空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第07話「帰還者」

 ほむらとマミの二人は、美樹さやかの家を目指していた。

 そもそも、ほむらに仲間と共に時間遡行を行うと決意させた要因は、彼女の消滅を回避するためなのだ。

 彼女を救う事が出来なければ、この計画は完全に成功とは言えない。

 能力自体が必要となるマミを例外とするなら、優先度が最も高いのは当然の事であった。

 

「美樹さんの部屋を見てきます」

 

 そう言ってほむらは盾へと手を伸ばす。

 かつて攻撃力が皆無だった彼女が攻撃手段を得るために選択した方法は、武器を調達するというものだった。

 無論、個人で入手できる武器には限度があったため、非合法な手口で彼女は幾つもの銃器を手に入れている。

 

 彼女にとって、空き巣は十八番だった。

 

 時間停止の魔法を発動させると、玄関の扉の鍵穴へ工具を差し込み、素早く鍵を開ける。

 そして、部屋へ侵入した後は玄関の鍵を閉めなおし、さやかの部屋へと向かう。

 

 やはり、さやかは眠っていた。

 ベッドの上でまぶたを閉じ、わずかに左を向いた状態で停止している。

 何か楽しい夢でも見ているのか、口元がニヤけていた。

 

 ほむらはそんな彼女に苦笑しながら、ベランダ側の窓を開く。 

 そのままベランダへ出ると、再び盾の砂時計を操作して時間停止を解除する。

 そして、外で待つマミへと呼びかける。

 

『準備が出来ました。こちらへ来てください』

 

 ここまで、マミの体感時間にして2秒である。

 ほむらの魔法は相変わらず凄い物だと誤った認識を深めながら、マミは部屋の中へ急いだ。

 

『それじゃあ、始めるわね』

 

 マミの念話にほむらは無言で首肯する。

 それを確認してマミも頷き返すと、リボンを使ってさやかの体を拘束して行く。

 彼女を起こさないよう、細心の注意を払っての作業だ。

 

 拘束が終了すると更に無数のリボンが現れる。

 未来のさやかのソウルジェムと、現在のさやかの肉体と繋ぎ合わせるために用いる魔法を待機させているのだ。

 

 時間遡行前、彼女のソウルジェムは限界を迎えようとしていた。

 わずかな時間が命取りになりかねない以上、迅速に処置しなければならない。

 ほむらがソウルジェムを差し出したら、即座に接続を行うための準備だった。

 

 リボンの増加が止まり、準備が完了したと判断したほむらが次の段階へと移るべく念話を飛ばす。

 

『美樹さんのソウルジェムを出します。そこからはお願いします』

 

 その指示にマミは力強く頷いた。

 それを見届けたほむらは、一呼吸置くと盾からさやかのソウルジェムを取り出す。

 同時に、膨大な量のリボンがさやかの体とほむらの手のひらに乗ったソウルジェムを包み込む。

 

 やがて、全てがリボンの中に包まれると、青い光がリボンの繭から漏れ始めた。

 その光は次第に強くなっていき、部屋全体を照らすほどになる。

 

 一際大きな閃光を放った後、その球体は内側から破裂するように弾けた。

 ちぎれたリボンが舞う中、繭の中心だった場所には魔法少女の姿で剣を構えたさやかの姿があった。

 

「……あれ? 魔獣は?」

 

 周囲に視線を向けて不思議そうな表情を浮かべるさやか。

 どうやら、時間停止の影響で自分が置かれている状況を理解できていないようだ。

 

 リボンの拘束を振りほどいた事によって、さやかの体が床へと倒れていく。

 

 見た目に外傷などはないが、先延ばしにしていただけで彼女の穢れは蓄積されたままだ。

 無傷の体になったことで肉体の維持に魔力を必要としなくなっただけであり、彼女が力尽きかけていたという状況は改善されていない。

 ソウルジェムの浄化は済んでいないため、満足に体を動かせないのだろう。

 

 その様子を見たほむらとマミは、すぐさま駆け寄り抱きかかえた。

 二人はグリーフキューブを掴み取ると、さやかのソウルジェムへと近づけ浄化を開始する。

 

 それが元の輝きを取り戻して行く様子を確認すると、ほむらとマミは安堵のため息を漏らした。

 これで一旦さやかの消滅は無事回避できたと言えるだろう。

 

