仮面ライダーセイバー 不死鳥の少女と星の歌声   作:度近亭心恋

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終わりというものはない。始まりというものもない。
人生には無限の情熱があるだけだ。
始まりと思うのも自分。
もう終わりと思うのも自分。
フェデリコ・フェリーニ(1920~1993)


第一章 はじめに、名もないキモチあり。

 その幻想的な空間には、夢のようなそのふわふわとした空気を彩るかのようにしゃぼん玉が飛んでいる。

 

「皆さん……よ い 読 書 を(ボンヌ・レクチュ~~ル)! 僕はタッセル!」

 

 その空間の中で、物語の案内人────タッセルは、絵画のような色合いの緑色の髪を揺らしつつ、大きな口髭の下で優しい笑みを見せながら”我々”に声をかけた。

 

「『セイバー』の物語のページを開くのは、久しぶりじゃないかなあ? どう?」

 

 タッセルは懐かしむような目線を、虚空に向ける。

 

「飛羽真達の物語がそれを読んでくれた人達の心に残り続けて、また新しい物語が生まれていく」 

 

 彼の表情は、とても安らかだ。

 

「そうして世界は、無限に繋がって、広がっていくんだ……!」

 

 まるで、大きな不安と重責から解き放たれたかのように。

 

「それじゃあ、読んでいこう。物語を」

 

 

「どこかにあって、いまここにある、飛羽真達の、いや……」

 

 

「『みんなで叶える物語』を……!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 広く、広く、蒼い空の下。

 

 

 一人の少女が歌っている。

 

 

 少女の歌声は空の向こうに抜けるかのように、高く、伸びやかに広がっていく。

 

 

 そしてその歌は、

 

 

「〽はーじまーりはー、きみーのそーらー……」

 

 

 空のことを、歌っている。

 

 

 どこまでも、どこまでも。

 

 

 自由に。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 3月と言えば春の訪れ、草木の芽吹き始めといった季節だが、北の大地から見ればまだまだ冬の7割ほどでしかない。

 気温は平気で氷点下を記録するし、日が落ちるのも早い。

 

 背後に聳える北海道の山間にある実家兼ペンションを振り返りつつ、桜小路きな子はほう、と息を吐いた。

 3月も半ばだというのに、息は白くなり目に見える形で空へと昇っていく。山の空気はことさらに冷たく、身体の芯まで冷やされる感覚がある。

 

「さ──むいっすぅ……」

 

 業者から仕入れる薪とは別に、家の周りの枯れ木の枝を薪の足しにできるよう手伝うのも受験を終えた彼女の仕事だった。とにかく冷えるが、これさえ終わればあたたかいお風呂と夕食が待っている。

 今日はペンションを閉めて、卒業旅行シーズンの中日として建物の片づけ、きな子がやっている薪の準備のような細々とした準備、そして家族団欒の一日だった。

 

(お鍋っすよ、お鍋!)

 

 春からは憧れの東京での高校生活、そして一人暮らしが待っている。準備はあらかた済んだぶん、それに比例して家族で過ごす時間がもう残り少ないと考えると、幾ばくかの寂しさはやはりあるものだ。

 

 しかしながら、寂しさ以上に────きな子は楽しみだった。

 

 これから、見たこともない世界が待っている。

 知らない土地に、都会に飛び出して、自分の知らなかった世界に、そして自分自身でも気づけなかった自分に出会えるかもしれない。

 そう考えると、胸が躍るのだ。心が弾むのだ。まるで、歌を聴いた時のように。

 

(やっぱ、東京ってもう暑いんすかね……?)

 

 その時ピュウ、と風が吹き────ひやっとした風が頬を撫ぜたことで、きな子は現実に引き戻された。

 

 

 兎にも角にも、まずは薪を拾って戻ることにしよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「いたよ……」

「いて当然。待ち合わせ場所はここ」

「いや、そーだけどさあ」

 

 米女メイは目の前でカフェのテラス席に座る友人……と呼べるかもわからない、微妙な距離感の相手を改めてまじまじと見た。

 

 高校入学前の春休みというのは不思議なものだ。

 もう中学生ではないが、さりてとてまだ高校生でもない、宙ぶらりんの何者でもない時間。今この瞬間、彼女達はある意味で何にも縛られない自由な存在だ。

 

「お前から誘ってくるなんて、珍しいじゃん」

 

 そう言いながらメイが椅子を引き腰を落ち着けると、店員がオーダーを取りに来る。

 

「……モンブラン」

「私は……フルーツパフェ。四季、コーヒーは?」

「いる」

「じゃ、ふたつ」

 

 オーダーを書き留めた店員が奥に向かったところで、メイは声を潜めた。

 

「というかこのカフェ、結構高いとこじゃないのかよ。大丈夫なのか?」

 

 四季が話があるから来てくれ、と待ち合わせに指定したテラスカフェは、都内でも有数の有名店だった。今日も平日の午後だというのに、随分と賑わっている。そしてそのぶん、お値段も随分とするものなのだ。先程メニューでちらりと見たパフェとコーヒーの合計が財布の中身ぎりぎりだったのを思い出し、メイは眩暈がした。

 

「メイ」

「何だよ」

「ごちそうさま」

 

 ぺこりと四季は頭を下げる。

 

