仮面ライダーセイバー 不死鳥の少女と星の歌声 作:度近亭心恋
アンテスティネス(B.C.446~B.C.366)
「ゲッホ! エ゛ッホ……」
裂かれた喉はメギド化した肉体の特性によって少しずつふさがってきていたが、それでも感じる強烈な違和感に、ヴィネは咳き込んでいた。
肉体が壊れる感覚など、慣れるものではない。慣れるものであってはいけない。
「許さない……。許さない、許さない……」
傷が真にふさがれるのは、剣士への憎しみが果たされた時。
それまでは、身体も、心も、ずっと痛い。
血に狂う魔となって、戦うだけだ。
「なーんだ、ヴィネもやられたのかよ」
彼女の逃げ込んだ薄暗い地下道に、急に頓狂な声が響く。
「ま、俺もなんスけど」
随分と汚れて傷だらけのザガンが、頭を掻きながら彼女の方へと歩み寄ってきていた。
「ザガン君」
「今の剣士よォォ~~、強すぎねッスか? 伝説と言われた光の聖剣まで使いやがってよォ」
やられたにしては随分と軽い口調だが、それでも彼の中にもまた、深い憎しみがあることをヴィネは知っている。
「強かったね、うん。それは認める」
「だからって、俺らは負けねーってだけだな」
二人がそう決意を新たにした時、
「あらあら、二人ともやられちゃったのねぇ~~……」
フォカロルが足音に水音をふくませながら歩いてくる。
「姐さんもじゃねっスか」
ザガンが毒づくが、
「私は相性が悪かっただけ、だもーん。音銃剣錫音は反則……。私は負けてないんだけどぉ?」
フォカロルは意にも介さない。
「折角戦いの場を得たんだし、この世の平和を乱す者になって暴れちゃいましょ?」
ゆったりとした喋りの中に、やはりドス黒い憎しみが渦巻いている。
「何だ、お前たち揃っていたか」
「あっ、先生!」
地下道にゆっくりと入ってきたフラウロスが声をかけ、ヴィネが嬉しそうに飛びつく。
「先生は大丈夫でした?」
「水と、時と、闇の剣士に当たってきた。神代家の今の継承者は随分とやるな」
「なんスか? 先生もやられたカンジっスか?」
ザガンがからかい混じりに言うがその瞬間、
「あッ……!? てェ!!」
ピシリと、鋭い鞭が飛ぶ。
「お前が私をからかうなど百年早いぞザガン! 戦いの道は、愛か、誠か、苦しみか……。己が身を焼き尽くす火の地獄だとあれほど教えたはずだ、ヘラヘラするな! ザガン、0点!」
「ウララ~~! すんませんッス……」
「先生だめですよぉ、そんなに怒っちゃかわいそう」
フォカロルはぎゅっとザガンに抱きつき、頭を撫でてやる。
「痛かったね~~……」
「や、やめてくださいよ姐さん」
豊満な身体にザガンがドキマギしていた時、
「皆」
朗々たる声が、地下道によく響く。
ゆっくり、ゆっくりと、ランウェイを歩くモデルのように、彼女は歩を進めていた。
「フェネクスちゃん!」
ヴィネはまた嬉しそうに声を上げ、駆け寄るとフェネクスの手を取る。
「大丈夫だった?」
「〝主人公〟に、会ってきた。それから、当代の炎の剣士にも」
フェネクスのその一言で、フラウロスが少し険しい表情になる。
「どうだった?」
「先生……! なかなかやる男でした。火炎剣烈火の内に秘めた力をしっかりと引き出していて、才能も感じます」
「そうか」
フラウロスは思うところがあるかのように、中空を仰いだ。そして、
「さて、全員揃ったところで」
そう声を上げると、
「フェネクス。我々に道を示してくれ」
膝をつき、はっきりとフェネクスへ服従と忠誠の証を見せた。
ヴィネも、ザガンも、フォカロルも、皆一様にそれに倣う。
「ま、待ってください先生……! 皆も! 私は、そんな」
フェネクスはそこで、初めて見せるあわあわとした態度で一同に呼びかける。
飛羽真達とのやり取りでは微塵も見せなかった人間味が、そこにはあった。
「お前のおかげで、私たちの今がある」
先生、の言葉通り、この場で本来立場が一番上なのはフラウロスだ。
だがそのフラウロスも、ほか三人も、真に自分たちのリーダーであるのはフェネクスであると認めている。
「俺たちはお前を守るぜ? フェネクス」
「だから、私たちに命令して」
「私たちの命、あなたに預けるわねぇ」
その言葉には、確かな信頼が籠っていた。
「……わかった」
戸惑いこそあったが、そこで彼らの想いを無下にすることなど、フェネクスにはできない。
「私にできるだろうか。ザンジュがあんなことになったというのに」
隠すことはかえって後々の遺恨になると、フェネクスは不安を口にする。
「大丈夫だ」
フラウロスは立ち上がると、ゆっくり歩み寄りフェネクスに向かい合う。
「あいつもただ、やりたいようにやった。結果は残念だったかもしれないが……」
フラウロスは、優しい表情で肩を叩いてやる。
「私たちもまた、お前がやりたいようにやることに従うだけだ」
その一言に、フェネクスは随分と背中を押されたようだった。
「フェネクス。お前のやりたいことは、何だ?」
やりたいこと。それを問われた時、
「私は……自分の物語が欲しい。憎しみも、怒りも、何もかも忘れて、皆と生きていきたい」
もう彼女の中で、答えは決まっていた。
「また、物語を紡いで────歌を、歌いたい」
はっきりと、それを声に出す。
「いいだろう」
フラウロスはまた、笑みを見せる。
「『この者、我らが主人公!』……とでもしておこうか。お前こそ、一番だ」
そう冗談めかして言いつつ、彼もまたその内に秘めた情念は相当なものであった。
「ありがとうございます、先生。皆の命────私が、預かる」
決意を新たにし、フェネクスはそう宣言した。
☆ ☆ ☆
スクールアイドル部の部室が、こんなにも狭いと感じたのは初めてだった。
普段は五人で使っている場所にさらに十人が入り、実質的に三分の一のスペースになっていればそれもそうだろう。
「狭っ……。いや、狭いったら狭いわ」
人口密度のせいで季節の割にちょっと暑くなってきた部室に、すみれは顔をしかめた。
「すみません、大勢で」
「……! まあ、しょうがないけどね。気にしないで」
ソフィアにかしこまって頭を下げられ、別に嫌味じゃないのよとすみれはばつが悪そうな顔をした。
「はーいはいはい、皆いい?」
「それじゃ準備もできたから、注目!」
ホワイトボードの前に立って音頭を取っているのは、かのんと飛羽真だ。
そこには、右端にカラフルな色合いで大きく書かれた「Liella!」の文字とその下にかのん達五人の似顔絵。
一方の左端には、これまたカラフルに「ソードオブロゴス」の文字と飛羽真達十人の似顔絵が描かれている。
「飛羽真、これ……俺か?」
尾上はちょこっとオヤジめいてデフォルメされて描かれた自分らしき顔を指さし、苦笑いした。
「これは私ですか?」
キッとした目つきだが目そのものはキラキラとした様子で描かれている自分らしき顔を見て、玲花は複雑そうにそれを見返す。
「いやすいません! 芽依ちゃんほどうまくはないもので……!」
飛羽真は苦笑しつつ軽く頭を下げ、改めて自らの画力に呆れるしかなかった。
かのんが描いた似顔絵はしっかりとかわいい為、余計にその差が際立っている。
「で、ほら。飛羽真先生」
そこは主題じゃないでしょうと、かのんがペンで飛羽真をつつく。
ああそうそう、と飛羽真も思い直し、改めてホワイトボードに向き直った。
「敵は、俺達を……」
飛羽真は「ソードオブロゴス」の文字をぐるっとマーカーで囲む。
「この世界へと飛ばした」
囲んだ円のふちから線を伸ばし、「Liella!」の文字まで辿り着くと、それを矢印とする。
「そして……」
今度はかのんが「敵」の字を反対方向に大きく書き、それを囲むとやはり同じように「Liella!」の文字まで矢印を伸ばしていく。
「……敵は、私達を狙ってる」
その表情は重々しく、事実を口に出すのも憚られる、といった調子だった。
「なぜ、私達なのでしょう」
恋も先程の体験があるだけに身が震えるが、怯えてばかりもいられないと発言する。
「あの子は」
フェネクスの一挙手一投足、そして一言一言が、かのんの脳裏に浮かぶ。
「『主人公』が……どうとかって」
気になっていたのはそこだった。フェネクスはかのんを〝主人公〟と呼んでいた。そこが彼女にはどうにも引っかかってしょうがないのだ。
「なにかわかります?」
「ああ、いや」
傍らの千砂都に問われ、賢人は答えあぐねる。
校門で一度全員が顔を合わせ、この部室に集合するまでの間に、剣士達はこっそりと一度打ち合わせ決めていた。
ここが、自分達から見た物語の世界だとは伝えないようにしようと。
飛羽真が判断した通り、実際のところ自分達の生き様が物語としてひとつの枠組みに収められている、そこには過去も未来も記され定まっていると伝えてしまうことは、あんまりにもあんまりだ。
物語の中の登場人物が「物語の中の登場人物である」と知らされて、果たしてどう思うだろうかという。
彼らとて人を見る目にはそれなりの自信がある。
わかってはいるのだ、この程度で彼女らが心折られたりはしないだろうと。きっと、強く生きるであろうと。
だがそれでも、わざわざそれを知らせて無用な混乱を与えてしまうのは避けたいというのがあった。
「私達にも、わかりかねる」
大秦寺の神妙な表情に、一同は唸らされる。
