メインヒロインにTS転生したらしいが、細剣じゃなくて刀握りたい   作:星宮ひまり

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 一区切り付くフェアリィダンス編まではなんとしても書き切る決意を固めたので初投稿です。

 A隊 メインタンク隊
 B隊 エギル率いるタンク隊
 C隊 ディアベル率いる右翼攻撃隊
 D隊 左翼攻撃隊
 E隊 キバオウ率いる雑魚処理優先の攻撃隊
 F隊 行動阻害メインの長物部隊
 G隊 行動阻害メインの長物部隊
 H隊 キリトたち雑魚処理兼全体補佐部隊
 キリトたちが三人パーティーなこと以外はプログレッシブとたぶん同じはず。

 捏造設定が多々あるのでご注意ください。……今更か。



『煌めく星と剣士』

 

 

 迷宮区最上層、ボス部屋の巨大な扉の前。

 視界右端のシステム時計を確認すると、午後十二時三十四分を示していた。

 初めての大人数によるボス討伐行軍は、途中何度かひやりとする場面があったものの、ボス討伐戦参加者(レイドメンバー)の平均レベルの高さやディアベルの指揮の優秀さにより、大きな事故を起こすこともなく到着した。おかげでレイドメンバーの雰囲気は明るく、緊張で体が動かない……などということは起こりそうもない。……アスナは「集団行動……陽の者……ぅぷ……」と口元を押さえていたが。

 タンク部隊を前に配置し、指揮を執るディアベルやアタッカー、遊撃隊、阻害部隊……と突入順にパーティーが並んでいく。俺たち雑魚処理補佐もとい《みそっかす部隊》のH隊は、最後方に配置されていた。

 全てのメンバーが並び終えると、ディアベルは皆をゆっくりと見渡し、銀の長剣を高々と掲げる。それに応えるように四十人あまりのレイドメンバーもそれぞれの武器を上げ、頷く。

 そして、騎士(ナイト)様はゆっくりと振り返ると、大扉に手を当てて――。

 

「――行くぞ!」

 

 アインクラッド初のボス戦が、始まった。

 

 

 

 ――広いな。

 ベータテスト以来のボス部屋を見て、俺は最初にそう感じた。

 手前からぼっ、ぼっと音を立てて松明に()がともっていく。だんだんと部屋全体の明度が上がるにつれ、奥に()する存在のシルエットがはっきりして――。

 

「……ボスの武器が違う」

 

 ディアベルの号令でレイドメンバーが次々に飛び込んでいく中、ふと横のアスナが呟いた。

 

「武器……片手斧と、バックラー……情報通りじゃない?」

 

 大鎌を構えて突入姿勢を取っていたミトが、眉を顰めてアスナを見やる。すると曲刀使いの少女は、小さく首を振った。

 

「腰の方。タルワールじゃなくて……たぶん、()()()

「え……、あ!」

 

 ここではない、もう一つのアインクラッド――ベータテスト時代に見たコボルド王の第二武器は、曲刀カテゴリの湾刀(タルワール)だった。

 だが……今、目の前のボスが腰の後ろに差すのは、鍛え、研ぎ上げられた鋼鉄の刃を持つ――。

 

「カタナ……エクストラスキルの……」

 

 呟きながら、俺は背筋が凍るような感覚に襲われていた。

 ベータとの違い。それは、デスゲームが始まってからこの一ヶ月の間、幾度も俺たちを苦しめた。いや、俺たちだけじゃない、多くの元ベータテスターは、この些細な違いによって危機に陥り、時に命すらも奪われただろう。

 それが今回、最悪の形で現れた。

 ……いや、アスナのおかげで早めに気づけたのだから、不幸中の幸いと言うべきか。

 

「……これは、ディアベルに伝えた方が良いだろうな」

「そう、ね。パーティーリーダーさん、お願い」

 

 気づいた本人であるアスナは性格的に無理……というか、アスナもミトも容姿を隠すためにフードをしているので、他者からの心象はどうしても悪くなりやすい。声を聞いて事情を察するだろうが、近づく際に妙な警戒をされてしまう可能性もある。ここは素顔を晒しており、何よりパーティーのリーダーである俺が対処すべきだろう。

 俺はミトの言葉に頷き、全部隊の中央に近い位置で指揮を執るディアベルに足を向ける。同時、アスナとミトは、雑魚処理優先部隊であるE隊から回ってきた取り巻きのコボルドの処理に向かった。

