「申し訳ありません!
秘鍵を奪われた責任は必ず私と人族の勇者達が取ります!!」
立ち込めていた煙幕が晴れて状況を把握したリリーは地に伏して女王に許しを乞う。
その後ろ姿をかつてのキズメルと重ね合わせてしまった俺は複雑な思いのやり場を探して右手の拳を強く握り締める。
戦いたくない。
でも、戦わなければ2年後に自分を含むプレイヤー6000人余りが死ぬ。
いや、それは極論に過ぎない。
フロアボスとなったキズメルと懇意にしていた俺やアスナがこの層のボス戦を放棄しても、他の攻略組プレイヤーが生き残る為にメンバーを募って彼女を殺すかもしれないのだ。
そして女王に「秘鍵を奪った裏切り者を討伐しろ」という命を報酬を貰ったこともあって今更断る訳にもいかずにそれを受けた俺逹は、秘鍵にて封じられたものがいる城の地下へと向かわされる。
「キリトさん…。
大丈夫ですか?」
その道中、階下を覗けば漆黒の闇を思わせる不気味な気配の漂う螺旋階段を急いで下りているとシリカが横からそっと声を掛けてくる。
彼女の肩に乗っていた使い魔のピナも俺を気遣うような視線を向けながらきゅるる、とか細げに鳴いていた。
「…大丈夫だと思いたいけどな。
正直キツいよ」
1層のアニールブレード取得クエストにて、病気の薬となるリトルペネントというモンスターがドロップした種子を持ってきた俺にお礼を言ったばかりか、その直後に現実世界に残してきた家族を思い出してベッドに倒れ込み泣いてしまうと頭を撫でて慰めてくれたアガサという少女NPC。
3層のキャンペーン・クエストにて、争いで妹を亡くし自らの死に場所を探しながら森エルフと戦っていたのを俺とアスナで助けて、その先何ヵ月か寝食を共にしたりくだらない冗談で談笑したり戦闘では背中を預けたりしたキズメルという女性NPC。
35層の迷いの森にて、HP回復能力を持つモンスターに囲まれて窮地に陥った主人であるシリカを庇って命を落としたこともあったりと基本アルゴリズムから外れたイレギュラーな行動が目立つ使い魔のピナというNPC。
そして、22層の森で出会い記憶を失っていたところを保護して自分逹の娘としてこれまでずっと共に暮らしてきたメンタルヘルスカウンセリングプログラムでもあるユイというNPC。
そのNPC逹は他の場所で出会ったNPCよりも遥かに本物の人間らしい動きや思考を見せては皆一様に驚かされてきた。
しかし、だからといって他のNPC逹が偽物の命であるから何をしようがどう扱おうが関係が無いなんてことではない。
「私とキリトくんでキズメルの相手をするから、リズ逹はボス本体と戦いながら攻撃パターンの分析とダメージ蓄積に当たって」
「アスナ、待てよ!
キズメルを倒すつもりか!?」
先頭を取っていたリリーのすぐ後ろを走っていたアスナはそう静かに言い放つが、それが意味するものを分かっていない気がした俺は前にいる彼女に向かって反論する。
確かに攻略組を引っ張っていく立場としてはより安全で効率の良い選択をしなければいけないのは重々理解はしているけれども、NPCを囮に利用しようとまで考える『攻略の鬼』にはもう戻って欲しくはない。
「…ごめん、キリトくん。
攻略組リーダーとして私が全部背負うから」
少しだけこちらを振り返った彼女は今にも泣き出してしまいそうなほど悲痛な表情をしていた。
その痛々しいまでの顔から心に突き刺さるものを感じて吸い込んだ息をぐっと飲み込む。
「いや、俺も背負うよ。
…一緒にキズメルを止めよう」
ボス戦で取り巻きの護衛を残したままボス本体を倒した場合は、護衛も討伐した扱いとなって経験値やコルなどを取得できるけどそれを実際に行ったのはβ時代の話なので設定が変わっていてもおかしくはない。
こうなってしまったならば直接手を下さず可能性は低くてもそれを狙って2人でずっと粘るしかないだろう。
それしかない。
もしかしたら剣を交えている間に目を覚ますことだってあるかもしれないのだ。
それから無限にも続きそうな螺旋階段を下りきって封印の間へと辿り着いた俺逹は、自分をこれまで封じてきた秘鍵を喰いちぎって粉々に破壊した狼型のフロアボスとその前に立つキズメルと対峙する。
「狼のバックステップからの咆哮は耳を塞いで防御しても15%の確率でスタンになるから、その場合は状態異常にかかった人をカバーして立ち回ってくれ。
あとは、素早いけど攻撃の事前動作はパターン化されてるからここの5分間の戦闘でしっかり慣れておけば後が楽になる」
「分かったよ、お兄ちゃん。
…そっちも気を付けてね」
現在最前線にいる攻略組プレイヤーでまだフロアボスとの戦闘の経験が少ないリズ逹に最低限頭に叩き込むべきアドバイスをしてから、俺とアスナは未だ揺らぐ覚悟をひとまず隅に置いてからそれぞれの剣を抜いた。
それに続くように彼女らも自分の得物を手に持って若干緊張気味といった様子でボスをしっかりと見据える。
俺にも迫る強さを持ってるスグならもう皆を守っていける。
それを物語るように彼女の右手に装備されている片手剣の固有名《黒柳》の強化を重ねて艶の出ている刀身が頼もしげに黒く光ったように見えた。
最初はその珍しい和銘は、かつての俺の愛剣であった50層LAボーナス品のエリュシデータをインゴット化してそれを元にして作ったためだと思っていたが、それから何回か剣をインゴットに戻してからの作り直しをしてもその共通した《黒+樹木名》の和銘は引き継がれていった。
後から仕入れた情報によるとなんでも片手剣カテゴリで和銘を持つ剣は獲得例が数えられるほどしか上がっていないレア中のレアらしく、マニアの中ではかなりの高値で売買されているという。
武器の銘は完全ランダムで決められるのにそんな毎回レア中のレアを引き当てちゃうなら宝くじも当たっちゃうんじゃないか?
でも現実では剣道少女のスグには和銘の剣が一番似合ってる。