仮面ライダーセイバー 不死鳥の少女と星の歌声   作:度近亭心恋

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英雄は普通の人よりも勇気があるのではなく、5分間ほど勇気が長続きするだけの話だ。
ラルフ・ワルド・エマーソン(1803~1882)


第二章 開く、最初のページ。

「君は、本当に澁谷かのんなんだね?」

「え、ええ……」

「スクールアイドルの」

「はい」

「あの状況で歌えたら苦労しないだろってやさぐれてた」

「えっ、ちょっ、何でそれ知って……!」

「やっぱりか……」

 

 何なんだこの人は、というのがかのんの第一印象だった。

 どう記憶をさらっても、どこかで会った覚えはない。それにしては随分と自分のことを知っているかのような言動だ。Liella!のファンかとも思ったが、何というのだろう。

 

 まるで物語を読んでいたかのように、俯瞰して見ていたようなそれなのだ。

 

 さりとて、言動や立ち振る舞いに怪しさや不快さは感じない。理知的で誠実さのある人柄が、表情やしぐさの端々から感じ取ることができた。例えるなら、そう……

 物語の主人公のような。

 模造刀には見えない、刃がぎらりと輝く長剣を持っている点だけはどう見ても不審者だが。

 

「あの」

 

 もっと話を聞こうとかのんが声をかけようとしたその時、

 

「……ふふっ」

 

 彼女の眼前で、橙色の羽根が一枚────ひらりと舞った。

 蠱惑的な、女の声と一緒に。

 かのんと飛羽真は、同時にその声の方を向く。そこには、

 

「主人公同士がご一緒とは、何とも運命的だな」

 

 一人の少女が、佇んでいた。

 先程まで、その場には誰もいなかったはずだ。公園の唯一の出入り口は少女の立つ方向の反対側であり、誰かが通った覚えもない。

 それだけで怪しく不気味であるが、一方で少女のその立ち姿は凛としていて、気品と力強さすら感じさせる。宝塚の歌劇で舞台に立つ男役のようだ。

 腰まで届く長い黒髪と、太めの眉の下のきりりとしたまなじりからは、意志の強さが感じられた。

 また奇妙なのが、朝方の公園には不釣り合いな、背中の大きく開いた赤いイブニングドレスを身にまとっていることだった。裾が汚れそうなものだが、土埃ひとつついていない。

 

「君は……」

「炎の剣士、セイバーだな」

 

 問おうとする飛羽真の言葉を遮り、少女は声を張る。叫んでいるわけではないが、腹から出た声は良く通り、公園に響いた。少女は飛羽真の返事を待たず、

 

「早速だが」

 

 右手を突き出すと、

 

「ここで、死んでくれ」

 

 その掌にバスケットボール大の炎の球を作り、二人に向けて放った。

 きゃああっ、とかのんの声が公園に響く。かのんは突然のことに驚き、恐怖で目を固く瞑っていた。

 炎の塊が直撃すれば、きっとものすごく熱い。身体を焼かれる感覚を覚悟し、彼女は身構えていた。

 しかし、いつまで経っても熱さも、痛みも感じない。どうしたことだと、かのんは恐る恐る目を開けた。そこには、

 

「ぐっ……ううっ……!」

 

 飛んできた火球を火炎剣烈火で受け止め、競り合っている飛羽真の姿があった。

 火球は二人を包み込まんとギリギリと押し迫ってくる。だが飛羽真は、決して負けない、後ろに控えているかのんを傷つけさせはしないと踏ん張り、歯を食いしばりながら力を込めている。そして、

 

「ああっ!」

 

 火炎剣はついに競り勝ち、一気に火球を切り裂く形で地面へと振り下ろされた。二つに切り裂かれた火球は明後日の方向に飛び、地面に着弾すると小さく爆発を起こした。

 

「300年ぶりだが、衰えていないようだな」

 

 少女は飛羽真を見据える。

 

 否。

 

 その眼差しは飛羽真ではなく、

 

「火炎剣、烈火……」

 

 彼が手にした、火炎剣烈火を見つめていた。

 

「お前は何者だ!?」

 

 飛羽真は既に、目の前の少女を危険な敵と認識していた。火球を退けても油断などせず、火炎剣を握る手に力を込めている。

 

「……フェネクス」

 

 少女は、その一言だけ返す。

 

「覚える必要のない名だ」

 

 少女はまた火球を打ち放つ。今度は三発同時にだ。しかし飛羽真はそれを剣をふるう形で散らし、今度は空へと打ち上げた。

 

「かのんちゃん」

「は、はい!」

 

 飛羽真は目線を自らの後ろのかのんへと向けつつ、

 

「隠れていてくれ」

「でも……」

「俺が!!」

 

 状況が飲み込みきれていないかのんの安全を確保するため、飛羽真は声を上げる。

 

「絶対に君を守る! ……約束だ!」

 

 約束。

 ありふれているようでもあり、一方で、とてつもない力強さを感じさせる言葉。

 

「……はい!」

 

 何故だろう。

 まだこの男が何者かも知らないのに────心の底から、安心できるのは。

 

「君」

 

 少女────フェネクスは、眉一つ動かさず怜悧に飛羽真を見る。

 

「私は強いぞ」

「関係ない! 相手がどうだろうと俺は……物語と、世界を守る!」

 

 そう返す飛羽真の声は力強く、臆した様子は微塵もない。

 そして彼は、

 

“聖剣、ソードライバー!”

 

 腰に鞘状のバックルをあてると、そこに火炎剣烈火を納刀した。バックルからはベルトが伸び、飛羽真の腰にしっかりとマウントされる。

 続いてワンダーライドブックと呼ばれる掌に収まる小さなサイズの本型アイテムを取り出し、ページを開くと、

 

“ブレイブドラゴン!”

 

“かつて、世界を滅ぼすほどの

       偉大な力を手にした

           神獣がいた……”

 

 それをバックルへと装填する。

 

 荘厳なリズムが流れ、いつしか炎が周りを覆っていた。そして飛羽真は、納刀された火炎剣を握り────

 

“烈火、抜刀!”

 

 一気に、《抜刀》する。

 

“ブレイブドラゴン!”

 

“烈火一冊!

 勇気の竜と、火炎剣烈火が交わる時────────”

 

 

“深紅の剣が、悪を貫く!”

 

 炎の竜が舞い、周りの炎を巻き込んで飛羽真と一体化する。そして炎が収まった時には、そこに紅い鎧をまとった一人の剣士が立つ。

 

 火炎と斬撃を思わせる複眼。

 頭頂にそびえる火炎剣の先端を模した角。

 右肩の竜の頭。

 

 これこそが、火炎剣烈火に選ばれし炎の剣士────仮面ライダーセイバーだ。

 

「変わった!?」

 

 かのんは驚愕していた。目の前で巻き起こるのは、まるで映画としか思えない幻想的なファンタジーの世界。炎の剣、ドラゴン、鎧の剣士。全てが常識の範囲外だ。

 

「物語の結末は……俺が決める!」

 

 小説家として、世界を救う剣士として、決して望まれない悲劇では終わらせないという覚悟が、その言葉にはこもっている。

 

 セイバーは火炎剣を構え、フェネクスへと向かっていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「俺は富加宮賢人。こっちは神代玲花さん」

「嵐……千砂都です」

「千砂都ちゃんか。まず聞きたいのは、ここが……」

 

 賢人が問おうとした時だった。

 

「い、いました! わ、わーっどうしよう……。いきなり二人なんて……!」

 

 弱気でか細く、しかしどこかかわいらしい声が、二人の会話を遮った。

 

「で、でも二人共やっつけたら、フェネクスちゃんよろこんでくれるよね……! うん!」

 

 一人の小柄な少女が、誰と話すでもなく意気込んでいた。

 

 黒髪をショートに切り揃えた髪型が純朴さを印象として与えるが、その一方で服装はといえば都会の町並みには似合わない、古めかしい装束。

 その姿に、玲花が怪訝な顔をした。

 

「数百年前の、ソードオブロゴスの隊服……? なぜあなた、それを」

「わーっ話しかけないでください! やることだけやって帰りたいんですから!」

「やること?」

 

 賢人が首を傾げた時、

 

「うおっ!?」

 

 少女はぎゅっと目をつぶり、両手を突き出すとそこから突風を放った。

 ただの風でなく、妖しいエネルギーのこもったそれは、賢人たちにダメージを与える。

 

「くぅっ……!」

「君! 怪我は!?」

 

 賢人は何よりもまず、巻き込まれた千砂都の方へと駆け寄っていた。

 

「ちょっと、擦りむいて……」

「千砂都ちゃん、安全な場所に隠れていてくれ」

「安全な場所は、彼女がいる限りは確保できなさそうですが」

 

 賢人の言葉にそう返しつつ、玲花も煙叡剣を構えながらも千砂都から目を離してはいない。

 

「抵抗しないでくださいっ! 私、すごく強いですから……殺しちゃいます! 抵抗しなくても、殺すんですけど……」

 

 気弱そうに見えて、少女からは自身の強さへの自信が感じられる。千砂都は隠れながら、その居ずまいがなかなかに恐ろしいと思った。自分の強さを自覚していながらそういう態度を取ってくるのは、不気味だ。

 

「抵抗? 違いますね」

 

 玲花の眼が冷たく光る。その眼は、組織の剣士として仕事をしてきた時の信念を貫く眼だ。

 

「世界の平和を乱す相手は粛正する。それだけです」

「俺達は殺されない。そして、誰も殺させやしない……」

 

 賢人は玲花の後に続き、

 

「友達が、待っているからな」

 

 はっきりと、目の前の少女にそう言い切った。

 

「友達……?」

 

 千砂都はその言葉に何か思うところがあったのか、賢人の姿をずっと見つめている。

 

「行きますよ、玲花さん!」

「ええ」

 

 二人は各々の聖剣を構え、ライドブックを起動する。

 

“ランプドアランジーナ!” 