「は、はあああああ!?」

 

 メイは泡を食って立ち上がる。

 

「ちょっと待てよ私持ち合わせが……!!」

 

 おごるなんて言っていないし、頼まれた覚えもない。この展開は完全に予想外だ。

 

「何で事前に言わないんだよ!」

「……ふふっ」

「あ?」

「うそ」

 

 四季は懐から一万円札を裸でぴらっと取り出し、人差し指と中指で挟んで摘み気取って振ってみせた。

 

「入学祝い。使い道も無いから」

「あ、あー……」

 

 冗談だったのかよ、と思いながらメイは力が抜けるようにして再び椅子に座り込んだ。はっきり言って、この女の冗談はわかりにくい。

 

「おどかすなよなぁ。……あと、そういうのいいから。自分で払う」

「そう」

「ったく」

 

 メイは一息つき、コーヒーはまだかと一度カフェの方を見やった。

 

「それより、話だけど」

「あ、ああ? 何だよ」

「高校では、部活……どうする?」

 

 四季に問われ、ああ、とメイは得心した。

 若菜四季も米女メイも、中学時代はどことなく人付き合いが苦手だった。そんな中何となく話すようになった二人は、四季が作った科学部に入り浸る形でのふたりの青春を過ごし卒業に至った。それを高校ではどうするのか、ということなのだ。

 

「逆に四季はどうするんだよ。また科学部作るのか?」

「そのつもり。今は無いみたいだし」

「あ、そー……」

 

 四季の当然とばかりの返答に苦笑しつつ、

 

「じゃ、私もそっち行くから」

 

 そう答えた。

 

「即答?」

「何だよ」

「……スクールアイドル。Liella! 」

「うあっほォ!?」

「やらないの?」

「何で知って……!」

「バレてないと思ったの?」

「お、オーケーもう喋るなこっちの調子が狂う……!!」

 

 メイは手をストップ、の形で示し四季を制した。

 彼女達がこれから入学する高校には、スクールアイドルがいる。

 

 Liella!。

 新設校のフレッシュな1年生五人の少女が織りなす、前年のこの地区の大会では2位を勝ち取った強豪だ。

 メイはスクールアイドルのファンだが、中でもこのLiella!には深い関心を抱き、大ファンとして応援していた。これから入学する高校にLiella!がいる、ではなく、Liella!がいるからこの高校を選んだ、といった形だ。

 それだけの興味関心があるなら、当然スクールアイドルをやるだろうというのが四季の考えだった。

 

「四季には関係ねーだろ……!」

「それは」

「いいから、科学部には顔出すからな! これは決定!」

 

 まったく、と呟いた後で、

 

「四季こそどうなんだよ」

「なにが」

「高校では少しぐらい、クラスで友達作れよな」

 

 友人……かどうかはわからないが、腐れ縁としての老婆心を見せた。

 

「……高校、入ったら」

「うん」

「少し、頑張ってみる」

「それがいい」

 

 頑張ってみる、とは言ったものの、メイだって人のこと言えないと思うとも思ったが四季はそれは口に出さなかった。良くも悪くもお互い様だ。

 その時、頼んでいたコーヒーと共に四季にはモンブラン、メイにはフルーツパフェが運ばれてくる。

 後のことは高校に入ってからまた考えようと、二人はそれを楽しむことにした。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 動画投稿者にとって、

 

「オニナッツ~~! あなたの心のオニサプリ! オニナッツこと鬼塚夏美ですの~~!」

 

 “つかみ”の一言は大切だ。

 鬼塚夏美は、自室でスマホを使って動画撮影を始めていた。

 

「えー、今日は! 『現役JCが食べてみた!』! この納豆の食品レビュー動画ですの~~!」

 

 あまりに凡百で目新しさの無い内容。そういう内容が許されるのは、既に実力と実績を兼ね備えていて、その存在そのものが許されるスーパースターだけだ。ならば夏美もそうなのかと問われれば、

 

「……っはァ~~!? この間の餃子100個動画もまったく伸びていませんの!」

 

 全くそんなことは無いらしい。

 

「再生数が……バズりが……! 夏美に回ってくるはずの、(マニー)がぁ~~!!」

 

 動画の広告収入でお金を稼ぎたいというのが、彼女の目的だった。

 

(マニー)は天下の回りもの……。夏美のところに回ってくるのはいつになるんですの!?」

 

 これだけお金への執着があるとなると、そのお金でさぞ何かやりたいことがあるのではと推察される。しかしながら、”その先”はない。

 

 彼女には何もない。何も、ないのだ。

 

 オリンピック選手を夢見れば、運動能力の無さを実感した。

 科学者を夢見れば、自身の理数系教科への適性の無さを見せつけられた。

 モデルを夢見てからは、まったく背が伸びなかった。

 

 頑張っても、何をしても、どうやっても、夢を見るたびに目の前でそれを崩されてきた。賽の河原の話を聞いた時、夏美は思ったものだ。

 まるで、私じゃないかと。

 

 それでも、何もせずにただ漫然と生きることは出来なかった。何かしたい。何かがほしい。

 そして彼女は今現在、動画投稿だけでなく、資産運用、株といった方法で稼ぎに繋がる方法を模索し夢中になっている。

 何もないなら、この世で唯一不変の価値────お金を手にしようと。

 一応株式会社の形態をとり、CEOの肩書も得ている。わずかな収入で、名刺も発注した。しかし、内心虚しいだけだとも思っていた。

 肩書だけが立派でも、実績と収入が伴っていなければ何の意味もない。砂の城のようなものだと。

 