 マミに続いて、二人目となる未来の魂の定着が成功した。

 

     ◆

 

「えっ!? 何であたし、ここに居るの……?」

 

 程なくして回復したさやかが意識を取り戻すと、困惑した様子で尋ねる。

 彼女も自分が助けられた事は分かっているようだが、どうしてこの場にいるのかが分からないという顔つきをしている。

 

 そんなさやかに対して、ほむらとマミは微笑みかける。

 二人ともさやかが助かった事に心の底から喜んでいるのが分かる笑顔だった。

 しかし、さやかにはその理由が分からず、ますます混乱してしまう。

 

 そんな彼女に向かってマミが口を開いた。

 

「あなたを過去のあなた自身に上書きすることで、あなたが消滅する未来を変えたのよ」

「か、過去って……」

 

 さやかは突然打ち明けられた事態に目を丸くする。

 その様子を見たマミが視線をほむらに向けると、彼女は盾を掲げて見せた。

 

「前に言ったでしょう? あの時は出来なかったけれど、私は時間を巻き戻す事が出来るって」

 

 その言葉を聞いたさやかは、以前ほむらが言っていた事を思い出したようだ。

 確かに、この一ヶ月を何度も繰り返しているとは聞いていたが、まさか本当に時間を巻き戻すことが可能な魔法が実在するとは考えていなかったらしい。

 ほむら自身も仲間と共に時間遡行を行うのには消極的だった事もあり、さやかの反応は無理もないと言えるだろう。

 

 まだ自分が存在しているのは彼女のおかげであるという事は納得したらしく、さやかはそれ以上詳しい説明を求めようとはしなかった。

 それよりも、伝えたい事があるようで、さやかは恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「まどかの事、思い出した…… 違うか、あたしも分かったよ。あの子がどんな子なのかとか」

 

 さやかの言葉を聞いて、ほむらとマミの顔に驚きが広がる。

 マミはまどか――ほむらから()()()()()()()()人物が存在した際の記憶が、彼女に芽生えたことに対して。

 一方、ほむらはこの世界には存在しないまどかの存在を認識できる人間が現れたという事実に対してだ。

 特にほむらは動揺を隠し切れず、声を震わせながらさやかに問いかけた。

 

「ほ、本当に? まどかの事が、分かるの?」

 

 さやかも唯一まどかを知るほむらの反応を見て、自分の記憶が正しい事を確信する。

 彼女にとっては、ほむらに言われて漠然と信じるだけだったまどかの存在が、今では確かな実感を伴って信じられるようになっていた。

 今までずっと忘れていたのが不思議なくらい自然に、その事実を受け入れる事が出来ていた。

 

 さやかは、ほむらの問いに力強く首肯すると、静かに語り出す。

 

「うん…… あたしやほむらのクラスメイトで、いつも一緒にいた友達だって事も覚えてる。そして、キュウべえと契約して、円環の理になったんだ」

 

 その言葉で、二人は今度こそ絶句した。

 さやかから告げられた内容があまりにも衝撃的だったため、すぐには言葉を返すことが出来ずにいた。

 一人の魔法少女が願った祈りの結果が、円環の理として残ったという真相が。

 

 その内容だけでも十分に驚愕に値するものだ。

 さらに、実際にまどかを知り彼女を取り戻そうとしているほむらには、それに加えて契約の奇跡でまどかが消滅したという仮説が真実だと突きつけられた形になる。

 

 沈黙を続ける二人に対して、さやかは申し訳なさそうに続ける。

 

「多分、円環の理に導かれかけたから分かったんだと思う。でも、ごめん。まどかを取り戻すにはどうしたらいいのか、分からない」

 

 さやかは謝罪を口にするが、それを責める者などいるはずがない。

 

 むしろ、その話を聞けたこと自体が幸運であり、重要な情報であった。

 インキュベーターの科学力や、時間遡行を以ってしても見つけることの出来なかった鹿目まどか消滅の理由と、彼女を奪還するための糸口。

 それが、さやかの体験によって明らかになったのだ。

 

 円環の理に導かれる寸前に陥ったために、その一部に触れた事でまどかの情報を得たという事実。

 それはつまり、彼女を救うための手掛かりは間違いなく円環の理の中にあることを示していた。

 

