数時間前――。
「エリーサ。
このメッセージを君が見ていると言う事は、私はもうこの世には居ないだろう」
エリーサは、ガミラス大使館の執務室で、気怠げにソファーに腰を下ろして、そのメッセージを眺めていた。夫の遺書となるメッセージは、戦場に向かうたびに新たに収録され、軍が保管していた物を彼が亡くなってしばらくしてから受け取った。
あれから、何度もこのメッセージを再生しては、悲しみに暮れ、そしてそれも次第に何も感じなくなっていた。
「……私は、君と、息子を幸せに出来なかった事をずっと後悔している。
本当にすまなかった。
だが、私は軍人だ。
どのような命令であっても、それを遂行するのが私自身に課せられた責務だった。
そんな生き方しか出来なかった私を、どうか許して欲しい。
こんな私の事を、僅かな間でも愛してくれた君に、感謝の念を忘れた事は無い。
本当にありがとう」
エルク。
あなたは、息子が亡くなって、私がそばにいて欲しかった時でさえ、任務を優先していたわね。そうして、私たちの心は離れて行き、気が付けば、もう戻れない程離れ離れになっていた。
「私がどのような任務で、どのような状況で亡くなっていたとしても、君には相手を恨んだり、憎んだりして欲しくない。
私は、軍人として任務をまっとうしたのであり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。
むしろ、こんな私の事は早く忘れて、君には幸せになって欲しいと願っている。
君が、やりたい事を、やりたいように、自由に生きて行って欲しい。
それが、私からの最後の願いだ。
愛を込めて。
エルク・ドメル」
何度も何度も聞いたメッセージだ。
テロン人と触れ合い、彼らを恨む意味が無いことは、ここへ派遣されてよく分かっている。
エルクも、そう私を後押ししてくれていた。
ガミラス基地前では、テロン人のデモ隊が騒いでいると言う。彼らの言い分も分からない訳じゃない。でも、憎しみからは何も生まれない。相互理解によって、私たちはそれを乗り越えて前に進むべきなのだ。
きっかけは、遊星爆弾症候群の治療薬の提供で条件を提示したことでもある。
私自身が、納得していないことを、何故私はやっているのか?
先日のメルダに言われた事が頭の中でこだまする。
……私の知っているあなたは、活動家でこそないですが、政府のやり方が間違っていれば、反対する意見を持っているものと思っていました。それがどうして?
そうね。あなたの言うとおりよ。
……君が、やりたい事を、やりたいように、自由に生きて行って欲しい。
それが、私からの最後の願いだ。
エルク。
そうね。
大切な事を、私は忘れていたのかも知れない。
間違ってると思うなら、そう言えばいいじゃない。
それだけの事なのに。
何を迷っていたのかしら。
エリーサは、部下を呼び、マゼラン市市長ベルナールへ連絡を取るように命じた。
現在、火星ガミラス基地前――。
シュプレヒコールにかき消されて、メルダの声はすぐに美晴には届かなかった。
それでも、何度も美晴の名を呼ぶメルダの声は、次第にデモ隊にも届いていた。
「おい」
「ディッツ教官じゃないか!?」
ガミラス基地ゲート前で集結していたデモ隊に参加していた学生たちは、その燃えるような赤い髪をなびかせた一人の士官の姿を捉えていた。彼女は、憐れむような表情でデモ隊を睨みつけている。
次第に、デモ隊の中の一部の学生たちの中に動揺が広がる。
「お父さん、お母さん、あの人、私たちの航空訓練の担当教官をしてた人」
小島咲は、喧騒の中、震える声で父母にそれを伝えた。
父、小島拓郎は、メルダに一瞥をくれると、咲の肩に手を置いた。
「学生たちが動揺してる。荒垣の息子が居ない今、お前が学生隊のリーダーだ。気にするな、決して怯むなと声をかけてやれ」
「でも」
咲は、背後から美晴が立ち上がってゲートの前に進むのを目の端に捉えた。
「待って、佐々木さん、行っちゃだめ!」
咲がそう叫んで美晴の腕を掴んだ。
美晴は、振り返って咲と目を合わせた。
「あいつは、あたしを呼んでる」
「あの人の話を聞いちゃだめ。相手は、ガミラス人よ。あなたを騙して言う事を聞かせようとしてるのかも」
美晴は、咲の手をそっと振り解いた。
「小島さん、ごめん。あいつにだけは、逃げたと思われたく無いんだ」
そう言うと、美晴は前方のメルダを再び睨みつけた。
「だから、行ってくる」
美晴は、そのままデモ隊を掻き分けて、ゲート前へと向かっていった。
「佐々木さん……!」
メルダは、デモ隊を押し退けて、美晴が前に来ようとしているのに気が付いた。
「ふん。なんだ、居るじゃないか」
メルダは、にやりと口角を上げて美晴を見つめた。対する美晴の表情は硬かった。
ゲートのネット状のフェンスを挟んで、二人は至近距離で対峙した。
