3層ボス戦が終わり振り出しに戻ってから初めて階層ボスのLAボーナスをかっさらって一安心している中で俺とアスナ、リーファとシリカにリズはドロップアイテムのダイスロール大会には参加せずにいち早く往還階段を上って4層へと辿り着いた。
予め階段を上っている間に準備していたアルゴへの3層ボス戦終了のメッセージを最後の一段を過ぎて4層の地面に足を踏み入れてからすぐに送信して、軽く伸びをしてほっと胸を撫で下ろす。
3〜4層の往還階段を包む四阿を中心にした丘は切り立った崖に四方を囲まれ、その崖の南西と南東に細い谷間が存在していてそこから青く澄み渡った水が勢い良く流れ込んでいる。
四阿のある青々とした草の生えた丘の周囲を流れる水が一周していて島になっている地形にはどこか懐かしさを覚える。
まさか、またここに来るなんて思いもしなかったな。
「今回は私が一番乗りよ!」
「待ってくださいよ、リズさ〜ん」
「ピナ〜、あんまり離れちゃダメだよ」
往還階段を誰が早く上るかという競争をしてい遊んでいた女の子3人の驚く様を見たくて、まだこの層のことをあまり教えていなかった俺とアスナはその後ろでにやにやしながらその背中を眺めていた。
すると、予想通りに往還階段の先にあるはずの道を探して島の水辺をうろうろする彼女達に思わず俺も隣にいるアスナも遂に堪えきれず笑い声を上げてしまう。
「ちょっと!
どうやって進むのよ、これ!?」
「キリトさん、笑ってないで教えてくださいよー」
先に進む道が谷間の奥にあることは分かっているようだが、この島を囲む水が意外と深いためにそのまま構わず進む訳にもいかない。
そこまでは推理出来ている彼女達の想像した通りのリアクションを堪能した俺は、四阿の裏手にある針葉樹を指差して説明を始める。
「主街区までは泳いでいくんだよ。
あそこに生ってる木の実を膨らませると浮き輪になるからさ」
「この世界で泳ぐのは現実とは勝手が違うんだけど、これがあれば溺れることはないよ。
ふふ、全員分の水着も用意してるからね」
同じく笑ってリアクションを楽しんでいたアスナが俺の説明の補足をするまでか、ここにいる全員の水着を予め作って用意していたという女子力を極めた者だけが得られるらしい圧倒的な気遣いスキルを発揮する。
俺の水着に変な柄を付け加える最悪の事態を阻止するために昨夜はずっと彼女のご機嫌を伺って召使いのようにあれこれと尽くしたので、なんとかその事態は避けられているはずだ。
SAOに限らずにVR世界では液体環境の再現度が低いせいでお風呂や湖に浸かるとその現実とは若干違う水圧や流動性などの違和感を覚える。
慣れないその状態で泳ぐのは難しいし溺れてしまえばHPが減っていき死んでしまうのだが、浮き輪のような補助具があれば大体1〜2時間で慣れることが可能だ。
「あの、私泳げないんだけど…」
申し訳なさそうにスカートの裾をぎゅっと両手で強く握りながらリーファはそう俺に助け舟を求めるかのような悲痛な視線を向けながら呟く。
その告白で彼女に集まった注目が自然とその兄である俺へと移るのを感じて、スグが『泳げない』といった理由を思い出そうと頭を捻る。
あれ?
運動神経はいいんだし泳げないはずはないと思うけど…?
「……ああ!
そうだ、スグはカナヅチなんだったっけ」
小さい頃、川越にある自宅の庭にあった池を眺めていたスグが足を踏み外してそこが幼児にとっては意外と深いのもあって溺れてしまったのを俺が助けたという事故があったのだ。
その後、小学校に入学してからの水泳の授業では『カナヅチだから』は見学の理由としては通用しなかったのか、参加はしていたようだが帰ってきてから居間で泣いていたのを見たこともあった。
「どうするの、キリトくん?
