俺が月夜の黒猫団に入ってから1週間が経った。
さりげなく高効率のレベリング方法を教えて総与ダメージによる経験値ボーナスを譲り続けると、その間に彼ら5人がこれまで通っていたメイン狩り場より1フロア上の狩り場へと移ることができるほどにレベルも経験に基づくプレイヤースキルも少しずつではあるが上がってきた。
もう半年ぐらい前に1層で出会ったアスナに俺は持ちうる限りの情報を与えた。
その結果、彼女の実力は攻略組の平均から抜きん出るほどのものとなって今や欠かせないトッププレイヤーとなっている。
最初は右も左も分からぬビギナーだったアスナをそこまで育て上げたのは自分だという意識があったために、今はまだまだ大き過ぎる差のある黒猫団メンバーも時間は掛かっても彼女に迫るレベルまで行けるという自信があったのだ。
「ねえキリト、彼らと僕たちは何が違うんだろうなあ?」
レベリングの途中にダンジョンの安全エリアで休憩とサチが作ってくれた弁当で昼食を取っていた時、隣でサンドイッチを一気に頬張って飲み込んだケイタは俺に向かって「いつかは攻略組に入りたい」という夢を熱く語りながらそう問う。
「え……、うーん。
……情報力だろうな。
あいつらはどこの狩り場が効率いいかとか、どうやれば強い武器が手に入るなんて独り占めしてるからさ」
それはまさしくβ時代の情報を秘匿してスタートダッシュを成功させたビーターとして自分が行ってきた非難されても文句は言えないものだ。
けれど最近は古参の攻略組ギルドが情報を独占して風林火山などの新規参加ギルドとの衝突が増えているらしい。
「そりゃ…、そういうのもあるだろうけどさ。
僕は意思力だと思うんだ。
仲間を守り、そして全プレイヤーを守ろうっていうかな。
そういう力があるからこそ、彼らは危険なボス戦に勝ち続けられるんだ。
僕たちは今はまだ守ってもらう側だけど、その気持ちは負けてないよ。
だからさ、このまま頑張ればいつかは彼らに追い付けるんだと思ってる」
自分が求めていた答えとは違ったのが少し不満のようにも見受けられるケイタは立ち上がって俺と向き合いながら赤裸々に自らの理想をぶつける。
そのあまりにも興奮して目を輝かせているリーダーの様子が可笑しかったのか、周りで弁当を口にしていたメンバーの皆はくすくすと笑っていた。
「そうか…。
そうだよな」
そんな大層な考えなんて俺を含めた今の攻略組には欠片も無いだろう。
あるのはゲームクリアではなく、ただ自己強化に勤しんで上位プレイヤーに名を連ねることへの優越感と執着だ。
かつて俺とパートナーだった女の子はそれをこう例えた。
『なんとなく高校を受験してなんとなく大学に入ってなんとなく良い会社に就職をする現実と同じで、明確な目標も無く見えない何かに追い立てられてるだけ』だと言い放ち、それは個人的に的確過ぎる例えだと感じて鳥肌が立った覚えがある。
もしかしたら月夜の黒猫団はその眩しくも日だまりのような暖かい明るさで凍り付いた今の攻略組を目覚めさせる存在になるかもしれない。
そう思った俺は彼らを育て導くことで、嘘を付いて近付いた罪悪感を忘れられると信じていた。
それから数日後。
更に全体的にレベルを上げ続けてきた黒猫団は段々と貯まってきたお金で少しだけ息抜きをしようと今日をオフにすることを決めている。
彼らのレベル上げに付き合ってもモンスターとのレベル差が離れ過ぎていることによる補正が働いてあまり経験値を得られていない俺は夜中にこっそり宿を抜け出しては最前線でレベリングをしていたが、オフの今日ならば朝から夕方まで鍛えられると思いながら部屋でひとり準備をしていた。
しかし、ある人と予め決めていた暗号の特殊なテンポのノック音が耳に留まった俺は意外過ぎる客人に驚いてしまい、ベッドから転げ落ちて尻餅を突きながらも急いで部屋の扉を開ける。
「よう、キー坊」
「なんか用か、アルゴ?」
このSAOでは情報屋として活躍している『鼠』のアルゴ。
居場所を告げた覚えも無いしここは前線からもかなり離れている層だというのに俺を見つけ出して宿の部屋まで押し掛けた彼女の情報網は中々に侮れない。
フレンドリストから確認できる現在地も圏内じゃどの層のどの町にいるというだけであるので、恐らくはこの近辺での尾行や聞き込みなどあらゆる手段を用いて部屋の番号まで調べ上げたのだろう。
「んー、そう嫌な顔するなヨ。
恋する純粋な乙女のオレっちにかかれば愛しのキー坊の居場所なんかいつでもすぐに分かっちゃうのサ。