 雑魚処理を指示されている俺が近づくと、ディアベルはわずかに眉を顰めたが、すぐに切り替えてどうしたのか聞いてくる。

 俺が手早くボスの武器の違いを伝えると、ディアベルは少し考えるような沈黙を挟んだ後、一度だけ皆の顔を見回して、言った。

 

「……すぐに引き返せば、二度目を同じ士気の高さで挑むことはできない。それに、カタナは――」

 

 今回の挑戦は、ただのボス戦ではない。

 デスゲーム――《ソードアート・オンライン》はいつかクリアできるということを証明するための、皆に希望を見せるための戦い。

 確かに一度目に拘る必要はない。だが、万全を期すために一度引くことは――現状では、不可能でもあった。

 なぜなら――。

 

「……カタナの情報は、ベータテスター……それもごく一部にしかわからない、か」

 

 戦闘音にかき消されて、俺の声はディアベル以外の耳に入ることはない。

 一度町まで引き返して、情報屋に聞いたという(てい)で伝えることは可能だ。だが、実際に《カタナ》スキルを知るベータテスターは、かなり少ない。ベータテスト時代は第十層というほとんどのプレイヤーが辿り着けていない上層のエネミーが使っていたのと、一部の変態的にカタナが好きなプレイヤー――アスナのベータ時の姿、《めるく男爵Ⅲ世》もこれに含まれる――がクエストなどで集めた情報があるのみだ。それを素早く纏めて対処法を伝えるのは至難であるし……なにより、撤退して一度冷めてしまった熱は、なかなか戻らないだろう。

 青髪の騎士(ナイト)様は俺の言葉に頷くと、やや声のトーンを落として言う。

 

「ボスが武器を切り替える直前でオレが武器の違いを周知して、ガード主体の戦闘に切り替える。キリトさん達は、取り巻きを片付けた後、一緒にボスを攻撃してくれ」

「……了解」

 

 現状は、それしかない。

 俺は自分自身にそう言い聞かせて、《ルインコボルド・センチネル》と戦うアスナたちの方へ走り出した。

 ――そういえば、ディアベルはもう、俺に対して元ベータテスターであることを隠さないんだな。

 昨夜の伝言で、俺がこれまでアルゴとキバオウを通した取引の依頼主がディアベルだと気づいたと想定しているのか。或いは、もともと俺に隠す気がなかったのか。それとも、ボス戦の最中に無駄に時間を使うことを嫌ったのか。

 ディアベルの心の内は俺にはわからないが、これで危機が避けられたのなら、何も言うことはない――。

 

 

 

 ボス戦は、極めて順調に進んでいった。

 レイドメンバーの平均レベルが高くきちんと安全マージンを確保できていたからか、ディアベルの指揮能力の高さゆえか。被害もタンク隊が何度かHPを半減させた程度であり、それもすぐに控えとスイッチしポーションを飲んで回復させられるので問題ではない。取り巻きの衛兵(センチネル)も俺たちH隊とキバオウたちE隊で難なく処理でき、全体の動きを見てアスナたちと感想を交わす余裕すらあった。

 変化が訪れたのは、コボルド王が片手斧とバックラーを投げ捨て、腰の第二武器を抜き放った――直後のこと。

 

「っ、ボスの武器が事前の情報と少し違う! あれは恐らく太刀……《曲刀》とは動きが違うかもしれない! みんな、動きを見るために防御優先でいこう!」

 

 ディアベルは俺と話した時に決めたとおり、戦闘続行を選んだ。

 武器が情報と違うという事実に一瞬レイドパーティー全体に動揺が走ったが、ディアベルの素早い指示に落ち着きを取り戻し、防御姿勢を取る。

 だが、部屋の壁から一斉に起きた異音に、レイドメンバーは再び心を乱されることになる。

 ゴゴゴ、と重い音を響かせて、部屋の入り口から見て左右の壁が割れる。ただの模様だと思っていたテクスチャは、隠し扉だったのだ。

 そして、暗闇の向こうから、新たなコボルドたちがやってくる。

 今まで取り巻きとして湧いていた重装備の衛兵(センチネル)とは違う。まるで魔法使いのような長杖を持ったそいつらは、尽きることはないと言わんばかりに次々と隠し扉から湧き出すと、左右の壁一杯に並んだ。

 

「なんだ……これ」

 

