彼女からもたらされたラフコフの調査報告は聞き入っていた自分達攻略組ギルドリーダーは怒りとそのおぞましさに表情を暗くするだけであって誰も口を挟む余地も無かった。
会議場に使っているこの部屋はフロアボス戦の対策会議よりも息が詰まる状況で誰一人眉一つ動かすことも出来ないでいる。
報告によれば、ラフコフのアジトは1層のはじまりの街からほど近い森エリアの内に潜まれた樹洞型ダンジョンの奥地から繋がる別の洞穴ダンジョンの大部屋だという。
やはりと言うべきか、攻略組が把握していない最前線フロア攻略には全く役立ちそうもない場所を根城としているようだ。
そして、そのアジトに出入りしている構成員数はおよそ30人余りで首魁と思しき者は顔を隠しているが身長から判断すると恐らくはPohではない別の人物。
システム上のルールの穴を突いたある種の鮮やかさも感じさせるPK方法ではなく、チートアイテム任せの強引な手口から違う人物が扇動しているのではないかという私の疑念はアルゴさんと同じ見解だった。
その独特の声と口調から幹部のひとりである者がリーダーと考えられると彼女が口にした途端に、キバオウは右手で頭を抱えながら項垂れてそのまま何か言葉を必死に紡ぎ出そうとしていた。
しかし、過ちを犯した自分の言葉でこれまでの被害者を取り戻せる訳ではないと悟ったのか腕を組んで押し黙り、更なる報告を促した。
そこまではこれまでの事件の詳細から皆大方推測出来ていたものだったので、情報屋としてこれまで孤軍奮闘してきた彼女がそこまで疲弊するものかと疑問が湧いた。
けれど、9層でのキリトくんを殺そうとしたティターニアとラフコフが繋がっているのではないかとの予想を裏付けるどけろかそれを遥かに越える驚愕の事実が出て来てしまったのだ。
ラフコフの首魁である者が通常は右手で呼び出すはずのメニューを左手で操作すると、その根城としている大部屋に瞬く間に数十人のNPCカーソルを持った男女が文字通り召喚されたという。
フードを被ったラフコフメンバー達はその物言わぬ人形のようなNPCを力ずくで引きずっては飽きるまで暴行を繰り返していたらしい。
そのNPCの中には生存確認も取れている見覚えのあるプレイヤーに瓜二つの姿形をした者もいたようで、それは抵抗する様子も見られず彼らのストレスの捌け口にされていたのだ。
通常NPCに不適切接触を繰り返すと本来はガーディアンと呼ばれる激強NPCに追い掛け回されるはずであるし、異性との接触はハラスメントコードや倫理コードに阻まれるはず。
しかしながら、不思議なことに彼らの暴行はシステムによる中断など許されずにされるがままの状態でずっと続いていた。
これは、9層でティターニアに従えられていた死んだはずのプレイヤー達と同じものと断じてよいものか。
あの時もとても人道的とは言えない扱い方だったのだから、十中八九そうであると考えてはいる。
でも、そんな恐ろしい所業を平気で行う連中と剣を交え場合によっては命のやり取りをすることへの止めどない恐怖に打ち克つ自信が無くなってしまったのは私だけではないのをこの場に漂う空気から感じ取られる。
キリトくん、どうすればいいのかな?
あの剣を模したチートアイテムに当たらないよう気を付ければいい。
むしろそれを無力化させる為に現状最高スペックの麻痺毒を塗った武器の準備が整い次第、直ちに夜更けにアジトへ奇襲を掛けて捕縛する策を考えていた。
けれど、あのNPC達を盾にされてしまえばそれも難しい。
「打つ手ならあるぜ」
その誰もが予想だにしていなかった道化師じみた人物の声がどこからか響き渡り、全員が一斉に席を立って声の主の居所を探す。
「ここだよ」
笑いを堪えつつもそう答えながら彼はこの場に姿を現す。
隠蔽率のかなり高いマントを被って窓際に潜んでいたらしく、それを剥がすと同じく共に姿を隠していたストレアさんと一緒にこちらに歩み寄ってくる。
キリトくん…。
そのふたりの出で立ちはかつて背中を預けて戦ったエルフの女の子をふと思い出させる。
自らのすみれ色のマントで姿を隠していた未だ謎の多いストレアさんと並び立つ黒ずくめの彼があの日々の郷愁に駆らせる。
「早速で悪いんだけど、これを使えばなんとかなるはずだ」
どこか急いでいるかのような口振りでいて表情からもそう受け取れるものを窺わせる彼は、ひとつのマジックポーチを取り出してテーブルに広げる
マジックポーチとは、装備扱いにはなってしまうが特定のアイテムを見た目以上の量だけ格納できる便利な装飾品だ。
「結晶アイテムみたいだが、これはなんだよ?」
おもむろにその中に入っているアイテムを引っ張り出したクラインさんが頭にクエスチョンマークを浮かべながら、その結晶アイテムのことを尋ねる。
「捕縛結晶ってやつだよ。
それを手に持ちながら第三者に接触すると、その第三者は手足を縛られて動けなくなる。
βテストでも見たことないから開発途中で没になったのかもな」
「なんでそんなもんをあんたが持ってんのか説明は無しかいな?」
誰もが見たこともないアイテム、それもβテスターさえもが知らないであろうものをいきなり現れて大量に仕入れてくるのだ。
元は解放軍として、全プレイヤーへ資源を平等に行き渡らせることをスローガンに行動していたキバオウさんからして見れば説明を促すのは当然とも言える。
「それは……」
「マズイよ、キリト!
