円錐形の浮遊城アインクラッドはその形故にこの第1層が一番広いエリアだ。
その最南端に位置するはじまりの街もかなりの面積を誇る主街区であるし、街を囲むようにして草原が果てしなく広がる。
その草原に生息しているモンスターはイノシシやオオカミといった動物型とワームやビートル、ワスプ系の虫型である。
その他にも北の方へ進めば森や湖沼、山、谷、遺跡とこのSAOの世界へようこそと歓迎するかのように80k㎡にも相当する面積の中で何でもありのエリアとなっている。
攻略組は基本迷宮区へ一直線のルートを辿るため、俺はこの第1層の全貌をまだこの目にしたことはない。
まだ誰も訪れたことのない未知のダンジョンだってどこかにあるのかもしれない。
「そっち行ったぞ、キリト!」
レベル上げも兼ねて視界に映ったモンスターはなるべく倒すという方針で次の村であるホルンカを目指し草原を歩いていると、他の国民的ゲームで言うスライムに相当する3体のイノシシ型モンスターを見付けた。
まずは素早さ優先のアスナやシリカが先制攻撃を仕掛け、そこにすかさずタンク役であるエギルがタゲを取る。
そのままタゲを維持している間に俺やリズがソードスキルで仕留めるという戦法でなるべく与ダメージ量=獲得経験値を均等化させているつもりだ。
しかし、元ソロ専のビーターがいたりまだ知り合って間もなかったりと連携が不完全だったために、エギルがタゲを取っていた1体のイノシシがより多くダメージを与えてしまった俺にタゲを変更して突進を仕掛けようと足を蹴って飛び出す。
「よしっ!」
直線的な突進なら避けずにこのスキルでいける。
今更こんな雑魚に手間取る訳が無いと思いながら、俺はお気に入りである片手剣の単発重突進スキル<ヴォーパル・ストライク>の発動モーションを取ってこちらに真っ直ぐ突進してくるイノシシを迎え撃とうとした。
剣を構えた右手を肩の高さまで上げてそれを限界まで後ろに引き絞る。
この発動モーションからシステムアシストが始まって前後に開いていた両足で地面を蹴りその加速から、ジェットエンジンじみた金属質の轟音とクリムゾンレッドの閃光を放ちながら剣が一直線に打ち出される。
片手剣の突進系スキルでありながらリーチは重槍並という使い勝手の良さが売りの上級ソードスキルである。
「あっ…」
気付いた時にはもう遅かった。
片手剣スキルの熟練度が低い今の状態では熟練度950で取得できるそのソードスキルの正しい始動モーションをしても、システムはそれを検知せず技は発動しないのだ。
「ぐっ!」
イノシシの突進に対してカウンターの要領で重突進スキルをぶつけて追い掛ける手間を省くという俺の戦術はまさかの事態であっという間に瓦解する。
そのまま避けずに突進を正面から食らってしまって俺の身体は不快な衝撃と共に勢い良く吹き飛ばされ、HPが少しだけではあるが削られた。
「何やってんのよ、アンタは」
「いや、いつもの癖でスキル使おうとしたら発動しなくてさ…」
ゲーム中一番の雑魚敵の群れとは言え、ある程度の実力を持つこのパーティではすぐに戦闘が終わった。
この戦闘に関してはあまり貢献できなかったのにこれでレベルが2へと上がった俺は、その喜びを味わうことなく早速リズのお叱りを受ける羽目となってしまう。
スキルの発動モーションが身体に染み付いているのは本来であれば鍛練の結果として誉められたものなのだが、それは自分が現在使うことのできるスキルに限るのは当然の話だ。
「あはは。
私もさっきうっかり今まで使ってたお気に入りのスキルモーション無意識に取ってて慌てたから気持ちは分かるよ」
情けない姿を見せてしまったというのにリズとの間に割って入りフォローに入ってくれたアスナには素直に頭が下がる。
「まぁ、分からなくもないがな。
今まで前線でソロの死闘を繰り広げてきたところに、いきなり緩くなったせいで保ってきたペースが崩されたんだ」
「そうですね。
ずっと頑張ってきたことの裏返しでもあるんですから気にしないでください、キリトさん」
「次からは気を付けてよ。
この中で一番強いアンタが苦戦すると皆の士気が下がるんだから」
「…はい、気を付けます」
ゲームの中とは言えども、この世界では一歩間違えれば死が待ち受けるのだ。
不意のアクシデントでほんの少しだけでも仲間のHPが削られたら仲間としては不安にもなるし士気にも影響が出てくる。
『初志貫徹』『油断大敵』その四字熟語を胸の奥で噛み締めてから、早速レベルアップボーナスで手に入ったポイントを自らのステータスに割り振ろうと思いながらメニュー画面を開く。
「ん?
Time Limit 730d 4h 12m 28s?」
メニュー画面の一番上に位置する場所にこれまで全く見たこともない表示が浮かび上がっていた。
「キリトくんにも変な表示あった?」
同じくレベルが上がっていたアスナも他人には見えない設定のメニュー画面らしき場所を訝しげに見詰める。
そこで俺はメニュー画面を状況が掴めていない3人にも見えるよう可視化してそれを見せた。
「普通に考えれば残り時間ですかね…?」
「でもクエスト受けてもいないし受けたとしても残り時間なんて表示されないし分からないわよ」
「クエストに時間制限があること自体稀だがな。
730days 730日か、これはもしかすると…」
俺が可視化させて見やすいようディスプレイの位置を調整すると3人はそれを覗き込み真剣に議論を始める。
その変動する数字とエギルの呟きでようやくこれが意味するものが分かった俺はその意地汚なさに思わず鼻で笑ってしまう。
「これ、昨日カーディナルが言ってたあと2年ってやつだよ。
こうやってメニューに残り時間を表示させてプレイヤーを焦らせるつもりなのかもな」
まったく嫌らしい設定を追加しやがったもんだ。
言わば携帯電話の待ち受け画面に自分の残り寿命が映し出されるようなものだぞ。
「でもまだ始まったばかりだからそこまで深刻に考える必要もないわよ。
充分に時間はあるし皆強いからね」
「おっ、血盟騎士団副団長様の有難いお言葉だな。
きっと御利益もあるぞ」
「恥ずかしいんだからからかわないでよ、もう」
これから嫌でも残り時間と向き合わなければならないこの残酷な現実を認識して押し黙る3人だったが、俺がアスナをからかって見せるとすぐ調子を取り戻したようだった。
そう、アスナの言う通りまだ時間はある。
この1層での以前の攻略はデスゲームが始まった混乱もあったり経験の無い状態だったプレイヤーが大半でボスに辿り着くまで一ヶ月も掛かってしまったのだが、今は経験があるお陰で大幅に早められる可能性があるのだ。
それよりも最初の層とは言ってもフロアボスはそのほとんどがかなり手強く、それに対抗できるレベルの上限49人のレイドパーティが集まってくれるかどうか…。