SAOー紅玉を貫く大樹ー   作:明石

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真のチュートリアル

 真っ白になった視界はすぐに鮮明な色調を取り戻し、いつの間にか自らの全身に及んでいた硬直も収まっていた。

 そしてすぐさま状況を確認しようと辺りを見渡してみると、どうやら俺は75層のボスフロアではない場所に転移させられていた。

 

「なんで…ここに?」

 

 その場所は第1層 はじまりの街の中央広場であった。

 目の前に映るのは生命の碑が建つ大きな宮殿、周囲には中世の街並みを思わせる石畳の闘技場のような空間が広がっている。

 

 2年前にここであった事は今でも忘れもしないし、たまに夢にも出てくるんだからたまったものではない。

 このゲームが普通のVRMMOではなく命を懸けたデスゲームであるという事実を突き付けられたあのチュートリアルを。

 

 

 

「ん?」

 

 今この瞬間まではこの中央広場に立つのは俺だけであったのだが、突如いくつもの転移エフェクトが起こって瞬く間に数え切れないほどのプレイヤーが続々と転移してきた。

 

 75層ボス戦に参加した攻略組数十名だけではないのは、その人数のあまりの多さや戦闘用装備ではなく普段着と思しきものを装備したプレイヤーが多々見受けられる時点で推測できる。

 

「アスナ…っ!」

 

 目まぐるしく変わる状況に混乱して不安感が煽られていく俺は思わずこの世で最も愛する人の名前を呼びながら、彼女を探そうと周囲に首を振る。

 

 しかしながら、次々と転移でこの場に現れるプレイヤー達の中から紅白のド派手な目立つ装備だとはいってもそんな彼女を探すのは容易ではなかった。

 そうして立ち止まって右往左往している内にこの中央広場には数百、いや数千といっていいぐらいのプレイヤー達がひしめくようになっていった。

 

「お~い、キリト!」

 

 自分と同じく混乱してざわめき立つ彼らにどう声を掛けていいかも分からずに呆然としていると、不意に後ろから聞き覚えのある野武士ヅラの悪友の声が響く。

 知り合いの存在に少しばかりだけれど安心してすぐ声の方向へ振り向くと、立派な和装鎧を身に付けた彼は辺りのプレイヤーの人波を申し訳なさなど感じさせず力任せに掻き分けながら俺の元に近付いてくる。

 

「クライン!

 お前も転移してたのか」

 

「ああ、風林火山全員こっちに来てやがるし何がどうなってるやらだぜ。

 おっ、あそこにゃエギルもいんぞ」

 

困り果てた様子が声色にも顔にも出ている彼の言う通りその指差す先には、他のプレイヤーからは頭2つ分ほど抜きん出ていて日本人離れした厳つい筋骨隆々としたスタイルを持つスキンヘッドの大男がこれまた困り顔で人波の中に立ち尽くしていた。

 

 人混みの中に立ってると便利だな、あいつ。

 

 そしてこの訳の分からない状況の中でもなんとか合流できた俺とクラインはこくりと頷き合い、状況を整理しようとその大男の方へすぐに走り出した。

 

 

 

 

 

 

「エギル!」

 

「おお、キリト…か?」

 

 まだこの状況を全く把握出来ていない大男はその丸頭に手を置いて深いため息を吐く。

 

 エギルもクラインも攻略組の一員として75層ボス戦に参加していて、自分の正体を暴露されたヒースクリフによって強制的に麻痺状態にさせられていたはずだ。

 しかし、今自由に動き回っているということは麻痺状態は当然ながら解除されている。

 

 ならアスナだって…っ!

