SAOー紅玉を貫く大樹ー   作:明石

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[過去編]再び独りに

 オフから1ヶ月後。

 

 また6人で迷宮区や高効率なレベリングスポットに潜ってレベル上げやお金稼ぎ、メンバーの全体的なプレイヤースキルの向上やサチの盾持ち片手剣職への転向に勤しんでいた。

 情報を持っている俺のさりげない誘導により他の中層プレイヤー達と比べると圧倒的なペースでレベルも上がり、当時の最前線である27層より3つ下の24層での安全マージンを取ることができたのでそこを拠点にして狩りをしている。

 

 しかし、サチの件だけは上手くいかなかった。

 モンスターと至近距離で戦わなければならないプレッシャーや恐怖感は臆病な彼女にとってはかなりの負担になっているようで、前衛は適性ではないという判断を俺としては抱かざるを得ない。

 

 けれどサチを含む他のメンバーは途中参加の俺ひとりを前衛の壁役として負担を掛ける方が心苦しいようでそれがより一層彼女に重くのし掛かるプレッシャーとなっていた。

 その辺についてメンバー間でしっかり話し合おうとすると自分がお荷物になっていると思ってしまったのか、サチが姿を現さず皆で探したという出来事があって彼女の前衛への転向は後回しとなった。

 

 

 

 

 2023年6月22日

 

 

 そんなこんなではあったが一先ずこの1ヶ月間は順調に進んできたお陰でギルドホームを購入できるまでの資金を集めることに成功したので、リーダーであるケイタはギルドの所持金全てを持って主街区で売りに出されている一軒家を購入しに行っている。

 残った他のメンバーですっからかんになった所持金を見て笑ったりこれからのギルドの将来に思いを馳せていたら、メンバーのひとりが「鼠から攻略組が取りこぼしたこの層の迷宮区の宝箱の情報を買ったから、ケイタが戻る前に一稼ぎに行こう」と提案してそれに同意した皆で迷宮区へと向かった。

 

 攻略組はボス部屋を見付けることが最優先なので迷宮区内の宝箱を取り逃すのはよくあることだし、提供された不完全なマップデータから埋められていない場所にはお宝がある可能性があるとも推測できる。

 それを自らの足で確認して売り物にする情報屋もいるが、このアインクラッドで信頼性の高い情報屋はやはり鼠のアルゴがまず先に挙がるのでそのお宝の存在は事実なのだろう。

 

 

 

 

 俺はその迷宮区で戦ったことが勿論あるので、そこが稼ぎはいいがトラップ多発地帯であることも知っていたけれどそれを告げようとは思わなかったのだ。

 レベル的には充分安全圏だったのでそこの攻略は順調に進み、件のお宝があるフロアまで辿り着くのは思っていたよりも早かった。

 

 途中で出くわすモンスターを倒して取得したコルも合わせてこの層で手に入る宝箱の中身の売上金があれば、購入したギルドホームにあらかたの家具を揃えることも可能ということでサチも含め皆張り切っていた。

 

 そしてメンバーが買ったマップデータに示された宝箱のある大部屋に着くと俺はこれまでの攻略経験から第六感のようなものが働いて、その宝箱は放置することを主張した。

 しかし理由を聞かれても、この層からトラップの難易度が上がるとは言えずに「なんとなくやばそう」と口ごもることしかできなかった。

 

 結局、俺の弱々しい主張を聞き入れずにシーフ役のメンバーが宝箱を開けるとアラームトラップがけたたましく鳴り響いて3つあった大部屋の入口から大量のモンスターが押し寄せてくる。

 このSAOの世界では魔法などが無いために囲まれたら即撤退が定石なので俺は大声で転移結晶を使うことを促したが、引き当てたトラップは結晶無効化空間で完全に退路を塞がれてしまったのだった。

 

 その時点で俺は今まで制限していた上位ソードスキルで周りの敵を薙ぎ払ってパニックに陥ったメンバーを助けようとするが、ひとりまたひとりと為す術も無くモンスターに殺されていく。

 その中でサチはモンスターの波に呑まれてHPを全て失う瞬間、我を忘れかけながら戦う俺に向かって右手を伸ばして何かを言おうと口を開いた。

 

