現在。防衛大――。
宇宙科のコスモファルコンの実機を使った模擬戦の訓練が終わり、滑走路に整列していた学生たちはそれぞれ教室へと戻るべく駆け足で立ち去って行った。
他の日本人の教官に混じって模擬戦に参加したメルダは、見学していた山本と話していた。
「どう? 見込みがある奴はいた?」
「どうかな。私がガミラス人だからって、むきになってくる奴が多いな」
「私に勝とうとは百年早い……ってところか?」
メルダは肩をすくめた。
「玲も参加すればいいのに」
「私は軍の航空部隊の訓練の指導がある。こっちまで手が回らないよ」
「その割には、見学する余裕はあるのだな?」
「今日だけだ。メルダが学生相手に本気になって無いか心配でね」
メルダは、次の訓練の学生らの一団が駆け足で近付いて来るのを眺めた。そして、顎で山本にそちらを見るように促した。
「ああ、次は医学科の訓練か。一応、操縦出来るようにするのが主な目的だな。流石にこれにメルダが参加する必要は無いだろう?」
メルダは、黙って首を振った。
「そうでもない。中々骨のあるヤツが一人いる」
「へぇ? 医学科なのに? どんな奴?」
「前から五番目、手前の方」
彼女らから少し離れた所で、駆け足から立ち止まり、学生らの一団が整列をしていた。メルダが言う場所に居たのは佐々木美晴だった。訓練用の航空部隊の制服に身を包み、長い黒髪を後ろで束ねている。何故か、頭には不釣り合いな大きめのゴーグルを着けている。
二人の視線に気付いたのか、美晴は逆に睨み付けていた。
「あの気の強そうな女か。っていうか、あのゴーグル何?」
「ガミラス人の私が知る訳がないだろう」
「何だろう? 多分古い戦闘機用のゴーグルかな?」
「って事は、余程の戦闘機マニアってことかもしれないな」
そうしている間にも、日本人の教官が彼らの前に立ち、今日の訓練の目的や実施方法についての説明を始めていた。
「始まるな。もう私は行くぞ」
「せいぜいやり過ぎないようにね」
そこでメルダは立ち止まってまじまじと山本の姿を見つめた。その白銀色の髪は、気持ちメルダが知ってるのよりも長い。
「な、何?」
「お前、その髪」
「ん? ああ、伸ばしてるんだ」
「らしくないな」
「長いのが見たいって言うから」
「誰が」
「そっ、それは……ほら」
メルダは、急に馬鹿馬鹿しくなった。
「あ〜あ、はいはい、わかった、わかった。腑抜けになったお前に用は無い」
高度一万メートル上空――。
「医学科のくせに模擬戦を希望したのはお前だけだ、佐々木。他のお仲間は、下の方で初心者向けの操縦訓練をしている。医学科はそれで十分なはずだがな?」
「……」
メルダのヘルメットのスピーカーから、通信機越しに美晴の吐息が聞こえて来た。彼女の苛つきがメルダにも容易に伝わってくる。
「まあいい。今回も私をご指名とはな。また撃ち落とされに来たという訳だ」
「そんな事を言えるのも今のうちだ」
メルダは、コスモファルコンの風防越しに、横に並んだ美晴の機体を一瞥した。
「威勢が良いのは悪いことじゃない。だが、お前、ガミラス人が嫌いなのか?」
「ああ、そうだ。大嫌いだね」
「……なら、本気で掛かって来るんだな。私に殺されないようにな。始めるぞ!」
メルダは、操縦桿を勢い良く横に倒すと、機体を傾けた。
美晴の機体からは、メルダの機体の腹が見えた。そのまま急速に遠ざかって行く。美晴も操縦桿を思い切り引くと、縦のループを開始した。
二機のコスモファルコンは、縦に横にと弧を描き、互いに背後を取ろうとぐるぐると旋回した。訓練用に改造されたコスモファルコンの機体には、当然実弾などは搭載されていない。代わりに、搭載されたAIがバルカン砲やミサイルの発射をシミュレーションし、コックピット内の風防に連動した映像を映し出す。ミサイルが飛来すれば、あたかも本当にミサイルに追い掛けられているような映像が表示されると言う訳だ。
美晴は、歯を食いしばってメルダに食らいつこうと、握った操縦桿に力を込めた。
「お前にだけは、絶対に負けるもんか!」
その頃、地上の管制塔――。
山本は、メルダと美晴の模擬戦の様子をそれぞれの機体が捉えた映像が表示されるモニター映像で確認していた。そこへ、真琴が辺りをきょろきょろしながらやって来るのが視線の端に見えた。
「山本さん……、あ〜じゃなかったね」
「気にしないで。山本でいいから」
「じゃ、じゃあ山本さん。佐々木さんの様子はどう?」
山本は、真琴にあの映像がそうだ、と伝える為親指を突き出して示した。
「うわ……空と地面がぐるぐるしてる」
「これは、互いに後ろを取ろうと競り合ってるところ」
「これじゃ、どっちが上だか下だかわかんなくなっちゃうよね」
山本は、面白そうな物を見たように真琴をまじまじと見てくすりと笑った。
「どうして、こんなとこに?」
「佐渡先生が、様子を見て来いって言うから」
「そっか……。佐渡先生の教え子なんだ。変わってるね、この子」
真琴は、映像を見ているうちに目が回りそうになってしまい、くらくらししていた。
「そ、そうなんだよ。彼女、医学科の成績は凄く良いんだよ。それなのに、メルダが教官を務めるってわかってから、飛行訓練に本気で取り組み始めて目の色が変わってしまったみたい」
