仮面ライダーセイバー 不死鳥の少女と星の歌声 作:度近亭心恋
オットー・フォン・コツェブー(1787~1846)
「あぅぅ……」
メギドの姿から人間体へと戻ったヴィネは、呻くしかなかった。
斬撃に蹴撃、雷撃と撃の字のフルコースを食らって爆発して、まだ生きていられることの方が不思議なぐらいだ。
その喉元に、
「話してもらいましょうか。何の目的で、こんなことを?」
容赦なく、変身を解除した玲花は煙叡剣を突きつけていた。
「話すわけ、ないじゃないですか……!」
ヴィネのその一言で、首元の煙叡剣の刃がちゃきり、と鳴る。
「待った、玲花さん」
そこに、後ろから賢人が声をかける。
「エスパーダ……。まさか情けを?」
「そういうつもりは俺も無いですけど……まあ、ほら」
賢人は自分の後ろを軽く手で示す。賢人の後方で千砂都は、恐々と目の前のやり取りを見つめていた。あまり荒事を見せない方が、という賢人なりの気遣いである。
「とにかく、話を……」
賢人がそう言いかけた時、
「あ゛ァァっ!!」
ぐしゅっ、という音と、空気の震えが響く。
「なっ……!?」
驚きの空気が走ったのも無理はなかった。
倒れ伏した状況から飛び上がるようにして起き上がったヴィネは、玲花の抑えから抜け出していたのだ。
自らの首筋を、向けられた刃に当てて傷つくのを覚悟のうえで。
「げッホ!! えエ゛っほ!!」
首筋から赤黒い血を噴き出し、血の混じった咳をしながら、ヴィネはキッと三人を睨みつける。
「絶対……絶対!! 私達が勝つんですから!!」
そう叫んだところで、また血混じりの咳だ。
かわいらしい声でかわいらしくない言葉と態度を見せながら、ヴィネは姿を揺らめかせ去っていった。
「消えた……!?」
「瞬間移動だな」
自分の驚嘆に対してさらっととんでもない返答をする賢人を、千砂都は二度見してしまっていた。
(瞬間移動って……)
少なくとも、当然の認識として流していい事態ではないと思うのだが。
「それより」
「は、はい!」
「大丈夫?」
「え、ええ、まあ……」
「よかった」
そう言って笑った賢人の表情はとても柔らかく、優しかった。
先程までの勇猛さ、緊迫がうそのように、穏やかな表情。
「何よりです」
玲花もそう言いつつも、その視線は先程巻き込まれた際の千砂都の擦りむいた傷の方へと向けられている。
元々千砂都自身、季節を問わず薄着でランニング、トレーニング等の運動に赴くスタイルなのが仇となった。
「このぐらいなら全然! ほんと、大丈夫ですから」
「そうですか」
笑ってみせる千砂都に対し、玲花は怜悧な面持ちを崩さない。こっちはやっぱりクールな人だなあと、ぼんやりそんなことを思っていた。
「ところで」
賢人はまた神妙な顔で、千砂都に話しかける。
「はい?」
「よかったら、なんだけど……この辺りを案内してもらえないかな」
賢人達にしてみれば、まず必要なのは情報だ。
ここがどこなのか、現実なのか、物語の中の世界なのか、それすらわからない。
本来巻き込んでしまった彼女をこれ以上付き合わせるのは心苦しくもあったが、目の前での戦闘はある意味でどこなのかもわからないこの世界で話すきっかけができたといえる。
断られることも覚悟の上だったが、
「……いいですよ! じゃあ、行きましょうか」
意外にも、さわやかな笑顔で彼女はそう返してくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
賢人と玲花は礼を言い、案内する千砂都の後をついて行く。
歩いていく内に、ここは表参道と原宿と青山のちょうど境の辺りなんだね、そうなんですよ、といった他愛もない会話をしつつ情報を掴んでいく。
とりあえず、限りなく賢人の知る東京に近い街であることは把握しつつある。
しかしながら、
「あれは?」
「スクール……アイドル……?」
賢人と玲花の語彙に無いものが、街のいたるところを席巻している点が気にかかった。
少なくとも、南極のサウザンベースの真上のアガスティアベースから東京に転移させられたわけではないらしい。
「知らないんですか!?」
千砂都は嘘でしょ、といった様子で大層驚きつつも、二人にスクールアイドルとは何か説明を始めた。
学生が学校で部活動を通して行うアイドル活動。
ダンスの振付どころか歌う楽曲の作詞、作曲、衣装のデザインや縫製まで自分達で行わなければならず、始めるだけで多大な技量が求められる。
そして、全国区で開催されるスクールアイドルの祭典、《ラブライブ》の熱狂は相当なもの。ラブライブでの栄冠は、スクールアイドルにとっての憧れだ。
「今は、友達とラブライブでの優勝目指して頑張ってます!」
「凄いな……。どれぐらい前から、やっているんだい?」
スクールアイドルに求められる技量の膨大さに、賢人は圧倒されつつも感嘆していた。それほど大がかりなことをやるならば、かなりの経験が必要だろうと。
「ダンスは小さい頃からずっとやってたんですけど、スクールアイドルは……高校に入ってから。半年とちょっと、ぐらいですね」
その一言に、二人はまた驚く。
玲花も言葉少なではあるが、静かに目を見開いているところに驚きが感じられる。やっぱ驚きますよね、という表情をしつつ千砂都は、
「友達が、きっかけなんです」
自分のことを、語り始めた。
☆ ☆ ☆
「最高の友は、私の中から最高の私を引き出してくれる友である」とは、自動車会社で有名なヘンリー・フォードの言葉だ。
その言葉を当てはめるならば、千砂都にとって幼馴染であり親友の澁谷かのんは、まさに「最高の私」を引き出してくれた「最高の友」であると言っていいだろう。
今でこそ溌溂としていて、体力もダンスの技量も個人で大会で優勝できるほどの能力を持つ千砂都だが、幼い頃は気が弱く、いじめられることも多々あった。
そんな中で、
「こら~~!」
「かのんちゃん!」
「ちぃちゃんをいじめちゃダメ!」
「なんなのあんた!」
「いいからちぃちゃんの大事なもの、今すぐ返しなさいよ!」
彼女は、澁谷かのんの強さに惹かれていた。
まだ弱かった幼い千砂都にとって、優しく、それでいてはっきりと物を言い行動できるかのんは、
そんな彼女を後ろから見ているうちに、千砂都は思った。
自分には、何ができるのだろう。
どうすれば、かのんちゃんのいる場所にたどり着けるのだろうと。
そして彼女は、幼いなりに自らの決意を固めた。
「わたし、かのんちゃんのできないことを、できるようになる!」
「かのんちゃんの歌みたいに、大好きで、夢中になれるもの……!」
「わたしも持てるように、がんばる!!」
この時から、嵐千砂都にとって澁谷かのんは眺めるだけの英雄でなく、いつか共に立って歩く目標となったのだ。
ダンスを始め、かのんが歌を研鑽するのと同じくして、彼女のダンスの技術は磨かれていった。
そして結ヶ丘の受験の際には音楽科を受験し、かのんと並び立つ────はずだった。
澁谷かのんは、音楽科の受験に落ちた。
受験本番で、歌うことができなかった。
かのんが落ち込んでいるのは、誰の目にも明らかだった。
千砂都自身、どう接すればいいのかわからなかった。かのん自身が務めていつも通りにふるまっているからこそ、余計に。
どうしようもないまま時間だけが過ぎ、高校入学の時は来る。
気まずい学校生活が始まるのかと思っていた時、かのんに訪れたのは意外な転機だった。
留学生の唐可可に誘われ、スクールアイドルを始めたのだ。千砂都もダンスの知識と経験を請われ、練習に付き合う。
そうして迎えたかのんと可可のユニット、〝クーカー〟のステージは、とてもすばらしいものだった。
すみれがその輪に加わった後も、千砂都はあくまで彼女らのサポートを続けていた。そんな時迎えた転機が、今の彼女を形作ることになる。
それは、教師から提案されたダンス大会だった。
かのん達がスクールアイドルの中でも強豪とされるユニット、Sunny Passionに実力を見出されていたのと同時期に、それはやってきた。
Sunny Passionの二人はかのん達のダンスが千砂都に依存していると実力を形作る根幹を見抜いたうえで、はっきりと口にした。
「今はダンスに関して、みんなあなたを信頼して、あなたに頼っている」
「でもそれでは、いつまでも自分たちで動いていく力強さは生まれない」
「キミがもしメンバーだったら、グループとしては脅威だったけどね」
……と。
千砂都はもうその時には、ひとつの決意を固めていた。
大会で優勝できなかった時には退学し、ダンス留学をすると。
かのんを支えたい。かのんと並び立てる人になりたい。
その為には、自分一人で大きな結果を出さなければいけないのだという考えが、彼女にそこまでさせていた。
ダンス大会の前夜、Sunny Passionのホームグラウンドである神津島に渡っていたかのんとの通話では、そんな本音を押し通して気丈に振舞った。
だが。
「来ちゃった。なんか電話で話してた時、変だなって思って」
「なんか、ちぃちゃんすごい不安なんじゃないかって。勘違いかもしれないけど……」
当日、澁谷かのんは千砂都の前に立った。
中国大返しもびっくりの、神津島からの爆速の帰郷。前日の会話から、かのんは千砂都の押し殺したただならぬ想いを確かに読み取っていたのだ。
千砂都にしてみれば複雑な思いではあった。結局かのんに助けられるだけの自分なのか、かのんに負担をかけてしまっているのではないかと。
「やっぱり、ダメだな……」
「えっ?」
「一人で頑張らなきゃいけないのに。自分で自分に自信持てるまで、かのんちゃんがいないところで一人でやろうと思ったのに……」
「かのんちゃんが来てくれた時、やっぱりホッとしちゃった」
「かのんちゃんは悪くないよ。悪いのは弱い私」
「かのんちゃんに頼らないって、今日ここでかのんちゃんのできないことを、できる自分になるんだって……!」
けれど、
「だったら私も思ってた。ちぃちゃんに助けてもらってばっかりだって」
「えっ?」
「歌えなかった時、失敗した時いつもちぃちゃんが助けてくれた」
「それは、かのんちゃんがいたから……!!」
「じゃあ、二人一緒だね!」
「二人とも頑張ってきた。お互いがお互いを見て、お互いを大切に思って」
「────ありがとう」
「あの言葉があったから私、今こうして歌っていられる」
かのんのその言葉で、やっと本当に彼女は、自分を見つけられたような気がした。
夢見ていた、なりたい自分になるための一歩を踏み出せると。
☆ ☆ ☆
「だから、今でも頑張れるんです。かのんちゃんや、皆の隣に立って頑張れる私になりたいから」
そう言いながら千砂都は、髪飾りに軽く指で触れていた。
「……そうか!」
賢人はその話を、一際聞き入っていた。それもそうだろう。
「俺も……同じなんだ」
「え?」
「大切な友の隣に立って、戦える俺でありたいんだ」
嵐千砂都にとっての澁谷かのんのように、冨加宮賢人にも友がいる。
それこそが、神山飛羽真だった。
元々幼馴染だった彼と飛羽真と、それから少女のルナ。
彼らは良き友として、物語を楽しみ、共に過ごす時間もまた楽しんでいた。
しかしながら15年前に起きたメギドの大規模な活動と、賢人の父、隼人の裏切りがきっかけとなり、彼らは離れ離れになってしまった。
それ以降の賢人はただひたすらにソードオブロゴスの剣士として研鑽を続け、雷鳴剣黄雷を受け継ぎ雷の剣士、エスパーダとなった。
いつか、友と再会するために。
いつか、友を守れるようになるために。
そして15年後、遂にその想いが果たされる時がやってきた。
あの事件の記憶を失っていた神山飛羽真が炎の聖剣、火炎剣烈火に選ばれ、剣士としてソードオブロゴスに招かれたのだ。
賢人はわざわざ魔法の絨毯をランプドアランジーナの力で用意してまで、彼に会いに行った。
「やあ飛羽真。久しぶり」
「……誰!? え──っと……どちら様でしたっけ?」
「昔、一緒に物語の世界を旅したろ?」
「物語?」
「例えば……『銀河鉄道の夜』!」
「昔よく、二人でこうやって遊んでたんだ! 久しぶりだなぁ~~賢人!」
飛羽真の記憶が欠落しているのは痛ましいことではあったが、それでも賢人は嬉しかった。
友と共に同じ道を往ける。こんなに喜ばしいことがあるだろうか。
だが、賢人自身の心に影を落とすものもあった。