普段から落ち着いた態度が多い男ではあるが、極めて神妙にしていると、そのさまには妙な説得力が生まれるのだ。
「役者だな」と凌牙はひそっと声を発したが、尾上は「ありゃあ素だよ」と苦笑しつつ耳打ちした。
「トニモカクニも! ス~~パ~~ヒーローがこれだけいるのですから、絶対大丈夫デス!」
「スーパーヒーロー……? スーパーヒーロー、か……」
既に全幅の信頼を置いている可可の一言に、ヒーローに一家言あるユーリは一瞬目を見開きつつ、なるほどと仲間達を見回す。
少なくともそう信頼してもらえることに、悪い気はしない。
「で。あいつらに対する手掛かりは?」
蓮は情報共有が大切だと、これまた見回しつつ声をかける。
「そこはまだ、なにも」
飛羽真が申し訳なさそうに声を発し、
「無我夢中だったっていうか……」
かのんもまた縮こまるようにしつつ、声のボリュームを落としながら言った。
「マジないわ~~」
「あんたは何かわかってるの?」
「……わかんねえけど」
「……マジないわったらマジないわ」
すみれは意趣返しとばかりに言ってのける。
さりとて蓮も自分に手持ちの情報がろくに無いことは事実のため、憮然としつつ腕を組むしか無かった。
「とにかく、一番の問題は皆さんが狙われていることです」
倫太郎は相変わらずの生真面目さで、思わず起立して朗々と意見する。
「僕達剣士が、皆さんをお守りします!」
世界を守る剣士として、それは当然のことだと信じて疑わぬ凛々しい眼差し。
その眼差しに、
「素敵です……!」
うっとりとした目線を向けている、恋の姿があった。
かのんはそのさまに、え゛っ、と濁点の入った声を上げる。
「恋ちゃん!?」
「マサカマサカの、デスか!?」
かのんと可可の仰々しい反応に、千砂都とすみれがはいはい、と抑える。
それはそれとしてまさかの事態に、すみれは倫太郎と恋の姿を見比べてしまっていた。
「いえ、その……!」
恋は皆の反応に気づいたのか、気恥ずかしそうに縮こまる。
傍らにいた凌牙は、少し複雑そうに腕を組み直していた。何か思うところがあるらしい。
「それはそうと、拠点はどうする?」
流石にベテランの経験と言うべきか、尾上が現実的な問題を指摘してくる。
敵といつまで、どのぐらい戦えばいいか見当もつかないのだ。行動の拠点となる場所は必要となってくる。
「そんなの決まってマス! 私達が協力しマスので~~!」
「はあ!?」
鼻息荒くさも当然のごとく提案する可可に対し、すみれが思わず声を上げてしまっていた。
「協力ってあんた簡単に言わないでよ! この大人数だれがどうやって面倒見るっての!? イヤよ私おじさんとかこんな生意気なヤツうちに泊めるの!」
「おい! 別に俺だって頼んでねえよ!」
最後は思いっ切り指を差された蓮が、立ち上がって抗議する。
おじさんって誰のことだよと、凌牙と尾上と大秦寺はお互いを見やる。
……おそらく、全員だ。
「まさか可可ちゃん、自分の家に泊める気……?」
千砂都が本気かという目で見てくる。
「いえ、ククの家は……ちょっと狭いノデ……?」
「責任も取れないくせにゆーな!」
「……うるッッさいデスグソクムシ!! 助けてもらったのだからナニか協力するのはト──ゼンではありまセンカ!」
すみれの至極真っ当な突っ込みに、人道を盾に逆ギレする可可。場の空気がそろそろ混沌を極めてきたところで、
「グソクムシとはなんだ?」
ユーリがとぼけた顔で、大真面目に興味を持って聞いてきた。
「えっと……」
かのんが何と答えるべきかと言葉に詰まった時、
「グソクムシとはデスね」
「ギャラクシィィ──ッッ!! うオらァ!!」
可可の開かれた口を、すみれが全力で塞いでいた。
体力はからきしの可可とそれなりに鍛えているすみれでは地力が違いすぎ、あっという間に可可は抑え込まれほとんど無理やり黙らされた。
「いや、いやいやいや何してるんだ!? ちょっと君!」
「あーいえいえ何でもないです小説家のセンセーッ!」
飛羽真は慌てて止めようとするが、すみれはひきつった笑いでいいから構わないでくれと牽制する。
「いつものことなんで、続けましょう?」
「いや、これがいつものこと!?」
千砂都に促されるが、飛羽真はかえって現状を二度見してしまう。最近の女子高生はすごいコミュニケーションを取るなあと、困惑のし通しだ。その時、
「あの……」
恋が、おずおずと手を挙げていた。
「恋さん?」
「……!」
倫太郎に反応され、恋の背筋が緊張のあまりぴんとなる。だが彼女は意を決し、
「でしたら、うちではどうでしょうか?」
自らの考えを伝えた。
「なるほど! あの大きなお屋敷なら確かに」
倫太郎は得心する。彼と凌牙とソフィアはこの世界に落ちてきた時にそれを見ているため、納得していた。
「いいのかい?」
「ええ。可可さんの言う通り、助けていただいたわけですし……少しでもお力になれるなら」
賢人に問われ、恋は静かに微笑んだ。
剣士一同は悪いなあ、ありがとう、と口々に礼を言っていく。
頼れる相手が他にいない以上、厚意は受け取っておくのが一番いいという形で自然とまとまりつつあった。
「とにかく皆、敵がいつまた俺達や君達を狙ってくるかわからない。気をつけていこう」
飛羽真は全員を見回し、呼びかける。
剣士達は力強く静かに頷き、Liella! の面々もきゅっと唇を固く結ぶ。
ここから始まり、そしてこれから始まるひとつの戦いへの予感に、彼らは緊張を肌でびりびりと感じ取っていた。
「それじゃあ、行ってみましょうか!」
かのんが真っ先に、部室の出口へと向かった。
☆ ☆ ☆
「これは立派な」
案内された葉月邸の大きさに、大秦寺は感嘆していた。
案内されたのは「お屋敷」としか言いようのない大邸宅。都内にこれだけの家を持っているという事実にも感嘆せざるを得ない。
「さあ、どうぞ」
「それじゃあ……」
恋に案内され、飛羽真が先導して剣士一同は門扉をくぐっていく。他のLiella! の面々も一緒だ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ありがとう、サヤさん」
「そちらの方々は……」
「どうも。神山飛羽真です」
直接出会うのは初めてだが、飛羽真は『ラブライブ! スーパースター!!』の物語を読んで彼女のことをよく知っている。
葉月家のメイド、サヤだ。
結ヶ丘の経営問題に絡んだ葉月家の資金繰りの悪化で一時は雇うことすらままならない状態でも、恋の傍にいたいと述べたほど義に厚い点は、飛羽真も読んでいて感嘆したほどだ。
「サヤさん。ほら、さっき説明した方々の……」
「ああ、なるほどさっきの」
恋に言われ、サヤは得心した表情を浮かべる。
「さっきの……?」
飛羽真は困惑した表情を浮かべるが、
「そうなんです、ここにいるのが僕達の仲間全員で!」
説明できるよう、倫太郎が飛羽真よりも前に出る。
先程サヤに対してごまかすために説明した内容は、恋と倫太郎、凌牙、ソフィアしか知らないのだ。
「改めまして、僕達は生まれは日本ですが、中国で剣舞を極める為に売れない雑技団をやっている『ソードオブダンス』です、よろしくお願いいたします!」
「えぇ……!?」
倫太郎が勢いよく述べた建前に飛羽真は開いた口が塞がらない。
随分とまたとんでもない理屈でごまかしたものだ。普段あまり建前や嘘などつかない倫太郎に考えさせたのも一因だろう。
「ソードオブダンス? いや、俺達は……」
「わ゛──ッ! ギャラクシィィ──ッッ!」
「今は黙れ! ユーリ頼むから今だけ黙れ!」
いつもの天然で返そうとしたユーリに、すみれと蓮が飛びつく。
背が高く体格も良いユーリに飛びつくだけでも一苦労だったが、二人はなんとかその先の言葉を抑えることにだけは成功していた。
「大丈夫ですか?」
「だ、だだ大丈夫です! ロシアの辺りからソードオブダンスまでやってきた方なので、日本語に不慣れみたいなんです!」
サヤに問われ、恋も焦りながら取り繕う。正直ごまかせているとは思えなかったが、何も言わないよりはましだ。
「ほら、可可ちゃんも」
中国を絡めるなら可可のひとことは必須だろうと、千砂都が促す。
「なぜウソをつくのデスか……?」
嘘やごまかしを美徳としない風習の中で育った可可にしてみれば、一連の流れは顔をしかめるようなことなのだけれども。
「いいから!」
かのんが可可の背中をとんと押し、一歩前へと突き出す。
わっとと、とよろけつつも、
「そ、そうデス! 特にこの飛羽真老师は、一度した約束は絶対に果たすことから、〝約束の超人〟と呼ばれているのデス!」
フォローになっているんだかいないんだかよくわからない一言を付け加えた。
「はあ、どうも……。約束の超人です」
急に自分にバトンが回ってきて困惑しつつ、飛羽真はとりあえずガッツポーズで約束の超人をアピールする。
「Liella! の皆さんとはダンスの練習の際にこっちで知り合いまして」
賢人が素早く助け船を出し、
「それで、ソードオブダンスの皆さん泊まる予定だったホテルが急にだめになったってことで……」
かのんもそれに乗る。
「ですからサヤさん! 私も手伝いますから、良かったら皆さんをここに泊めてほしいんです!」