今回の用件は、何か面白そうな情報を提供してくれるか何かご所望な情報を買ってくれると助かるナー」
自称『恋する純粋な乙女』についてはツッコミを入れたら俺の負けだよな…。
「提供って何をだ?」
こいつはただ情報を売買するだけでなく、「〇〇が□△という情報を買った」「〇〇が□△という情報を買った□〇がいる」というネタまでも売買するのだから呆れるほど商売上手だ。
売れるネタなら自分のステータスまでも売りそうなやつだけれど、不確かな情報は売らないので皆一定の信頼は置いている。
そんな情報屋アルゴの一番高額なネタはどうやらアスナに関することらしいのだが、そのあまりにも破格過ぎる値段設定やアスナ本人にも手数料が支払われるから実質情報を買ったことが知られてしまうために乙女の秘密と思しきそれを買う人はまだいないようだ。
「それがな、まーたオレっちの名を騙るやつが下層で出たみたいでサ。
前線にいる攻略組よりはキー坊の方が頼りになるしここらの層で何か関係してそうな情報を見聞きしてないか、と思ったのだヨ」
「またか……。
あんたもほんとに大変だな」
確かな情報しか売らない『鼠』のアルゴの情報屋としての信用性を利用して彼女を装いデマを流してプレイヤーを騙す愚か者は次々と出てくるようで、まるでもぐら叩きだ。
デスゲームが始まってから1ヶ月くらいの時、1層では『隠しログアウトスポットが××の場所にある』というアルゴ発の情報がはじまりの街を中心として拡散されていた。
その情報を信じて現実世界へ早く戻ろうとそこへ向かったプレイヤーは誰も帰ってこなかったことから、そんなもの嘘くさいと一笑に付していた人も徐々にそれを信じるようになって確かめに行ってしまうのだ。
しかし、そんな都合の良いものなどあるはずが無い。
誰も帰ってこなかったのはその示された隠しログアウトスポットが相応の準備も無い低レベルでは到底勝てないモンスターが出没する地点であって、一縷の希望を持ってそこへ訪れてしまったプレイヤーの全員が戦闘で殺されてしまったからである。
そんなMPKや詐欺などをするには『鼠』の名前ほどに利用しやすいものは無く、デマの規模は大小様々だったけれどもその偽者をとっ捕まえる手伝いをしたことはもう1度や2度ではない。
「いや、そんなのは知らないよ。
あとは今んとこ困ってもないから情報を買うつもりもないよ」
「ニャハハ、残念だナー。
まぁ、何か情報掴んだら教えてくれヨ」
「ああ、分かったよ。
じゃあな」
『鼠と5分雑談していると、いつの間にか100コル分の情報を抜かれてるぞ』と誰かが言った注意を身を持って学びつつある俺の警戒心を察知したアルゴは笑いながら部屋を後にしようと背を向ける。
すると、地味な茶色の全身を覆うマントを靡かせながら彼女はドアノブに手を伸ばしたところでぴたりと足を止めた。
「キー坊、オネーサンから特別サービスで明日新聞に載る情報をフラゲさせてあげるヨ。
今まで単独か少数で徒党を組んでPKを楽しんでいた犯罪者プレイヤーがギルドを作った、と裏の情報屋に宣言しタ。
名を『笑う棺桶』ラフィン・コフィンだとサ」
「…そっか。
変なギルド名だとは思うけど気を張っとくよ」
このアインクラッドにはファンタジー世界を舞台にしたゲームのため当たり前だがテレビやラジオが無いので、ニュースを知る為には情報屋達や有志によって新聞紙が発行されるからそれを読むしかない。
それにそんな情報が載ってしまえば攻略組も一般プレイヤーも混乱は避けられなさそうだ。
攻略組に潜り込んで内乱や妨害を企んでいた何人かの犯罪者プレイヤーを追い出した身の俺としては報復に気を付けなければならない。
でもわざわざ私怨のためにレベルも圧倒的にかけ離れているであろう俺を襲うとも思えなかったのだ。
情報を先んじて教えてくれたアルゴに感謝しつつ、今度こそ部屋を後にする彼女を見送ろうと扉に目をやると再び客人を報せるコンコンという普通のノックが聞こえてきた。
「やべっ…」
きっと黒猫団の男連中とは別に本日のオフを過ごそうとしているサチだろう。
しかし、情報屋のアルゴと部屋で密談していることから余所者だった俺への疑いや不信感が生まれたらようやく見つけた居場所が無くなってしまう。
「んじゃっ」
すると俺の焦りから事情を察したのか、彼女は颯爽と足音も立てずに扉の前から窓際へダッシュして勢い良く窓を開いたかと思えば俺に向かって手を振ってこの2階に位置する部屋から飛び降りていく。
忍者か、あいつは。
敏捷一極のステータスも更に磨きがかってるな。
そう思いながら俺は開かれた窓をじっと眺めていた。