 見開かれていたその瞳に浮かんでいたのは、同じ部屋のベッドで夜毎俺に向けていたのと同じ、すがり付くような痛々しいまでの信頼の光だった。

 

 

 

 

 どうやって生き残ったのか自分でも分からないほど憔悴していた俺は全てのモンスターを蹴散らした後に、もしかしたら生き残っているのではと思いながら辺りを見渡すが4人の仲間の姿は無い。

 そんな心が崩壊してもおかしくない状況であっても俺のHPは半分を割り込んだところまでしか減っていなかったのだ。

 

 それが自分と彼らのレベルの違いであることに改めて胸が締め付けられる思いだった。

 

 それから何を考えるでもなく独りで呆然としながら拠点としていた宿へ戻ると、新しいギルドホームの鍵を持って皆の帰りを待っていたケイタに出くわして俺は迷宮区での出来事や自分が生き残った理由を包み隠さず打ち明ける。

 その全てを聞いたケイタはあらゆる表情を失った眼で俺を見てこう言った。

 

「ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ」

 

 そう言い放った後に彼は何かに導かれるように宿屋を出てその足で主街区外れのアインクラッド外周部へ向かって、それを追い掛けた眼前で何の躊躇いも無く柵を乗り越えてそこから無限の虚空へ身を躍らせた。

 

 人恋しさに耐えられずに嘘を付いて近付いてしまった俺のせいで彼ら月夜の黒猫団は死んだ。

 人を導き育てることができるという根拠の無い自信を持った自分の思い上がりや身分を偽る為に彼らに与える情報を吟味して全てを明かさなかったのだ。

 

 どれだけ罵倒されたって許されはしない。

 

 

 

 

 その後、これから何をしようか迷いながら街をさ迷っているとあの宝箱の情報を売ったアルゴを見付けて呼び止めた。

 あの情報さえ無ければサチ達は死ぬことはなかったはずだと情報の真偽も含めて彼女に全てをぶつけて問い詰める。

 

 アルゴを責めたって自分の罪が軽くなる訳じゃないのは分かってはいたけれどもう誰とも関わりたくないが為に未だ俺を慕う彼女にも嫌われたかったのだ。

 

「……キー坊。

 オレっちは絶対に疑わしい情報は売らないし、その黒猫団のメンバーに情報を売った覚えもなイ」

 

「…なに?」

 

 確かに彼女の情報が間違っていたことなど1層ボスの主武装くらいであるし、それも事前に間違っている可能性を広く呼び掛けていた。

 しかし、β時代の情報が無いこの層では間違いがあってもおかしくはないと疑惑が深まるばかりだ。

 

「本当だヨ。

 

 こんなことは言いたくないけどネ。

 その件、最近出て来たオレっちの偽者の手口に似てるナ」

 

 1ヶ月前にアルゴから聞いた『鼠を騙る偽者』の情報。

 これまで彼女の名前を利用してPKを行っていた連中。

 

 そして何より攻略組を内部から崩そうとして潜り込んでいた犯罪者プレイヤーや情報屋アルゴの名を騙った偽者が殺人ギルド『笑う棺桶』ラフィン・コフィンに入っていて、俺に攻略組から追い出されたその恨みを晴らす機会を伺っていたとしたら…?

 

 憶測ではあったがそう考えれば全てが繋がるような気がして戦慄を覚えた俺はその場で立ち尽くす。

 アルゴにしたって1度嘘の情報を流してしまえばもう堂々と街を歩くことは出来ないし、後続の役に立てようと攻略本を作る為に情報を残しながらも事前情報との違いから死んでいったβテスター達への負い目のようなどうしようもない想いも知っている。

 

「ごめん、アルゴ。

 

 ……お詫びでいくら払っても構わない。

 今掴んでる犯罪者プレイヤーの情報を売ってくれないか」

 

 そして俺はその日からアインクラッド攻略の傍ら、犯罪者プレイヤーを追い詰めて牢獄へと連れていく『犯罪者狩り』を行うようになった。

 

 月夜の黒猫団ごと俺を葬ろうと画策していたプレイヤーを探し当てこの手で殺す為に。

 人殺しとなって疎まれようともそれが彼らへの償いと自らへの報いだと信じて…。

 

 

 

 