恋が少々強引に話を締め、その後にはしばしの沈黙が広がる。互いに何を言うべきか考えている〝間〟。
「……男性がやたらと多いのは、気になりますが」
少しだけ咎めるような口調の後、
「お嬢様の判断を信じます」
サヤは静かに微笑んだ。
「ありがとう……!」
「来客用の寝具を整えておきますね」
恋に感謝されながら、サヤは先に邸内へと戻っていった。一同は改めてやる気を出し、ぞろぞろとその後に続く。
しばらくの間、ここと結ヶ丘の部室が、ノーザンベースやサウザンベースよろしく、この世界の〝ベース〟だ。
「改めて、ありがとうございます。恋さん」
邸内に入る直前、倫太郎は足を止め、向き直って礼をした。生真面目な彼らしい。
「いえ! 私はただ、皆さんのお力になれればと」
「ご協力に応えられるよう、頑張ります」
意気込むように返事をすると、倫太郎は他の面々の後に続く。その様子を見ながら、
「私、どうしたのでしょう……」
少しばかり体温が上がったような感覚に、恋は戸惑っていた。
☆ ☆ ☆
「すみません、お客様に手伝っていただいて」
「なあに、これくらいは」
サヤに礼を言われながら、大秦寺は野菜を軽やかに刻んでいた。
流石にこの大人数では手が回らないだろうと、彼と賢人が手伝いを買って出たのだ。
「出汁がとれましたよ」
賢人は鍋をすばやく火から下ろし、次の準備を始めていく。
「そちらの方は何を?」
「大秦寺特製茶碗蒸しを作るため、賢人にはその準備を頼んでいる!」
サヤに問われ、大秦寺はドヤ顔で返す。元々凝り性の彼のこと、そばも打てるし料理全般はかなり上手いのだ。それも手の込んだものほど力を入れたがる。
「先程棚に蒸し器があったのを確認したので、これは作っておかねばと思い立った次第だ」
「あとで作り方を教えていただいてもよろしいですか……?」
「大秦寺さん、できれば俺も作りながら教えてもらえると」
二人の反応に、
「もちろんだ!」
大秦寺は普段の静かな雰囲気が嘘のように喜色満面だった。
その様子に、サヤもつられて笑ってしまう。少々不穏な出会いではあったが、その距離は確実に縮まりつつあった。
☆ ☆ ☆
「よっし! これで全部かな」
普段はしまわれていた布団を、尾上は客間へと運び込み終わった。
「ありがとうございます、こんなにたくさん動かしてもらって」
「なあに」
案内していた恋から頭を下げられ、このぐらいは当然だぜと尾上は快活に笑う。年長者としての余裕がそこにはあった。
「そういやさっき聞いたよ、倫太郎から」
「えっ? 何を」
「おふくろさんのことだよ。立派な人じゃねえか」
「ああ、なるほど……」
母である花のことだったかと、恋は得心しうなずく。
「俺も子持ちだからな。おふくろさんがどれだけの思いで想いを遺そうとしたのか、考えると……」
尾上の目元が潤い、
「泣けてくる!」
少しだけ、涙声になった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あー……気にすんな! ダメだね歳取ると、すぐ泣けてきちまう」
「そういうものですか……」
「それからあんた自身もな、立派だよ。倫太郎も言ってたぜ? 『恋さんはお母さんの遺志と学校を受け継いで頑張っていて立派です!』ってな」
「!」
不意の言葉に、恋は自らの鼓動が高鳴るのがわかった。
「そ、そうですか」
倫太郎が立派だと思ってくれたこと。なぜだろう。それが、とても嬉しいのだ。
「私も、皆さんは立派だと思います。世界を守るために、自分で剣をとって戦うなんて」
「なあに、俺たちゃもう無我夢中よ。世界のために戦う必要があるんなら、自分が戦いたい。自分の手で大切なものを守りたい。それだけ考えてがむしゃらに剣をふるってきたってだけさ」
尾上は少しだけ遠い目をする。彼の守るべきもの。家族。それらを想い、見据える目だ。
「きちんと悪いやつらをやっつけて、おふくろさんの、あんたらの学校には傷一つつけさせねえ! そして俺達は元の世界に帰る! そんだけだ」
快活に笑うその姿は、とても頼もしかった。普段父とは離れて暮らす恋にとって、尾上から醸し出される父性は人一倍、頼もしいものに映っていた。
「よろしくお願いいたします」
きちんと礼で返す辺りに、彼女の生真面目さが出ている。
「おう!」
「ところで……」
恋は少し声のトーンを落とし、
「尾上さんはご結婚されているのですよね? 剣士の皆さんも家庭を持つことができる、とそういうことですよね」
話を切り出す。
「まあな。賢人のおやじさんとは剣士になった時から世話になってたし、亀セン……ああ、俺の先代もな。奥さんがいた」
「それでは、その……倫太郎さんは、ご結婚などは?」
薄氷の上を歩くかのように、恋は慎重に話を進めていく。
「倫太郎? 倫太郎か? あいつは……」
尾上はしばし考えた後、
「『結婚は』してないな。一応」
ある意味正直に、そう答えていた。
「そうですか……!」
恋の明るい表情の意味が、尾上には計りかねるのだった。
☆ ☆ ☆
こんなにもじっと見つめられたのは、蓮には初めての経験だった。
リビングを整理するように言われたのだが、一緒に作業を任された相手が終始じっとした視線を向けてきているのだ。
「何だよ」
「いえ、その……」
そのじっとした視線の主である可可は、蓮に言われてやっとその視線をそらすと目をしばたかせ────
「何とお呼びすればいいのデショウか!」
思い切り叫んだ。
「え? あ、何て?」
「Liella! にはレンレンがいマス~~! お名前がレンだと被ってマス~~!」
それは些末に見えてなかなかの問題だった。
葉月恋と緋道蓮。どちらも名前の読みが「れん」で被ってしまっているのだ。
「いや、好きに呼べよ」
「デスが!」
「ンなこと気にしてる場合じゃねえんだ」
蓮はぎゅっと拳を握る。何とかユーリとの連携で倒したものの、今回の相手は今までのメギドとは違った不気味さ、そして数段上の強さがある。
強さの果てを追い求める蓮にとって、そちらの方がよほど気に留めなければならないことであった。
「別に、名前が被ってようが被っていまいがどっちでもいいでしょ」
すみれが食器の乗ったお盆を運びながら、リビングへと入ってくる。
「『あんた』とか『こいつ』で十分よ。十分ったら十分」
「な~~にを言っているのデスか! だいたいあなたは礼節というモノを……!」
それが恩人に対する態度かと可可は食ってかかるが、すみれは聞き流している。その時、大きく空気を斬る音がした。
「……!」
すみれは音の方向を見て、目を見開く。蓮が風双剣翠風を構え、中空で何に向けるともなく振り下ろしていたのだ。
「庭で修行してくる」
蓮は二人のこともあまり気にしていないといった風で、リビングからスタスタと出て行ってしまった。
「ほら! 怒らせてマス!」
「いや……。あれ多分、私達のことなんか見えてないわよ」
改めて、緋道蓮という男の抱える強さへの想いをすみれは実感していた。
すみれ自身の目の前で、己の強さへの信念のため、そしてすみれを守るために振るった剣の重み。それが、あのストイックさから伝わってくるのだ。
ユーリは、蓮が剣を振るい強さの果てを追い求めるのはすみれと同じだと言った。託されたものがあり、そしてそうありたいからだと。
「……ばかよ」
「?」
「ばかったら、ばか」
その言葉は、蓮に向けられたものか。
それとも、蓮と同じような生き方である自分自身にか。
それは、誰にもわからない。
☆ ☆ ☆
「いや、しかし派手にやりましたね!」
「すみません、僕達のせいで……」
千砂都の声に、倫太郎は思わず頭を下げていた。
千砂都、倫太郎、そして神代兄妹の計四人は、先程の戦いで少しばかり荒れた庭を片づけていた。
フラウロス自体は上空へと突き上げた為家屋に被害はなかったものの、それでも炎を纏った敵との激戦を経たこともあり焦げた草、折れた枝などが散乱している。
「まあ、人的被害が無かったことを思えば」
「そうだな。早く片づけるぞ玲花」
「はい!」
庭の手入れ自体はサヤが普段から丁寧に行っているのだろうが、少しばかり落ち葉なども見られたため、四人は手分けしてそれらを片づけていく。
「ところで」
千砂都は自身の周りの落ち葉をある程度熊手で集め終わったところで、倫太郎の方に歩み寄る。
「はい?」
「恋ちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
思わず自分の口元がにやけてしまっていることを自覚しながらも、千砂都はそれを抑えることができなかった。
友人が────葉月恋が、倫太郎に熱っぽい目を向けているのは明らかだ。助けてもらったことへの感謝と憧憬、畏敬の念はLiella! の面々が一様に持っているが、恋の向ける視線にそれら以外のものが含まれているのは、先程の部室での態度からしても察するのは容易い。
不用意に首を突っ込むことではない気もするが、異世界から来た剣士相手のそういう感情とあらば、好奇心が抑えられないのだ。
それにここで倫太郎自身の気持ちをそれとなく聞いておけば、後々の会話の際にフォローにも入りやすいかもしれない。
嵐千砂都とは、どこまでも他人のフォローに回ってしまう少女なのだ。