「あたしなら、ここにいる。いったい、何の用だ!?」
「こんな下らんデモに参加していて、何の用だも無いと思うがな。がっかりさせてくれる」
「くだらないか。そうだな、お前にとっては取るに足らないことなんだろうな」
「さしずめ、この私に、授業で負かされるのが嫌になって、ガミラス基地ごと無くなってしまえば……とでも思った。そんなところだろう?」
「ふざけるな! それとこれとは関係無い!」
「どうかな? まぁ、確かに、お前ごときでは、私に勝つのは一生無理だっただろうからな」
美晴の顔は、みるみる真っ赤に染まっていった。
「あ、あんな、模擬戦闘があたしの全力だと思ってたら大間違いだ! あたしが、本気を出せば……」
メルダは、吹き出した。そして、腹を抱えて笑い出した。
「き、貴様……!」
美晴は、衝動的に勢いよくゲートのフェンスを両手で掴んだ。勢いよく金属がぶつかり合う大きな音が鳴った。
メルダは笑いを止め、近くにいたガミラスの兵士が持っていた拡声器を拝借すると、それを口元にあてた。そして、そのまま再び美晴を正面から見据えた。
「分かった。もう一度お前と勝負をしてやろう。その本気とやらを私に見せてみろ!」
メルダは、拡声器を使って、デモ隊全員にも聞かせようとしていた。デモ隊側も、何事が起ったのかと、話を聞こうと徐々にメルダの発言に耳を傾け始めた。
「お前が、もしも。可能性はとても低いが、奇跡的に私に勝てたのなら、お前たちの要求を飲んでやろう。この基地からの我軍の撤退は約束出来んが、遊星爆弾症候群の治療薬の無条件での提供、だったな? その件なら、私が、そのように計らってやる。だが、お前が負けたら、こんなデモを止めさせるのに協力してもらう!」
呆気にとられた美晴の後ろで、これに興味を示す者が何名かいた。特に、学生らの驚きは大きかった。
「あんたに、そんな権限があるのかよ!?」
そう言ったのは、学生ではなく、反ガミラス同盟のメンバーの一人だった。
これには、咲の父拓郎は、大いに慌てた。
「デタラメだ! こんな話を聞いてはいかん!」
メルダは、再びにやりと笑うと、拡声器に向かって声を上げた。
「教えてやろう! ガミラス連邦の艦隊総司令官ディッツ提督は私の父である。父の権力で、そんなものどうとでもしてやろう!」
デモ隊らにどよめきが広がった。
デモ隊だけでなく、取材していたマスメディアが一斉にメルダにカメラを向け、レポーターが生中継で現地の状況を伝えようとしていた。彼らは、早速メディアを通じて太陽系中に情報を流そうと躍起になっている。
「騙されないで! あんなの嘘に決まってる!」
咲の母親の美咲がデモ隊に声を上げるも、メディアの記者の声の方が大きかった。
「ご覧下さい! デモ隊が集結した火星ガミラス基地ゲート前に、一人のガミラス人士官が突然交渉を始めました。情報によれば、かつて、ガミラス戦争の時に、ヤマトに乗艦したと言われるディッツ提督のご息女、メルダ・ディッツ大尉です! デモに参加していた一人の学生との勝負により、デモ隊の要求の一部を飲むと宣言しています!」
デモ隊に参加していた学生たちは、美晴に歓声を上げた。
「いいぞ! ガミラスをやっつけてやれ!」
「頑張れ、佐々木さん!」
当の美晴は、メルダから目を離さず、怒りを込めて拳を握りしめた。
「ああ、やってやる。やってやるよ……!」
メルダは、少しだけ微笑んで美晴を見つめた。
それから、周囲の兵士に命じた。
「この女を、基地に通せ!」
「……どういうつもりだ!? さっきのは、本気なんだろうな!?」
美晴は、ガミラス基地内に通されると、メルダの後を小走りに着いていった。
「ああ、本気だ。私は、約束は守る」
メルダの横顔は、真剣そのものだった。彼女は、足早に先へ先へと進んで行く。どうやら、基地の滑走路へと向かっているらしい。
しばらく行くと、ガミラス艦の格納庫へと進んでいるらしいことが、美晴にもわかった。格納庫内には巨大なガントリークレーンが幾つも設置されており、その下に一隻づつ、ガミラス艦が鎮座している。そこで、整備が行われるのであろう。
「いったい、何処へ連れて行くつもりだ!?」
「もう着いた」
メルダは、美晴の方を振り返ると、格納庫内を手で示した。
「ゲルバデス級戦闘空母ガロード。これから、私は任務で宇宙へ上がる。お前も一緒に来るんだ」
そこには、真紅に染まった巨大な艦があった。美晴は、思わず呆然とそこに立ち尽くしていた。
「何をしている。早く来い」
いつの間にか、メルダはかなり格納庫の奥へと進んで、艦内へ進むためのタラップに片足をかけていた。理解が追いついていなかった美晴だが、我に返って後を追うしかなかった。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。