「高校生になったら……絶対、ずぇぇ~~ったい!! (マニー)を手にしてやるんですのぉ~~!」

 

 おかしなものだ。

 まだまだ若く無限の可能性があるのに、自分の可能性を自分で閉ざしてしまっているというのは。

 お金以外に、お金以上に、何が彼女の心をときめかせてくれるのか。

 それはきっと、これからの話だ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 結ヶ丘女子高等学校の屋上に、今日も声が響く。

 

「ワン、ツー、スリー! はい! ワン、ツー、スリー! 切り返し!」

 

 嵐千砂都の音頭に合わせて、結ヶ丘が誇るスクールアイドル、Liella!のメンバーはダンスレッスンに励んでいた。

 

 スクールアイドル。

 学校で学生が部活動として、作詞作曲、振付、照明、衣装、パフォーマンスといった諸々のアイドル活動を行うそれは、近日隆盛の勢いを増している。野球における甲子園のように全国大会として《ラブライブ》なる大会が開かれ、そこでの優勝はまさに全国的な栄誉、栄冠を手にするのと同等。

 昨年できたばかりの新設校ながら、彼女達もそれに向けて研鑽を続けるグループのうちのひとつだ。

 

「はい、ストップ! そのままキープ!」

 

 千砂都の一言で先程までの軽快な動きから一転、彼女達はフィニッシュポーズで動きを止める。指先までぴしっと筋が通り、彫像のごとき均整のとれた姿勢だ。

 

「はい、オーケー!」

「ふゎあああ~~~~!」

 

 千砂都の合図を受けて真っ先に姿勢を崩したのは、唐可可。

 メンバーの中では体力こそ一歩及ばないところがあるが、上海から日本でスクールアイドルをやるためにわざわざ留学してきた行動派だ。

 体力とて滑り出しの頃に比べたらだいぶ向上したほうで、一年前なら先程のキープの姿勢に入る前に音を上げてしまっていただろう。

 

「なによ、もうへばったの?」

「うるさいデス……!」

「ならあと2回はやるわよ。やるったらやるわ」

 

 可可を見下ろしながら、平安名すみれは大きく息を吸い呼吸を整えた。

 元々子役ほかいくつかの芸能活動────本人曰く《ショウビジネス》の経験のある彼女は、メンバーの中でも人一倍の向上心とポテンシャルの高さを持っていた。

 スクールアイドルの門を叩いたのも、元々そのショウビジネスの世界でいまひとつ芽が出ていなかった時に噂を耳にし、キャリアアップの転機を感じたからだ。

 さりとて、彼女にとってもうこの世界は単なる踏み台ではなくなっていた。

 仲間がいる。理解者がいる。ファンがいる。今はもう大切なものであり、大切な居場所だ。

 

「一度休憩しませんか?」

 

 まとめた黒髪を揺らしつつ、ゆっくりと静止のポーズを解きながら葉月恋が声をかける。

 今でこそ柔和で優しく、高い音楽のスキルと生徒会長の役割で何かとサポートに回る彼女だが、当初は早世したこの学校の創設者の娘として、メンバー入りどころか校内でのスクールアイドル活動に強く反対する立場であった。

 紆余曲折の末に仲間として肩を並べるようになってからはスクールアイドルへの情熱と想いを抱いていた母の真意を知ったこともあり、笑顔が増えた。

 

「じゃ、休憩ね!」

 

 嵐千砂都は軽く笑い、休憩に入る前にまた手足の筋を伸ばす。

 メンバーの中で一番意志の強い者は、心の強い者はと問われれば、嵐千砂都の右に出る者はいないだろう。

 幼い頃からダンスを熱心に練り上げ、ストイックに技術を向上させていっている。彼女のトレーニングとダンスのコーチが、このグループの立ち上げにどれほどの助けになったかわからない。

 彼女が高校生の今に至るまで、そうして熱心にやり通せている理由こそが────

 

「だいぶ良い感じじゃない?」

 

 幼馴染の、彼女だ。

 

 彼女達の中心にいつもいて、引っ張っていく存在。彼女達の物語に《主人公》がいるとすれば、それは彼女、澁谷かのんだ。

 かのんの高校生活は、挫折から始まった。

 歌うことが大好きだが、いつもここ一番で人前で歌うことのできなかった彼女は、この学校の音楽科の受験で歌うことができず失敗し、普通科に甘んじる形での入学となった。

 出だしからつまずいた彼女の青春は、閉ざされてしまったかのように見えた。

 

 全ては偶然だった。

 

 たまたま、ふと街の中で歌を口ずさんだ。

 たまたま、唐可可がそれを聞いていた。

 たまたま、その可可がスクールアイドルに並々ならぬ情熱を注ぐ少女だった。

 

 そうして可可にスクールアイドルに誘われ、ストイックな幼馴染を、自分を誰かに見てほしい同級生を、学校を誰より想う生徒会長を仲間に引き込んで、人前で歌えるようになって、彼女はここにいる。