父、隼人がソードオブロゴスを裏切ったという事実である。剣士として優れ、むしろ人格者の枠にいた隼人がなぜ、という想いが、彼の心にかかる雲となっていた。
そんな中、かつて父が変身していたはずの闇の剣士────カリバーが、彼らの前に現れるようになった。賢人はなぜ今、と思い悩むが、衝撃はさらに続く。
そのカリバーの正体は、隼人の友人にして先代の炎の剣士、上條大地だった。
「何故お前がカリバーなんだ……!? 父さんはどうした!! どういうことだ!!」
「いずれわかると、言ったはずだ」
「お前が……父さんに裏切りの罪を着せたのか!?」
「裏切ったのは紛れもなく、お前の父親だ」
「だったら、何故お前が闇黒剣月闇を持っている!? 答えろよ……」
父さんを殺したのか!!」
上條大地はこの時、隼人が裏切った真相を追う為に、15年もの年月をかけていたのだ。
そして彼は掴んでいた。
真の敵は組織────ソードオブロゴスの中にいると。彼は賢人を一度匿う目的もあり、彼を闇黒剣で切り、闇の世界へと送った。
「賢人!! 賢人……!!」
「飛羽真、もう、いいんだ」
「賢人!! ルナは生きてる!!」
「ああ……。俺にも、聞こえたよ」
「俺達三人は、ずっと一緒だって! 俺は……また救えない……!」
「いや……飛羽真は、救ってくれた。飛羽真だけじゃない」
「みんなが、俺を救ってくれた。俺の心を……」
「みんなと……これからも、戦いたかった……」
「頼む……この世界を……!」
「俺達が生きてきた世界を、守ってくれ」
「うわぁぁぁぁぁ────っ!!!」
「賢人──────!!!」
友と並び立つはずだった賢人は、闇へと消えた。
その後上條の死、組織の中の真の敵の存在を知った飛羽真の組織からの離反、暴走の危険のある禁書の解放等で状況が揺れ動く中────
「────俺は、世界を滅びから救う為に戻ってきた」
「その為に、全ての聖剣を封印する」
「飛羽真。お前の剣も封印する」
「世界を守れるのは……俺だけだ」
富加宮賢人は、闇の中から帰還した。
だがその時の彼は、もう以前の彼ではなかった。
上條の死後失われていたと思われていた闇黒剣を手にし、すべての聖剣を封印すると宣言して闇の剣士カリバーへと変わり、飛羽真達に向かってくる。
「世界を救うには、聖剣を封印する。これしかない」
「これで話は終わりだ」
「なぜなんだ……。また、逢えたのに……」
「また一緒に戦えるって、一緒に約束を果たせるって、思ったのに……」
すべての原因は、闇黒剣月闇の力にあった。
闇黒剣は使用者に、いずれ来る未来を見せる。賢人は上條に送られた闇の世界の中で、見てしまったのだ。
聖剣が集まることによって、世界が滅ぶ未来を。
その結果、飛羽真が自分の腕の中で息絶える未来を。
周りは賢人の豹変ぶりに動揺するしかなかったが、彼の根底はずっと変わらなかった。
世界を守りたい。
友を守りたい。
ただ、それだけだと。
「最悪の未来は変わる。ルナがそれを教えてくれたんだ」
「一緒に戦うって約束してくれ! そうすれば、世界を救える!」
(もしかしたら、飛羽真なら……いや! ダメなんだ……)
(それじゃ、結局お前が……! 俺だけが、飛羽真を救うことができる)
その後の戦いの中で、賢人は飛羽真の持つ資質、強さを目の当たりにし、やがて少しずつ心が解けていった。飛羽真なら、未来を変えられるかもしれないと。
だがその一方で、組織の中に潜んでいた真の敵────組織の長たる、マスターロゴスことイザクが儀式によって自ら力を手にし、仮面ライダーソロモンとして世界に君臨しようとしていた。
賢人は彼と刺し違えるつもりであったが、飛羽真は強い想いでそれを止めた。
「やつを止めるには……これしかない!」
「マスターロゴス……! 俺と共に、闇に消えろ!!」
「絶対に、賢人は死なせない!」
「邪魔をするな飛羽真! これで全てが終わる!!」
「絶対に終わらせない!!」
「もう……諦めるんだ!」
「諦めない!! 俺がお前の立場なら、命を捨ててもお前を守る! 今のお前みたいに……!」
「俺は絶対に死なない! お前も死なせない! 物語の結末を勝手に決めるな!!」
「物語の結末は、俺が決める!!」
心を救われた気がした。そして、死したものの魂だけは光の鳥となって彼を見守っていた父の隼人からも、
「すまなかった。お前を一人にして」
「謝れば済むとでも思ってるのか? 俺は、ずっと父さんのことを……」
「本当に、すまなかった」
「ははは、大きくなったなあ……! もう追い越されてしまった」
「賢人は、賢人が信じる道を進みなさい」
「仲間が待ってるんだろう?」
前に進めと、背中を押された。
そして────
「『そこのキジくん! お腹が空いて元気がないなら、きびだんごをわけてあげるよ』」
「『僕の名前は、桃太郎! 鬼を退治するために、仲間を集めているんだ』」
「『僕たちと一緒に、鬼退治に行かないかい?』」
「仲間のことになると、誰よりも熱くなる。君がリーダーじゃ心配だな」
「『俺が一緒に、ついていってやる!』」
「『もっと仲間を集めて、鬼に奇襲をかけよう! きびだんごだけじゃなく……』 そうだ! エクレアもたくさん用意すべきだ!」
「おーいおい、おい! 物語を勝手に変えるなよ!?」
「俺は決めた。この世界も飛羽真も救う。今度こそ、ルナとの約束を果たそう」
富加宮賢人は友の手に引かれ、また彼らの輪の中に加わることが出来た。
そうして彼は、友と、仲間と力を合わせ────世界を救ったのだ。
「……!」
賢人が千砂都の話に感じ入るものがあったように、千砂都もまた賢人の話に、やはり深く感じ入るものがあった。
彼らは、同じなのだ。
友に学び、友に憧れ、友に追いつきたいと思い、友を守りたいと願った。
強く、強く、願ったのだ。
「わかります……! こう、すっごいわかります!」
「俺もだよ。まさか、君とそこまで通じ合えるとは思わなかったなあ」
ハハハッと賢人は笑う。千砂都もまた、それに共鳴するかのように笑った。
「もう何ていうか、マル! すっごいマルですよ!」
大正解、の○印を贈るかのように、千砂都は手指で○を作る。
「……マル?」
賢人はそれはちょっとわからないという表情をしつつも、同じく手指で○を作って返してみせた。
「マルです!」
「マルかあ」
「……盛り上がっていますね」
そこで挟まった声に、二人はあっ、とその方向を見る。
盛り上がる二人を、玲花が何と言ったらいいのか、といった様子で見つめていた。
「すいません、なんか二人だけで」
千砂都は申し訳なさそうに見つめ返す。
「けど玲花さんも、わかるんじゃないですか」
賢人は話をふる。
「私は、別に友人など……」
「凌牙さん」
「!?」
「違いますか?」
怜悧で優美で実直、世界を守る剣士の鑑といえる神代玲花にも、人間味というものはある。
それこそが、兄である凌牙への敬愛であった。
「俺を怒らせるな、もっと稽古に集中しろ玲花!」
「はい……。ですが、お兄様の強さにはとても」
「神代家は代々マスターロゴスを守り、時国剣界時をその証として受け継いできた。お前にはマスターに仕える剣士としての覚悟が足りん!」
(お兄様……。昔はとても優しかった。私をいじめる人たちから、いつも守ってくれていた)
(けど時国剣に選ばれ、マスターに仕えるようになってからは、玲花玲花と私にばかり厳しく……。うふふ)
「お兄様?」
「剣士たるもの、鍛錬の後にはリフレッシュが必要だ。そこに座ってろ、お前が淹れるとまずくなる」
(マスターは忠誠を尽くすべき相手。しかし例えマスターでも、その道を踏み外すことがあれば、我々が粛正するしかないだろう)
(こんなにも優しいお兄様の身にもし危険が迫ることがあれば、その時は私が)
(俺が玲花を……!)
「おい! そのお菓子は一つ120㎉だ、それ以上食べると先ほどの鍛錬の意味がない!」
(キュンです……!)
兄の世界を守らんと研鑽する姿に憧れ、自身もそうありたい、並び立てるようになりたいと研鑽する。
兄への深い愛こそが、彼女の芯であるといえた。
一度彼らの世界にやってきた、異世界を渡り歩く〝界賊〟、ゾックス・ゴールドツイカーを追う形で彼がその時期ホームグラウンドにしていた〝ゼンカイトピア〟まで足を運んだ兄妹は、この世界を支配せんと企む〝キカイトピア王朝トジテンド〟と一時的に戦うことになってしまった。
自らの「織姫」を探す怪人、ヒコボシワルドに連れ去られた玲花だったが、凌牙は彼女を取り戻すために全力で戦ってくれた。
「ゾックスの言葉通りなら、こういう姿の女性を狙ってくるはずですが……」
「焦っちゃダメ! じっくり待つの!」
「ヤダガオーンちゃんノリノリじゃない」
「お前達!! 何をのんびりしてるんだ、仲間が誘拐されたんだぞ!!」
……女装までして。
事件を収束させて自分たちの世界に戻るまでの間に、この世界で戦う戦士、〝ゼンカイジャー〟達からこっそり聞いたところによると、凌牙はこう言っていたそうだ。
「俺達は、幼い頃からずっと一緒だった」
「玲花を失うことなど、考えられない」
玲花もまた、その想いに応えられるようにと。彼女は今日も、剣を振るうのだ。
「私は……」
「友でも、兄妹でも。大切な人がいることは、とても良いことです」
虚を突かれたといった様子の玲花に、賢人は笑いかける。
「……そうですよ! 大切な人を想う気持ちは、きっと一緒です!」
千砂都もまた、玲花を迎え入れるかのように○を作って彼女の方へと示した。
「そういうことにしておきましょう」
玲花はこういったのは苦手だ、とばかりに苦笑する。だが、
「……ありがとう、ございます」
そう言ってくれたことにはきっちりと返さねばと、二人に礼を返した。
……指で、小さく○を作って。
「マルだー!」
「マルだなぁ」
千砂都と賢人は、嬉しそうにそれを見ていた。
☆ ☆ ☆
「……で?」
「で、って何だよ」
「どうするのよ、あれ……」
着替えて神社を後にしながら、すみれは後方の境内を振り返りもせず指で示した。
というよりも、振り返って現実を直視したくないというのが大きかったが。
ザガンが殴りつけたことによる境内のひび割れ。爆発と爆風による煤や倒壊。一体この後何と言えばいいのかと、頭を抱えるしかない。
ちなみにザガン本人は、境内に転げた後は「ぜってェェ──殺すからなああ──ってめええーっ」と捨て台詞を吐きながら逃げていった。
あれだけの怪物にしてはなかなかにしょっぱい台詞というか、しょうもない。
「やらなきゃ死んでたんだ、しょーがねーだろ」
「しょうがないのはわかるけど!」
「わかるんならわかっとけよ!」
「はあ!? だからわかってるったらわかってるのよ!」
そこに、「それで?」とユーリが割って入る。
「俺たちはどこに向かっているんだ?」
「学校よ」
すみれは呆れながら返す。先ほどの戦闘の直後に彼女は仲間たちに「話したいことができたんだけど、学校までいいかしら」とLINEでメッセージを送っていたのだ。
レスポンスが早く、学校に集合の流れが即決まったのはありがたい。ひとつ気になるのは、
「私も話したいことがあって!」
「可可もデス! スゴいコトになってマス!」
「私も話があって……いいかな?」
「私も、すぐにでもお話ししたいことが」
……何故か、全員話したいことがあるふうだったことだ。それは気になるが、とにもかくにも今は学校に向かうしかない。
「……で?」
「だから、で、って何だよ」
言葉少ななすみれの言い方は、ことごとく蓮と相性が悪い。
「何だっけ? 世界を守る? 剣士?」
「ああ」
「目の前でああなってなかったら、絶対に信じなかったわね」
「そうかよ」
「……あんたは」
すみれはちら、と蓮と手元の風双剣を見る。
「何で、そういうことやってんの」
「何でって、何が」
「だから! 色々あるでしょ!? 世界平和とか! 皆の笑顔が見たいとか!」
「どういうイメージだよ」
「あんたがそういう、こう……ヒーロー的な人間に見えないから聞いてんのよ!」
「はあ!?」
そこに、
「……仲が良いな」
またユーリが割って入り、
「よくないっ!!」
すみれと蓮の声が重なった。
「やっぱり仲が良いじゃないか」
ユーリはさほど気にせず、ハハハッと笑って二人を見比べている。二人はもう何か言うのはやめだと口をつぐんだが、やがて、
「……強さの果て」
「……はあ?」
