季節は春を終えて初夏へと移り変わる頃。
この浮遊城アインクラッドは1ヶ月ほど時間が戻ったかのようにぽかぽかとした快晴のお花見日和だった。
10層主街区で俺が唯一知っている観光スポットである青々とした木々に囲まれて騒がしい街の中とはまるで別空間にも感じる静寂に包まれた公園に立ち寄り、2人でゆっくりと羽根を伸ばしていた。
しかし、内向的なサチとコミュ障ゲーマーな俺ではベンチに腰を下ろしても中々話題が弾まずに無言の時間が続いていた。
現実の話はマナー違反、攻略とか戦いの話は臆病な子にするもんじゃないし自分のレベルとか色々嘘がバレる。
すっげえ気まずいからどうにかしたいけど俺には荷が重い…!
でもこんなのんびりできた時間は久しぶりか。
半年間今までずっと攻略ばっかで、クリスマスも元旦も攻略のことで正直あまり気が休まらなかったしな。
「ん?」
目の前に映る樹木達に心の中で「どんな話題があるかな?」なんて話し掛けてしまうほど追い詰められていた俺の肩に何かが横からのし掛かる。
気になって隣を見ると、このあんまりにも暖かく過ごしやすい気候のせいか眠気に負けて寝息を立てるサチがこちらに倒れ込み俺の肩を枕にしていた。
「…すぅ」
女の子にこうも密着された経験が妹とアスナ以外にほとんど無い俺はかなり戸惑いつつも、心底安心した様子で眠るそんな彼女の姿に和まされて笑みがこぼれる。
昼は黒猫団のレベル上げに付き合い、夜はひとり最前線に潜ってひたすら自己強化に勤しんでいる俺も睡魔には襲われているが最近になって噂されている睡眠PKとやらを警戒して眠気をぐっと堪える。
暖かい陽だまりの中でサチと共に過ごすこのひとときはとても心地良いものだった。
それこそここが仮想世界であるとは信じられないほどリアルな感覚が身に染みて心の内に安らぎが生まれた気がする。
ありがとう、サチ。
その後、実に2時間も昼寝を堪能してから目を覚ましたサチが頬を真っ赤にしながら俺に謝ってきたり迷惑を掛けた詫びとしてスイーツを奢ってもらったりと、2人きりでこのオフを有意義に楽しんだ。
夕方になって拠点にしている宿に帰ると、現在開放されている全ての層の主街区を観光して食べ歩きをしているらしいケイタ達はまだ帰ってきていないようで、2人で夕食を取ってからそれぞれの部屋へ戻っていった。
今からでも前線に行って狩りをすればすぐにレベルが上がりそうなぐらい次レベルへの必要経験値が貯まっているので行こうか迷ったが、今日のささやかだけど幸せな出来事を思い出してなんとなく面倒くさくなった。
そのままベッドへ転がって何気なく右手を縦に振ってメインメニューを呼び出す。
我ながら重度のレベル上げ中毒になってきてるな…。
お、アルゴからメッセージ来てるぞ。
いつの間にか新着メッセージが受信されていたのでメルマガを装った感じの何か無料のお得情報を教えてくれるものだろうと期待しながらそれを開いてみると、その衝撃の内容に呆然として開いた口が塞がらなくなる。
『今日は女の子との初々しいデートお疲れさン。
尾行してたこっちも甘酸っぱさに和んだからこの情報は売らないでおくヨ。
そして一緒にいたアーちゃんからの伝言、「女の子を攻略する暇があったら迷宮区を攻略しろ」だとサ。
次のボス戦は色んな意味で背後にも気を付けないとナー』
え…?
あいつら、まさか尾行してきやがったのか!?
そのメッセージを読んだ後に今日の出来事のプレイバックが頭の中に流れていくと同時に恥ずかしさで身体全体が熱を帯びたような気がして、それを誤魔化そうと思わず叫びたくなる。
今日のサチとのあれこれはあの2人にだけは一番見られたくなかったというのに、ついつい楽しくて周りを見ることもせず尾行に気付かなかったせいで一杯食わされてしまった。
こうなったら索敵スキルは更に鍛えないと…!
あと、次のボス戦は絶対にアスナさんの近くには寄らないでエギルを陰にでもしとかないと細剣で刺されそうだ。
でも本当に今日は楽しかった。
こんな日をまた作る為にも、また明日から黒猫団を鍛えていっていつか攻略組に名を連ねても皆と一緒にこの世界を歩いていきたい。
―ちょうどこの1ヶ月後、6月22日に俺のせいでサチは死んだ―