メインヒロインにTS転生したらしいが、細剣じゃなくて刀握りたい   作:星宮ひまり

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 久しぶりの連続投稿なので初投稿です。
 本当はメリクリィ! って言いながら昨日投稿したかったけど間に合わなかった。悲しみ。
 長い。誤字が多いかもしれない。ユルシテオニイサン……。

 ところで転移結晶は各層に点在する圏外村などにも跳べるっぽい(オレンジカーソルになったプレイヤーは衛兵NPCに止められて転移門のある圏内に入れないので、この手段か迷宮区を通って各層を移動する)のですが、転移門を使ってそういった村などには跳べないんですかね。一方通行なら案外できそうだと思うんですけど……あれは転移門同士だけが対応しているのか。なら無理か(自己解決)。




『そして聖夜に願う』

 

 

【サチが見つかった、二十六層の迷宮区前に来てくれ】

 

 ダッカーからそのメッセージが飛んできたのは、俺が二十四層の迷宮区に向かったケイタとテツオと合流して、主街区まで七割ほど戻ったところだった。

 ケイタとテツオは、サチが見つかったことに心底安堵した。俺は何か嫌なものを感じて、なぜ二十六層の迷宮区にいたのか疑問を呈したが、二人は「気持ちが(はや)ったのだろう」と軽く流した。

 転向計画の最終日だから、少しでも時間が惜しくてフィールドに向かった――それなら、いつも訓練をしている二十四層にいるはずだ。そもそも二十六層迷宮区など、サチもダッカーも単身で生き残れる場所ではない。いったい、どうやってそこに……。

 俺の考えが纏まる前に、町の転移門を通り、二十六層の主街区に着いてしまった。待っていたササマルを加え、四人で迷宮区へ向かう。彼らの足取りは軽く、初めての層、それもいつもより二つも上の場所だというのに、不安は見えない。

 慣れてしまった、のかもしれない。自分達の適正よりも上の層で戦うことに。悪い兆候だ。しっかり釘を刺さないと、彼らはこの先、己の実力のほどを見誤り、何か致命的な失敗をしてしまうかもしれない……。

 これは俺の責任だ。この一週間、少しでも彼らが最前線に近づけるよう、彼らの適正よりも上の層で訓練をした。経験値効率の良いモンスターを選びつつ、なるべく俺は経験値を奪わないようにダメージを稼がない――つまりは、一種のパワーレベリングを施してしまった。

 約束は今日で最後だが、もう二、三日延長してでも、彼らの認識を正しておかねばなるまい……そう心に決めつつ、迷宮区へ急ぐ。

 ……俺の予感が正しければ、ダッカーのメッセージは、《要求》だ。送り主はシステム的にはダッカーだが、恐らく誰かが彼に書かせたものだろう。

『人質を取ったから、危険な場所まで来い』――思い過ごしであれば良い。だが、もしダッカーが犯罪者(オレンジ)プレイヤーに捕まって、《月夜の黒猫団》の財産を狙っているとしたら……。

 黒猫団がオレンジに狙われる理由はわからない。ただ、中層プレイヤーがオレンジに財産目的で狙われることは、残念ながらそう珍しい話ではない。最初の被害報告が広まってから(たが)が外れたのか、ゲーム開始から五ヶ月の間に、十件以上の被害が確認されている。それらは小さな事件だとしても、ノーマナー行為――いや、デスゲームであるSAOでは、普通のゲームとは重さが違う……当人たちが何を思って凶行に及んだのかはどうであれ。きっと、今回もそういった奴らの仕業なのだろう。

 ……或いは。

 考えたくもない可能性が、ふと頭に浮かんだ。

 ――ビーターである俺を恨む者が、黒猫団を使って俺をおびき寄せた。

 

「……っ」

 

 罠だというのは完全に俺の想像だが、不可解な点が多く、楽観視していられない。

 黒猫団の訓練を始めてからずっと彼らのパーティーに参加させてもらっている状態だが、視界左上の俺のHPバーの下に表示されるダッカーのHPバーが、いつ左端まで減りきってしまうかわからない。いや、人質なら俺たちが行くまで殺されはしないはずだ。それでも――それでも、俺は焦る心を抑えられない。チリチリとした鈍い痛みが皮膚の下を走っている。第六感とも言うべきか、何か不味い事態が起きていると、思えてならなかった。

 ケイタたちは町に帰した方が良い。だが、相手の要求通りに動かなければ、果たしてダッカーがどうなるかわからない。ゆえに俺は、ケイタたちに「あくまで可能性だが」と前置きをしつつも警戒を促した。もっとも、彼らはピンとこないようで、大して意識は変わらなかったが。

