突如として加勢した3人の凄腕プレイヤーがその俺さえも見惚れてしまうほどの圧倒的とも取れる実力でホロウリーパーのHPを削っていく。
だが、今まで戦っていた自分が少し態勢を崩したからといって後ろで棒立ちしている訳にもいかないと思いながら腰に装着していたポーチから回復ポーションを取り出してそれを口に含もうとする。
「君の助けは必要ないよ、キリト君」
顔以外の全身を包む赤塗りの重鎧の金属音を鳴らしながら焦燥感の欠片も感じられない堂々とした出で立ちの男が背後から近付いてきて、加勢しようとする俺を制した。
「ヒース…クリフっ!」
その意外過ぎる男の登場で遂に現状を整理出来ず頭がパンクした俺は茫然と立ち尽くすのみだった。
すぐ近くでは巨大なボス級モンスターとたったの3人で戦闘を行っている最中だというのにも関わらず、そんなものはそっちのけでただヒースクリフを見据える。
なぜだ…?
75層の決闘で突然消えた奴はその後に俺とアスナに緊急メッセージを残したまま、その後は音沙汰も無かった。
「そんな心配はせずとも、君の疑問、そして今この世界で起きている異変については全て答えよう」
願ってもない言葉だった。
自分の心の内が読まれたような不快感や相も変わらず奴の掌で踊らされている屈辱感が頭を過るが、ここは大人の対応としてスルーするべきだろう。
「そりゃいい。
あんたには言いたいことも聞きたいことも山程あるんだ」
奴を多少は追い詰められた二刀流スキルが無い今、流石にここで決着を着けようとは思えないのでそれは置いておこう。
だが、このデスゲームの主催者である茅場明彦=ヒースクリフと知った今だからこそ色々と話さなければならないことがあると感じていた。
「それでは、場所を変えて説明しよう。
転移コマンドを使うので少しの間、じっとしていたまえ」
「ちょっと待て!
あっちではまだ戦闘が終わってないんだからそれが終わるのを待ってからでいいだろ!?」
そう言いながら広場で繰り広げられている激闘には全く興味を寄せてもいない様子のヒースクリフは左手で恐らく管理者専用のメニューを呼び出して操作をしている。
そんな様子に口を挟んだ俺の意見さえも無視した奴は相変わらず感情の読めない真鍮色の瞳で一瞥して自虐的にも思える微かな笑みを浮かべてきた。
「彼らは純粋なプレイヤーではないから私達の談義に混ぜる訳にはいかないのだよ。
それに一刻も早く実装テストを終わらせなければな」
また疑問が生まれたと同時に俺の身体全体が転移特有のエフェクトである青い光に包まれ、ホロウリーパーとの戦闘音が徐々に遠ざかっていって視界が真っ白になっていく。
転移が終わったのかふわりと浮かんでいたような感覚が消えて地に足が着いたと共に目を開くと、見渡す限り360°全てがどんなプラネタリウムにも引けを取らない立派な仮想の星空のようなものに包まれていた。
よく見ると上空に浮かぶ幾千の星空の一部が黒く濁った光を心臓の鼓動のようなリズムで瞬かせているのに気付くと、どうも落ち着かないというか嫌な予感が一瞬だけ頭の中に浮かぶ。
「ようこそ、ホロウエリア管理区へ」
「ホロウエリアってのは何だ?」
すると、このエリアの中心部に置かれたステムコンソールの前に立っていたヒースクリフが両手をわずかに広げて歓迎するような仕草を取り、俺はまず浮かんだ疑問をぶつけた。
「このホロウエリアは、様々なアイテムや装備をアインクラッドに実装する前にテストを行って不具合がないかをチェックする為に創られたエリアだ。
本来の目的で使われていたのはβテスト以前の話だがね」
奴がコンソールのキーボードを操作すると、星空にいくつかの巨大なモニターが映し出される。
その中には浮遊城アインクラッドの全景図や今も数値が変動し続けるグラフなどさっぱり意味が分からないものもあった。
「ゲームのデバッグとテストプレイをしてる、ってことか?」
人間に完璧なものなど作れないので、ゲームを開発すれば必ずバグが発見され、それを逐次修正していくのがデバッグ作業と呼ばれる。