「恋さん、ですか?」
「はい」
「そうですね」
倫太郎は竹ぼうきで掃く手を止め、しばし考える。
「とても、真っ直ぐな人だと思います。受け継いだものの為に一生懸命になれるところ。そういうところは……あっ、いや」
そこで不意に、倫太郎は言葉に詰まる。
「えっ、何ですか? 教えてくださいよ!」
朗らかに。しかし、強かに。千砂都は屈託のない笑顔で距離を詰めてくる。倫太郎はしばし困ったといった顔をしたが、
「考えてみるとさっき、恋さんに『同じ受け継いだ者同士通じ合うものはあると、僕は信じています』という話をしてしまって……! すいません! 勝手に一緒にするのは、色々と迷惑かと」
「迷惑なんて思ってないですよ、きっと!」
千砂都はいいことを聞いたとばかりにまた笑った。
確かに、二人には色々と通じ合うものがあるのだろうという感覚はある。こういう実直なところはなかなかどうしてそっくりだ。
「一刻も早く、この事件を終わらせたいところです」
「ですね……!」
それまでにどれだけ彼らと過ごせるだろうか。今の千砂都にはそれが一番気になった。
恋のこともあるが、千砂都自身、この奇妙だが頼れる気のいい来訪者たちのことを、もっと知りたいと思っているのだ。
「お前には、待っている人もいるしな。新堂倫太郎」
自分のまとめたゴミを持ってきつつ、凌牙が歩み寄る。
「いや、別に芽依さんのことだけでは……!」
そう言いつつも、倫太郎の口元が少し緩んだのを千砂都は見逃さなかった。
今までの朗らかさとは違う、愛情にあふれた笑み。
「メイ、さん?」
それとなく、探りを入れてみる。
「ええ、その……飛羽真の担当編集者さんで、僕達を支えてくれている人といいますか、何と言いますか……」
そうひとつひとつ言葉を紡いでいくうちに、倫太郎の表情はどんどん明るくなっている。
先程にも増して、その生き生きとした顔がまぶしい。
「僕達の、太陽のような人です」
ああ。ああ。ああ。
太陽に照らされた生物や街が元気よく輝くように、倫太郎の笑顔もまた、今日一番の輝きを見せていた。
はっきりとわかる。
『メイさん』という人が、倫太郎にとってどういう人なのか。どれだけ想われているのか。
「そう、なんですね」
思わず、そんなぎこちない返事をしてしまうぐらいには千砂都は動揺していた。
気づけば手の力が無意識に抜け、熊手を取り落としてしまっていた。倒れていくそれにあっ、と声をあげた時、
「大丈夫か?」
倒れきる前に凌牙がそれを受け止めた。千砂都の方へと柄を返してやる。
「え、ええ。大丈夫です」
「そうは見えないが……」
明らかに大丈夫でない状態をごまかすための「大丈夫」は、すぐにわかるものだ。
「本当に大丈夫ですから! でも、ありがとうございます」
凌牙の優しさを理解しつつ、千砂都は微笑んだ。
凌牙は明らかに大丈夫では無いだろうという懸念の表情は崩さなかったが、今は千砂都のその無理を受け止めておこうと「ああ」と短く返した。そこに、
「ンンッ、お兄様と、距離が近いのでは……?」
咳払いしつつ、玲花が割って入る。敬愛がいきすぎるあまり凌牙に近づく異性に警戒してくる、玲花のいつもの悪い癖だ。千砂都は一瞬面食らったが、
「……なるほど! 本当に、お兄さんのこと大好きなんですね」
先程出会った時にそんな話をしていたと、朗らかに笑い返してみせた。
先程までの動揺した心には、その姿が小さな癒しだった。
「ええ、まあ」
千砂都の受け止めたかのような笑顔に、牽制した玲花の方が気後れしてしまうほどだ。
「よし! これでゴミも集め終わりましたかね?」
倫太郎が呼びかけ、一同はそうそうそういう状況だったと各々の手元を見る。
掃除は終わり、適度に動いたためお腹も減っているため夕食が楽しみになってくる。ざあっ、と吹いた3月のまだ冷たさの残る風が、彼らの頬を撫ぜた。
「……」
その冷たさが、千砂都に先程覚えた不安を思い出させるのだった。
☆ ☆ ☆
「こう、なんというか」
「はい?」
「いいですよね、皆さんのまとまり具合って」
わからないといいった顔をしているソフィアに、かのんは微笑みながらそう言った。
「こう? 男女混合っていうか、チームの一体感っていうか。個性豊かな人たちが集まって団結してる感じが、いいなって」
「君達もそうだろ?」
飛羽真が横から話に入る。三人は折角世話になるからと、邸内の掃除を行っていた。
特に背の高い飛羽真は普段サヤが手が届きにくい場所まで掃除できるのもあり、隅から隅まできっちりとやっていっている。
「いやいや、私達は……歌って、踊って、それで何かをしたいって気持ちでスクールアイドルやりたいってところで似た者同士ですから」
「だからだよ。俺たちも世界を自分の剣で守る、誰かがやる必要があるなら自分達でやりたいって気持ちで集まってる。それぞれの想いはあれど、そこは一緒さ」
なるほど、とかのんは得心する。
飛羽真とここに来るまでに志は同じだという話をしてきたが、それはチームの団結においても変わらないということかと、どこか嬉しさを感じていた。
「皆さんの歌、聞いてみたいですね」
通じ合う二人の姿に微笑みながら、ソフィアは宙を仰ぐ。
剣士達が力を合わせれば強く美しい剣戟と団結の音が聞こえるように、彼女達の志を重ねた歌もまた、きっと美しいだろうと。
「きちんと全部終わらせてから……是非!」
かのんもまた、この気風の良い剣士たちに自分達の歌を聴かせたい、響かせたいという想いが高まっていた。
聴かせたい。響かせたい。聴いてほしい。感動してほしい。
そんな想いが、心の中に広がっていくのを感じる。
「楽しみだよ」
飛羽真は静かに、しかし大きな期待を込めてそう言った。
小説家として、飛羽真は常々思っている。
言葉とはすばらしく、語彙を尽くすことで自身の頭の中にあるイメージを伝えることができるものだ。だからこそ、彼は言葉によって紡がれる物語を愛しているし、また自身もそれを扱っていこうと決意した。
しかし、いやむしろ言葉を愛しているからこそ、言葉の持つ表現力の限界というものもまた強く理解している。音楽が演奏され歌が響くという情景に対し、たくさん並べられた言葉から読み手が想像するのと、実際にその情景を目の当たりにするのではその感じ方がまるで違うのは明らかなのだから。
飛羽真は想像している。『ラブライブ! スーパースター!!』という物語に書かれていた記述────言葉から、彼女たちの歌を自らの語彙を基に想像している。
けれど実際に聞いてみれば、彼女たちの真に想いを込めた歌はその何倍も、何倍も素晴らしいであろうということもまた想像され、わくわくするのであった。
「それにしても」
そこで、かのんは話題を変える。
「〝主人公〟って……何?」
場の空気がぴりっと変わったのを感じた。
飛羽真もソフィアも、何を告げるべきかと静かに呼吸をしている。
あのフェネクスという女は、高らかにかのんを〝主人公〟と称して指を差した。その言葉の真の意味を、あの女は恐らくはっきりとわかって使っている。
澁谷かのんこそ、この世界────『ラブライブ! スーパースター!!』という物語の主人公であると。
しかし、それを伝えることはこの物語の構造そのものを壊してしまう。しばしの静寂の後、
「そうだな、例えるなら……この世界が物語だとするなら、君がまるでこの世界の主人公のようだと、そう言いたかったのかな」
飛羽真は下手に誤魔化すことはせず、核心のみを覆い隠して事実を述べた。
作りこみ過ぎた言い訳は綻びが出るものであるということもあるが、何よりそこまですることが彼女たちの為とはいえ心苦しい。ソフィアも少し驚いた顔はしていたが、すぐにその真意を汲んだのかふっと笑みを見せていた。
しかしかのんは、
「私がこの世界の主人公? ……そんなこと、あります?」
疑問に満ちた表情で、そう返していた。
「どうして、そう思うんだい?」
「だって、主人公って……物語の中で、いっちばん輝いてる人のことじゃないですか」
「そうだね」
「私なんて全然! 失敗して落ち込むし、悪いとことかいっぱいあるし……」
それが普通の反応ではあった。
主人公とは世界の中心。自分が世界の中心たり得る存在だと言われて、そうだぜ私は主人公なんだぜとふんぞり返れる人間の方が珍しいだろう。
「それに」
「それに?」
「私が主人公だって言うなら、皆がきっと主人公ですよ」
そう述べたかのんの表情には、どこかきらきらとしたものがあった。
「ちぃちゃんも、可可ちゃんも、すみれちゃんも、恋ちゃんも皆すっごく頑張ってて、すっごくきらきらしてて、Sunny Passionの二人だって……ううん」
彼女は頭を振り、
「世界中の皆が自分の人生を生きてて、自分の物語の主人公として頑張ってるんだって、そう思います」
笑顔で、はっきりとそう言った。
「……そっか!」
飛羽真もまた、その言葉に自然と笑みが出るのがわかった。
特別な英雄や主人公などおらず、誰もが自分の物語の主人公として生きている────それは、飛羽真もまた信条として掲げているそれだったからだ。
「もしあの子にまた会ったら……ああいや、あんまり会いたくはないですけど。言ってやるんです。『私だけが特別な主人公なんかじゃないよー!』って」