 サチがダッカーと一緒に迷宮区に居るとは思っていない。手伝いを依頼していたアスナとミトに「黒猫団が罠に掛けられたかもしれない」という旨のメッセージを送った際、ほぼ同タイミングでアスナから【はじまりの街でサチさんが見つかった】というメッセージが来ていたからだ。

 サチが別の場所で見つかっていることを踏まえて、もう一度ケイタたちに話をしようとしたが――少し遅かった。

 第二十六層迷宮区への道筋は、圏内からそれほど遠くはなかった。道中の敵も、運が良かったのか悪かったのかほぼ遭遇せず、出会った敵グループ二つも俺が早々に殲滅してしまったため、思っていたよりも早く着いてしまった。

 

「あれ? ダッカーの奴、どこにいるんだ……?」

 

 迷宮区タワーの足下で、キョロキョロと周囲を見回すササマル。ケイタが「もしかして、もう中に入ったのかな?」と言い、テツオが「危ないことするなよな」と呆れて――。

 そんなときだった。

 キラリと、視界の端で光った――ような気がした。

 

「――ッ」

 

 反射的に背の剣を抜いて、斜めに振るう。カンッと何かが当たって地面に落ちる。

 ――短剣。

 見覚えはない。いや、特異な装飾がないから見分けが付かないだけだ。だが、その緑に濡れた刃だけは、知っている――。

 

「ぐぁ!」

「うっ」

「ぁあ!?」

 

 三つの呻き声と、ドサリと倒れ込む音が耳に届く。三人が、倒れた。

 視界左上に並ぶHPバーが三本、緑の枠に囲われ、横に一つずつアイコンが追加される。緑の枠に黒の稲妻――《麻痺(パラライズ)》。

 数多のRPGに登場するメジャーな状態異常であり、一秒の硬直が死に直結するアクション重視のゲームではとんでもなく厄介なもの。特に魔法要素のほとんどが排除されたSAOでは遠隔でデバフを解除する手段が無く、ポーチやストレージから解毒アイテムを取り出して使用しなければならない。だが麻痺すると、辛うじて利き手が動かせる程度まで動きが制限されるため、素早い回復は難しい。ゆえに、仲間がいなければそのまま蹂躙されて敗北する。

 二層ボス戦で苦しめられ、以降、様々な種のモンスターが用いてきた厄介な状態異常。

 だが、真に厄介なのは――PvP(デュエル)。いや、PKに用いられる場合。

 

「スリー、ダウーン」

 

 少年のような、無邪気な声だった。

 頭陀袋のような黒いマスクに二ツ穴を開け、そこから粘つくような視線を向けてくる男。手には、ナイフ。先ほど俺たちに飛んできたものと同じ――麻痺毒が塗りたくられた、投擲用の短剣だ。そして、その頭上には、オレンジのカーソル。

 

「おい、一人、麻痺して、ないぞ」

 

 もう一人――いや、悪趣味な髑髏マスクのそいつと一緒に、ぞろぞろと顔を隠した奴らが現れる。手には毒ナイフを握っているが、腰や背に別の武器が提げられているのを見るに、全員が短剣を主武器としているわけではないようだ。《投剣》スキルを使っているのか――いや、ソードスキルに頼らずただ投げるだけならスキルは必要ない。本人の技量でどうにかなる。

 俺は剣を奴らに向けたまま、じりじりと後退する。麻痺で倒れた三人を守るように位置を考えるが、しかしそれは無駄だった。

 ガサリ、と音がしたと思えば、周囲の木々からオレンジカーソルのプレイヤーが現れる。パッと見て十……いや、二十はいる。

 ――囲まれていた。

 もう、疑うべくもない。

 俺たちは、オレンジプレイヤーの罠にかかったのだ。

 思考が回ると同時、奴らの動きを注視しつつ、慎重に右手の指を二本動かす。剣を持ったまま、システムメニューを開く。後は左手で操作し、文字を打つ――。

 

「――っ」

 

 飛来した短剣を切り落とす。だが、なんとかメッセージは送れた。

 

「っちぇ、貴重な毒武器を消費させやがって。やっぱビーターって最悪だなーウザいなー」

「うる、さい。お前が、下手な、だけだろ」

 

 言葉とは裏腹にかなりのストックを抱えているのだろう、新たに取り出した毒ナイフをくるくる回す頭陀袋の男。その横に、エストックを抜いた髑髏マスクの男が並ぶ。奴らがリーダー格か。顔は見えないし、声にも聞き覚えは……ない、はず。

 ……いや。

 

 ――オレ……オレ知ってる!! こいつら、元ベータテスターだ!!

