メインヒロインにTS転生したらしいが、細剣じゃなくて刀握りたい   作:星宮ひまり

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 月夜の黒猫団編もそれなりに小説形式が続きそうなので初投稿です。
 というか……奴を登場させたら話が全然進まなかった! でも状況説明のためには必要なんだ! ……すみません、長くなりそうです。今回は導入部分です。

 感想返信が遅れて本当に申し訳ない。時間のある時に返していきます。

 途中、視点が切り替わる箇所があります。ご注意ください。



「そういえば、アスナ。ベータの時まで使ってた名前って、なにか由来とかあるのか?」
「えっと、《めるく男爵Ⅲ世》のこと?」
「ああ。初めて会った時からその名前だっただろ? ちょっと気になってな」
「えっと、キリトくんと初めて会ったネトゲをプレイする時に考えた名前なんだよね」
「へぇ」
「まぁ、ただの下ネタなんだけど……」
「え?」
「もともと別のゲームで《みるく男根さん性》って名前を使ってて……まぁちょっと思うところがあって、少し(ひね)った名前に変えたんだよね」
「は?」
「あ、意味を説明するのは、自分のギャグを自分で説明するみたいで恥ずかしいから勘弁してね」
「??」
「ふふ。ネット上の名前に記号以上の意味を求めちゃダメだよ、キリトくん」



『悪夢の切っ掛け』

 

 

 二〇二三年五月二十五日――浮遊城アインクラッドに約一万のプレイヤーが囚われてから、半年。

 第二十九層の主街区にある宿屋の一室にて。

 

「……今更なんで十八層の素材が必要なんだよ」

 

 専属鍛冶屋の少女が提示してくる素材欄を流し見て、俺は思わず呟いた。

 小さな愚痴を耳ざとく拾ったらしいショートヘアの少女――リズベットは、「ふん」と小さく鼻を鳴らして言う。

 

「そりゃ、あんたがもっと重く、もっと重くーなんてわがまま言うからでしょ。そのせいで要求素材が希少になるわ大量になるわ……ま、用意するのはあたしじゃないから良いんだけど」

「わがままって……別に《重さ(Heaviness)》は強化しないから関係ないし……」

 

 ぼやきつつ、俺は素材を落とす敵の情報を脳内辞書から引っ張り出す。

 現在の最前線は二十九層であり、十も下の層の素材を最前線で振るう武器の強化素材にするのは、正直言って疑問ではあった。だが、実際に強化作業を行う鍛冶屋が言うのだから間違いないだろう。リズベットが俺を騙している、となれば話は別だが、かれこれ半年近くの付き合いだ。彼女がそんなことをする人間ではないとわかっている。

 最前線でも少人数で狩りができる程度にレベルを上げ、ステータスを仕上げている俺にとって、十八層で狩りをするのは、楽を通り越して怠さすら感じるレベルだ。デスゲームであるSAOにおいてどんな場所でも油断は禁物だが、今回必要となる素材を落とすモンスターが出現するエリアで、例え怪物が大量に湧く罠部屋(モンスターハウス)に遭遇したとしても、俺のHPは半減すらしないだろう。

 まぁ、アスナたちと手分けすれば一時間で終わるかな……確かミトも強化素材を集めたいって言ってたし、その手伝いもするか……などと今日一日の予定を頭の中で組み立てていると、今日売り出す予定であろう武器を一つひとつ実体化させて確認していたリズベットが顔を上げて言った。

 

「あ、そうだ。アスナとミトに手伝ってもらうのは無しね」

「は、はぁ!?」

 

 なんで、という俺の言葉を遮って、リズベットはにやりと笑って言う。

 

「そもそもなんで、あの二人が買い出しに行ってると思う?」

「そりゃ……今日の狩りで必要な回復薬(ポット)やら結晶(クリスタル)やらを揃えるため、なんじゃ」

「ノンノン」

 