かのんは苦笑いでそう目標を掲げる。
随分と浮世離れした状況ではあるが、その中でも自らのやるべきことを見つけて目標を掲げる。その姿は、とてもまぶしかった。
「ではまずは、掃除を終わらせるところから始めましょうか」
皆揃ってずいぶんと脱線してしまったが、やるべきことから終わらせようとソフィアが提案する。一同は苦笑しつつ、また掃除に取り掛かっていった。
☆ ☆ ☆
「おいしい~~!」
「そうだろう、そうだろう」
特製の茶碗蒸しに舌鼓を打つかのんに対し、大秦寺は得意げに頷いていた。
「洋食の中にひとつだけ茶碗蒸しはミスマッチな気もしますけど……」
「けど、美味いよ。これは」
正直に感想を述べた千砂都に対し、賢人はフォローを入れた。
「サヤさんの料理もとても美味しいです!」
倫太郎はキッシュを口にした後でそう告げる。
「急に人数が増えたのに、ありがとう」
恋は本当に頑張ってくれたサヤに、自然と感謝の言葉が口をついて出る。
「いえ。皆さんが手伝ってくださったおかげですので」
そう謙遜しつつも、サヤもまたこの賑やかな様子に達成感を覚えずにはいられなかった。
「少し気を緩めすぎな気もしますが」
玲花は剣士達に厳しい目を向けつつ、自身も控えめに食事を楽しんでいる。
「せっかくの厚意だ。今はただ楽しませてもらおう」
落ち着いてそう言いつつ水を飲む凌牙の姿は、気品が感じられた。
「うん。やっぱ……いいよね、この感じ」
「まとまり具合が、って?」
一同の様子に満足気なかのんに対し、飛羽真が問いを投げかける。
「ええ。皆さんのまとまり具合が、ってのもですけど……」
本来ならば出会うはずがなかった者達が食卓を囲み、分け隔てなく会話を交わし楽しんでいる。
何と言うのだろう、その感覚が────たまらなく、楽しいのだ。
「絆を結ぶ、ってね」
「え?」
「いい名前だと思うよ、君達の学校は。『結』って文字に込められた想いと、今かのんちゃんが感じている想いは、同じなんじゃないかな」
「なるほど。……流石小説家の先生」
そう言われたところで、飛羽真はふっと宙を仰ぐ。
「たかが一文字。されど一文字。文字は言葉を表すための要素で……その文字そのものにも、とてもたくさんの意味合いと重みがあると、俺は思う。だから、文字で物語を、文章を表現するのは楽しいんだって」
「語るわね……」
すみれがその熱い様子に思わず言葉を漏らす。
穏やかで優しく彼女達に語りかける印象の飛羽真にしては、随分と熱い姿だったからだ。
「でも、お前らもわかるところはあるんじゃないか?」
意外にも、そこで尾上が割って入る。
「言葉を歌に乗せて伝える。スクールアイドルのやってることも、文字と言葉で出来てるんじゃないかって俺は思うんだけどな」
「確かに!」
尾上の俯瞰した言葉に、可可が相槌を打つ。
「まあだからなんだ、飛羽真の言葉にも一理あるんじゃねえかってな」
「……教師みたいなことを言うようになったな、尾上」
「まだまだ勉強中よお!」
大秦寺に呆れられながらも、尾上の返答は力強かった。
元々若い剣士達を支えたり見守ったりと先達としての役割をしっかりと果たしてきていた尾上だが、より若い年頃の少女たち相手ということもあり、その面倒見の良さがより磨かれつつあった。
「それはそうとブレイズ、芽依さんが……」
「うわ──っとぉ!?」
「えっ!?」
言葉を発しかけたソフィアに、千砂都が割って入る。
「め、めいさん……名産……メイスン……名水……メリーさん! そう! メリーさん! 今日のこれは牛肉ですけどヒツジの肉って食べたことあります!? 美味しくって!」
「ちいちゃん、どうしたの?」
「なんでもない! なんでもないよかのんちゃん!」
「いや、めちゃめちゃなんでもある人の言い方じゃんそれ」
「いいから!」
千砂都自身あまりにも苦しいとはわかってはいた。
だがそれでも、恋の前で倫太郎の気持ちをはっきりさせてしまっていいのだろうかという想いが彼女を突き動かしていた。うっかり秘密を知ってしまうというのも楽ではない。
自分の退学願を見てしまった時の恋もこんな気持ちだったのだろうかと、思わず苦笑いが出た。
「ヒツジの肉は食べたことがあります! ジンギスカン鍋でいただくジンギスカン!」
倫太郎は目を輝かせ、組織にいては味わえなかったであろうその体験に想いを馳せ熱弁する。
「そうなんですね~~……!」
「芽依さんに連れていってもらったんですが、肉だけでなく野菜も美味しいですし……焼きながら会話も弾んで最高でした!」
ヒュッ……と息を呑む音が聞こえた。
それが自分の発したものだと気づくまでに、千砂都は数秒かかってしまっていた。
最悪だ。
気づかって投げた会話のボールが、一番飛んでいってほしくない方向に行ってしまうとは。
「めい、さん?」
恋はゆっくりと、その聞き慣れない人の名を訪ねる。
しかしながら倫太郎は、
「飛羽真の担当の編集者さんで……」
正直に、
「僕達の、大切な人です」
彼女への想いを言葉にした。
その表情は千砂都に見せた時と同じように、ただの友人を想う時以上のなにかを感じさせるものがあった。
「おい、どうしたんだよ」
「千砂都?」
蓮とすみれが固まった千砂都に思わず声をかけてしまうぐらいには、その動揺した様子ははっきりと見てとれるものだった。そして、
「どうした?」
「レンレン?」
ユーリと可可もまた、笑顔のまま強張って固まっている恋に思わず呼びかける。
恋はその笑顔をまるで江戸川乱歩の『青銅の魔人』のようにキ、キ、キとゆっくり金属の蝶番が動く調子で動かし、
「いえ、なにも」
ただの五文字で、なんとかそう言った。
「あの、僕がなにか……」
状況が呑み込めていないままに、倫太郎は固まった空気を前に困惑している。しばし無言が続いたがその時、
「あ、あ──っほら! 俺もう少し食べたいなこれ! おかわりもらえるか!?」
尾上が空気の悪さを察し、率先して声を上げた。
「いいですね尾上さん! サヤさん、俺もお願いしていいですか!?」
飛羽真も察していた中でこれ幸いと流れに乗り、手を挙げる。
「じゃ、じゃあ私も!」
隣の飛羽真が行動したのを見て、かのんも同様に手を挙げた。
「それでは……」
「俺も手伝いますよ」
サヤに付き合い、賢人も立ち上がり厨房へと引っ込んでいく。その流れで、一同には少しずつ会話が戻り始めた。
(ちぃちゃん……。恋ちゃん……)
かのんはどことなくぎこちない二人を、ただ見ていることしか今は出来なかった。
「お兄様? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。すまん、玲花」
その一方で、凌牙も何か思うところがあるように彼女らを見つめていた。
☆ ☆ ☆
夜は更けていく。
結局剣士達もLiella! も全員泊まり込みでの作戦会議になってしまい、思った以上の時間を費やしていた。リビングでは、侃々諤々の意見のぶつかり合いが続いている。
「それじゃあ、やはり街に出て探してみるしかないか」
飛羽真は頭を掻きつつ、情報が少ない中での打開策を改めて言葉にする。
「それがいいだろう。向こうも私達の存在は目障りなはずだ、こっちを探して色々と手を打ってくるに違いない」
「向こうも動くだろうし、こっちも動いてればいずれぶち当たると」
大秦寺と尾上のベテラン組は長年の経験もあり、闇雲ではあるが効果的ではあるとそれに乗る。
「というか、私達を狙ってるんですよね」
かのんがおそるおそる、剣士達に問う。
「ええ。それは間違い無いと思います。だから皆さんのいるこの街の範囲からは出ないだろうとも」
ソフィアが現在の状況を憂慮しつつ、そう答える。
「だったら私達も一緒に行きます! 私達がおとりっていうか餌になれば、あの子たちだってきっと……」
「そんなことを俺たちが許可できると思うか?」
言いかけのかのんの言葉を、ユーリが遮る。
いつもマイペースでどこかとぼけているように見える彼の表情が、流石に今は険しい。
「けど、早くこの状況を終わらせたいのはそうでしょ」
「何かあったら守るのと、危険に飛び込んで守られる前提なのは全然違うんだよ」
自身の提案に対しすかさず蓮に低いトーンで言われ、流石にすみれも噛みつくことができなかった。
「でも……!」
「危険を前にするのは俺たちの役目さ。それぞれの領分でやれることをやろう」
何か出来ることはないだろうかと懇願するような表情の千砂都に対し、賢人は肩を叩いた。
「……よろしく、お願いしますネ」
「もちろんです」
信頼の目を向けながらも少しばかりもどかしそうな可可に対し、玲花はいつもの調子で淡々と返す。
「とにかく、明日は一度全員集まって……」
「倫太郎さん」
言いかけた倫太郎の手を、恋が取る。一同に驚きの空気が走るのが、はっきりとわかった。
「頼りにしています。どうか、ご無事で」
「え、ええ」
しっかりとした信頼の笑みでの激励に、倫太郎の方がかえって困惑するほどだ。
しばらくはその場がしん、と静まり返っていたが、
「よし! とにかく……今日はしっかり休んで、明日もよろしく!」
「そうですね! 皆……がんばろっ!」
飛羽真とかのんの声が呼び水になり、一同には活気が戻り始めた。
