ルクスさんという客人を交えて色々と語り合った夜も段々と更けていき、雰囲気作りの為のNPC楽団によるBGMは既に鳴り止んでいて街は不気味なほどに静けさを増していく。
いっぱい騒いで疲れてしまったのか、リーファちゃんとシリカちゃんにユイちゃんの年少組は4畳半も無い手狭な寝室に敷いた布団でぐっすりと寝息を立てている。
まだまだ以前と比べたら未熟過ぎる料理スキルで私が作った食事を一緒にしたルクスさんはまた明日もリズとシリカちゃんにリーファちゃんも含めてクエストに行く約束をしてから、自らのプレイヤーホームに帰っていった。
「私の印象じゃ、そんなに怪しい感じは無かったわよ?
そりゃあ旦那の熱狂的なファンが現れたら不安にもなりそうだけどさ…」
「うーん、なんて言えばいいのかな…。
怪しいっていうよりは、なんか目を離したらすぐに消えてしまいそうなそんな感じがして気になってるのよ」
リビングの長テーブルに簡単な夜食になるおやつを出してそれを口にしながらあまり他の3人には言えない事を話し合ったりお互いに弱音を吐き出して少し楽になろう、という場を毎日のように私とリズで設けている。
私の本音をずばり見抜いてくれたりまた逆もしかりと、彼女は本当に気が利くお姉さんのような存在でついつい頼りたくもなってしまうのだ。
「確かに、盾有りの私を差し置いて軽装備で盾も無いのにヘイト稼いだり攻撃から庇ってくれたりってみたいに、タンクの仕事を黙々とこなしてくれたのはなんか釈然としなかったかな。
キリトのやつは根っからのゲーマーってのがあるからだろうけど本当に危ない時以外はタンクじゃなくてダメージディーラーとして自分の役割を全うしてるしね」
「それで、HPは大丈夫だったの!?」
鎧兜はともかく防御力に多少のボーナスが付く胸当てや小手のような軽金属装備でさえも全くと言っていいほど見受けられなかったことは、重さが気になったり見た目が悪くなるからといった理由で街に入った時点でそれだけ装備解除するのが主に女性プレイヤーには珍しくないためにあまり気にしていなかった。
しかし、筋力値優先のややタンク寄りのビルドであるリズを差し置いてまで壁役をこなしていたらたとえ低層であってもダメージ総量はかなりのものなので、ポーション代も馬鹿にならないはずだ。
「あー、それがもう
ほんと鮮やか過ぎるしそこは攻略組トップのキリトとかとも互角なんじゃないか、って思ったのよ」
このゲームでは、武器や盾で敵の攻撃を防御しても若干の削りダメージというものが入るし当たりどころによっては耐久度もかなり減るので、その削りダメージや耐久度減少を緩和させる為に武器防御スキルを取るプレイヤーもいる。
しかし、
それでも、パターンを覚えてそれを隙の大きい強攻撃やソードスキルで弾かなければならないのでそう簡単なものではない。
「へぇ、そうなんだ。
それなら攻略組に勧誘しても平気かな?」
「そうね〜。
なんかほっとけないのも分かる気がするし明日相談してみるわ」
攻略組リーダーである性なのか、どうしてもプレイヤーを大事な戦力のひとつとして考えてしまう癖が思わず表に出るのを抑えられない私をリズは紅茶を飲みながら暖かな視線を向ける。
その視線がなんだかくすぐったく感じてそれを誤魔化そうとテーブルに置かれた自作のクッキーもどきを口に放り込む。
そういえば、もう少ししたらバレンタインなのよね。
でもキリトくんは「21層ボス戦までに戻るよ」としか言ってくれなかった。
一昨年は義理として投げ渡して去年はまだお互いに意地張って無視してたから渡してないし、今年こそはきちんと本命をあげたかったのに…。
それにしても…。
盾無しで豊富なプレイヤースキルでの先読みや反射神経を駆使した回避を優先する所謂『当たらなければどうにでもなる』スタイルであるキリトくん。
そして、同じく盾無しであるのに敵の攻撃を上手く弾いて防御することに重きを置いているルクスさん。
戦闘スタイルは似て非なるのに、どうしてその儚げで今にも闇に溶けて消えてしまいそうな背中が被ってしまうのか?