 ちっちっと妙にキザったらしく指を振るピンク髪の少女に、俺は自然と口の端を歪ませる。

 彼女は専属契約――ギルド間で交わすようなスクロールを使った本格的なものではなく、ただの口約束だが――を結んだ鍛冶屋であり、俺たち()()()()()のビーター三人衆の武具を鍛え、修理してくれるありがたい存在ではあるが、かといってパーティーの行動に制限を加えるような権利はないはずだ。

 だが、リズベットが言葉にするより早く、答えは部屋の扉からやってくる。

 

「ただいまー。聞いて驚きなさい、二十層の限定ケーキが買えたわ。しかも四つ!」

「ただいま、キリトくん、リズさん。ちょっと珍しい茶葉も手に入ったよ」

 

 上機嫌に声を弾ませながら部屋に入ってきたのは、ミトとアスナ。パーティーメンバーである彼女たちは、部屋を借りている俺のシステム的許可を必要とせず入れる。そのため、俺は声を聞くまで二人の帰還に気づかなかった。

 二人の姿を確認した途端、リズベットは俺に向けていたニヤニヤ顔をパッと変え、笑顔で友人を迎え入れた。

 

「おかえりー、アスナ、ミト。でも、キリトはお茶にありつけないわねぇ。今から素材集めだから」

「え、えぇ? ちょ、ちょっとくらい良いだろ?」

 

 ――二十層の限定ケーキ……あの()()()()()ショートケーキか!

 隠れた名店……情報が広まったため有名店になっているが、二十層主街区にある、とあるケーキ屋の数量限定ショートケーキは、それはもう美味なのだ。甘味に目がない――一応本人は悟られまいとしているが、視線でバレバレである――アスナはおろか、特段食事に拘っているわけでもない俺もミトも、一口食べただけでその菓子に魅了されていた。

 再びにやりとした笑みを向けてくるリズベットに、俺は脳内を甘味への欲望で満たされながら縋った。

 しかし、俺たちの専属鍛冶屋殿は無情である。

 

「ダメダメ。ほら、とっとと行った! あたしたちは女子会するんだから」

 

 ――ケーキ四つあるんだから、俺も参加した方が平和だろ!

 などと女性ばかりのこの場で言えるはずもなく、俺は泣く泣く甘味を諦め部屋を出たのだった。

 

 

 

「……で、わざわざキリトを追い出して、なにか話したいことでもあったの?」

 

 どこか淋しげな黒衣の剣士の背中を見送って、私――ミトは、私たちが買ってきたお菓子を机上に並べてにこにこ笑う鍛冶屋の少女に問いかける。

 全員分のお茶を()れ終えたアスナが上品に席につき、私も手近な椅子に座ると、リズベットは「おほん」とわざとらしく咳払いして言う。

 

「それは勿論――女子会よ」

「嘘おっしゃい」

 

 面倒な前置きは時間の無駄、とまで言わないが、生来の(さが)かリズベットの言葉をぶった切ってしまう。

 自然と視線が鋭くなっていたのか、彼女は若干私から距離を取るような所作を見せる。申し訳なく思うと同時に、そんなに怖かったかなぁ、という思いが頭を()ぎった。

 思えば学校でも視線を向けたら避けられた気がしたし……いや、あれはどうやらファンクラブの掟だとか不文律がうんたらかんたらあるみたいで……とどこぞへ向かっていく思考を打ち切るように、自分のケーキへフォークを入れる。ただのポリゴンの塊であることを忘れるほどふんわりとした手応えに思わず「わぁ……」と声を零し、次いで切り込みから溢れたほのかに甘酸っぱい果実の香りにごくりと喉を鳴らす。

 一日にごく少数しか売り出さない、しかも下層にしては強気の値段設定で、さらに特別な効果――幸運バフやら基礎ステータスの上昇やら――を持たないため、最前線で攻略に明け暮れる《攻略組(フロントランナー)》は目も()れないが、現実世界でも滅多に味わえない高級かつ超技術で構築された至上の味の虜になるプレイヤーは、日ごとに増えていった。二十層の解放から私たちが見つけるまで三日、それから約三ヶ月の間に情報屋やら口コミやらで中層クラス――この場合、単に中層を拠点にするプレイヤーではなく、最前線の面子(トッププレイヤー)ほどではないが《最低限の飢えを凌ぐ以上に稼いでいるプレイヤー》たちのことを指す――に広まった結果、このケーキを求める客は増え続け、今では店が開く前から並んでようやっと購入できるレベルである。