「誰も見たことのない強さの果てを見るために、俺は剣を握るんだ」
そう答えた蓮は、今までで一番真剣な表情をしていた。しかしながら、
「何よ、それ」
すみれには、到底理解の及ばない世界だった。
「強さがどうとか、そんなさあ」
「何だよ、はっきり言えよ」
歯切れの悪いすみれの言い方に、蓮はまたイライラしていたが、やがて、
「そんな、子供みたいな……」
そう告げるすみれの目は、はっきりと理解できない、ばかばかしいという意図を含んでいた。
「子供じゃねえよ!!」
今までで一番大きな怒声に、すみれはビクッとなる。
「強さの果てってのはな……!!」
☆ ☆ ☆
緋道蓮は、常に強さを求める少年だった。
彼は同じソードオブロゴスの聖剣を受け継いだ剣士の中では賢人を尊敬しており、憧れてついて回ることが多かった。圧倒的な信念と、それに裏打ちされた強さ。それが蓮を惹きつけたのだ。
そんな中で、彼は出会った。
「よし、俺ももっと強くなる! 賢人君と肩を並べられるくらい!」
「面白そうな風のニオイがするなあ……」
「ちょうどいい、また俺と遊んでくれよ」
「いや、一度勝った奴と戦ってもつまんないし!」
デザスト。
メギドの幹部、ストリウスによって作られ、圧倒的な強さと奔放さで状況を引っ掻き回すトリックスターのメギド。
彼からの誘いを受けるも、バカなことを言うとその時は断った。
しかし、蓮の強さへの想いはここから揺るがされることになる。
上條大地のカリバーに斬られ、賢人が姿を消した一件が、まず彼に突き刺さった。
あんなに強い賢人君がなぜ、と。
その直後に飛羽真が「ソードオブロゴスの中に真の敵がいる」と言い始めて脱退し、しかもその飛羽真に大秦寺や尾上のような熟練の剣士たちがやがてついていくようになる。
何が正しいのか。何が強さなのか。何を斬ればいいのか。
そうやって迷っていた中で、賢人が全ての聖剣を封印すると彼らの前に現れたのが二度目の衝撃だ。
聖剣を無慈悲に封印していくそのさまは、憧れた圧倒的な信念の強さが牙を剥いて襲い掛かってくる瞬間だった。
なぜ。なぜ。なぜ。
迷う中で蓮は、デザストの何度目かの誘いを……受けた。
「どうやって強くなるつもりだ?」
「お望み通り、お前と一緒の道を歩いてやるよ」
「そして……最初にお前をぶっ倒す!」
「いいねえ! 面白くなってきたぜ!! いいねえ!」
それは彼なりの、今までに見たことのない景色を見ようとするが故の行動だった。
結果として、この行動は間違い無く世界を救う一つの鍵となった。
デザストとの特訓、動きだすマスターロゴス、集う聖剣。状況はどんどん、彼に覚悟を求めてくる。
そんな中でも、たくさんの強さが彼の視界に飛び込み、そして心を鍛え上げていった。
そして、
「それはそもそも、私が気まぐれで作ったメギド」
「存在する理由も無ければ、目的もない」
「意味なく生まれ、意味なく消える」
「蓮とお前は、似てるのかもな」
「は? 俺を人間如きと一緒にすんじゃねえ!」
「一緒だろ? お前にも、感情がある」
「すがすがしくて……イライラするぜ!!」
デザストとの決着の時は、近づいていた。
己が持っていた不死性が既に永遠のものではないと悟ったデザストは────
「苦悩と決意に満ちた、甘くて苦々しいニオイがする」
「お望み通り、お前と戦ってやるよ」
戦うことを、決めた。
「ああっ……ああ──っ!! 何で俺、こんなに弱ぇんだよ!!」
「もういい。俺がお前を終わらせてやる」
「お前の存在意義は、無い」
この世界の物語に、本当に自分達は必要だったのだろうか。
悩んでいても、考えていても、わかりはしない。答えなど無いのかもしれない。
だから彼らは、剣を振るう。ぶつかりあう。
己の意義を問うかのように。
「俺は……見てみたい! だから、このままじゃ終われない」
「ハハハッ! どうした!? お前らしくなってきたじゃねえか!」
「『お前』じゃない!! 俺は……『緋道蓮』だ!!」
「俺は……『デザスト』だ!」
「俺の全存在をかけて……お前を倒す」
「来いよォォォォ!!」
そして、ぶつかりあった果てに────
「これだよ、これ……! 生と死が混じり合い、刃と刃が混じり合う!」
「最低で、最高のニオイだ!」
「ったく……。お前になんか、声かけるんじゃなかったぜ」
「ああ……。お前となんか、出会わなきゃよかった」
「ああ、つまんねえなあ……。もう終わりか」
「お前は、そのままでいいんだよ。ああ、それとな」
「紅しょうが、ちゃんと食えよ」
デザストは、逝った。
相手はメギドだ。いつかは倒さなくてはいけなかった。
だがその最期と彼が遺したものは、
「ハッ……。マジ、ないわ」
「楽しかったよ。……ありがとう」
蓮に、大きなものを与えていた。
その後、一皮剥けた蓮は最終決戦の戦列に加わり、
「先に行け、飛羽真! こいつは俺が倒す……!」
「俺とお前で……だろ?」
「フッ……足を引っ張るなよ」
「せいぜい、頑張るさ」
かつて憧れた賢人と並び立ち、世界を救う大役を皆と共に成し遂げたのである。
☆ ☆ ☆
「強さの果てってのはな……!!」
蓮には多くの想いがあるが、それを口にすることは憚られる。
多弁につらつらと言い連ねるのでは、どうにも不格好だ。
だが幸いなことに、すみれにはそれが伝わっていたようであった。
彼のただならぬ雰囲気と眼差しに、自分が踏み込んではいけない部分に踏み入ってしまったことを、理解していた。
「……ッ」
何を言えばいいのかとすみれが唇を噛んだ時、
「まあ、そういうことだ」
双方のやるせなさを呑み込んだうえで、ユーリが二人の肩を優しく叩いた。
「蓮にも色々な奴から受け取った想いがあって、そのうえで強さの果てを目指している。それはわかってやってくれ」
落ち着いていて朗らかではあるが、やはりそこには1000年以上剣士として誇りを持ち続けてきた男の風格が感じられる。
「お前は、どうだ?」
ユーリは先に自分から笑いかける。すみれにも、人から受け取った想いがあったりはしないのかと問うてくる。そう聞かれれば、答えはひとつだ。
☆ ☆ ☆
平安名すみれは、いつもスポットライトを浴びる誰かの傍に立ってそれを眺めるしかできない少女だった。
努力しても。努力しても。
がんばっても。がんばっても。
あと一歩が届かない。いつもいいところで、誰かが一番とその栄冠を持っていってしまう。
子役としての経験は、彼女に表現力の素養というプラスを与えると同時に、人並み以上の挫折というマイナスも与えていた。
高校入学の頃には、街中で当てがあるわけでもなしにかわいい仕草を繰り返してスカウトを待つだけの日々。ただただ、空虚な毎日を過ごしていた。
そんな時に、彼女は出会ったのだ。スクールアイドルと。
最初は侮っていた。あくまでアマチュアであるスクールアイドルの中でなら、輝けるかも、と。
そう思ってかのん達に歩み寄ったまでは良かったが、学校の生徒を対象にしたセンター選挙では、あっさりと負けた。元々熱情も無かったこともあり、すぐに離れた。
だが、
「平安名すみれさん。
「は?」
「すみれさん。あなたをスカウトに来ました! 私たちはスクールアイドルを続けるために結果を出さなくてはいけません。ショービジネスの世界での、あなたの知識と技術で協力してほしいんです」
「だから言ったでしょ! 私は……」
「────センターが欲しかったら、奪いにきてよ!」
「えっ?」
「すみれちゃんを見て、私思った。センターやってみよう、って」
「だから奪いにきてよ! 競い合えば、グループもきっと良くなると思うから!」
「諦めない限り、夢が待っているのは────まだずっと、先かもしれないんだから」
澁谷かのんだけは────スポットライトの外にいた彼女を、見ていてくれた。
自分の未来を、進んでみたいと思える道を、預けるには十分だった。
これが、平安名すみれのスクールアイドル部への仲間入りだった。
その後、千砂都や恋が加わりLiella!としてラブライブに参加していた中で、彼女たちは出された課題に向き合うことになる。
その選考におけるテーマは、〝ラップ〟だった。
意外にも、メンバーの中で一番ラップが上手かったのはすみれ。
いや、意外にも、という言葉は不適切であろう。スポットライトを浴びるための研鑽も努力も決して怠ったことのない彼女は、ひととおりの芸事に対しての素養はあったのだ。
ならばと彼女らはすみれをセンターに据える腹づもりで動いていたが、そこに意外な横槍が入った。
曲の動画を見たファンから、「センターはかのんちゃんや恋ちゃんの方が」「予選突破を考えたら替えるのも手」という意見が、決して無視できない数のコメントで見られるようになったのだ。
輝く星の気持ちを、星を見つめる人間は知らない。知る由もない。知る必要もない。
アイドルがどんな想いを込めてそこに立とうと、観客は自分達の興味関心の為に消費するだけ。
それに応えることが時に楽しくもあり、時にその無関心な残酷さに傷つくこともある。
どうするかと迷うかのん達だったが、
「この学校のスクールアイドルなんだから、みんなの意見に従うのが当然でしょ」
当のすみれは自分の感情を押し殺して、極めてビジネスライクに動こうとしていた。……動かざるを得なかった。
普段からショウビジネスの世界に生きてきた、と事あるごとに口にするのは、伊達や酔狂ではない。
そのぶん、極めて〝現実的〟〝効率的〟なものの見方もできるというもの。
ただそれで、「自分が喉から手が出るほど欲しかった場所」に行けない〝だけ〟のこと。
〝それだけ〟の……こと。
加えて、可可に、大きな壁が迫っていた。
ラブライブで結果を出せなければ、彼女は中国に帰らなくてはならない。それを知ってしまったすみれは、
「勝たなきゃいけないんでしょ!」
「あんた……絶対勝たなきゃいけないんでしょ……!?」
「さっきのククの電話、聞いていましたね? 盗み聞きとは、やはり根性が曲がっていマス!」
「かのん達は知ってるの?」
「……いいえ」
「なんで言わないのよ!」
「ククのことを気にして、スクールアイドルをやってほしくありまセン」
「でも勝たなきゃいけないんでしょ!! 結果を出さなきゃ! だったら……!」
猶更、自分が身を引こうと声を振り絞った。
自分がセンターでは、今の評価からして〝勝てない〟ことは明白だったから。
だが可可は、仲間達は、彼女がセンターであることを譲らなかった。
すみれならやってくれる、すみれなら勝てる、という信頼を確かに込めて。平安名すみれもまた、
「何もわかってませんよ。そんなことでククが神聖なラブライブのセンターを、任せると思っているのデスか?」
「任せたでしょ、実際」
「ククがあなたに任せたのは……あなたがふさわしいと思ったからデス!」
「練習を見て、その歌声を聴いて、Liellaのセンターにふさわしいと思ったからデス。それだけの力が……」
「あなたにはあると思ったからデス!」
「だから受け取りなさい! 私が想いの全てを込めて……あなたのために作ったのデスから!」
己の力で輝き、誰かを輝かせることのできる、〝星〟なのだから。
その輝きに気付いてくれた仲間達がいるから、今の彼女があるのだ。
☆ ☆ ☆
長い反芻の後に、
「……まあ、わからなくはないわ」
「だろう?」
ゆっくりと答えたすみれに対し、彼女の中にあるものを感じ取っていたのか、ユーリは微笑んだ。
「俺もまた、そうだ」
ユーリは元々、1000年ほど前にキエフ大公国にて戦っていたソードオブロゴスの剣士だった。
しかし力を求めて暴走した剣士たちの存在により彼は心を痛め、暴走した者達の討伐の後、自らも大いなる力の濫用を恐れアヴァロンなる場所に力を封じ、自らも聖剣と一体化して眠りについた。
そして現代となり、彼は出会ったのだ。
「ここが、アヴァロンか……!? なにもない」
「ないと思えば、ない。あると思えば、ある」
「誰だ!?」
「大いなる力は、探すな」
アヴァロンにやって来た、神山飛羽真と。
その後彼は飛羽真の動向を見守っていたが、飛羽真が組織の中の裏切者の存在を知り出奔した際、自ら出向き飛羽真に力を貸すことで、彼の実力と覚悟を見極めんとした。
そして、
「こいつは強い。私が代わろう」
「大丈夫……!! ユーリは慎吾くんを!」
「……いつもの如く、ボロボロじゃないか」
