おわりのはじまり
2024年11月7日
浮遊城アインクラッド 75層ボスフロア
わずかに透明感のある黒曜石のような重みと暗みのある素材で組み上げられた何かおぞましい趣のあるこの層のボス部屋である場所。
フロアボスは既に倒されていてこの場は死闘の勝利に沸き立つ攻略組の歓声によって彩られるはずであった。
しかし、2人の相容れぬ者同士により繰り広げられる己の全てを懸けた全霊の剣戟によって空気は震え、辺り一面に硬い金属がぶつかり合う音が響き渡る。
「はああああっ!」
右手に握った全体に艶のある黒塗りの片手剣、固有名エリュシデータを標的の胴体に向けて自身の右側へ力の限り振り抜く。
この剣は誰もが死にもの狂いで戦ったハーフポイントである50層のボスからのレアドロップで、装備に要求される筋力値もかなり高いがそれだけの威力を秘めた魔剣クラスに類する高レア武器だ。
この相棒と共に数々の死線をくぐり抜けてきてから何ヵ月経っただろうか。
そして今日まで幾多の敵を斬り伏せてきたこの剣でも貫けないものがあるこの現実に思わず剣を握る力が強くなってしまう。
黒い剣を素早く振り抜いた先には白地に赤い十字架を象った大きな十字盾が立ち塞がり、高い金属音と同時に右手に鈍く不快な衝撃が伝わる。
その余波で弾かれた右手の制御を失いながらも相手の次の行動を見切る為に奴の双眸へ向ける視線は離さずにいた。
「くっ…」
斬撃を弾かれたその一瞬の隙に奴は針を通すような正確さで俺の命を奪おうと躊躇無く白塗りの十字剣を突き立ててくる。
咄嗟の判断で後ろに飛び退いて致命傷を避けることに成功したのだが、その剣閃は微かに俺の左頬を掠めていた。
奴の攻撃によって自分の視界左上に存在するHPバーが数ドット、数値で言えば1万と数千ある内のほんの少しではあるのだがそれが削られてしまった。
この世界ではHPが0=自らの死であるため、少しでもHPが減ってしまうのは戦いにいくら慣れていてもどうしようもなく恐ろしくて心臓の鼓動は激しく波打つ。
頭の中は今まで全てのプレイヤーを騙し続けてきた奴への怒りや直前のボス戦での精神的な疲労でかき混ぜられているかのようで息を整えることすらままならないでいる。
しかもこいつをここで殺せばこのデスゲームはクリアとなり、自分達は現実世界へ解放されるというのに決め手となる一手が思い付かないほどに思考はジャミングが掛かっている。
駄目だ、このままじゃこっちがやられる!
奴のあの最強と名高い巨大盾を弾いてから二刀流の猛攻で一気に押し切らないと俺に勝ち目は無い。
しかし今更ながら聖騎士の名に恥じないばかりのその圧倒的過ぎる防御力には全く歯が立たずこちらのHPがじわじわと削られていく一方である。
革装備に最小限の軽金属防具を身に付けた特攻型である自分に対して奴は壁役として重金属装備で全身を固めている防御型だ。
最大HPや防具の性能はどうしてもあちらに分がある以上、持久戦となってきてしまうのはなんとしても避けたいところではある。
だが、このプレイヤー全員の運命が決まる決闘が始まる直前から心の内で燻っていた焦燥や奴への劣等感が遂にピークに達してしまったらしく、それは一気に燃え広がって俺の身を支配した。
「うおおおおおっ!!」
背後に飛び退き斬撃を辛うじて避けてから着地した瞬間。
反射的に地面を蹴って前へ踏み出して奴に突撃してしまった自分の行動に後悔が頭を過ぎるが、その勢いを今更止めることは不可能だと諦める。
最大手ギルドである血盟騎士団のリーダーを務めながらこれまで攻略組を導いてきた聖騎士ヒースクリフの正体。
それはこのソードアート・オンラインというゲームと画期的なVRゲーム機器として大ヒットを博したナーヴギアの主だった開発者である茅場明彦であった。
開発者のひとりということはこのゲームのシステムであり醍醐味のひとつであるソードスキルには自ら開発に携わっているはずなのだから勿論精通しているはずだ。
それは重々理解してこの決闘に臨んでいたのにも関わらず、極度の焦りから気が付けば俺は二刀流スキルの最上級技の構えに入っていた。
他のゲームでいう必殺技に相当するソードスキルと呼ばれる独自のシステムは、そのスキルの初動モーションを取れば自分の身体が自動的にアシストされて技を放つことが出来るという便利かつとても楽しいものだ。
しかしこれには当然のことながらデメリットがあって、ソードスキルを無事に出し終えようが無理に止めようが数秒の硬直時間が課せられるのでその間は完全に無防備な状態を相手に晒すことになる。
その硬直時間に攻略組最強と名高い奴が連撃技ソードスキルを放てば瞬く間に俺のHPは0となり、現実世界の自分が頭を覆うように付けているナーヴギアの発する電磁波によって脳を焼かれて現実でも死亡してしまう。
止めどなく湧き上がる後悔を胸の内に秘めながらもそれを悟られたくないがために奴を真っ直ぐ見据えたまま、ソードスキルの初動モーションを検知してから作動するシステムアシストに身を委ねる。
すると終始余裕綽々な表情だった奴は勝利を確信した笑みを浮かべたのだが、それを隠すように俺の27連撃にも及ぶソードスキルを全て防ぎ切ろうとするため盾を構え直した。
くそっ…。
奴とは対照的に俺は自らの死を確信してしまう。
「……っ!」
その刹那、死を確信したがためなのか身体の動きがぴたりと止まる。
いや、もしかしたら無意識の内にソードスキルを無理に抑え込んだことでの硬直時間を課せられたのかと思い至る。
しかし、無防備な状態になったこの機会にそのまま攻勢に出ると思っていたヒースクリフさえも時が止まったかのように静止していた。
全身に力が入らず辺りの様子を確認しようと首を曲げることさえも出来ない。
そこで俺の身体はテレポートアイテムのひとつである転移結晶を使った時と同じ青い光に包まれて視界は真っ白に覆われた。
はじめまして。
数ある作品の中からこの作品を読んで頂きありがとうございます!
さて、この作品の舞台は75層のヒースクリフとの決闘から始まりますがインフィニティ・モーメント(以下略IM)とホロウ・フラグメント(以下略HF)とはまた違った展開となります。
ゲーム版の詳細なネタバレは省きますけれど、あの時間軸で起きたとある出来事によってSAO世界全体にバグが発生したというのはまだこの作品では起きていません。
これからそれが起きるかもしれないし、もしかしたら起きないかもしれない。
それも含めて是非とも末永く読んでくださると光栄です。