「ただいまですー!」
「ただいまー」
1層はじまりの街の教会に預けていたユイちゃんを迎えに行った後、私達は日もすっかり暮れかけて寒々とした町で買い物をしてから家に着いた。
キリトくんがいなくなってから元気が無くなっていたらしい私達2人を気遣ってくれたリーファちゃん、リズ、シリカちゃんと攻略や商売で稼いだお金を折半して6層主街区の一軒家を借りてそこでの生活が始まってもう2週間ほど経っていた。
まだまだ最前線が低層なために稼げる金額もあまり大きくはないので、この一軒家は22層のログハウスよりも圧倒的に手狭で間取りも1DKだったり最寄りの転移門から歩いて10分以上の町外れもいいとこの立地である。
でも、リーファちゃんがあの二刀流の黒の剣士の妹であったり中層のアイドル兼レアモンスターのテイムに成功したビーストテイマーのシリカちゃん、攻略組御用達の鍛冶屋で元マスターメイサーのリズ、そして私が攻略組総指揮を取るギルドの実質的リーダー。
そんなこんなで各方面での有名人だらけでしかも全員が女性だから立地についてはトラブルに巻き込まれないためにも贅沢も言ってられないのも事実かもしれない。
それにリビングと寝室だけの狭い空間でも家族や友達とわいわい騒いで他愛のない雑談で盛り上がったりそのまま修学旅行みたいに皆で雑魚寝したりするのは、現実では味わったことの無い初めての経験ばかりで新婚生活とはまた違った意味で楽しくもある。
「あっ、おかえりなさーい」
リビングの中止に置かれたテーブル付きのソファーにごろんと寝転がりながら恐らく今日の戦利品整理を行っているリーファちゃんが手を振って迎えてくれる。
この子とキリトくんはやっぱり兄妹なのだと納得できる仕草や好みといった共通点をいくつも見付けてはそれを茶化してみると、恥ずかしがってしおらしくなる彼女がとても可愛らしいからついついちょっかいを掛けたくなるらしいリズの意見には全面同意したい。
「まだ2人は帰ってないんだ?」
「みたいですねー。
今日はクエスト行ってくるって言ってましたけど」
ユイちゃんをサーシャさんの教会に預けてからギルド本部に顔を出して団員に指示やら何やらをしなければならない私が一番早く家を出るために、若干遅起きのリズとシリカちゃんとは朝のタイミングでは中々話し込む暇が無いのだ。
ラフコフの被害報告は今のところ前線では聞かれないので万が一は無いとは思うけれども、帰りが日没を過ぎてしまうのは初めてなので少し心配はある。
「あっと、そうだ。
今日アルゴさんにレベル上げしながら色々レクチャーしてもらったんですけど明日ここに泊まりに行きたいって言ってました」
「本当に!?
じゃー、明日は料理いっぱい作らないとね」
情報屋であるアルゴさんにこの家を探してもらったり最近はちょくちょく遊びに来てくれたりそのまま泊まっていったりもしてくれて、公私共に本当にお世話になりっぱなしなのでお礼のおもてなしは必要だろう。
私がギルド運営、リズが鍛冶屋を優先している関係で攻略に勤しんでいるリーファちゃんやシリカちゃんとはどうしても予定がバラバラになってしまうのが寂しくもあるのだが、それぞれがキリトくんの負担を減らすためだったり何よりもゲームクリアのために頑張っているのだからそうも言ってられない。
「やったー!
ママの料理、楽しみです」
私が裁縫スキルで作った部屋着に着替え直したユイちゃんのはしゃぎ様に攻略で磨り減った精神が癒えるような気がして私もリーファちゃんもその無邪気な姿を暖かい笑顔で見守る。
やはり教会に預けて子供達と接するようになってからより身体年齢に近いあどけなさや無邪気さといった子供らしさが増えてきたようで、母親としてはほっとするし嬉しい限りだ。
せっかくお年玉をあげたのに使い道を聞いてみたら「無駄遣いしないように貯金します」なんて即答された時は夢が無さ過ぎてどうしようかと頭を抱えたけどね…。
使い道の限られた変なアイテムとか見た目が気に入ったらしい骨董品を度々買ってきては無駄遣いしてくるパパがいるくらいだし。
「さて、もう30分くらいはリズ達を待ちましょ。
そのあとにご飯作っちゃうから」
「はいはーい。
じゃ、それまでの間遊んでよっか」
「はい、リーファさん!」
この世界での料理は完成した瞬間から耐久度がじわじわと減っていくので作り置きというのが難しいし、皆で食卓を囲んだ方が楽しいので2人もお腹は空いているはずだが少しの間は我慢してもらうよう頼むと彼女達は了承してくれた。
そして戦利品整理を終わらせてストレージを閉じたリーファちゃんは遊び相手を率先してやってくれるようで、ユイちゃんを連れて寝室の方へ足早に駆けていった。
まだまだ300ちょっとの料理スキル熟練度を手っ取り早く1000のコンプリートを目指すには、毎日の継続以上に1度に作る量の多さが重要だという打算もちょっとだけあるのだが。
それから2人の元気なはしゃぎ声を余所にソファーに腰掛けた私はほとんど無意識にメニューを開いてそこから自らのステータス画面、更にその隣のタブにある結婚相手であるキリトくんのステータスを見る。
すると、彼のレベルは46と私達攻略組の平均レベルより20ほどもかけ離れていることに思わず唖然としながらも今日も元気に暴れていることにほっと胸を撫で下ろした。
初めて会った3日以来全く姿を現さないストレアさんから預かった彼の録音メッセージでは、「やらなきゃいけないことがあるからそっちはしばらく任せた」とどこか力強く覚悟の決まったような声だった。
二刀流スキルとか今までの努力を全てリセットされてから、ちょっとだけ迷いのようなものを伺わせていた彼に何があったのだろうか?