リズもシリカちゃんも泳ぐのは初めてだっていうし…」
隣に立っていたアスナの問いに即答できなかった俺は浮き輪になる実が生る針葉樹と水面の先にある主街区への漠然とした方向とに目を移しながら、この先の進み方を考える。
往還階段から主街区までの道、及び前の層のボスが倒されてからの30分間はモンスターのポップ率が下がる。
しかしながら浮き輪があるとはいえ、その途中でモンスターと遭遇して慌てて必死で逃げた経験のある俺とアスナとしてはカナヅチ1人に初心者2人の万が一の時のフォローは、水中戦で相性の良い槍使いもいないので結構厳しい気もする。
崖は脆い素材で出来ているせいでクライミングを試しても途中で落ちてその落下ダメージも高さによっては死ぬことがあるので登って近道なんていうズルは不可能だ。
「こうなったら、3層の迷宮区から転移門がある街に戻って4層アクティベートを待つしかないんじゃない?
ゴンドラが主な移動手段になるから泳ぐのは主街区までだけなんだよね」
「う〜ん、そうなるかな。
でも浮き輪は後で使うけど俺体術スキルまだ無いし」
大事な妹のコンプレックスを忘れてしまっていたショックを引きずりながら悩んで手をこまねいている俺に具体的なこの先の提案を示すアスナにこくりと頷いて同意する。
しかし、浮き輪の実が生っている針葉樹から実を落とす為には打撃属性ソードスキルが必要不可欠であるのだが以前とは違って俺は体術スキルが無いので落とすことは出来ない。
あのスキルを取得できるクエストをクリアするには、現時点の筋力値では3日は掛かってしまうので一時も無駄に出来ない現状では後回しにせざるを得ないのだ。
アルゴが大まかな計算と他にクリアしたプレイヤーのその時の筋力値を聞き込んだ情報から半日でクリア可能な推定値は弾き出されているので、そこまで鍛えられたら行って速攻で終わらせるつもりだが。
「じゃあ、リズ。
あの木に単発技ぶつけてみてくれない?」
「分かったわ」
そうアスナに促されて自らの得物である片手棍を手に取ったリズはすぐにその実が生る針葉樹の前に駆け寄ってまずその堅さを確かめようとあちらこちらを触る。
「勢い余ってへし折るなよ」
「あんたじゃないんだから力加減はちゃんと考えてるわよ!」
その後、一息入れてからソードスキルを発動させようと構える彼女になんとなく普通に声を掛けたつもりなのに、とんでもない速度のカウンターが返ってきて俺は思わず目を背ける。
だから、あれは仕方無かったんだって…。
思ってたよりもあの剣の方が耐久値低かったんだからさ。
「おい、キリの字よ。
忘れ物とか言って女の子達、戻っていったけどいいのかよ…?」
へし折ることなくリズはきちんと浮き輪の実を人数分落としてくれたので一つずつそれをストレージに入れてから、カナヅチのリーファを伴った彼女らが先程上ってきた往還階段を戻っていったのと入れ違いに来た風林火山のメンバーらやエギルとその仲間達が上がってきた。
「平気平気。
急げば1時間半で主街区に戻れるしそっから転移してくれば合流できるから」
戻っていった彼女らを不思議に思っていたクラインにそう説明するのと同時にもう勝手の分かっているエギル達は手早く浮き輪の実を落として泳ぐ準備をしていた。
まだまだ数十個以上生っているこの実は多少欲張って取っても大体16時間ほどでまた元に戻るし、取りに行くにはボスはもういないのだが3層迷宮区を踏破しなければならないのでそれが面倒な人の為に売り物にしているプレイヤーもいるらしい。
でも肝心の需要は攻略組以外にあまり無いしあとは遊びに使う程度だと思うけどね。
それにしても、なんで俺はこんなむさ苦しい男達と一緒に泳いで主街区まで向かわなければならないのだろうか…?
そんな疑問が胸の内に湧くと共に俺も快適に泳ぐために装備重量を減らそうと黒ずくめの一張羅から海パン一丁に装備し直す。
後ろ側に牛柄や熊柄のプリントが無いことを確認した途端にずっと気にしていた不安の種が除かれていき心の底から安堵する。
俺も男だ。
こう見えてもアスナ他女の子達の水着姿にはちょっと期待していたのに、今目の前に広がる上半身裸の男達しかいないこの光景にはため息が漏れる。
まぁ、妹のカナヅチを忘れていた罰として甘んじてこの状況を耐えるしかないか。
そう思考を自虐的に転換しながら俺は遥か彼方に聳えるこの4層迷宮区と、かつて共に戦った彼女がいる可能性のある城への方向の空を交互に見上げる。