 

 チリッ、と。首の裏で火花が散った。

 だが、俺がはっきりと思い出すより前に、状況が動いた。リーダー格と思っていた二人の間から、一人の男が現れたのだ。

 

「さて……I missed you(久しぶりだな)、と言うべきか。ブラッキー」

 

 黒い雨合羽に、短いが幅広の刀身を持つ片手剣。見覚えがある。俺は奴を、知っている。話だけなら、二層の強化詐欺事件の時に。初めて直接対峙したのは、五層で。

 黒ポンチョの男。《レジェンド・ブレイブス》の鍛冶師ネズハ(ナタク)に強化詐欺の手口を教え、ALSとDKBの対立を煽り、以降何度も攻略組の……俺たちのゲーム攻略を邪魔してきた、オレンジプレイヤーどもの首魁。

 何かギルドを率いているわけではない。いや、単に俺が情報を得られていないだけかもしれないが……しかし、その巧みな話術で、悪魔のような行動で、様々な手段で以て人々を扇動し、犯罪者へと堕としてきた奴が、オレンジたちを連れて黒猫団を――いや。

 ――俺を、狙っている。

 

「お前……ッ!」

「おーおー、良い顔するじゃねえか、ブラッキーさんよ」

 

 目深に被ったフードの下で、奴の口が弧を描く。

 俺の剣先は、奴に向かって固定されていた。他への警戒を怠ってはいない。だが、奴が、一番やばい――。

 ナイフが二本、飛んでくる。

 狙いは俺ではない。俺の背後で倒れる、黒猫団の二人を狙ったものだ。

 

「シッ!」

 

 素早く見切って切り落とす。だが、成功したのは一本だけだった。

 逃したもう一本が、背後で音を立てる。黒猫団の誰かに刺さったのだ。同時、くぐもった呻き声が上がった。

 

「クヒヒ、HPがぁ……一割? 思ったより減ってねえな」

「レベルが、想定より、高いらしい。装備は、さほど変わって、ないからな」

 

 ……事前に情報収集はしていた、ということか。

 俺が黒猫団と出会ったのは、一週間前だ。それより前に関わりはない。俺が接触してからすぐに調べたのか、それとも、元々彼らが標的で、偶々俺が巻き込まれたのか――。

 剣の柄を強く握りしめ、奴を睨みながら、問いかける。

 

「……何が目的だ」

 

 奴は包丁のような剣の背でコンコンと肩を叩きながら、嫌に艶のある美声で答えた。

 

「確かめたいことがあってな。……連れてこい」

 

 奴が指示を出すと、新たにオレンジカーソルが二つ現れる。いや、それだけではない。グリーンも一つ。

 

「だっ、かぁ……」

 

 背後でケイタが囁いた。

 

「け、ケイタ……みんな……」

 

 震える声を出すダッカーは、二人のオレンジに挟まれ、剣を突きつけられていた。

 いつも腰に差していた短剣は奪われたのだろう、オレンジの片方が見せつけるようにダッカーの顔の前で揺らしている。刃が肌に触れる度、彼のHPバーがじりじりと削れ、引き絞ったような悲鳴が零れた。その声を聞いて、オレンジどもが笑う。

 ダッカーが黒ポンチョの前まで歩かされると、二人のオレンジが彼の腕を掴んで背中側に捻り上げる。自然、ダッカーは頭を下げる姿勢になり、余勢で涙が地面へ飛び散った。

 

「よし」

 

 黒ポンチョは一つ頷くと、右手の剣をゆっくりと上へ上げて。

 

「何発耐えると思う?」

 

 薄青いライトエフェクトを纏った刃が、振り下ろされる。

 

「ひぁあ!?」

 

 鋭い斬撃音と悲鳴。ダッカーのHPバーが七割減った。

 

背面攻撃(バックアタック)でクリティカル判定か。あんまクイズになんねえな」

「確定二発っすね、ヘッドぉ。手加減っすか?」

 

 手の中でくるくる毒武器を弄びながら、頭陀袋の男が笑って茶々を入れる。

 黒ポンチョは答えず、見せつけるように、剣をゆっくりと振り上げる――。

 

「さあ、ブラッキー」

 

