仮面ライダーセイバー 不死鳥の少女と星の歌声   作:度近亭心恋

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第五章 もう一度、あの場所で。

「これ、は」

 

 かのんは自分の足にぶつかったその本を、おそるおそる拾い上げた。

 オレンジの革表紙に飾り気のない装丁。

 気取ったフォントのアルファベットの方が似合いそうなデザインのそこに、少々不釣り合いなまでにかわいらしいフォントのタイトルが踊っていたのだ。

 

 

『ラブライブ! スーパースター!!』

 

 

 ご丁寧に「ラブライブ!」と「スーパースター!!」の間には、「school idol project」の文字まで小さく書かれている。それはつまり、

 

「ラブライブと、スクールアイドルの……本?」

 

 そう判断すると、かのんは迷うことなく身をかがめ、その本を手に取っていた。

 

 それに伴い、宇宙空間以外の周りの景色もだんだんと意識の中に入ってくる。

 よくよく見れば、周りには本棚が山のようにあった。そこに収められた本は千、万と数があり、大きさも装丁も不揃いで、まるで統一性がない。

 

 そしてそんな中で、先程手にした本だけが床に置かれていたこの状況。

 

 開かなければいけない気がした。この、『ラブライブ! スーパースター!!』という本を。

 かのんの細い指が、固い表紙へと伸ばされた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「かのんちゃん……!? かのんちゃん!!」

 

 店内に真っ先に響いたのは、千砂都の声だった。

 目の前で親友が闇の中に吸い込まれ忽然と姿を消したという事実は、彼女に声をあげさせるには充分なそれだった。

 

 その反応を楽しむかのようにフェネクスはくすくすと笑いながら近づき、

 

「邪魔だから消えてもらったよ、『ちぃちゃん』」

 

 千砂都に顔を寄せながら、そうささやいた。

 

 まるで親しい友人にささやくかのようなそれに、千砂都は背筋がぞおっと寒くなるのがわかった。

 

〝烈火、抜刀!〟

〝流水、抜刀!〟

〝黄雷、抜刀!〟

 

 その瞬間、三種のソードライバーから抜刀された聖剣を構え、セイバー、ブレイズ、エスパーダへと変身した三剣士は、千砂都を守るかのようにフェネクスへと斬りかかっていた。

 

「いいな、迷いがない。聖剣の剣士はそうでなくては」

 

 逃げ場のない三方向からの攻撃を、フェネクスは炎と羽根の塊となって受け流し、すぐにその身体を元の美女へと戻す。

 

「だが、敵は私だけではないぞ」

 

 フェネクスのその一言の後に、また遠くから爆音が響く。先程からの敵の襲撃は、未だ続いているのだ。

 

「……ソフィアさん! やはりここは俺達が!」

 

 飛羽真は素早く人の配置を組み立て直す。

 

 最初はソフィアにカリバーとしてLiella! の面々を守ってもらう予定だったが、このままセイバー、ブレイズ、エスパーダの三剣士がフェネクスを相手取り、残りの面々は街のメギドを相手取るのだ。

 剣士達も飛羽真の采配を信じているため、すぐさまそれに従って飛び出していった。

 

「あんた何なの!?」

「かのんを……かのんを返すデス!」

「……っ」

 

 千砂都以外の面々からも、肌でびしびしと感じるほどに強い敵意が向けられている。

 だがフェネクスはそれに対し、やはり蠱惑的に笑って返してみせた。

 

「ひどいなあ、『皆』」

 

 その呼び方。

 その、親し気に語りかけるかのような呼び方。

 

 それはまるで、

 

「かのん……? じゃ、ない……」

 

 すみれは同時に浮かんだ親近感と違和感を、頭を振って打ち消す。

 

 目の前にいるのは、長い黒髪の少女。かのんとは似ても似つかない。

 そのはずだ。そのはずなのに。

 なぜか少女から、かのんがまとっていたそれと同じ雰囲気を感じるのだ。

 

「やめろッ!」

 

 セイバーの火炎剣がすぐさま飛んでくるが、やはりフェネクスはそれを無力化する。暖簾に腕押しだ。

 

「この物語は……かのんちゃんのものだ!」

「ほう、気づいたか」

 

 セイバーの叫びに、フェネクスは余裕を崩さぬまま答える。

 むしろ、セイバーが彼女の真意に気づいたことに対して喜んでいるような節すら感じられた。

 そして次の瞬間には、手元から羽根と炎の塊が飛んで来ようとするが、

 

「飛羽真! どういうことですか!?」

「物語を……まさかとは思うが」

 

 攻撃がセイバーに届く前に、ブレイズとエスパーダが切り払って散らしていく。流石の連携だ。

 

「……ねえ、『可可ちゃん』」

 

 剣士達を無視し、フェネクスはゆっくりと声を震わす。

 名を呼ばれた可可はびくっと怯えるが、やはりすみれのように恐怖と同時に、妙な安心感も覚えていた。その気持ち悪さに、彼女は顔をしかめる。

 

「あの時、可可ちゃんも震えてるってわかって……『私』、思ったんだ。『歌える、ひとりじゃないから』って」

 

 その一言に、可可はぞわっと全身に寒気が走るのがわかった。

 

 それは。その想い出は。

 

「『すみれちゃん』。……『センターが欲しかったら、奪いに来てよ』」

 

「『恋ちゃん』。……『スクールアイドルは、お母さんにとって最高の想い出だったんだよ』」

 

「『ちぃちゃん』。……『だったら私も思ってた。ちぃちゃんに助けてもらってばかりだって』」

 

 一人一人にかけられた言葉。それはどれも、「澁谷かのん」でなければ知り得ない想い出。

 

「……これは『ラブライブ! スーパースター!!』」

 

 フェネクスは周りで硬直している面々を見回しながら、

 

「『私』を叶える……『物語』だ」

 

 ふふっ、と静かに笑ってみせた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 かのんが開いたその本は、最初に目次があった。