2024年1月26日 -残り651日-
その翌日。
午前中から最前線で攻略に励む部隊と目標や注意点を話し合ってから、午後にまだ前線に出られない部隊のレベリングに同行する予定ではあるがラフコフ対策の会議に出るため2層主街区の待ち合わせ場所にした空き家を訪れた。
こんな時間に有名ギルドのリーダーが低層で集まってこそこそ会議しているなどと噂を立てられるのを避けるために身につけていたフード付きのマントをストレージに入れてから、既に来ているリーダー達に挨拶と一礼をする。
「お待たせしてすみません。
おはようございます」
奥の方の席に座っていたクラインとユリエールさんがにっこりと笑いながら手を振ってくれる様子に少しだけ緊張感が解けた気がして、喉に突っかかっていた空気を吐き出してから再び深呼吸をする。
子供である私やリーファちゃんを人殺しとの血みどろの戦いに巻き込むのが心苦しいと言ってくれたのだが、この世界ではそんなものは関係ないと微かに思いつつもその気持ちには素直に感謝したい。
リンドさん率いる聖竜連合の方には、こちらの動きを悟られないように通常通りに今日も最前線攻略をして欲しいと伝えてあるので彼はこの場には来ていない。
「相変わらずきっちり10分前行動やな、閃光はんは」
一番手前の席に腰掛けていたのは、かつてのアインクラッド解放軍リーダーであったキバオウという男だった。
未だにそのトーンの関西弁にはキリトくん同様に苦手意識があるのだが、それは表には出さずに苦笑を返して私も空いた席に座る。
彼は25層ボスの偵察戦で主力メンバーを失ってから、攻略よりもギルド運営に力を入れるようになりいつしかそれは権力を悪用した独裁にも似た暴走に変わり、今の解放軍リーダーのシンカーさんを謀殺しようともした。
しかし、それを私とキリトくんとユイちゃんにユリエールさんで阻止してギルドを追放された後は何か思うところがあったのかは分からないけれども、牢獄エリアから脱走してからも懲りずに悪事を働く犯罪者プレイヤーを独自に追ってきたのだという。
そんな活動をしていたこともあって、ラフコフの台頭には打つ手が無くても見逃せなかったようで私やリンドさん、シンカーさんとユリエールさんに頭を下げるばかりか土下座までして協力を仰いできたのだ。
かつての傲慢でありながらも根はしっかりしている彼を知っているからこそそこまでされてはこちらも首を横に振る訳にはいかず、共同戦線を張ることになったのだ。
ぶっちゃけ、この人にしつこく追われる犯罪者プレイヤー達には多少の同情を禁じ得ない。
きっと捕まったら長くて熱苦しい説教でも始まりそうよね…。
招集された理由が理由だけに雑談も出来ず、気味の悪い沈黙の続く重苦しい時間が続いていて誰も物音ひとつ出さずに最後の一人を待っていた。
すると、入口のドアの方から独特なテンポのノック音が聞こえてくると同時にこの部屋に入って来たのはこの1週間ラフコフの調査を依頼していたアルゴさんだった。
「……やア。
待たせちゃったかナ」
いつもの茶目っ気満載な様子はどこに行ってしまったのかと思うぐらいに弱々しい声とフードの奥に見える曇った表情がこれから報告されるであろう情報への不安さが更に増して私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「とても危険な調査お疲れ様でした。
では、報告をお願いいたします」
いつも以上に命懸けの調査を終えたからなのかとても苦しげな雰囲気を纏わせながら席に着いた彼女をまずは心の底から労って頭を下げる。
「無理しないで話せる時まで話さなくてもいい」という私情が頭を過るのだが今も奴らによって悲しむ人が増えているのだからと自分に必死に言い聞かせて報告を促した。
どうも。
突如現れた黒の剣士の大ファンであると言うルクスとは何者なのか。
そこは前回あとがきでも触れた通りに、ガールズ・オプスとズレてくると思いますが彼女らと一緒に推理して読み進めてくれると光栄です。
武器や盾で防御した場合に削りダメージが入ることやそのダメージを軽減してくれる武器防御スキルの設定については独自のものです。
ノーリスクで防御できるというのもあまり良くはないし、タンクでもダメージディーラーでもポーション代にあまり極端な差が出てはフェアネスではないと思ってのことです。
ただ、初撃決着デュエルの場合は削りダメージ自体無効となります。
そして、あのキバオウさんの登場ですね。
正直な所、彼を出すことについては原作本編でやらかしたことからかなり悩みました。
でも、その贖罪の機会をこの世界に囚われているうちに見付けなければその謝意は迷惑を掛けた人達全員には届きません。
なので、彼と彼を慕う仲間達にはこれまでのケジメとして犯罪者プレイヤーを追う警察官のような役割をこの物語で与えました。
これから罪を償っていく彼らを見守ってやってください。