2024年11月14日 ー残り723日ー
このSAOというVRMMORPGゲームでは肉体的な疲れは無いとしても、自分の身体を動かしているので他のRPGなどと同じようにサクサクと移動なんてものは不可能である。
そして戦闘でもモンスターのリアルさに脳の原初的な恐怖を煽られながら、獣やら虫やらの攻撃を掻い潜ってそこにソードスキルを叩き込むことを何度か繰り返すことで、ようやく相手のHPを0にして経験値を入手するのだ。
そこに裏技も何も入り込む余地は無いが、MMORPGの側面から時間を掛けさえすれば誰でも強くなるのは可能だ。
それにしてもティターニアのメンバーの数値的な強さは有り得ないレベルだった。
まだデータの初期化から1週間ほどであるはずなのに、以前で言えばデスゲーム開始から1ヶ月と少し経った頃の攻略組と同じレベルなのだ。
でも1層は果てしなく広いから攻略組が知らない効率的なレベリングスポットがあってもおかしくはない。
と、攻略会議から何時間経ってもずっとティターニアの異常な強さの秘密について俺達の間ではかれこれ議論が続いていたのだが、本人達に直接聞くのは皆が本気で嫌がるのでここは仕方ないと情報屋であるアルゴに調査を依頼した。
それから俺達攻略組は当初の予定通りの11月13日夕方に弾丸ツアーばりの速さで迷宮区20フロアを踏破してボス部屋への扉を見付ける。
その間にも全体的にレベルは1~2ほど上がり、序盤では層×3くらいと考えている安全マージンとしては充分な強さを手に入れた。
そして11月14日午後、回復アイテムや装備のチェックなど準備を万端に整えてからトールバーナを出発して攻略組全員である40人ちょっとで迷宮区ボスフロアを目指す。
2時間ほどでその扉の前まで到達してから攻略組指揮官であるアスナからの最終確認や激励を合図として早速ボス部屋に突撃した。
「よし、いいですよ!
軍は回復と後退、ティターニアに交代します!」
「了解しました。
はああっ!」
《イルファング・ザ・コボルドロード》と呼ばれるボスとの闘いは元βテスターなら3回目だが、デスゲームとなってからはこれで2回目だ。
ボスの主武装は現時点でプレイヤーが手に入れられるもの以上の反りと刀身の輝きを持つ曲刀だが、4本あるHPゲージが残り1つになればそれを捨てカタナに持ち換えスキルパターンもがらっと変わる。
まだHPゲージは3本目を削っている途中だったが、やはりと言うべきかティターニアの連中は他プレイヤーとは明らか明らかに違っていた。
軍のメンバーが地道に少しずつでも確実にボスのHPを削るのに対して、ここに至っても未だ真剣さの感じられない彼らはほぼ倍以上のダメージを与えているように伺える。
「キリトくん!
護衛はあと3匹だしこの調子ならクラインとリズ達でもなんとかなるよ」
HPゲージを1本分削ると湧いてくる9匹目のボス護衛を片付けると素早く寄ってきたアスナは、こちらの戦況の順調さから俺に「あいつら気に食わないからせめてLA取りに行こう」と解釈のできる暗喩を口にして前線への移動を促す。
それに全面同意した俺はポーションで回復をして次の湧きに備えるクラインらに頷いてみせると、皆早く行けと言わんばかりにボスを指差す。
「グオオオオオッ!!」
俺とアスナが走り出したと同時にボスのHPゲージは残り1本となったようで、奴はこれまで手にしていた曲刀を背後に投げ捨て腰に装備していたカタナを抜き放つ。
鳴き声の威嚇に圧倒されそうになるが、全員それに負けじと改めて武器や盾を構える。
「全員、スキル来るから防御して!
