サンタさん
2024年12月24日 ー残り683日ー
この1ヶ月間でアインクラッド攻略はティターニアの勝手なボス戦も5層と7層であったが、それ以外は順調に進んできて最前線は9層となっ ている。
攻略組全体の平均レベルも大体26を過ぎてきたといったところで何日 か後の9層ボス戦では層×3の安全マージンも確保できているだろう。
キャンペーン・クエストの方は、3~8層で白エルフとの全部で6つある聖堂の鍵の争奪戦をクリアしてあとは鍵をエルフの女王に献上するのみだ。
それに関しては以前のクエストでの功績を認められて女王の護衛に昇格しているはずのキズメルとの再会が楽しみではあるが、とある懸念 も残っている。
まだまだ問題は山積みではあるけれど、現実世界での今日はクリスマ スイブということで俺達は攻略とクエストを一旦お休みして羽根を伸 ばすことにした。
その中で娘であるユイを持つ俺とアスナは現実の暖かい家庭を味わって欲しくて彼女へクリスマスプレゼントを贈ろうとそれぞれ動いている。
「キリトくん、リーファちゃん。
気を付けてね」
「大丈夫だって。
アスナの方こそ頑張れよ」
この層で拠点としている宿屋のロビーでプレゼントに必要な素材が入手できるクエストの準備をして出発しようとしていた俺とリーファを 心配そうな表情で気遣いながら見送りに来た彼女の姿に思わず笑いがこぼれる。
宿屋から一歩外に出ると痛いほどになった寒空に耐え切れずに身が縮こまるが、降り積もった雪によって街全体が白のグラデーションに彩られているこの幻想的な風景には童心がくすぐられてしまう。
「寒いね~」
白い息を吐きながら防具の上に防寒着を着込んでも襲い掛かる寒さにはもう既に参っている様子のリーファは愚痴を漏らす。
最前線となっている9層主街区の転移門までの道程はこのイブであっても攻略に勤しむプレイヤー達でごった返しているため、妹とはいえ女の子と2人で出歩く俺は彼らに殺気じみた視線をぶつけられていた。
そのリア充爆発しろ、みたいな目は止めてくれよ…。
「ああ、ゲームの中だってのに寒いよな。
しかもこんな積もってると雪合戦でもしたくなる」
「今日は皆クリスマスパーティーの準備で忙しいから明日にでもしようよ」
アスナが今あるものでプレゼントを作っている間にリズとシリカはユイの遊び相手、クラインら風林火山とエギル達はパーティーで使う食材を調達に行ってくれている。
こちらから頼んだ訳でもないのに自主的に動いてくれている皆の協力はとても有り難く思える。
1年前の独りで死に場所を探したクリスマスとは何もかもが違う。
これもサチが遺してくれた「キリトには生きててほしい」というメッセージのお陰なのか…。
9層の転移門から6層の主街区に降り立った俺達はその外れにある牧羊で生計を立てている設定のNPCに会いに行き、「うちの羊に危害を加えてくる野生化した凶暴な羊の群れを追い払ってくれ」といった内容 のクエストを受注した。
このクエストは報酬が大量の羊毛と羊肉素材で料理か裁縫スキルが無ければ売って儲けにするしか無いのだが、凶暴な羊の経験値は美味しいので俺は以前にクリアしたことがある。
「あれ、倒すの…?」
街を出て道なりに少し歩くと差し掛かる小さな河原の一角にクエスト目標となる羊がたむろしていて、それが視界に入るとリーファは戸惑いながら横にいた俺に向き直る。
「近付くと今の可愛さが吹き飛ぶくらい暴れるから気を付けろよ」
そう、クエスト目標が普通に可愛くて愛嬌のある円らな瞳の羊なのだ。
しかしプレイヤーが近寄ると瞬く間に様相が変わってしまって暴れ猪も裸足で逃げ出すほど暴走するので油断は禁物だ。
「だってモコモコじゃん!
あんな可愛いの倒せないよ!」
あの羊モンスターに一目惚れしてしまったらしいリーファは背中に吊った剣に手を掛けた俺の左手を掴んでそれ以上は行かせまいと立ち止まる。
そこで俺はあれの恐ろしさを知ってもらおうと右手を剣から離して腰に装備したピックの内の1本を手に持ってから、最近取ったばかりの投擲スキルの初級技<シングル・シュート>を狙いを定め発動してそれを羊の中の1匹に投げ当てる。
「メ…? メ、メェェェェ!!」
ピックが見事に頭頂部に刺さった羊が鳴き声を上げると、他の6体の羊達も共鳴して凶暴化してこちらを振り向き赤く光る眼でもって睨んでくる。
先程の主街区で俺を「リア充爆発しろ!!」だなんだと言って睨んできた攻略組プレイヤー達よりもこの羊の群れの方が眼光が鋭く感じるのには流石に苦笑が漏れる。
「お兄ちゃんのバカ!