 誰かの呟きは、直後に部屋中に響き渡る音によってかき消される。

 ――《(うた)》。

 そう表現するにはあまりに不快な音だが、もしファンタジー世界のモンスターたちが息を合わせて歌うのなら、きっとこんな感じなのだろう。ぼんやりと、そう思った。

 逃避気味のその思考は、次いで、コボルド王の体が赤く光ったことによって打ち切られる。

 ソードスキルの予備動作(プレモーション)による発光(ライト)エフェクト――ではない。

 

「な――に、この、バフの数……?」

 

 呆然としたアスナの声に、俺の目は引き寄せられるようにボスのHPゲージへ向かって――(おの)が目を疑った。

 いくつものバフアイコンがボスのHPバーの上に並んでいた。どれも赤色だったり上向きの三角或いは矢印が乗っていたりと、強化を示している。

 バフなど、第一層から見るものではない。魔法が存在しないSAOにおいて、店売りのちょっとお高い料理か特殊なスキル――ほぼ育てる者のいない、現状では趣味と言わざるを得ないスキル――である《歌》や《踊り》でも育てなければまずお目にかかれないし、そもそも下層の敵がそのような厄介なことをするなど、考えてもいなかった。

 俺は素早くベータ時代の知識を探り、ボスに盛られたバフの効果を割り出す。《攻撃力上昇》、《防御力上昇》、《クリティカル率上昇》、《技後硬直(ポストモーション)軽減》、《技再使用時間(クールタイム)短縮》、《ノックバック強化》……。

 およそ第一層のボスに与えて良いバフの量ではない。細かい倍率まではわからないが、武器が変わったこともあり、タンク隊がどこまでダメージを抑えられるのか、完全に読めなくなった。

 

「グルゥゥォォォオオォォォオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!」

 

 王の咆哮。

 赤みを帯びてさらに凶悪さを増した容貌に、前線のパーティーから悲鳴が上がる。ディアベルが叫ぶように呼びかけエギルが吠えることにより、タンク隊はなんとか盾や武器を構えて防御姿勢を取れているが、どうしても腰が引けているように見えた。

 そして、コボルド王が体を跳ねさせる。

 その巨体を垂直に跳ばし、空中へ。天井に足が付くと同時、体を捻ると、鮮烈なまでに赤いライトエフェクトを纏った刀に威力を溜める。

 ソードスキルが来る。

 水平軌道、円形範囲。

 

「《旋車(ツムジグルマ)》――」

 

 アスナが呟いた、直後。

 血の竜巻が巻き起こった。

 鋼鉄同士がぶつかる甲高い衝撃音に混ざって、何重ものクリティカルヒット音。まるで鮮血のようなヒットエフェクトとともに、ボスを囲んでいたプレイヤーたちが吹き飛んだ。

 武器の射程を読み切れなかった。

 想定よりもソードスキルの範囲が広かった。

 安全圏まで下がれていなかった攻撃部隊(アタツカー)たちをも巻き込んだ重範囲攻撃は、それ一つで現状最高レベル帯であるレイドメンバーのHPを半分(イエロー)、そして一部は危険域(レツドゾーン)まで削ってみせた。

 その凄まじい威力は確かに恐ろしいが、あの技の効果はそれだけではない。コボルド王の剣技に切り裂かれた前線のメンバー――ガード態勢を取れた者も含め、彼らの頭上に浮かび上がった黄色のエフェクト。一時的行動不能状態、すなわちスタンを喰らったのだ。

 

「ま、ず――」

 

 血を吐くようなディアベルの声。

 大技を撃ったのなら、隙が生まれる。それがゲームの鉄則で、それはSAOにおいても変わらぬ法則だった。――通常ならば。

 だが、ボスのHPバーの上に爛々と輝くバフアイコンの一つが、その枷を食い破る。

 ――《技後硬直(ポストモーション)軽減》バフ。

 コボルド王の口が、ニィ……と、醜悪に歪んだような気がした。

 両手で握られた野太刀が、薄赤い光を纏って床を舐めるような軌道で走る。低位置からの切り上げ攻撃――《(ウキ)(フネ)》。

 狙いは、ボス正面に倒れるディアベル。金属鎧装備の騎士だが、しかしその第一層にしては高い防御力も、各種バフと野太刀の攻撃力の前には布服と大差なかった。

 本来《浮舟》は連携の始動技であり、打ち上げ効果や硬直時間の短さが最大のメリットで、威力倍率は通常攻撃より少し強い程度でしかない。だが、《旋車》を喰らっていたこと、そして各種バフによるブーストと――なにより行動不能(スタン)により無防備だったことが、致命的だった。

