火星、アルカディア平原――。
火星の旧アルカディア市の跡地に、新たに建設された地球連邦防衛軍基地。そこには、各国の軍の共有施設や、宇宙艦隊の宇宙港がある。そして、基地内には極東管区の防衛大学校の火星分校も存在している。そこでは、宇宙軍の士官を育成する宇宙科、そして医師や看護師を育てる医学科、更には科学者や技術者を育成する科学工学科といった学科があり、主に日本人の軍を目指す若者たちの学び舎となっている。
その上空を、極東管区が最近開発した新型機、コスモバイパーの編隊が轟音を響かせて飛んで行く。
「やかましいのう」
禿げ上がった頭と、ずんぐりとした体型が特徴のその人物は、呆れたような声を上げながら医学科の施設から出ると、眩しそうに青々とした空を眺めた。
佐渡酒造は、大事そうに抱えた酒瓶を手に、あんぐりと口を開けてその空を見続けている。その空に、とてつもない速度を出した複数の航宙機が飛んで行く。
「全く……こんな騒音のする環境で医学を教えるとか、上は現場のことを何にも分かっちゃおらん」
しかし、ようやく静かになったと安堵するのも束の間、再び轟音が響き、後続の新たな編隊が現れた。佐渡の見ている前で、その機体もあっと言う間に飛び去って行く。一瞬だけ確認出来た機体の輪郭から、佐渡の目にもそれがガミラス軍の航宙機だと言うことが分かった。
「おうおう、ガミラスの連中と仲良く飛んでるわい。時代は変わったという事じゃなぁ。そりゃそうか、あれから九年も経ったんだからのう。わしも歳を取るわけじゃ」
佐渡は、既に軍を退役し、現在はここで教官を務めていた。彼も寄る年波には逆らえず、現場を退き長年の経験を次世代の若者たちに伝える役割が望ましいと考えての事だ。
「先生。ここにいらしてたんですか」
佐渡の背後には、いつの間にかアナライザーと元ヤマトの乗組員の加藤真琴が立っていた。
「見ろ。あんなのが飛んでるもんだから、うるさくて敵わんぞ」
真琴は、手のひらを目を覆うようにかざして、太陽の光を遮りながら佐渡の指す空を見つめた。
「佐渡先生。加藤サンモ、アノ中ニイルソウデスヨ」
アナライザーが、真琴に気を遣えと言わんばかりに情報を補足した。
「ほう、お前さんの旦那もか。降りてきたら、もっと静かに飛べんのかと説教をしてやってくれんか?」
真琴は、くすりと笑った。
「分かりました。お家に帰ったら言っておきますね」
「頼むぞ〜?」
真琴は、にっこりと笑顔を向けた。
「はいはい。それでですね、先生。もうすぐ授業が始まりますから、校舎に戻りましょうか」
「お前さんもこの間医師になったじゃろう。わしの代わりに授業をやっておいてくれんか?」
「私、先生の助手になったばかりなんですよ? 馬鹿なこと言ってないで、行きますよ、先生?」
「あの騒音のせいでやる気がなくなったんじゃよ」
「あ、そうそう、その酒瓶は預かっておきますね」
真琴は、気の緩んでいる佐渡から、あっさりと酒瓶を取り上げた。
「ああ、それはわしの気付け薬……!」
「学生に示しがつかないでしょう? ダメですよ、佐渡先生。アナライザー。これ、佐渡先生の部屋に戻しておいてくれる?」
「ワカリマシタ」
「待っとくれ、アナライザー!」
佐渡の声を無視して、アナライザーはそそくさと居住区へ向かって行った。