     ◆

 

 その翌日、ほむらとマミは未来の仲間をこの世界の彼女たちに定着させるために行動していた。

 さやかの時と同様のやり方――ほむらが誘導し、マミがソウルジェムを統合するという方法で、彼女たちの肉体と再び繋ぎ合わせて行く。

 既に方法を確立した後であったため、今回も無事にソウルジェムを統合させる事が出来た。

 

 それでも二人の統合を翌日に持ち越したのは、マミの消耗を考慮したためだ。

 ソウルジェムを融合させるには膨大な数の魔法を使用する必要があったため、彼女への負担が大きかったのである。

 だからこそ、マミ自身とさやかの定着を行った後、残る二人のソウルジェムの統合は行わなかったのだ。

 

 未来の意識を持った五人全員が揃ったのは、それから更に翌日の事だった。

 

「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 最後に統合を行った藤乃の家を離れた後、魔法少女たちはマミの家へ集合していた。

 それは、今後の方針を相談するためだった。

 

 全員が集まったことを確認したさやかは、全員を見回すと言う。

 

「まずは改めて、助けてくれてありがとう」

 

 彼女は深々と頭を下げる。

 

 さやかがここに存在出来ているのは、集まった他の仲間のおかげなのだから。

 彼女が力尽きるに至った要因は取り除かれていないが、差し当たってソウルジェムへ穢れが溜る速度は落ち着いていた。限界を一度経験したことで、ある程度の耐性が出来たのだろう。

 まだ完全に安心出来る状態ではなかったが、少なくとも当面の危機は去ったと言える状況だった。

 

 さやかの言葉を受けて、ほむらも仲間たちに礼を言う。

 

「私からも、みんなの協力に感謝するわ。彼女を救うためとはいえ、不確実な時間遡行にも付いてきてくれるなんて……」

 

 本来なら、こんな危険な賭けに付き合う義理は無いはずだ。

 ほむらはそれを理解していたため、心の底から感謝しているようだった。

 しかし、仲間たちはそんなほむらに笑いかけると、気にしないでと言わんばかりに首を振ってみせる。

 

「そんなの当然ではありませんか。仲間を――ほむらさんを助けたいという気持ちは、みんな一緒なのですから」

 

 あまり真面目に話しているようには見えない藤乃には珍しく、真剣な表情を崩さずに言う。

 それは、普段の彼女からは想像できないほど強い意志を感じさせるものだった。

 

 他の面々も、それに同意するようにうなずいていく。

 彼女たちにとって、ほむらは共に戦う戦友であり、魔法少女という秘密を共有する友人でもあるのだから。

 

 雰囲気が少し落ち着いたところで、さやかが声を上げた。

 

「あたしもまどかの事、思い出したんだ。円環の理に影響されたからだと思うんだけどね……」

 

 さやかの言葉を聞いて、杏子と藤乃は驚いたような顔を見せる。

 彼女たちの反応を見てさやかは苦笑すると、自分の記憶について語った。

 

 その記憶では、自分もまどかの親友だったこと。

 そして、彼女のおかげで他人のため奇跡を願った事を後悔せずに済んだのだと。

 

「――だから、あたしも絶対にまどかを取り戻したい!」

 

 さやかの力強い言葉は、ほむらの決意を後押した。

 ほむらはさやかの言葉に深く頷くと、自分の想いを告げる。

 

「彼女が消えてしまったことと、円環の理に関係があるのは間違いない。だから、私たちはそれを壊す必要がある」

 

 まどかが円環の理の一部となったというのであれば、彼女を取り返すためにはその仕組みを破壊しなくてはならない。

 ほむらは可能性のある方法を考え付いていたが、あえてその手段は口にしなかった。

 それを行うという事は、まどかの願いを否定することに他ならないのだとしても――

 

 ほむらにはその事実を認める事が出来ていた。

 それは、まどかのためならばどんな犠牲を払ってもいいという考えを持っているからではない。

 彼女の願いを否定したとしても、それが最終的には彼女の幸せに繋がると信じているからだ。

 

 これで、まどかを救うために共に戦ってくれる仲間がこの世界に全員揃ったことになる。

 

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