《You are dead》
そんな素っ気ないゲームオーバー表示と共にブラックアウトしていた視界は徐々に明るさを取り戻し、宙に浮いているような感覚からしっかりと地に足が着いた感覚が蘇ってくる。
目を開いて身体が自由に動くことを確認してから周囲を見渡すと、数百mはあるであろう蔦や苔の生い茂る樹木が一面に広がっていて方向感覚さえ狂わせられそうだ
「……どういうことだ?」
俺はあの時、不死属性を持つアルベリヒに刺されて確かにHPが0になったはず。
なのに、なんでHPが全快になってこんな場所にいるのか?
試しに右手を縦に振ってみると、鈴鳴り音にも似たそれをささやかに響かせながらメニュー画面が呼び出された。
それが出てきたということはまだ自分がSAOの世界にいる証拠であるために、実在は定かではないが死後の世界とやらに来た訳では無いようだ。
「樹海、セルベンディスの神殿前広場…ね」
メニューからマップ画面に切り替えてから現在地を確かめてみたのだが、どうやら俺は全く見たことも聞いたこともないエリアに飛ばされたらしい。
樹海エリアがある層もいくつかあるにはあるけれど『セルベンディス』と名付けられた地名には心当たりも無いのが現状である。
いつだっけかな…。
「この世界で死んだら待機エリアみたいなのに飛ばされて、死んだプレイヤーはそこでゲームクリアを待つ」なんて儚い願望をクラインと論じたのは…。
もし死んだ俺もそこに送られてきただとしたら?
いや、HPが0になったSAOプレイヤーが現実世界でも死んだのはスグから教えてもらったのだからそれは有り得ない。
そうなると本当に分からん。
じっとしてるのは性に合わないし、とりあえず進んでみないと何もかるはずもないか。
現実世界でいう方位磁針の役目も兼ねているマップ画面を頼りにまず西に進んで樹海を出ようと考えて、俺は頭の中に渦巻く疑問を隅に置いてから歩を進め出した。
未知のエリアを探検する高揚感や約2ヶ月ぶりにひとりぼっちになってしまった寂しさの入り交じる中、モンスターの気配を慎重に確かながらゆっくり少しずつ進んでいく。
9層ボス戦は大丈夫かな?
アルベリヒが引っ掻き回して皆が危険に陥るのだけは絶対に嫌だ。
それにキズメルのことも…。
彼女がキャンペーン・クエストの『エルフ女王の護衛新入りが裏切ってフロアボスを解き放ってしまう』という物語の整合性を合わせる為の犠牲となるのはどうしても避けたかった。
でもそれを止めようとシステムそのものにハックしようにも1層黒鉄宮の地下迷宮のコンソールは90層レベルのモンスターが守護しているから今のレベルじゃ何千人いても無駄骨になるのだ。
振り出しに戻る前に俺とアスナ以外にもキャンペーン・クエストをクリアしたプレイヤーはいるはずだが、何故かやはりβ時代と同様に城に入ることは出来なかったようで城の門番に聖堂の鍵を託すと、協力のお礼として武器庫にある14層レベルの余り物だという装備が報酬となっていたらしい。
俺達がクリアした時の報酬はエルフ女王直々の賜り物で16層ボス戦くらいまではいけるスペックの装備だったという違いもある。
もしかしたら城に入る為には、クエスト開始時に助けた方のエルフが自分達を庇って自爆しないようHPを約4~5割以下にせずに気を遣って助太刀しなかった方のエルフを倒しきるのがフラグの可能性もある。
だが、あそこでソードスキルも器用に使いこなす強力なエルフを倒せるプレイヤーがいるのならばアスナにも並ぶ実力者である必要があるか、レベルを相当上げる必要があるためにそう簡単な話ではないだろう。
そこで勝つ為に相当にレベルを上げてしまっていたらクエスト報酬が割に合わないものになり、他のもう少しお手軽なクエストで稼いで上位互換の店売り品を買えばいいだけとなる。
キズメル、ごめんな…。
もしも助けられなかったのなら、せめて100層にいるカーディナルシステムを必ず倒して仇は討ってくるよ。
このエリアに飛ばされた影響なのかアスナ、リーファ、リズ、シリカとのパーティーは解消されていて、視界左上には自分のHPゲージしか表示されていない。
結婚相手のステータスを参照することもフレンドリストの現在地確認もメッセージ送信も転移結晶使用もシステムにブロックされているようで今の自分には打つ手が無いのがなんとももどかしい。
早く帰って大晦日とお正月を家族で満喫しないと…!
ユイへのお年玉の為に最近稼いだ素材を売って5万くらいは工面しあげたいのにな。
未知のエリアであるために出現するモンスターの情報も無いので逸る気持ちを必死に抑えながら隠蔽スキルを駆使して樹木と樹木の間を縫うように移動して数分が経つ。
すると、視界は一気に広がりまだまだ樹海の中を抜けてはいないけれど開けた場所まで来たことにほっと胸を撫で下ろす。
「あれは…」
マップ画面で言えば北の方向、俺の視界右手側には辺りの古ぼけた木々にもひけをとらないとても大きな石造りの建造物が聳え立っている。
先程から画面に表示されているこのエリアの地名から察するに、これがセルベンディスの神殿といったところだろうか。
どうする?
入ってもプレイヤーがいる可能性は低いかもしれないけど、もしかしたらこの樹海の正確な地図を与えてくれるNPCがいる可能性は多少はあるだろう。
幸いというべきか、樹木の生えていない開けた神殿への道にはモンスターはいない。
こういうゲーム世界では受け身の姿勢でいては何も得るものは無いことを充分に理解している俺は意を決して、周囲を窺ってから神殿へ向かおうと走り出す。
『システムアナウンス。
ホロウ・ミッションを開始します。
規定の対象《The Hollowreaper》を討伐せよ』
およそ800mほど離れた神殿を目指して駆け出して広場に足を踏み入れるとそんなシステムの合成音声が空の上から響いてくると共に、モンスターがポップする時と同じ青白い光が走る。
その光が収束していきモンスターを形作って輪郭を現していくと、見覚えのあるそれに一気に緊張感が走って反射的に背中に釣った剣に手が伸びる。
しかし、それは今の俺には太刀打ち出来ないであろう強大なモンスターだった。
75層のフロアボスでその一撃必殺の両手の鎌で14人ものプレイヤーを亡き者にした《The Scallreaper》とサイズはこちらの方が小さいが、瓜二つに見える。
嘘…だろ?
なんでこんなやつがいきなり……。