 

 目次には大きな見出しとして、『第一部』『第二部』『第三部』の文字が躍っている。

 そしてそれぞれの部は章分けされているのだが、そのタイトル群を見た時、かのんの背筋に寒気が走るのがわかった。

 

「『クーカー』……!?」

 

 『Liella!』。『葉月恋』。『結ヶ丘』。

 どう考えてもおかしな話だ。自分達に関する固有名詞が、ここには確かに記されている。

 

 かのんは震える指で、目次から第一部のページを開く。

 そこには────小説形式で、『物語』が記されていた。

 

 

第一部

 

第一章 まだ名もないキモチ

 

 澁谷かのんは、世界から音が消えた瞬間を知っていた。

 

 歌うことが好きだった。歌を世界中に届けたいと思っていた。

 それだというのに。

 

 かのんは、歌うべき瞬間に歌うことができなかったのだ。

 

 表参道と原宿と青山のはざまに新設された結ヶ丘女子高等学校の音楽科は、そんな彼女に門戸を開くことはなかった。

 合格することをサクラサク、桜が咲くとはよく言ったものだが、実のところ、合格だろうと不合格だろうと、桜はその季節に平等に、ただただ咲きほこっている。

 

 夢かなわなかった者への気持ちなど、知ることもなく。

 

「ば──か……。歌えたら苦労しないっつーの」

 

 朝だというのに締め切った薄暗い部屋で、かのんはリズムゲームが開かれているスマートフォンを投げだすと、そう毒づいた。

 

「……これ」

 

 その後はもう、言葉が出てこない。

 

 偶然の一致や気のせいなどでは片づかない。

 これは紛れもなく、かのん自身が感じたこと。経験したこと。

 

 それが確かに、この本には記されていた。

 

「『主人公』……。『主人公』……。『主人公』……!」

 

 あのフェネクスと名乗った少女が口にしたそれの意味が、ようやく理解できた。

 そして飛羽真のやり取りからして、恐らく彼と剣士達は、このことを知っていたのだ。

 

「私の、人生の……物語」

 

 だがそれも正確ではないのだろうと、かのんは聡いため理解できていた。

 これがただ澁谷かのんの物語ならば、彼女が両親の下に生まれた瞬間から物語が始まるはずだ。

 

 だがそうではなく、結ヶ丘に入学する前の瞬間からこの物語は始まっている。

 そして、『ラブライブ! スーパースター!!』というその題名。

 

 かのんは息を荒くしながら、ページをどんどん開いていく。

 

 

第二章 スクールアイドル禁止!? 

 

──────

 

 朝焼けの光がこんなに美しいと思ったのは、はじめてかもしれない。

 

「……きれいデスね」

 

 可可は自然な笑顔で、かのんとこの感動を分かち合うかのように告げた。

 

「……うん。そうだ! さっき、曲完成したんだ!」

「わあっ! 聴きたいデス!」

「人がいるから、ここじゃ恥ずかしいよ。あとでデータ送るね」

 

 かのんはそう言ったが、可可の表情はやがて真剣なものとなっていった。

 

「歌ってくれマセンか?」

 

 えっ、とかのんは驚きの声を漏らすが、可可の様子は変わらない。

 

「ここで、歌ってくれマセンか? 可可、かのんサンの歌っているところが見たい」

 

 真剣な想いを、ただただ口にする。

 

 

「────かのんサンの歌が、聴きたいデス!」

 

───────

 

第四章 街角ギャラクシー☆彡

 

───────

 

 雨はこんなにも冷たいのに。

 こんなにも、今のこの場所は冷え切っているのに。

 

 どうして、画面の向こうのクーカーからは────こんなにも熱気が伝わってくるのだろう。

 

 すみれは思わず傘を下ろし、彼女らの振り付けを真似て踊りはじめていた。

 どうしてそうしたか、なんてわからない。

 

 ただ、心が昂ったから。

 ただ、追いつきたかったから。

 

 色々なものが織り交ざって、すみれの身体を動かしていた。

 だがやがて、その動きは止まる。

 

「やっぱり私じゃ……」

 

 これまでの数多くの挫折の経験が、彼女をためらわせる。

 しかし。

 

「見ーちゃった~~♪」

 

────────

 

「……ッ」

 

 結ヶ丘に入ってから、見たこと、出会った人、感じたこと。

 そのすべてが、ここには書かれている。

 

 そして物語は、あの冬のラブライブ! の決勝へと進んでいく。

 

 

第十二章 Song for All

 

───────

 

 いよいよ、モニターに結果発表の文字が躍った。

 

 真冬だというのに身体の奥から熱が湧き上がり、緊張が全身を支配していく。

 そうしているうちに、目の前で画面が切り替わり始めた。

 

 5位。

 違う。

 

 4位。

 違う。

 

 3位。

 違う。

 

 

 2位。

 よく見知った5つの顔が、そこに並ぶ。

 

 

 あっ、という声が5人の近くで響くが、それは周りが漏らしたものだったのか。

 それとも自分の口から出たものだったのか、今のLiella! に冷静に判断できる者はいなかった。

 

 そして、栄えあるファイナリストは────────

 

『コンッグラッチュレ~~イション!! 全国大会に出場する東京地区の代表は、Sunny Passionです!』

 

 端的なアキバレポーターの言葉と共に結果発表は終わりを迎え、後にはただ事務的な『Love Live!』の文字だけが踊っていた。

 

 ラブライブ! の栄光は、いつだって変わらずそこにある。

 ただ、その栄光を掴む者はLiella! ではなかったというだけ。

 

 それだけだ。ただの、それだけ。

 

 今のかのん達の気持ちなど知る由もなく、無事に、つつがなく、東京地区の大会は円満に幕を閉じたのだ。

 

────────────

 

 ごくり、とかのんは息を呑んだ。

 

 心臓が早鐘のようにどくどくと脈打って、全身に鼓動が伝わっている。

 物語は、確かに今現在のかのんに繋がるところまで描かれていた。

 

 だが。

 だが、しかし。

 

 ページは、まだ三分の二も残っている。

 

 目次に書かれていた「第二部」「第三部」の文字が、頭の中でぐるぐると回り、かのんは吐きそうになった。

 

「……つづ、き」

 

 どくどくと脈打ち震える指先で、かのんは次の「第二部」と大きく書かれたページをめくる。

 そこには、

 

第二部

 

第一章 ようこそLiella!へ! 