折角可愛かったのにもう倒すしかないじゃん!」
攻撃されたことで敵と認識した俺達に向かって一斉に突進してくる羊達を回避しながらようやく腰に帯びた剣を抜いて剣道の動きが染み付いた戦闘体勢を取るリーファは背中越しに俺に文句をぶつける。
「ユイの為だからな。
悪いけどその毛が無いと困るんだよ!」
一直線に突進を繰り出した羊を紙一重で避けながら俺は単発水平斬りソードスキルの<ホリゾンタル>を発動させてその毛皮に囲まれた胴体を斬り払ってダメージを与える。
その凶暴さは伊達ではなく攻撃力は侮れないのだが、モコモコの毛に身体を護られていても防御力は大したことないのでレベルや装備の分もあって一撃でHPを4割は削れてしまう。
そして難なく羊を倒した俺達は街外れの牧羊地に住むNPCから報酬でどっさりと羊毛と羊肉を頂いた。
以前クリアした時も今回も明らかに倒した羊の分よりも多く大量に貰ったそれを不思議に思っていた俺はこのNPCが育てている羊の数を数えてみたら、眠くはならなかったけれどクエスト受注した先程よりも羊の数が減っていた。
まさか…ね。
数が減っている原因としてひとつの可能性が思い当たるがそれは気にしないことにして俺達は直ぐに9層の宿屋へ戻ってから、自らの娘や夫である俺の為に裁縫スキルを習得しているアスナに羊毛を渡した。
そしてユイのお守りをしてくれていたリズやシリカと合流して夜に開催する予定のクリスマスパーティーまで外で雪遊びをしながら時間を潰した。
それから時間はあっという間に過ぎて夜になると、街は色とりどりのイルミネーションで照らされていよいよイブ本番といった雰囲気を醸し出し、誰もが童心に帰ったかのように浮き足立つ。
その中でこの9層で格安で借りることのできる一軒家を使って俺達は風林火山やエギル達、シンカーさんら軍の精鋭メンバー達を招待して盛大なクリスマスパー ティーを開催した。
宴は夜更けまで続いてまた明日からも攻略頑張ろうと締めくくった後に大いに騒いでくたくたになりながらも宿屋に戻った俺とアスナは、早速ユイを寝かし付けてから彼女の枕元にクリスマスプレゼントを置いて翌朝の彼女の反応を期待しつつ分達も深い眠りに入った。
そして翌朝。
きっちり現実の寒空を再現している外とは違って建物の中は暖かい空気に包まれているために、分厚い布団に籠城してあまりの寒さに耐えているうちに二度寝してしまうことは無いのがちょっと寂しくもある。
「わー!
ちゃんといい子にしてたからサンタさんが来ましたよ!」
「ふふっ」
「良かったな、ユイ」
起きてからすぐに枕元に置いたプレゼントに気付いたユイはそれを大事そうに抱えながら俺達に向かって自慢気に喜びを見せていた。
その様子を俺もアスナも微笑ましく見守りながらプレゼントを開けてみることを彼女に促す。
「あっ、これママのギルド制服にそっくりです!」
プレゼント箱を開けて中に入っていたアスナの血盟騎士団服をそっくりそのまま娘のサイズに合わせたかのような服を取り出したユイは一 目でそれが気に入ったのか満面の笑顔を見せてくれた。
他にもマフラーや手袋、ニット帽などの母の愛が溢れんばかりの防寒具や洋服の数々が箱には入っている。
誕生日とかクリスマスといったプレゼントではゲームばかりねだってきた昔の自分が懐かしくなるな。
もう俺もプレゼント貰える歳じゃないしこれからは大人として贈る側になっていかなきゃ。
「いくら何でもあれはなあ?
気に入ってくれたからいいものの…」
「何言ってるの、キリトくん?
君の分のコートもあるから皆でお揃いの服着て買い物でも行きましょ」
嬉しがりながら鏡の前で自分の体と服を合わせる娘の姿に和まされながらも自分の服とお揃いを贈るのはどうなんだろう、と横にいるアスナに呟くととんでもないカウンターじみた言葉が返ってきた。
以前にヒースクリフとの決闘に負けて血盟騎士団に入団させられた時に俺が着ていた紅白のド派手なコートを、いつの間にかストレージから取り出していた彼女のぎらぎらとした視線に身の危険を感じて思わず後退りをする。
こうして、妻の押しに負けた俺はそのコートを身に付けて母とお揃いの服に着替えた娘と一緒に外に出てすれ違うプレイヤーに二度見される恥ずかしさを隠しながら買い物をさせられる羽目になってしまった。
確かに一応は決闘に負けてから血盟騎士団に所属してる身だから制服は着なきゃいけないとは思うよ?
でも黒が服装のどっかしらに無いと落ち着かない禁断症状じみたものが出てくるから正直キツいです。
最終的には恥ずかしさには慣れたけどさ…。
でももう俺にも他の皆にもユイがAIであり本物の人間ではないという認識は完全に消えている。
データの集まりであってもAIは命あるものに変わりないのだ。