 もはやそれは、偶然なのだろうか。全ては物語が、彼女達がひとつになるための必然だったのではないだろうかと思うほどだ。

 スクールアイドル、Liella!の中心として、彼女はここにいる。

 

「何言ってるの、あんたこのぐらいで満足してないでしょ」

「すみれちゃん……」

「今年は勝つわよ」

「……ッ」

「勝つったら、勝つの」

 

 今の彼女達を突き動かすもの。それは勝利への欲求だった。

 昨年度のスクールアイドルの全国大会、ラブライブでは彼女達は東京大会2位の結果となった。

 東京というスクールアイドル激戦区でこの結果を出せただけでも、新設校かつ初出場としてはすごいものだ。

 しかしながら、2位は2位だ。東京大会の覇者となり、全国大会に進めるのは1位のグループだけ。

 そしてその椅子は、彼女達に初期から目をかけてくれて、友人としても親交のあるグループ、Sunny Passionが勝ち取った。

 

 

『コンッグラッチュレ~~イション!! 全国大会に出場する東京地区の代表は、Sunny Passionです!』

 

「……」

「……もう! 何なのよったらなんなのよ!」

 

「……だめだった。ごめん」

「ううん、ありがとう。最高のステージだったよ」

「私、すごく誇らしくて感動した!」

「ごめんね……。勝たせてあげられなくて……」

 

「そっか……。こういうことなんだ」

「かのんちゃん?」

「ちぃちゃん。私……くやしい」

 

「折角皆が協力してくれたのに、何もお返しできなかった。皆が協力してくれたのに……何も返せずおしまいになっちゃった!」

 

「勝ちたい……!」

「私、勝ちたい! 勝って、ここにいる皆を笑顔にしたい! やった、って、皆で喜びたい!」

 

「私達の歌で、Liella!の歌で、結ヶ丘の歌で優勝したい! いや……」

 

 

「優勝しよう!!」

 

 

 彼女達はあの時思ったのだ。

 

 自分達がステージに立つまでに、たくさんの人達が力を尽くして、応援してくれている。

 自分達のためだけでなく、応援してくれた人たちの気持ちに応える為にも────勝ちたいと。

 呼吸を整え落ち着いた時、屋上に風が吹き、3月の冬と春の境目の空気がヒュウウと流れ込んだ。冷たいような、暖かいようなそれは、身を引き締めるかのようで────

 

「よーし! まだまだ行くよ! ちぃちゃん、次私キーパーやるから!」

 

「わかった!」

 

「それでこそ……かのんデス!」

 

「頑張りましょう!」

 

「ギャラクシー! やるったらやるわよ!」

 

 こうして彼女達は、今日も研鑽し、来るべき勝負の日に備えている。

 さあ、戦おう。今。

 勝負の舞台まで駆けのぼって、絶対に勝つんだ、と。

 

 

 四人の少女のまだ名もないキモチと、五人の少女の勝利への渇望。

 彼女達の向かう道は、どこへと続いていくのだろうか。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「『こうして彼女達は、今日も研鑽し、来るべき勝負の日に備えている』」

 

 青年は手にした本の一節を、口にして反芻する。

 

「『さあ、戦おう。今。勝負の舞台まで駆けのぼって、絶対に勝つんだ、と』」

 

 物語に魅せられて、止まらない。

 

「『四人の少女のまだ名もないキモチと、五人の少女の勝利への渇望。彼女達の向かう道は、どこへと続いていくのだろうか』……」

 

 そこまで読んだところで、青年は本を閉じた。

 

「面白い物語だ……!」

 

 小説家、神山飛羽真は改めて、その手にした本の表紙を見返す。

 

『ラブライブ! スーパースター!!』。

 歌が大好きな少女が学校でアイドル活動を行うスクールアイドル活動を通して成長し、仲間と歩んでいく青春物語だ。

 

「面白そうだな、それも」

 

 飛羽真の幼馴染で親友と言っていい富加宮賢人は、飛羽真の手元を見やった。

 

「『信彦は銀殿様飛蝗怪人へと変貌していた。その大きく歪な両手は、井垣の頭を挟み込んでいる』」

 

 賢人も自らの手にした『仮面ライダーBLACK SUN』なる物語の一節を口にする。

 

「『「頼む……」 井垣は呻いた。 「離してくれ……!」 だが信彦の耳には、もうそれは言葉として聞こえていなかった。今彼の両掌の間にあるものは、悪辣なヘイターの頭ではない。怪人への差別、理不尽、苦しみ、その全ての象徴そのものだった』」

 

 賢人が読んでいるそれは、なかなかにハードな物語であるらしい。

 

「『信彦の身体が、変質していく。それに伴って、掌の間の理不尽の象徴は、血を流し、ギュブギュブと音を立て────やがて、地面に叩きつけた果物のようにはじけた。それと同時に、信彦は生まれ変わっていた。彼の名は……』」

 

 

「『SHADOWMOON』」

 

 賢人はうーむと唸り、その凄惨さと、作中の登場人物の苦しみ、悲しみに圧倒されていた。

 

「やはり、アガスティアベースの禁書は凄いな……。面白いが、同時に震えるぐらいすさまじい」

「世界を変えるほどの力を持った物語故に、禁書として封じられているわけですからね」

 