 

 気づけば、冬の東京大会から三ヶ月が経っていた。

 

 すっかり町中に充満するほどに漂った春の陽気は、当然のように喫茶店の中にも流れ込んでいる。

 そんな陽気の中で、澁谷かのんはジャムを塗ったトーストを急ぎ足に口にし、母とありあから感嘆したような、呆れられたような様子で見守られていた。

 

「毎日偉いわねえ」

「入学式は明日でしょ?」

 

 二人はそう言うが、

 

「休んでるヒマなんてないの! ごちそうさま!」

 

 かのんはただただ自分のペースでそう返しつつ食べ終わると、マンマルに声をかけて家を後にしていく。

 そうして結ヶ丘へと向かう道中で、かのんの視界に飛び込んできたものがあった。

 

〝LoveLive! Over all Victory〟

 

 街頭モニターに表示されたそれは、Sunny Passionのラブライブ! 優勝を人々に伝えていた。

 

「……ッ」

 

 かのんはその心に、熱いものがみなぎってくるのを感じていた。

 

 始まりの季節。

 澁谷かのんと、Liella!の歩む夢への道は、二年目の始まりを迎えていた。

 

────────────

 

 まだ訪れていないはずの、これから訪れるはずであろう未来が────はっきりと、記されていた。

 

「いやっ!」

 

 かのんは耐えられなくなり、恐怖の表情で本を投げ捨てた。

 

 本はがさっと音を立て、たくさんある本棚の近くに落ちる。

 激しい鼓動の後に自分では止められない震えが全身に走るが、かのんはどうすることもできずそこで呆然とするしかなかった。

 

「全部、決まってたの……? 書かれてたの……?」

 

 今まで自分の歩んできた人生は、かのん自身が決断し、かのん自身の想いを以て為してきたものだと思っていた。

 かのんだけじゃない。他の皆だってそうだ。

 だが実際には、この本に全てが書かれていた。

 決断も、想いも、感動も、全部。

 

 

 あらかじめ決まっていた筋書きの上を、かのんは走っていただけだというのか。

 

 

 深い絶望が、かのんの心を覆っていた。

 その時だった。駆けてくる足音と共に、

 

「飛羽真! 倫太郎! って……あれ?」

 

 おしゃれだが動きやすいカジュアルスタイルでまとめた女性が、少し焦ってその部屋へと姿を現していた。

 女性はへたり込んでいるかのんの姿をひと目見ると、何かただならぬことが起こっているのを察し駆け寄ってくる。

 

「大丈夫!?」

「あなた、は」

 

「うちは須藤芽依! 飛羽真の、ああいや、小説家の神山飛羽真の……!」

「……編集者の、『メイさん』」

 

 かのんはすぐに納得がいった。飛羽真から聞かされ、倫太郎にとっても深い関わりと想いのある『メイさん』とは、この人のことだったのだ。

 なるほど太陽のような明るさと優しさを持っているであろう人柄が、ひと目見ただけで伝わってくる。

 

「そう! 編集者の……って、なんで知って」

「ききました、から」

 

 かのんはそれだけ返すのがやっとだった。今の状態では、まともに会話もできそうにない。

 

「飛羽真から?」

 

 芽依の問いに、かのんは力なくうなずく。

 

「もしかして、この本?」

 

 かのんが動けないのを察してか、芽依は近くに落ちていた『ラブライブ! スーパースター!!』を拾い上げつつ言葉をかける。

 かのんはびくっと怯えるが、またしてもゆっくりとうなずいた。

 

「物語の世界……ほかの世界の人、なんだ」

 

 芽依は手にした本を優しく閉じてやると、丁寧にそれを撫ぜた。

 

「これ、あなたの物語でしょ?」

 

 芽依に差し出され、かのんは目を見開いてしまっていた。

 

 ここには書かれている。

 

 かのんの決断も、感情も、なにもかも。

 ぜんぶ、書かれている。

 

「────ッ」

 

 ただ、息を呑むことしかできない。

 自分の人生がどこかに記されていて既に筋書きが決まっていると知らされて、それに驚かないほうがどうかしている。

 

 芽依はかのんのその様子を見て、何が起こったのかを察した。そして、

 

「びっくりしたよね。飛羽真たちは、この中に?」

 

 優しく膝をつきながら、目線を合わせていた。はい、とか細く答えたかのんの声を聞いても、その様子は変わらない。

 

「世界の運命が決まってる。自分の人生がどこかの本に書かれてる。何それ! ってなるけどさ」

 

 芽依は一瞬、宙へと目を泳がせる。まるで、そういった体験を思い返すかのように。

 そして、そんな運命と戦った者達への信頼を、思い出すかのように。

 

「……あなたがいなかったら、あなたのこの物語はどうなるの?」

 

 しっかり、はっきりと、そう告げた。

 

「私が……いなかったら……」

 

 かのんの視線が自身の物語の本を捉えた、その時だった。

 爆音と共にアガスティアベースのその部屋の床がいくつも破れ、次々と怪物────メギドが現れたのだ。

 

「やば!! ここまで来た!!」

 

 芽依は先ほどまでのしっかりした様子から一転して慌てて叫んだ後に、

 

「こっち!」

 

 かのんの手を取り、走り出していた。力が抜けていたかのんは、引っ張られるままに立ち上がり、そしてついていくために同じように走り出していく。

 

 その時、メギドの攻撃によって芽依は『ラブライブ! スーパースター!!』の本を取り落としてしまった。

 だが、拾っている時間はない。

 

