2024年11月16日 ーあと721日ー
波乱に満ちた1層ボス戦から2日が経った。
2層の主街区であるウルバスという直径300メートルのテーブルマウンテンを外周部だけ残して中を掘り抜いた街を ひとまずの拠点として、それぞれが改めて自己強化に勤しんでいる。
午前の狩りを終えてから街で昼食を取りつつ午後からはもう少し行動範囲を広げていこうかと話し合っていると、アスナの元に軍のサブリーダーであるユリエールさんからの呼び出しメッセージが来た。
どうやら急を要する相談事のようで、同時に招集の掛かったリズとシリカを含めた女の子3人でこの街の転移門からはじまりの街へと急ぎ足で向かっていった。
それからは俺とユイだけがその場に取り残されてしまい、そのまま街の外に出るわけにもいかないのでちょっとの間の暇潰しにということで2人きりで転移門広場からほど近い商店広場を観光していた。
出てくるモンスターがとにかく牛やら牛人間だらけのこの層ならではの名物らしい生乳100%のソフトクリームを、ものは試しにと買ってあげたら大喜びではしゃいでくれた娘の姿には大いに癒される。
ママには内緒というあまり深い意味は無い約束も本物の父子のような思い出として共有することが出来たので個人的にも満足だ。
「これ結構美味しいな、ユイ」
「はい、美味しいです!」
モンスター製の生乳から作られたとあって若干味の方には不安が拭えなかったものの、実際に口に含んでみるとその素材の本来の濃厚な味を殺すことのないソフトクリームにほっと安心できた。
中には見た目は普通でも味や食感などが予想の遥か斜め上を突き抜ける食べ物があるので油断ならないが、今回は当たりだ。
噴水近くのベンチに腰を下ろして買ったソフトクリームをじっくりと味わいながらのんびりとするこんな時間がずっと続いて欲しいのに、ふとした時にメニュー画面を開くと嫌でも残り時間が目に入ってくるのが腹立たしい。
もうこうなったらカーディナルの思惑なんか気にしないで意地でものんびりしてやる。
人間、休息もしっかりと取らねば肝心な時に全力を尽くせないのだから。
「明日は次の村にあるものすごくでっかいショートケーキのある店に行こう。
勿論これもママが鬼になって大変だから内緒だぞ」
「本当ですか!?
でも、ママが鬼になっちゃうとどう大変なんですか?」
「そりゃ…。
ママが鬼になるとモンスターをちぎっては投げちぎっては投げのオーバーキラーになって一緒に戦う俺達が出る幕が無くなっちゃうからな」
だって、1回あのケーキ奢らされたんだもん。
とは言わずに出会った当初の暴走気味な初心者であった彼女のやっていた所業を、多少面白おかしく脚色してその優しさの裏に垣間見る恐ろしさを娘にもしっかりと伝える。
恐るべきそれを想像してしまったのか、ユイはソフトクリームを食べる手を止めて喉をごくりと鳴らす。
うん、嘘は言ってないよ。
ユイならママを怒らせるようなことはしないとは思っているけれど、実際にそういう場面もあった方が親子らしいのかなと矛盾した思いが微かに自分の中に渦巻いていた。
傍から見ればただの家族ごっこに見えているかもしれないのは、まだ多少のぎこちなさの残る会話などで感じてはいる。
それでもやはり、自分達に惹かれてやって来てくれたこの娘との生活で終わりの遠すぎる最前線攻略で疲弊していた精神が穏やかな流れで洗い流されたのは事実だ。
そんな親孝行な娘をいつまでも見守っていくのは、たとえ血が繋がっていなくとも親として果たさなければいけない義務なのだろう。
他ならない自分の両親が甥であったはずの俺にそうあってくれていたのだから。
その後もウルバスの街の様々な場所を回っては買い食いをしたり面白そうなショップに寄ったりと、親子の楽しいひとときを過ごしておよそ1時間が経った頃。
アスナからウルバスに戻ってきたから転移門前まで迎えに来てとのメッセージを受けて、2人で足早に広場へと向かった。
するとそこへ近付く途中に3人の隣には見慣れない金髪の女の子が立っていたのに気付いて一瞬だけ足を止める。
不審がりながらも待たせるとあとが怖いので急ぐと、いきなりその女の子が駆け寄ってきて挙げ句には俺に抱き付いてくる。
「お兄ちゃん!
やっと会えたよぉ…」
はて?
確かに一昨日から今日まで俺はずっとアルベリヒにLAボーナスを奪われたことで落ち込んでたみたいだし、心配してくれたアスナ達があれこれ気遣ってくれたのは自覚してる。
でも、まさかの見知らぬ女の子との兄妹プレイで元気になるとでも思ったのか!?
「え~と、どちら様?」
「そっか…、この姿じゃ分かんないよね。
でも私だよ、お兄ちゃんの妹の直葉だよ!」
「嘘だ!
俺の妹の直葉はこんな胸も背もおっきくなぐは…っ!」
力強く抱き締めてくる彼女が俺の胸に顔を埋めてにわかには信じられない事を口走るので、うちの妹であるスグをバカにするなという意味を込めて強く否定するとみぞおちを殴られてしまった。
「あれから2年なんだから成長するのは当たり前でしょ!
って言うか久しぶりの再会なのにいきなりセクハラ!?」
「えっ?
本当にスグ…なのか?」
もしかしたら俺は街を回っている間にいつの間にかユイと昼寝をしてしまい、自分に都合のいい夢を見ているのかとも思ったが殴られた際の鈍い衝撃は本物だった。
どうすればいいのか分からずに後ろで一連のやり取りを黙って眺めていたアスナ達に、アイコンタクトで助けを求めたけれど全員がすっと横に目を逸らしてしまう。
「そうだよ。
もしまだ信じられないならお兄ちゃんが昔やった恥ずかしいこと全部ここで言ってあげようか?」
「いや、それはマジでやめてくれ。
とりあえずどこか落ち着く場所で色々と話をしたいけど、これだけは今聞きたい。
スグは…なんでここに来たんだ?」
既に1週間も前になるカーディナルによる説明の一部である『外部からのログインのみを認める』を思い出した俺は、肌寒い風によってさわさわと揺れる金色のポニーテールという現実とは違い過ぎる容姿の彼女に疑問を持ちながらも静かに問い掛ける。
「んー…。
囚われの王子様を助けに来た、ってところかな?」
現実世界にいるはずの妹とはあまりにもかけ離れた顔を持つアバターではあるのだが、にこやかにはにかむ顔はどことなく俺の妹のスグに似ているように見えた。