「ふ〜ん」
「何でも、お母さんがお医者さん、お父さんが戦闘機乗りだったそうなの。多分、それで医学も航空機の操縦も小さい頃から興味を持って両方やって来たみたい」
山本は、父親が戦闘機乗りと聞いてぴんときた。
「もしかして、ガミラス戦争でお父さんは亡くなっているの?」
真琴は首を振った。
「ご存命だよ。だけど、遊星爆弾症候群で体を壊して、未だに入退院を繰り返しているみたい」
山本は、ようやく腑に落ちた。彼女がメルダとの戦いにむきになっているのは、やはりガミラス人に対する憎しみからくるものだったのだろう。
「遊星爆弾症候群って、今でも完治する方法が無いけど、長年、遊星爆弾症候群の根絶を目指して研究は続けられている。それでね、佐々木さんの件があって、彼女の経歴を確認してみたの。遊星爆弾症候群の研究者として世界的にも有名な人がいるんだけど、どうやらその人が、佐々木さんのお母さんだったみたい」
山本は、その話を聞いて、はたと気が付いた。
「遊星爆弾症候群といえば……。そういえば、新しく来たガミラスのドメル大使が発表していたね」
「そう。最近、ガミラスで地球人に対する遊星爆弾症候群の有効な治療薬が開発されたらしいの。その製造方法を提供する為の条件交渉を始めるとか」
「……他の国にウイルスをばら撒いておいて、その治療薬を提供する為の交渉するなんて、人を馬鹿にした話だ。私は割り切る事が出来るけど、どうしても納得出来ない人も多いらしいね」
真琴は、残念そうに頷いた。
「そうなんだよね。あれから九年経って、せっかく戦後のガミラスとの関係が落ち着いて来たところだったのに、この事に怒っている人は多いよね。でも、私たち医学を志す者としては、本当に有り難い話だと思うんだけどね。それで苦しんでいる人たちもまだ大勢いる訳だし。でも、そうなると、これまで懸命に研究を続けてきた佐々木さんのお母さんたち研究者の立場も無いかもしれない」
「なるほど。確かにそうだ。そうすると……」
「佐々木さんの心境も、何となく想像出来るっていうか……」
山本は、美晴の機体の映像を眺めた。
「そうだな。けど、本当の気持ちは、本人にしか決してわからない。でも、これを乗り越えるのを手伝う事が出来る人はいるかもしれない」
「私、あんまり自信無いなぁ」
山本は、自身のガミラス人への憎しみの感情を整理するのに掛かった時間を考えた。結局、それを解決出来たのは、本物のガミラス人と交流する機会を得て、文字通り殴り合いを経てわかり合ったのだ。
「うってつけの奴がいる」
メルダと美晴は、互いに譲らず、中々後ろを取れずにいた。
「機体性能は同じ。なら、機体のコントロールの腕はほぼ互角ということか。私が慣れない機体を使っている事を差し引いても、この短い期間によくぞここまで上達出来たものだ。余程の努力をしていなければ、こうはならんだろうな」
懸命に機体を操作する美晴に対して、メルダはまだまだ余裕があった。
「経験の差、と言う物を見せてやるとするか」
メルダは、旋回を止め、上空に向かって直進し、更に高度を上げた。
「逃がすものか!」
それに気付いた美晴も、負けじと機体を旋回させて上空へと進路をとった。
「うっ……!」
しかし、メルダの向かった先には太陽が眩しく輝いており、正面を肉眼で見ることが出来なくなっていた。
「目で見えなくても……! レーダーで探知すれば……!」
しかし、その僅かな美晴の注意がそれている間に、メルダは大幅に減速し、機体を自由落下させていた。太陽を背に、きりもみしながら美晴の機体を肉眼で捉えると、宇宙を航宙する機体に装備されているスラスターを吹かして向きを調整した。
メルダのコックピットのレーダーには、正面に捉えた美晴の機体のロックオンを表す信号がほんの一瞬表示されていた。
「フォックスツー!」
メルダは、地球人の教官仲間に教わった、熱源探知式の短距離ミサイルの発射コードを通信機に向かって叫ぶと同時に、操縦桿のトリガーボタンを押した。コックピットのシミュレーション映像には、機体から離れて飛んでいくミサイルの航跡が映った。
美晴の方も、自身がロックオンされている信号を捉えていた。慌ててフレアを放とうとするが、至近距離から発射されたミサイルを回避するのは不可能だった。風防には、ミサイルが急速接近する映像が一瞬映り、無情にも撃墜されたとAIが音声で伝えて来た。
「ちくしょう!!」
美晴は、計器に拳を叩き付けた。
放心する美晴の機体の右側を、ゆうゆうとメルダの機体が並走した。
「佐々木。残念だったな。だが、中々悪くなかったぞ。お前、医者よりもパイロットの方が向いてるかもしれないな。パイロットになる気は無いのか?」
美晴は、歯ぎしりをして「……うるさい」と呟いた。
「何だって? 聞き取れないぞ」
「……何でもない! もう一度、あたしと勝負しろ!」
メルダは、肩をすくめた。
「良いだろう。何度やっても同じだと思うがな」
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。