そして、新たなバグが発生していないかといった項目や既存のシステムが正常に働いているかという項目を検査するのがテストプレイ作業だ。
「ご名答。
ただし、運営スタッフだけでは膨大な案件に対応出来ないのでNPCに任せることもあってこれまでのゲームタイトルのように完全に人力で行ってはいないよ」
途端に物言わぬプレイヤーを盾や駒にしていたアルベリヒへの怒りが込み上げてきて、右拳を握る力を強めながら更なる疑問を奴に問う。
「あんたがここにいる理由は?」
「それこそ一から、数ヶ月前の出来事から遡って説明しよう」
表情の険しくなるヒースクリフに釣られてしまったのか、唾を飲み込んだ俺は奴の次の言葉を聞き逃すまいと口を閉ざしたまま耳を傾ける。
「2024年8月、このSAOサーバーにとあるハッカー集団が忍び込んだのだ。
本来ならば絶対に空くことは有り得ないセキュリティホールのはずだが、カーディナルシステムは日に日に増すプレイヤーの負の感情の処理に過剰な負荷が掛かっていたのでそれを遮断することができなかった。
そして、そのハッカーは万一SAOがクリアされた場合にプレイヤーの一部を自らの創った仮想世界に強制的に拉致監禁するシステムを付け加えようとしたのだが、誤ってカーディナルの逆鱗とも言うべきシステムの根幹に触れてしまったのだ」
プレイヤーの負の感情の処理が許容量を越えてエラーを溜め込んだのはユイを始めとするMHCPだけじゃなく、主であるカーディナルシステムも例外ではなかったらしい。
「そのハッカーって誰なんだ?」
「君もよく知るアルベリヒと名乗るプレイヤーとティターニアというギルドに所属する運営スタッフ専用のスーパーアカウントを所持した者達だ。
彼らは当時調整中だったコンバートシステムを運良く利用する形でスーパーアカウントを引き継いでしまったまま、怒り狂ったカーディナルに強制的にこの世界に閉じ込められた」
一般プレイヤーが得ることの出来ない不死属性やHPを一瞬で全損させる武器、情報屋を煙に巻くほどの隠蔽スキルなどなど奴らの有り得ないことだらけを可能としているのは運営側のアカウントを持っているからではないか。
そう俺が予測していたことは大体当たっていたようだ。
「コンバートシステムって、他のザ・シード製のVRゲームからステータスをそのゲームに合わせて引き継ぐシステムだろ?
上位アカウントまで引き継げると知ったら外の人間達は黙ってないんじゃないか?」
「無論、そのバグは即刻修正しているさ。
ゲームバランスを崩しかねないのでな」
既にリーファから今年の5月に拡散されたらしいザ・シードと呼ばれるVR世界を誰でも創ることのできるアプリやそれに付随するコンバートシステムの詳細は聞き及んでいたお陰で話に追い付くと共にイメージができた。
「そりゃ残念だ」
善良な人間であればその上位アカウントを駆使してさっさとこのデスゲームをクリアできるというのに…。
それでも自分達の力でクリア出来なかったことでの未練は残りそうだけどな。
「公平性を崩すものは何であれ排除するのが私の役目でもある。
勿論、その中にはティターニアの連中も含まれている」
「なら、管理者権限であいつらを強制ログアウトできないのか?」
「世界の調整を担うカーディナルならばその権限はあるが、それは今の一部の権限をロックされた私にはどうにもできないことなのだよ。
それに今更それが仮に出来ても彼の身勝手な復讐に現実世界で病院に横たわっている君達が巻き込まれる危険もある」
そう言われてしまうともう何も言い返せない。
このデスゲームを横槍無しで2年以上も継続できたセキュリティを突破できたハッカーならば、現実世界の俺達プレイヤーの収容された病室を調べ上げる方が簡単かもしれない。
「だが、彼らに対して私が何の対策も練っていなかった訳ではないよ。
その対策の最重要人物であるのが、キリト君だ」
一息置いてから左手の人差し指でヒースクリフは俺を差して不敵な微笑を覗かせる。
俺に何をさせようってんだ…?