 奴らに躊躇いなんかない。

 犯罪者(オレンジ)――いや、奴らは殺しを楽しむ殺人者(レッド)だ。慈悲なんて請うだけ無駄。奴らにとって、これは遊戯(ゲーム)なのだ。――いや、奴ならショウと言うだろうか。

 俺の心を読んだかのように、奴は嗤った。

 

「イッツ・ショウ・タイム――」

 

 剣先が天を向く。

 先と同じ色のライトエフェクトが、肉太の刃を覆う。

 わざわざクールタイムを待っていたのか、単に焦らしたかっただけなのか。

 奴が、ついに剣を降ろす――。

 

「やめろ――ッ!?」

 

 渾身の力を込めて地を蹴った俺は、その剣をダッカーに迫る凶刃に割り込ませようとして――自分の眼前に飛んできた刃を払うために剣を引き戻す。カキンッ、と短剣が弾かれた、直後。

 

「――あ」

 

 強烈なクリティカルヒットの音。

 視界左端に並ぶHPバーのうち、一本が、完全に空になった。

 一瞬の静寂。次いで、聞き慣れた破砕音。

 青白いガラス片となって、一人のプレイヤーが、散った。

 ――ダッカーが、死んだ。

 

「一人目ェ」

 

 黒ポンチョが、殺人鬼が、歌うように数えた。

 喉が引き絞られ、乾いた俺の舌は音の一つも鳴らせない。真っ白になった頭が、目の前の事実を受け入れることを必死に否定する。

 小さなポリゴンの欠片が、溶けて消える。

 一人の人間を構成していたものが、この世界から完全に消失した。

 ――ドス、と。ナニカが肩に刺さる感覚。

 見覚えのある柄。知っている誰かが握っていたソレ。フレンドの盗賊(シーフ)風の男が愛用していた武器。

 たった一週間だけれど、でも、攻略組の爪弾き者であり、年下のくせに上から目線で教導してくる俺を受け入れて、まるで昔からの友人のように接してくれた――ダッカーの、短剣。奪ったレッドに所有権が移っていたため、消えなかったのだろう。

 HPバーが一割、減った。

 SAOでの戦闘に痛みはない。でも俺は、ナーヴギアが脳に直接伝える《異物が体にある》感覚以上に、鈍痛のようなものを感じていた。

 

「お前ら、遊んで良いぞ」

「ひゅう、あざーっす。よっしゃ、的当てしようぜ、的当て!」

 

 言って、頭陀袋の男がナイフを投げる。狙いは俺――ではない。背後の誰か。刺さったのか、ヒットサウンドと同時に、悲鳴が上がる。

 その一投が引き金となって、次のオレンジ――レッドが短剣を投げる。誰かに刺さる。悲鳴。ササマルのHPバーが、一割弱減った。

 

「……ふざ、けるな」

 

 三本のナイフが連続して飛来した。二本は俺が切り落として、逃した一本がケイタのHPを少し削る。たぶん麻痺も延長された。ころころころ……と何かが転がる音がする。見れば、ポーションの瓶が転がっていた。誰かが治療しようとポーチから取り出して、それを狙って奴らが攻撃を当てたのだろう。

 

「くくっ。おいおい、的が動いちゃ当たらねえだろ?」

「でも、ただ止まってる的に当てるのも楽しくねえよなぁ」

「お邪魔役が仕事しないのが悪いんだろ」

「そうだそうだ、動けよビーター」

 

 レッドどもが嗤う。

 ニタニタ、ニタニタ。

 獲物を囲んで、毒ナイフ(おもちゃ)を投げて遊ぶ。

 

 ――これはゲームだから。

 

 奴らの言い分だ。

 

 ――できないことはシステム的に決められてる。でも、PKは禁止されてないだろ?

 

 奴らの詭弁だ。

 

 ――せっかくのデスゲームだ。楽しまなきゃ、損だろ?

 

 悪魔の言葉だ。

 

 ――イッツ・ショウ・タイム――

 

「――ッ!!」

 

 四方八方から飛んでくる短剣を斬って、斬って、斬り落とす。武器が一本だけじゃ足りない。肩に刺さったままだったダッカーの短剣を左手で抜いて、変則的な二刀流スタイルで迎撃する。この状態ではソードスキルが使えないが、そもそも隙の大きい剣技を使うのは悪手だ。手数を増やし、奴らの投擲の軌道を最速で見切って、斬り払う――。

 

「あぐっ」

「ひぃ!」

「や、め……ろぉ!」

 