 ―その1年半後、アインクラッド攻略が振り出しに戻っても偽者の情報は掴めずにいるどころか俺が捕まえた犯罪者達は脱走して野に放たれている。




黒猫団編総括あとがき

いかがでしたでしょうか。

まずラフコフの結成時期が原作の2023年大晦日から半年ほど早めたことについては展開上必要なことだったのでご理解ください。

25層ボス戦は本編でも扱うため、重ならないようキリトのモノローグによる回想となっています。
そこでは解放隊(のちの解放軍)が主力メンバーを戦死させてしまったので、彼らを除くドラゴンナイツ・ブリケード(のちの聖竜連合)やようやく追い付いた風林火山、まだギルドは結成されてませんが何人かの凄腕プレイヤーを連れたヒースクリフ、エギル達にキリトとアスナのコンビで挑みました。

そんな中でアスナが運悪くボス攻撃の第一波で死にかけて更に追撃が加わりそうなところで彼女の命を間一髪で守ったのはキリトではなくてヒースクリフでした。
まだ恋の自覚は無いものの、彼女を守りたいと思い始めていたキリトにその事態はショックが大きすぎてネガティブ思考の泥沼に嵌ってしまいました。

他人の命を背負う覚悟が中途半端だったので、本音を語り合うこともなく一度の失敗で怖くなって投げ出してしまったのは普通の中学生だった彼には仕方が無いことかもしれません。

それから自覚の無い想いを無理矢理断ち切って孤独になった彼は支えを失ったことで自分をビーターなどと蔑む声に耐え切れず、黒猫団の誘いという甘い蜜に縋るように乗ります。
初心者だったアスナをあそこまで育て上げたのは自分だという勘違いでもある根拠の無い自信を胸に黒猫団の育成に熱を上げました。

人を教え導くことの大変さは大人であっても実感し苦悩するのですから、結果的にまだ未熟な彼では務まるはずもありませんでした。
自分が攻略組であるとバレそうな情報はひた隠しにしてきたツケがあのトラップ部屋で遂に爆発してしまったのです。

尚、本作ではあの悲劇は何者かによる陰謀であるということになっております。
これまでキリトはモルテ他攻略組に入り込んでいた悪意を見つけ次第実力でもって追い出してきたので、彼らにはかなり恨まれています。
そんなことも露知らず、ラフコフ結成の報せを聞いても自分が真っ先に狙われるとは考えもしていませんでした。

自分の命を狙う陰謀に暖かな居場所を与えてくれた巻き込んでしまったのは不運以外の何物でもないでしょう。
それでもチャンスはあったのに狙われることを気付けなかった自分を責めて、彼は真犯人を見付けるために片っ端から犯罪者プレイヤーを捕まえようと決意します(シリカとタイタンズ・ハンドの一件もそれ)が、それはまた別の機会に語られるかもしれません。

アスナの方は、キリトが本音を語らずに自らを切り捨てたことは足手まといになってしまったからだと勘違いしたまま、彼に追い付けるよう強くなるためにヒースクリフの誘いに乗って血盟騎士団に入りました。
自分は強くなろうと必死に足掻いているのに、ちょっと心配でこっそり様子を伺ってみたらその肝心の彼は女の子と遊んでいたことが発覚します。
そこでプッツンしたアスナは次に2人で話す機会があった時に、その怒りを彼に思いっ切りぶつけてしまいます。
もうその時には既に仲間を失って憔悴しきっていた彼は何も知らない彼女の言葉に傷付き、立腹してまた独りの道を進んでいきました。

そこから56層の攻略方針を巡った決闘騒ぎまで2人の冷戦は続いていきました。

キリトとアスナの2人がコンビを解散したのも些細な行き違い、お互いに心の底からの本音で語り合うことが無かったのがきっかけでした。
それも片や妹を含む家族とも疎遠になるコミュ障の中学生男子、片や家族以外に異性と接する機会が無かった女子校育ちの中学生女子だからだともいえるでしょう。
結果的に周りの大人(クラインやエギル)を心配させて更には命まで奪われるような事態になってしまったので、若さゆえの過ちで片付けられもしないはずです。

しかし、今は自分の失敗を顧みて2人で一緒にその責任をきちんと背負って自分達なりの償いに身を削っていくことを期待して見守ってやってください。





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