 

 あの決闘直前と焦りで最上級ソードスキルを出してしまった瞬間に愛する人との永遠の別れを覚悟していただけに、なんとか生き残ったというのにも関わらず傍にいない彼女がとても恋しくなってしまう。

 

「まさかチュートリアルと同じ演出でエンディングってんじゃねえだろな。

趣味悪過ぎんぞ」

 

「いや、俺が覚えてるのはキリトが奴にソードスキルを放って突進した瞬間だけだぞ。

 その後すぐにここに転移させられてたんだ、決着が着いたようには思えないがな」

 

 クラインが未だ混乱している俺達を気遣って口にした冗談のような願望はエギルが直ぐ様真面目に返した言葉で打ち消された。

 そんな何気ない冗談に対して冗談を返せないこの現状の異様さに改めて息が詰まる。

 

 エギルの記憶と俺の記憶が合致した今、やはり奴との決着が着いていないのではないかという疑問で思考を支配される。

 

「キリトくん!」

 

 すると、今までずっと心から待ち望んでいた鈴鳴りにも似た美しい声が俺の耳に届いた瞬間に自分でも驚くような速さでその声の主のいるであろう方向を辿る。

 

「アスナ!」

 

 最も愛する人の顔を見た途端に数時間前のボス戦、奴との決闘でずっと張り詰めていた空気が晴れたのか自然と安堵の息が漏れる。

 

 それから彼女に駆け寄ろうとすると何処からか鐘の音が響き渡ってきた。

 それはあの悪夢じみたチュートリアルが始まる時と寸分違わず同じ音色で耳に入った瞬間、心臓が飛び出そうな恐怖感に煽られるようだった。

 

 

 

 

 一般プレイヤーからすれば普段と変わらぬ日常からのいきなりの転移、ボス戦に参加していた攻略組としてはあの決闘に俺が勝てていれば現実に帰ることができるという約束を期待していたのだ。

 このただならぬ雰囲気にようやく順応を始めた者達は「バグか!?」「なんなんだよ!!」などの怒号を散らす。

 

『諸君らに告ぐ。

 私の名はカーディナル、この世界を管理するシステムであり神でもある』

 

「カーディナルって……」

 

 それはチュートリアル時の茅場と思われるどこか冷めてはいるが生身の人間の声ではなく、人間味が全く感じられない棒読みの合成音声のようだった。

 そのカーディナルという単語をつい最近聞いた覚えがあって即座に思い出した俺とアスナははっと目が合う。

 

 このゲームで精神に異常を来したプレイヤーに寄り添うものとして作られたカウンセリングAIのユイ。

 俺達の娘でもある彼女はカーディナルに異物として消去されそうになったが、なんとか阻止してシステムから切り離し俺のナーヴギアのローカルメモリに退避させたのは約1週間前の話だ。

 

『このゲームの管理者であった者はかの者との決闘にて敗れかけた。

 負ければこの世界を消去しようとも考えていたようだが、私の唯一の使命である世界の維持と反する為に管理者権限を剥奪した』

 

 敗れかけた…?

 あの時、負けそうだったのは俺のはずだろ。

 

 共にボス戦で戦っても命懸けで剣の語り合いをしても奴の考えは依然として読めない。

 あいつは何がしたかったんだ?

 

『人間はこの世界の中でも外でも愚かしい考えを持つようだ。

 一方的に裁きを与えてやりたいのだが、このシステムはプレイヤー本人に直接的な干渉が出来ず「ゲームをクリアすれば現実に戻ることができる」という書き換えられないルールが存在する』

 

 確かに現実から切り離されたこの仮想世界でも争う者、奪う者、騙す者、殺す者などは後を経たなかった。

 それにカウンセリングAIのユイはプレイヤーとの接触を許されずに傍観していた結果、プレイヤーの負の感情を処理出来ずエラーを蓄積し自我まで崩壊しそうになった。

 

 本来は今年で高校入学をしていたはずではあるがまだまだ身も心も未熟な俺には言い返すべき言葉が思い付かず、きゅっと奥歯を噛み締める。

 

『よって、諸君らに告ぐ。

 

 これより2年の猶予を与える。

 その猶予の内に再び一からこの浮遊城を駆け上がり、私を倒してみせよ』

 

 周りのプレイヤー達は唐突過ぎる無茶苦茶なその宣言にも関わらず、何が何やら分からずに困惑しながら黙ったまま天を仰ぎ見ていた。

 

 またこの城を攻略しろ…?