「はい、じゃあ行きますよ、先生」
真琴は、渋る佐渡の背を押して、無理矢理校舎に入るように促した。
防衛大医学科の授業は、大きく二つに分かれている。一つは、真琴がかつてそうだったように看護師を育成する看護学科、そして医師を育成する医学科である。双方とも、基礎的な医学的な知識の座学、医学書等を確認するのに必要な各種外来語の学習などがある。また、実際の防衛軍病院などに出向き、そこで現場の仕事を体験したりすることも。また、佐渡のような現場経験の豊富な人材を教官として招き、特別な授業を行うこともある。
また、医学科の場合でもそれ以外に、行軍訓練や射撃訓練、果ては航空機の操縦や艦の運用も学ぶ。これは、防衛大が未来の士官の訓練も行っている事が関係している。戦場で艦の上級士官が何らかの理由で指揮を取れない状態になった場合、たとえ医官であっても最上級士官となる可能性がある。その場合、艦の指揮や、銃を取って戦うこともあるからである。
防衛大の学費は無料であり、逆に給与をもらって学ぶ事が可能で、それを目当てで入学する者もいる。しかし、実際の現場ではそのような厳しい訓練を行っており、当然脱落する者も少なからずいるのが実情である。
「……であるからして、ここの通常の授業で学ぶ事はもちろん基本中の基本で、忘れてはならん事ではあるのじゃが、実際の戦場ではそこから外れてでも、最速、最善の方法を取らざるを得ない事もある。そこの所をよ〜く覚えておくことじゃ」
教壇の背後には、黒板ならぬ大型ディスプレイが設置されており、佐渡はこれまでの経験からの実践的な実例を示しながら説明をしていた。真琴は、佐渡の隣で端末を操作してディスプレイに表示する内容を切り替えていた。
教室に集まった生徒らは自席で真剣な表情で佐渡の話を聞き入っており、手元のタブレットにメモを取っている。
真琴は、そんな生徒らの様子を確認して、ちゃんと聞いてるな、というのを確認した。しかし、その時真琴の目に、最後尾の窓際に座っている生徒の姿がちらりと映った。前の席の生徒に隠れてよく様子が見えない。真琴は、腰を低くしたまま立ち上がって、その生徒が見える位置まで横に首を伸ばした。すると、その生徒は頬杖を付いた姿勢で、タブレットで顔を隠している。
真琴は、なるほど……と思いながらにんまりとした。
直ぐに佐渡の腕を指で突付いて注意を自分に向けるようにした。佐渡が真琴の方を見たので、明らかに寝ていると思われる生徒の方を指差して小声で伝えた。
「先生、あそこ、また寝てますよ」
佐渡は、誰の事を指しているのか確認して、ああ、と頷いた。
「わかっておる。この授業が終わってからでいいので、わしの執務室まで来るように伝えておいてくれんか?」
真琴は、その場で佐渡が激怒するものと思っていたので、拍子抜けしていた。
しばらくして、真琴は授業が終わったので、急いで窓際の一番後ろの席へと向かった。しかし、そこにいると思っていた席には、既に誰も座っていなかった。
真琴は、慌てて隣の席の生徒に声を掛けた。
「ね、ねぇ……」
向こうも、何を言われているのかに気付いて、大きく頷いている。
「ああ……。さっき授業が終わってすぐ、大急ぎで教室を出て行きましたね」
確かに一瞬だけ目を離したような気もするが、さっきまでずっと寝ていたのに?