ここからは私達も入ってティターニアメンバーにカタナスキルの対策を伝えながら攻勢に出ます!」
「来るぞ!」
アスナの高らかな宣言と共にボスは腰を屈めて居合いの体勢を取る。
その後に来る範囲系攻撃スキルはまともに食らうと一時行動不能になり、更なるスキル攻撃を許してしまう隙に繋がるのでなんとしても避けるか防御したいのだ。
「ぐっ!」
壁役であるリンド達聖竜連合を中心として左に俺とアスナ、右にいたティターニアがボスの全体攻撃スキルである<浮舟>を各自対処することに成功する。
そのスキルの余波は後ろに控える軍やエギル達にも伝わったようで、彼らもいつでも交代できるようしっかりと身構えていた。
「攻撃開始!」
「おおおおっ!」
アスナの合図によって直ぐに防御から一転して攻勢に出た俺達はスキル発動による数秒間の硬直時間を課せられていたボスに向かってソードスキルを叩き込む。
しかし、先程から危惧していた通り俺のソードスキルによって与えたダメージよりも遥かに高いダメージを与えるティターニアのリーダーであるアルベリヒが目に映る。
「くそっ!
アスナ、スイッチ!」
「はい!」
俺が現状使えるものでは一番の片手剣スキルである<バーチカル・アーク>というV字型の軌道を描く2連撃を放った後に、直ぐ様アスナへとスイッチをして彼女も自らのソードスキルを発動する。
本来筋力値を優先的に上げている訳ではないが、敵の弱点を的確に突く正確さと流星のような速さを兼ね備えたレイピアの名手であるアスナでさえティターニアよりも与ダメージは下回っていた。
新規ギルドであれどもレベルが絶対であるこのレベル制MMOの理不尽さに思わず歯を食い縛り、その悔しさが頭を支配しつつあった。
ボスがスキルモーションに入るとアスナが素早くティターニアに対策を助言、その対処をしたら一気に攻撃という一進一退の攻防は連中の高レベルとハイスペックな装備によって予想よりも少ない回数で続いていた。
ボスの残りHPがほんの数ドットになったところで焦燥に駆られた俺は、皆よりいち早く前に飛び出してスキルを放とうと剣を構える。
「これで終わ…っ!」
ボスのスキルは防御したはずなのに俺の身体全体には痺れが走り、自分のHPゲージの横には一時行動不能のステータス異常を示すアイコンが点いていた。
そして俺とほぼ同様のタイミングで前に出たアルベリヒは一時行動不能にならずに、レイピアによる3連撃ソードスキルを華麗に放つのだった。
なんでこんな時に!?
やつは平気なのか?
「グオオオ…ッ」
その奴のソードスキルによってHPが0となったボスはこちらを睨み付けつつ呻き声を上げながら青いポリゴンの欠片に爆散する。
それと同時にようやく一時行動不能が解除された俺の視界の中央には『CONGRATULATIONS!!』という文字と共に取得コルと経験値やドロップアイテムが表示される。
その下に以前は取れたはずのYou got Last Attack Bonusという表示は無かった。
ここのLAボーナス品の黒コートがお気に入りだったから欲しかった。
いや、それは建前でティターニアが気に食わないから出し抜いて格の違いを見せるつもりでいたのだ。
「残念だったね~、キリトくん。
まさか君がスキルを対処出来なかったなんて驚きだよ」
皆が声を上げて勝利を祝う中で呆然と立ち尽くす俺の下にアルベリヒがやって来て、他の者には見せたようなことのないゴミを見るような視線でとても勘に障る言葉を吐き捨ててから堂々と仲間の方へ戻っていく。
ヒースクリフとの決闘以来の自分を遥かに上回る強さを持つ者の出現というあまりにも悔しい現実を受け入れられず、奴に言い返す言葉が見付からなかった俺は肩を落として俯いた。
「キリトくん…。
気にしないで今は勝利を喜びましょ」
「ごめん、アスナ。
…そうだよな」
愛する彼女や俺を信じてくれる仲間の前で弱さを見せるのが情けなかった。
けれど今だけは悔しさを忘れて勝利の余韻に浸ろうとクラインやリズ達とハイタッチを交わすのだが、やはり心の奥では何かが引っ掛かって軋んでいるのが分かる。
あいつらの強さ、一体何なんだ?
そんな疑問が湧きながらも1層ボス戦は幕を閉じた。