 

“とある異国の地に、

     古から伝わる不思議な力を持つ

             ランプがあった……”

 

 

“昆虫大百科!”

 

“この薄命の群が舞う、

      幻想の一節……”

 

 賢人はソードライバーに雷鳴剣黄雷を納刀してバックルに、玲花は聖剣に備えられたスペースへとライドブックをそれぞれ装填する。

 謎の少女は二人が戦闘態勢に入ったことを改めて認識し、唇を噛んだ。

 

「変身!」

 

 “黄雷、抜刀!”

 “ランプドアランジーナ!”

 

 “黄雷一冊!

 ランプの精と、雷鳴剣黄雷が交わる時────────”

 

“稲妻の剣が、光り輝く!”

 

 

“狼煙、開戦!”

“FLYING! SMOG! STING! STEAM!

          ────────昆虫CHU大百科!“

 

“揺蕩う、切っ先!”

 

 賢人はランプの魔人の力を宿した剣士、”仮面ライダーエスパーダ”。

 玲花は昆虫の力を宿した剣士、“仮面ライダーサーベラ”。

 

 それぞれが姿を変え、二人は各々の聖剣の切っ先を、謎の少女へと向けた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「だいたい、何よそれ」

「何って、何だよ」

 

 不機嫌な蓮の手元を、すみれは指差す。

「どう見ても剣でしょ……? おもちゃみたいな色だけど」

「おもちゃじゃない!」

 

 蓮は憤る。その姿に、すみれは思わず一歩後ずさっていた。

 確かにおもちゃのようでも、剣は剣。

 凶器を持った相手を刺激しない方がいいと、今更ながらに思ったのだ。すみれの警戒と、それを察したが後には引くのもシャクな蓮との間で、緊張の空気が痛いほどに刺さり、広がっている。

 そこに、

 

「悪いな」

 

 ユーリが別段焦るでもなく、ゆったりと真顔で割って入る。

 

「確かに俺達は、剣を振るう剣士だ。そこに偽りはない」

「はあ……?」

「だが、しかし」

 

 呆れ顔のすみれを置き去りにしたまま、

 

「俺達の剣は、世界を守るために振るう剣だ」

 

 ユーリは淡々と、当然だとばかりにそう言った。

 すみれにしてみれば、訳の分からない連中が訳の分からないことを言っているとしか思えない状況だ。

 蓮も蓮で、それで通用するわけねえだろ、と言いたげな表情だ。

 

「あのねえ……」

「あのなあ」

 

 蓮とすみれが、同時にユーリに突っ込もうとした時だった。

 

「おっ、風の剣士だなあ! もう一人は誰だ?」

 

 頓狂な声が、神社の境内に響いた。三人は一斉に、その声の方向を見る。

 

「どもッス! 早速ッスけどォ」

 

 男にしては長い髪を揺らしながら、ソードオブロゴスの隊服を着た、未だ少年の面影を残す青年が立っていた。

 

「剣士のお二人からいただきたいものがあるんで、いっスか?」

「お前にやるもんなんかねーよ、帰れ」

 

 蓮は怪しみながらも、相手を軽くあしらう。

 

「その服は……」

 

 謎の青年の着る隊服はまだユーリが現役だった時代には存在していないものだったが、ユーリも知識としては知っていたため、その恰好が気になるようだった。だが、

 

「俺に? あげるものが? ない? ……ごジョーダン!」

 

 青年は気にする様子もなくハハッと笑うと、瞬時に腰を落とし地面を力いっぱい殴りつける。その瞬間、

 

「ちょっ……!! ちょっとお……!?」

 

 すみれが仰天した。

 地鳴りにも近い物凄い衝撃と同時に、境内に一目でわかるほどに大きな亀裂が入り、三人の足元まで走り迫ってきたからだ。

 

「あんた方の心臓、貰いに来たんスよねェ」

 

 腰を落とした姿勢から、青年は目線を上げにやりと笑った。よく見れば、地面を殴りつけた右腕は既にメギド同然の怪物然としたものに変わっている。

 

「なんなのよ……! なんなのよったらなんなのよ!」

 

 すみれは目の前で繰り広げられ、そして押しつけられる理不尽に叫んだ。剣を持った生意気な男にのんびりした変わった風体の男のコンビに加えて、今度は異形の腕で地面を割る人間を超越した男だ。叫ばない方がどうかしている。

 

「だいたい……!」

 

 すみれがまた何か言いかけた時、

 

「あーもう! いいから!!」

 

 蓮はすみれの方も見ず、ただ目の前の異形の腕の男だけを見据えて彼女を後ろへ追いやっていた。

 

「危ないから、下がってろ」

「なっ……!」

「そういうことだ」

 

 ユーリが後ろから出でつつすみれの肩をポンと叩き、蓮の隣に並び立つ。

 

「心臓なんか、やるわけねーだろ」

「さっさと終わらせるぞ」

 

 二人は目の前の相手に勝てるという自信と余裕を崩さぬまま、

 

 

“猿飛忍者伝!”

 

“とある影に忍ぶは疾風!

        あらゆる術で

           いざ候……”

 

 

金の武器銀の武器!”

 

GOLD or SILVER……”

 

 お互いにワンダーライドブックを起動し、聖剣へと装填した。

 

「変身!」

 

“猿飛忍者伝! 双刀、分断!”

“壱の手! 『手裏剣!』 弐の手! 『二刀流!』 『風双剣翠風』!“

 

“翠風の巻! 甲賀風遁の双剣が────”

 

”神速の忍術で、敵を討つ!”

 

 

最光発光!”

Who is the shining sword?

 

最光一章!

 

の力を得た輝く剣! !”

 

 風双剣翠風を二分割し、二刀を構えた蓮は“仮面ライダー剣斬”。

 光剛剣最光をドライバーから引き抜き、ユーリは“仮面ライダー最光”。

 

 それぞれ変身するが、ここで剣斬はあることに気づく。

 

「おい! 剣の方かよユーリ!」

「ああ。折角だ……。修行の成果を俺で見せてみろ、蓮! お前の最高なところをな!」

 

 聖剣と一体化しているユーリは、通常の変身を行うと剣そのものの姿となるのだ。剣の姿で飛び回り、会話をし、戦うことができる。

 だがユーリは今回、自らを蓮に使わせることで蓮の修行の成果と強さのほどを計ろうとというのだ。

 

「目の前に敵がいるんだぞ」

「お前なら、いけるだろ?」

 

 敵を前にして味方の力量を計るなどナメすぎだろうとも思うが、それよりもユーリから蓮の強さへの信頼というのが大きかった。

 この程度の相手にやられる蓮ではない、という。

 

「だったら……」

 

“一刀流!”