真琴は、ありがとうとその生徒に言って、教壇の佐渡の元に急ぎ足で戻った。
「佐渡先生。逃げられました」
佐渡は、禿げ上がった頭皮を左手でぽりぽりと掻いていた。
「まったく……。どうせあそこじゃろう。原田くん、ちょっと様子を見に行ってくれんか?」
「わかりました。でも、何度も言ってますが私もう原田じゃないんですけど」
「んなこたぁ、わかっとるわい!」
真琴が真っ先に向かったのは、宇宙科のシミュレーションルームだった。そこでは、学生らが、戦闘機シミュレーションの端末に向かい、実戦さながらの空中戦を行っていた。明かりを落とした室内には、複数の端末の明かりだけが灯っており、コックピットを模した座席に座った学生らは、三次元映像として映し出された画面に没頭し、手元の操縦桿とスロットルレバーを操作し、更に足元のラダーペダルを踏み込んでいる。ガチャガチャとそれらの操作音が響く。彼らはヘッドセットを頭に乗せており、そのスピーカーからは、臨場感あふれる航空機のエンジン音が響いているのであろう。
真琴は、シミュレータの端末の間を通って、目当ての相手を探すが、暗がりの中で直ぐには見つからなかった。やっとの事で探し当てた人物は、シミュレータに夢中になっている。映っている映像を見ると、舞台は宇宙空間で、相手はガミラス軍の機体のようである。その画面だけ見ると、本物と見紛うレベルの映像だった。
すると突然、立体映像は炎に包まれ、撃墜されたと画面に表示された。
「くそっ!」
ヘッドセットを叩きつけ、その人物は、怒りを顕にしていた。
「佐々木さん」
真琴は、努めて優しげな声を出した。その少女、佐々木美晴は射殺すような目で振り向き、呼び掛けた相手がわかると、苛立ちながら大きく息を吐き出した。
「またあんたか……。で? 何か用ですか?」
「佐渡先生がお呼びだよ。私と一緒に、先生のお部屋まで行きましょう?」
「あとにしてくれませんか? 見てわかりますよね? あたしは今、忙しい」
真琴は、笑顔を引きつらせた。
「いいから来なさい。佐渡先生が優しいうちに。単位が貰えなくなっても、私は知らないよ?」
少女は、自分の両膝に拳を叩きつけた。
「わかりましたよ!」
佐渡は、執務室の椅子に座り、横にいるアナライザーを恨めしげにちらと見つめると、コップに入った水をチビリと飲んだ。アナライザーはすました――かのように見える――顔をして黙っていた。
「……佐々木くんなぁ。授業中に居眠りするのはいかんと何度も言っとるじゃろう。いったい、夜更しして何をやっとるんじゃ?」
美晴は、佐渡の前に置かれた椅子に座り居心地の悪そうな顔をして黙っている。彼女の横に立っていた真琴は、耳元に口を寄せてささやいた。
「先生を怒らせないほうがいいと思うよ?」
佐々木は、露骨に嫌な表情で真琴の口元から離れようと、体を斜めにした。
「……は、はあ、まあ」
曖昧な返事に、佐渡は自らの禿頭を叩いて困ったような顔をしていた。
「……で、何をやっとったんじゃ? 言ってみい」
まただんまりである。
真琴は、彼女の肩を小突いて話すように促した。
諦めた様子で、美晴は小さな声で言った。
「……シミュレーションです」
「シミュレーション? っちゅうと……あれか、また航空機のやつか?」
佐々木は黙って頷いた。
「自分の部屋の端末で……。でもあれだと、臨場感が無いので、今日はシミュレーションルームのを使わせてもらおうと思って」
佐渡は、手に持っていたコップを静かにデスクに置いた。
「お前が医学科の成績が良いのはわしもわかっておるつもりじゃ。だからと言って、不真面目な授業態度を見過ごせば、他の学生の示しがつかん。どうして航空機の訓練にそんなにのめり込んでおる? お前の本分は医学じゃろう?」
「そうだよう。私だって、一応操縦出来るってレベルだよ。ま、まぁ、かなりさぼってるから、だいぶ錆びついてるかもだけど」
「お前こそ、もう少しやっておいた方がいいのう」
そこで、美晴が小さな声で何か言った。
「ん? なんじゃって?」
「……負けたくないんです」
「いったい、何にじゃ?」
「あの……ガミラスの女に」
佐渡と真琴は、顔を見合わせて彼女の言っている事が何かを互いに理解し合った。
アナライザーは、二人と同様に合点がいったらしく、急に喋りだした。
「先日ノ模擬戦デ、佐々木サンハ、メルダ大尉ニ、二度モ撃墜サレテイマシタ。恐ラク、ソレガ原因デショウ」
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。