現時点での最強レベルのプレイヤーであっても刺してしまえばほんの数秒でHPを全損できる武器。
そんなものを持った快楽殺人者の集団が今もどこかに潜んでいる。
今はまだキリトくんや攻略組志望ギルドへの手口が似ていることからの憶測でしかない。
それでもこの殺伐とした世界で2年も過ごしてきて鋭利に研ぎ澄まされた直感によって自分なりの推理には自信を得ている。
ふぅ、と息を漏らしながら私はテーブルに置かれた自らの左手の薬指に付けている結婚指輪へと目を移す。
小さな透明の宝石があしらわれたシンプルなその指輪は、値段が現実世界での似たようなデザインのものよりもかなり高額な割りには大した特殊効果も無いただのオシャレ装備のひとつでしかない。
けれども私にとってこの指輪は世界で一番愛している人の贈ってくれたとてもとても大切なものなのだ。
だから同じく効率主義者なのに攻略には役立たないこの指輪を四六時中身に付けてくれているであろう彼からそれを通じて勇気を貰える気がした。
しっかりしなきゃ…。
もう黒の剣士と聖騎士の陰に隠れているだけじゃダメなのだから。
これから考えなければいけないことは情報の周知とPK対策、ラフィン・コフィン再捜索及び再討伐。
しかし、一般プレイヤーの不安を無闇に煽っては来る25層に向けての攻略組増強計画にも支障が出てくるので今回のPKの手口や武器などの情報は選別してから拡散しなければならない。
そして一番の問題は、そんな対峙するのも恐ろしい武器を持つ集団をどうやって無力化するのかといったところかもしれない。
現状は監獄エリアのある1層の黒鉄宮を拠点としているアインクラッド解放軍が捜索を行っているがそれをこの先も続けていけば、遅かれ早かれ犠牲者も多数出るはず。
その役目を彼らだけに押し付けるつもりはないけれども、正直他の聖竜連合などの攻略組ギルドや私が率いる血盟騎士団でもそんなものを進んで引き受ける人間はいないし強制も出来ない。
私だって恐い。
当たらなければいいだけであったとしてもその即死武器を持った複数のプレイヤーに囲まれてしまえば一貫の終わりだから。
でもキリトくんならきっと自分を囮にしてでもラフコフと戦うはずよね。
その中にいるはずのアルゴさんの偽者を騙り黒猫団ごとキリトくんを嵌めて殺そうとしたプレイヤーを炙り出す為に…。
「…アーちゃん。
やっぱりそう簡単に打開策は思い付かないよナ」
「ごめんなさい、アルゴさん。
お役に立てず…」
「気にするなヨ。
キー坊みたいな奇想天外の塊以外に策が思い付く訳ないじゃんカ」
今まで思わず「はぁ?」と呟いてしまうほど訳の分からない事をしてきては驚きを与えてきたキリトくんの姿をずっと見てきた私達だからこそ、それを思い出すとついつい笑いが込み上げてくる。
今だって誰も見たことも聞いたこともないエリアで大暴れしててちっとも連絡がない。
帰ってきたら怒りたいけれどその前に泣いてしまうであろうことは我ながら容易に想像できる。
「大丈夫、心配ないよ。
私が皆とこの世界を守るから」
急に声がしたかと思えば私達の座るテーブルとは数m離れたカウンター席に腰掛けていた見知らぬ女の子プレイヤーがにこっと笑いかけてくる。
薄紫色の髪を胸の辺りまで伸ばし、胸を強調した全体的に露出度高めな濃い紫の軽装備を身に付けたその女の子は屈託の無い笑顔を保ちながら私達に近付いてきた。
なーんかキリトくんってこういう年上っぽい女の子好きそうだよね。
まさか私に一度も連絡もしないでこの女の子と会ってたんじゃないかな~?
という、女としての本能的な直感が一瞬だけ働いたのは気のせいだろう。
「はじめまして、私はストレア。
ユイちゃんのお仲間のMHCPです」
その唐突な言葉にどう反応していいか分からない私やアルゴさんは思わず開いた口が塞がらないまま呆然としながら彼女の次の言葉を待った。
《MHCP》とはメンタルヘルスカウンセリングプログラムの略称であることはそのひとつであったユイちゃんから説明された。
ゲーム内で精神的な問題を抱えたプレイヤーの元へ駆け付け問題を解決する助けをする為の人工知能プログラムがMHCPの使命であった。
だが、デスゲーム開始時にプレイヤーとの接触を禁じられてしまったそのAI達は死への恐怖などから生まれた負の感情を傍観するだけでいつしかそれは処理出来ずエラーを蓄積していったのだ、とも。
ユイちゃんの他にカーディナルシステムに与えられた『プレイヤーへの接触を禁じる』という新たな使命を破ってきたのはどういう意図があるのだろう?
警戒心を抱く自分が恥ずかしくなるぐらいに眩しく純粋な笑顔を浮かべる彼女は確かに私達とずっと一緒にいるユイちゃんとなんとなく雰囲気が似ているかもしれない。
「皆はこれまで通りに攻略を頑張ってね。
私が必ず皆を守ってみせるから」
「それって……。
ラフコフは自分に任せろ、ってこと?」
言うだけ言って立ち去ろうとする彼女を引き留めようとすかさずAIであってもしっかり本物の人間と同じように暖かい温もりのある手を掴む。
その暖かさがナーヴギアによる電気信号とSAOサーバーに蓄積されたデータの一部が演算されたものだというのは分かっているけれど、その温もりには優しい心があるのを感じた。
「あ、そうそう。
キリトからのメッセージが入ってる録音結晶があったんだ。
はい、どーぞ」
「キリトくんから!?」
もう何が何だか分からなくなってきたわ。
質問はあっさりとはぐらかされるしやっぱりキリトくんと関係あるみたいだし…。