とにもかくにも、彼らの行動にこの世界の明日はかかっている。そうとなれば、自然とやる気もわいてくるというものだ。
「それじゃあ明日は、かのんの家に集合デス!」
「コーヒー淹れますんで、それ飲んで気合入れちゃってください!」
作戦会議のはじめに出ていた案を、可可とかのんが改めて周知する。
かのんの家は喫茶店のため、そこでコーヒーと朝食を摂ってからという形でタイムスケジュールを組んでいるのだ。
「よっし! それじゃあ寝るからな」
「尾上さん早くないですか?」
「この年だとこんな時間まで起きてられねえんだよ……」
賢人にあくび混じりで返しながら、尾上は早めに割り当てられた部屋へと引っ込んでいった。
それを皮切りに一同はめいめい、やるぞ、明日は大変だなあ、などと口々に言いつつ、床に就く準備のため部屋を出ていった。
後には、自然と飛羽真とかのんだけが残された。二人とも一応立ち上がってはいたが、部屋を出ていく様子はない。
「かのんちゃん? 寝ないの?」
「先生こそ。寝ないんですか?」
「寝るけど、さ……」
飛羽真はしばし無言だった。
小さな子供達と触れ合うことは本屋経営の傍らよくやってきたが、この年頃の子とはあまり例が無い。何を言うべきかと彼は自分の中で色々と言葉を巡らせ、
「ありがとう」
改めて、そう伝えた。
「ありがとう、ですか?」
「ああ。急にこんなことに巻き込まれて、驚かない方がおかしいと思う。それでも君は、君達は……俺達を信じてくれた。俺達はこの世界を守りたいし、君達の信頼に応えたいと、そう思うんだ」
『ラブライブ! スーパースター!!』の物語の世界に、本来〝戦い〟など存在しないのだ。あるのは、青春の中に生きる少女たちの真っ直ぐな想いのぶつかり合いだけ。肉を斬り、骨を砕く力と力の闘争など、この世界には異物だ。
物語の登場人物に、本来の物語にそぐわない境遇が与えられている。それを想うと、世界を守る剣士としてだけでなく、いち小説家としても飛羽真はこの事件が心苦しいのだった。
そして言葉通り、そんな中でも真っ直ぐに輝くかのん達の心のありようは、美しいと。
かのんはしばし、うーんと考えるように唸っていた。飛羽真は余計なことを言ったかと一瞬焦ったが、
「よしっ」
先程まで座っていたソファに、かのんは腰を下ろした。
「ほら、先生」
かのんは自分の隣の一人分のスペースを叩く。
「ああ、いや……それじゃあ」
飛羽真は困惑の後、かのんが叩いていたスペースに座り込む。
状況があまりに奇異すぎて、なんだか変な感じだ。
「まず」
かのんは横を向き飛羽真を見上げる。
飛羽真の背が幾分と高いため、自然とかなり見上げる形になるのだ。
「ああ」
「ありがとう、は私達の台詞ですって!」
少し上ずった子供っぽい声に、飛羽真は驚く。
「巻き込んじゃったって責任感じてるのはわかるんですけど! それはそれとして、この世界の人間じゃないのにこの世界や私達を守るって言ってくれるの、すっごく大変なことだと思うし……すっごく感謝してます!」
その語るかのんの瞳は澄んでいて、心の奥まで見通せそうなほどに透き通っていた。
「そうか……。ありがとう」
「また……」
「聞かせてくれよ、俺達に。君達の歌を」
「楽しみにしててくださいね!」
気づけば、どちらからともなく二人は笑っていた。
不思議なものだ。
まだまだやることは山積みだというのに、こうして笑いあっていると……きっと、この先の〝物語〟は明るくなるだろうとそう希望を抱ける。未来に対し、自信が持てるのだ。
本来ならば出会うことすらなかった相手との心の距離を詰めることができているという嬉しさが、そう思わせるのだろうか。
「俺は守りたい。君達の世界を……もっと言えば、君達の〝物語〟を」
飛羽真はかのんに、そして自分自身に宣言するかのようにはっきりと言う。
「もう、この出会いまで含めて『私達』の物語じゃないですか?」
かのんの返答ももっともだった。『私達』の中に、今この瞬間、確実に剣士達も含まれている。
「だったら、物語の結末は……」
「私達が決める! ですよね!」
そこで、二人はまた笑いあった。
「それから」
「うん?」
話題を変えようとするかのんに、飛羽真は首を傾げる。
「明日、うちの喫茶店で聞いてほしい歌があるんです。Liella! の曲とは別に、皆さんと出会ったら、なんかこう……これだ! って感じの曲のイメージが出てきちゃって」
「おお、いいね!」
思わぬ提案に、次の朝が俄然楽しみになってくる。
「そういえば」
今度は飛羽真が話題を変える番だ。
「なんですか?」
「恋ちゃんは……あの子は、大丈夫かな」
懸念というのはそれだった。先程からの一連の様子は、放っておいていいものかと。
「気にはなりますよね。でも……」
かのんは遠い目をし、恋の心根の強さに想いを馳せる。
「もうちょっとだけ、見守ってみましょうよ。恋ちゃんの気持ちの問題だし」
きっと乗り越えられるという信頼。それを感じ取り、飛羽真もまた頷いた。
こうして、春先の夜はゆっくりと更けていった。
☆ ☆ ☆
「はっ!」
庭先に、空気を斬る音がブゥンブゥンと一定のリズムでよく響く。
「もっと……強く!」
緋道蓮が、風双剣を振るい太刀筋を鍛える音だ。
メギドとは違う未知の強敵。ユーリを交えた〝二刀流〟で対処はできたが、気を抜いてなどいられない。
〝あの程度〟の相手、もっと手早く倒せなければいけないのだ。
強さの果て。
そこに辿り着くまでに、越えなければいけない壁は────とてつもなく多く、どれもとても高いのだ。
剣を振るうちに、まだまだ肌寒い3月の夜だというのに汗が噴き出す。庭先に置いていたタオルの方へと歩き手を伸ばした時、
「……あ」
庭先にパジャマ姿のまま立っていたすみれと、目が合った。
「何だよ。風邪ひくぞ」
「あんたこそ、汗までかいて風邪ひくわよ」
お互いどうにも距離感というか、会話の据わりが悪いなというのは感じていた。
互いに我が強く気も強いため、尖った自我が自然とぶつかり合う。そんな感じだ。
「ほら」
すみれは蓮が手を伸ばそうとしていたタオルを取り、投げ渡した。
「さっさと寝なさいよ」
「だから、それはお前もだっての」
「あんたにお前とか言われたくないんだけど」
「だったら、俺もお前にあんたとか言われたくねえよ」
ぎり、とお互いに歯噛みする音が聞こえる。しばし二人は睨み合っていたが、
「……あーやめだやめだ、マジないわ」
蓮の方が先に視線をそらし、そっぽを向いた。
「こんなことでイライラしてんのがもったいねえよ。今は鍛えるだけだ」
「それはなに? 〝強さの果て〟ってやつのため?」
その問いは咎めたり噛みついたりではなく、純粋な興味といった様子だった。
蓮の性格が自分に噛み合わないのは、その強さの果てを追い求める我の強さから来ているのは間違い無い。
だからこそ、はっきりと聞いておきたいといった様子だった。
蓮は話してわかんのかよといった表情でしばしすみれを見ていたが、
「まあ、そうだよ」
意固地になって隠すものでもないかと、ぶっきらぼうに答えた。
「そう」
意外にも、すみれの反応は淡白なものだった。
「何だよ、何か言いたかったんじゃないのかよ」
やはり意外だったようで、蓮は振り向く。
「別に。あんたがやりたいことがあって、頑張ってるってわかったから。それだけよ。それだけったら、それだけ」
実際のところ、すみれは蓮のストイックさに色々と感じ入っていたのだ。
強さの果てという目標を追い求めて、その為に必死に、必死に、必死に努力する。
同じじゃないか。
自分だけの輝きを追い求めて、必死に、必死に、必死に努力してきた自分と。
それを想えば、何か言うことなど彼女にはできるはずもなかった。
「そうかよ」
にこりともしない。
だがそれが蓮だ。たくさん迷った。たくさん悩んだ。たくさん苦しんだ。
だからこそ、今はただ強さの果てという目標だけを見ていられる。
だが、
「……お前もな」
気づかいができないというわけでは、無い。
「え?」
「アイドル、頑張ってんだろ。もっと頑張れ」
目を見るでもなく、ただただぶっきらぼうにそう言った。
「……言われなくても頑張るわよ。頑張るったら頑張るわ」
すみれは意外だと思いつつも、いつもの芯の強さでそう返す。
「おやすみ」
それだけ言うと、彼女は蓮がまたブゥンブゥンと剣を振るう音を耳にしながら、部屋へと戻っていく。
その口元は────少しだけ、笑っていた。
☆ ☆ ☆
「……うむ」
バルコニーに立ち受ける夜風は、冷たかった。
しかしその冷たさが、今の凌牙には心地良い。久々の人の多さに、雰囲気疲れで火照ったのもあるだろう。
守るべき人たちの営み、あたたかさ。
どうしても組織の中で育ち組織の中で生きていると、その存在は実感しておりアイデンティティのひとつとなりながらも、実体験としてどういうものなのかを時に忘れそうになる。
飛羽真達と親交を深めて以来、そういったものに触れる機会が増えたとはいえ。
だからこそ、偶発的ながらも飛び込んだこの物語の世界と、今日のこの時間は大事に覚えておこうと彼は思っていた。
庭先で蓮が剣を振るう姿を見ながら、そろそろ戻るかと凌牙が振り返った時、