 悲鳴が零れる。

 嘲笑がそれを上書きする。

 意識的にそれらを遮断して、短剣が(くう)を裂く音に集中する。

 斬って、払って、薙いで、防いで、外して、叩いて、落として、避けて、弾いて、突いて、切って斬って――。

 折り重なる金属音に混じって、いくつかのヒットサウンド。

 速く。もっと、速く。

 左手の短剣を取り落とした。まだまだ練習が足りていない。いつかの戦闘――六層・ガレ城での防衛戦以来、アスナたちに隠れて何度か練習していたが、まだまだ実用にはほど遠い。だが、やるしかない。

 メニューを開いて剣や盾を取り出している暇も、《クイックチェンジ》で左手に登録していたサブの武器を呼び出す余裕すらない。極限まで集中して飛来する短剣の軌道を読むと、タイミングを合わせて左手を握る。――取った。そのまま逆手持ちで二本投げナイフを弾くと、くるりと手の中で回転させ慣れた持ち方に変える。

 まだ、やれる。

 感覚を引き延ばし、思考を加速する。足りない。また凶刃を逃した。もっと、速く、速く、速く――。脳神経が、いや、全身がスパークする。

 数多のボス戦でも経験したことのない凝縮された集中状態は、世界の全てを置き去りにするような感覚を生み出して――。

 それでも、八方から飛んでくる全てを斬り伏せるには、足りなくて。

 ――誰かのHPバーが、黄色に変じた。

 

「あ――」

 

 俺のHPバーが、緑の枠で覆われる。同時、同色のデバフアイコンが追加された。

 体から一気に力が抜ける。剣が地面に落ちる音が耳に届いた。次いで、視界がぐるりと回り、右側頭部から衝撃が走る。

 麻痺して、地面に倒れた。

 自覚した俺の耳に、不快な声が届く。

 

「フォウ、ダウン」

 

 トス、と俺の左肩に短剣が刺さる。投げたのは頭陀袋の男。HPが五パーセントほど減った。

 

「硬い、な。さすが、攻略組の、三つ星……」

「へー、ビーター以外にそんな呼ばれ方してんのか」

 

 妙に区切って喋る髑髏マスクに、頭陀袋はどこか不満げな声で返した。

 それから、頭陀袋の男はまた短剣を取り出し――。

 投げる前に、黒ポンチョが手を上げて制止する。

 レッドどもは不思議そうに首を傾げるが、黒ポンチョは気にせず前に歩き、地面に倒れ伏す無様な獲物に近づく。肉厚な刃をブラブラと提げながら、ゆっくりとした足取りで、俺の前までやってくる。

 そして、膝を折って(かが)むと、俺の耳へ唇を近づけた。

 

「これは、お前のせいだ」

「な……、に?」

 

 こいつは、何を言っているんだ。

 俺のせい? まさか。

 ダッカーを殺したのはお前だ。俺は、ダッカーを、黒猫団を、みんなを、守って――……守り、切れなくて。

 ただ睨み付けることしかできない俺の耳元で、黒ポンチョは囁いた。

 

「良いか。お前がこいつらに関わったから、ターゲットになった。そういうことだ」

 

 ――まさか。

 ――だって、そんな。

 意味のない言葉が頭の中でぐるぐると回って、ただ呻くように音の乗った息を零すことしかできない。

 奴は、悪魔は、一つ笑いを零して。

 そして、一言。

 

「やれ」

 

 重い、二つのヒットサウンド。斧か大剣か。高威力の刃が、テツオのHPを消し飛ばした。

 

「二人目ェ」

 

 軽い、七つのヒットサウンド。細剣か槍か投剣か。連続した暴力が、ササマルのHPを削り取った。

 

「三人目ェ」

 

 俺に刃は来ない。

 だから、次の標的は、ケイタ――。

 

「――シィァッ!!」

 

 聞き慣れた気合いの声。

 レッド、ではない。

 幾度も共に肩を並べて戦った、麗しの鎌使い――。

 強烈なヒットサウンドとレッドの悲鳴が起こると同時、少女がすぐ近くに降り立つ。直後、俺の体の上スレスレを通る刃。――俺の傍にいた黒ポンチョを切り裂いたのだ。

 だが、奴は驚異的な身のこなしで攻撃を躱し、距離を取る。乱入者の武器が持つ長射程を警戒したのだろう。

 最前線では使い手をほぼ見ない、大鎌。染め上げた見事な紫の髪を靡かせる美しい少女は、俺たちのパーティーで……いや、攻略組でもトップクラスの一撃の重さを誇る、頼れる友人――。

 