 とはいえ、このお高いケーキは、最前線でバリバリ稼ぐ私たちにとってもお財布へのダメージが大きいため、頻繁に購入するものではない。ちょっとした特別な日、それこそ誰かの誕生日だとか、レアドロップの記念日だとか、装備新調記念だとか……あれ、思ったより食べているな。

 と、またまたトリップした私の思考を引き戻したのは、甘味効果でやや明るい調子のアスナの声だった。

 

「わざわざケーキまで買って、何かの祝い事?」

「うんにゃ、これはあたしが食べたかっただけ」

 

 おいこら高いのよこれ、と睨みながら口に出したら萎縮されそうなので、半眼を向けるだけに留めておく。

 すると、リズベットは悪びれもせず笑って続けた。

 

「ちょおっと聞きたいことがあってぇ……ふふへへへ」

「なにその嫌らしい含み笑い」

 

 今度こそ声に出し、じろりと睨み付けると、リズベットは私から顔を逸らしてアスナの方を向いた。視線を受けたアスナは一瞬ぴくりと肩を跳ね、「な、なに?」と小さな声で訊く。

 

「アスナぁ……あんた、どうなのよ」

「ど……どうって?」

「とぼけるんじゃないわよ! キリトとのことよ!」

 

 ――あぁ、恋バナか。

 理解して、私は溜息を吐いた。

 目敏く、或いは地獄耳が反応したのか、私の様子に気づいたリズベットがじろっとこちらを睨んでくる。

 

「あのねぇ、四六時中異性と一緒に居て、どうにかならないわけないじゃない!」

「その主張なら、私も当てはまるでしょ」

 

 私、アスナ、キリトは、一層のボス戦でパーティーを組んでから、一度も解消することはなく三人組(トリオ)であり続けている。時折別行動をすることはあっても、長期間離れることはなく、せいぜい今日のように個人で済ませる野暮用がある時くらいだ。ゆえに、恋愛脳の鍛冶屋が掲げる理論の通りなら、私も()()()()なるはずだが……。

 果たしてピンク頭の少女は、呆れたような声色で言った。

 

「あんたはアレよ。どう見ても狙いがキリトじゃないから、別」

「はぁ?」

 

 確かに、あの年下(恐らく)の少年に恋愛感情を持ったことは一時たりともないし、なんならアスナと話しているところを見て「邪魔だな……」とちょびっと思ったことがあったりなかったりした気もするが、《心強いパーティーメンバー》という認識以上の関係を想像したことはない。

 だからといって、私が別の人間に対して《狙っている》と称すほどの感情を向けていることも、ないだろう。恋愛脳の(スイーツな)思春期少女リズベットの目にはいかなフィルターが掛かっているのか、私が誰かを好いているように映っているらしいが、決してそんなことはないはずだ。そもそも、最前線で攻略に勤しむ私たちには、そんなことにうつつを抜かす余裕などない。

 

「ま、ミトのことは良いのよ。別にあたしは否定しないけど、今興味があるのはノーマルなカップルなのよねぇ。ね、アスナ?」

「え、えっと……?」

 

 困惑を多分に含んだ声色。ほんの少しだけ、アスナの眉が八の字を描いたように見えた。それに気づいているのかいないのか、リズベットはずずいっとアスナに顔を寄せる。

 

「ねねね、どうなのよ、キリトとは! どこまで行ったの?」

「えと、キリトくんとはパートナー……うん、単なるパートナーであって、そういった恋愛的な意味は……」

「パートナー! まーぁ聞きましたミトさん!? この子ったらなーんて大胆なことを……!」

 

 頭の中までまっピンクなのかこいつは、とは友人に向ける言葉ではないので口の中に留めておく。代わりにチョップを一撃お見舞いし、行儀悪く机に乗り出すお馬鹿をアスナから遠ざける。