「確かに痛い……! でも傷つくから、相手の痛さがわかる!!」
「痛みがわかるから……」
「人を、守りたいって思うんだ!!」
「だから、世界を守る覚悟が持てる!!」
「……覚悟か。最高だな!」
飛羽真は、その期待以上の覚悟を見せてくれた。
彼の存在があったからこそ、ユーリは再び剣士として、当代の聖剣の剣士達と共に戦おうと決めたのだ。
「仲間の覚悟に力をもらう。力を貰っていると思えるような仲間がいる」
ユーリはしみじみと、
「最高、だな」
その事実を噛みしめるように、そう言った。
「……だな」
「……そうね」
蓮とすみれもまた、その言葉に感じ入るように、静かな笑みを見せた。
そうして彼らは、また歩を進めていくのだった。
☆ ☆ ☆
「……っというワケで! スクールアイドルはクク達にとって希望の光、命のキラメキなのデス!!」
「おぉーおー……おお? な、なるほどなァ」
熱弁する可可の話の勢いに押され、尾上はそれについていくだけで精一杯だった。
普段からエネルギッシュで力強い尾上ではあるが、なんだかんだ言ってももうしっかりとした子持ちのアラフォー。現役の高校生の若さと勢いと情熱は、目の当たりにしてみると圧倒されるものがある。
しかしながら、それと向き合うことだけはおそろかにしたくない。いずれ、教師として若い情熱と向き合う者として。そして、彼女と今、相対する者として。
「要するに……な! 部活でアイドルをやるのを頑張ってんだな!」
「ハイ!」
尾上の返答に、可可は元気よく答える。その一方で、
「本当に解っているのか……?」
大秦寺は、訝しげにそれを見ていた。尾上はすかさず大秦寺の耳元に回り、
「いいんだよ! とにかく学校でアイドルをやってて、それにすげえ熱心なのはわかったんだから」
ひそひそと耳打ちする。やれやれ、と言った様子で、大秦寺は改めて尾上と可可を見比べた。
「だがまあ、良かった。話せるだけの元気があって」
一番の懸念はそこだった。突然の事態に巻き込まれ、命まで狙われたとあってはその胸中は察するに余りある。
だが彼女は気にも留めていないように見え、溌溂とした様子であった。
「お二人に、守っていただきマシタので!」
何故か、助けられた可可の方がドヤ顔をしていた。
けれどまあ、脅えて震えが止まらないよりは良いのかもしれない。あの戦闘の後、まだ生きていたフォカロル、と名乗ったメギドの力を持った女は、
「……今度は命、貰いますねぇ。私達は、世界を悪に染める者」
と、ただの捨て台詞とも思えない一言を残して去っていった。再度襲撃の可能性も考えると、気は抜けないと身が引き締まる。
「いい〝音〟だ」
大秦寺は、可可の弾むかのような様子を見て、そう形容した。
音の剣士スラッシュであるが故か、はたまたそうであるが故に音の剣士スラッシュに選ばれたのか。
とにもかくにも、大秦寺哲夫は、刀鍛冶として聖剣から響く声、音色を強く感じ取る才を持つ男であった。そしてまたその才は、人が聖剣に込めた想いを、信念を、響きとして、調べとして聞き分けることを可能とする。
確かに可可は剣こそ振るうことはないが、その声色や所作から発する〝音〟に、確たる信念を感じさせるのだ。
────まるで、あの時のように。
飛羽真が組織の中の敵の存在を叫び出奔した際、早くから彼の中にある信念に気づいていたのが大秦寺だった。だから彼は、
「なぜ光の剣を振るう!? お前は、力を求めているのか!」
「違います! 光の剣なら、人とメギドを分離して助けることができるんです!!」
「……本当に、力を求めていないんだな?」
「俺は彼を……本で不幸になる人を救いたいんです!」
「ならば、剣で示せ」
飛羽真と、剣を交えることを決めた。
「甘い! 甘すぎる!」
剣を交え、
「お前の剣からは、何も響いてこない」
交え、
「俺一人じゃ全てを救えない。お願いです、また一緒に戦ってください!」
「お前は……何もわかってない! 全てを救う! 簡単に言うが、それがどれほど難しいことかお前もわかっているはずだ!」
「守れなかったものを背負って剣を振る。戦えば戦うだけ、背負うものが増えていく」
「それが剣士だ」
「そんなこともわからないようなら、火炎剣烈火を振る資格は無い。どうして烈火がお前を選んだのか……」
「お前の剣に聞く!」
何度でも打ち合うことで、
「甘すぎる! やはりライドブックに頼っているお前の剣からは、何も響かない!!」
「お前が背負っている想いは……その程度か!!」
「俺は……俺は!! もうみんなが悲しむ顔は見たくない!」
「大秦寺さん!」
「今のは少し────響いたぞ」
彼は、飛羽真の中にある確たる信念を感じ取った。何より、
「火炎剣烈火の秘めたる力を引き出した時、全てを導く、伝説の剣が生まれる。2000年間……!」
「2000年間! その力を引き出す者が現れるのを、私の一族は待ち続けた。私は、飛羽真にその可能性を見た!」
「悪いが、組織を離れる」
「子供みてぇな目しやがって! お前が選んだ道なら、俺は止めやしないぜ! 目的は同じだしな」
「飛羽真。私は、お前と共に戦う」
「大秦寺さん……!」
聖剣の音を聞いてきた彼にとって、飛羽真はまさに待ち望んだ、聖剣の可能性を引き出す人間であった。ソードオブロゴスという組織を離れてでも、見極めようと思わせるぐらいに。
そんな大秦寺にとって、戦いの道であろとなかろうと、自分の信じた道への信念の音を響かせる者は、見ていて────否、聴いていて、気持ちのいいものだ。
「その……〝スクールアイドル〟とやらへの信念が、確かに響いてくる」
「ありがとうございマス~~!」
純粋に褒められたことで、可可は改めて己の中にある情熱を自覚していた。
唐可可にとって、スクールアイドルとは己の信念、情熱、自らのすべて。
生まれて初めて、ここまで全力を注げるし、注ぎたいと思ったものなのだ。
日本のスクールアイドル文化が隆盛を見せるにしたがって、その勢いは海外にも派生していた。
動画サイトで歌やダンスの共有が容易な現代のこと、スクールアイドル達のアップロードした動画は海を越え、地球の裏側まで届いていく。
それはつまり、そこに込めた想いも、情熱も、海を越えるということ。中国に、スイスに、アメリカに、イギリスに……どこにだって、彼女たちの想いは届く。
そして可可もまた、そんな想いが届いた側の一人だった。
そもそも論として、海外のほとんどの国では日本ほど学校の部活動という概念が盛んではない。
故に海外のスクールアイドル・ファンは、部活動という学校での連帯活動の楽しさ、その中でアイドルをやるという驚きの二つを同時に衝撃として受けるのだ。中国は上海の生まれの彼女も、例に漏れず驚きを以てその概念をぶつけられることになった。
スクールアイドルは、素晴らしい。だからこそ、やってみたい。
けれど前述の通り、中国では部活動そのものが活発ではない。ラブライブに準ずる大会も無い。だから彼女は、日本までやってきたのだ。
一度やると決めたら、とことん行動する。それこそが、唐可可だ。
そしてその行動こそが────
「スバラシコエノヒト……!」
「ハァ……。あの子、同じクラスか……。大変そ……」
「かのんサンの歌はすばらしいデス! なのでククと、スクールアイドルを始めてみまセンか?」
「スクールアイドルって……学校でアイドルってやつでしょ?」
彼女を最高の仲間に、スクールアイドルの高みへと一緒に昇れると思える仲間に、出会わせてくれた。
澁谷かのんとの出会いは、まさに僥倖。千載一遇のチャンス。
体力こそスクールアイドルを目指すにしては心許ない彼女だったが、かのんと共に千砂都のトレーニングを受けながら、二人でのステージに向けて頑張っていった。
「可可とかのん」で、「クーカー」。
安直ともとれるシンプルさ。だが、それでいい。それがいい。
かつて歌えなくなった経験があるかのんを、
「私ね、音楽科の受験落ちたんだ。……大好きなんだけどね。きっと、才能ないんだよ」
「だからもう、歌はおしまい」
「おしまいなんて、あるんデスか!?」
「えっ……」
「好きなことを頑張ることに、おしまいなんてあるんデスか!?」
「歌ってくれまセンか?」
「えっ?」
「ここで歌ってくれまセンか? クク、かのんサンの歌っているところが見たい」
「かのんサンの歌が聴きたいデス!」
可可は励まし続け、ステージまで引き上げた。そうして迎えた本番。その中で、
「そろそろ、始まりマスよ……!」
「うん……!」
「大丈夫……」
「大丈夫……」
「大丈夫……」
「大丈夫……!」
「……! 可可ちゃん……!!」
可可もまた、必死になって立っていたことをかのんは知った。
やり通すという強い意志。それが彼女を動かしていながらも、やはり一人の人間として、怖くなる時もあるのだと。
だからこそ、
「歌える。────一人じゃないから!」
二人は、やり遂げられたのだ。
そこから活動を続け仲間を増やしていく中で、
「おっそいデス!」
「話って何?」
「あなたはスクールアイドルを侮辱しマシた! 全スクールアイドルに代わって可可が罰を与えマス!」
「はぁ? ……だから悪かったって言ってるでしょ」
「スクールアイドルがどれだけ真剣にステージに挑んでいると思っているのデスか! それをスクールアイドルなら何とかなるなどと……!」
「可可があれだけ練習したダンスを……!」
「ショウビジネスの世界を甘く見ないで。これくらいはできるの」
「ただそれでも、私にスポットは当たらない。こんなアマチュアな世界でもね」
「アマチュアではないデス!」
本気でぶつかり合える相手もできた。
スクールアイドルを踏み台程度にしか思っていないかのようなすみれの態度に、本気で向かい合った。
けれどすみれが身に着けている素養故の差は大きく、だからこそやってやるぞという気概も湧く。いつの間にか、喧嘩友達かのような独特の関係が生まれていた。
「すみれ……」
「初めて名前、呼んだわね」
「そんなことはどうでもいいデス。Liellaのセンターとして、恥ずかしくないステージにしてくだサイ!」
「当然でしょ。……誰だと思ってるの?」
本気でぶつかっているからこそ、相手のことがよく見える。可可が本気であったからこそ、平安名すみれの今がある。信念を以てやり通せば、それが新しい道を開いてくれる。
間違いなく言えるのは、スクールアイドルへの情熱が、彼女の人生を確実によい方向へと導いてくれたということだ。
「クク達はまーだまだ成長していきマスので! 応援よろしくデス!」
「ああ」
大秦寺はその言葉は現実になるだろうなと予期しつつ、朗らかに笑った。気づけば、人見知りな彼もそれなりに彼女と会話ができていた。
「~~ッ! 感動したぜ、嬢ちゃん!」
さっきはただ気圧されていた若い情熱を、今度はしっかりと受け止め尾上は感極まった。
「若いうちに、やれることはやりたいだけやってみな!」
思わずそんな言葉が出る。それは年長者として、なおかつ、自身も若いうちに多大な挑戦をしてきたからこそだ。
尾上亮は、元々組織とは何の関係も無いどこにでもいる普通の少年だった。
彼の運命が変わったのは高校生の時。20世紀も終わりだというのに「かがり高校の喧嘩番長」なんて時代錯誤なふるまいを繰り返していた少年、それが尾上だった。
とは言っても不良というわけでもなく、弱い者いじめをするような連中に持ち前の正義感の強さから思わず向かっていってしまい、それ故に喧嘩を繰り返していたのだ。
どっちにしても、問題があることには変わりはない。幼馴染で生徒会長の桐谷晴香から怒られながらも、彼はそれが日常になっていた。
そんなある日、
「何だコレ?」
「げんたけ……しんわ?」
「誰かの落としモンか。後で持ち主を探してやろう」
彼は、不思議な世界への扉を知らず知らずのうちに開いてしまっていた。
「なんかやべぇのが来た……」
「晴香、こっちだ!」
(もしかして俺たちを狙ってるのか? 何で……)
当時まだメギドの動きは活発化していなかったが、野良のメギドや雑兵であるシミー達は時々彼らの世界から現実へと現れ、人々を襲っていたのだ。
そこで、
「尾上くん。僕の落としたワンダーライドブック、持ってるでしょ?」
「へ? わんだー……?」
「これくらいの本」
「あ、コレか?」
「ありがとう」
「変身!」
(あれが、亀セン……?)