 

「見せてやるよ!」

 

Illustration by 村上雅貴(@studiokyawn)

 

 剣斬は分断した疾風を再び合体させ、一本の剣にすると最光となったユーリを持ち、疾風と最光の二刀流で構える。

 

 呆然とするすみれを尻目に、彼は既に戦闘への心構えを済ませていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あー……落ち着いた、よな?」

「……ハイ」

「ならよかった。驚かせて悪いな、怪しい者じゃないから……」

 

 尾上は目の前……というよりも、目線の下の可可を見下ろす形で声をかけた。

 大柄な尾上から見ると、女子高生としては決して小さい方ではない可可も随分と小さく見える。

 

「剣、持ってマスけど」

 

 訝し気な可可の声が、“下”から飛んでくる。

 

「あーいや、これはだな……! 大秦寺! こういう時何て言ったらいい!?」

「私に聞かないでくれ!」

 

 そう言いながら大秦寺は、目線を逸らして声だけで会話をしていた。

 

「人見知り発揮してる場合かよ、さっき話しかけてただろ」

「話しかけたら思い切り拒否されたんだぞ」

「あのなあ……」

 

 しょうがねえやつだな、まあここは俺も教師になる練習のつもりで、と尾上が可可にまた目線を移そうとした時、

 

「あら、あら、あら」

 

 ふうわりとしたやわらかい声が、可可の背後から響く。

 

「おじさま二人、ですか?」

「何だ、あんた」

 

 尾上の声に険しさがこもる。

 

 可可の背後に立っていたのは、古めかしいソードオブロゴスの隊服を着た若い女性だった。

 表情に剣士特有の戦いの険しさはなく、ふわふわとしたやわらかい癒し系といった印象を与える笑顔。女性として出るところは出て、引き締めるところは締めているむっちりとした肉付き。

 それでいて、尾上たちを見る視線は笑った目の奥から鋭く差すようなものが飛び、緊迫感を与える。

 

 身体も体幹がしっかりしているのか、ふわふわとしているように見えて脚運びから戦い慣れた重心の使い方が感じられる。

 

「うふふ、残念ですけど……」

 

 女性は自らの胸元に手をやると、そこの服を一気に引き剝がす。は!? と尾上が呆気に取られて叫んだのと、バシュッ……! という銃声に似た音が響くのはほぼ同時だった。

 

「覚えてもどうせ、その記憶もあの世に持っていっちゃいますよ?」

 

 にこやかな声を崩さず、女性はそう続けた。服の下の胸元は、既に水色の肌のメギド然とした怪物の身体が見えている。

 そしてその体表には、水の弾丸を高圧で発射して相手を殺害する武器が浮かび上がっていた。

 

「《水鉄砲》で……遊びましょう?」

 

 そんな軽口を飛ばしたところで、彼女はあら、と目の前の状況を見て少しばかり驚いていた。

 彼女の《水鉄砲》から放たれた水の弾丸は、飛び出した大秦寺が音銃剣錫音で受け止めていた。

 大秦寺が突き出した剣は、可可の眼前で止まっている。彼が飛び出していなければ、可可がどうなっていたかわからない。

 

「《水鉄砲》は楽しく遊ぶものだ」

 

 大秦寺は固く息を吐き、

 

「人を殺すものじゃないだろう」

 

 女性に向けた鋭い目つきを崩さぬままそう言った。

 女性は特に答えるでもなく、うふふ、とにこやかな表情のまま殺気を放っている。

 

「お姉ちゃん、ちょっと悪ふざけが過ぎるな」

 

 土豪剣を構え、尾上が前に出る。

 

「君」

 

 大秦寺は可可の方へと振り返る。

 

「隠れていてくれ」

「は、ハイ!」

 

 目の前で起こっていること、飛び込んできた情報の処理がしきれていない。

 今の可可にわかるのは、彼らの指示に従って隠れているのが一番良いということだけだった。

 

「行くぞ!」

「ああ」

 

 

“玄武神話!”

 

“かつて、四聖獣の一角を担う

       強靭な鎧の神獣がいた……”

 

 

“ヘンゼルナッツとグレーテル!”

 

“とある森に迷い込んだ、

       小さな兄妹の

         おかしな冒険のお話……”

 

 

 それぞれのワンダーライドブックが装填され、

 

「変身!!」

 

 

“玄武神話! 一刀両断! ブッた斬れ! ドゴ! ドゴ! 土豪剣激土!”

“激土、重版!”

“絶対装甲の大剣が、北方より────"

 

“大いなる一撃を、叩き込む!”

 

 

“ヘンゼルナッツとグレーテル! 銃剣撃弾! 銃でGO! GO! 否! 剣でいくぞ! 音銃剣錫音!”

“錫音、楽章!“

“甘い魅惑の銃剣が────”

 

“おかしなリズムで、ビートを斬り刻む!”

 

 

 尾上は大剣、土豪剣激土を扱うだけのパワーを誇る重量級の土の剣士、”仮面ライダーバスター”。

 大秦寺は銃にも変わるトリッキーな聖剣、音銃剣錫音に選ばれた音の剣士、”仮面ライダースラッシュ”。

 

 二人の勇ましさに、物陰から見ていた可可は思わず、わぁっ……! と声を漏らしていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「と、いうわけです」

「と、いうわけですか……」

 

 ソフィアの説明を受け、恋は改めて目の前の三人を見回した。

 

「よく、わかりました」

「わかっていただけましたか」

 

 恋の笑みを交えた返答に、ソフィアも笑みで返したその直後────

 

「『はい、110番です。どうされましたか?』」

 

 笑みを浮かべたまま恋の手はスマートフォンに伸び、緊急通報を始めていた。

 

「ちょっ……ちょちょちょちょっ!! 何するんですか!?」

「おい!!」

 

 倫太郎と凌牙は焦って飛び出す。

 その勢いに恋はきゃあっと叫び、後ろに飛びのきながらもスマートフォンを握る手の勢いが強くなった。

 

「世界を守る剣士だなんて……もうちょっとマシな嘘はつけないんですか!!」

「嘘だなんてそんな!」

 

 弁明の言葉を考える倫太郎の横で、ソフィアはやっちゃいましたね……! とばかりに無言で顔に手を当て宙を仰いでいた。

 考えてみれば、戦いの無い物語の世界でそういう話をして信じてもらえる方が幸運と言っていい。

 以前出会ったゼンカイジャーの面々の場合、彼らが常日頃戦いに身を置く戦士だったこと、彼らの世界では並行世界の存在がキカイトピア王朝トジテンドによって観測されていたことがあったことが互いの理解を早くしていたのだ。

 並行世界を股にかける、お騒がせな《界賊》の存在も相まって。

 

「いいか? 信じられないのはわかる。だが俺達は……」

「武器を持っている人達の話を信じろという方が難しいです!」

 

 恋にそう言われ、凌牙はうむ、と閉口した。

 改めて見てみても、聖剣の中でも一際目立つ大きさ、形の時国剣界時は威圧的だ。ソフィアの闇黒剣もなかなかだ。

 

「わかりました! とりあえず……とりあえず!! 一旦スマートフォンを下ろしませんか!? 僕達も剣を下ろすので!!」

「いや、その……!」

 

 自分では気づいていないだろうが、恋は16年という短い人生の中では恐らく最大限の訝し気な表情をしていた。倫太郎の必死な表情といい勝負だ。

 その時だった。

 

「はっはっは、賑やかですね。皆さん」

 

 どことなく気障で、それでいて爽やかな声。

 程よい低音が、聞いていて心地良くなる男前な声だ。

 

「えっ……」

 

 恋がびくっ、と声のする方を向くと、

 

「私も、混ぜてもらえますかね」

 

 年の頃は三十後半、男前だがどことなく気障な伊達男、といった風貌の好男子が、テンガロンハットの鍔をなぞりながら立っていた。

 その圧倒的な存在感に、一同は一瞬固まる。

 

「『もしもし? もしもし?』」

 

 恋が呆けて握ったままのスマホから、警官の心配気な声が響く。

 

「不審者が……」

 

 恋は思わず、

 

「四人に、増えました……」

 

 そんなズレた返しで答えてしまっていた。

 

 瞬間、ピシリ、と乾いた音が一度響く。

 伊達男の手にいつの間にか握られていた鞭が空気と恋の手元を叩き、スマホを取り落とさせたのだ。

 

「あっっ……!!」

 

 鞭によって与えられる痛みというものは、鍛え上げた肉体を持った剛の者でも音を上げるほどだという。

 恋は痛みに声を上げ、一瞬で膝をついた。

 

「悪いね、お嬢さん」

 

 伊達男は本当にすまないといった表情をしながらも、鞭を握る手を緩めてはいない。

 

「何をしているんですか!!」

「何者だ……!」

 

 倫太郎と凌牙は、目の前で起こった蛮行に思わず憤り男と相対する。

 

「さあて、何者でしょうかね。ただ、ひとつ言えるのは」

 

 伊達男は彼らを見回し、

 

「私に勝てそうな相手は、ここにはいないってことさ。私と勝負すれば二番手止まりに甘んじるような、そんな連中だ」

 

 挑発するかのように、そう言った。

 

「そうですか」

 

 ソフィアは静かに、倫太郎達と並び立つ。

 

「ですが、少し間違いがありますね」

「間違い?」

 

 ソフィアの言葉に、伊達男は興味深げに返す。

 

「勝負も二番手もありません。私達はただ……」

 

 既にソフィアは、闇黒剣を構えている。

 

「世界の平和を乱す者を、打ち倒すだけ」

 

 彼女は変身の体勢に入っていた。倫太郎と凌牙も、その勢いにあてられたかのように構えを取る。

 そう、これは真剣な世界を守る為の戦い。

 勝負だの二番手だのと、どことなく遊びのような軽口を叩く相手に、自分達の真剣さで切り返すのだ。

 

 伊達男はヒュウ、と口笛を鳴らし、肩をすくめた。

 

 

“ジャアクドラゴン!”

