。

 

「何で……」

 

 またしても想定外が続く。

 いつもの起点よりも、さらに時間が巻き戻っているのだ。

 

 これまでの繰り返しでいくら望もうとも変わる事のなかったループの起点が、より()()()とズレていた。

 これが、まどかが消える前の世界での出来事であったら、どれだけの可能性が広がったのだろう。

 そんなことを考えながら、彼女は再びカレンダーを見つめる。

 

 まだ退院まで数日の時間がある、少なくとも人目がある時間に勝手に抜け出す訳にも行かない。

 退院を迎えるまでの間、出来ることは限られてしまう。

 

 ひとまず、時間遡行の前に預かった仲間のソウルジェムを確認するために部屋を出る。

 すれ違う看護師に声をかけられながらも、足早に人気のない場所へと向かった。

 

 屋上へと向かう階段の途中にある踊り場、そこでほむらは立ち止まる。

 やはりと言うべきか、屋上は開放されていなかったためだ。

 

 人の気配がないことを確認して、彼女は周囲を警戒しつつ変身を始める。

 魔法少女の衣装を身に纏ったところで、ほむらは盾に手をかけ、時間を停止させる。

 

 時間さえ止めてしまえば、誰にも邪魔されることはない。

 早速、盾内部の空間を確認する。

 

「良かった……」

 

 安堵のため息を漏らしながら、ほむらはソウルジェムを確認していく。

 そこには濁った青と、濁りのない三色のそれが確かにあった。

 どうやら、仲間の魔法少女たちの魂も無事に時間を遡って来る事が出来たようだ。

 

 それを確認して安心すると、今度は盾の中からオレンジのソウルジェムを取り出す。

 

 彼女たちの本体であるそれは、本来であればこの世界に存在するはずのないもの。

 それ故に、タイムパラドックスが起きる可能性もある。

 リスクを減らすためにも、慎重なテストが必要だったのだ。

 

 念のため、時間停止の魔法も解除する。

 何も起こらないことを確かめると、ほむらはソウルジェムへと念話を送る。

 

『巴さん。聞こえますか?』

『……っ! 暁美さん!?』

 

 慌てた様子の声が返ってくる。

 どうやら巴マミの意識もきちんとあるらしい。

 

 この時点ではまだ彼女とは知り合う前であるため、ほむらは彼女に認識されていない。

 つまり、声の主をほむらだと分かって返事をしたということは、マミもまた時間遡行に成功したということだ。

 

 ほむらは、残った濁りのない2つのソウルジェムを掴み取った。

 そして、彼女たちに呼びかけた。

 

『佐倉さん 、小牧さん 、聞こえるかしら?』

『聞こえております』

『聞こえるぜ。って言うか、何も見えないんだけどよ?』

 

 二人とも問題なく応答してくれた。彼女たちの返事を聞いて、ほむらは小さく微笑む。

 改めて仲間たちの無事が確認でき、肩に入っていた力が抜ける。

 

 同時に、彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 何度も繰り返してきた時間遡行でも、これほどそれ自体に不安を感じたことはなかっただろう。

 今までは、まどかを救うために使える手段の一つに過ぎなかった。

 けれど、今度ばかりは違った。

 

 時間遡行の魔法が、本来魔法の対象ではない仲間たちにどんな影響があるのか定かではなかったからだ。

 もしも、取り返しのつかない結果になってしまったとしたら――

 そう考えるだけで、背筋が凍るような思いだった。

 

 ほむらは、その恐怖を紛らわせるように深呼吸をすると会話を続ける。

 

『申し訳ないのだけれど、予定が狂ったわ。しばらくあなた達には、私の空間内にいて貰うことになるわ』

 

 仲間たちへ現状を簡潔に伝える。

 言葉だけ聞けば、彼女達に対して酷い仕打ちのように思えるかも知れない。

 だが、少女たちの肉体と合流出来ない以上、他に方法がないのだ。

 

