ユメセカイ
「キリトくん!!」
私にとって、いや誰にとっても衝撃的な展開が続いた。
ティターニアのリーダーであるアルベリヒにいきなり後ろから斬りかかったキリトくん。
しかし、何故か《Immortal Object》という設定を持つ為に攻撃は阻まれて彼は反撃を受け胸を剣が貫いた。
それだけでも信じられないような状況なのにキリトくんのHPは尋常じゃないスピードで削られていき、遂には青く光るポリゴンの欠片へと爆散した。
その瞬間、全員がキリトくんの末路を見届けていたように見えた。
すぐに駆け付けてアルベリヒに事の追及をしようと身構えると、不可解な出来事に面を食らって動くことができなかった。
「なんだ!?」
アルベリヒを始めとしたティターニアのメンバー及び死んだはずのプレイヤー達の全身が青いエフェクトが包んだかと思えば、どこかへと転移していったのだ。
その直前の慌て様からして自分達で転移結晶を使ったのではなさそうだが、こんな現象は初めて見たので真相は分からない。
そこから先は現攻略組最強プレイヤーのキリトくんが死んだ事実が広がっていき士気が下がる中を私は必死になって態勢を立て直そうと尽力した。
PKによる死者1名、戦闘時間105分と長く苦しいボス戦を終えた直後に私とリズ、シリカちゃんとリーファちゃんは10層へと続く往還階段を駆け上り主街区の転移門のアクティベートを済ませてからはじまりの街へ向かった。
10層開通の街開きに沸き新たな街への観光に繰り出す観衆を余所に私達は黒鉄宮の1階に鎮座する石碑で彼の死を確かめようとしていた。
『Kirito』の名前はすぐに見付かった。
けれども死者には名前に二重横線が引かれて右に死因と死んだ月日が表示されるはずのそれは無かったのだった。
生きているの…?
でも確かにあの時キリトくんのHPは0になっていた。
不自然なのはそれだけじゃない。
システム上の結婚をしていて片割れが亡くなった場合、一方的な離婚と同じく生きている方の足下に死んだ片割れの全アイテムがオブジェクト化されてドロップする。
それは当時はやたらと物知りだとしか思っていなかった団長、ゲームの開発者である茅場明彦から教えてもらった設定なので間違いはない。
それにメニューを開いてキリトくんのステータスを参照するとストレージの回復アイテム類は私がボス戦で使った分以外に減った様子も無いのにも関わらず彼のHPは全回復していた。
フレンドリストから現在地を確かめてみると、『樹海 セルベンディスの神殿前広場』などという今までに見たことも聞いたこともないエリアが示されていた。
そんな疑問だらけの状況ではあるけれど、キリトくんは生きているのだと信じたい。
そう結論付けた私達はまだ胸にぽっかりと穴が開いたような感覚が残ってはいたが、彼が帰ってきた後の負担を減らそうと再び攻略に戻ろうと決意した。
攻略に勤しむのは寂しさを払拭する為でもある。
キズメルとキリトくんを失った傷はとても大きく、その夜は1年の終わりである大晦日だというのにユイちゃんと宿屋のベッドに潜って泣いたまま除夜の鐘の音を耳に留めて過ごした。
2025年1月4日 ー残り672日ー
元旦の午後から始まった10層攻略は順調に進んでいた。
その間に私は血盟騎士団の再興に追われていて、フィールドよりも街の中を駆け回る時間の方が長くなってしまっている。
リズ達は風林火山やエギルさん達と一緒に自己強化と攻略に一生懸命励んでいるようだ。
キリトくんの抜けた穴は予想以上に大きいために苦労はしているはずだけど、いつか帰ってきた彼に胸を張って『おかえり』と言いたくて誰も弱音を吐くことはない。
そんな中、私が率いる血盟騎士団とシンカーさん率いる解放軍の人員を割いて中層で攻略組を目指しているプレイヤーの指導を行い戦力の底上げを図る計画が昨日から始まっていた。
来る25層、50層、75層のクォーター・ポイントで死者を出さずクリアする為に、昨年末から私とキリトくんとアルゴさんで話し合った結果の計画だ。
安全が保障された場所やクエストでしか狩りを行わない一般プレイヤーからして見ればもう2度目となるボス戦で死者を出すことは有り得ないという考えはかなり根強いようで、実のところ現攻略組はそのプレッシャーとも戦っている。
ボス戦などの経験が無いそんな人達の気持ちも理解は出来るからなんとしてでも死者を出さずにボスを倒していかなければならない。
そんなこんなで私は10層主街区の転移門前で攻略組に入りたくて中層でレベル上げを行っているらしい小規模ギルドとの面接と相談をするため、彼らの到着を待っていた。
何気無しにメニューを開き元気を取り戻そうとキリトくんのステータスを見てみると、昨夜に見た時よりもレベルが上がっていた。
現在地『樹海』であることには変わりないけれど、ここ数日間ずっと高効率なレベル上げをしているようだ。
まったく、どこで暴れてんだか…。
メッセージぐらい返信してくれればいいのに。
「やぁ、アーちゃん。
連れてきたヨ」
現攻略組と中層プレイヤーとの間を取り持ってくれているアルゴさんがその小規模ギルドを連れてきたのだと思い、メニューを閉じてからそちらを見詰める。
「お一人ですか?
装備や役割の相談があると聞いて全員で来てほしいと連絡は返したはすですよ」
「実は昨日、僕以外のメンバーがPKされて……」
大晦日のボス戦以来姿を消したティターニアのように隠し事をするのであればこの件は無しにしたい、そんな思いがあって私はあえて厳しく注意する。
すると、アルゴさんの後ろにいたプレイヤーは今にも泣き出してしまいそうな見ているだけでも辛い悲痛な表情でこちらを一瞥してから俯き加減に事情を口にした。
「ごめんなさい、失礼しました。
誰によるPKですか?」
自分以外の仲間を失ってしまったばかりだという事情を知らずに口調を強めた事を謝りつつ、思い出すのも辛いとは思うが手口や下手人の情報の共有の為に問う。
「……笑う棺桶です」
ラフィン・コフィン。
史上最悪の殺人ギルドが年を改めていよいよ動き出してしまった。