 

“かつて、世界を包み込んだ暗闇を生んだのは

            たった1体の神獣だった……”

 

 

“ライオン戦記!”

 

“この蒼き鬣が新たに記す、

      気高き王者の戦いの歴史……”

 

 

“オーシャンヒストリー!”

 

“この群青に沈んだ命が、

      今をも紡ぐ刻まれた歴史……”

 

 

 彼らは各々のライドブックを装填し、

 

「変身!」

 

 ただただ目を丸くする恋の眼前で、その力を解き放った。

 

“ジャアクリード!”

 

“闇黒剣月闇! Get go under conquer than get keen! ジャアクドラゴン!”

“月闇、翻訳!”

“光を奪いし漆黒の剣が────”

 

“冷酷無情に、暗黒竜を支配する!”

 

 

“流水、抜刀!”

“ライオン戦記!”

“流水一冊! 百獣の王と水勢剣流水が交わる時────”

 

“紺碧の剣が、牙を剥く!”

 

 

“界時、逆回!”

“時は! 時は! 時は-時は-時は-時は! 我なり! オーシャンヒストリー!”

 

“オーシャン、バッシャーン! バッシャーン!”

 

 

 ソフィアは闇の聖剣、闇黒剣月闇を振るう”仮面ライダーカリバー”。

 倫太郎は水の聖剣、水勢剣流水を携え、華麗に悪を斬る剣士、“仮面ライダーブレイズ”。

 凌牙は剣と槍の形態を使い分けられる時の聖剣、時国剣界時を構えた“仮面ライダーデュランダル”。

 

 三様の剣は仇敵を威圧するかのように鈍く光り、気迫を放っていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 嵐千砂都は、空気が震えるのを肌でびりびりと感じ取っていた。

 

 戦いの空気、というものは決して初めてではない。

 何度もダンスの大会に出たが、鬼気迫る勝負の場、ステージというのは、力強い殺気にも似た圧のある空気が支配するものだ。

 

 しかしながら、これは桁外れだと彼女は思った。

 

「うーん……。抵抗したって無駄なのに……」

 

 彼女らを襲った少女はあわあわとしながらも、自分がこの場を制し生きて帰るという自信だけは微塵も緩んでいない。

 千砂都の方にちら、と一瞬向けた視線にすら、あの子も殺さなきゃなあ、という雰囲気が感じられ、千砂都は背筋が寒くなるのがわかった。

 

「はっ!」

 

 張りつめた空気を破ったのは、まずサーベラだった。

 煙叡剣で少女へと突きを繰り出し、頭、喉、鳩尾と急所に切っ先を突き立てんとする。そのまま決まれば、一瞬で終わりだ。

 

 だが、

 

「やっぱり、やるんですね……!」

 

 少女は小さな掌で、意にも介さずその切っ先をぐっと掴んでいた。

 その力は小柄で華奢な身体からは信じられないほど強く、サーベラの側の剣を握る力も自然と強くなる。

 

「それじゃあ」

 

 少女の肉体が禍々しい気と共に変わっていき、

 

「みんな、殺しちゃいますね……」

 

 メギド然とした怪人態へと、姿を変えた。

 

「この私、ヴィネが相手です!」

 

 これからスポーツでも始めるのか? と思わんがばかりのちょこんとしたどことなくかわいらしい意気込みの姿勢を取りながら、少女────ヴィネはばっ、と片腕を突き出す。

 

疾風(ハヤテ)!」

 

 瞬間、ごう、と空気が渦を巻き、ヴィネの手元に一気に塊のようになって収束する。

《嵐の砲丸》とでも言うべきそれを携えたまま構えをつけると、ヴィネはそれをサーベラに野球のピッチャーの如く投げた。

 

「────ッ!」

 

 サーベラは即座に反応しそれを剣で受け止めたが、嵐の砲丸は止まってくれず、ギャリギャリギャリと刃を削りながらサーベラを飲み込んで打ち倒さんとしている。

 サーベラは思った以上に強力なその攻撃にギリ、と歯嚙みするも、

 

「はッ!!」

 

 脇から、エスパーダが割って入った。エスパーダは雷鳴剣で横から嵐の砲丸に刃を滑りこませ、叩き切る形でそれを何とか無力化する。

 

「風を、操れるのかな」

 

 エスパーダは分析するような、はたまた語りかけるかのような口調でヴィネにゆっくりとそう声をかける。

 

「そうですよ。でも、わかったところで……!」

 

 ヴィネがそう答えた時────ふうっ……と、濃い煙が彼女を覆った。

 

「えっ」

 

 何か反応するよりも先に、鋭い衝撃がヴィネに走る。

 衝撃の走った自らの身体を慌てて見ると、煙の中から伸びた細い腕に握られた煙叡剣が、彼女の体に突きつけられていた。

 

 やがて煙は晴れ、ヴィネの目の前にサーベラが現れる。

 これこそが、煙叡剣狼煙に選ばれた剣士の持つ能力。自らの身体を煙と化し、相手の攻撃の無力化と奇襲を可能にする強大な能力だ。

 

「ひれ伏しなさい」

 

 サーベラは悪を屈服させんが勢いでその切っ先をそのままヴィネの顔の前まで動かすと、また煙と化す。

 煙となられては、ヴィネは為す(すべ)なく一方的にやられるだけかと思われた。

 

 しかし、

 

「吹けよ風、風、風──ッ!!」

 

 ごう、と突風が吹き荒れ、煙となったサーベラがヴィネの周囲から完全に吹き飛ばされる。

 サーベラはダメージを受けつつ、煙から元の姿へと戻り苦々し気な視線を送った。

 

「風と煙。……今のままだと最悪の相性ですね」

 

 エスパーダが急いでサーベラの下に駆け寄り、並び立つ。

 

「……そのようです」

 

 サーベラも認めたくは無いだろうが、さりとて事実は事実だ。

 

「俺が斬っていきます……! 力を合わせましょう!」

 

 エスパーダは選手交代だとばかりに前に出るが、さりとて今の状況にはサーベラの力が必要だという事実確認かつフォローも忘れていない。

 素直なまでに請願され、サーベラも頷くしかなかった。

 

「はっ!」

 

 エスパーダは雷鳴剣を携え、飛び出す。

 ヴィネが反応するよりも早く、バリバリと唸る雷撃と共に、雷鳴剣の一撃が胴に叩きこまれた。

 煌めく稲妻、轟く雷鳴。轟然たる重い剣が、最初の一撃を契機にして二撃、三撃と続いた。

 そしてヴィネが反応する余裕を無くしたところに、サーベラが再び軽やかに剣を突きこむ。

 

 ほとんど連携したこともない二人だったが、そこは流石に熟練の技と言うべきか即興の連携をこなすことができていた。

 

「これで、話は……」

 

 エスパーダがとどめに入ろうとした時、

 

「……えいっ!!」

 

 ヴィネはかけ声と共に、再び嵐の砲丸を放った。

 

「!?」

 

 エスパーダは反応しようとしたが、それはエスパーダでも、サーベラでもなく────

 

 千砂都が木陰に隠れていた、大きく、高く伸びた街路樹を狙っていた。

 

「あっ……!」

 

 轟音と共に街路樹の根元が砕け、巻き上げられた大木が千砂都の眼前に影を濃くしながら迫ってきていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ほら、ほら、ほら、ほら!」

 

 目にも止まらぬ速さ、とはよく言ったものだ。 

 剣斬は風双剣と光剛剣の二刀流で、風のように早い視認できないほどの剣技を叩きこんでいっていた。

 

「やるじゃねっスか……」

 

 その剣技を怪物の剛腕で受け止める青年もまた、大したものだ。

 

「こりゃ負けてられねっスわ! どっこい負けるかド根性!!」

 

 意気込むように叫ぶと、青年はいよいよ腕だけでなく、全身を怪物へと変えた。

 

「ザガンっス。よろしくおねがシャス!!」

 

 人間の姿の時からは想像が出来ないほどに、筋肉質で膨れ上がったメギドの怪人態だ。

 ザガンは動かすだけで重そうな筋肉の塊の腕をぶら、と振り上げると、

 

「デン、デン、ガン、ガン……」

 

 リズムをつけ、

 

「ホイ! テン! ガ──ン!!」

 

 その拳を剣斬へと叩き込んだ。

 

「ッ……! ゥ……」

 