 嫌に軽快なダメージサウンドと共に空中へ投げ出されたディアベルのHPバーは、急速に減っていく。赤、止まらない。五パーセント……三パーセント――。

 

「グルァア!」

 

 コボルドロードが吠える。

 妙に明るい緋色のエフェクトが、奴の武器を包み込んだ。

 

「………………クソが」

 

 呟きは、鋭く俺の耳を貫いて――。

 スタンだけじゃない、誰もが心理的な衝撃で硬直する中、その美しい剣士は地を蹴った。

 コボルド王のものとは違う、星のような赤い輝きを纏って、少女は跳び上がる。曲刀スキル基本突進技《リーパー》。だが、ただの剣技ではない。アスナは空中で突進系スキルを使うこと、そして全身を使ってシステムアシストの上から動きをブーストすることにより、飛翔とでも言うべき加速を生み出したのだ。

 

「――ぁぁあああああ――ッ!!」

 

 裂帛の叫びと共に、衝突。

 コボルド王が繰り出したのは、恐らくカタナスキル三連撃技《()(オウギ)》。ゆえにどちらも上段からの切り下ろしとなり、空中で、二本の刃が真正面からぶつかり合う。

 ソードスキル同士の激突。爆発のような音と赤い火花を散らし、双方が反対側に弾かれる。

 コボルド王のHPバーに変化は見られないが、アスナは反動で一割ほど削られている。だが、追撃は確かに防がれた。

 素早く落下地点を予測した俺は、一度剣を背の鞘に納め、先に落ちてくるディアベルをなんとか受け止める。アスナが無事に着地したのを視界の端で確認しながら、ポーチから取り出した回復ポーションを無理矢理ディアベルの口に突っ込んだ。

 HPバー、残り一ドット。

 ほとんど死んだようなもので――だが、確かに生きていた。

 

「――っ、アスナ!」

 

 叫んだのは、もう一人のパーティーメンバーの大鎌使い。彼女は邪魔になる近場のコボルドセンチネルを雑に薙いでHPを削りきると、鋭い声で少女の名を呼ぶ。対し、アスナはわかっているとばかりにソードスキルの予備動作に入り、轟音のような咆哮を上げて突進してくるコボルド王を迎え撃った。

 二度目の《浮舟》に対し、アスナが選択したのは曲刀スキル単発回転技《シングリー・サイズ》。

 コボルド王の最下段からの斬り上げを、体の捻りとシステムアシストの回転で勢いを増した左からの斬り払いが弾く。あの異常強化が為されたコボルド王のソードスキルを、真正面から迎撃できる――それは(ひとえ)にアスナの見切りが正確であり、システム外スキル……すなわちソードスキルの威力をブーストする技術が優れているから。

 だが、彼女の技量がどんなに素晴らしいものであっても、システム的に設定された威力数値は殺しきれない。衝突の反動により、HPゲージはじわじわと削られている。

 それでも――。

 

「私が時間を稼ぎます。その間に、立て直して」

 

 凜然と告げて、流麗なる剣士は凶悪な王を迎え撃つ。

 その隣に、並び立つ影が一つ。美麗な大鎌使いの少女――ミト。

 

「私も戦うわよ、アスナ。……キリト、あなたも!」

「わかってる」

 

 カツン、と大鎌を鳴らして急かすミトに、俺はゆるく苦笑を返し、次いで体を支えていたディアベルをそっと放す。瀕死の騎士の体は(かす)かに震えていたが、それでもレイドリーダーの矜持からかなんとか己の足で立った。回復ポーションを(くわ)えながらじりじりと黄色へ戻っていくHPバーをもどかしく眺める彼に、俺は短く告げた。

 

「俺たちがボスをなんとかする。だからディアベル、あんたは皆を救ってくれ」

 

 ふと周囲に意識を向ければ、溢れんばかりの恐怖と絶望の叫びが聞こえてくる。《唄》によって王を強化した臣下《コボルド・クワイア》たちは、その魔法使いのごとき杖を武器に、周囲に散っていたレイドメンバーを襲っている。衛兵(センチネル)も追加で湧いており、それらは雑魚処理優先部隊であったE隊のリーダー・キバオウの怒鳴るような指示出しによって場当たり的に対処されていたが、それでもパニックに陥った彼らがどこまで持つかはわからない。