マスターに気付かれたかも!」
どう解答すればいいのか、といった様子で腕を組んで熟考していた彼をこれまで口を開かなかったストレアさんがすかさず焦燥感を隠せないまま遮る。
「ったく、あの野郎っ…。
相変わらず油断も隙も無いのかよ。
ストレア、後は手筈通りに頼んだぞ!」
「はいはーい」
そうここにはいない誰かに悪態をついて溜め息を漏らす彼の姿が青い光に包まれたと思えば、すぐに別の場所へ転移したかのようにこの場から消えてしまった。
そんな訳の分からない現状に唖然として開いた口が開かないリーダー達を余所に、ストレアさんは驚いた様子も無く手を振って彼を見送る。
今のはなんだったのか?
「じゃあそういう訳で。
それと牽制用の麻痺毒投げナイフでもあればあとは攻略組の皆さんならなんとかなるはずだよね」
現状を上手く飲み込めずにいる私達などお構い無しに自分のペースへと巻き込む無邪気なストレアさん。
悪気が無いというのは態度や面持ちからきちんと伝わってくるので私は誰の同意も求めずに思わず頷いてしまう。
アジトの情報は揃っている。
1層のダンジョンならば敵の強さも再湧出頻度も根城としていることを考えても大したことはないだろう。
問題となるチート武器を使わせずに無力化させる為に用意した攻略組の製毒スキル保持者から提供された麻痺毒を溜めたビンは、最前線層のザコ敵にも通じる可能性が大きい現状最高の代物だ。
相手が相手だけにセオリー通りの捕縛手段も慎重にならざるを得ないと思っていたところに、棚からぼた餅のようなものがもたらされた。
その捕縛結晶の効果が発揮されるのが相手に接触をしてからというのがネックにはなるけれど、贅沢は言ってられない。
何が何だか分からないけれども無茶をしたであろうキリトくんがわざわざ差し入れてくれたこともあるし、使えるものは使わせてもらおう。
あとは奇襲の日程だ。
ラフコフメンバー30人程を制圧するために、最前線攻略に支障が出ないだけの人数を揃えて討伐隊を直ちに編成して必要なアイテム整備や作戦確認となれば1日は掛かる。
決行は明後日未明辺りになるだろう。
先延ばしにして犠牲者が増えたり攻略が疎かになってはいけないのだから、早ければ早いほどいいのは確実。
それはこの場に揃った全員が覚悟はしているはずだ。
「ん、じゃあ私は私で準備があるから後は任せるね」
「待って!」
全員の混乱はしながらもすぐ先に待つ決戦への覚悟を見届けていたのであろうが、あくまでも自由奔放に振る舞う彼女。
そそくさと扉を開けてこの場を去っていくのを追い掛けようと私もこの会議場としていた家を出て彼女の腕を掴む。
「…………。
あなたは、キズメルなの?」
自分でもなんでそれを口に出したのかは分からなかった。
しかし、キリトくんと共に姿を現してからすぐ降って湧いた疑問を解消したいと思っていたのは事実である。
2回目のキャンペーンクエストのシナリオの整合性に巻き込まれて9層のフロアボスの護衛となった彼女の姿がまだ鮮明に頭に焼き付いていた。
「ううん、違うよ」
突拍子もない質問に波風立てず首を横にして否定する彼女の顔はそれでもどこか懐かしい慈しみのあるものに見える。
「でもね。
私、キリトとアスナのことはずっと前から知ってた気がするんだ。
ユイと同じでMHCPとして惹かれたのか、そのキズメルって子のAI回路がシステム異常のせいで混線したのかは私にも分からない」
そう静かに囁くように言う彼女は優しく私を抱き締めて背中へ手を回す。
私の方がやや背が低いので、やはりキズメルにこうされた時のことがどうしても頭を過ぎていく。
早くラフコフ討伐の作戦会議でより具体的な論議を交わさなければいけないというのに、私はその妹を慰める姉のように包み込んでくれる手を離すことが出来ずにいた。
「キリトも同じことを聞いてきたけど、その時は自分でもよく分からなくて不思議に思ったんだ。
でもそれからは、自分と繋がってる他の存在に気付くことが出来たしあなた達を守らなければいけない理由に納得できたの」
「……そっか。
キズメルは今も私を見てくれてるんだね」
全てがプログラムで作られた仮想世界。
されど、人の心という不思議なものは支配できないのかもしれない。
そしてそれはNPCであっても変わりないのだ。
私はそれをこの自分達を守ってくれている2人分の肌の柔らかな温もりを感じながら噛み締めていた。
だからこそ、人を玩具にする奴らは必ず正さなければいけない。