彼は、人生を変える出会いを果たした。
当時土豪剣激土を受け継ぎ戦っていた土の剣士、バスターである亀巳川寿和。
尾上の通うかがり高校の冴えない老教師であった彼は、人知れず戦うソードオブロゴスの剣士だったのだ。
「世界に散らばったワンダーライドブックを回収するのが、ソードオブロゴスの剣士の役目でね」
「僕はその剣士のひとりなんだよ」
「いやはや、巻き込んじゃってごめんね」
「……何だか理解が追いつかねぇけど、亀センが地球を守る剣士っつーのが、一番の驚きだな」
「剣士はバイトみたいなものだよ、本業は教師……、ゴホッ、ゴホ」
「大丈夫か? さっきの奴らにどっかやられたのか?」
「……失礼。いやぁ、最近ちょっと息切れが多くてね」
「若くねーんだから無理すんな。俺に何か出来る事があれば協力するぜ」
「重っ!? 何だよコレ! 超重量級じゃねーか!」
「それが持てないなら、協力してもらう事は難しいかな。それは」
「『真の強さ』がないと持てない剣なんだよ」
真の強さ。当時から、幼馴染の晴香を守るために最強の男を目指していた尾上にとって、その言葉はひとつの決意をさせるに十分だった。土豪剣激土を持てる、真の強さを持った男になるのだと。
この頃、
「この辺りにアルターライドブックの反応があって来てみたら……君が、尾上くんか」
「君の事は亀巳川さんから聞いている。半端な覚悟で聖剣を手にするつもりであれば」
「此処でお前を斬る!」
「……ある人の」
「……ある人の笑顔を守るって誓ったんだ。だから誰よりも強くなりたい。ならなくちゃいけねぇんだ!」
「そうか……」
「突然剣を向けてすまなかった。君の本気を、確かめたくてね」
「……もし君が本当に剣士になった時は、俺の息子の力になってくれると嬉しい」
「まだ5歳だが、剣士になりたいと言っていてね」
「おう! その時は、最強の剣士としてウザいくらい先輩風吹かしてやるぜ!」
賢人の父、富加宮隼人もまた、彼の覚悟と強さの素養を認めていた。
そうやって修行を進めていた時、
「きゃあああ!!」
「晴香!? てめぇ! 晴香を離しやがれ!」
「尾上くんは下がっていなさい! ソイツはメギドといって、少し厄介な魔物だ!」
メギドが、晴香を襲った。
まだ土豪剣を保持できる時間は一分程度。圧倒的な危機だ。だが、いや、だからこそ、なのか……
「安心しろ、晴香。例えこの身が削れようと、お前は俺が守る」
(そうだ、尾上くん。君の強さはその感情に在る。誰かを守りたい気持ちこそ、最強の力……。それが、土豪剣激土に伝われば────)
「尾上くん! どうか受け取ってくれ……!」
「しっかり受け取ったぜ、亀セン! ……変身!」
「晴香の笑顔を奪う奴は、絶対に許さねぇ!」
その状況こそが、尾上を覚醒させた。
強き愛を持つ者にこそ、強き力が宿り、土豪剣は力を与える。この日から、尾上は土の剣士、〝仮面ライダーバスター〟となったのだ。
「晴香! もう大丈夫だ。俺が一生、お前を守ってやる!」
「愛するべきひとがいれば、人は強くなれる。これで、僕も安心して引退できそうだ……」
「何だか緊張するな……」
「大丈夫、似合うよ。さぁ、いこうか」
「ソードオブロゴスへようこそ。仮面ライダーバスター」
「宜しくお願いしますっ!!」
愛する人を守る為、愛する人が生きる世界を守る為の力。若い情熱で掴み取ったその力が、今の尾上を作っている。
「~~ッ! おんなじデス! おんなじデスね!」
尾上の話に、可可もまた感じ入り拳を突き出す。尾上はその意図を汲み取り、優しく拳を出すと互いにぶつけあった。
若い力を認め、守り育てる。亀巳川先生から学んだことであり、
「何するんですか!」
「いやあ、この太刀筋よぉ! 今度試してみようと思ってな。ハハハ……!」
「小説家のやつ、目が点になってたぞ? 言わねえのか」
「飛羽真は、大切なものを失くしてるんです。これ以上あいつから、何も奪わせはしない」
「だから、俺が守るんです」
「あいつはよ、守ってやらなきゃいけないぐらい弱いのかね? ……ったく! 親子そろって頑固だね! 15年前、お前の親父が迷ってたんなら、俺は言ってほしかったけどね」
「俺と戦え、小説家。これが最後だ」
「わかりました。俺……尾上さんと戦います」
「今のお前の全てを見せてみろ!」
「剣が重い……! 強くなりやがったな! だが……」
「次、行きます!」
「可能性か……」
「尾上さん! 迷いがあるんじゃないんですか!?」
「こいつ……。ちったあやるようになったが、剣士としてはまだまだだ! しょうがねえ。俺が面倒見てやるか!」
「今日から俺は、お前らと一緒に戦うって言ってんだよ!」
「それでいいな? ……飛羽真!」
賢人や飛羽真たち若い剣士との関りで、彼はそれをしっかりと実践してきた。
「尾上」
「あん?」
「……なれるんじゃないか。良い教師に」
大秦寺は珍しいほどに素直な笑顔で、今の尾上の姿をそう称した。
「ま、まあな……!」
「なれマスよ! ぜ~~ったい! なれマス!」
「……おう! ありがとな」
思わぬ出会いが、自分の人生に変化をもたらしてくれる。
この出会いもまた、彼らにとって確かに良い変化をもたらしてくれそうだ。
☆ ☆ ☆
「やっと解放されましたね……」
恋の案内で葉月邸を後にしながら、ソフィアは疲れた顔でそう言った。
あの騒動の後、生きていたフラウロスは去っていったが、代わりに葉月家にメイドとして仕えるサヤが飛び出してきて、剣士達三人はひどく問い詰められることとなってしまった。
「感謝する」
凌牙は恋に頭を下げる。不審者であり侵入者であることには違いないためどうするかと思っていた時に、恋が何とか苦しい言い訳ながら取りなしてくれたことで事なきを得て、彼らは解放されたのだ。
「いえ、私こそ」
恋にしてみれば、本当にそうだ。
自宅の庭にいたところから一気に急転直下で正義と悪との戦いに巻き込まれ、命まで狙われた。
そんな状況を切り開いて助け出してくれた彼らは、間違い無くヒーローであった。ならばその礼にはしっかりと応えるのが筋というもの。彼らを庇い立てたくもなるというものだ。
「本当に、恋さんのおかげです! ありがとうございます!」
きっちりと礼をする倫太郎に、かえって恋の方が萎縮していた。
「い、いいですから! 顔を上げてください」
「はい!」
倫太郎が顔を上げると、落ち着ているが勇壮さのある精悍な顔立ちが恋の視界に飛び込んでくる。
「っ……!?」
恋はその逞しさに、思わず頬を染めてさっと顔を背けた。そのさまに、倫太郎は困惑する。
「すいません! 驚かせてしまいましたか?」
「いえ、何でも……!」
「しかし!」
「何でもないです! 本当に何でもないですから!」
「はあ……?」
わからないといった様子で倫太郎が首を傾げたところに、
「まあ、その辺にしておけ。倫太郎」
色々と察したらしい凌牙が、やんわりと割って入る。
「それで、これからどこに向かう予定ですか?」
話を変えようと、ソフィアは恋に微笑みかけた。
「学校です! 私のお友達に、皆さんをご紹介しようかと……!」
「学校ですか! いいですね。学校というと……」
倫太郎も会話に舞い戻る。恋の年頃から、中学生か高校生かはかりかねている様子だ。
「高校です。結ヶ丘……女子高等学校」
「高等学校! 一度行ってみたかったんです、高等学校……! 楽しみです、高等学校!!」
「そ、そんなにですか」
どこかズレた倫太郎の様子に、恋は何事だとうろたえるしかない。
組織の中で純粋に剣士として幼少の頃より育てられてきた新堂倫太郎は、どこか常人とずれたところがある。
図鑑を読むのを好み、何かと目にした物事を正式名称で言いたがるのも、組織の中にいたが故に目にしたことがないものに興味津々であるのも、常人から見ればすべてが変わり者に見えるのだ。
「けど、良い学校ですよ。本当に」
一度落ち着いた後、恋は改めて一同を見回してから想いを馳せるかのように宙を仰いだ。
「最高の、学校です」
「随分と思い入れが深いんだな」
その様子に、凌牙は変わっているなとそう呟く。
彼も倫太郎ほどではないが組織の外に疎いところはあるが、この年頃の子供でそこまで学校を敬愛するというのは珍しいことだということはわかる。
大体の子供は共同生活や勉強の義務に縛られた学校よりも、その外の世界にあるものを好むものらしいということも知っている。
「私は特別かもしれません。何せ……」
恋はゆっくりと、
「母から、受け継いだ学校ですから」
自らの想いを、語り始めた。
☆ ☆ ☆
かつて、表参道と原宿と青山の境の地に、ひとつの寂れた学校があった。
神宮音楽学校。
名前の通りの音楽学校であり、生徒たちはそこに自らの夢を、目標を携えて集っていた。
しかしバブル崩壊後の90年代後半に向かうにつれての景気悪化の煽りと生徒数の減少を受け、学校は廃校が決まってしまう。
廃校とはシステムだ。
経済的な観点から見て、機能維持できなくなった学校を閉じ解体する。その仕組みには、私情や感情など差し挟まる隙は一縷たりとも無い。
しかしそこに集う人間の感情は、夢は、システムで測ることはできない。
当時神宮音楽学校の生徒だった者の中には、慣れ親しみ、愛した学校を存続させようと、部活で行うアイドル活動────〝学校アイドル〟で学校の良さをアピールしようと考えた者達がいた。
まだ、スクールアイドルという概念が社会に浸透するよりも、ずっと前の話だ。
そしてその中に────葉月恋の母、葉月花も、いた。
学校アイドルが何故潮流に抗えなかったのか、神宮音楽学校を存続させられなかったのかという原因を、今になって探ることは難しい。90年代はおニャン子とモー娘。の流れのちょうど狭間に当たるグループアイドル冬の時代だったとか、安室奈美恵やPUFFYやSPEEDのようなアーティスト路線が主流だったとか、〝いいわけ〟はいくらでも思いつく。
ただひとつ言えるのは、彼女達はとても、とても、とても頑張ったということだ。
頑張れば必ず報われるなんて、世間を知ればとても言えない。頑張っても、頑張っても、頑張っても、本当に欲しい結果が得られないことは、ある。
神宮音楽学校は、廃校になった。
しかし、そこにいた人間たちの人生は、そこで終わりではない。どんなに苦しくても、辛くても、その先にまた明日が来る。
時が経ち、大人になった葉月花は、かつての母校の流れを汲む学校をもう一度あの場所に作ろうと尽力し始めた。
それは青春の悔恨への挑戦である以上に────これからの未来を生きる、自分の娘やその先の世代の未来が、明るいものとなるようにしたいからだった。
大人の役目とは、子供が後悔なく自分の道を往けるようにすることなのだから。
かつての仲間にも声をかけ、いよいよ神宮音楽学校のあった場所と旧校舎を母体に新設校────結ヶ丘女子高等学校が生まれようとしていた矢先、花は倒れた。
学校を作るという並大抵の努力では成し遂げられないことに、気力や体力を注ぎこんだのが負担をかけたのかはわからない。
だが結果として、娘の恋が入学するのを見ることのないまま、葉月花は逝った。
学校が無くなっても生徒の人生が続くように、花の人生が終わっても結ヶ丘という学校の設立は無くならない。
後に遺されたかつての同級生の一人が理事長として収まり、そして────実質的なオーナーとして、恋が収まる形になった。
そして学校の門戸は開かれ、いよいよ結ヶ丘女子高等学校の学校としての歩みが始まった。
恋は必死だった。
母から受け継いだ学校を、最良のものにしなくてはならない。守り抜いていかねばならないと、何ができるわけでもない子供の身で必死になっていた。
元より音楽学校の流れを汲むこともあり、音楽科を重要視することが彼女の念頭にはあった。
それ故に、生半可な音楽活動を許さないと、この学校でスクールアイドル活動を行うことに反対した。
これが、彼女とかのん達との出会いだった。
その後も事あるごとに学校でのスクールアイドル活動に反対し、生徒会長となって両学科の調和を約束するという公約を反故にしてまで音楽科偏重の学園祭を行うという姿勢に反発を強められた彼女だったが、ある時かのん達に学校の経営がうまくいっていないことと、葉月家の財政すらも逼迫している事実を知られ、優しい彼女たちは歩み寄りの姿勢を見せた。
そして恋もまた、自身の真意を伝えた。
母のようにスクールアイドル活動をしようと思っていたが、資料が何一つ残されていない事実から、母はスクールアイドル活動への後悔の念を抱いていたのではないかと。
その事実故に、この学校でスクールアイドル活動をしないでほしいと。
はっきり言って恋自身の心情の問題であり、そんなことはかのん達には微塵も関係ない。
けれど彼女たちにしてみれば、知ってしまったその事実に対し、知らぬ存ぜぬと突き放すこともまた出来ないのが事実であった。
