一ヶ月前。火星、地球連邦防衛軍基地――。
滑走路脇のハンガーにて、新型機コスモバイパーの整備が行われていた。コックピットから降りてきた加藤は、鼻の下に黒い油汚れをつけている。
加藤は肩にかけていたタオルで顔の汗を拭って、ハンガー内を見渡した。所狭しと何名もの整備員が加藤の機体を含めて三機のコスモバイパーのメンテナンスを行っている。一息ついた加藤がふとハンガーの入口を見ると、二人の女が近付いてくるのが見えた。外の光に照らされて、二人はシルエットしか見えない。そのうちの一人の方が、加藤に手を振ってきた。
「加藤さん!」
「なんだ、お前らか」
現れたのは、航空隊の隊員服を着た山本と、はるばるガミラスからやって来たメルダだ。メルダも、いつものガミラスの紫の制服を着ている。
「山本、お前休暇中だったよな? いつこっちに到着したんだ?」
「今日です。私も本日から仕事に復帰しますので、よろしくお願いします!」
メルダの方はというと、ランハルト・デスラー大使と交代で地球の駐在大使に就任した新任大使の護衛艦隊と共に地球を訪れていた。今回、正式に火星にガミラス軍の基地が建設されたので、ガル・ディッツ提督の命を受け、その運営が軌道に乗るまでの期間滞在する事になっている。双方の軍の共同訓練などを円滑に進められるように、彼女の地球人との絆を活用しようという訳である。
「それにしても、相変わらず仲良いな、お前ら」
「べ、別にそんな事は無い。さっきそこで偶然会ったので、一緒に来ただけだ」
メルダは、素っ気ない返事を返すと、ちらりと山本と目を合わせた。少しだけ心外だと言わんばかりの不満げな顔でだ。しかし、山本は、そんなメルダに微笑みを返した。そして、メルダの肩を抱き寄せると、体を密着させてきた。
「メルダ大尉とも、かれこれ長い付き合いですから。何しろファーストコンタクトを果たした最初のガミラス人ですからね。彼女と私との友情は、地球とガミラスの友好関係の象徴みたいなものでしょう?」
メルダは、体を振って山本の手から逃れ、少し距離をとった。
「な、なんだ貴様。馴れ馴れしい。お前らしくもない」
山本は、それでも笑顔を絶やさない。
「そんなに照れなくても」
メルダは、背筋に悪寒が走るのを感じていた。
そんな様子を見ていた加藤も、若干同じ様に感じていたが、理由が分かったので、強張った笑みを浮かべるに留まった。
「あー……、ディッツ大尉。もしかして聞いてねぇのか? あんた方が地球に来る前に、山本は結婚したんだ。今やこいつも新婚さんって訳だ」
メルダは、心底驚いた顔をして、横で頬を染めているライバルの姿を確認した。
「なっ……! えっ!? 玲、本当……なのか?」
山本は、少し恥ずかしそうにしていたが、しばらくして頷いた。
「まぁ、そのう。そう……なんだ」
「あ、相手は誰なんだ!? 私の知っているヤツか?」
「う、うん。メルダも会ったことあるだろう? 篠原だよ」
メルダの脳内は、目まぐるしく地球人と会った時の記憶を探し回っていた。そして、一人の人物が篠原という名と合致した。
「あ、あいつか!? し、しかし玲! お前、あの男は浮気症だから有り得ないとか言ってなかったか!?」
「ち、違う! 彼はそんな人じゃない! それは、そのう、イメージが先行していただけだった。本当は、そんな人じゃないから」
加藤は、二人のやり取りをバカバカしいと思いながら聞いていた。篠原のかつての武勇伝は、加藤が一番良く知っていた。しかし、幸せそうな彼女にわざわざそんな事を言う必要も無い。それに、実際結婚した今は、彼女一筋なのは嘘偽りの無い本当の事だ。
「そんな事より、こんな所へ二人とも何しに来やがったんだ?」
山本とメルダは、そこで我に返って加藤に向き直った。
「加藤さん、私は最新鋭機のコスモバイパーを見せて頂こうと思ってこちらに参りました!」
「ああ、そうだったのか。後ろにあるのが、俺が使っている機体だ。久々の純粋な国産の新型だ。俺はコスモタイガーよりこいつの方が気に入ったぜ。好きに見ていいぞ」
「ありがとうございます!」
加藤は、ふと疑問を感じた。
果たしてこの娘の事を、これからはなんと呼べばいいのか?
