「見ろ」
「あれ無人なんだってな」
「うわぁ。こっちを向いたりしないだろうな?」
反ガミラス同盟がチャーターした火星行きの旅客船は、大気圏を抜けて宇宙へと飛行していた。彼らが旅客船の窓から見つめる先では、二門の砲塔を装備した戦闘衛星が一基浮かんでいた。小型の次元波動炉を装備したその衛星の砲は、軍艦に装備されるショックカノンに比べれば、かなり威力は弱い。それでも、遊星爆弾のような飛来物は完全に破壊可能だという。
「皆んな、聞いて!」
反ガミラス同盟の荒垣英子が、整然と並ぶ座席間の通路の前方に立って注目を集めた。
彼女は、短くまとめたショートボブの青い髪が特徴だった。四十半ばとは思えぬスタイルを保っており、まだ若く見える。
荒垣は、騒ぐメンバーに大声で語りかけた。
「我々には、強力な援軍がいる。ほら、そこにも、あそこにもいるでしょう?」
示された窓の外には、別の小型船が数隻見られた。船体には、見覚えのあるニュースメディアのロゴが見える。
「彼らマスメディアが我々を撮影している間は、軍は絶対に動けない。あの砲門をこちらに向けただけでも、彼らが大事件として報じてくれる筈。皆んな心配はいらない。火星に着くまでは、旅行気分でゆっくり旅を楽しんで」
「そうか、そうだな」
「俺たちには手出し出来やしない」
荒垣は、立ったまま騒ぎが次第に沈静化するのを見守った。今回のデモ活動には、百名以上のメンバーが同行している。一人大きな声で騒ぐ者がいれば、それに賛同して不満を口にする者が増えかねない。荒垣は、それを警戒していた。
「お客様、まだ地球圏を離脱しておりません。シートベルトを着用して座席にお戻りください」
荒垣は、客室乗務員の女が困った顔で背後に立っているのに気が付いた。
「あら、ごめんなさい」
荒垣は、彼女に軽く謝罪すると、直ぐに自身の座席へと戻った。
そう。この船は、一般の旅行会社の旅客船でもある。彼ら彼女らへの被害が出れば、軍や政府への批判は避けられない。このような船をチャーターしたのは、そのような理由があってのことだ。
そして、大統領選挙を行っているこのタイミングであれば、批判が集まることを嫌がる政府は弱腰になる。今がチャンスと、今回のデモ活動は決行が決まったのだ。
「荒垣、助かる」
彼の横のシートには、リーダーの小島拓郎が座っていた。
小島は、少し疲れた顔をしている。
「どうかした? 体調でも悪いの?」
「出発までのマスコミの対応で、かなり神経を使った。ちょっと疲れただけだ」
「拓郎。そんなことじゃ、この先大変よ?」
「そう言うな。こんな大掛かりなデモは初めてなんだ」
「美咲さん、彼の心のケアは、あなたに任せるわ」
小島の妻の小島美咲は憮然とした表情をしている。
「あたしだって、疲れてるんだけど。この人の面倒まで見きれないわ」
はっきり言って、この二人の夫婦仲はあまり良くない。荒垣は、自分があまり目立たないようにこの二人をリーダーに据えた。まだまだ働いて貰わなければ、困るのは自分だ。
「仕方ないわねぇ。この船に同行して密着取材をやるって連中もいるんだから。ちょっと休んだら、働いて貰うからね。私たちのスポンサーから金を受け取るまでは、あなたがリーダーよ」
「少し黙っててくれ」
「……わかったわよ」
反ガミラス同盟が、これだけの人員をデモに動員しようとするには、それなりの金がかかる。参加者らの所謂募金を受け入れてはいるが、それだけでは組織の維持は不可能だ。反ガミラスの意志を持つ資産家や政治家が関わり、活動資金が提供されているのである。そして、渡航制限の中、旅客船を出す事が可能な旅行会社も、そのような人々の息がかかっている。
そうしている間にも、小島夫妻は寝息を立て始めた。荒垣は、ふうとため息をついた。
地球圏を脱出して安定航行に移行したら、客室乗務員にお酒でももらおうか。
荒垣は、そう思いながら、少しだけ自分も仮眠をとることにした。
地球−火星間航路は、その時々の地球と火星の公転周期の影響により距離が異なっている。その為、到着までの時間もタイミングによって違うのだ。このような一般旅客船の場合、民間船用の通常エンジンが搭載されており、早ければ約五時間、地球と火星の位置が最も離れている時で、約四十時間ぐらいかかる。現在は、概ね一日もあれば火星に到着可能だ。
但し、最新鋭の軍艦となれば話は異なる。波動エンジンを搭載した軍用艦の場合、約三十分から四時間程度で火星に到達出来る。但し、これは星系内の通常航行速度規定に従った場合なので、緊急時は亜光速で航行し、更に時間を短縮出来る。当然、短距離ワープを使えば、ほとんど時間はかからない。
数時間後、小島夫妻は、密着取材を受けていた。チャーターしたこの船に同乗したただ一社のマスメディアである中央通信社だ。
旅客船の後部の空き座席を利用して、座席に中央通信社のスタッフがカメラや機材を設置している。
小島夫妻は空き席に並んで座り、その前の通路に置いた小さな椅子にプロデューサーを名乗る安孫子が座り、インタビューをする形だ。安孫子の横の座席には、カメラを据え付けた三脚が設置されており、カメラマンが撮影を行っている。
