メインヒロインにTS転生したらしいが、細剣じゃなくて刀握りたい 作:星宮ひまり
十六話目にして初めての主人公視点なので初投稿です。
また短い? うん、視点切り替えのタイミングで切ったらこうなったんだ。申し訳ない。次回で黒猫団編は終わります。
――三層で、キリトくんが遭遇した
現実が、現実ではないような。
SAOをただのゲームと思い込んだまま、目の前の事実を見ていないような。
夢見心地、とはちょっと違う。脳が正しい認識を拒絶しているわけではない。何かに乗せられたまま、地に足を付けずに空を泳いでいるような――。
そんな、度し難いものを、感じていた。
転生者……《掲示板転生者》と区別される人間が、その力を使って他人に助けを求める際、スレ主が望んでいる答えはそれなりに集まりやすい。管理人がそのように作ったからであり、また、質問に答えるスレ民も《自分の世界での問題》を解決した、或いは特に関わることもなく《本人の主観では平和であり、落ち着いている》状態のため、それなりにまともで、ある程度正確な情報が出てくる。
ただし、彼らにとっては前世でネット上でやりとりをしていたことの延長という感覚が強く、また完全に別の世界の出来事であるため――そしてなにより、《自分が主役の立場にいた》人間などほぼいないため、渦中の人間からは酷く身勝手な言葉に聞こえることが多々ある。
それを承知で、割り切って掲示板を使うか。――これが現状、一番賢い使い方。
自己主張とアクセス者の厳選を行い、自分が望む環境を作り出すか。――難しいが、多大なメリットと、一部致命的なデメリットを背負うこととなる。
或いは、同じ世界に転生した人間が現れるのを待つか。――同じ世界で同じ時間を生きるなら、他の掲示板転生者よりも当事者意識が強いだろうから、悩みも共有しやすい。同世界に転生(この場合、《原作が一緒》だけではなく、本当に同じ世界、同じ時間に存在しているということ)した人間は、掲示板能力で自分のスレを立てる前に、同じ世界の転生者のスレがピックアップ表示されるため、見つけやすくなっている。もっとも、いるかどうかが一番の問題だが。
少女――前世少年だった
被った
永遠に、夢が
或いは、夢から覚めることを。
俺は。私は?
わたしは。
いつか、自分の意志で、選べるだろうか。
『サチがいたのって、どっかの主街区の外れにある水路だっけ?』
『どこの層とかは……わからんな……』
『つか索敵スキルでどうにかできるんじゃなかったっけ?』
『原作キリトはそうやって見つけてた希ガス』
頭の中で浮かび上がる見慣れたログを流しながら、私は転移門を背に走り出す。
第一層《はじまりの街》、初日の盛り上がりと悲鳴が記憶の最後である私にとっては酷く閑散とした中央広場を、高めに高めたAGI任せに疾駆し、システム的に表示される緑の足跡を辿る。
この層に跳んだのは、完全に勘だった。
尋ね人である《サチ》さんが転移門を使用したことは《索敵》スキルによって表示される足跡が続く方向から見て間違いなかったが、スキルを使ってもさすがに転移した場所までメッセージログに出力してくれることはなく、手当たり次第に跳んで確認するしかなかった。《月夜の黒猫団》が拠点としていた第十一層を起点に、上をミト、下を私が順に調べていくことになったのだが――。
目元に掛かるか掛からないかの位置にあるフードの端を摘まみながら、私は足跡に従って街路を曲がる。高レベルステータスによって実現する慣性を無視したような挙動は、はじまりの街に住むプレイヤーには異常なものに映るだろうが、止める者はいない。現在時刻は午前十時過ぎ――一層を拠点にしてやや遅めに動き出したプレイヤーを数人見かけるか、或いは《
……いや、暗く淀んだ空気が充満していた頃よりはマシか。
それも全て、下層に引き籠もるプレイヤーに食料と戦う技術を与え、最低限の生きる活力を取り戻させたALFのおかげ……だろうか。キバオウの頑張りは、ある程度報われている。それは、情報屋が出した月ごとの死亡者数、その下層民の割合から見てもわかる。
自殺が減った。
それはきっと、良いことなのだろう。
代わりに、戦いで死んだ数が増えたということなのだが――。
件の少女を見つけたのは、はじまりの街の最外周、果てのない蒼穹を覗く展望テラスの高い柵の前だった。
現実世界では決して拝めぬ絶景スポットであり、しかし、この仮想世界に閉じ込められた者にとっては曰く付きの場所。