 生真面目と実直を絵に描いたような青年、新堂倫太郎は賢人の言葉を引き取って返す。

 

 世界は一冊の本から始まったと聞いて、信じる者がどれだけいるだろうか。

 

 しかし、それは事実であった。この世界は、全知全能の書と呼ばれる一冊の本から始まり、やがてその力を巡って争いが起こり始めた。

 

 そして世界の均衡を守る為に存在しているのが、聖剣をふるう剣士たちの組織、ソードオブロゴスだ。

 彼らは世界各地に点在し、中でも北極にノーザンベース、南極にサウザンベースという基地をそれぞれ構えている。

 彼らが守り、そして時にその力を使う存在。それは、全知全能の書の一部である「本」たちだった。

 ワンダーライドブック、と呼ばれる特殊なアイテムに変化するものもあれば、普通の本の形で保管されているものもある。

 

 そして彼らが今いる場所は、サウザンベース直上の軌道上に存在するアガスティアベース。

 ここには、「本」の中でも特に強い力を持つ物語────「禁書」が封印される形で納められている。

 それは、悪と戦うヒーローの物語であったり、世界を熱狂させる歌と踊りの物語であったりと……とにかく、その本の力を解放してしまえば管理しているこちらの世界に強い影響が及ぶほどの物語ばかりだ。

 

「とにかく、ここの禁書に何事も無かったのが幸いでした」

 

 ソードオブロゴスの管理者のひとり、ソフィアは微笑みながら彼らを見回す。

 本来、このアガスティアベースに人が踏み込むことは滅多にない。

 普段は衛兵に守られており、一度ここの管理を任されていたアスモデウスなる衛士が反乱を起こし禁書を解放して脱走したことがあったが、その時もソフィアが足を運んで禁書の無事を確認した程度だった。

 

 話は数ヶ月前のことだ。

 

 突如復活したディアブロ、と名乗る悪魔が、世界中を襲撃する事件が起こった。

 その際には飛羽真達だけでなく、悪魔と共に戦い悪魔を倒す戦士、”リバイス”とその仲間達の協力があってディアブロを倒し事件を収束させることができたのだが、問題はその後だった。

 

 事件解決に向けて50年後の未来に飛ぶなど色々とやっていた最中、このアガスティアベースに一度ディアブロが踏み込んだ形跡があったことがてわかったのだ。

 

 禁書が持ち出されていたりしたら、それだけで大変なことになる。それ以外にもアガスティアベースの機構にディアブロの悪魔の力が作用していれば一大事だ。そこでソードオブロゴスは、このアガスティアベースに伝説の十本の聖剣に選ばれし十人の剣士を全員招集した。

 

 かつて炎の聖剣、火炎剣烈火を手にし、世界を救った今では本業である小説家へと復帰している神山飛羽真。

 

 ソードオブロゴスに育てられ、組織の伝統と信念、そして水の聖剣、水勢剣流水を受け継いだ純粋培養の剣士の中の剣士、新堂倫太郎。

 

 父が聖剣の剣士であり、飛羽真と親友として本に親しみつつ、雷の聖剣、雷鳴剣黄雷を受け継ぎ剣士として研鑽を続けてきた信念の男、富加宮賢人。

 

 禁断の秘術によって人工的に生み出されながらも真っすぐな心で剣士たちを見守り、やがて世界を救うために闇の聖剣、闇黒剣月闇をふるって戦った強い女性、ソフィア。

 

 そして、あと六人。

 

「問題無いなら帰ってもいい? また修行しに出たいんだよね」

 

 風の聖剣、風双剣翠風を持つ少年、緋道蓮は気だるそうに呟く。

 十剣士揃って世界を救った一件の後は、基本的に組織を離れ強さを極めんと修行に出ているのだ。

 

「まあそう言うな、禁書のチェックは入念にしておきたい……。それから後で翠風も見せてみろ、修行続きでだいぶ傷んでいるだろう」

 

 聖剣の刀鍛冶と音の聖剣、音銃剣錫音の剣士を兼ねる男、大秦寺哲雄は年長者としてやんわりと諭す。

 刀鍛冶としての観察眼と、聖剣の声を聴いて見極める耳は伊達ではなく、蓮の持つ翠風から目を離していない。

 

「それにほら、カップ麵ばっか食っててもチカラつかないぞ? 久々に揃ったんだし、飯を食おう、飯を!」

 

 同じく年長者として、土の聖剣たる大剣、土豪剣激土の剣士、尾上亮は声を張る。

 元々ベテラン剣士かつ唯一の既婚者で子持ちということもあってか面倒見の良さと気配りが段違いだったが、それは相も変わらず健在だ。

 剣士としての活動が落ち着いたこともあり、教師を目指しているというのもうなずける。

 

「折角チェックついでに禁書を少し読んでもいいと言われたんだ、蓮も読んでみたらどうだ? このモロボシ・ダンというヒーローが活躍する物語は最高だぞ! 『アンヌ、僕は、僕はね……人間じゃないんだよ』。『M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだ!!』……おお!」

 

 光の聖剣、光剛剣最光の剣士……というよりも、光の聖剣そのものの青年、ユーリは快活に笑った。

 彼は1000年前の光の剣士であったが、当時巻き起こった戦いの果てに聖剣が悪しき者の手に渡らぬよう、自らと聖剣を一体化させ今日まで戦う道を選んだのだ。

 