逆境の中で、恋は自身が詰め腹を切り生徒たちの非難に晒されることを覚悟で生徒を集め、講堂の壇上へと立った。
そこに、
「待って!」
「葉月さん。私から話したいことがあるんですけど」
澁谷かのんが、颯爽と現れた。
かのんはひとつ気になっていた。
恋から渡された旧校舎の部室の鍵に、もうひとつ一度も使ったことの無い鍵があることに。その鍵に合う鍵穴は────部室の隣の倉庫の、小箱であった。
小箱の中には、凝縮された思い出の時間が詰まっていた。
葉月花は、小箱の中に学校アイドル時代の資料を、記録をすべて詰め込み、恋がいつか開けてくれることを待っていたのだ。
かのんは見つけ出したそれらと共に、恋の心を解いていく。
「さっき、スクールアイドル同好会の部室で、このノートを見つけました。この学校が出来る前、ここにあった神宮音楽学校の生徒達が書いたものです」
「その生徒達は廃校の危機が訪れた時、アイドル活動で生徒を集めようとしたのです」
「その時の日誌に、こう書いてあります。『学校でアイドル活動を続けたけれど、結局学校はなくなることになった。廃校は、阻止できなかった』」
「『でも、私達は何一つ後悔していない』」
「えっ……?」
「『学校が、一つになれたから。この活動を通じて、音楽を通じて、みんなが結ばれたから』」
「『最高の学校を、作り上げることができたから』」
「お母様……!」
「『一緒に努力し、一緒に夢を見て、一緒に一喜一憂する。そんな奇跡のような時間を、送ることができたから』」
「『だから私は、みんなと約束した。”
「『音楽で結ばれる学校を、ここにもう一度作る。それが私の夢。どうしても叶えたい夢』」
「……この学校を作った葉月さんのお母さんは、音楽で結ばれることを望んでいたんだよ」
「この学校は、その夢を叶えるための学校。普通科も音楽科も、心が結ばれている学校」
「スクールアイドルは────お母さんにとって、最高の思い出だったんだよ」
「最高の……思い出……」
その瞬間、恋の脳裏に幼き日の母との想い出が蘇ってきた。
「恋。スクールアイドルは……」
「お母さんの、最高の思い出」
「お母様……! お母様……」
葉月恋は、泣いた。人目もはばからず泣いた。
母の人生は、悔恨にまみれて終わった絶望の物語ではなかった。
努力した想い出を喜びとし、娘や未来を生きる子供たちに道を開いた、希望の物語だったのだと。
この件を切っ掛けとして、恋の心が、結ケ丘の未来が開けた。
恋は音楽科と普通科が手を取りあうことを何よりも大事にすると誓ったし、かのんを筆頭とした普通科の生徒達もそれに応えると誓った。
「結ヶ丘」の名を関した場所で、ふたつの意志が手を繋ぎ、心を結んだ。
「葉月さん……。ううん、恋ちゃん」
「一緒にスクールアイドル、始めませんか?」
「今まで澁谷さんたちの邪魔をし続けてしまったわたくしに、そのような資格は……」
「私、恋ちゃんと一緒にスクールアイドルとして歌いたい。この学校のために……いや」
「この場所で作られた、たくさんの想いのために!」
「ありがとうございました!」
「私たちは結ヶ丘女子高等学校の……スクールアイドルです!」
母から受け継ぎ、そして仲間と出会うことで形となった、〝結ばれる想い〟。
葉月恋の人生は、ここから本当に始まったのだ。
☆ ☆ ☆
「……いい、話ですね」
倫太郎は涙ぐんでいた。
ちょっとでもボタンの掛け違えが起これば、今こうして彼女が幸せに過ごしていることは無かったであろう、奇跡の物語。
親から受け継いだ想いを、仲間と出会って形にしたという事実への感動。純真な彼の胸を打つには充分であった。
「そんなに良い話でもないです。かのんさん達には、色々と迷惑を……」
「けれど今、あなたはこうして私達にそれを話すことができている」
ソフィアはその心を受け止めるかのように微笑み、
「それは、よいことだと思います」
優しく、肯定する。
「受け継いだものを、更に先に進める」
凌牙も静かに頷き、
「その若さで、大したものだ」
恋の想いのほどを、感じ取っていた。
「僕達も……そうですからね」
倫太郎は涙を拭き、自分達の話を始めた。
☆ ☆ ☆
何百年、何千年と続くソードオブロゴスの剣士達の戦いは、常に先人からの継承によって脈々と受け継がれてきた。
それは組織の黎明において、初代マスターロゴスがビクトールから想いを継承した時から、ずっとだ。そして剣士たち一人一人も、誰かからの想いを受け継ぎ、心に留めていた。
両親を亡くし組織に育てられた新堂倫太郎にとって、組織とはまさに家族そのものであった。師匠であり先代の水の剣士であった長嶺謙信を親代わりとし、教育を受けて剣士として育ってきたのだ。
だが謙信は、メギドに殺された。
その下手人はその当時は知る由も無かったものの、倫太郎が青年として成長し飛羽真たちと共に戦うようになった頃、はっきりとする。
「ほう……。水の剣士か、前にもいたなァ。真っ直ぐで気骨のある奴だったから、覚えてる」
「あっ……!」
「15年前に、俺様がズタズタに切り刻んでやったがなぁ!!」
「貴様だったのか……! よくも師匠を……」
「こいつは……僕が倒さなきゃならないんです!!」
「つまらん。殺す価値もないな。ほぉら? 帰ってママに、慰めてもらえ」
「うおおおお──っ!! うわぁぁぁぁぁ────っ!!」
動物の属性を備えるメギドの幹部、ズオスは嘲るようにそう言った。その当時の倫太郎の剣では、ズオスの強さには届かなかった。
やがて賢人がカリバーに斬られた一件に加え、飛羽真が組織を出奔したことで、倫太郎は何を信じればいいのかわからなくなっていった。
「俺は、ソードオブロゴスを信じられないんです!」
「聞いてくれ! 皆は組織に騙されてるかもしれない!!」
「もうそれ以上言うのはやめてください!! 組織は騙したりしません!」
「組織は僕を育ててくれた……僕の家族なんです!!」
「上條さんは、やり方を間違えた。だけど、あの時俺に託した言葉は命がけのものだった」
「ウソをついてるとは思えないんだ」
「飛羽真くん! 僕達と戦うことになりますよ!」
「問題は、組織の中にいる真の敵だ。本と聖剣を集めて、メギドと同じことをしようとしている。倫太郎にそれを……!」
「組織の中に真の敵などいません!」
組織の中に敵がいる。その言葉は、倫太郎にとっては受け入れがたいものだった。
組織とは自分の全てであり、自分の親であり、家族なのだから。それを否定されることは、己のアイデンティティを、自分に何かを託してきた人々を否定されるも同然であった。
だが戦いの中で、倫太郎は受け継いだものだけでなく────
「この世界に……何もかも同じ人間なんかいない!」
「マミさんもレミさんも、誰もがみんな、それぞれ違う夢や未来を持った……一人一人特別な価値がある人間だ!!」
「絶対に、救う!」
「飛羽真くんが……救ったんですね」
今確かに、目の前で戦う飛羽真の覚悟を見届け、感じ入っていた。その姿には、邪心や野心など微塵も感じられないと。
加えて組織の上層部の命によりソフィアが監禁されていた件、当時はマスターロゴスの側近であったデュランダルの猛攻を受けた件などもあり、倫太郎の心は揺らされていく。
そんな中、飛羽真の担当編集者であり、剣士達にとってもよき協力者であった須藤芽依がズオスの手によりメギドにされるという事件が起こった。倫太郎は芽依を救おうとするも、メギドを分離することのできない自身の剣の未熟さ、不甲斐なさに苛立ち、迷いのままに戦うしか無かった。
そこに、
「あいつは俺にやられるのが怖くて、逃げ出したのか?」
「違う! 倫太郎は、お前なんか恐れはしない! 必ず来る……! 俺は信じてる!」
「信じる、だとォ? お前を最後まで信じなかったって聞いてるぜ!!」
「いや、信じてた! だから倫太郎は苦しんだんだ。あいつはそういうやつなんだ!」
「僕は……どうしたらいいのか、わかりません」
「まだそんなことを……」
「僕と、立ち会ってください。僕は剣士です。剣を振ることしかできない」
「僕と、剣を交えてください」
(感じる……! 剣を通じて、飛羽真くんの想いが!)
(倫太郎……! 俺は、お前を信じてる!)
「飛羽真くん……。ありがとうございます」
「いや……。俺こそ、ありがとう」
飛羽真が心を預け、剣を交えてくれることで……倫太郎は、自身の戦う理由を、芽依が自分達の中で大きな存在であることを実感し、戦う覚悟を決めることができたのだ。
「絶対に、救う!!」
「……ありがとう」
「『ありがとう』は、笑顔で言うもんだ!」
「顔を上げろ! 須藤芽依!!」
「俺が芽依ちゃんを守る……。約束しただろ!」
「物語の結末は……僕達が決める!!」
「やったな。倫太郎」
「はい、飛羽真く……」
「え? えっ?」
「飛羽真!」
「ああっ、二人だけずるい~! うちのこと、『芽依』って呼んでもいいんだよ!」
「……皆さんが、僕の家族です」
芽依を救った後は、ノーザンベースでズオスと最後の決戦を果たし────
「僕はもう……とっくに気づいています。ただ、僕の覚悟が足りなかっただけです!」
「今僕が、守るべきものは……!」
「ここにいる!! 仲間達です!!」
「仲間がいれば、人は強くなれる……! 僕の生きる世界は、僕の大切な人たちで出来ているんです!」
「だから僕は、目の前にいる大切な人たちを守り抜く……強い剣士になるんだ!!」
(感じる……! この力は、歴代剣士たちの想いの結晶!)
「ズオス! 誤った道を歩み、化け物になったお前に、剣士達が紡いできた意志が負けるはずがない!!」
「強ぇじゃねか……。またやろうぜ」
「師匠……。やりましたよ」
ズオスを倒すことで師匠の仇を討ち、完全に剣士として一皮むけた。
「組織は今でも大切です。けれど受け継いだものだけに縛られていては、見えないものがある」
その言葉に、恋ははっとなる。それは、自分も同じだったからだ。
受け継いだものを大切にする余り、今周りにあるものが見えなくなりかけた。
けれど、仲間がそれを見えるようにしてくれた。
なるほど、新堂倫太郎と葉月恋は、その点で非常に近しいのかもしれない。
「わかります……! すごく」
「お前自身も、色々と周りの目を開かせた方だぞ」
凌牙は、恋の目を輝かせるだけはある倫太郎の凛々しさを改めて目の当たりにし、うむと頷く。
組織を絶対と考え、先人の意志を守り抜いてきたという点では凌牙は倫太郎以上に頑なであった。常日頃からの鍛錬を忘れず剣士として研鑽を重ね、マスターロゴスの矛となり、盾となる。
世界の平和を守る組織の長とは、絶対なのだからと信じ、戦ってきた。
その為ならば、同じ組織の剣士にも剣を向けることすら厭わないほどに。倫太郎が話した通り、
「組織の正義を歪める者は、絶対に許せません! 例えそれがマスター……。あなたであっても!!」
「ここは神聖なる王の間。貴様如きが剣を振るっていい場所ではない」
「誰だ!?」
「マスターロゴス直属の剣士、神代凌牙。またの名を……仮面ライダーデュランダル」
「マスターへの反逆は重罪! その命で償え!」
「倫太郎に何をした!?」
「裏切者を、粛正したまで」
「マスターロゴスは全知全能の書を手に入れて、何をするつもりだ!?」
「知る必要はない! マスターなら、清く正しく力を使うだけ。我々が正義だ!」
「お前達も水の剣士と一緒だ。あの弱い裏切者のように無様に涙を流し、俺の剣にひれ伏せ!」
「倫太郎は弱くない……! あいつは仲間の為なら命だって張れる、誰よりも強い剣士なんだ!!」
最初に倫太郎や飛羽真達と出会った凌牙は、絶対的な組織の意志として彼らに立ちはだかる相手であった。
だが飛羽真達の活躍を見ていき、さらにマスターロゴスが儀式によって力を手にし邪心を隠さなくなったことで、凌牙は玲花と共に元マスターロゴスを見限った。
「どうしました? 怖い顔をして」
「聞きたいことがあります。……あなたはまだ、『マスターロゴス』ですか?」
「ハハハハハッ……! 私を『マスターロゴス』などと呼ばないでください。私はこの世界を破滅へと導く、神!!」
「そうか。それを聞いて安心した」
「マスターじゃないなら、神代家の名にかけてお前を粛正する!!」
「一緒に戦わせてもらいます!」
「……お前達の助けなど必要ない!」
「そんなこと言ってる場合じゃない! あいつを止めて世界を救う、今考えることはそれだけのはずだ!」
「……いいだろう!」
マスターロゴスへの忠誠は、あくまで彼が世界を守る組織の長であるからこそ。
その役目を放棄し世界に対して牙を剥くというのならば、戦わないという選択肢はない。
途中、異世界に飛び世界海賊ゾックス・ゴールドツイカーと張り合いながら肩を並べたりしつつ、彼は最後まで頼りになるいち剣士として、戦列に加わってくれた。
戦いの後、彼は倫太郎と剣を交え、その覚悟を認めつつ伝えた。
「新堂倫太郎! 少し顔を貸せ」
「立ち合わなければならないのですか?」