 二人は近くの階段を、どんどん駆け下りていく。下へ、下へと。宇宙空間のアガスティアベースから地球のサウザンベースに伸びているそれは、降りても降りても先が見えなかった。

 やがて二人は広い踊り場に辿り着き、どちらからともなく足を止めてその場に座り込む。

 

「ここまで……くれば……」

 

 普段から活発な芽依ではあるが、流石に息が切れている。

 

「なんなんですか、あれ」

 

 かのんは一年間のスクールアイドル活動で体力ができているものの、それでも肩で息をせざるを得なかった。

 

「そう! そこなんだようちが飛羽真を呼びに来たのは!」

 

 芽依は息を切らしながらも声をあげる。

 

「世界のあちこちで今、ああやってメギドが現れてる! 飛羽真も倫太郎もアガスティアベースに行くって言ってたから、絶対何かあった! って思ってソードオブロゴスの人に頼んで入れてもらったら……こんな感じで」

 

 なぜ芽依がここに来たのかという理由はこれでわかった。しかし、それで事態が前に進むわけではない。

 

「だから、あの本……えっと、あなた……!」

「かのんです。澁谷、かのん」

「そう、かのんちゃんの物語の世界の本を、何とかしないと!」

 

 何とかしないとと言われても、どうすればいいのかかのんにはわからない。

 

「なにが、できるんですか」

 

 ただただ、心に空いた穴が広がっていくだけだ。

 

「物語の結末は決まってる。私の未来は決まってる。私が何かすることに……意味があるんですか?」

 

 芽依の視線が怪訝なものになっても、かのんの言葉は止まらない。

 

「私の感動も! 出会いも! みんなも! ぜんぶ、ぜんぶ……」

 

 一冊の本に、自分の人生がすべて記されている。

 それは十六歳のひとりの少女が受け止めるには、あまりにも大きすぎる事実だった。

 

 それをわかっているのだろう。芽依は神妙な表情で、しばらくかのんの絞り出した言葉とその嗚咽をただただ耳にしていたが、やがて、

 

「……物語の結末が決まってるって、本当にそう思う?」

 

 はっきりと、自身の中にある信念を見据えた口調でそう言った。

 意外な答えに、かのんは一瞬呆気にとられる。

 

「だって、本があって……そこに、私の運命が……」

「筋書きがあったとしても、主人公が何もしなかったら、物語は生まれない。そうじゃない?」

 

 芽依は知っているからだ。

 

 

 定まっていたはずの滅びの運命を覆し、新しい物語の世界を作った────〝主人公〟を。

 

 

「物語の中から主人公がいなくなったら、その物語はどうなるの?」

 

 芽依の問いに、かのんの頭の中でぐるぐると色々なものが渦巻く。

 記されていた、物語。かのんと仲間達の、歩んできた道。これから歩むべき道。

 

 それを確かなものにするのは、かのん自身。

 

 

「かのん!」

「かのんちゃん!」

「かのん」

「かのんさん」

 

 

 かのんが動き出さなければ、全てが終わる。全てが失われる。

 大切なものも、大切な時間も、大切な人も。

 

「……だから、めそめそするな! 顔を上げろ! 物語の結末を決めるのは、かのんちゃん自身!」

 

 最後に投げかけられた芽依の言葉。

 それを聞いた時、かのんの中で渦巻いていた思いと、やりたいこと、やるべきことがはっきりと繋がった。

 

 かのんの双眸が、見開かれる。

 

「私、行きます。みんなの、飛羽真先生たちのところに」

 

 かのんが答えると、芽依はにこっと笑ってサムズアップを送った。

 

「飛羽真のこと、頼んだ!」

「はい!」

 

 二人の表情がやっと明るくなったその時だった。二人のいた踊り場にメギドが数体現れたのだ。

 

「やばっ……!」

 

 芽依がそう言った時には、もうメギド達は素早い動きで二人に襲い掛かっていた。突然のことに背筋が寒くなった時、

 

「なあに……やってんだあ!?」

 

 ゴシャッ、という激しい肉を打つ音と共に、二人に飛びかかっていたはずのメギドたちが吹き飛ばされていた。何者かが、二人を守ったのだ。

 

「め、メギド……!?」

 

 かのんは怯えた声をあげた。それもそうだろう。

 二人を守ったかのように見えた相手は、筋骨隆々、見上げるほどの体躯の猛獣のようなメギドだったのだ。

 

「ズオス!」

 

 芽依は驚きと困惑の混じった声を上げていた。

 かつて全知全能の書の力を手にしようとしたメギドの一派、〝黒い本棚〟の一員であった者が現れれば、それも無理はないだろう。

 

「早く行けよ! ワンダーワールドにも影響が出始めてる」

 

 ズオスは人間態へと戻りながら、説明の時間はないとばかりにそう声を張った。

 

 元々、〝黒い本棚〟の面々はワンダーワールドに降り立った〝始まりの五人〟のうちの三人が力に魅入られ離反したもの。

 だが戦いが終わりワンダーワールドにその魂が還った彼らは、今やしがらみから解き放たれ、ワンダーワールドから見守る存在となっていたのだ。

 

 かつて手にしたメギドの姿を、純粋に守る為の力として手にしながら。

 

 ワンダーワールドでそれを見届けた飛羽真の言葉と彼が記した物語で知ってはいたものの、実際に目の当たりにすると、ズオスに傷つけられた経験もあるぶん芽依も少し表情が固くなっていた。

 

「剣士達も戦ってるんだろ!? お前らをきっと待ってるはずだ!」

 

 ズオスの真剣に訴える面持ち。その姿に、かのんと芽依はどちらからともなくうなずいていた。

 ありがとう、と言いながら、二人は駆け下りた階段をまた昇り始めていく。ズオスは気合を入れるかのように吼えると、またメギドの姿で襲い掛かる雑兵たちを相手取って戦っていった。