「あの」
葉月恋が、そこに立っていた。
先程は笑顔を見せてはいたが、今はその表情はどこか浮かない。
「どうした?」
「少しだけ、よろしいですか」
震える声でそう言った恋に、凌牙は無言で頷いた。
恋はおずおずとバルコニーに出ると、凌牙の隣に立ったまま庭先の中空へと、何も見ていない空虚な視線を落とす。
「その」
恋はこういう状況なのだから話さねばと息を震わせる。
だが、何と言うべきか、果たしてこの話をしてよいものかという迷いが、彼女に次の言葉をなかなか言わせてはくれない。
「ゆっくりでいい。最後まで聞く」
凌牙は自分の目線よりも下にある恋の頭の方へと首を向け、ただそれだけ言った。
恋が何かを伝えたいこと。しかしそれを伝えづらいこと。
凌牙も会話がうまい方ではないが、彼女のその一生懸命な気持ちを無碍にしたくはないのだ。それを受けて、恋は少し深呼吸した後に────
「……『メイさん』って人は、すてきな人なんでしょうね」
ただ、それだけ言った。
それだけで、凌牙にも恋が何が言いたいのか、はっきりとわかった。
「ああ。須藤芽依は、間違い無く……すてきな人だ」
凌牙自身、彼女の明るさと元気にはかなり助けられたと言っていい。明るく元気で、それでいていざという時には剣士達に戦わない立場であるが故の視点を投げかけ、檄を飛ばしてくれる。
倫太郎は「太陽のような人」と彼女を称したらしいが、まさに、だ。
「よかったです」
恋の声は、震えている。
「そんなすてきな人なら、きっと……安心ですね」
自分の中で溢れてしまいそうなものを必死にこらえて、声を震わせている。水をふちのぎりぎりまで湛え、つつけば溢れてしまいそうなコップのように。
凌牙はその事実を受け止めたうえで、
「……無理はするな」
水の湛えられたコップを、つついた。
「えっ……」
「俺しかいない。誰にも言わん。俺にも見られたくないなら、今すぐ消える」
「わ、わたくし、は」
「家のことも、学校のことも聞いた。立派だと思う。だが」
16歳の少女が背負うにはあまりに大きいものを背負って、頑張ってきた事実。
他者のために粉骨砕身できるその心持ちは、賞賛するに余りある。だがそれでも、
「自分の気持ちに、蓋をしない時があってもいいだろう」
一人の人間として、恋自身も自分の気持ちをさらけ出していいはずだ。わがままな瞬間があってもいいはずだ。
恋はもう、何も言えなかった。必死に堪えていた中での不意の優しさ。
それは、彼女の中にいっぱいになったものを溢れさせるには充分だった。
彼女はすばやく凌牙の右腕にしがみつくと、顔をうずめた。
そしてその直後、すすり泣く声が聞こえ……凌牙は服越しに、じんわりと自分の腕が濡れていくのを感じ取っていた。
「す、すい、ませんっ」
「気にするな」
「わた、し」
何か言おうとするが言葉を紡ぐことはできず、ただただ嗚咽だけが恋の口から漏れ続けていた。
行き場の無い感情が決壊し、心の叫びがあふれてくる。
生まれて初めて感じた気持ちがかなわないこと。
この気持ちを感じた相手には、もう大切な相手がいること。
その事実に引っかかれた心が、叫んでいるのだ。
そんな叫びを、凌牙はただ己の腕で受けていた。
誰かを守るために鍛え上げ、剣を振るう腕。
だからただ今は、恋の心を守るためにその腕を貸してやることが、己の為すべきことだと思ったからだ。
恋もまた、凌牙の太く逞しい腕が、自分の心の叫びを受けてもびくともしないほどに強いとわかっているからこそ、寄りかかることができるのだった。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
やがて恋は、泣き腫らした顔をゆっくりと上げ、気まずそうに凌牙を見た。凌牙はその視線を感じつつ、ちらと見やっただけですぐにまた虚空へと視点を逸らした。
泣き腫らした恋の顔を、まじまじと見ない方が良いだろうと思ったからだ。
「……あ゛りがとう、ございました」
「礼には及ばん」
「また明日から、よろしくお願いいたします」
それだけ言うと、恋はたたっと駆け、自室の方へと去っていく。
凌牙は追うことも、振り返ることもしなかったが、その足音をただ最後まで聞いていた。
────涙で濡れた腕が、そこから少しずつ冷えていくのがわかった。
☆ ☆ ☆
恋の涙を受け止め、バルコニーに立ち尽くす凌牙の背中を、
「お兄様……」
神代玲花は、ただ眺めていることしかできなかった。
凌牙の話す声が聞こえたのでふと寝所を立ってみれば、とんでもない現場に出くわしてしまったものだ。
恋の倫太郎への感情はわかる。そしてそれが叶わぬことだと彼女が知ってしまったことも、事実としてあったのはわかっていた。
だが彼女の感情を受け止める相手が、まさか敬愛する兄だとは思ってもみなかったのだ。
(……優しいですね)
彼女には、ただそれだけの言葉しか無かった。わかっている。
凌牙は強く、優しく、頼もしく……憂う人がいれば、きっとその感情に真摯に向き合うであろうということは。
ふっと笑い、玲花は気づかれぬよう、その場を後にした。
☆ ☆ ☆
夜が明けていくと共に春先ながらまだ冷たい朝の空気が頬を撫ぜ、かのんは目を覚ました。
う、ん、と床の中で伸びをし、ゆっくりと意識を覚醒させていく。
「……早すぎた」
周りの寝息を聞きながら、彼女らを起こさないようにゆっくりと部屋を出る。とりあえずお手洗いにでも行こうかと思ったその時、
「あ」
「あっ」
葉月恋と、ばったりと出くわしてしまっていた。
「かのんさん……」
恋の顔は、涙の跡でひどいものだった。
彼女の涙の理由が何なのか、何を想って泣いたのか。
察しはつくが、それを言葉にするのは憚られる。何を言うべきかと、かのんが逡巡していた時、
「いっぱい、泣いちゃいました」
恋は泣き腫らした顔のまま、笑ってみせた。
「……この事、皆さんには」
「うん。わかってる」
それ以上何か言うのは、余計な気がした。少なくとも恋の笑顔には、もう未練は無さそうだったから。
二人はその場で別れると、思い思いの方向へと向かっていった。
☆ ☆ ☆
(顔を洗わないと……)
かのんと別れた後、誰にもこの顔を見せたくないと思い恋が洗面所へと歩いていたその時だった。
「わっ、と!」
目の前で声を上げ、急に立ち止まった影があった。
恋はきゃっ、と小さく叫んだ直後、その相手を見て────今度は、きゃっ! と強く叫んだ。
立ち止まった影は、新堂倫太郎その人だったからだ。
「恋さん!? その顔は……」
「見ないでくださいっ!!」
恋はすぐさま振り返り、家の中だというのに思い切り駆け出してしまっていた。
見られたくなかった。見られたくなかった。見られたくなかった。
一番見られたくない相手に、見られてしまったのだ。
どこに行くべきか、と無我夢中で駆けていた時、
「恋さんっ!」
力強く、しかし負担をかけない力運びで、倫太郎が恋の腕を掴んでいた。
「はなして……」
「すいません。それはできません」
互いの声が、とても苦しい。
「恋さんの、その顔は……」
基本的に男女の機微に疎く、実直故に鈍いところもある倫太郎だが、彼はその時恋の態度から、直感的にわかってしまっていた。
その顔は、僕のせいですか、と。
「ぼk……」
「新堂倫太郎さんっ!」
倫太郎が言葉を紡ぐよりも先に、恋はそれよりも大きな声を被せた。倫太郎は驚き、その動きが一瞬止まる。
「言葉って、とっても素晴らしいものだと思うんです。言葉があるから、人は繋がれる。その言葉が記された本を守る、皆さんたち剣士も────とても勇ましい」
「……?」
突然の恋の言葉に、倫太郎はその真意をはかりかねている。
「ですが」
恋の表情に、
「言葉にしないままの方が、いいこともあると思うんです」
もう、迷いはなかった。
「今はただ……世界を、守ってください」
そう告げる彼女の姿は、美しさすら感じる。
「世界を守るために戦っているあなたの姿が────好きですから」
そうして恋は、自身の告げるべき〝言葉〟をはっきりと形にした。倫太郎はその言葉の裏にある重みをただただ噛みしめていたが、
「はい!」
短く。それでいて、しっかりと、はっきりと。
彼女の気持ちに対し自分が応えられる最適の〝言葉〟を、彼は返した。
言葉があれば、人は繋がれる。言葉にしないからこそ、わかるものもある。
偶然にも交わった異なるふたつの物語の交差点の先行きは、哀しみもあれど────ひとつの優しい終わりを迎えていた。
☆ ☆ ☆
やがて全員が起きだしてくると、彼らは手早く身支度をしかのんの家へと足を運んだ。
かのんの母にはサヤ相手と同じようにソードオブダンスが云々で説明し、全員の朝食を出すことと相成った。
とはいえのんびりしている時間は無い。この時間は作戦会議も兼ねているのだ。しかしながら、
「倫太郎、どうかしたか?」
やはり色々と考えてしまうのが人間というものではあった。
カウンター席の賢人はトーストサンドをかじりながら、隣の席でコーヒーのマグを持ったまま何かを考え宙を見つめている倫太郎に問いかける。
「……! ああ、いえ」
呆然としていたことを自分でも気づいていなかったと頭を振りながら、倫太郎は一度自分の頬を叩く。