「み、と……!」

「遅れてごめん、キリト」

 

 ミトは、俺の手元に何かを落とした。緑色のクリスタル――解毒結晶だ。

 俺はなんとか動く右手で結晶を触り、「ヒール」と唱える。結晶が起動し、薄緑の光が俺の体を包み込む。治療効果が発揮され、麻痺のデバフアイコンが消え去った。

 どうしてかやや反応の鈍い体を気合いで起こし、剣を拾い上げる。麻痺は消えた。動く。――戦える。

 

「……チッ」

 

 黒ポンチョが舌打ちを零す。

 

「ひゅーう。獲物が増えたっすよ、ヘッド」

「攻略組の、三つ星。その、二つ」

「……お前、その呼び方気に入ってんの?」

 

 頭陀袋も、髑髏マスクも、武器を片手に余裕を崩さない。他のレッドどもも、ボスたちに焦った様子がないためか、危機感を持っていないようだ。

 ハイレベルプレイヤーが一人追加されたとはいえ、こちらの人数不利は覆らない。

 ミトと背中合わせに剣を構える。俺が黒ポンチョの正面に立つ形だ。八方を囲まれている現状、この立ち位置で、なんとかするしかない。

 足下には倒れたままのケイタ。いや――彼は、ミトから投げ渡された転移結晶になんとか触れようとしている。すぐにこの場から脱出するだろう。

 しかし、逃げようとするケイタを見咎めた髑髏マスクが、すかさず短剣を投擲する。転移結晶を狙ったソレは俺が弾いたが、すぐ近くに迫った凶刃にケイタが怯んでしまう。

 

「なんたら団の団長さんよぉ。逃げたらさぁ、迷子になってたアンタのお仲間……えっと、誰だっけ?」

「サチ、だ。あと、なんたら団、ではなく、月夜の、黒猫団、だ」

「そーそー、サチサチ、()()っち。その子、オレらが預かってんだけど……殺しちゃうぞー?」

 

 ケラケラと笑う頭陀袋の言葉に、ケイタが転移結晶に手を触れても、コマンドを言えなくなってしまった。

 だが、その脅しは、無駄だ。

 

「サチならアスナが……俺の仲間が見つけている。だから跳べ、ケイタ!」

「ッ……転移――」

 

 すかさず叫んだ俺の言葉に、ケイタは少しだけ逡巡したが、最終的に俺を信じたようで、黒猫団のホームタウンへ跳んだ。――いや、この場に俺たちを残すことに躊躇したのだろうか? だとしても、自分が荷物だと判断し、逃走を選択したのだから、助かった。

 

「ちぇ。引っかからないかぁ。短剣くんは釣れたのになぁ」

 

 頭陀袋の男がつまらなそうに呟く。

 ――本当に、こいつらは。

 奥歯を噛みしめ、激情を抑える。一人で飛び出しても意味はない。

 そして、逃げるのも、難しい。囲まれているから、というのもあるが、転移結晶を使うのも躊躇われる。【まずい来るな】とメッセージを送ったのに、ミトは来た。なら、きっと、アスナも来てしまう。彼女が一人でレッドどもと対峙するようなことは、あってはならない。

 ……そもそも、俺とミトが転移する隙を、レッドどもが与えてくれるとは思えないが。

 

「キリト、同時に斬り込むわよ」

「……、あぁ」

 

 返事が一瞬遅れたのは、敵がプレイヤー(ヒト)だったから。

 だが、逡巡する暇など、この場にはない。

 

「――かかれ」

「死ねぇ、ビータァア!」

 

 黒ポンチョの号令のもと、レッドたちが毒の塗られた武器を手に突っ込んでくる。

 迎え撃たねば、俺が殺される。

 レベルが高いから、一撃では死なないだろう。だが、武器に塗られた麻痺毒を喰らえば、俺はまた地面に倒れ伏す。そして、ミトもケイタも――殺される。

 

「――ッ」

 

 ――迷っている場合じゃない!!