 

 かのんは走った。走った。走った。

 息が切れているのに。苦しさが体中に広がっているというのに。

 

 ただただ、ひたすらに走っていた。

 

 しかし。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

 唸り声を上げながら、階段の上からメギドが自身の身体から垂らした糸を使って高速で降りてきた。

 かつて若き日の尾上が戦ったこともある、クモメギドだ。

 うわあっ! と叫んだかのんの顔を見て、メギドは表情のない怪物の顔の奥で、グッグッグッと引きつった笑いをあげた。

 

「そのやわらかそぉなハダを……ブシュッと裂くのがたまんねぇ!」

 

 獲物を見定めた笑いと共にクモメギドは鋭利な爪をふるったが────

 

「やめておけ!」

 

 激しい金属音が響き、爪は弾かれていた。

 

「レジエル!」

 

 芽依がその人の名を呼ぶ。幻獣の如き荘厳な居様のメギドが、二人を守っていたのだ。

 

 彼はレジエル。

 やはり〝黒い本棚〟の一員かつ元〝始まりの五人〟の一人であり、幻獣を司るメギドとなった男だ。

 

「ビクトールがワンダーワールドと本の世界、そしてこの世界を繋ぎとめようとしているが、長くはない。最後の一押しになるのはきっと……本の世界から来たお前の力だ」

「ごちゃごちゃとォ!」

 

 二人に事情を伝えようとするレジエルに対し、クモメギドは怒りのままに襲い掛かる。だが次の瞬間、

 

「え」

 

 キイン、という激しい音が一瞬響いた後、クモメギドの首は困惑の声を上げながら胴から離れ、転がっていった。

 一瞬のうちに、レジエルが首を刎ね落としたのだ。

 

「行け!」

 

 その真剣さを感じ取りながら、かのんははいっ、と叫んで芽依と共にまた昇っていく。その背中に、

 

「炎の剣士に伝えてくれ! ……『負けるなよ』!」

 

 かつてセイバーと死闘を繰り広げたレジエルだからこその言葉が飛んできていた。

 

(行くんだ……! あの場所へ……!)

 

 さまざまな想いが渦巻いているのが痛いほど伝わってくる。

 それに応えるために、澁谷かのんは走るのだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「来たか、剣士よ。……若いな」

 

 フラウロスは街を焼くために掌から放っていた炎を一度止めると、自分の前に現れた蓮の姿を一瞥し向き合った。

 

「ちょうどいいや。お前が一番強そうだ」

 

 蓮は自分の相手が敵の中でも一番の強豪なのを見極めるとライドブックと聖剣を携え、

 

“猿飛忍者伝!”

“翠風の巻! 甲賀風遁の双剣が────神速の忍術で、敵を討つ!”

 

 剣斬になると、一気にフラウロスへと向かっていった。

 

「チッ、チッ、チッ」

 

 フラウロスは指を振りながら舌を鳴らし、どこか気障な調子でその剣を敢えて受ける。

 

「赤い火!」

 

 右掌から、紅炎が噴き出す。

 

「青い火!」

 

 左掌から、蒼炎が噴き出す。

 

「恨みの……火ッ!」

 

 その二つは一気に、剣斬へと叩き込まれた。剣斬は後方に吹き飛ばされつつ強烈な炎の熱に身を焼かれ痛みに叫ぶが、

 

「くたばってられるかよ!」

 

 翠風を二刀流にすると、またも向かっていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あらぁ? ステキなお二人が相手みたいねえ……」

 

 フォカロルは高圧の水をウォーターカッターの要領で放って街を次々と切り裂いていたが、自分の前に現れた剣士達を見ると手を止める。

 

「一気にかたをつけます」

「それが正解だ。最高だな」

 

 煙と光。玲花とユーリは相手との相性の噛み合わなさを考えつつも、

 

“Get all Colors! エックスソードマン! フルカラーで参上! ババババーン!”

“FLYING! SMOG! STING! STEAM! ────昆虫CHU大百科!“

 

 泣き言など言っていられない状況の中で、迷わず変身を済ませていた。

 

“狼煙、煙中!”

 

 まずはサーベラが打って出た。

 全身を煙に変え、物理攻撃を無力化しつつの奇襲。彼女の得意戦法だ。だが、

 

「ざ~~んねん」

 

 ざばっ、とフォカロルが大きく腕を振って水を撒くとそれがサーベラの変貌した煙に着弾した。

 そう、着弾したのだ。

 

 うあああっ、と声をあげながら煙はサーベラへと戻り、地面へと転がった。

 

「……やはり相性が悪いか。厄介だな」

「光の剣士さん、ご明察ぅ~~。水はすべてを飲み込む。炎も、風も、なにもかも……。もちろん、煙だってねぇ」

 

 舞い上がる煙を水が飲みこむように、サーベラの煙も彼女の水が飲みこむとそういうわけなのだ。

 

「怒って、戦って……遊びましょう?」

 

 ふふふ、と笑いながら、フォカロルはメギドへと変貌していった。

 

☆ ☆ ☆

 

「俺の相手はおっさんばかりかよ」

 

 メギド化した巨腕をダルそうに振り回した後で、ザガンは自分の前に現れた尾上と凌牙を一瞥しながらそう毒づいた。

 

「おっさん上等! 何百年もアガスティアベースで眠ってたお前さんの方が、年上って気がするがな」

 

“玄武神話!”

 

「未熟なことは、手加減してもらえる理由にはならないぞ。小僧」

 

“オーシャンヒストリー!”

 

 侮ったザガンの言葉に対して、泰然自若と構えたうえでの対峙。

 

“絶対装甲の大剣が、北方より────大いなる一撃を、叩き込む!”

“オーシャン、バッシャーン! バッシャーン!”