『詳しい説明は後でさせて。今は、あまり時間がないの』

 

 そう告げると、ほむらは仲間たちの了承を待たずに会話を打ち切った。

 必要以上、この場にとどまる訳にもいかない。

 

 三つのソウルジェムを盾の中へと戻すと、変身を解除する。

 病衣に戻ったほむらは、階段を下って自分の病室へと向かった。

 

     ◆

 

 5月16日、ようやく退院を迎えたほむらは、巴マミの元へ向かっていた。

 彼女を最初に接触する仲間に選んだ理由は、インキュベーターに頼らない形で少女たちへ未来の魂の定着を行えないかと考えたからである。

 

 もちろん、アイデアを思い付いた当初はキュウべえに頼んで統合を行ってもらうつもりだった。

 しかし、前回のループ前に価値観の齟齬は容易に解消されないことを実感したのだ。

 関係は改善されたとはいえ、インキュベーターとは完全な形で目的を共有することはできない。全面的に信頼するのはやはり危険だと思えた。

 そこで、彼女たちはマミの魔法の特性――様々な物を繋ぐはたらきを利用して、二つのソウルジェムの結合を試みようとしていた。

 

 最も、これはあくまで可能性の話である。

 実際にやってみなければ分からない部分も多い。

 それでも、試してみる価値はあるだろうと、少女たちは考えていた。

 

 今日は平日だ。恐らくマミは学校にいるはず。

 そんな予想を立てながら、ほむらは放課後を狙って見滝原中学校へと向かった。

 しかし、まだ転校前であるため堂々と校内に入ることはできない。

 そこで、彼女は校門の近くで待機することにした。

 

 ほどなくして、下校の生徒たちが続々と出てくる。

 その中に、マミの姿を見つけた。

 彼女はほむらを気にすることなく、そのまま歩いていく。

 

 接触する機会を見計らいつつ、ほむらはその後を追う。

 やがて、人気がなくなった所で()()()彼女のソウルジェムを取り出し、それへと念話を送る。

 

『巴さん、今あなたの体の傍にいるわ。体の制御を奪えるかしら?』

『ええ、やってみるわね……』

 

 マミが意識を集中させたのか、ソウルジェムが一際輝く。

 だが、ほむらの視線の先にいるマミの様子に変化は生じない。

 

『うまくいかないわね……』

 

 マミの悔しそうな念話が届く。

 どうやら、今のやり方では干渉できないらしい。

 ほむらも難しい顔を浮かべて考え込んでいる。

 

 ――もしかすると、何かが足りない? あるいは、他にも条件が必要なのかもしれない。

 

 やはりインキュベーターの力を借りるしかないのか。

 ほむらがそんなことを考えていると、マミが疑問を投げかける。

 

『あなたの時間遡行の時には、何か特別な事はなかったの?』

 

 彼女の疑問を聞いて、ほむらは一人得心する。

 ()()()事はなかったが、イレギュラーな事態でも()()()()状況はあったではないか。

 違和感を覚える事柄でもなかったが、それは確率的には逆に不自然な偶然だった。

 

『多分、分かったと思います。あちらのあなたの意識が覚醒していると、こちらのあなたからは身体を動かすことが出来ないんです』

 

 ほむらは確信を持って答える。

 

 時間遡行の起点は必ず起床時だった。起点の日付が変わっても、そこだけは変わらなかった。

 それが偶然ではなく、必然だとしたら。

 未来のほむらの意識が定着するために、過去の彼女が眠っている必要があったという事になる。

 

 つまり、その時点で肉体の制御権を持った意識が制御を手放していなければ、別の意識が肉体の制御に干渉することが出来ないのだと。

 

『それなら、そちらの私が眠るまで待って出直すのかしら?』

 

 その仮説を聞いて、マミが問いかけてくる。

 確かに、無理矢理意識を失わせるような強引な手法は取れない以上、その方が安全だろう。

 そもそも攻撃を仕掛けるのは、あまりにもリスクが高すぎる。巴マミは魔法少女としての実力も非常に高いのだから。

 