「……禁書の閲覧とチェック作業も、あなた達の実績と信頼から任されているというのを忘れないように」

「あくまでディアブロの影響がないかの確認作業、だからな」

 

 組織の中でも聖剣を受け継いできた指折りの名家、神代家の兄妹である神代玲花と神代凌牙の二人は、どことなくお気楽な面々に釘を刺すようにそう言った。

 とは言っても彼らも禁書をめくる手は止まっておらず、その表情もやわらかい。

 

 玲花は煙の聖剣、煙叡剣狼煙。

 凌牙は時の聖剣、時国剣界時。

 

 組織の忠実な剣士として聖剣を受け継ぎ時には生き過ぎながらも、一番大事なことは世界を守ることだという理念に沿って力を貸してくれた、心強い仲間だ。

 彼らこそ、十本の聖剣に選ばれた十剣士。一度は絶対に覆せなかった世界の崩壊の運命に立ち向かい、世界中に生きる人々の想いを崩壊の先の新たなの物語へと導いた────英雄(ヒーロー)たちだ。

 

「それにしても、仮面ライダーとスーパー戦隊以外にもこんなに禁書があったとはなあ」

 

 飛羽真は感慨深げに呟く。

 

 アガスティアベースの守護者、アスモデウスの反乱の際には、アスモデウスの傍らに存在する本棚から神にも等しい偉大な漫画家、石ノ森章太郎が生み出したヒーロー達の中でも代表的な2シリーズ、『仮面ライダー』と『スーパー戦隊』が解放され、世界が混乱に陥った。

 あれだけでも十分に物凄かったのだが、こうしてアガスティアベースに足を踏み入れてみると、禁書に指定された壮大なる物語の数はもっともっと、ずっと多かった。

 アスモデウスがかつて控えていた禁書の間以外にも隠し階段や隠し扉が設けられ、いくつもの禁書が収められているのだ。

 ユーリが見つけた隠し部屋のひとつなどはものすごく、《ウルトラマン》なる巨大な宇宙人が地球に現れ、地球に生きる人々の姿に感銘を受け、地球を守っていく壮大なシリーズがぎっしりと詰まっている。

 

「それにしても、このセブンの息子のゼロは凄いな……。あらゆる宇宙に現れあらゆる宇宙を救っている、まさに英雄のような男だ。見ろ、こんなにぶ厚い」

 

 ユーリは『ウルトラマンゼロ』と書かれたそれを周りに見せる。

 

「『その瞬間、彼の目に異質なものが飛び込んできた。小屋の真ん中に吊られたそれは、肉の色で人間であることがわかった。しかしそれは、果たして人と呼んでいいのかわからないものだ。何故ならその人は、背中を大きく切り開かれ、肋骨を後ろに広げられ、肺を引きずり出されて翼のように飾り立てられているのだ。クリスチャンは知らなかったが、それは《血の鷲》と呼ばれる伝統的な処刑方法だった』……。うーむ」

 

 凌牙は隠し部屋のひとつから見つけた本を閉じ、顔をしかめた。

 

「気分が悪い」

「グロテスクすぎて、こっちの世界に影響が及ばないよう禁書指定されているみたいですね……」

 

 賢人は自分がさっき読んでいた本も思い出し、苦笑いした。

 

「民間信仰に関する描写も、随分とな」

 

 楽しいだけが本でもないということか、と思いつつ、凌牙はその禁書に問題なしと棚へと仕舞った。

 

「飛羽真こそどこから取ってきたんですか、その本」

「ああ、これはね」

 

 飛羽真の案内で、一同は床にある隠し階段から一段下の部屋へと降りていく。円形のその部屋にはずらりと本棚が壁に沿って並び、飛羽真が手に取った『ラブライブ! スーパースター!!』の本のスペースだけが開いている以外はみっしりと本が詰まっている。

 

「なるほど?」

 

 大秦寺は本棚から一冊手に取ってみる。

 

「『「このそうめんが、人類に怒っているとは思えない」 乙姫はそうめんの束を置くと、「このそうめんの気持ち、聞いてみよう」 フルートを吹き、そうめんに力を与えた。 「人類に怒りを持っているのは、悪い麺類たちです」 そうめんは語り始めた。 「悪い麺類たちは麺類の母を利用して、この地球を麺類帝国にしようと企んでいます!」』」

 

 何気なく手に取った『うたう! 大龍宮城』の表紙を見返しつつ、大秦寺はそれを本棚に戻した。

 

「どういうことだ……」

「そういうことなんだろう」

 

 尾上は苦笑しつつ大秦寺の肩を叩く。

 

「歌と踊りにも世界を変える力がある、ってことなんだろうな……」

 

 飛羽真は先程第一部と幕間まで読み終わった『ラブライブ! スーパースター!!』の物語を思い返しながらそう呟く。

 物語が、本が、言葉が人々の心を動かすように、心を込めた歌や踊りもまた、人々の心を動かす。飛羽真にはなんだかわかるような気がした。

 

「それからソフィアさん、これは?」

 

 飛羽真は部屋の中心の円形の台座に置かれている、怪物の彫像を指差した。

 