 

 二人は構えを崩さぬまま、姿を変え向かい合う。

 

「やってやろうじゃんか! 押してダメでも押し破るのが……俺様だあ!」

 

 ザガンは吼えると向かっていく。

 対して年季の入り研ぎ澄まされた二人の剣は、光を受けてまばゆく輝いていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「さわがしい風の音だな」

「見た目からは想像できないほどに、強大な〝嵐〟……」

 

 大秦寺とソフィアは吹き荒れる風の中を突き進みつつ、人間態のまま街をその風でなぎ倒して暴れるヴィネの下へと駆けつけていた。

 

「邪魔を……」

 

 空中で構えていたヴィネは躊躇も猶予もなく、

 

「しないでッ!」

 

 いきなり掌中でボール状に圧縮した風の弾丸を発射し、二人へと投げつけていた。

 だが、その攻撃は無意味とばかりに二人の剣技によって切り裂かれ、虚空へと散っていく。

 

「あなたがしていることは、物語の邪魔ではないのですか?」

「黙れ!」

 

 ヴィネは素早くメギドへと変貌すると、二人の方へと向かってくる。それに対し、

 

“甘い魅惑の銃剣が────おかしなリズムで、ビートを斬り刻む!”

“光を奪いし漆黒の剣が────冷酷無情に、暗黒竜を支配する!”

 

 スラッシュとカリバーもそれに切り返すかのように変身すると、己の一太刀を即座に浴びせていた。

 

(激しさに錫音が共鳴して震えている……! 激戦になるぞ!)

 

 スラッシュは聖剣の声に応えながらも、その事実に身構えていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「もう……ちょっと!」

 

 かのんと芽依は走り続け、いよいよアガスティアベースの書庫の扉がはるか先とはいえ二人の視界に入ったその時だった。

 

 ひらり。

 ひらり、ひらり。

 

 橙色の羽が、その場に舞う。

 

 そして、瞬きをした一瞬で────

 

「どこへ行く?」

 

 かのんの眼の前に、大柄な男が立っていた。

 服装こそしっかりしたものだが、口元の髭と乱れ気味の髪が、野性的な力強さを感じさせる。

 

 男の名は、バハト。

 

 かつて剣士として戦っていたが世界を滅ぼす災厄となり、二度飛羽真たち剣士と戦った男だ。

 どこに行くのか。かのんにとって、その答えは決まっている。

 

「私が、行くべき場所」

 

 その瞳に、迷いはない。

 

「……そうか」

 

 かのんの眼差しに、バハトは何かを感じ入ったように宙を仰いだ。

 

「どうしてこう、選ばれた奴はどいつもこいつも」

 

 誰に言うともなくバハトがそう呟いた時、

 

「行かせるかァ!!」

 

 高い敏捷性を誇るメギドが壁を飛びながら伝い、その場に砲弾のように降ってきた。

 

「ネコメギド……!」

 

 芽依はかつてこのメギドに宿主として取り込まれたことがあるが故に、顔がひきつる。

 あふれ出した有象無象のメギド故に今回は人間を素体にしていないようだが、それにしてもだ。

 

「ここで……終わりだ!!」

 

 ネコメギドの奇声と共にその爪がかのんに迫った、その時だった。

 

「し────っ……」

 

 バハトが己の聖剣、〝無銘剣虚無〟を素早く振りかぶるとその爪に食い込ませ、かのんへの一撃を防いでいた。

 静寂を求めるかのように、強要するかのように、その口元に指をあてて。

 

 バハトは素早く無銘剣を、腰元に現れた〝覇剣ブレードライバー〟へと納刀すると、

 

〝エターナルフェニックス!〟

〝かつてから伝わる不死鳥の伝説が、今、現実となる……!〟

 

 ワンダーライドブックを解放し、それをブレードライバーへと装填した。そして次の瞬間、

 

 

 

 

 

〝──────抜刀〟

 

 

 

 

 

 無限にも思える静寂が、〝虚無〟が訪れる。

 

「変身……!」

 

〝エターナルフェニックス! 虚無! 漆黒の剣が、無に帰す……!〟

 

 聖剣とワンダーライドブックの力を以てバハトは〝仮面ライダーファルシオン〟へと変身すると、剛力で一気に剣をネコメギドへと叩き込む。

 ぎっ、とネコメギドは唸るが、ファルシオンはハハッと乾いた笑いを一瞬漏らした後に、二度三度と剣を叩き込んでいった。

 それが致命傷になったのか、ネコメギドは塵となり消滅する。

 

 かのんはただただ、目の前で起こった一瞬の出来事に圧倒されることしかできなかった。

 

「行け」

 

 ファルシオンは変身を解除し、バハトへと戻るとそれだけ告げる。

 

「ありがとう!」

 

 かのんよりも先に、一度はバハトの説得を試みようとしたこともある芽依が純粋に感謝の言葉を述べていた。

 ありがとうございます、とかのんも口にしさらに先に進もうとした時、彼女の手元に飛んできたものがあった。

 

「ライド、ブック……?」

「持っていけ。不死鳥の匂いがずっと漂っている。……役に立つ。たぶんな」

 

 エターナルフェニックスのワンダーライドブックを投げ渡したバハトは、目線で「行け」と静かに示していた。かのんは小さく頷くと、また、駆け出していく。

 信じるもののために。待っている人たちのために。

 

「……まったく」

 

 そうは言いながらも、バハトの表情に────後悔は、なかった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「やはり、そういうことか……!」

 

 セイバーはフェネクスのわずかな言動から、その真意と今起きていることに確信を得ていた。

 すかさず、彼は叩き込むように剣を向けていく。

 

「さすがは英雄、炎の剣士」

 

 フェネクスはひらり、ひらりとそれを躱しながら、自らの炎を鞭のように操りつつ間合いを取る。

 決して直撃は許さない、圧倒的な……〝主人公〟の如き佇まい。

 

 そして彼女がひらり、とまた動いた瞬間……フェネクスを狙っていた火炎剣の一撃は、可可を捉えようとしていた。

 

「なっ……!!」

 