「そういや、お前、これからは篠原って呼んだ方がいいんだよな?」
「ああ、今まで通り、山本とか、玲とかお好きに呼んで下さい。呼びにくいだろうと思って、登録名はそのままにしてあります」
「分かった。俺もその方が助かるぜ。で? ディッツ大尉、あんたは?」
メルダは、地球人式の敬礼を加藤に向けてびしっと決めた。
「私は、防衛大で地球人の学生に特別講師をやるように依頼された。来月からその任務に就くのだが、その前に訓練用の実機を見せてもらおうと思ってこちらを訪ねた」
訓練用の機体と聞いて、加藤はうんうんと頷いた。
「それなら隣のハンガーにあるぜ。昔、ヤマトにも積んでいたコスモファルコンだ。コスモタイガーが主力戦闘機になってからは、すっかり旧型扱いだが、あれはいい機体だぜ。俺から整備員に頼んでやるよ」
「すまない。恩に着る」
加藤は、隣のハンガーへと歩き出して直ぐに立ち止まった。
不思議そうに眺める二人の顔を見て、加藤は一考した。
「……何だったら、二人とも、飛ばしてみるか?」
山本とメルダは、嬉しそうに互いの顔を見つめて頷き合った。
「加藤さん、ありがとうございます!」
「それは有り難い! 是非頼む!」
しばらくして、コスモバイパーとコスモファルコンに乗機した二人は、滑走路を滑るように機体を走らせると、エンジン音を響かせて急角度で空へと飛び立って行った。
「あいつら! 初めて乗る機体だってのに、無茶しやがって!」
加藤は、慌てて滑走路へ飛び出して二人の機体を目で追おうとした。しかし、あっと言う間に二機の航宙機は空に浮かぶ雲を突き抜けて、直ぐに見えなくなってしまった。
「ったく!」
悪態をつきながらも、加藤は笑みをこぼしていた。
同じ頃。火星、マゼラン市――。
マゼラン銀河からのガミラスを始めとした様々な種族からなる移民団が火星に到着してはや一年近い月日が経過していた。間もなく一周年記念のイベントも開催される為、中にはその準備に追われる者もいた。
そこでは地球人はもちろん、ガミラス人、ザルツ人、母星を喪ったオルタリア人など、様々な人種が入り混じり、ある者は新たな都市開発に勤しみ、ある者は農業を、またある者は商店を営み、そして子供たちは、それぞれ人種を超えて同じ学校に通っていた。
そこでは、ほんの九年前まで互いに戦争を行っていたのが嘘のような平和が築かれていた。
「――いかがですか、大使?」
市庁舎の市長の執務室から、街の様子を眺めていた二人の男女。
全身黒ずくめの青い肌の女は、話し掛けた市長にちらりと流し目を送り、金髪の長い髪の間からうっすらと笑顔を浮かべた。
「ええ、皆さんここの暮らしを楽しんでらっしゃるのが、ここからでも良く分かります。ベルナール市長が、とても素晴らしい街づくりをされていたからなのでしょう」
女の憂いのある佇まいは、市長のベルナールには儚げに映った。新たにガミラスからやって来て地球駐在大使に就任した彼女の事前情報には、沈着冷静、やや冷たい印象も受ける、と書かれていた。その情報は間違ってはいなかったし、その黒装束は誰とも打ち解けまいとする意志の表れのようにも感じた。
「一年前、市長に就任していたカツラギが、ガトランティスの襲撃事件で不在となり、私は急遽市長の役を任されました。急な交代で、準備もないまま就任したので、ここまで上手く運営出来るとは、当時は思ってもみませんでした。それもこれも、異星の市民同士が友好関係を築こうと努力してくれた結果でもあります。私は、このマゼラン市という場所を提供しただけで、それほど大したことはやっておりません」
ベルナールの言葉を聞いた彼女は、少し驚いたような表情を一瞬だけみせた。
「ええ。互いに思いやる事が出来ているということなのでしょうね。とても良いことだと思います」
彼女――エリーサ・ドメルは、真顔になると再び窓の外に広がる街の様子に視線を戻した。