 台座の中心に、かつて飛羽真達が戦っていた本の魔人メギドを思わせる、鳥のような容姿の人型の怪物が天に手を伸ばすかのような姿勢で立っている。その周りには四体の怪物が、中心の怪物にまとわりついていた。

 

「おそらく、アスモデウスと同様にここを守るために封じられてきたソードオブロゴスの衛士かと思いますが……」

 

 ソフィアはそれ以上の情報は持っていないらしく、首をかしげる。

 

「そもそも、アスモデウス自体にも謎が多すぎたからな」

「なぜ彼はソードオブロゴスの衛士でありながらメギドのような姿となり、そして反逆者でありながらあそこに封じられていたのか……」

 

 組織の深部にいた凌牙と玲花も詳しくは知らないらしく、部屋の中心にいるその像を見やる。

 

「伝承すら何も残っていませんからね。それにしても……」

 

 同じく組織に忠実に仕えてきた倫太郎も不思議だと思いつつ、

 

「なんだか、悲しさを感じます」

 

 名も知らぬ衛士たちの像を見上げた。

 

「知っていたとすれば、マスターロゴスだったんだろうが……」

 

 賢人はまいったな、という表情を見せる。

 

 ソードオブロゴスの長、マスターロゴスを継承してきた一族の当代であった男、イザクは世界の調和を守る一族の使命に嫌気がさし、世界を変える力を我が物にしようとした俗物かつ邪心の持ち主だった。

 この男を倒して以降の組織はマスター制を廃止し、主要メンバーでの合議制を採用して権力の一極化を防いでいるほどだ。

 

 それでも組織の長であった以上、組織の暗部や真相に関してもかなりの情報を持っていたことは間違い無い。それらが失伝してしまったのはなかなかに痛かった。

 

 もっとも状況的に何としてでも止めないといけなかったこと、最後のとどめはマスターロゴスから力を簒奪したメギド、ストリウスの仕業であったことを考えれば致し方無いことではあるのだが。

 

「君は」

 

 飛羽真は像へと歩み寄り、

 

「……どんな名前で、いったい誰で、どうしてここにいるんだい?」

 

 相手の気持ちに寄り添い、語りかけるかのように像へと触れた。

 

 その瞬間、

 

「うわっ!!」

 

 誰が叫んだのかはわからないが、像から眩い光が放たれ、部屋中を照らした。

 それに呼応するかのように、飛羽真が一時的に再び手渡された火炎剣烈火のエンブレムが明滅し光を放っている。

 

「これは……!!」

 

 飛羽真は叫び、それと同時に火炎剣を構える。その瞬間手元から『ラブライブ! スーパースター!!』の本が滑り落ち、開く形で床に転がった。

 

「やっ、と、だ」

 

 低く聞き慣れない声が響く。何かまずい事態が起こっていると察し、剣士たちは一斉に各々の聖剣を構えた。

 

「さん、びゃく、ねん、まっ、た」

 

 声は、部屋の中心に据えられた像から響いていた。その表面に罅が入り、やがてそれはどんどんと広がり、細かくなってゆく。そして────

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「あの……」

 

 声がする。聞き慣れない女の子の声だ。

 

「え?」

 

 賢人は目を開け、重い頭を振った。彼は道端に転がっており、舗装された地面の感触が身体に食い込むかのようだ。

 

 そして声のした方を見上げると、

 

「大丈夫ですか」

 

 高校生ぐらいの女の子が、心配そうな表情で彼を見下ろしていた。

 スポーツでもやっているのか、簡素なトレーニングウェアを身に着けた引き締まった身体だ。漫画か?と思いたくなるほどに白い髪が目を引く。

 

「君、は」

 

 賢人は立ち上がろうとしたが、その瞬間自分の身体の上に人一人ぶんの重みがのしかかっていることに気づいた。

 

「あ、たぶん……上のお姉さんが」

「え? ……玲花さん?」

 

 賢人の上で倒れていたのは玲花だった。玲花はそのやり取りで目を覚ましたのか、自分が賢人の上だとわかると慌てて立ち上がり、居ずまいを正した。

 

「……失礼」

「ああ、どうも」

 

 賢人は立ち上がりながら頭を下げる。彼も埃を払いながら、改めて目の前で怪訝な顔をしている少女を見た。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「いってえ……!」

「大丈夫か? 蓮」

 

 身体を石畳に打ちつけた蓮を、ユーリが覗き込む。

 

「光あれ!」

 

 ユーリがそう言い放ち光を浴びせると、蓮はしばらくの後に身体をあちこち動かし立ち上がった。

 聖剣と一体化したが故か、ユーリは治癒能力が使えるのだ。

 

「やっぱ便利だよなそれ……」

「しかし、どこなんだここは」

「知るかよ」

 

 ユーリに問われるが、蓮だってわかるはずも無い。

 ひとつわかるのは、ここが神社で、先程蓮が打ちつけられた石畳がその境内だということだけだ。

 

 その時、バタバタと人が駆けてくる音がし────

 

「大きな音がしたと思ったら……あんた達何!?」

「あ?」

 

 急に声をかけられ、蓮は顔をしかめる。目の前では、巫女姿の女の子が竹箒を今にもヘシ折りそうな勢いで強く握りながら立っていた。整って輝く金髪は巫女姿にはミスマッチというか、妙なバランスだ。

 