『そうね。一度出直しましょうか……』

 

 ほむらは、そう答えるとその場から立ち去った。

 

     ◆

 

 その夜、ほむらは再びこの世界の巴マミの元へ訪れていた。

 

 無論、彼女に会うことが目的ではない。

 未来のマミの意識を、今のマミの体に定着させるためである。

 そのために、彼女が就眠するのを待っていたのだ。

 

 そして、ほむらの目の前でマミは眠りに落ちていた。

 彼女はベッドの上で横になり、すやすやと寝息を立てている。

 ほむらはその様子をじっと見つめると、ゆっくりと歩み寄る。

 

 その手には盾の中から取り出した、オレンジのソウルジェムが乗せられている。

 

『それでは、もう一度お願いします』

 

 その言葉に続けて、ソウルジェムが眩い光を放ち始める。

 

 光が収まると、そこには魔法少女へと変身したマミの姿があった。

 彼女はまぶたを開けると、身体を起こした。

 

「成功したわ。暁美さん」

 

 今度は上手くいったようだ。ほむらは安堵のため息をつく。

 これで準備は整った。ここから先は、彼女に全てを託すしかない。

 マミ自身の魔法で、ソウルジェム同士を結合する事が出来るか否かだ。

 

 マミの右側頭部の()()()彼女のソウルジェムと、彼女の手にした()()彼女のソウルジェムを魔法のリボンが包み込む。

 すると、二つのそれは輝きを増し始める。

 

 ほむらは固唾を飲んで見守っていたが、そのまま時間だけが過ぎて行く。

 何も起こらないことに、ほむらの顔に焦りの色が浮かぶ。

 

 ――失敗か。

 

 そう彼女が思った瞬間、マミが突然苦しみだす。

 慌てて駆け寄ろうとするほむらだったが、彼女はそれを手で制すと声を上げる。

 

「待って、もう少しだけ……」

 

 苦しげな表情を浮かべながらも、マミは魔法を使い続ける。

 無数のリボンが出現して、二つのソウルジェムを繋ぐリボンに重なって行く。

 やがて、その塊はソウルジェムを中心に互いに引き寄せられるように近付き、収縮して一つの球体となった。

 

「統合に成功したの……?」

 

 ほむらは驚きの声を上げる。

 マミは疲れた様子を見せつつも、無言で頷くと同時に魔法のリボンがほどけて行く。

 広がったリボンの中央から少しだけ濁った、見覚えのあるオレンジのソウルジェムが現れた。

 

「ありがとう。暁美さん」

 

 その言葉を聞いて、ほむらも緊張が解ける。

 だがその瞬間、マミの体がぐらりと傾いた。

 

 ほむらは咄嵯に手を伸ばし、慌てて抱き留める。

 ソウルジェムの結合のために魔力を消費し過ぎたのだろうか。

 統合は成ったとはいえ、負荷が大きかったのは間違いないだろう。

 

「こちらこそ、本当にありがとうございます。巴さん」

 

 グリーフキューブを取り出し、ソウルジェムの浄化を行いながらそっとお礼の言葉を伝える。

 仲間たちと共に時間遡行を行うアイデアにおいて、彼女の力は必要不可欠なものだ。

 そもそも、マミたちを巻き込んだのは彼女自身なのだ。

 

 やがて、マミの呼吸が穏やかになる。どうやら無事に回復してくれたらしい。

 マミは上半身を起こすと、ソウルジェムを定位置へと戻す。

 それから改めてほむらの方へ向き直ると、彼女を安心させるかのように微笑んだ。

 

 その後、二人はソウルジェムの状態を確認したが、特に問題はないようだった。

 これで魔法少女たちの計画は、ひとまずの成功を見たと言えるだろう。

 

 二人は次の目的地へと向かった。

 

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