「俺を怒らせるな。本気で来い」
「わかりました……。全力で行きます!」
「お前は強いな……。今まで、悪かった」
「新たなマスターロゴスは、お前のような男がなるべきだ」
「ありがとうございます……。ですが、組織の在り方を今一度考え直すべきだと思います」
「大切な人たちを、守る為にも」
「……そうだな。いつまでも、掟に縛られる必要はない」
結果として現在のソードオブロゴスは合議制となりマスターという絶対的権力者を廃することになるのだが、この時点で凌牙はそれほどに倫太郎を認めていたのだ。
仲間に目を開かされた倫太郎がまた、凌牙という剣士の振るう剣が正しくあれるよう目を開かせる。そこには、美しい連鎖があった。
「感謝している」
「いえ! 僕の方こそ……」
互いに頭を下げあう凌牙と倫太郎の生真面目さとその所作のどことないおかしさに、恋はふふっと上品に笑った。
「ですが、受け継いだものもやはり大切です。特に、もう逝ってしまった人達から受け継いだものは」
ソフィアは笑みを見せつつ、想いを馳せるかのように宙を仰ぐ。
考えてみれば、ソフィアという存在が剣士カリバーとしてこの場に立つこと。それ自体が奇妙な縁ではあった。
元々彼女は、マスターロゴスの手によって人工的に造られた存在だった。
本来ワンダーワールドの力を手にするには、世界を繋ぐ存在となる女性に選ばれる必要がある。
2000年前に選ばれたビクトールもそうであった。だが当代のマスターロゴスはその出現を待ってはいられないと、世界を繋ぐ存在を人工的に自らの手で作ることを思いついたのだ。
人を造る方法を記した禁書の力を使い作られたそれは、諸々の条件が揃うまで目の届く範囲で飼っておく存在となり、ノーザンベースの剣士たちを見守る守護者の役割を与えられた。
やがて彼女は、ソフィアと名づけられた。
「マスターロゴス。剣士たちを連れてまいりました」
「よく来てくれました。セイバー。カリバー。ブレイズ。エスパーダ。剣斬。バスター。そして彼が……?」
「はい。新たな音の剣士……。〝スラッシュ〟」
「大秦寺哲雄です。祖父は、聖剣の刀鍛冶でした」
「それと、バスター。後継者を育てているようですね」
「えぇ、近いうちに、此処に連れて来る事になりそうです」
「カリバーも彼に会ったそうですね。どうでしたか?」
「素質はあるとは思いますが、継承するには少し時期尚早かと……」
「音銃剣の修復を、急ぎます」
「お前は焦ることねぇ、どんな奴だろうが俺だけで十分だ」
「そういえば、間も無く出産予定日ですね。どうですか、父親になる心境は」
「いまだに実感がねぇよ……。性別もまだ、わからなくて」
尾上が剣士に選ばれたばかりの頃には既に守護者としてノーザンベースにいた彼女は、現在の剣士たちの先代となる者たちを見守り────そして、喪ってきた。
先代カリバーであった隼人の事件。
それに伴う、デザストの手による先代エスパーダと先代剣斬の殺害。
ズオスの手にかかった先代ブレイズ。
行方をくらました先代セイバー、上條大地。
それでも彼女は自らの責を果たそうと、ノーザンベースの守護者であり続けた。
逝ってしまった先代の剣士たちの想いを受け継ぎ、当代の剣士たちを見守ること。それこそが自分のやるべきことであると信じて。
尾上が当代のバスターとして立派なベテランとなった頃、先代バスターである亀巳川も老齢により亡くなり、その一方で倫太郎や賢人のような若い剣士たちが育ち、剣士たちの世代交代を彼女ははっきりと実感していた。
その中で、火炎剣烈火の目覚めと神山飛羽真が炎の剣士セイバーとなった一件が起こり、彼女の運命も変わり始める。
突如現れたカリバーの正体が行方をくらました上條大地であったこともあり、ソフィアは真相を知りたいと積極的に動いていった。最も、
「お久しぶりですね、上條大地」
「まさか、あなたが闇の剣士になり代わっていたなんて……。何か理由があるのですよね?」
「そういうところ、昔から変わらないな」
「あなたは、変わってしまったのですか? あんなにも誇り高く……」
「私は全てを捨てた。そして真理を手にする」
「なぜ二人が一緒にいる!?」
「エスパーダ!?」
「まさか……裏で繋がってたのか!? 組織が父さんに罪を着せたのか!?」
「違います! あなたはとんでもない誤解を……!」
それが賢人を動揺させもしたが。
飛羽真が上條の真意を掴んだ頃には彼女もマスターロゴスの手により世界を繋ぐ存在の代替品として再び厳重な監視下に置かれることとなり、不自由な日々が続いた。
マスターロゴスが本物の世界を繋ぐ存在であるルナを使ってソロモンの力を手にしてからは、ほとんど用済みとばかりに歯牙にもかけられなくなった。
だが、彼女は最後の最後で大役を果たす。
賢人が雷の剣士エスパーダとして戻ってきてから空席となっていた、闇黒剣月闇の使い手である闇の剣士カリバーとして、戦列に加わったのだ。
それはストリウスの起こしたワンダーワールドの崩壊に伴う存在の消滅を闇黒剣の結界によって止める為というのが第一にあったが、それだけでなく、隼人や上條といった、闇黒剣の使い手たちの覚悟を、生き様を目の当たりにし、受け継いだ彼女だからこそ出来ることであった。
(若い者の未来を、守るんだろ?)
(いけるよな?)
「……はい。共に戦ってください!」
彼女の戦いぶりに力を貸した隼人と上條の魂という存在は、まさに受け継ぎ、先に進める為に戦う彼女の存在があったからこそ、であろう。
「お母様はきっと、見守っていてくれていますよ」
自らの体験を以て、ソフィアはそう結んだ。
人は死ぬ。それはどうしようもなく、平等に訪れる。
だが彼らの生きた証は、今この場に生きる者たちがその想いを受け継ぎ、先に進めることでずっと、未来まで続いていく。
学校を守り開かれた場所にするのも、世界を守り未来を作るのも、等しく価値があることだと。
「ありがとうございます……!」
恋は壮大な話が最後に自身の体験と絡めて話を結ばれたことに、驚きつつも光栄に感じていた。
それと同時に、改めて目の前にいるこの三人が、とても頼もしいだけでなく、親しみやすい存在に感じられた。
「恋さん」
倫太郎は恋の前に、改めて立つ。
「僕達をすぐに信じることは難しいかもしれません。けれど、同じ受け継いだ者同士……通じ合うものはあると、僕は信じています!」
実直で、悪く言えば嘘がつけないその性格。だが、それでいい。それがいい。
少なくとも、葉月恋という少女相手には、それが一番適切だ。
「……はい!」
恋には、そう答えるのが精いっぱいだった。
目の前でどうか信じてほしいと佇む倫太郎の姿に、彼女は頬を染め、直視できないと思わず目を逸らしてしまっていた。
「なるほど」
「うーむ」
ソフィアと凌牙はその意図に触れ、これは大した事態だと思わず笑いがこぼれていた。
春の風が、彼らに優しく吹きつけていた。
☆ ☆ ☆
火炎。爆炎。豪炎。
言いようもないほどの激しい炎が、街中の公園には不釣り合いな勢いで燃え続けていた。
「あの……」
澁谷かのんは、目の前で佇むセイバーに、何と声をかけようか迷っていた。
その時だった。
「う、む」
苦しそうな、しかしそれでも朗々とよく通る声が、公園に響く。それと同時に、非常に〝奇妙〟な光景が広がっていた。
剣の一撃を受け、内に注がれたエネルギーを爆裂させたフェネクスの身体は、ぼろ屑同然に焼け焦げ、地に倒れ伏していたが……その身体を中心に円を描くようにして、周りの炎が渦を巻いた。
やがてそれは中心のフェネクスの身体に集まるかのように円を小さくしていき、しまいにはフェネクスの身体を包み……今以上に、その身を焦がす。
燃えて、燃えて、燃えて、その身を焼き尽くす。
「おい!!」
セイバーは慌てて駆け寄り、かのんも思わず後に続く。
二人はあまりの事態に、思わず炎の中にいるフェネクスに手を伸ばしていたが、
「ああ……あ、ああ……」
それは、無用な心配だった。
炎に包まれたまま、焼け焦げたぼろ屑はゆっくりと立ち上がった。手を伸ばしていた二人は手を伸ばした姿勢のまま、ぎょっとして立ち止まってしまっていた。
「おはよう、新しい『わたし』。そしてありがとう、今までの『わたし』」
意味がわからないそんな一言の後に、真っ黒な人型のぼろ屑の頭の中で、キロッ!と白い双眸が、まるでそれだけが焼けていないかのように見開かれた。
あまりにも恐ろしいその姿に、かのんはきゃあああああっ、と絶叫してしまっていた。まるで夜中のベッドで寝返りを打った瞬間、白い顔で睨みつける怨霊と目が合ったかのように。
「そんな声を上げるな……」
炎の中の人型のぼろ屑が、やがて崩れていく。
いやよく見れば、それは崩れていくのではなく、剥がれ落ちているのだった。炎を纏った黒い消し炭がぼろ、ぼろぼろと地面に落ち、黒ずんだ灰の山が出来る。
そしてその動きが止まった時、そこには黒い灰の山の中心に、一糸まとわぬ人間の女の姿で立つフェネクスの姿があった。
しみ一つない白い裸身を惜しげもなく晒し、フェネクスはどこか恍惚とした笑みを浮かべていた。
「これ、は」
小説家でありながら、セイバーはそれ以上の言葉を、二の句を継げずにいる。
「強いな」
そう言いつつフェネクスは腕を上げると、周りの灰を舞い上がらせた。
それらは彼女の白い肌にざ、ざざ、と這うようにして纏わりつくと、やがて元のようなドレスを形作った。
全てが、元通りだ。
「そうでなくてはな。火炎剣烈火は、強くなくては」
フェネクスは一度倒された憎しみや怒りではなく、やはりどこか満足するかのような調子でセイバーの剣の勢いを評していた。戦っていた時と、同じように。
「澁谷、かのん」
フェネクスはゆっくりと、しかしはっきりとした動きでかのんを指し示す。
先程のおぞましい光景がフラッシュバックし、かのんはヒッと声を上げた。セイバーはすぐさま、彼女を庇うかのように間に入り立ちはだかる。
「もう少しだけ、物語を紡いでいてくれ。預けるぞ、【主人公】」
歌うような、ささやくかのような、ゆったりとした、しかし朗々たる声。それでいて、優しさや勇ましさは微塵も感じない。かのんを完全に下に見て、生殺与奪を握っているぞとはっきりと伝えている、余裕の嘲りだ。
「これ以上、手を出させるか!」
セイバーははっきりとそう叫び、足を踏み出していつでも飛び出せる姿勢を整える。
真意こそはかりかねるものの、炎の中から再生し、なおかつ戦う力を持たないかのんを狙っているとなれば、それを全力で阻むしかない。
だが、
「……言っただろう、『もう少しだけ』と」
からかうような、呆れたかのような調子で、フェネクスはくすくすと笑った。
少しだけ、飛羽真の覚悟を
「それでは」
瞬間、また激しい炎がぼうっ、と点火するかのように燃え上がる。
その炎はフェネクスを包み、揺らめき……やがて、彼女の姿は炎の中にとけるようにして消え、それに連動して炎も小さくなっていく。そして、小さく、小さくなった後に……炎は、消えた。
何もかもが、戦いの前と同じ状態に戻っていた。あの戦いは夢だったのかと、そんな気すらしてくる。
しかしながら、フェネクスの炎に暖められた春にしては熱すぎる空気が、彼女が確かにここにいたのだということを示していた。
それに、戦いの前後で変わったものはもう一つある。
「……大丈夫か!?」
「こっちの台詞ですけど!?」
神山飛羽真と、澁谷かのんの間にある信頼だ。
変身を解いて向き合った飛羽真に、かのんはそっちこそ飛び出して火球を受けたりしていただろうと心配しつつツッコんでいた。
「俺は大丈夫。それより、本当に……」
「私、は」
一瞬、また先程の光景を思い出す。
不気味で、恐ろしい。鬼気迫る命のやり取りが、あの瞬間にはあった。だが、
「大丈夫です」
はっきりと、そう答えられる。
「よかった」
目の前でそう朗らかに笑う青年が、大きく、強く、頼もしく見えるから。きっと、大丈夫だ。
「俺は神山飛羽真、小説家なんだ。よろしく」
「はあ、どうも……。よろしく、お願いします」
優しく手を差し出された飛羽真の手を、かのんは握り返した。
本来ならば繋がれることの無かった二つの手が、今この瞬間、確かに繋がれた。
「というか、小説家?」
「ああ」
「小説家って、剣を持って変身するのが仕事でしたっけ」
そこはかなりの疑問だった。剣を持ってそれを振るう男が小説家だと聞いて、飲み込める方が少数派だ。
「まあ、『ペンは剣よりも強し』なんて言うけれど……ペンを持つ人間が剣も持ったら、もっと強いってことで」
「うまいこと言ったつもりなんですか、それ」
「スベったかな?」
「……うまいこと言ってるな、って思いました」
ははっ、と飛羽真は思わず笑ってしまっていた。
小説家というだけあって、言葉の選び方や会話の軽妙さにもキレがある。別に剣を持っているから斬れがどうこうとか、そういうわけではなく。
「ところで」
「はい?」
