○○県△△市××区、野生のヒグマが山から降りてきた。ヒグマは繊細で臆病で危険だ。自分から降りてきたものの見慣れぬ環境に警戒心は山や森以上で視界に入るだけでも人を襲いかねない。降りてくる原因はいくつか説があるが、食糧不足という説の信憑性は低く、単に境界線が曖昧になった、時の流れで熊側が人間に慣れた等の説がある。とりあえず巷で雑に語られる人間が悪いや殺すのが可哀想というのは見当違いであり、降りてきた時点で逃がせばまた来るため直ちに殺すべきなのだ。
そして、殺すべきなのだが、出来もしないのにでしゃばる愚か者もいつだって存在する。
「オウオウちいと待ちやそこのアホ面クマ公よォ」
「やっちまう?やっちまうかあんちゃん?」
街の人々が家の中へ逃げ込む中、わざわざ興奮したヒグマの目の前に立ち塞がるのは二人の不良男子校生の兄弟である。ヒグマに対して臆さないだけあって二人とも体格は優れている。素行の悪さでもこの地域では有名だ。
「なあ弟よ。最近ここらの奴等はまともに喧嘩出来ねえし退屈で俺達は死にそうだ。そこにこのクマ公よ。いい気晴らしになるたァ思わねえかい?」
「いいねぇあんちゃんやっちまおうぜ!俺達無敵の兄弟を大自然様に教えてやらぁ!」
この二人は頭が悪い。こんな馬鹿な会話を野生のヒグマの前で呑気に繰り広げている。当然ヒグマは待つつもりは毛頭なく既に興奮しきって二人へ向かって走り出していた。
「っらあ頭蓋骨陥没させて全身ビクビク痙攣させてやっどぉ!!」
兄が突進してくるヒグマの顔を自信満々に殴り付けて迎え撃つ。しかし
「あ…ぎぃ…!?」
効かないどころかヒグマの圧倒的質量とパワー、強靭な肉体の前に兄の拳は砕け腕はへし折れた。ヒグマを隙を与えず強靭な顎で兄の首を噛み砕きその命を断つ。
猫にすら敵わない人間がヒグマに正面から戦いを挑んではならない。自分より小さきものにも勝てない分際で身体能力で圧倒的な差のある野性動物に殴りかかって勝てる道理などありはしない。
酔いが覚めて現実を直視した弟は腰を抜かした。兄が目の前で喰い殺されていても何も出来ない。ヒグマは弟に視線を移した。
「…っィヒア!!そこの馬鹿みてえに死にたくねえ!!焼け死ねクソクマ!!!」
弟が取り出したのはライターと殺虫剤。ガスに引火しヒグマへ火炎を放ったのだ。何故こんなものを持っていたのか?簡単である。この男はいつも自分の身が危なくなると人に炎を放つクズなのだ。いつも兄に寄生して格下を痛め付けちつつ一人で格上に遭遇すると途端に武器を持ち出すのだ。しかし所詮はつまらない脅し。興奮しきったヒグマは貧弱な炎を認識する前に鋭い爪を伴った腕の一振りで弟を無様な肉塊へ変えた。
仮に弟が先に燃やせばヒグマは炎を恐れて逃げただろうか?否、少なくともこの二人では上手くいかないだろう。それが出来る人間はそもそも遊び半分にヒグマには挑まない。
脅威が消えたことを確認したヒグマはその場から走り去っていった。
なお、丁度この時同地域で全裸の成人男性が歩き回っており、もう一つのニュースとして話題になっていた。ヒグマと全裸男の対決と茶化す声も。実際は不良がヒグマに喧嘩を売り惨敗したのだが。
「…えぇ、はい。わかりました。すぐそちらへ向かいます」
その頃、猟友会へ害獣駆除の依頼が届いた。狩の時間だ。