75層ボス戦に参加する攻略組が主街区に集合したのは午後1時。
その後は流れるように状況が変化していき、それらにいちいち翻弄させられていたせいで時間を見るような余裕は無かった。
しかし現実の11月と季節や天候、日照時間がさほど変わらないアインクラッドではまだ4時前後ではあっても既に日が落ち始めて街全体が夕焼け色に染まっていた。
カーディナルの宣告からはまだ十数分しか経っていないはずだが、ステータスやアイテムの異変とまだ続く混乱で中央広場に集まったプレイヤー達はがやがやと騒ぎながら各々が状況の整理に努めている。
デスゲームが始まった当初、最早自らをひたすら強くするしかないと考えた俺はいち早く街を出てとあるクエストに挑みにいった。
だから初日のはじまりの街での阿鼻叫喚の混乱は知らないけれど、何故かそれに近いものを今見ている気がする。
「シリカ!」
この場にはまだ数千人ものプレイヤーが留まっているために自分の数少ないフレンドを素早く見付けるのは容易ではないと思っていた。
しかし、ビーストテイマーである彼女にはピナという小竜のパートナーが肩に乗っていたお陰であっさりと見付けられたのだ。
「キリトさん!
あの、お久しぶりです…。
今日ボス戦だって聞いてたんですけどやっぱり勝ったんですね」
「ああ、久しぶり。
ボスには勝ったはずなんだけどな~…」
25と50層のクォーターとハーフポイントである層のボスが尋常じゃない強さで数多くのプレイヤーを葬った事は一般プレイヤーも聞き及んでいたようで、彼女は75層ボス戦から生き残った俺を見て心から安堵して目に涙を溜めているようだった。
けど偵察戦は撤退が出来ず全滅、今日の戦いでも14人が死んだ事実もあるが何よりもあの宣告やステータスなどの異変のせいで勝利の余韻など微塵も無い。
「シリカの方は今騒がれてる現象起きてるのか?」
「はい、でもなんとかピナはそのままでいてくれたしキリトさんに会えてひとまずは安心しました。
あの、キリトさんも…?」
そう気丈に振る舞っていてもこの異変は言わば2年間の命懸けの努力を踏みにじられたようなもので予想以上にショックは大きいはずだ。
俺だってコンプリートした片手剣スキルやユニークスキルの二刀流、修行が果てしなく地味だった隠蔽スキルが消えて正直泣きたいくらいである。
「そう。
俺も弱っちくなっちゃったよ」
「そうなんですか…。
あ、でもこれで距離は縮まりましたよ!」
彼女と一緒に冒険をした後、別れ際に悲しげな表情で気にしていた事はまだ引きずっていたようだ。
MMORPGであるこのSAOという仮想世界ではレベルの差が開いていれば開いているほど相手との間に壁を感じてしまう。
ましてや、シリカは攻略組にはまだまだ到底敵わないレベルであったために自分と最前線で背中を預けてボスと戦うことは出来ない。
現実世界とは違い理不尽ではあるが、俺はそんなものより大事なものがあると信じている。
「まあな。
これからどうなるか分からないけどまたすぐに会いに行くよ」
「はい、また会いましょう!