 混乱の坩堝(るつぼ)と化したこの場を収め、立て直すことができるのは、このレイドパーティーを作り上げた騎士(ナイト)ディアベルだけだ。

 

「……わかった」

 

 こんなにもバラバラになってしまった場を収められるのか。自身も死ぬ寸前まで追い詰められ、頭の中はぐちゃぐちゃだろう。或いは真っ白で何も考えられないか。それでも彼は、リーダーとしての役割を果たすべく、回復ポーションの再使用待機時間(クールタイム)が終わるのを待つ間に、レイドメンバーへと声をかけ始めた。

 彼の雄志を目尻に流しながら、俺は剣を構えてコボルド王へ向き直る。アスナとミトの二人がかりで(さば)くことでなんとかHPを削られずに対処できているようだが、このままだとボスのHPを削れない。攻撃役(アタッカー)が必要だろう。

 強く地を蹴って速度、威力をブースト。片手剣突進技《ソニックリープ》によって加速した俺の体は一瞬にしてコボルド王に迫り、アスナとミトのソードスキルの相殺によって無防備になった脇腹へ刃をねじ込んだ。

 ざしゅっ! という鋭い斬撃音を響かせながら、ボスのHPバーがわずかに――だが、確かに削れたことを確認。

 クリティカルヒットによって一気に俺へヘイトが向いたのか、コボルド王の目が俺を射貫く。だが奴が野太刀を俺へ向けるより早く、アスナの曲刀がボスの腹を抉った。

 

「グルルガァア!!」

 

 炎のような怒りで()って喘ぐコボルドロードが、野太刀を腰だめに構えて居合いのような姿勢を取る。カタナ直線遠距離技《(ツジ)(カゼ)》。その巨体によって広がった範囲は、俺とアスナを纏めて斬り伏せる腹積もりだろう。

 だが、俺たちのパーティーには、心強い三人目がいる。

 

「せぁあッ!」

 

 跳び上がってからの、強烈な振り下ろし。基本技《チョッパー》――両手斧と共通のソードスキルであるそれは、基本技の中でも頭一つ抜けた威力を有している。

 ミト自身の調整によってやや斜めの軌道を描いた(かま)()は、野太刀の腹を重く打ち()えた。俺たち三人の中で――いや、現状のアインクラッドにおいても最高威力であろう一撃はコボルド王の剣技の軌道を大幅に曲げ、結果、カタナスキルは床に弾かれて止まる。

 その隙を逃さず、俺とアスナはソードスキルを放とうとして――死角から跳んできた《何か》によって俺の体は吹き飛ばされた。

 

「が、あ!?」

 

 床を転がりながら俺を攻撃した何者かをなんとか視界に収める。――このボス戦の間にすっかり見慣れてしまったハルバード。すなわち、コボルド王の取り巻きである衛兵《ルインコボルド・センチネル》が、俺を攻撃――いや、己の王を不埒者から救ったのだ。

 大した忠義だな、などと軽口を吐く余裕はない。

 幸いセンチネルはアスナまで襲うことはなかったが、衛兵の参戦によりこちらの数の有利は薄れてしまった。ミトの「なにやってんのよっ」という(こら)えきれなかったのであろう悪態の声が微かに聞こえてくる。それは不意を突かれた俺ではなく、他のレイドメンバーに対するもの、そしてそれを纏める役割を請け負ったディアベルに向けたものだった。

 周囲に目を向ければ、レイドメンバーは必死にコボルドたちに対応しているように見えて、その実、右往左往している者も少なくなかった。彼らは混乱しすぎてディアベルの声が届いていないのだろうか。ディアベル自身も、全体の指揮を執るために声を上げているが、重度のパニックに支配された彼らを我に返す術を持っていないようだった。

 何か、彼らの頭をリセットする、凄まじい衝撃が必要だ。

 視覚ではなく、別の――嗅覚は難しい。なら、聴覚で。

 出した結論に対して、俺もディアベル同様、何もできない。

 だが――。

 この場に、それを為せる人物が二人。

 動いたのは、やはり俺の相棒だった。

 

「聞けぇぇぇええええええ――ッ!」

 