 

「あなたね……そんな話をするために、朝っぱらからケーキ屋に並ばせたの?」

「痛い……ミトの視線が痛い…………ええっと、一応、きちんとした話がありましてですね……ケーキの代金はあたしが払うので、ちょっとしたお願いがありまして……」

「なら早くそれを言いなさいよ」

 

 叩かれた額に手を当てて痛がるリズベットに対し、私はようやっと本題に入るのか、と溜息を一つ。

 鍛冶屋として稼いでいるとはいっても、高級菓子を私たちに奢るのは、リズベットにとってもかなり痛い出費だったはず。そうまでして頼みたいこととは、はてさてなんだろう……レアな鉱石を手に入れるために面倒なクエストを手伝えとかかな……それとも最前線の凶悪なMobが落とす超レア素材を手に入れてこいとか……もしそうだったら面倒ね……などとぼんやり頭を回しながら、鍛冶屋の少女が話し出すのを待つ。

 リズベットは見慣れた緑色のお茶――味は色から想像できる緑茶ではなく、なぜかウーロン茶のそれに近い――を啜って唇を湿らせると、先ほどまでとは打って変わって真剣な顔で言った。

 

「お願い、あたしの戦闘スキル上げを手伝ってください」

 

 リズベットの願いに、私は反射的に彼女の腰元を見た。

 今は圏内、さらに私たちのパーティー――正確にはキリト――が借りている個室なので実体化していないが、表に出る時、彼女はそこに戦槌(ハンマー)を吊している。鍛冶用のものではなく、モンスターを打ち倒すためのものだ。

 彼女が戦槌使い(メイサー)としてそれなりの腕前を持っていることも、鍛冶スキルを活かしてそこそこのレベルであることも、知っている。鍛冶素材を集めるために時折町の外へ出て戦っていることも、何度か手伝ったことがあるので、承知している。

 それらを踏まえても、私はリズベットの願いに即応できなかった。

 代わりに、アスナが口を開く。

 

「……それは、どうして?」

「いつまでも、あんたたちに頼ってばかりじゃいられないから。――あたしも、あんたたちと、肩を並べて戦いたい」

 

 はっきりと答えたリズベットに、私は「それが戦闘職と生産職の関係でしょ」と言いそうになって、危うく口を噤む。

 それで納得するようなら、彼女はここで話していない。

 アスナがちらりとこちらを見て、私が何も言わないことを確認すると、そのぷっくりとした艶やかな唇を開いた。

 

「キリトくんがいないところで言ったのは、絶対に止められるってわかってたから?」

「それも……ある、けど。……あいつがいると、なんだかんだ頼っちゃいそうだったし」

「そう」

 

 どこかしおらしく言うリズベットに、しかしアスナの反応はドライに見えた。

 けれど、その声色は、深い付き合いの人間にしか気づけない優しさを含んでいて……。

 キリトがいたら、確かに止められただろう。けれど、彼はリズベットの意志を尊重して、最後には手を貸したのではないだろうか。パーティーの武器属性バランスが《斬》に偏っていて《打》がいないから、とかなんとか言い訳して。

 私としては、リズベットの想いを受け止めた上で、反対だ。

 危険だから、というだけではない。そも、鍛冶屋としての必要スキルを取得しているリズベットは、純粋な戦闘特化ビルドの私たちに比べて自由にできるスキル枠が少ない。現在の最前線の平均レベルは五十程度。鍛冶関係である程度の経験値を取得しているリズベットは、少し下がって四十くらいだろうか。何らかの特殊なアイテムないしクエスト報酬(リワード)を得ていなければ、スキルスロットは六、七つといったところ。SAOの生産系スキルは、《鍛冶》《裁縫》といった基準スキルの他に、《片手武器作成》やら《軽金属防具作成》やら細かな分類が存在する。リズベットは戦闘用に《片手槌》と《片手小盾》も取得していたはずだが、果たして、現時点のスロット数で、戦闘に必要な――()()()()()なスキルを取得できる余裕が、あるだろうか。