「……私たちには、殺し合い、憎しみ合った、不幸な過去の歴史が決して消えない記憶としてあります。それでも、次の世代の為に、互いを許し合う事が出来るのは、本当に素晴らしい事だと思います」
エリーサはというと、ベルナールについてバレラスでローレン・バレル大統領から聞いた情報を思い返していた。
ベルナールという男は、かつて国連軍欧州管区司令部の幹部だったという経歴を持つ。先のガミラス戦争で妻を喪って軍を辞め、暫く外務省で事務方として働いていたらしい。その後、先程の話にあった前市長の桂木が拉致されたガトランティス襲撃事件以降、マゼラン市の市長に抜擢されている。
今でも鍛えているのであろうその肉体は筋肉質で、スーツ姿でもそれが分かるほどだった。エリーサの目には、かつて側にいた夫のシルエットと重なる所があった。
彼も彼女も、互いに大切な人をあの戦争で喪ったのは同じだった。
その時、エリーサは上空から何か大きな音がする物が近付いて来るのに気が付いた。窓の外のその音の出どころを探すと黒い点のような物を見つけた。ベルナールも、その黒い点に気が付くと、合点がいった様に「ああ」と小さく声を上げた。
「恐らく地球連邦防衛軍の航空部隊の訓練でしょう。ご存知の通り、我々の軍の基地がアルカディア平原にあります。同盟条約に基づき、同じアルカディア平原に、ガミラス軍の基地も建設されました。これからは、この空を友軍として飛ぶ様子が時々見られると思いますよ」
エリーサの見ている先で、戦闘機と思われる二機の戦闘機が現れ、二つの真っ直ぐな航跡を空に残している。
エリーサは、次第に大きくなって来る音と、はっきりと見えて来た戦闘機をもう一度一瞥した。
「そういえば、ボラー連邦とガルマン帝国の難民受け入れをされるとか。ベルナール市長はこれからますます忙しくなりますね」
「そうですね。マゼラン銀河の移民の方々とも、仲良くやれるように、ご協力をお願い致します」
「もちろんです。それでは、これで私は失礼いたします」
「ありがとうございます。それでは、またお会いしましょう」
エリーサは、市庁舎を出ると、待たせていた車に乗り、新たにマゼラン市内に設けられた大使館へと移動した。バレラスから持ち込んだ政府専用車の乗り心地はかなり良い。
現在、デスラー総統の失脚によりガミラス帝国が弱体化したあの時と同じ事が、この天の川銀河でも起こっている。ガトランティス戦争の傷跡は大きく、難民があふれる事態になっているのだ。しかし、マゼラン銀河では早くからヒス政権が民主化に舵を切り、それを引き継いだバレル政権が誕生させたガミラス連邦は、そのような混乱を抑え込むのに成功している。今では、自治国家を束ねる連邦国家として、ある程度運営は上手く行っているように傍からはみえる。
それに引き換え、こちらでは、これから新たな異国民が到着したら、せっかく上手く行っていた街の運営への影響も少なくないだろう。
「互いを思いやって、ね。誰もがそう出来る訳じゃないのに」
――私も、エルクが地球人と戦って戦死したことについて、早くから不幸な戦争のせいだと割り切って来たつもりだった。そもそも、息子を喪った時から、既に家庭は壊れていて、夫は家に殆ど帰らなくなっていたし、いつか、そのような知らせが来ることは覚悟していた。
それでも――。
夫との愛情を失った訳では無い。そんな彼を殺されたというわだかまりは、そう簡単には消えそうもない。
バレル大統領から、地球駐在大使の役を相談された時、そのわだかまりを整理する為にも、いい機会かも知れないと、そう割り切る為にここまでやって来た。
しっかりしないと……。
「大使。何かおっしゃいましたか?」
運転手は、エリーサの独り言に反応して尋ねた。
「いいえ、独り言よ。何でもないわ」
エリーサは、運転手に聞こえないように小さく吐息を漏らした。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。