デスゲーム開始から三時間後、黒鉄宮の《生命の碑》――全てのプレイヤーの名前が書かれたそれに、最初の打ち消し線が引かれる原因となった場所だからだ。死亡理由は高所落下。すなわち、この展望テラスから無限の蒼穹へ身を躍らせたのである。
どうしてサチさんは、こんな場所に来たのか。
脳裏に最悪の――しかし、現実味のある理由が
果てしない空をぼうっと眺める少女へ、直球の問いを投げた。
「……飛び降りるつもり?」
知らないプレイヤーに声を掛けられたからか、私の接近に気づいていなかったからか。サチさんはピクリとわずかに肩を跳ねさせると、こちらに振り向かないまま答えた。
「そんな勇気は無い、かな」
「そう」
サチさんの隣に並び、どこまでも続く青い空と幾重もの白い雲に目を向ける。静かな風の音は心を落ち着かせるようで、けれど死の一歩手前だという事実にわずかな忌避感を覚えた。
「仲間の所に、戻らないの?」
私の問いに、サチさんは少しだけ間を置いて、口を開いた。
「あなたは……もしかして、ギルドの誰かから……ううん、キリトから、私を探してって頼まれたの?」
「……、はい。そうです」
今更ながらに、敬語を使った方が良かったかな……と思って、切り替えてみる。さっきまでは少し焦っていたのだ。スレ民からサチさんが自殺するとは聞いていないが、場所も相まって、彼女の後ろ姿が、今にも消えてしまいそうに見えたのである。幸い、杞憂だったようだが――。
肯定した私に、サチさんは「そっか」と言って、それからゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「アスナさん、だよね。あ、ごめんなさい、敬語の方が良いですよね」
どうして私の名前を知っているのだろう。……いや、キリトから聞いていたのか。
「そのままで良いですよ、私の方が年下ですし」
「ふふ、ありがとう。できればあなたも敬語はやめてほしいかな。アスナさんに敬語を使わせたなんて、他の人に知られたら、ちょっと怖い」
ふわりと笑う顔は可愛らしく。けれど、どこか困ったような曲線を描く眉は、儚い印象を抱かせる。
バレているなら良いか、と私はフードを取る。風に乗って髪が揺れるのを若干鬱陶しく思いながら、裏に入れていた後ろ髪を出した。……なぜか横でサチさんが息を飲む気配を感じたが……あれか、こんな毛量をフードケープに隠していたのか……的な反応だろうか。
というか、私に敬語を使わせたことが他にバレたら怖いって、どういうことなのか。実は私っておっかないように思われている……のか? いや、ニュアンス的には私の周りが怖いのか。キリトやミト、リズさん……あとアルゴさんが怒る……ってこと? ううむ、想像しにくい……。
などとトリップする思考の裏で、インスタンス・メッセージの送信を完了。内容はもちろん、サチさんを発見したこと。黒猫団にはキリトから連絡が行くだろうし、私が知らせるのはキリトとミト、そして店に来る人に軽く尋ねてほしいとお願いしたリズさんだ。
メニューウィンドウを閉じると、サチさんが私の顔を見たまま固まっていたことに若干の疑問を抱きつつ、私は気になっていたことを尋ねる。
「サチさんは、どうして、こんなところに?」
私の問いに、サチさんははっとしたように視線を逸らす。それから遙か遠くを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……ここからなら、《外》が見られるような気がして」
サチは薄く微笑んで、続ける。
「そんなわけ、ないのにね。でも、沢山の人が、ここから身を投げた。その人たちは、もしかしたら、この青い空の先に――雲の隙間に、夢を見てしまったのかもね」
――現実の世界という、夢を。
彼女が言葉にしなかった意味を、私はなんとなく察してしまった。
「……ごめんね、変なことを言って。キリトたちにも心配かけちゃったな。すぐに戻らないと」
「サチさん」
私は、彼女と同じように蒼穹を見つめながら、言う。
「サチさんは、現実の世界に戻りたいの?」
「――うん。当然だよ。こんな世界、嫌。みんなでパソコンの前でわいわいゲームしていた頃に戻りたい。……どうしてゲームなのに死ななきゃいけないの? おかしいよ、こんなの」
「……そう」
遙か遠くの空にも、雲と雲の隙間にも、求めた夢は映らない。
ただ背後の現実から逃げて、この悠久の天に飛び出したとして。