「あいつは、君を狙ってる」
そうはっきりと告げる飛羽真の顔は、また戦士のそれに戻っている。
「なんで、なんですかね」
「わからない。今は」
かのんの問いに対して、彼はそう真摯に答えた。
「だから、この事態を解決するまでは……君を守らせてほしい」
その眼差しはどこまでも真っ直ぐで、嘘偽りがない。守らせてほしい、それは真意なのだろう。だが、
「その前に、あなたが何なのか聞かせてほしいんですけど」
それはもっともな言葉だった。
何せ出会ってすぐにあの激闘だ。一応名前は聞かせてもらったが、何故剣を振るうのか、何故変身できるのか、何故戦うのかなど疑問は尽きない。
それを聞かずにただ守ると言われても困惑するしかない。
「……そうだね。ちゃんと話そう」
飛羽真がそう言った時だった。
かのんのスマホが、LINEのメッセージ通知を鳴らしたのだ。
慌てて見てみると、Liella!のグループにすみれから話したいことがある、とメッセージが届いていた。
ちょうどいい機会かもしれない、とかのんは思った。こんな不思議な案件は、仲間達とも共有しておくべきだろう。
すぐさま、「私も話したいことがあって」とメッセージを返す。すると他のメンバーも話が、とわらわらとメッセージを送ってきたので、あっという間に学校に一度集合しようという話がまとまった。
「その、じゃあ……今から友達に話すんで、私の学校まで来てもらっていいですか?」
「友達……。Liellaだね?」
「え、ああ、はい」
それはその通りなのだが、すぐさまLiella!のことだとわかるのが不思議だった。
先程もかのんの過去を少し知っているような口ぶりで、そこは何となく気味が悪い。
とにもかくにも公園を後にすると、二人は結ヶ丘へと向かい始めた。
飛羽真は飛羽真で、何と伝えるべきかと答えあぐねていた。
以前のアスモデウスの一件の際には『ゼンカイジャー』の物語の中の人物たちに物語の中には世界があり確かにそれは現実だという話をしたことはあるが、あれはゼンカイジャーたちが複数の世界を観測し戦う戦士たちの物語の中の人物だったから受け止められた、というのも大きい。
ひとまずは、「君達の物語を読んだ」という事実はすぐには伝えないようにしてゆっくりと話をしていこう、と彼は判断した。
作家である以前にいち読者として、彼女達の物語は楽しかったとそう言える。かのんはしばし訝しげな顔をしてはいたが、
「それじゃあ、話そうかな。俺のことを」
何よりもまず、言葉から。会話から。文字一つでも。言葉一つでも。
何かを発信することで、状況は変わる。
それから飛羽真は、道を行きながら語って聞かせた。
自分が〝他の世界〟から来たこと。
剣士達のことを。
ワンダーワールドのことを。
自分が聖剣を手にした日のことを。
仲間達と共に戦った日々のことを。
かのんは相槌を打ちつつ聞いていたが、次第にその様子にも熱が入ってきた。飛羽真の語り口、要約が非常に上手かったのは勿論だが、何よりも……
飛羽真達の物語は、〝面白い〟のだ。
崩壊の運命が決まっている世界を変える気骨を発揮し、己自身を成長させ変えていく。そんな
「こうして、皆の想いが新しいワンダーワールドを作ったんだ」
「……」
飛羽真の話が一区切りついたが、かのんはしばらく黙り込んでいる。
「かのんちゃん……?」
飛羽真はどうしたのだろうかと恐る恐る尋ねたが、
「~~ッ! すごい!」
意外にもかのんは、目を輝かせていた。
「えっ」
「すごくないですか、それって! 世界の運命をかけた戦い? 想いから生まれた物語? そんなお話の中みたいな世界があったんだ……!」
(お話の中、かあ)
飛羽真にしてみれば、かのんもまた〝お話の中〟の存在なのだ。
世間を轟かせるアイドルの大会に出場し、仲間と共に世界を響かせる主人公。まるっきり物語じみている……とまで思ったところで、彼ははたと気がついた。
飛羽真にとってはもうあの超然とした戦いも日常だが、かのんにとっては未知の壮大な物語。
逆にかのんにとっては日常であるラブライブに挑む戦いも、飛羽真にとっては未知の壮大な物語。
知らない世界の、自分の中では体験しえない経験は、それだけで好奇心をくすぐられるものなのだと。
かのんがこれだけ興味を示したのも、納得がいく。飛羽真もまた、アガスティアベースにてかのんの物語を読んだ時に心惹かれたのだから。
これは同じように戦いの中の物語に生きているゼンカイジャーや、他の戦士たちとの出会いとはまた違った形で得られた気づきだった。
だから、
「ああ。そんな〝物語の中の世界〟から、俺は来たんだ」
互いの物語を交わらせるかのような形で、彼は笑いながらそう言ってみせた。
「とにかく、すごいなあって!」
「ありがとう。俺にしてみれば、君達Liellaの活躍も、『すごいなあ』なんだけどね」
「活躍……!? いや、活躍ってほどじゃ」
改まってそう言われるとなんだか、とばかりに、かのんははにかむ。
「仲間を集めてスクールアイドルグループを作っていき、皆で大会に挑んだ。それはすごいことだと、俺は思う」
「すごいこと、かあ」
飛羽真の真剣な眼差しでの一言にかのんはしばしその言葉を反芻するが、
「────ッ」
やがて〝なにか〟を思い出し、一瞬唇を噛む。
「どうかした?」
飛羽真は慮るかのように問う。だが実のところ、彼女の物語を読んだ彼には、その態度の意味が一瞬で理解できてしまっていた。
「いや、その……私達、去年は結局、優勝できなかったですから」
(やはり、か)
飛羽真が読んだ第一部のラストでは、彼女達は敗北を経験し、応援してくれた人たちや頑張った仲間全員の想いに報いたいと翌年の優勝への決意を新たにする。
そこから先は第二部に続く為どうなるかはまだ読んでいなかったが、その悔しさはちょっとやそっとで消えるものではないというのは確かだ。
「悔しい、よね」
「……はい」
それを指摘しないでよ、という意図も見えるかのんの表情。だが、あえてだ。
時には見える地雷を踏まずに済ませるのではなく、丁寧に扱うこともまた重要だ。
「そんな時、どうする?」
「どう、するって」
「俺は悔しい時や、壁にぶつかった時」
(聞こえる……)
(俺達の、想いを……)
(求める声が……!)
「ルナ……!」
“ワンダーオールマイティ!”
「信じる力が……未来を変える!!」
「僕は僕を……絶対に諦めない!!」
「俺は……俺の思いを貫く!!」
「物語の結末は……俺達が決める!!」
「仲間と乗り越えてきた。自分一人じゃ見えないものを、仲間が気づかせてくれた」
物語の中の人物と読者ではない。一人の人間と人間として、飛羽真は彼女と向き合いたい。
「君は、どうする?」
「私は……」
悔しい時。壁にぶつかった時。
そんな時、
「このステージに立って」
「この景色を見て」
「私は胸を張って言えます!」
「結ヶ丘の生徒になれて良かったって! ────この学校が、一番だって!」
「折角皆が協力してくれたのに、何もお返しできなかった。皆が協力してくれたのに……何も返せずおしまいになっちゃった!」
「勝ちたい……!」
「私、勝ちたい! 勝って、ここにいる皆を笑顔にしたい! やった、って、皆で喜びたい!」
「私達の歌で、Liellaの歌で、結ヶ丘の歌で優勝したい! いや……」
「優勝しよう!!」
「当たり前でしょ……!」
「Liellaはこんなところで終わりまセン……!」
「私は最初から、そのつもり」
「結ヶ丘は、一番の学校です」
「結ヶ丘女子高等学校、スクールアイドル、 Liella! これからもっともっと、たくさんの人に歌を届けよう!」
「Song for Me!」
「Song for You!」
「────Song for All!!」
「友達と、乗り越えて、きた……!」
その一言は、まるで一歩一歩大地を踏みしめるかのようにゆっくりと放たれた。
事実を噛みしめて、それを確かに認識していく。
同じだ。
剣士として戦うことと、スクールアイドルとして歌うこと。共通点や似通ったところなどひとつもないように見えて、その実それらは本質的に繋がっている。
事を為すために仲間と肩を組み、力を合わせるというその一点で。
だよね、と飛羽真は微笑んでいた。
かのんの答えを導いてあげたというよりも、答えはかのんの中に最初からあったのだ。そして、かのんがそれに気づくだろうということも。
彼女の物語を読んでいれば、彼女がいかに仲間を信じ、仲間の手を取り、仲間と事を為してきたか。その物語を、本当に楽しませてもらったのだから。
「おんなじ、だったんですね。私達」
「だね」
そう笑うかのんは、今までで一番いい笑顔だった。自分とやり方や生きる世界は違えど、同じベクトルを進む相手とわかったが故の、心からの笑顔だった。
「そんな君と、君の仲間を、俺に守らせてほしい。……いいかな?」
その答えは、
「はい!」
もう、決まっている。
「よろしく、お願いします」
かのんは手を差し出していた。自らの安全を預けるという、意思表示。飛羽真はそれを、
「ああ。よろしく!」
しっかりと、握り返した。互いに握った手と手から、熱が、命の拍動が伝わる。
本来ならば交わることすら無かった人生が、重なった瞬間だった。
そこから二人は、ただひたすらに言葉を交わしながら結ヶ丘へと向かった。
何気ない普段の生活の話、食べ物の話、好きなものの話など。中でも飛羽真が太宰治をヒーローと尊敬している話などは、殊更に盛り上がった。異世界でも太宰治の存在は共通しているのか、という気づきもある。
「教科書で『走れメロス』しか読んだことないなあ。『蜘蛛の糸』もでしたっけ」
「それは芥川先生だね……。一度は読んでみてほしいな」
「こう、ブンゴー? って感じの昔の作家さんの本ってどうも堅い感じがある、っていうか……。あはは」
かのんも本を読まないわけではないが、やはり令和の世に生きる若人には明治大正の世を駆け抜けた文豪たちの文学は少々とっつきづらいところはある。
ましてや太宰のような屈折したところのある作家の作品群ならば猶更だ。
「まあ、読みたい本から読んでいくのが一番いいからね」
飛羽真は笑みを崩さない。飛羽真自身は仕事だけでなく表現、人生の発露として小説を書いてはいるが、読者がそれをどう受け取るかは自由。
娯楽として一時の暇つぶしに消費されることも、教科書の如く読み込みそこから学術性を見出すのも、読み手に委ねられるのだ。
名作、とは千差万別の読み手の価値観に広く訴えかけ、波及するだけの間口があるというだけのこと。どんな名作とされた作品でも、読んでみれば刺さらないということは普通にある。
まずは読みたいもの、刺さりそうなものを第一に手に取り、本を読むことそのものを楽しんでもらうのが一番よいのだ。
そんな他愛もない話を続けていた最中、
「着きましたよ!」
いよいよ結ヶ丘の校門が見え、かのんは弾んだ声でそう言った。
「ここが……!」
飛羽真が読んでいた、アガスティアベースの『ラブライブ! スーパースター!!』の本に挿絵はない。だから彼もかのん達の容姿や街の如何は地の文から想像するしか無かったのだが、有体に言って、
「想像以上に、いい場所だ」
そう言わざるを得ないほどに、良い学校であった。
落ち着いた立地、きれいな校舎、都内にしては澄んだ空気。
そして何より、若さの可能性からくる活気にあふれている。かのん達〝主人公〟以外にも、沢山の人生という物語が生まれそうな場所だと、飛羽真はそう感じていた。
「どうしたんですか?」
そんな飛羽真の諸々の感想を知る由もないかのんは、先に校門をくぐった自分の後に続かずしばし校舎を見つめている飛羽真を不思議そうに見つめる。
「ああ、いや」
飛羽真がそう返した時だった。
校舎の方から、先に到着していたのであろう四人組が彼らの方へと歩いてきた。
「倫太郎!?」
「恋ちゃん!?」
新堂倫太郎、神代凌牙、ソフィア、葉月恋の四人だった。そして、
「あ、飛羽真!?」
飛羽真の後ろから声がかかる。飛羽真達が来た道の後から、緋道蓮、ユーリ、平安名すみれの三人が歩いて来ていたのだ。
「かのん!」
向かい側の道からは、唐可可、尾上亮、大秦寺哲雄。
「飛羽真!」
「かのんちゃん!」
道路を挟んだ向かい側の道からは、富加宮賢人、神代玲花、嵐千砂都が声を張っている。
そうして一同は、
「えっ?」
「わあ……!」
「おおー」
「ギャラ?」
「まあ!」
同時に、
「マジか……!」
「皆もここに!? こんなこと、ありますかね……!?」
「もう運命だな」
「マジないわ~~」
「こういうこと、あるかぁ?」
「聖剣が私達を呼んだか」
「なるほど。最高だな!」
「お兄様……!」
「無事だったか玲花! お前達も」
「全員、集合ですね」
揃った。
世界を守る剣士たちの物語の主役たちと、世界に自分達の歌を届ける物語の主役たちが、一堂に会する。
それは未知の、そして壮大な物語の始まりを、予期させるのだった。