 システム的な制約だけではない。半年間最前線で戦い続けた私たちとリズベットでは、戦闘経験が違いすぎる。……もちろん、それはいくらでも鍛えられることだ。だが、最初は若干パワーレベリングじみたことをするだろうし、それが後にどんな事故を起こすか――想像できないはずがない。

 ……うだうだ理屈を付けているが、要は怖いのだ。リズベットが、この世界でできた友人が、危険に晒されるのが。

 圏外に出なければ、モンスターと戦闘しなければ、危険は無い。きちんと宿を取り、現実世界でも行うような自衛をすれば、安全なはず。

 ――それに。

 鍛冶に戦闘に、なんて。いくつも手を伸ばせば、いつか限界を迎えてしまう。

 適材適所、とは少し違うかもしれないが――戦いは私たちに任せて欲しい。

 その想いは、どうやらアスナも同じようだった。

 

「私たちは別に、リズさんに頼られることを負担に感じたことはないよ。そもそも、こっちもリズさんに頼らせてもらっているんだし」

「それはあたしが、あんたたちの専属鍛冶屋だから……」

「うん。《ビーター》として名が通ってしまった私たちが、専属として武具の面倒を見てくれる人がいることに、どれだけ感謝していることか…………だから、その、面倒な素材集めとか、どんどん頼ってくれて良いんだよ?」

「……、」

 

 じっとリズベットを見つめるアスナの表情は、(かす)かな笑みを浮かべているように見えて――。

 その声に溶かされたのか、視線に()てられたのか、リズベットはふっと肩の力を抜いて、背もたれに体を預けた。それから大きく息を吐くと、ぱしっと両手で自身の頬を叩き、「よしっ」と気合いを入れる。

 

「ごめんごめん! 変なこと言っちゃった」

「ううん、リズさんの気持ち、嬉しいよ」

「……あのリズが、ことあるごとに私とキリトを雑用に駆り出すリズがそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかったけどね」

 

 にやりと笑ってみせると、鍛冶屋の友人は「むか!」と声に出して怒りを表現する。そんなリズベットの様子を見てアスナがくすりと笑いを零す。

 

「あーもー、変な空気になっちゃったじゃない!」

「リズが最初でしょ」

「そうだけど! もう……うん、よしっ」

 

 ……、なぜだかわからないが、なにか、嫌な予感……のようなものを覚えた。

 ただの第六感だが、脳裏でちりっと火花が散ったような気がして――。

 果たして私が腰を浮かしたことを察したのか、リズベットは今日一番嫌らしい笑みを浮かべ、言う。

 

「早速頼らせてもらうわ! ミト、アスナ、今日はキリトがいなくて最前線に行けないでしょ?」

「……それは、まぁ」

 

 ソロでも十分戦えるレベルを確保しているが、最前線での戦闘は何があるかわからない。仲間が少ないほど安全マージンは減り、緊急時の対応が難しくなる。ゆえに攻略はいつも三人で行い、誰か用があって人数が減る場合は、最前線に行くことは控えていた。

 

「なら、二人ともあたしの店の売り子をしてちょうだい! あんたたちがいれば、客も入れ食い状態よ!」

「え」

「戦闘職に頼むことじゃないでしょ、それ」

 

 固まるアスナ。からん、とフォークが落ちた音が耳に届く。

 私は即座に否定の言葉を投げるが、勢いづいたリズベットは止まらない。

 

「こーんなに綺麗な見た目をしているのに、有効活用しないなんてもったいないわ! ほらエプロン着て! わざわざアシュレイさんに頼んであんたたち用に装飾してある特別品よ!」

「なんでそんなもの用意しているのよ!?」

「きゅう……」

 

 可愛らしい鳴き声を上げて倒れるアスナ。他人の指を動かしてメニューを操作するという犯罪に悪用される手口を用いてアスナを着替えさせたリズベットは、「さあ商売繁盛、私の技術向上(スキルアップ)のために愛想を振りまくのよ!」と言いながら私にふりふりエプロンドレスを押しつけてくる。

