全身に久々の命を相手に握られているような緊張感が迸っていくのを感じながら腰を低くして相手の出方を待つ。
何故いきなりこんな所で75層ボスと同じ種類のモンスターと戦闘になるのか、その疑問は一先ず頭の隅に投げやらなければきっとこの場はしのげないだろう。
リズが丹精込めて打ってくれた《ダークリパルサー》の魂を継いでいる右手の片手剣《ミラージュリパルサー》は刀身の中心に黒い一本の線が入り、それを包み込むように白に近い水色に塗られている名剣だ。
リーファと同様に幾度となく鍛冶で新調しても本来はランダムに当てられるはずの銘に共通性が見られるのは何を意味するのかという問いに俺は未だに答えは出せない。
幻影を打ち払う者、それはアルベリヒが引き連れている死んだはずのプレイヤー達をどうにかしろと言いたいのか?
でも俺はもう人を斬りたくは…。
「グギャオオオオ!!」
けたたましい唸り声と地響きと共に俺を敵と認識して戦闘態勢へ入ったボスは先に鎌の付いた右腕を大きく上げて、それを勢いよく降り下ろす。
75層の時よりも少し挙動が遅いようでなんとか防御出来るスピードで
はあったが、どれだけの威力を持つ攻撃なのか分からず咄嗟に後退して回避した。
「……ふぅ」
右腕の鎌が降り下ろされた先の地面は抉れてその周りを土煙が囲む。
このボスが75層のスカルリーパーと同一個体ではないとしても鈍い輝きを放つ鎌の一撃をまともに受ければ死は免れないのを確信する。
剣の耐久値もあっという間に削ってポキッと折られそうだな。
ただでさえキズメルとの戦闘で膠着状態を保とうとソードスキルの相殺を続けてかなり無茶をしたというのに…。
「やるしか…ないよな!」
鎌を避け続けながら一人で4本あるHPゲージを削って倒さなければこちらが殺られる。
この先のことや気掛かりなことを全て忘れて今はこの闘いに全力で臨もうと決意を固めた俺は自らを鼓舞してから、地面を蹴って次の攻撃態勢に移っているホロウリーパーへ突っ込んでいった。
このデスゲームが振り出しに戻って片手剣や二刀流スキルなど2年間の命懸けの努力が無に消えた時、正直俺はやる気を無くしていた。
それは誰だって同じ想いだったはずだが、生きてこの世界を抜け出すには誰かが先に進む決意をして皆を先導しなければならなかった。
かつて自分は情報を持っているβテスターであることの責任感から逃げていたが、同じくβテスターであるのに最前線で皆を導いていたディアベルに『あとは頼む』とその意志を託された身としては同じ事をする義務がある。
だから俺は虚勢を張って皆を連れて先へ進んでいった。
でもやはり一度失った闘志を焚き付けるのはそう簡単なことではない。
お気に入りであったソードスキルの<ヴォーパル・ストライク>の初動モーションをうっかり取ってしまったり、アスナとは毎日準備運動と称して初撃決着デュエルをしていたがずっと負けが続いていたりと我ながら酷いものだ。
スグが二刀流スキルを会得するのも仕方ないと思うほどでもあった。
けれどこの再び独りとなって一歩間違えれば死が待つ激しい闘いの中ならばそれを取り戻せるのかもしれない。
ヒースクリフとの決闘から眠ってしまったギアをもう一度上げていけばかつての自分に近付けるはずだ。
「うおおおっ!」
左右交互に迫り来る鎌を紙一重で回避しながら百足のような足元へ潜り込むと同時に相手が次の行動に出る一瞬の隙に垂直2連撃ソードスキル<バーチカル・アーク>を放った。
ソロ戦闘ではソードスキルの硬直時間をカバーしてくれるパートナーがいない為に多少のダメージは気にせず硬直が解けるのを待つか一撃でねじ伏せる以外にスイッチに替わる安全を確保出来る手段は無い。
こんな巨大な敵の攻撃を普通に受けるのも一撃で倒すのも無理な現状、硬直時間が比較的短くて済む少ない連撃のソードスキルを選んで使っていかなければならないのだ。
しかし、装備とレベルの心許ないままでの単発技ではあまりHPゲージを削れていないこの現実には歯噛みせざるを得ない。
まだ1本目の半分くらいか。
こういうボスはHPを削れば削るほど攻撃が激しくなっていくからソロなら速攻で決めたいんだが、手数が圧倒的に足りない。
無い物ねだりしたって無駄だけど二刀流があれば全然違うのにな…。
「グオオオオオオ!!」
しまった…!