ありがとうございます、キリトさん」
ビーストテイマーの使い魔は消えていない。
だが、使い魔関連スキルはほぼ消えてスキルスロットも初期状態になっている。
その情報を確認した後に俺はまた聞き込みを続けるために彼女とはまた会う約束を交わしてから、短い間の別れを告げて人混みの中に戻る。
「見~ちゃった、キリトがこの訳の分かんない状況を利用して女の子を口説いてるとこ。
アスナに言っちゃおっかな~」
「違うぞ、リズ。
今のはただこの状況について聞き込みしてただけだからな」
人混みの中に入った途端にコートの袖を掴まれ驚いているところに、途方もない誤解されたことをすかさず弁明しながら声の主を見据える。
要らぬトラブルを生み出そうという魂胆が丸見えな笑いを浮かべる彼女だが表向きは元気そうで良かった。
「ふ~ん、どうだかね~。
で、あたしには聞かないの?」
「そっちが先に話しかけてきたんじゃないか。
まぁ、一応聞く予定でいたんだけど鍛冶スキルと材料とかどうなった?」
「レア物も含めて材料は残ってるのがいくつかはあるけど肝心の鍛冶スキルは消えちゃったわね。
こんな状態で残った材料使っても良い武器は作れないわ。
しかも必死に稼いで買ったあたしの店にも戻れないんじゃあね…」
いつもながらリズの調子には振り回されてばかりだ。
こういうのも悪い気はしないのだけれど、どこかで止めないと大抵の場合で俺を嵌めるいたずらになるから油断出来ない。
アスナと結婚したという報告をした時も散々茶化されたしな。
しかしながら、やはり彼女の方も事態は深刻そうだ。
あの水車付きの見るからに値段も高そうな物件を買う為に今までずっと頑張ってきたのにそこへ帰る事が出来ないというのはとても辛いはず。
「ありがとう。
またスキル上げするなら材料集めは俺もアスナも協力するからいつでも声掛けてくれな」
「うん、こっちこそありがと。
それにしてもなんか軍の連中みたいのが慌ただしくなってきてない?」
リズの指差す先にはお揃いの鎧を身に付けた集団が周りにいる大勢のプレイヤーの顔をきょろきょろと見渡したり、何か職務質問らしきものまでしているようだ。
アインクラッド解放軍、それはこのゲームをクリアするという目的の為に全プレイヤーに平等に資源を支給することを理念に掲げていた一大ギルドだ。
とある幹部の暴走や一部の団員の恐喝じみた横暴な対応で悪評もある彼らがあそこまで慌ただしく動く様は異様に見える。
「キリトさん」
「あ、シンカーさん。
なんかやってるみたいですけどどうしたんですか?」
噂をすればなんとやら、なんと軍のリーダーであるシンカーさんが自ら俺に声を描けてきたではないか。
誰か分からず首を傾げるリズに簡単な説明をしてから真っ青な顔でただ事じゃない雰囲気を醸し出す彼に事情を尋ねる。
「驚かないで聞いて欲しい。
……実はこの街の牢獄エリアに捕縛されていた犯罪者プレイヤー、及びラフコフメンバーの失踪を確認した」
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
驚かないで、なんてのは無理な注文としか言い様が無い。
現に俺もリズも声を上げずにはいられなかったのだ。
このはじまりの街で軍が拠点としている宮殿の地下には犯罪者プレイヤーを捕縛している牢獄エリアが存在する。
詐欺、異性プレイヤーへのセクハラ、殺人など罪状は様々だが一度入った人間はゲームがクリアされるまで捕縛されたままのはずだ。
しかもラフィン・コフィンという史上最悪の殺人ギルドの捕縛済みメンバーまで消えたとあっては悪夢としか思えない。
それにラフコフリーダーのPoHはまだ身柄が拘束されていないどころか行方すら分からない。
逃げたメンバーがどこかで合流でもしてしまえばまた卑劣なPKが行われる危険がある。
「今、軍メンバー総動員で街全体を捜索しているんだが、この街は広すぎるから見付けられない可能性もある。
今夜は街の出入口から鼠一匹たりとも通さないつもりなので明日まではこの街に留まって欲しい」
「……分かった。
もしもの時は俺も協力します」
本来、犯罪者プレイヤーが主街区に入ると鬼のように強いガーディアンNPCが襲い掛かってくるはずだ。
しかし一連のステータスなどの異変で一部初期化されているものがあるのは軍の方でも聞き込みで分かっているはずだし、その中に犯罪者フラグの初期化もある可能性は推測できる。
現状を把握すればするほど再攻略へのハードルがどんどん高くなっていく、そんな気がしてならなかった。
どうも。
皆さんが待ちに待った?MORE DEBANさん達の出番となりました。
これからも多分それなりに出番はあるはず…だと思ってますので彼女達の応援もよろしくお願いします。
そして、拘束されていたはずのラフコフの逃亡。
これから長きに渡って幹部やリーダーのあの方々には暴れてもらう予定ですのでお楽しみに。