 震える手を力尽くで押さえつけ、敵の武器を斬り払う。強烈なノックバックを受けたレッドが二歩退いた。……一撃で首を落とすことも、俺にはできたはずだ。でも、躊躇した。してしまった。

 一度殺したら、戻れなくなる。

 そんな、予感がしたから――。

 

「――ふッ」

 

 光が、(はし)った。

 星が宙を()く。

 赤い軌跡が、人を撫でた。

 そして――呆けたような声を零して、レッドが、ガラス片となって砕け散った。

 

「キリトくん。ミト」

 

 彼女は俺たちの名を呼びながら、カタナをもう一振り。二度目の乱入に硬直していたレッドの首が飛んだ。

 

「っは。迷わず急所を斬るか。()()()んな」

「あなたが、オレンジ……レッドどもの首魁?」

 

 ついでとばかりにもう一人斬り捨てたアスナが、黒ポンチョへ目を向ける。

 いつもと同じ、眠たげな(まなこ)。だが、視線の鋭さはボス戦時のそれよりも強く、冷たい。

 

「そうだと言ったら?」

「どうしてキリトくんを狙ったの?」

「そいつはさっきブラッキーにも訊かれたけどなぁ……確かめたいことがあったんだよ。ま、それも大体わかったから、それなりに満足したけどな」

「そう。なら、もう帰ったら?」

「俺は良いんだが……いや、やっぱ駄目だな。オマエたちはここで殺す」

 

 黒ポンチョは、肉太の刃をアスナに向ける。

 対し、アスナはゆっくりとカタナを青眼に構え――。

 口火を切ったのは、またも短剣の投擲だった。

 アスナがひらりと短剣を躱し、黒ポンチョ――ではなく、横の頭陀袋へ切っ先を突き出す。油断していたのか頭陀袋の男は慌てて短剣で受け止める姿勢を取るが、威力を殺しきれずに強烈なノックバックを喰らって吹っ飛んだ。追撃は、髑髏マスクが割り込んだため叶わないが、アスナは襲い来るエストックに落ち着いて対処する。黒ポンチョは傍観するようで、戦闘を部下に任せ、後ろに下がった。

 同時、ミトもレッドどもへ斬り込んでいた。リーチを活かして複数人相手も苦にしない大鎌使いの戦闘を背に、俺も、剣を構えてレッドへ突進する。

 迷いは消えた。

 ……完全に無くなったと言えば嘘になる。

 だが、少なくともこの場で逡巡している余裕はなく、迷いが仲間を――アスナ、そしてミトを殺すというのなら。

 俺は、数多の種の恐怖を、心の奥底に押し込んで。

 生きた人間(プレイヤー)の体に、剣を突き立てる。

 

「――ハ」

 

 剣と剣が踊り、毒の飛沫とガラス片が宙を舞う。

 

「――ハハ、ハハハッ」

 

 雄叫びと絶叫、時折混じる哄笑が地獄を彩る。

 

「ハハハハハ、ははっ、ハハハはははハははァハハハハハハハ――ッッッ!!」

「なにが、おかしいッ!」

 

 俺は群がるレッドどもを強引に斬り飛ばして隙間を作ると、不快に笑い続ける黒ポンチョへ斬りかかる。黒ポンチョは、俺の剣を太い包丁のような剣で受け止めた。だが、邪悪な笑い声は止まない。

 ボスを助けに近づいてきたレッドを、《体術》スキルの蹴り技によって弾き飛ばす。その隙を突いて、黒ポンチョが包丁を振るう。――重い。受け止めた剣から伝わる攻略組のトップ層に勝るとも劣らない威力に、俺は奥歯を噛みしめて耐える。

 

「これが笑わずにいられるかよぉ! ああ、アア、でも、なんか、なんか足んねえや。なぁ、(カウンター)PKした気分はどうだ、ブラッキー。胸が熱くなったか? もっと殺してえと思ったか? それとも、こんな状況を作った俺を、恨んだか?」

「は、あ?」

「なぁ、足んねえよな。なんか(ちげ)え。もっと、あんだろ。燃えるモンが。熱が足りねえ。そう、激しさ。激情。それだ。それが足んねえよ。やっぱアレだな、こんな適当じゃ駄目だ。衝動的にやったって上手くいかねえ。だから、おい、ブラッキー」

 

 語りかけるようで、誰も見ていないような。

 おぞましいテンションで(まく)し立てた奴は、鍔迫り合いのまま俺にぐっと顔を近づけ、目を合わせる。そこに宿る狂気とも言うべきナニカに、俺は喉が絞られる感覚を味わった。

 

「いつかオマエたちを、俺が、《Prince of Hell》が殺しに来る。(かま)(おんな)をぶち殺して、(けん)()を嬲り殺して、そんとき、オマエがどんな顔をするのか――楽しみにしておくぜ」

 

 奴が、地獄の殺人鬼(おうじ)が凄絶に嗤って、剣を振るう。深紅のライトエフェクトに包まれた刃を受け止めた俺は弾き飛ばされ、奴は反対に距離を取るように地を蹴った。

 