 グワシャッ、と鈍い音と共に叩き込まれたあまりにも重い一撃に、身体の芯から揺らされる。

 ここまで押していた優勢もあってか、剣斬はその一撃に不意を突かれたといったところだ。だが、

 

「なめるなよ……!」

 

 それでも信念だけは揺らさせない、揺るがないといった力強い声で、剣斬は踏みとどまり、体勢を立て直していた。

 

「やるな、蓮」

「ああ……!」

 

 最光との会話を交わすうちに、ザガンの振り上げた腕が再びブン、と飛んでくる。

 だが剣斬は、それに対し二本の剣を一度に叩き込むことでその勢いを殺した。

 

「いいじゃねっスかぁ! どこまでやれるか……試そうぜ!」

 

 ザガンは楽し気に言うと拳を後ろに振り戻し、

 

「おらァ!!」

 

 剣斬の胸元に蹴りを入れた。

 だが、剣斬は倒れ伏すことは無い。蹴りの勢いで地面に倒れ込みそうになると、彼はたっ、たっ、と跳ね、逆に空中へと舞い上がっていた。

 

「……!」

 

 傍らで立ち尽くして見ているしかないすみれの心にも、その姿は強く響いた。

 青い空に、二刀を翼のように構え舞い上がる剣斬の姿は────

 

 

 とても、とても、美しかったからだ。

 

 

 それを口にする余裕は無かったし、口にするのも何だか口惜しかったのだけれども。

 ザガンが何か反応しようとするよりも、剣斬の剣の方が早い。剣斬は舞い上がった勢いのまま、×印を描くかのような軌道で、十字にザガンを切りつけた。

 

「ガぁぁ!?」

 

 ザガンの呻きと共に、剣斬は地面へと着地する。

 

「……最高だな!」

 

 強さの果てを追い求め続ける蓮の成長の一端を見届け、最光は嬉しそうに叫んだ。

 

「なんのお!」

 

 ザガンがまた拳を振る。だが剣斬はそれをかわすと、

 

「光あれ!!」

 

 その手に構えた最光が、まばゆい光を放った。ザガンは目が眩み、一瞬動きが止まる。

 そしてその隙に、最光を使った剣斬の斬撃がザガンの胴へと叩き込まれた。

 

「チクショーッ……!! このお!!」

 

 ザガンは苛立ち紛れに、その巨大な拳を振りかぶり、すみれの方へと迫ってきていた。

 鉛の塊のような重さ、質量が迫ってきているのが、空気の震えだけでわかる。

 

 突然の命の危機に、すみれは怯えと共に息を呑んでいた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「フォカロル、です。よろしくお願いしますね」

 

 女はざば、ざば、と水を飛ばしながら、メギドの姿へと変身していた。

 

「そりゃ……」

 

 まともに会話をするつもりはないと、

 

「どーも!!」

 

 バスターの振るった土豪剣が、フォカロルへと迫る。その一撃はかわしようも無く、見事に叩き込まれたが……

 

「うふふ、ざーんねん……でした」

 

 その身体はざばり、と水と化し、土豪剣の重厚な一撃の威力を虚空へと受け流す。

 バスターは驚くものの、それで動揺するほどの素人ではない。特殊な能力、体質持ちの相手とは、二十年近い剣士生活で何度となく戦ってきたのだ。

 剣に乗せた勢いを引き戻すと彼は間合いを取る方針に切り替え、フォカロルとの間に距離ができる。

 

「おじさま、こっちにいらっしゃってもいいんですよぉ」

「……おじさま、はやめろっての」

「あらあら」

 

 やんわりとした口調の最中で、

 

「ごめんなさい」

 

 謝りながら、フォカロルはまた胸元から水の弾丸を放っていた。バスターはこれを土豪剣を振りかぶって当てることで勢いを殺し、全てただの水に戻す。

 

「くそっ……! キリがねえ……」

 

 バスターがそう毒づいた時、

 

「捕まえちゃいますね~~」

 

 彼女はその一瞬の間に、バスターの目の前まで迫ってきていた。

 バスターが何か言うよりも先に、水の弾丸が発射されバシャッ、という音と共にバスターが膝をついた。

 

「ああッ……!」

 

 可可は息を吞む。力強く、頼もしく見えるバスターを相手取りながら、余裕を崩さずに襲ってくる怪物の女は、常識をはるかに超えた恐ろしい相手だった。

 

「尾上!!」

 

 スラッシュは叫び、すぐさま一回、二回とフォカロルの身体に刃を滑りこませる。

 だが、それらはすべて水の中に突き入れた時と同じように、勢いを殺してダメージにはならない。

 

「次のお相手ですね、光栄です」

 

 フォカロルは次はスラッシュを倒さんと身構えるが、

 

「ちょっと待てよ……!」

 

 バスターの声が、強く響く。

 彼は土豪剣を杖代わりに立ち上がると、既に土豪剣を構え直していた。

 水の弾丸は激しい衝撃を彼に与えたものの、幸い致命傷にはなり得なかったのだ。堅牢な装甲のお陰だと、尾上は内心ありがたみを感じていた。

 

「俺はまだ、倒れちゃいないぜ」

「尾上! 連携を取るぞ」

「勿論だ!」

 

 目の前で剣士二人が連携の体勢に入っていても、フォカロルは意に介さずといった様子だった。

 何せ彼女は、自らの肉体を水に変えられるのだ。これを攻略する術など……

 

「はッ!!」

 

 瞬間、スラッシュの音銃剣がまた叩き込まれる。

 だが、例によってフォカロルの身体に滑り込んだその攻撃は、水の中をくぐらせた金魚すくいのポイの如く無力化される。

 

「無駄、無駄、無駄……」

 

 フォカロルが余裕ですよ、とばかりに笑いながら反撃に移ろうとしたその時────

 

 

 びいいん、という音が、強く響いた。

 

 

「え?」

 

 彼女がそう反応するのとほぼ同時に、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 水と化していたフォカロルの身体が、強い勢いでばしゃっ、と弾けた。

 

「う……そぉ……!?」

 

 身体を戻していきながらも、体内に滑り込んでいた刃で仕掛けられたこともあり、彼女は息も絶え絶えといったところだ。

 何より、何が起こったのか全くわからない為状況の把握が追いついていない。

 

 スラッシュはふむ、といった様子で、自らの音銃剣を改めて眺めた。

 

「よく響くな……。錫音」

「大秦寺、お前まさか」

「ああ。音とは突き詰めれば空気の震え、振動……。ならば、と思って試してみたが、大成功だ」

 

 スラッシュの目的は、剣で切り伏せることでも、突くことでもなかった。

 

 相手の身体が水と化すならば、その水と化した身体の中に潜り込むことそのものが目的だったのだ。

 

 音銃剣錫音は、《音》の聖剣。

 

 確かに水は、外部からの衝撃も、重い剣も、すべて受け流してしまうかもしれない。

 だが、水そのものに力を加えたとなれば話は別だ。振動、衝撃────音というものを再解釈したうえで、刀身そのものが帯びた音の力を、スラッシュは思いきり相手の水の身体にぶつけたのだ。

 

 結果はご覧の通り。水の身体そのものに加えられた衝撃は、相手に確実にダメージを与えていた。

 自分がダメージを受けるとは思っていなかったであろう油断も、相乗効果を発揮し不意打ちとして有効打だった。

 

「やるじゃないですかあ……」

 

 やんわりとした口調こそ崩していないが、フォカロルの方も本気になってきたのが伝わってくる。

 

「頑張っテ……!」

 

 可可はスラッシュの機転によって一縷の望みが見えたことに勇気づけられ、思わず応援の声を発した。

 

 しかし、

 

「あのですねぇ」

 

 フォカロルは虫でも見かけたかのように侮蔑と嫌悪を込めながら、

 

「あなた、じゃ──ま」

 

 水の弾丸を、可可の顔面に向けて放った。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 闇黒剣の一撃は、確かに入ったはずだ。

 カリバーに変身したソフィアは、打ち込んだ刃先を通して伝わってくる衝撃にそんな疑念を抱いていた。

 振りかぶって打ち込んだ刃は、伊達男が自らの顔を庇うように、しかし冷静に掲げられた左腕に受け止められていた。普通なら腕で受けようが、それに意味はなく腕ごと両断して刃が叩き込まれるはずだが、そうはならない。

 

 男が普通の人間でないことは、もう十分にわかっていたはずだったが。

 

「いい太刀筋ですね、お嬢さん」

「……!」

「というのは、剣を構えた一端の剣士に対して失礼かな」

 

 瞬間、男の腕から熱気が渦を巻く。燃える炎と共に男は腕を払い、拮抗していた闇黒剣との膠着を解く。

 

「私の心に燃える火は……」

 

 男の姿が、変わる。

 

「赤い火。青い火。恨みの火」

 

 燃える炎と共に、メギドの姿へと。

 

 炎は燃えて、燃えて、燃え上がり、やがて周囲へと燃え広がっていく。ブレイズはその勢いに驚きつつも、剣を振るって水と共にその炎を消した。

 

「はッ!」

 

 その隙を狙って、メギドと化した男の鞭が再び飛んでくる。鞭とは思えないほどの重い一撃を食らったブレイズは、一瞬倒れそうになりぐらついた。だが、倒れこむことはない。

 そうなる前に、デュランダルが支え起こしたからだ。

 

「フラウロス」

 

 男が一言呟いたそれは、どうやら彼の名前であるらしい。

 

「さあ、さあ、さあ」

 

 フラウロスの振るった鞭がしなり、唸り、見てくれと言わんがばかりに仰々しく空気を裂く。だが、

 

「はっ!」

 

 ブレイズとカリバーは互いに反対方向に飛び、それぞれの方向に飛んだ鞭を刃で受け、そして断つ。だがフラウロスは持ち手を手繰ると、炎を伝わせて鞭を再生させていく。

 その時だった。

 

 

“界時、抹消!”