考え事をしてしまったせいで回避のテンポが崩れて身を引いてからの尻尾の叩き付けに対応出来ず、それをまともに食らって身体が吹き飛び地面を転がり回る。
不幸中の幸いなのか当たったのが鎌ではないにせよ、起き上がりながらダメージ量を確認すると俺のHPは一気に3割を持っていかれていた。
75層では鎌の攻撃を防御することを最優先としていたせいで、尻尾の攻撃は失念してしまっていた。
ただでさえ、偵察部隊が全滅した情報の無い中で一撃必殺とも言える両手の鎌に意識を集中していたのだから。
すると、尻尾の一撃を侮っていたショックや一向に先の見えない闘いに恐怖心が生まれたのかはもう自分の中に渦巻く複雑な感情の奔流で分からないが、上手く起き上がれずその場に倒れ込んでしまった。
プレイヤーのそんな隙を逃すまいとホロウリーパーは紅く光る眼でもがきながら立ち上がろうとする俺に向かって今度は両手の鎌で交差斬りを放ってきた。
やばいっ!
「お待たせ、キリト」
「私達がいるんだからしっかりしてよ」
倒れ込んでしまった俺に襲い掛かってくるはずのホロウリーパーの2つの鎌は突如現れた2人のプレイヤーの剣によってギリギリの所で止められていた。
その防御から流れ込むようにもう1人の全身紫色の装備をした女性プレイヤーが俺のすぐ横を駆けていき、その身の丈にも迫る両手剣でボスに重い一太刀を浴びせて見事にノックバックを発生させていた。
「行くよ、アリス!」
「ええ!
キリトの前だからって調子に乗りすぎちゃ駄目よ、ユージオ」
左の鎌を防いだのは白いリボンで結んだ金色の髪を靡かせ空色のエプロンドレスに身を包み、絵本の登場人物のような愛らしい容姿の女の子プレイヤー。
そして、右の鎌を防いだのは俺とあまり変わらない背丈の純朴そうな雰囲気を醸し出しながらも、頼りがいのある目の輝きを放つ亜麻色の髪の青で統一された軽装備の少年プレイヤーであった。
その2人は俺にアイコンタクトらしきものを一方的にした後に両手剣使いが吹き飛ばしたボスへと突っ込んで一気に攻撃を掛ける。
その背中は何故か安心できると共に懐かしくもあり、俺の全身に張り付いていた緊張感は徐々に解れていく気がした。
俺のことを知ってる…?
いや、会った覚えはないはずだぞ。
でもなんであの2人を他人とは思えないのだろうか。
どうも。
タグにあるキリト無双控えめというのはこの話で説明された通り、ぶっちゃけやる気を無くしているだけです。
その気持ちは分からなくはないですけど、この先そんな想いを持ったままじゃいつか近い内に死ぬのだと薄々は分かっているはずです。
ですので、アスナやクラインといったキリトに甘くて頼りきっている仲間とは一旦切り離して新たな仲間と行動を共にしていくのと、自分のこの世界での役割をはっきりさせる必要もあります。
そして、原作を読み進めている方々にはお馴染みであるアリシゼーション編のメインキャラであるユージオとアリスのご登場です。
何故SAO世界、しかも過去に来ているかというと、14巻ラストでライトキューブ・クラスターからどこかへ消えていった彼らは並行世界のキリトの危機を感じました。
そして、心意の奇跡でもって時間や空間を越えてこの世界での姿を手に入れてキリトを助けに来たわけです。
だからアリスは整合騎士の人格ではなく、アリス・ツーベルクとしての人格を取り戻して整合騎士アリスとは別の存在となっているという設定になります。
それともう一人の両手剣使いはその2人とは関係はありませんが重要なキャラであるMHCP002のストレアです。