お付き合い戴けたら光栄です。
[過去編]コンビ解消
2023年 春の終わり
100層にもフロアが連なる浮遊城アインクラッドの4分の1である25層というクォーター・ポイントに差し掛かっていた。
ようやく4分の1、この調子ならば自分達がこのデスゲームから解放される日もさほど遠くはないと攻略組の面々は意気込んでいた。
しかし、その余裕は「解放隊の偵察部隊40人弱が全滅した」という一報によって音を立てながら崩れていった。
今でこそ数千人が属しているが当時はまだ人数の少なかったアインクラッド解放隊はその偵察戦で多数の実力者プレイヤーを失ってしまい、ギルドを立て直す為に攻略組から距離を置くようになる。
それから他の攻略組は聖竜連合を中心として持ちうる限りの戦力を募ってその偵察部隊を全滅させるほどの強力なボスへと挑んだ。
そのメンバーの中には俺とコンビを組んでいたアスナ、攻略組につい最近合流したクラインら風林火山、エギルとその気さくな仲間に加えてヒースクリフというこれまた謎に満ちた男の率いるギルドが参加した。
結果、ボスのこれまでとは桁外れの攻撃力によって再び多数の死者を生んでしまったが、長く苦しい文字通りの死闘には辛くも勝利することができた。
『クォーター・ポイントのボスは前後のフロアボスとは一線を隠す強さである』それを身を持って確信したのは、50層ボス戦であるために26層から先もこれだけの強さのボスが待ち構えているという懸念が全員に広がっていた。
例えるなら、某国民的王道RPGの1作目ではフィールドの橋を渡った先ではエンカウントするモンスターのレベルが跳ね上がる。
このアインクラッドでのいわゆる橋に相当するものは25層ごとのクォーター・ポイントなのではないか、と根っからのゲーマーであるプレイヤー達は考えていたのだ。
例のごとく戦利品を分かち合う為のダイスロール大会をボス部屋で行う他のプレイヤー達よりも一足早く次の層を開放しようと俺とアスナは26層に続く螺旋階段を、今までのように冗談を口にする元気も無くただ無言で精神的な疲労を堪えて重い足を上げながらゆっくり登っていた。
今回の戦いはこれまでのボス戦とは明らかに違かった。
もしもこれからのボスもあんなにも強力だったら俺は彼女を守っていけるのか?
そんな疑問を胸の内に秘めて葛藤していると、いつの間にか次の層へ続く螺旋階段を登り終えて26層フィールドに足を踏み入れていた。
見渡す限り広がる草原に射し込む澄んだ夕焼けなど風景を楽しむ余裕も無かった俺は俯いたまま背後にいたアスナの方に振り向く。
「どうしたのよ?」
「ここでお別れだ」
「…はぁ?」
俺の言葉を何かの冗談だと思って鼻で笑う彼女を傍目に、俺はこれまでに経験したことのない激しい胸の痛みを堪えながらメニューを操作して2層からこれまでずっと続いていたパーティの解散申請を申し入れる。
恐らく彼女には『Kiritoからパーティ解散申請が送られました。パーティを解散しますか?』というポップアップメニューがもう目の前に見えているはずだ。
「どういうことか説明してくれる?」
「どうもこうもない。
お前、ヒースクリフってのからギルドに副リーダーとして誘われてるんだから受けてやれよ。
あいつは間違いなく強い」
かつて「信頼できる人にギルドに誘われたら断るな」と俺は助言した。
そして他の大手ギルドのリーダーは良く思っていないアスナではあるが、攻略会議で垣間見せる奴の人間性には一定の信頼を見せているし何よりあいつの強さは別格だ。
今日だってHPが危険域に陥って倒れ込んだ彼女へ追撃を加えるボスから間一髪で守ったのは俺ではなく奴だった。
この先もボスがあれだけ強くなるなら俺ではもう守り切ることは出来そうにないし、最近増えてきた新規参加の攻略組に『ビーター』などと罵られている自分と一緒にいることもないだろう。
「私、足手まといになってたんだ…?」
「……。
違う、君はもう教えることも無いぐらい強いよ」
コンビ解消を迫られているという現実をようやく自覚したアスナは涙を堪えているのか震える声で問い掛ける。
彼女の強さは層を跨ぐ毎に目を見張るほどのスピードで際立って来ているのに、それを俺がこれからもずっと独り占めするよりも大勢の人を守り成長を促していく方へ向かって欲しいのだ。
9層ボス戦直前に俺やアルゴらテスターが持っていたβ時代の情報は使えなくなってしまった。
なのに、彼女の優しさに甘えてコンビ解消を言い出せずに何度も危ない橋を渡ったのも事実だ。
「……~っ」
「さよなら、アスナ」
彼女が気丈に涙を抑えているといった様子であるのは異性と接する経験の少ない俺でも分かるが、パーティ解散申請を受理してポップアップのYesボタンを半ばヤケになりながら勢い良く押していた。
すると、俺の視界左上の自分のHPゲージの下に表示されたアスナのHPゲージが音を立てることなくすっと消えていき、それを見届けた俺は唇をぎゅっと噛み締めながら彼女に背を向けてここから朧げに城壁が見える主街区への道を進み始めた。
「キリトくんのバカ!!」
ああ、全くだ。
そう彼女の悲痛な叫びを背に浴びつつ、その罵声を飲み込んだ後に自らを嘲笑い何も言葉を返さず逃げるように立ち去った。
俺はただ怖かったんだ。
β時代の情報も全く通用しない前線でこれからもアスナの命を背負っていくことが。
そして何よりも、自分より強いプレイヤーがアスナを守ったというその現実を目の当たりにして今まで自らの強さを支えに保ってきたプライドが粉々に砕け散った気がした。
それから実に何ヵ月ぶりかにソロとなった俺は寂しさを誤魔化すようにただひたすら自己の強化に勤しんだ。
いつも傍にいた彼女は思惑通り、ヒースクリフの結成した血盟騎士団というギルドの副団長となったことをそれとは別件で情報を買ったアルゴから特別にサービスとの名目でもって無料で聞いた。
武器強化に役立つ素材についてアルゴから買った情報によれば、前線より10ほど下の層の迷宮区に出現する敵から45%の確率でドロップするとのことだったので俺は早速その層のフィールドへと繰り出す。
下の階層でも一部のプレイヤーは俺の悪名を知っていて、通りすがりに心ない罵りを浴びせられる事がありつつも込み上げる感情を抑えてドロップアイテムを手に入れようと狩りを始める。
レベルがもうその層の敵とは圧倒的に上だったせいでその狩りも順調にこなして目的のアイテムを必要な分だけドロップしたようなので、町に帰ろうと来た道を戻っていると俺とはまた別にこの層の迷宮区で狩りをしていたらしい他のパーティを見付けた。
また罵られるくらいなら、と思って立ち去ることもできたはずだ。
それでもモンスターに苦戦してじりじりと後退しているそのパーティを何故か見捨てられずに俺はそのプレイヤー達に声を掛ける。
「ちょっと前、支えてみましょうか?」
―それが、月夜の黒猫団との出会いだった…―