 

【】

 

“再界時!”

 

 

「ッ!?」

 

 フラウロスの意識が揺らされる。

 彼の視界には、突然時国剣界時を振るったデュランダルの一撃が飛び込んできたからだ。強烈な斬撃が胸元を抉る。

 

「何と……!」

 

 フラウロスは驚きながらも、デュランダルが何をしたのかを少しずつ理解しつつあるようだった。

 突然詰められた間合い、空気、風の流れの不自然なずれ。その答えはひとつしかない。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

“界時、抹消!”

 

【 その音声と共に、デュランダルは《潜った》。周りの動きが止まったように見え、ゆらり、ゆらりと揺らめいている。

 これこそが、時国剣界時の本領。

 時の流れの中の空間に《潜航》し、一人だけ周りと違う時間の流れの中で行動することが可能になるのだ。ただしこの空間の中では移動が精一杯であり、自分以外の誰かに攻撃したり、手を加えたりということはできない。

 だから彼は、止まったように見えるその流れの中で、一気にフラウロスへと歩み寄っていた。確かにこちらからの攻撃は今現在できないが、一方で向こうからも鞭をふるわれることはない。

 そして、時国剣界時を振るえば一気にその切っ先が相手の胸元を抉る距離までたどり着くと────】

 

“再界時!”

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 フラウロスは答えを既に掴みかけていた。瞬間、ブレイズとカリバーが振るった斬撃が後に続き、フラウロスを打ち据える。そして彼らは三人揃ってのとどめを加えようとするが、

 

「甘い、甘い」

 

 炎の鞭が再び振るわれ、三人を近づけさせない。三人はくっと唸り、相手の相当な実力に楽な戦いではないと覚悟を新たにしていた。

 そしてその様子を、恋はただただ怯え、それでいて心中のどこかに目を離してはいけないという気概を持って彼らを見ていた。

 

「さて」

 

 フラウロスはそんな恋を視界に捉えると、

 

「どうする?」

 

 炎の鞭を、一気に彼女に向けて振りかぶった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ははっ! 良い太刀筋だ……!」

 

 フェネクスはどこか楽しむように、はたまた試すかのように、セイバーの太刀筋を見極めていた。

 見極めると言うだけあってその動きはかなりのもので、火炎剣が斬りつけるよりも早く、ひらり、ひらりと動きそれを躱している。

 確かに飛羽真は元々小説家ではあるが、全知全能の書を巡る戦いを通じて随分と剣士としても成長していった。それを見切って一太刀も当てさせないのは、只者ではない。

 

「なあ」

 

 フェネクスはそこで問いかける。

 

「お前は躊躇っているだろう? 生身の私に一撃を与えるのを」

「……ッ」

 

 そうでない、と言われれば嘘になってしまう。

 相手が人外の類であり、見ず知らずのかのんに危害を加えようとする悪辣な相手であることはわかっている。そういう輩を切り伏せることこそが、剣士としての使命なのだ。

 だが一方で、確かに人の情として生身の人間の姿をした相手に剣を浴びせるというのが躊躇われるのもまた事実。メギド三幹部の例があるが故に、躊躇うことも本来無いとは思うのだが。

 

「火炎剣烈火を振るうというなら」

 

 フェネクスはその一言と共に、

 

「本気で来い……!」

 

 姿を変えていく。

 

 赫々と燃える炎が彼女の身体を包み、生身の肌が焼けると同時にその体表が炎の中で踊る薪や枯れ葉のようにぎ、ぎ、ぎとゆっくり、ゆっくりと姿を変える。

 炎に包まれたその身体は赤銅色に輝き、周りの光を集めるかのような神々しさすら感じる。

 全身のフォルムは完全にメギド然とした怪物と化していたが、その姿は長い尾羽、口元のマスクのような嘴、身体の所々を彩る羽毛と、まるで不死鳥が人の身体と溶け合ったかのようで────とても、美しかった。

 

 そう、美しかったのだ。怪物そのものの姿なのに。

 セイバーもそう感じたが、

 

「……!」

 

 澁谷かのんもまた、そう感じていた。炎に包まれ、神々しい姿へと変わったそれを、かのんは美しいと思ったのだ。

 

 純粋な感動には、倫理も正義も勝てない。

 

 相手が自分の命を奪おうとする悪人であろうと、美しいという感動、感嘆を心に思ったことに、疑念を差し挟む余地はなかった。

 

「これなら、遠慮無く斬れるだろう?」

 

 ふふふっと笑い、メギド化したフェネクスは腕を振るう。

 その腕の動きに合わせて揺らいだ空気が、炎を含んだ熱波となってセイバーを襲った。不意の攻撃にセイバーは吹き飛ばされそうになるが、

 

「ああっ!」

 

 負けじと火炎剣烈火を振るい、フェネクスへとそれを叩きこんだ。

 

「うむ……」

 

 セイバーはその反応にゾッとした。骨をも叩き砕かんという一撃を受けているのに、フェネクスはどこか嬉しそうな声を上げているのだ。

 

「それでこそだ」

 

 瞬間、細身の腕でフェネクスが掴みかかってくる。セイバーはうおっ、と声を上げつつ、後ろに引きながら切っ先で跳ね除けて距離を取った。

 

(火炎剣に、何を思っているんだ……!?)

 

 セイバーは────飛羽真は小説家の性とも言うべきか、この短いやり取りの中でフェネクスの中にある“何か”を少しずつ読み取っていた。

 彼女は今この瞬間、何よりも火炎剣烈火の存在を意識している。火炎剣烈火の力をよく知り、その力が存分にふるわれることを願うかのように。

 

「君、は」

「それはそれとして」

 

 セイバーが語りかけようとした瞬間、再びフェネクスは炎球を作り出し、

 

「死ね、【主人公】」

 

 かのんに向けてそれを放った。

 

「あっ……!」

 

 かのんは眼前に迫ってくるそれに、息を呑んだ。

 ここからではセイバーの防御も間に合わない。燃える炎に、自らの命の炎が吹き消される。その恐ろしさに、彼女の意識は支配されていた。

 

 生きていれば、もっとやりたいことがあった。成し遂げたいことがあった。

 

 ラブライブで、優勝したかった。

 

 そんな想いが一瞬で彼女の意識の中で駆け巡り、その瞬間にもぐんぐんと火球は彼女の眼前に迫り────

 

「うああああああああ!!」

 

 飛び出したセイバーに、着弾した。

 えっ、とかのんは困惑と驚愕の声を上げる。

 助けは絶対間に合わないと思った。しかしながらセイバーは、渾身の力と火炎剣から炎のアシストを受け、飛び込むようにしてかのんの眼前に滑り込んでそれを受けたのだ。

 

「あっ、あの!」

「大丈夫か!?」

「はい……」

 

 鬼気迫る様子で、なによりもまずかのんのことを心配するその姿。それが、かのんには頼もしくもあり……同時に、理解を超えたものでもあった。

 

「随分と頑張るな」

 

 フェネクスは嘲るでも憤るでもなく、感嘆するかのようにその姿を評する。

 

「火炎剣に用があるなら……俺だけを狙え! この子を巻き込むな!」

「ああ、いや……。勘違いするな、当代の”セイバー”。私が用があるのは……」

 

 フェネクスはゆっくりと、

 

「最初から、そっちだ」

 

 怪物の指で、かのんを指した。

 

「私……!?」

「そこまでして、お前が守る義理があるか?」

 

 かのんの反応を無視し、フェネクスは続ける。

 

「俺の目の前で、誰かを傷つけさせたりはしない! それに……!」

 