……いや、確かにそれは逃げだけれど。今の私は――この仮想世界で生きる私は、逃げていないと……現実に向き合って生きていると、言えるだろうか。
「――ゲームは、私達がクリアする。あなたが無理をする必要はないわ。だからあなたは、安全な場所で、待っていて」
「……そう、したいけど、ね。みんなが、いるから――」
「逃げてもいい。やりたくないのなら、全て振り切って、逃げて良いの。……逃げられるうちに、逃げておくべきよ」
彼女が私の言葉に、何を感じたのかはわからない。
ただ、言った私は――なんて薄い言葉だと、我ながら笑ってしまいそうだった。
走る。
走る。
全身の力をフルに使って、鍛えに鍛えたステータスで以て、私はフィールドを走り抜ける。
【黒猫団が罠にかけられたかもしれない。最大限警戒して、二十六層迷宮区前に来てくれ】
インスタンス・メッセージを送った直後、入れ替わりでキリトからメッセージが来ていた。それを早く読むべきだった。サチさんに一言断って、確認して――それで、一目散に向かうべきだった。
いや、まだ決まったわけじゃない。
決定的な事象が起きたわけじゃない。
言い聞かせるように頭の中で繰り返す。
――『イッチ! 頼む、黒猫団を助けてくれ!』
――『ディアベルを助けられたんだ……イッチならサチも助けられる!』
――『原作キャラ救済、これぞ原作有り世界への転生勢最大の命題やな』
掲示板で投げられた言葉が脳裏で蘇る。
あのとき私は、私が干渉すべきことなのか疑問を抱いて、積極的に関わろうとしなかった。
転生者の責務。
原作の内容を知る者が取るべき行動。
知ったことか。私はこの世界で生きている。この世界に生まれて、この世界で育って――そして、自分の意志で、この
キリトくんが主人公だから一緒に居るんじゃない。
ミトが登場人物だから仲良くしているんじゃない。
ディアベルさんを助けたのも、キズメルの味方をしたのも、《血盟騎士団》への勧誘を断ったのも、全て、私が自分で決めたこと。
今ならそう、断言できる。
……だからって、死ぬ可能性を知った相手を見捨てることなどできない。
全ての人間を救うなど不可能。それはわかっているし、私も、見知らぬ誰かを自分の命を賭けてまで助けに行けるほどできた人間ではない。でも、《月夜の黒猫団》は、キリトくんが関わった、彼のフレンドだ。助ける理由はあって、見捨てる理由は――今のところ、無い。
【まずうくrな】
二度目のメッセージは、短く、そして誤字すら混じったものだった。
「――ッ」
上層へ伸びる迷宮区の姿が大きくなるにつれ、鼓動が早まっていくのを感じる。
ここまで、どうしても避けられないMobを五匹狩った程度。二度目のメッセージが来てから、時間はそう経っていない。ミトは私より先に向かっていたみたいだから、キリトくんは、きっと、まだ大丈夫――。
「――死ねぇ、ビータァア!」
そして。
黒光りするナイフを突き出す男を見て、私は反射的に刀を抜いた。
Q.原作と違ってキリトは自分が攻略組であることを黒猫団に隠してないんだし、索敵スキルを使って探せることを明かせば良かったのでは?
A.原作よりもサチの失踪をキリトに知らせるのが遅かったため、キリトが連絡を受けたときにはすでに黒猫団はサチ捜索のために散っていた。迷宮区に向かうケイタとテツオを連れ戻さないと危ないので、キリトはそちらを優先。一応ケイタにはメッセージを飛ばしている。
Q.イッチやミトはどうやって索敵スキルの対象をサチに設定できたの? フレンド登録したであろう(書いてないけど黒猫団の全員としています)キリトはともかく、関わりのなかった二人は無理じゃない?
A.正しい設定がわからないので完全に捏造設定なのですが、この二次創作では《システムログから対象を選択》できるということにし、《キリトがメッセージや取引機能を用いて、サチというプレイヤーの情報を二人に送信した》ことにしました。たぶん無理。SAOには戦闘経過記録が無いって八巻でアスナが言ってるって? バトルログ無くても個別のシステムログくらいはあるっしょ(震え声)。
所持品からの追跡も考えたけど、それだと圏内事件のときに《ギルティソーン》から所有者(恐らくヨルコかカインズ)を追跡してバレて終わってんじゃん! と思ったのでやめました。……ん? でもあれは所有者クリアされてたんだっけ? どうやってやったんだアレ、SAOのシステムわからん……。
次話は明日投稿します。本当はクリスマスの連続投稿をしたかったんだが、一日ずれてしまった。悔しい。