 セイバーは視認してこそいたが、腕についた勢いはもう止まらない。このままでは可可が、と思われたところで、

 

「うあああっ!」

 

 フェネクスはまた身を揺らし、今避けたばかりのセイバーの一撃を自らまともに食らっていた。炎と羽根が、その場に舞う。

 

「な、んで……」

 

 絶句する可可に対しフェネクスは振り向くと、その貌を人間態へと戻し……

 

「当たり前だろう、『可可ちゃん』」

 

 まるで信頼しあった友のように、はっきりとそう言ったのだ。

 

「『ちぃちゃん』も、『すみれちゃん』も、『恋ちゃん』も、私の友なのだから」

「……違う!!」

 

 フェネクスの言葉の一瞬の隙を突き、飛羽真は激昂して剣の一撃を叩き込んだ。

 

「違わない。これは、ここは、『私』の物語。『私を叶える物語』だ……」

「その物語は……かのんちゃんのものだ!!」

 

「澁谷かのんはもう、『主人公』ではない」

 

 その応酬を以て、飛び込む隙を見つけようとしていたブレイズとエスパーダにもようやくフェネクスの目的が見えてきた。

 

「まさかとは思いますが……この物語を奪おうと!?」

「そんなことができるはずが……!」

 

「現に今、できている」

 

 フェネクスの宣告は淡々としていて、そして残酷だった。

 

 この世界の、この物語の〝主人公〟である澁谷かのんは、物語の外に弾き出された。

 

 そして今、圧倒的な力と、〝主人公〟を排斥したという実績をもって……代わりに、フェネクスが『ラブライブ! スーパースター!!』の〝主人公〟たる存在になろうとしている。

 

「そんなことは許さない!!」

 

 セイバーが思い切り火炎剣烈火を叩き込もうとする。

 フェネクスは避けようとしたが、その瞬間セイバーは剣の軌道を変え、彼女の胴へと重い一撃が走る。

 

「くっ……!? 不意打ちか、意外と……」

「かのんちゃんの物語を奪ったって、それは君の物語にはならない!」

 

 フェネクスの言葉を遮ってまで、セイバーは熱く叫ぶ。

 

 

「君には……君の人生が!! 君の物語があるはずだ!!」

「……は?」

 

 

 それは、フェネクスの余裕を突き崩す〝一撃〟だった。

 

「誰かの物語を奪うことなんてできやしない! 誰かの物語の主人公を奪う前に、君は君の物語の主人公なんだ!!」

 

 どんな人間にも、自分の人生が。自分の物語がある。

 そして、誰もが皆その物語の主人公であると、神山飛羽真はそう固く信じているのだ。

 

 だが、それが。

 

 

「私の……物語だと!!」

 

 

 フェネクスの地雷を、見事に踏み抜いていた。

 

 明らかに今までと違う激しい様子を感じ取りながらも、セイバーは手を休めない。

 一気に斬りかかったその剣に対し、フェネクスは爆発するかのような勢いで炎を纏った腕でそれを受けた。

 

 そして次の瞬間には、同じく炎を纏った拳がセイバーの腹に叩き込まれる。

 

「黙れ……!! 黙れだまれだまれ!! 貴様にわかるものか!!」

「ああ……そうだな! わからない!! 『今は』な!!」

「何だと!?」

 

「まだ俺は君の物語を知らない。君が何を想って、この世界を奪おうとしているのかも!」

 

 知らないから知らなければいけない。知りたい。

 

 それは、物語と向き合う者の基本だ。

 

「とにかく今は君を止めて、かのんちゃんをこの物語に戻すことだ!!」

「戻ってなど来れるものか!! この物語は、もう……!」

 

 二人の言葉が激しくぶつかり合った時、

 

「なんっっんにも……わかってマセンね!!」

 

 全身を苛む違和感に可可が苦しみながらも叫び、割って入っていた。

 

「く、『可可ちゃん』……」

「気安く呼ばないでくだサイ! あなたが? かのんに? ……なれるワケないデス!!」

 

 可可のその気概が呼び水となり、

 

「物語とか世界とか、よくわかんないけどさ! 私の幼馴染に、今からなれる人なんていないと思うんだよね!」

「輝いている誰かを押しのけたって……それで自分が輝けるわけじゃないのよ!」

「戻ってきます、かのんさんは。とってもあきらめが悪くて……だから、強いんです!」

 

 仲間達は、書き替わる世界に、物語に、必死に抗おうとしていた。

 

「ふざ……けるなァァァ!!」

 

 フェネクスは激昂し全身の炎の勢いを増すが、その瞬間セイバーの剣が足元へと突き立てられ、地面に固定させられるかのような姿勢となる。

 

「がっ……! ぐ……!」

 

「ふざけてなどいないさ。物語は、その中で生きる人たちは、一人一人血の通った存在だ! それを君の都合だけで書き換えることなんて、できはしない!」

「わかったようなことを!!」

 

 わかったような、ではない。

 神山飛羽真は、わかっているのだ。

 

 自分の物語の中で、世界を見通し、人々の想いを紡ぎ、新しいワンダーワールドへと繋いだ〝主人公〟には、それがわかっているのだ。

 何より────澁谷かのんと、彼女達の物語を、生きている姿を。心を通わせて、はっきりと記憶しているのだから。

 

 

「俺も、かのんちゃんも……絶対にあきらめない!! 『約束』だからな!!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「着いた!」

 

 かのんと同時にアガスティアベースの書庫に飛び込んだ芽依は、安堵し叫んでいた。

 

「着きました……けどぉ……!」

 

 先程の勇壮さと打って変わって、かのんが怯えた表情になっていたのも無理はない。

 書庫には、大量の雑兵シミーと、百を超えるメギド達が蠢いていたのだ。

 

(どこ!? 本は……私の本……!)