 うわすっごく可愛い……けど私には似合わないでしょこれ……と躊躇っていると、リズベットの「アスナのこれ、いくらしたと思う?」という言葉に折れざるを得なくなる。良いものを見せてもらったからには、対価を払わなければならない。当然のことだ。うん。……いや本当にアスナは可愛いな……アシュレイさん良い仕事するわね……。

 

 ――アスナが、キリトから「一週間ほど別行動させてくれ」という旨のメールを受け取ったのは、普段の九割増し(リズベット談)で集まった研磨依頼の客をリズベットが気合いで捌ききった、直後のことだった。

 

 

 

 キリトが最前線から十も下の層で素材集めを失敗するとは思えないので、なにか対人関係で問題が発生したのかと事情を聞くと、どうやらとあるギルドと接触したことが原因らしい。

 十八層迷宮区で素早く狙いの素材を集め終えたキリトは、帰路の途中、前衛が一人しかいないアンバランスなパーティーがモンスターの群れから逃げている場面に遭遇。事故を起こしたら全滅しかねないと判断し、助けに入った。

 高レベルのプレイヤーが低層の狩り場を荒らしていると思われると厄介だったが、しかしあまりの危なっかしさに見捨てる選択を取れなかったと黒ずくめの少年は語る。まぁ彼の性格的に見逃せなかっただけだと思うが、それはアスナもリズベットもわかっていたのでにやにや笑うだけに留めておいた。

 キリトが前衛を務めることで戦いは安定し、無事勝利することができた。とはいえそのパーティーは全員のHPが減っており、危なっかしい戦闘場面を見た以上、不安を抱いたキリトは彼らを安全な街まで送った。――ここまでは良かった。

 街に着いた彼らは、キリトにお礼をしたいと言い、酒場――現実の体には一滴のアルコールも入らないので、法律的には問題ない――で打ち上げのようなものをした。その際、キリトは「もし良かったらギルドに入らないか」と誘われたらしい。

 キリトは「今日はたまたまソロだったが、固定のパーティーを組んでいるから無理だ」と断った。だが、誘われた理由をなんとなく察していた彼は、「もしかして、前衛が足りないのか」と訊き、ギルド《月夜の黒猫団》の事情を詳しく知ることとなる。

 メンバーの一人を盾持ち片手剣士に転向しようとしているが、難航していること。

 いつか攻略組の一員になることを目標としていること。

 彼らのスキルバランスの悪さにゲーマーとして口を出したくなったのか、それとも和気藹々とした雰囲気に()てられたのか――或いは、将来の先頭集団(フロントランナー)をこんなところでギブアップさせたくなかったのか。

 ともあれ、キリトは条件付きで盾持ち片手剣士の転向を手伝うことを提案したらしい。

 それが、一週間の離脱の理由であった。

 

 ――そして。

 これが、私たちの思い上がりを、認識の甘さを、未熟な思考を――粉々に打ち砕き。

 ここが紛れもない現実であり、周囲にいるのは生きた人間だということを思い知らせる、悪夢となる。

 

 





 心の……温度……? なんのこっちゃ。


Q.アイエエエ! リズ!? リズナンデ!?
A.出会ったのは五層。将来的に生産職との繋がり、特に鍛冶屋が必要だという考えがキリトたち三人の中にあり、ビーターと知っても関係無く関わってくれる人を探していたところ、主街区で剣を売っている駆け出し鍛冶屋(実際には二、三層解放くらいから活動しているが)と出会った。そこでミトが仲良くなり、イッチはなんだかんだ可愛がられ、キリトはそれなりに頼りにされるようになった。それだけのお話……。

Q.リズってこんなに恋愛脳だった? あと、なんか思い悩んでいたみたいだけど?
A.原作の『心の温度』(最前線が六十三層辺り)でリズベットは人恋しくなっています。それはさておき、この二次創作では最序盤から三人と関わっているので、わりと精神的に良い状態を保っています。細々としたあれこれはありますが、基本的にはその影響です。
 リズベットは戦闘職として最前線に立つことに対しギブアップしていますが、同年代の少年少女が最前線を突っ切っている姿を見ると、申し訳ない気持ちと、どこか悔しい気持ちが湧いてきたようです。なお、イッチのボス戦での姿をリズベットは見ていないため、まだ眼は灼かれていない……はず。