そのさまに、賢人は首を傾げるしかなかった。
「絶対塩コショウデス!」
「何言ってるのよ、ドレッシングったらドレッシング!」
一方でテーブル席にいる可可とすみれは、サラダに何をかけるかで言い争っている。
「うるせーんだよ、朝メシがまずくなるだろ」
蓮はといえば、それを目の当たりにして呆れながら自分のぶんのベーコンエッグを口いっぱいに頬張った。
「どっちでもいいだろ、うまいから。なあ?」
尾上は二人にやんわりと仲裁を入れるが、
「よくないデス!」
「も~~! おじさんってこーゆーとこがヤなのよ!」
返す刀でばっさりと斬られてしまい、難しいなと首を引っ込めていた。
「で、実際のところどうなんですか?」
「まずは街に出るというのは昨日の決定から変わりないが……手がかりも何も無いからな」
千砂都に問われ、ユーリもベーコンエッグを口にしながら今日の作戦についてううむと考えを巡らせる。
「Liellaの皆にはここにいてもらって、誰か見張りをつける。そのうえでこっちも街に出て早めに見つけ出すのがいいかなとは」
飛羽真の提案に、一同は反対する理由もなくそれがよさそうだと考えていた。
行動するのは重要ではあるが、敵がLiella! を狙っている以上見張っておかねば敵がそこを狙ってこないとも限らないのだ。
「よろしくお願いいたしますね」
恋がぺこりと頭を下げる。その目元は、普段ならライブの時以外しないはずのナチュラルメイクで彩られていた。
「……ああ」
何があったのかを理解したうえで、凌牙はしっかりと、深く頷く。それが彼女の答えならば、それでよいと。
「皆さん力が出るように、朝ご飯ちゃんと食べてくださいね!」
かのんはコーヒーのおかわりの入ったポットを手に、キッチンから客席の方へとやってくる。それらをテーブルに置いたところで、
「そういえば、なんですけど」
彼女は、近くに置いていたあるものを手に取った。それは、
「ギター……ですか?」
ソフィアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。結構うまいんですよ?」
かのんはふふっと笑い椅子に座ると、
「皆さんと出会って、イメージが浮かんだ曲です……!」
指でぎゅっと弦を抑え、
その曲を、弾き語り始めた。
ジャカジャカと響き続けるアコースティックサウンドの中で、壮大な歌詞が紡がれる。
そう口ずさむ時、かのんの頭の中には飛羽真の姿が浮かんでいる。
勇敢に聖剣を構え、仮面ライダーへと変わったあの時の飛羽真の姿が。
夢という、誰にでも平等に与えられ、そして描くことのできる物語。
その結末を決めるのは────他でもない、自分自身なのだ。
彼らは皆、一様にその歌に聞き入っている。
剣士達の戦う姿を目にし、互いにその剣の重さを知っている彼らだからこそ。
二番まで歌いあげていくと、かのんの指に、喉にこもった歌への情熱は、いよいよ熱さとはげしさを増した。
仮面ライダーセイバー、と最後のワンフレーズを歌い上げた瞬間、ギターの音も止み、一瞬の静寂が訪れる。
後には、ただただ歌の熱気だけが支配していたが────
「……いいね! 最高だ!」
飛羽真が真っ先に立ち上がり、満面の笑みで拍手を送った。それが呼び水となり、全員が思わず手を叩き、拍手を送っていく。
ちいさな店内に興奮の渦が巻き起こり、店内で飼われているコノハズクの〝マンマル〟がびっくりしたように首を上げた。
「まさか、こんな良い歌を作ってもらえるとは思わなかったよ……!」
昨日かのんから聞いてほしい曲があると言われていた飛羽真ですら、興奮冷めやらぬ様子だ。
物語の中でかのん達は本当に楽しそうに歌を作っていたが、自分たちがその歌の題材になるとは思いもよらなかった。そういった得難い体験があるからこそ、余計に喜びも大きいのだ。
「照れますね」
そう言いつつも、かのんもまた満足気だ。
「あんた、一晩でこれを?」
すみれはそのポテンシャルに少々驚いている。
かのんとて万能ではなく、歌詞を考える際にはカンヅメにされてもなかなか思い浮かばなかったこともあるぐらいだ。それを考えると、このペースは驚異的といえる。
「こう、降りてきたー! みたいな? 昨日からのことを色々考えてたら、イメージがわいてきて……」
かのん自身、自分の出せた結果に驚いているようではあった。
神がかり、とでも言うべきか、未知の体験が彼女のインスピレーションを激しく刺激していたのだ。
「『世界を変える気骨あるなら』」
「『まず自分自身を変えろ』……ですか。良い歌詞ですね」
賢人と倫太郎は、そこに込められた言葉の重みに感じ入っている。
自分達の物語を基にそういう言葉を選んでもらえたとするならば、それはかなり光栄だとも思えるものだった。他の剣士達も、口々に良かったなあと賞賛の言葉を贈っていく。
「次のライブでは歌えなさそうデスけどネ」
苦笑しつつも、可可もいい表情だ。
「でも、歌の方向性は広がった感じ?」
千砂都は改めて、度々感じてきたこの幼馴染の凄さにエネルギーをもらっている。
「『本気じゃないような勇気はないと教えてくれた友がいる』……。いいじゃない」
すみれはそのフレーズに、思うところあるように笑みを見せた。
「剣士の皆さんのことを、この曲でずっと忘れずにいられますね」
恋もまた、曲の余韻に浸りつつとても嬉しそうにしている。
「……よかった」
かのんの口から、自然とそんな言葉が出ていた。
歌を作ること。歌を歌うこと。
それは、歌を聞いた誰かの心に、歌に込めたものを届けたいからだ。
それが確かに届いたとなれば、そんな言葉も出てくる。
「実はね、もう一曲……」
かのんがそう言いかけた時だった。
ドオン……と鈍く、重い爆発音が、すぐ近くで響いたのだ。音と共に、衝撃が店全体をびりびりと揺らし、腹の奥に重い感覚が一瞬響く。
「この音は!?」
飛羽真はただならぬ気配を感じ、すぐさま飛び出していく。他の剣士達も後へと続いた。
「私はこっちを!」
「頼みます!」
先程の作戦通りの残ってかのんらを守る役目としてソフィアがその場に残ることになり、飛羽真は声と目線だけで感謝しつつ外の様子を改めて把握した時────息を呑んだ。
すぐ近くで、もうもうと黒煙を上げながら火の手が上がっていた。そして、
「出てこい剣士共──!!」
怪物じみた低く異常なまでに響く声がここまで聞こえてくる。あの声は、おそらくザガンだろう。
「……!」
後ろでは、扉から顔を出し外の様子をうかがおうとしたかのんが言葉を失くしていた。
「かのんちゃん! 中に────」
「失礼する」
その場の空気が、ざわっ、と冷えた。
「えっ、えっ……!?」
「やあ、【主人公】」
かのんの背後に、フェネクスと名乗ったあの女がぴったり吸いつくように立っていたのだ。
「この物語を、私にくれ」
フェネクスは自分よりも低い背丈のかのんに合わせ、身をかがめながら耳元でささやいた。
「このっ……!」
「待て尾上! 当たるぞ!」
尾上は土豪剣を構えるも、大秦寺がそれを止める。さりとて、何もしないわけにはいかない。
「光あれ!」
ユーリは光剛剣の特性で光を放つが、
「無駄だ、光の剣士」
フェネクスの視線がその光の方へと移ると、じとっ……とした闇が目を通して視線から溢れ、ユーリの光を飲み込んでいった。
「それじゃあ」
フェネクスがその闇に手をかざすと、闇はぐぐっ、と広がり、大きくなり────人一人が入れるほどの大きさになった。そして、
「さらばだ」
フェネクスがとんっ、と突き飛ばすと、かのんの身体はその闇の中へと倒れ込んでいき、ぐぐっと引っ張られていった。
「かのんちゃん!!」
一瞬。しかし永遠にも感じられそうなその絶望の瞬間に、飛羽真は手を伸ばし、かのんの手を掴んだ。
「せんっ、せ……!」
かのんも握り返そうとするが、その瞬間闇の引っ張る力がどんどんと強くなっていく。
かのんの足は浮き上がり、すでに爪先は闇に呑まれかかっていた。
「やっ、やだっ……!! たす……」
「────絶対に助ける!!」
かのんが言い終わらぬうちに、飛羽真の強い声が響く。
「約束だ!!」
「できもしない約束は」
フェネクスは口の端を歪めながら歩み寄り、
「しないことだ」
ぼうっ、と二人が握った手に火を灯した。
「うあああああ!!」
二人の叫びが同時に響き、かのんは思わず手を離してしまっていた。
「あっ……!」
その後の言葉ごと、彼女の身体は闇の中へと引っ張られ────そして、消えた。
☆ ☆ ☆
「……う、ん」
ひんやりと冷たい感触に全身が預けられているのを感じ、かのんは目を覚ました。
「っ! みんなっ!!」
意識がはっきりしてくると同時に、彼女は飛び起きる。一体あの後どうなったのか。情報に飢え、かのんは辺りを見回す。
そこはまるで、図書館のようにずらりと本棚の並ぶ部屋だった。しかし普通の図書館でないこともすぐにわかる。透明な壁の向こうには、宇宙空間が広がっていたからだ。
「ここ、は……」
かのんが立ち上がった時、その足元でなにかが彼女の足にこつん、とぶつかる。
それは一冊の本だった。
かのんは本を手に取り、そしてそのタイトルをはっきりと目にした。本の題名は────
────『ラブライブ! スーパースター!!』。