 叫ぶと同時、栗色の長髪が靡く。

 彼女は己の容姿を隠す灰色のフードを脱ぎ捨て、その澄んだ声と共に衆目に晒したのだ。

 さらに、ソードスキルの一撃。コボルド王を一際強く弾き飛ばした赤いライトエフェクトは、少女剣士を美しく彩った。

 彼女の放った衝撃は、恐怖のどん底にいたプレイヤーたちはおろか、システムによって動くコボルドのAIすら止めてしまった――ように思えて。

 生じた沈黙の間に、アスナは言い放つ。

 

「ボスは()()()たちがなんとかします。――大丈夫。この戦いは、勝てます。落ち着いて、一体一体を確実に処理していけば、あなたたちの問題にはならないはずです」

 

 必死な叫びではない。ただ事実を告げているだけ――そんな、ある種の安心感すら抱かせるほど、芯の通った声。

 普段の様子からは想像もできないほど凜とした彼女の姿は、見る者の眼を灼く太陽(ほし)のようで。

 その輝きに心を奪われてしまったレイドメンバーたちは、ぽつりぽつりと声を上げ始め――やがて、熱狂する信徒のように鬨の声を上げる。

 異様に沸き立つ敵対者たちを恐れるように、コボルドどもが足を引いた。それを隙と認識したプレイヤーたちが、各々の武器を構えて突進する。

 流れを強引に奪い、戦況を一方的に塗り替える。

 一人の少女――それも、人見知りでいつも俺を盾にするような少女が、全てを変えた。

 目の前の事実に、俺は頭の片隅である可能性を抱き――。

 その《希望》を胸に、再び剣を構え、相棒に並び立つ。

 

「やっぱり、アスナはアスナね」

 

 視界の邪魔とばかりにフードを脱ぎ捨てながら、ミトがどこか安堵したように呟いた。

 

「キリトくん、HPは大丈夫?」

「あぁ、アスナの演説の間に回復ポーション(ポット)飲んできたから大丈夫だ」

 

 視界下部に表示される回復ポーションの冷却待ち(クーリング)アイコンをちらと見て、答える。センチネルにはバフが掛かっていなかったようで、あの一撃で減ったHPはすぐに回復できていた。

 

「そう。――なら、やろっか」

「あぁ――」

「三人で、よ?」

 

 勿論、と返す代わりに、薄青いライトエフェクトと効果音(サウンドエフェクト)を起こすことで答えてやる。

 続いて、隣でアスナが赤いエフェクトを煌めかせ、そのまた隣のミトが緑のエフェクトに包まれた。

 迎え撃つは、コボルド王と、一体の忠臣(センチネル)

 ベータテストの時より何倍も強力になった敵と相対し、人生最大級の絶望的な状況であっても――俺は不思議と、恐怖よりも高揚感を覚えていた。

 

 

 





 バフは「たぶんこういうのはあるっしょ」程度の感覚で書いています。実際にこれらがあるのかはわからぬ……。
 曲刀スキルはゲームの動きを参考に捏造しています。原作じゃほぼ出ないからね……あと私が全然覚えてなかった。

 長くなったから一度区切ったけど、代わりに次回が短いかもしれぬ。……まだ書き切れてないからどうなるのか知らんがな!


《リーパー》
 原作にも登場していた気がする曲刀スキル基本技。
 確か原作一巻冒頭でクラインが使っていた奴。ゲームとかだと単発上段切りなのだが、アニメだとどう見ても突進技だったのでそっちに寄せつつ、結局振り下ろし攻撃になった。つまりアニメみたいな赤い線を引いて突進しながらだんだん剣を持ち上げて、最後に振り下ろす、っていうイメージにした。実際の所は知らん。
 突進なら《フェル・クレセント》を使えば良いじゃん、というツッコミは「そんな上位スキルが序盤から使えるわけないじゃんあぜるばいじゃん」と返して封殺。

《シングリー・サイズ》
 捏造した曲刀スキル基本単発回転技。
 原作で登場していた気がする《トレブル・サイズ》を単発にした感じ。時計回りに回転するだけ。トレブルが高音域を示すtrebleから来ていたのなら《バス・サイズ》にでもした方が良いのかなぁ、と思ったが、トリプルにも掛けていそうだったので、シングルをちょっと変えただけにした。適当やなぁ。

《チョッパー》
 捏造した両手斧スキル基本技。鎌でも使えるということにした。
 小さく、もしくは大きく(ある程度の調整可能)跳び上がり、落下と共に勢いよく振り下ろす強烈な重攻撃。きちんとヒットすればスタンを取れる。隙が大きい代わりに威力が高い、ということにした。
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