 セイバーはしっかりと踏ん張って立ち上がりながら、

 

「約束したからな。必ず……君を守るって!」

 

 後方のかのんをちら、と振り返りながら、はっきりとそう言った。

 

 ああ。ああ、そうか。

 

 かのんははっきりと、目の前の炎の剣士の本質を見せつけられたような気がした。

 

 それは空想の中の存在だと思っていた。現実には存在しないものだと思っていた。

 しかし目の前にいる彼は、そんな虚構の産物としか思えない、だが確かに現実の存在である────

 

 

 約束を守り、弱き者を守る、英雄(ヒーロー)なのだと。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ぎゅっと固く瞑っていた千砂都の瞼は、長い膠着の後にゆっくりと開かれた。

 確かに目を閉じる直前まで、彼女の眼前には折れた街路樹が倒れる形で迫っていたはずだ。

 しかしそれが彼女の身体に突き刺さってくる感覚も、押し潰される感覚も、なにも感じない。目を開けた時、代わりに彼女の眼前には────

 

「大丈夫か?」

「怪我はないようですね」

 

 英雄(ヒーロー)が、いた。

 

 先程まで迫ってきていた街路樹は斬られ、砕かれ、周りに散らばっている。エスパーダとサーベラは、彼女の安全を何よりも優先し、ヴィネの攻撃から守ったのだ。

 

「大丈夫」

 

 サーベラは千砂都を見やりながら、普段の怜悧さとはまた違った優しい声をかける。

 

「俺達が、君を守る」

 

 エスパーダも一目千砂都に視線を送った後、剣をヴィネに向けながらそう言った。

 

「無駄だって、言ってるじゃないですかあっ!!」

 

 ヴィネはまた風の球を作ると二人に投げつける。しかしそれらは二人がそれぞれ聖剣を一振りすることで切り裂かれ、虚空へと消え去った。

 

「無駄だと、何だと言われようと」

 

 エスパーダはその言葉に、

 

「俺は、俺の想いを貫く!」

 

“必殺読破!”

 

 静かに答えながら、必殺技の体勢に入る。

 

“狼煙、煙中!”

 

 サーベラもそれに合わせ必殺技の発動と同時に煙化すると、煙となって雷鳴剣を覆い────

 

「────”雷 の 破 壊 者(トルエノ・デストローダ)”」

 

 “黄雷、抜刀!”

 “アランジーナ、一冊斬り! サンダー!”

 

 バシュッ……! と、衝撃が突き抜ける音が響いた。

 ヴィネは一瞬、あまりに突然の出来事に何が起きたのだろうと首を傾げたが……

 

「あっ……あああああ!?」

 

 エスパーダの目に見えないほどの速度の居合が自らを叩き斬ったのだと認識するまでに、時間はかからなかった。それを意識した瞬間、もう一撃目の衝撃が飛ぶ。そして最後には、

 

“インセクト、ショット!”

 

 煙となって雷鳴剣に纏わりつく形でそのスピードで運ばれたサーベラが煙から元に戻り、強烈な蹴りを胸元に叩きこんだ。

 そこに仕上げとばかりに、雷鳴剣が運んだ強烈な稲妻が技を連続で食らったヴィネの下に落ちてきた。

 

 

「あああああああ────ーッ!!?」

 

「……これで、話は終わりだ」

 

 爆発するヴィネへと放たれたエスパーダの〆の一言が、彼らの勝利を彩っていた。

 

「やった……!」

 

 千砂都は目の前の勝利に、喜びと安心を隠せなかった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「……え?」

 

 呆気に取られた声、というものがあるならば、それはまさしく今すみれが発した声そのものであろう。

 

 彼女に向かってきた重い拳は、彼女の肉を裂くことも、骨を砕くこともなかった。

 代わりに、彼女の目の前に立つ剣斬の身体によって、受け止められていたのである。

 

「あっ……」

 

 すみれが再度息を呑む一方で、剣斬は呻いていた。

 鍛え上げ、なおかつ変身している身体と言えど、敵の重い拳を受け止めるのは容易なことでは無かった。

 

「なん、で」

「……いいから!!」

 

 剣斬の怒声に、すみれはびくっと気圧される。

 

「危ないから!! あっち行ってろ!!」

 

 切羽詰まった、余裕の無い声。

 だがその根底には、目の前で傷つけられそうになる相手を放ってはおけない、という気持ちが確かにある。

 それは言うなれば、

 

英雄(ヒーロー)、だな」

「!?」

 

 一同に走った驚愕の空気と同時に、いつの間にか剣から人の姿に戻っていたユーリがザガンの拳に負けぬ重い蹴りを相手に叩き込み、剣斬との間合いを作ってやる。

 

「何で戻ってるんだよ!」

「それはな」

 

“エックスソードマン!”

“エピソード1! 全ての色で戦え!”

 

「こうするためだ」

「……あ、そー」

 

 剣斬がしょうがねえな、と構えを取る横で、ユーリは光剛剣最光を再びドライバーから引き抜くと同時に入れ替えるように起動させたエックスソードマンワンダーライドブックをベルトに挿し込み、

 

“W-W-W-W-What-Color!? W-W-W-W-What-Color!?”

“最光、発光!”

 

 光剛剣最光を押し当て、そのページを開いた。

 ユーリの身体が、黒い影法師────最光シャドーへと変わる。

 

 そしてそこに色とりどりの鎧が、まるで真っ黒な最光を色づけていくかのように覆っていった。

 

“Get all Colors! エックスソードマン!”

“エピソード1!”

 

”フルカラーで参上! ババババーン!”

 

「俺は世界を守る剣……。いや、剣士だ!」

 

 ユーリの高らかな声と共に現れたるは、仮面ライダー最光 エックスソードマン。

 コミックの中のヒーロー、エックスソードマンの姿を経てユーリが剣士としての肉体を取り戻して戦うことができる、最光にとって一番戦いやすい形態だ。

 

「行くぞ、蓮」

「ああ……!」

 

 すみれは目の前の矢継ぎ早の展開に、言葉も無かった。だがそんな呆けた彼女の姿に、

 

「隠れてろって!」

 

 剣斬は鬱陶しさと純粋な心配の入り混じった声で、すみれを促した。

 

「わ、わかったったらわかったわよ!」

「おしゃべり中スイませェェェ──ん!!」

 

 すみれの反応が終わるか終わらぬかのうちに、

 

「全員ツブれてもらって……いいッスかぁ~~!?」

 

 ザガンの重い拳がまた飛んでくる。

 だが、

 

「悪いが」

 

 最光はその拳に対して思い切りふるった光剛剣をぶつけ、

 

「ツブれるつもりは、ないな」

 

 相手の拳の勢いを殺した。

 

「なっ……この!」

 

 ザガンは拳を引き、再び振りかぶると殴りつけるつもりで向かってくる。

 だが、その拳の重さ故にどうしても動きが鈍重にならざるを得ない。そしてそれは、

 

 

“猿飛忍者伝! ニンニン!”

“翠風、速読撃! ニンニン!!”

 

 

 スピードに秀でた剣斬にとって、格好の的だ。

 

「おりゃああああああっ!!」

 

 剣斬は風を纏わせた風双剣の一撃を、ザガンの胴体に思い切り叩き込んだ。

 

「がっ、あ、ああああああああああ!?」

 

 

“フィニッシュリーディング! サイコーカラフル!”

 

 

 絶叫するザガンの下に、最光の放った十字の斬撃が飛ぶ。そしてそれは確実に相手を射止め────爆発を起こした。

 

「やったな、蓮」

「おいしいとこ持ってくなよなァ」

 

 やりきったというユーリの声と、呆れつつも同じくやりきったという感じの蓮。それは、なかなかに良い組み合わせだった。一方で、

 

「いや、うちの神社……」

 

 爆発による境内への損壊が気にかかるすみれが、そこにいた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あ……」

「大丈夫か?」

 

 可可の身体には、影がかかっていた。

 彼女を庇ったバスターの巨体が、彼女にかかる陽射しを遮っていたからだ。

 

「あらあら」

 

 フォカロルは防がれたことも些事とばかりに、くすくすと笑う。

 

「お姉ちゃんよぉ、今何しようとした」

「その子がうるさいから、頭飛ばしてあげようかなって」

 

 そういう返答が返ってくることは予想できたが、耳にするとやはり気分が悪いとばかりにバスターは短く息を吐き捨てた。

 

「そういうことするんなら」

 

 バスターは土豪剣を構え直し、

 

「こっちも遠慮はしなくていいよな!」

 

 相手を叩き斬るつもりで力強く握った。

 

「叔叔」

「心配すんな」

 

 可可の言ったことはわからないが、バスターにもわかることはある。

 この場にいる少女を守ることができるのは、自分達だけだと。

 