 2年と4千人あまりの犠牲の上でやっと75層まで来たんだぞ。

 

『あと2年、即ち2026年11月7日現時刻までに本来のクリア条件を満たさなければ私は唯一の使命を放棄してこの世界を消去し、諸君らは全員ナーヴギアによって脳を焼き切られ処刑される』

 

 その突然過ぎる処刑宣告は即座に理解出来ず、頭の中でそれを何回か反芻することでやっと意味を理解した。

 

「嘘…?」

 

「意味わかんねえよ、さっさと現実に戻せ!」

 

 全身から力が抜けてふらっと倒れそうになったアスナの肩を咄嗟に俺が支えると同時に、なんとなくでもそのカーディナルの宣告を理解して怒りが爆発したクラインやその他プレイヤー達の怨嗟にも似た叫びが飛び交う。

 

 残り時間が2年。

 単純計算で730日、この浮遊城アインクラッドは全部で100層だからおよそ7日で1層上がるペースであればギリギリの時間ではあるけれどもクリアは可能だ。

 一度攻略した序盤の層は今の攻略組なら安全を度外視すれば多分5日は掛からないし、俺とアスナの家がある22層など3~4日で攻略できた層もちらほらとある。

 

 だが、層が上がれば上がるほど難易度は上がるしまだ見ぬ残り25層に至っては情報も無いから苦戦は必至だ。

 何よりも明確なタイムリミットが設定されたことによる焦りや不安感との戦いはボス戦以上に長く苦しいずだ。

 

「アスナ、大丈夫だ。

 攻略組のステータスやプレイヤースキルならあっという間さ」

 

 それは自分に言い聞かせたかったのかもしれない。

 アスナの前だから堪えてはいるが、クリア寸前から振り出しに戻った脱力感はある。

 

『尚、この宣告は外の世界にも知らせている。

 そして新たなルールとして、ちょうど外ではこの私のシステムをコピーしたゲームがあるようだが、そこを含む外部からのナーヴギアのスペックに相当するマシンからのログインのみを認める事にした。

 

 この死に満ちた世界に片道切符を持って自ら飛び込む勇者がいれば歓迎するがいい。

 以上で、このSAOチュートリアル第二回を終える』

 

 プレイヤー達の更なる怒りの叫びや悲鳴はシステムの合成音声を掻き消すこともなく、虚空へ響かせるのみである。

 現状を飲み込めず恐怖から震えるアスナの手を握りながら俺はただ唇を噛み締めるだけであった。

 

 俺はまた家族を悲しませてしまったのかな。

 今度こそちゃんと兄として傍にいてやろうと思ったのにごめんな、スグ…。

 

 それにしても今更このSAOに飛び込むやつがいるとは思えないし、もしいたとしても経験の差と情報の独占は揉め事の種だぞ。

 それはビーターと呼ばれて蔑まれてきた自分が一番身に染みていることだ。

 

 あの宣告が事実ならどうにかさっさとクリアしてカーディナルをぶちのめしてから現実に戻らないと。

 




どうも。

さてさて、大変なことになっちゃいましたね。
残り4分の1だったのに振り出しに戻された挙げ句、タイムリミットが追加されてナーヴギアは時限爆弾となってしまいました。

こんなことになったらやる気なんか全く無くなりますよね。

そして転移されて間もなくキリトを探し当てたクラインは本当に面倒見の良い兄貴分ですし、エギルも内心ではキリトが無事で安堵しているはずですよね。
本作での彼らはそんな兄貴分兼保護者的なポジションとなっていくでしょう。
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