SAOー紅玉を貫く大樹ー   作:明石

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未来と過去

 リーファにはこの世界のことを色々と覚えてもらって欲しかったが、午後の予定である攻略を丸々サボる訳にもいかないためにアスナ達は「今日は兄妹の時間だから」と俺達を残し前線に繰り出していった。

 それからまずは街での様々なレクチャーをしようと本日2度目であるウルバス観光をしながら現実での彼女についても教えてもらった。

 

 ここに来る前は兄である俺が現実に戻ったらそれまでの距離を埋めようと毛嫌いしていたゲームに触れてみたこと、そしてALOという妖精になって空を飛べるゲームをプレイしていたこと、現実では剣道の全国大会で上位に入賞して高校も推薦で決まったことを。

 

それでも、剣道の練習をしている時に思うらしい。

他でもない兄を放って自分だけこんなことをしていて良いのか、と。

 

そんな思いに耽りながら2ヵ月ぐらい前に俺の見舞いで病室を訪れた時に、隣の部屋のSAO事件被害者が死亡して看護師などが駆け付けて騒ぎになるところに偶然出くわしたのだ。

程なくして、今度は俺の心拍数が急激に上昇して一瞬だけ呼吸困難にまで陥った騒動があったらしい。

日付で考えると、おそらくは74層ボスに二刀流スキルで特攻して勝ったと同時に数秒だけ意識が途切れた時のことだろう。

 

それから、自分の手で死を待つ兄を救うことは出来ないのかとずっと悩み続けていたらあのシステム暴走があって決意を固めたのだとも。

 

 

 驚きなことばかりではあったが、これから高校に入ってもしかしたら剣道全国1位を勝ち取っていたかもしれない彼女の青春を壊してしまった現実に俺はただただ申し訳ない気持ちに苛まれて謝罪の言葉が思わず漏れる。

 

 それにしてもいつの間にか学年も抜かれちゃったんだな。

 

「謝らないでよ、お兄ちゃん。

 私、ここに来たこと後悔なんかしてないよ。

 

 お母さんともお父さんともしっかり話し合った上で来たんだもん」

 

 リーファは俯いて謝る俺の右手を両手でぎゅっと握ってくれた。

 小さい頃、妹が落ち込んでると自分がしていた事を今ここで返されたのが少し嬉しくもある。

 

 どうやら新規でSAOの世界に飛び込む人にはクリア後の高待遇高保証だけでなく、プレイ中は埼玉県所沢市の防衛医大病院への入院を強制される。

 何の理由があってSAO対策チームのある総務省とはあまり関係のない防衛省、つまりは自衛隊の運営管理をしている省庁の管轄であるその病院に入院しなくてはならないのかは説明は無かったようだ。

 

「ありがとな、スグ。

 なんか楽になった気がする」

 

「ふふっ、どういたしまして。

 さっ、次はどこを案内してくれるの?」

 

 俺を追ってこの世界に来てくれたこと、自分を避けていた兄との距離を埋めようと努力していたことなど本当に色々な意味を込めた感謝を口にする。

 そしてお互いに小さい頃の仲良し兄妹を思い出したのか不思議と自然に手を繋ぐこととなったのが、ここ最近のてんてこ舞いな出来事から吹っ切れるきっかけとなってくれたような気になる。

 

 それは本物の家族だから?

 

 でも血筋的には自分の実の母の姉の子供ということで、スグは従姉妹でしかない。

 そうであっても家族の存在は力になるってことなのかな。

 

 

 

 

 その後は、転移門の使い方を実践してみたり物価が比較的安い場所で彼女の分のアイテムを揃えようと、はじまりの街へ移動する。

「飛べないのは不便だけどこれはこれでいいね」と呟く彼女にジェネレーションギャップじみたものを感じて開いた口が塞がらない事態にも陥ったが、なんとか兄の体裁を取り繕って自らの奢りでアイテムを揃えてやった。

 

 

 

 

 そして、この街に来たからには紹介しなければならないものがある。

 軍が拠点とするこの街の中心に佇む黒鉄宮1階に置かれているSAOプレイヤー1万人の名前を記し、命を落とせば二重横線が引かれてしまう生命の碑だ。

 いつもここでは見知った友人プレイヤーの死を信じられずに確かめに来ては、名前に引かれた横線でその友人がこの世を去ってしまったという残酷な現実を突き付けられて悲しむプレイヤー達が後を絶たないのだが、珍しく今日は全くいないようだった。