Q.スキルスロット数って……。
A.初期が二つ、レベル六と十二で一つずつ増えて、それからは十の位が変わるごとに増加……だった気がする。曖昧な記憶をもとに書きました、反省しています。
 終盤ならともかく、現段階で戦闘と生産を両立するのは難しく、攻略組でも趣味スキルを取れるほど枠を余らせているプレイヤーはいなさそう。

Q.そういやミトってアシュレイさんに会ってるの? 映画と流れ違うから、アリアの特典小説にあったようなユナとの出会いもないと思うんだけど?
A.ミトは一人で行動している時期に運悪く(見方によっては運良く?)レーゼルの村が襲撃されているところ(=MPKの現場)に遭遇し、救出しています。その後、生産職繋がりでリズベット経由で再会しました。

Q.数量限定の菓子を買いに行った人数分以上も買うとか、良いのかこれぇ!?
A.値段が高いから普通は一人一つしか買わないけど、制限的には一人二つまでだったから四つ買えた。後ろに並ぶ人から恨みを買うのは、まぁ仕方ないね。(バフは無いが、二層の《トレンブル・ショートケーキ》より高い)

Q.ところでキリトくんの分のケーキは?
A.キリトがすんなり戻ってきたら耐久値も残っていた。遅かったのでイッチが休憩中に美味しく戴きました。

Q.キリトくんが黒猫団に抱いている印象というか、関わり方がなんか変わってない?
A.原作と違ってソロではないのと、精神的な余裕の影響。黒猫団に対して「仲が良いなぁ、攻略組の雰囲気を良い方向に変えてくれそうだなぁ」と考える部分は同じですが、「でも俺たちもたまにあんな感じの時あるよなぁ」とも思ってしまうので、原作ほど惹かれてはいないです。

Q.転生掲示板は思考入力式で、切羽詰まった時なんかは思考がダダ漏れになるって前に書いてあった気がするけど、なんで前回はイッチの思考が掲示板に載らなかったの?
A.思考が振り切らないように抑えながら頭を回していたから。それでも溢れたから一言だけ載った。

Q.あれ、イッチ、味覚……?
A.「何も感じない」「味がしない」っていう表現は、字面通りの意味だけじゃないですよね。


 原作は四月八日に月夜の黒猫団と遭遇し、六月十二日に壊滅しています。この二次創作では、遭遇は五月二十五日です。他にも細々とした理由はありますが、その辺りのズレによって最前線やレベルが微妙に異なっています。



「ちょっと気になっていたのだけど、どうしてアスナはプレイヤーネームを《アスハラ》にしなかったの?」
「え?」
「ほら、いつもプレイヤーネームを入力できる時は《アスハラ》にしていたじゃない」
「あー……」
「あぁ、でもベータの時は《めるく男爵》……だったかしら? ベータの時にキリトと一緒にL(ラスト)A(アタック)ハンターしていたのってあなたでしょ?」
「あ、はい、そうです、《めるく男爵Ⅲ世》は私です…………なんかすみません」
「それは別に良いのだけど……今は私も一緒にLA取りまくってるし……って、LAの話はいいのよ。それで、なんで《アスハラ》でも《めるく(なにがし)》でもなく、《アスナ》にしたの?」
「……少し、思うところがあったから、かな」
「?」
「《アスナ》にしたのは、繋ぎの名前が何も思いつかなかったからだけどね。後で課金して変えるつもりだったし」
「繋ぎでも本名はどうかと思うけど……」
「あはは、私も最初はそう思っていたんだけどね。でも、今はこれで良かったかも……って、少しだけ思ってる」
「え?」
「名前って、ただの記号以上の意味があるんだよ。……少なくとも、()()()はそう思ってる」
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