 

 かのんは素早く書庫を見回すが、先程まで床に転がっていた『ラブライブ! スーパースター!!』の本は影も形もない。

 あるにはあるのだろうが、蠢く怪物たちに紛れて目視することができないのだ。

 

 そうしていた時、蠢いていたシミーがかのん達に気づいた。

 シミーは飛びかかるようにしてかのんに襲い掛かろうとするが……

 

「どいてっ!」

 

 かのんは細い腕で、突き飛ばすようにしてシミーにぶつかっていった。

 当然ながら効きもせずシミーもよろけた程度だが、それでもかのんの表情には闘志が漲っている。

 

「私、帰りたい! 帰らなきゃ……帰らなくちゃいけないんだ!!」

 

 心だけは決して折れるものかと叫んだその声は、強く響く。

 

「私の物語に私がいなきゃ、何も始まらないから!!!」

 

 その激しい叫びに、芽依も心打たれたように視線を送っていたその時だった。

 

 メギドとシミーの軍勢に、変化が起こっていた。幾人かが投げ飛ばされ、斬り倒され、軍勢の中で何かが雑兵たちをかきわけていく。

 やがてその正体は、メギド達を足元に転がしながら二人の下へと現れていた。

 

「世界が大きく歪み始めています……」

 

 髪から一筋の栞のような長い飾りを垂らすその男の名は、ストリウス。

 かつて滅びゆく世界の定めをあらかじめ知ったが故に絶望し、一度は魔王となって英雄である飛羽真たちと戦った〝ラスボス〟……「だった」男だ。

 

「その原因は間違いなく、そこの貴方」

 

 ストリウスは咎めるでも焦るでもなく、淡々とこの世界にとっての異物であるかのんを指差す。

 

「貴方が物語に戻らなければ、貴方の物語を起点に生じた歪みが……世界を、壊す」

 

 だが指をさされても、

 

「わかってます。だから、今すぐにでも私の物語に戻らなきゃ!」

 

 かのんの返事は、朗々たるものだった。

 

 ストリウスは一瞬考えるかのように宙に浮いた指を所在なくその場に留めていたが、やがてそうも言っていられない事態が迫ってくる。

 先程ストリウスが転がしたりなぎ払ったりしていたメギド達が、また牙を向けようとしてきていたのだ。

 

「やばっ……!」

 

 芽依はとっさにかのんを庇おうとするがそれよりも早く、

 

“グリモワール!”

“WHEN THE HOLY SWORD AND THE BOOK INTERSECT REWRITE THE WORLD!”

 

 ストリウスは、自身のライドブックを起動させていた。

 禍々しく、黒く、おぞましいオーラが巻き起こるが、そこにかつてのような執念や破滅の意志はない。

 世界の無事を見届け憑き物が落ちた今となっても、〝英雄〟神山飛羽真と対になるかのような、〝魔王〟ストリウスとしての概念を、彼は背負っているのだ。

 

“OPEN THE GRIMOIRE! THE END OF THE STORY!”

 

“────KAMEN RIDER STORIOUS!”

 

「ふんッ……!」

 

 仮面ライダーストリウスは手にした自身の剣、ビルガメードを武器に、メギド達を切り裂き、次々と消滅させていく。

 そして敵が消滅したその一瞬の中に、床で輝く『ラブライブ! スーパースター!!』の本が確かに見えた。

 

「行って! かのんちゃん!!」

 

 芽依の激励を受け、かのんは走り出していた。ただただひたすらに、自分の向かうべき場所を目指して。

 そうして、かのんはようやく自身の本へと辿り着く。本をゆっくりと拾い上げると、

 

「……ごめんね」

 

 優しく、そして、もう離さないという想いを込めて、ゆっくりとそれを抱きしめた。

 その後に、今度はそっと本のページを広げ、飛び込む準備を始める。

 

 その時だった。

 

「……一つ、いいですか」

 

 メギド達をあらかた退けたストリウスが、手を止めかのんに声をかけていた。

 

「あなたは読んだはずです。その物語を。自分の運命を」

「読みました、けど」

「自分の見てきた世界が、考えが……全て本に記され決まっていたものだと知ったうえで、なぜまだ立ち上がるのです」

 

 かのんはストリウスのその声から、どこか悲痛なものを感じ取っていた。

 彼女は一瞬考えるが、すぐに息を整え、ストリウスと向かい合う。

 

「……確かに、私の物語はここに書かれてるのかもしれない。今までの皆との出会いも、これからの出会いも。全部決まってるのかもしれない」

 

 かのんは先程までの衝撃を思い出し表情を曇らせるが、すぐにまた、本を見つめぐっと前向きな眼差しを見せた。

 

「でも……私がいなかったら、諦めたら、そこで私の世界も、大切な皆も、全部〝おしまい〟になっちゃう。それは、嫌なんだ」

「おしまい、に」

 

 ストリウスの反芻した言葉に、かのんは頷き返す。

 

「私は、私の物語を叶えたい。皆と一緒に」

 

 そう。物語の結末を決めるのは……

 

「だから、もう逃げない。ううん。……逃げてなんかやるもんかっ!!」

 

 いつだって、物語の持ち主だけだ。

 

 ストリウスはその言葉に、もう完全に押し黙ってしまっていた。かのんは大丈夫だろうかと一瞬動きを止めたが、すぐにまたメギド達が溢れ出してくる。

 

“GRIMOIRE READING! THE STORY OF DESPAIR!”

 

 だがその瞬間、ストリウスはビルガメードに自身のオーラを込め、敵を一瞬で薙ぎ払っていた。

 

「……行け!!」

 

 激しい口調で檄を飛ばしたストリウスに気圧されながらも、かのんは自分の物語に飛び込んでいた。

 後にはただ、本だけが残される。

 

「頑張って!!」

 

 芽依の激励が、アガスティアベースを震わせた。

 その様を見ながら、ストリウスは本を伏せたようなその仮面の下で……笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「……あなたも、確かに英雄だ」




二度と生まれることのできない人生の刹那刹那は、自分というものがいつも完全な主人公でなければならない。
中村天風(1876~1968)
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