それよりもま〜た女の子引っ掛けて来ないといいんだけど…。
「ふぅ〜…」
柔らかなソファーに体を預けて伸びをして一呼吸置いてからまたメニューを操作して文章作成画面を呼び出しつつ、テーブルにはアルゴさんの作成した無料の攻略本の内、これまで攻略してきた層の分の12冊を置いてホロキーボードを叩きながら作業を開始した。
アインクラッド一の正確さを掲げる情報屋といえども最前線での戦闘経験が豊富であるとは限らない。
有用なものや危険なものなど正確でいて分かり易い様々な情報を隅々まで拡散しなければまた黒猫団のような悲劇を繰り返してしまう可能性があるために、自らの最前線での経験を踏まえつつ彼女の攻略本を添削するボランティアをキリトくんにも内緒で行っているのだ。
安全+簡単で美味しいクエスト、高効率なレベリングスポットやモンスター個々の攻撃パターンに応じた対策、果てはダンジョンのトラップ内容やPK対策などやることは沢山あるし先へ進めば進むほど仕事は増えていく。
だが、「攻略組が情報を秘匿している」との半ば事実でもある悪い噂を払拭しながら受け皿を増やしてより円滑な攻略を行わないと残り1年10ヶ月くらいのタイムリミットには間に合わないかもしれないのだから弱音は吐いてられない。
高熟練度の鍛冶スキルを持つプレイヤーを増やすことは攻略速度にも直結するからリズの路上販売の営業時間とかも入れてこっそり宣伝しておくのも忘れてはいない。
いつも皆の背中を叩いて後押ししてくれてるお礼にたんまりと稼がせてあげるのと、キリトくんネタで私をよくからかってくる仕返しに忙しくしてやることも兼ねてるのは秘密だ。
「たっだいまー!」
「今帰りましたー」
攻略本の添削作業を始めてからそう遠くないうちに玄関のドアが開く音と共に2人の元気そうな声が響いてきて、それから数秒の後にピナちゃんが一番乗りでリビングに到着して私の頬に「ただいま」と言いたげな表情で擦り寄ってくる。
本来ならば飼い主であるビーストテイマーと離れて自律的な行動をすることは有り得ないはずの使い魔のその姿には、未だに驚きを隠せないがこうして自然に懐いてくれるのは素直に嬉しい。
「おかえりなさい。
って……あれ?
そっちの方はお客さん?」
声に反応して寝室から出て来たリーファちゃんとユイちゃんも私と同様に帰って来た彼女達が連れて来た見慣れない急な来客に、頭の中が疑問符だらけになってつい首を傾げてしまう。
「あー、ちょうど同じタイミングでクエスト受けたみたいで一緒に進めてるうちに黒の剣士のファンってことで意気投合して流れでここまで連れて来ちゃったのよ」
「はい、ルクスと申します。
黒の剣士様の妻のアスナさんですよね、お噂はかねがね伺ってます」
リズのそんな説明に続けて丁寧な口調で自己紹介する私達ともさほど歳は変わらなさそうな女性プレイヤーのルクスさんは凛としながらも柔らかに微笑しながらお辞儀をする。
若干ウェーブの掛った長めの桃色の髪型に、装備は『黒の剣士様のファン』と言うだけあって彼と同じく背中に片手剣を吊っていて服装も革製コートにシャツ、ズボンとブーツで黒ずくめに統一している様はその熱狂さを隠しきれていない。
アルゴさんによると、75層のコロシアムで二刀流のキリトくんと団長が決闘を行って敗北し、彼が呆然と地に伏せる様が何というか観に来ていた女性プレイヤーの母性本能を爆発させて黒の剣士ファンが倍増したとか…。
ただでさえ中層以下のプレイヤー達からは、自分達では歯が立たない犯罪者プレイヤーへの復讐代行を無償でしてくれて、しかも攻略組トッププレイヤーとのこともあって密かに人気もあるらしいし。
でも何かが引っ掛かるのも事実だ。
『装備を真似しているから』では説明がつかないキリトくんと彼女との共通点を感じているのは私の気のせいではないはずだ。
暖かな居場所と仲間を失った直後の彼と醸し出す雰囲気がどうして被ってしまうのだろうか…?
どうも。
いつまでも最前線の宿屋やカフェなどを拠点には出来ないので、そろそろ腰を落ち着けようと女の子達でのルームシェアが始まっています。
流石にエギルやクラインなどの男性陣は遠慮していますが、ちょくちょくアルゴなど主に女性の客人が訪れています。
この一軒家は借家の一階建て、1DK、しかも転移門が結構遠く町外れなので毎月初めに自動で引き落とされる家賃は安めな設定です。
22層まではここが拠点になることでしょう。
そして、アスナさんの仕事量が半端なく膨大になってきています。
いつか倒れやしないかと不安ですね。
添削のボランティアはプレイヤー全体の生存率を高め、その中で攻略組を目指そうと差を埋めるために無茶をしそうな人達(プログレッシブ1巻のレジェンドブレイブスのような)のブレーキに役立てばいいと考えて行っています。
新キャラのルクスは、外伝コミックのガールズ・オプスに登場しているオリジナルキャラです。
そこではまだ彼女の過去などまだ明らかに成っていない設定もあるので、必ず起こるであろう矛盾はご了承ください。