 

 決していつかお前も死ぬ、なんて嫌味ではなくてただ単純にこの世界で努力も空しく消えてしまった死者達のプレイヤーネームを見て何か感じたり彼らからの想いを引き継いで欲しいと願ってのこと。

 現実世界でのニュースで犠牲者の数を把握していた彼女であっても既に4千人近くの名前に横線が引かれていることには改めて胸を痛めているようで、彼らの冥福を祈って手を合わせている。

 

 デスゲーム開始初日に自らの利益の為に俺をMPKしようとしたCopel、βテスターである事を隠しながら第1層ボス戦で先導を切ったもののLAボーナスに固執してボスの事前情報との違いから敗れたDiavel 、おれが人恋しさから嘘をついて入った月夜の黒猫団のSachi、Keita達、その他大勢のボス戦で命を落とした攻略組の名前。

 

 それらを1万もの膨大なプレイヤーネームからピンポイントで探し当ててしまう自分に半ば呆れつつも、リーファを見倣って手を合わせて黙祷する。

 

 必ずクリアしてみせる。

 だから安心して眠っていてくれ。

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。

 現実世界にもさ、SAOを開発したアーガス本社跡地の横にSAO事件犠牲者の慰霊碑があるんだ」

 

「…そんなものまであるのか」

 

 黒鉄宮の生命の碑を後にした俺達はウルバスの町に戻ろうと、転移門のある中央広場を目指して大通りをゆっくりと歩いていた。

 もう夕陽で街が染め上げられる時間となっているようで、先程からこの街を拠点として今まで狩りをしていたプレイヤー達とすれ違うようになっている。

 

「私、お兄ちゃんが帰ってきても帰ってこなくてもそんな所には絶対行きたくなかったの…。

 でもさっきあの碑を見てそんな馬鹿な意地張ってた自分が恥ずかしくなってさ」

 

「うん」

 

 確かに悲しい現実を認めるのには勇気と支えが必要だ。

 SAO事件でその支えとなってくれる人がこの世を去ってしまえばその場所へ向かう足も無くなってしまうだろう。

 

「だからね、現実に戻ったらまた今日みたいに慰霊碑に『クリアしたよ』って報告しに行こうよ」

 

「ああ、いいと思うよ。

 必ず報告に行こうな」

 

 柔らかなオレンジ色の夕陽が背中を照らす中で、俺達兄妹は絶対に現実世界へ戻ることをこの場で再び決意として固める。

 

 クリアへの道程はまだまだ遠く果てしない。

 だからこそクリア出来たのか心配しているであろうかつての戦友達に、しっかりと報告をするまではこのデスゲームを終わらせることは出来ないのだ。

 

 

 

 

 小学生の頃、帰り道で俺は鈴の付いた首輪をした猫に遭遇したことがある。

 捨て猫なのかは分からなかったけれど妙に懐かれてしまい、それから毎日同じ場所に俺が帰る時にちょうど現れるその猫を撫でて可愛がったりなけなしのお小遣いで買った猫缶をあげたりしていた。

 しかし、出会ってから1週間が過ぎる辺りにその猫は突如姿を消してしまって、その翌日の帰り道で息絶えて道路の隅に打ち捨てられた猫を見付けてその夜はひっそりと枕を涙で濡らした。

 

 なんで今更そんなことを思い出してしまったのか、と我ながら訳が分からんと一笑に付そうとしているとその猫が付けていた鈴の音がふと鳴り響いた気がして俺は横を行き交うプレイヤー達に視線を向ける。

 

「サっ…!?」

 

 すると、麻痺や一時行動不能のステータス異常に掛かったはずも無いのに、全身が一瞬だけ痺れるのを感じてその原因を探そうと背後へと振り向く。

 しかし1日の狩りを終えて通りを歩くプレイヤー達の群れの中からそれを見付け出すことは叶わず、それにきっと自分の見間違いだと溢れ出しそうになる思いを打ち消す。

 

 有り得ないんだ、絶対に。

 もういないことはさっき確認したのに俺は何を期待してんだ。

 

 

 

 

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