「じゃあな、星屑ども」

 

 言って、黒ポンチョはレッドどもに合図を出す。ボスの指示に、いつの間にか半数以下に減っていた彼らはすぐさま戦闘態勢から逃走に切り替えた。

 アスナがレッドどもを追おうとして一歩踏み出し、しかしミトに腕を捕まれて止まる。

 奴らの足音が遠ざかるのを、剣を構えたまま聞いていた。

 やがて、全ての音が聞こえなくなったとき。

 

「……良かった」

 

 アスナの湿った囁き声で、ようやっと、俺は自分が生き延びたことを実感した。

 

 

 

 ――後に。

 黒鉄宮の《生命の碑》で、地獄の王子(Prince of Hell)を名乗った殺人鬼の正式なプレイヤーネームが《PoH》だと判明した。

 同時に、見知ったプレイヤーネームの上に無慈悲に引かれた取り消し線によって、三人の人間が死んだことも、突き付けられた。

 構成員(メンバー)がケイタとサチの二人しか居なくなった黒猫団は、ギルドという枠組みを残したまま、活動を止めた。

 彼らがホームにしていた第十一層の主街区に留まり、決して圏外に出ることなく、一日のほとんどを宿の中で過ごす。ギルドホームを買うためにコツコツと貯金していたから、()()()の部屋を借りつつ十分な食事を取っても早々に資産が尽きることはない……と、サチは言っていた。

 ケイタは誰とも会いたくないと部屋に引き籠もっていたが、サチは一度だけ、俺たちと会った。彼女はケイタを助けてくれたことの礼を言い、それから攻略組に入る夢を諦めること、転向計画に使った一週間を無駄にしてしまったことを謝った。むしろ黒猫団の壊滅は俺のせいだったのだが、サチは俺の謝罪を受け取らなかった。「お願いしたのは私たちだもの」と。ゆえに、俺は償うことのできない罪を胸に刻み、二人を生きて現実世界へ帰すために戦い続けねばならない。

 俺とミトが黒猫団に関わったのはそれで最後だったが、アスナはもう一度だけ、サチと会って話をしたという。

 ただ、その話があってからしばらくの間、アスナが暗い表情で考え込む姿を頻繁に見かけるようになった。

 理由を詳しく教えてくれることはなかったが、一つだけ、こんなことを零した。

 

「どうすれば、期待されずにいられるんだろうね」

 

 それが彼女の悩みに関わる重要な事柄だとすぐに悟ったが、残念ながら人生経験十四年と半年ほどの俺には、彼女の抱えるものを解消できる素晴らしい答えを返すことはできなかった。

 

 

 

 ――そして。

 一ヶ月と少し後、二〇二三年七月七日。

 ケイタが《はじまりの街》の展望テラスから飛び降りたと、サチからメッセージで知らされた。

 俺たちは、すぐに彼女のもとに駆けつけようとして。

 もう一通届いたメッセージに、足を止めるしかなかった。

 

【ありがとう、さようなら】

 

 五秒後。

 フレンドリストに記されるサチの名前が、グレーに変わった。

 

 

 





 聖夜? なんのこっちゃ。

 I missed you(会いたかったぜ)。これイッチが実況してたらPoH好きニキは発狂していたかもしれない。
 ちなみにPoHはさすがにまだ《友切包丁(メイトチョッパー)》を持っていないと思うので、それに近い形の別の武器です。
 ラフコフの結成はゲーム開始一年後らしい(出典:八巻)のですが、ギルドの形を取っていなかっただけで活動自体は初期からしていますし、大々的に名を広めさせたのがその時期ってだけで、集まり自体は前からあったのでしょう。タブンネ。
 ジョーとザザがどの時期からPoHのところにいるのかは知りませんが、ザザはともかくジョーは最初期から動いているので、ザザも早くから合流していたってことで……。
 ……ところで、なんで奴らを出したのに四巻(スケルツォ)を書かなかったの? という言葉には、「一層攻略を書き終えた時点で四巻が手元に無かったから」としか答えられないのぜ。









「――対象が死亡してから、十秒以内」
「……ナーヴギアが脳を焼くまでの猶予時間、ってことね。最悪のクリスマスプレゼントだわ、ホントに」
「……誰が、持っておく?」
「……共通タブに入れとく。次に、この中の誰かが死んだら……使おう」

 それからずっと、蘇生アイテムは共通ストレージに入れたまま、触れなくなる。
 それでも、忘れることはない。
 まるで、戒めのように、そこに在り続ける――。

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