「我々中央通信社の密着取材を受けてくれてありがとうございます。それでは、早速ですがインタビューを始めさせて頂いてもよろしいですか?」
スタッフと一緒に陣取るディレクターの男が、最初の挨拶をしていた。小島夫妻も、快くそれに応じる所から、既に撮影はスタートしていた。
プロデューサーの安孫子は、資料が入った小さな携帯端末を手に、自らインタビューを始めた。
「中央通信社の安孫子です。今から録画したものを編集して放送に回しますので、何か問題があれば、撮影後に申し出てください。よろしくお願いします」
こうして、約一時間に渡りインタビューが行われた。
質問は、このようなデモ活動を行うきっかけや動機、政府やガミラスへの思いを尋ねる内容だ。
最後に、このインタビューの後も撮影は行われ、ドキュメンタリータッチで、生い立ちや普段の生活などを、メンバーらにも尋ねる形になるという。小島は、インタビューを行っても問題が無いであろう、中核的なメンバーの名前と、座席の位置を説明した。これだけの人数がいることから、発言に問題のあるメンバーも少なくない。そのような者はメディアの目に晒せないとの判断からだ。
「では、引き続きよろしくお願いしますね。現地についてからの密着取材についても、後ほど打ち合わせさせて下さい」
安孫子は、小島夫妻とそれぞれ握手した。
「いやぁ、それにしてもありがたい。数あるマスメディアの中でも、うちだけを許可してくれたのは助かりました」
小島拓郎は、肩をすくめた。
「荒垣があなたと旧知の仲だということだったので」
「ええ、そうなんです! 彼女とは同じ大学のサークルでして、昔は一緒にバカをやったものです。反ガミラス同盟にコンタクトをとった際に、彼女がナンバー2の立場で参加していると知った時は驚きました」
そこへ、荒垣もやって来て安孫子の肩を叩いた。
「安孫子。あなたも、偉くなったものね。そういう昔話は止めてくれる?」
「荒垣か。だってなぁ、あの頃のお前ときたら……」
「だ・か・ら。止めてくれる?」
荒垣の鋭い視線に、安孫子は少したじろいだ。
「すまんすまん、ちょっと口が滑ったかな」
「今回のことで稼がせてやるんだから、そっちもちゃんと協力してよね」
「ああ、任せておけ。メディアはマイノリティーの味方だ。そういった人々の声を届けて、政府の行いの誤っている部分を広く知らしめる。それは、我々メディアにしか出来ない役割だからな。ガミラスと仲良くしろって言われても、それに納得していないと思っている人々は、潜在的には多数いると我々は睨んでいる。視聴率の数字を見ても明らかだ。お前たちの話題の注目度はかなり高いぞ」
安孫子は、荒垣に近寄り、耳元に口を寄せた。
「刑務所にいるお前の旦那の件、うちで冤罪だと取り上げるように準備は進めておいた」
「あ? ああ、ありがと。流石にそろそろ出してあげたいから。ちゃんとやってくれるなら、密着取材でも何でも、リーダーにはやらせるから」
「心配するな。うちの調査では、お前の旦那は世界独立解放戦線でも穏健派だった。流石に刑が重すぎると、俺も思ったよ。ある程度情報は集めて本社にいる部下に頼んだから、これが終わったら本腰を入れるからな」
荒垣は、それを聞いても表情一つ変えない。
「ええ、頼んだわ。それよりも、今はこっちのデモ活動の報道に本腰を入れて」
「もちろんだ」
世界独立解放戦線は、数年前に東京で最も大きなテロ活動を行った組織である。反ガミラスどころか、反異星人を旗印に、異星人との交流を完全否定する立場で活動していた武闘派組織だった。イスカンダルのユリーシャの拉致、ガミラス艦の占拠、更には東京でハイペロン爆弾を使うと、当時の行政長官藤堂を脅し、要求を飲ませようとした。
最終的には、防衛軍情報部と空間騎兵隊の活躍で事件は解決し、首謀者は死亡、幹部やメンバーの大多数は逮捕された。その幹部の一人が、荒垣英子の別れた元夫だ。
安孫子が反ガミラス同盟にコンタクトをとった際、密着取材の交換条件として、荒垣の元夫の釈放に向けた報道を約束した。中央通信社の調査では、彼女が離婚したのは、息子が犯罪者の子と揶揄されるのを懸念したからであり、決して仲違いしたからでは無かった。夫が逮捕されてからは、彼女自身も活動家としての道を歩み出し、現在のこの組織に参加するまで、いくつかの組織を出たり入ったりしていた。
しかし、調査では、息子が火星の防衛大でデモ活動を始めたという。やはりカエルの子はカエル、ということなのだろうか?
「安孫子プロデューサー」
考え事をしていた安孫子は、ディレクターの声にはっとした。
「メンバーへのインタビューを始めますが、どうされます?」
「そっちは、君に任せるよ」
「分かりました」
ディレクターらスタッフは、機材を手に、座席を移動し始めた。
「さて、俺も俺の仕事をするか」
安孫子は独り言を口にすると、携帯端末を弄り始めた。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。