「俺達は……」

「不審者よ! 不審者ったら不審者!」

「はあ!? 誰がだよ!」

「この状況であんた達以外の誰がいるのか言ってみなさいよ!」

 

 ユーリの言葉に被せた少女に、蓮がキレて噛みつく。

 普段は静かであろう神社の境内には、しばらく声が響いていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 尾上と大秦寺は、重なり合うように地面に落ちていた。それ自体は災難だったが、幸いだったのは、

 

「あ……あ……」

 

 今現在彼らを見下ろしている少女に、ぶつからずに落ちたことだった。

 

「あー……悪いな嬢ちゃん、俺達は……」

「そ……」

「そ?」

「空からおじサンが降ってきマシたぁ~~!!」

 

 尾上は苦笑いする。

 

「だーれがおじさんだよ……」

「お前だろ」

 

 尾上の身体の上で思案顔になりながら、大秦寺が返す。

 

「お前もだろお?」

 

 年を食ったのはお互い様だとばかりに、尾上も返した。二人は立ち上がると、少女の方を見る。

 

「君、悪いが……」

「你是谁! 你是谁~~!」

 

 大秦寺の言葉に、少女は中国語で返す。大秦寺は閉口し、尾上の方に首を向けた。

 

「尾上、中国語はわかるか」

「わかんねえよ」

「教師志望だろ?」

「無茶言うなって……」

 

 二人は目の前で困惑している少女を見つつ、どう説明したものかと頭を掻いた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「一体どこから入ったのですか!?」

「待ってください! 僕達は本当に……!!」

 

 一生懸命聞いてもらおうとはしているが、突然自宅の庭に現れた不審者に対して落ち着いて話を聞けと言う方が無理があるだろうなと倫太郎は思っていた。

 目の前の黒髪の少女は、怯えながらも毅然とした表情は崩していない。芯の強い女性なのだろうというのが感じられる。

 

「少しは落ち着いて話を聞け……! 俺を怒らせるな」

 

 傍らの凌牙がどうしてわからないとばかりに歩み出るが、

 

「待ってください、デュランダル、ブレイズ」

 

 ソフィアが二人を制し、一番前に立った。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。ですが、決して怪しい者ではありません」

「と、言われましても……」

「まずは、話を聞いてもらえますか?」

 

 はあ、と返しつつ、少女は訝しげな目をまた三人に向けた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「う、ん」

 

 飛羽真の胸元に、つん、つんと何かの刺激が加わっている。飛羽真はその感覚に、徐々に意識を覚醒させていった。

 

「はっ!?」

 

 彼は慌てて飛び起きる。

 

「う゛わ゛ぁ!? 生きてたぁ!?」

 

 目の前では一人の少女が、木の枝を持って飛羽真を見下ろしていた。どうやら、それで彼をつついていたらしい。

 

「あ、ああ……生きてるよ。ごめんね、驚かせたかな」

「そ、それはどうも。大丈夫ですか……?」

 

 少女は怪訝な顔で飛羽真を見る。

 

「大丈夫、と言っていいのかどうか」

 

 飛羽真は土埃を払いながら立ち上がり、そこが公園であることを始めて認識した。

 

Illustration by 村上雅貴(@studiokyawn)

 

「何が起こったんだ……?」

「あの、それ」

 

 少女は恐々と、飛羽真の手元を指差す。

 

「本物の剣……?」

「いや、これは」

 

 これじゃ怖がられるよなとも思いつつ、火炎剣烈火が無事なのは幸いだった。

 それと同時に、火炎剣烈火を手にしたままということはあのアガスティアベースでの光と共に何かが起こったということになる。

 

「色々説明が難しいんだけど……」

「うん」

「怖がらなくても大丈夫、ってのは信じてくれるかな?」

 

 少女はしばらく飛羽真の表情と、手元の剣を交互に見ていた。そして沈黙の後、

 

「……わかりました」

 

 まだ安心した様子では無かったが、飛羽真が信頼に足る人物だということだけは、多少なりともわかってくれたようだった。

 助かったと思いつつ、兎にも角にも情報が必要だと飛羽真は辺りを見回す。

 

「悪いけど、この辺りのことを教えてほしいんだ。いいかな?」

「い、いいですけど……」

「ははっ、参ったな」

 

 やっぱり急に剣を持った男が現れるとなあ、となりつつ、飛羽真はまず彼女に信頼してもらうことから始めようと思った。

 

「俺は神山飛羽真。君は?」

「私……かのんです。澁谷、かのん」

「え?」

 

 澁谷かのん。

 

 その名前には聞き覚えがあった。というよりも、先程読んで覚えたばかりだ。

 それは、先程飛羽真がアガスティアベースで手にした禁書、『ラブライブ! スーパースター!!』の主人公の名前だった。

 

「また、物語の中の世界に……!」

 

 ここは禁書の中の物語の世界だと、飛羽真は確信していた。

 

 本の中の世界と、混じり合う。アスモデウスの反乱の時と同じ大事件の予感が、すぐそこまで迫っていた。

 

 かのんはどうしたのだろうといった様子で、目の前で焦っている飛羽真を見た。

 

 

 これは、長い長い物語のはじまり。

 これから始まるのは────

 

 

 物語の持つ力と、未来を信じる気持ちが起こした、奇跡の物語だ。

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