 だから彼は、

 

「俺達がついてる!!」

 

 そう言ってのけるのだ。英雄(ヒーロー)とは、自分の後ろにいる守るべき人を不安にさせるわけにはいかないのだから。

 それは彼自身、父として息子を守ってきたからこそ重みを実感できた。

 

「隠れていてくれ」

 

 スラッシュは可可の肩を叩き、そう促す。ハイ、と小走りに駆ける可可に、

 

「逃げちゃだめですよぉ」

 

 フォカロルはまた水の弾丸を発射する。だがスラッシュは、踊るようにして素早くそこに飛び込み音銃剣で水の弾丸を跳ね飛ばした。

 

「尾上!」

「おう!」

 

 二人のライダーは敵に向かいひた走る。フォカロルはそれを見ながら、まず警戒すべきはスラッシュだと身構えた。

 自分の肉体に対して音の聖剣が有効なのは既に実証済み。まず有効打として攻撃してくるならそこからのはずだ。

 

(うふふ、お見通しでs……)

 

 そこまで考えていた時、

 

「うおらァ!!」

 

 リーチの長い土豪剣が振りかぶられ、フォカロルの肉体が上下真っ二つに切り裂かれた。

 とは言っても、例の如く水と化す身体に意味はない。しかしながらあまりにも強い勢いでの斬撃に、斬り飛ばされた上半身が勢いで中空に飛び上がった。

 

「えっ……」

 

 予想外の事態にフォカロルが意識を揺らされた時、

 

「よし!!」

 

 その一言と共に、飛び上がっていたスラッシュが音銃剣を突き入れ、再び音の衝撃による攻撃が襲ってきた。

 フォカロルはまたその痛みにああああ、と絶叫し、その間に上半身は落下し足元の下半身と再び一体化する。

 しかしながら、音の衝撃がまだ余韻を残し混乱している時に……

 

 

“玄武神話!”

“激土、乱読撃!”

 

 

「玄武爆砕!!」

 

 

 バスターがライドブックの力を発動し、飛び蹴りをフォカロルの身体に思い切り叩き込んだ。

 重量級のバスターの身体から繰り出されるライダーキックは鉛のように重く、衝撃とエネルギーがフォカロルに走り────

 

 爆発を起こした。

 

 水と化す肉体がその勢いで水風船を叩きつけたかのように飛び散り、ビシャビシャビシャッ、と剣士二人に降りかかった。

 

「水も滴る……ってか?」

「それに続くのは『いい男』だぞ」

「どういう意味だよ」

 

 ベテラン二人の、勝利を確信したうえでの他愛もないやり取り。それを物陰から見ていた可可は、安心に静かに微笑んでいた。

 バスターが掲げた、守るべき人を不安にさせないという信念は……確かに達成されていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 恋は目の前で起こったことに、動揺を未だに抑えることができずにいた。

 彼女に振るわれたフラウロスの鞭は、ブレイズが飛び込む形で受けていた。

 その時の衝撃で彼はよろけ、膝が少し揺れている。鎧を纏った剣士でさえそうなる一撃を自分の頭に受けていたらと思うと、それがまた彼女の背筋を寒くさせる。

 

「あなたこそ」

 

 ブレイズはそれでも気丈に振り向き、

 

「大丈夫ですか?」

 

 優しく、そう声をかけた。

 

「ええ……」

「よかったです」

 

 ブレイズは彼女の安全を確認すると、己に檄を飛ばすかのように強く水勢剣を握り直す。

 ダンッ! と足を踏ん張り、倒れてなるものかと言わんがばかりの覚悟だ。

 

「ブレイズ」

「よくやったな」

 

 カリバーとデュランダルはほとんど同じタイミングで恋の下に走っていたが、一番に間に合い恋を守りきったブレイズを称えた。

 そう言いつつ、彼らもまた恋の眼前に並び立ち、背後の彼女に手を出させるかと身構えている。

 

「一般人にも平気で手を出すのか」

「ははっ、そうすれば本気になるかと……思ってね」

 

 デュランダルの追及に悪びれる様子もなく、フラウロスは軽妙に笑ってみせる。

 

「俺を、怒らせるな!」

 

 瞬間、時国剣界時の一振りが飛んでくる。避ける動作が却って無駄だとばかりに、フラウロスはそれを腕の動きだけで受けた。

 

「筋がいい、当代の時の剣士……」

 

 フラウロスがそう賞賛した時、

 

“月闇、居合!”

 

「はっ!」

 

“読後、一閃!”

 

 カリバーが必冊ホルダーに一度収めた闇黒剣月闇を抜き放ち、フラウロスが界時を受け止めている側と反対側に一撃を叩き込んだ。

 ぬう、とフラウロスが唸った時、

 

「水勢剣流水に誓う……」

 

“必殺読破!”

 

「僕が必ず、この世界も守ってみせる!」

 

 

“流水、抜刀! ライオン一冊斬り! ウォーター!”

 

 

 ブレイズの信念を込めた一閃が、蒼い軌跡を描きながらフラウロスの胸元に決まった。

 そして、

 

 

“界時、抹消!”

 

【】

 

“再界時!”

“必殺時刻!”

“オーシャン、三刻突き!”

 

 

 二人が繋いだ攻撃の流れに乗るように、デュランダルの一撃が決まり、フラウロスが上空へと突き上げられ────そこで、爆発した。

 

 巻き上がる風。吹き込む熱。それらを肌に感じながら、恋は目の前に立つ三人の姿に見惚れていた。

 誰かを傷つける悪に対し、敢然と立ち向かう戦士。それはまさに……

 

英雄(ヒーロー)……」

 

 恋の涼やかな声が、静かに響いた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 思った以上に厄介な相手だ、とセイバーは思っていた。

 

 先程確かに彼の中にわずかな躊躇いがあったのは事実だが、だからといってここまでするか、という想いだ。

 フェネクスは怪人化するやいなやセイバーに真っ向から向かってくると、手から伸びた鳥の鉤爪で引っ搔くかのように襲い掛かってきたのだ。

 当然セイバーは迎撃するが、あろうことか相手はそれを避けるでもなく、毎回毎回律義に食らって火花を散らしている。応戦するうちに、セイバーですらなんだかやりづらいと感じるのも無理はなかった。

 

「どうした!? セイバー!!」

「どうしたも、こうしたも……!」

 

 一瞬の間ができるも、二人は再び剣と鉤爪をぶつけ合う。一際強いガギィィンという音が響き、火花が散った。

 距離を取った方が鉤爪に裂かれる可能性は低いと、セイバーは剣を振るって相手との距離を取ろうとする。その結果、切っ先がフェネクスの胸元を掠ったが、

 

「う、むう……」

 

 食らった彼女の声色はどこか、恍惚としているようにも聞こえた。

 何なんだこいつは、と、セイバーは背筋が寒くなる。

 その時セイバーの耳に、かのんの息づかいが聞こえた。

 

 緊張と恐怖、高揚。色々なものが混ざった、荒い息遣い。

 目の前の戦いがどうなるのか、自分の命はどうなるのか。そういった不安が、心臓の鼓動に乗せて、呼吸に乗せて、吐き出されているのだ。

 

「はッ!!」

 

 その瞬間の一振りが、鋭くフェネクスを切り裂いた。フェネクスは思った以上の重い一撃に、苦し気な声を出す。

 自分の後ろに立つかのんを不安にさせてなるものかと、傷つけさせてなるものかというセイバーの信念が、その剣に乗せられているのだ。

 

「大丈夫」

「えっ……」

「君の物語は、ここで終わったりはしない」

 

 言いながら、セイバーは火炎剣烈火を納刀する。

 

“必殺読破!”

 

「物語の結末は……俺が決める!」

 

 その一言はとても勇ましく、そして、とても頼もしかった。

 セイバーの声はかのんの耳を通して、心にじん、と響いた。故に彼女は、

 

「……がんばって!」

 

 勇気づけられた相手への礼として、檄として、思わずそう声を発していた。セイバーは無言で頷くと、ソードライバーから火炎剣烈火を一気に引き抜いた。

 

“烈火、抜刀! ドラゴン一冊斬り! ファイヤー!”

 

 刀身に集まった炎が、熱を増す。そしてセイバーの一振りと共に、火炎剣はフェネクスの肉を裂き、骨を砕き────激しい爆発と共に、邪悪な存在を薙ぎ払った。

 爆炎と爆風に、かのんは一瞬顔を覆う。そしてそこから目を開けた時、彼女は見た。

 剣を下ろし、自分を気遣うかのようにしっかりと立ったセイバーの姿を。

 

 その姿に、彼女はただただ、こう思わざるを得なかった。

 

「きれい……」

 

 言い表せないほどに、美しいと。

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