防衛大女子寮――。
夜も更け、消灯時間が過ぎたこの時間に、美晴は端末に改造したジョイスティックを接続して、空中戦のシミュレーションを行っていた。
暗い中、静かにカチャカチャとスティックを動かす音が響く。美晴は、一心不乱に画面に向かっていた。敵機はガミラスのツヴァルケを選択。それがメルダの愛機だと彼女は知っていた。シミュレーションとはいえ、命を落としそうなぎりぎりの操縦技術を披露して辛うじて撃墜、勝利する。
そうして、ようやく満足げな顔をして一息入れると、額の汗を拭った。
「佐々木さん。消灯時間過ぎて起きてるの見つかったら、こっ酷く怒られるよ。同室の私だって止めなかったんだから同罪だ〜って先輩から責められるんだから」
壁の反対側のベッドで寝ていた小島咲が、部屋の中央の仕切りのカーテンを開いて、眠そうな顔でこちらを覗いている。
「ごめん。小島さんに迷惑かけるつもりはないから。もう寝るよ」
「そうしなね。昨日だって、ほとんど寝てないでしょ? 身体が保たないよ」
確かにそうだった。睡眠時間が少ないせいで、疲労は限界に達しており、頭痛もしている。美晴は、凝り固まった身体をほぐそうと、片手で肩を掴んで腕を回した。
咲は、カーテンの仕切りから美晴のプライベートエリアに入って来ると、肩を揉み始めた。
「酷いこり方。少しだけマッサージしてあげる。終わったら寝ること。いい?」
「……うん、ありがとう」
しばらくマッサージをしてもらうと、頭痛も少しだけ軽減していた。医官を目指す美晴と違い、咲は看護官を目指している。既に看護師のような優しさ、温かみが美晴にも伝わってくる。彼女に諭されると、素直に言う事を聞こうと思ってしまう。
「ところで……あのガミラスの人……。ディッツ大尉だっけ? 勝てそうなの?」
美晴は、先日から自問自答していることを面と向かって尋ねられて、少し答えに詰まった。勝てるかといえば、今はとてもそんな気がしない。明らかに、技術的な優劣ももちろんだが、経験の差による違いが余りにも大きい。通り一遍の訓練だけ経験していたのでは、いつまで経っても勝てそうもない。それこそ、命懸けでかからなければ、メルダに勝つのは難しいだろう。
「わからない」
「私、エースパイロットの山本さんですら、一度も勝った事が無いって聞いたことがある。そんな人に勝つ気なの?」
「エースは加藤さんだ」
美晴の変なこだわりに、咲はくすりと笑みをこぼした。
「医官になることより大事な事なの? せっかく、佐渡先生の授業を受けられるのに、その授業を寝ていたら勿体ないじゃない」
それは美晴にもわかっていた。だが、今回はある意味意地がかかっているのだ。
「理屈じゃないんだ。あたしのこのイライラは、あいつをぶちのめして、初めてすっきりするんじゃないかって、そう思うんだ」
咲は、最後に美晴の頭を撫でた。
「わかった。あんまり無理しちゃだめだよ? おやすみなさい」
「おやすみ。ありがとう」
咲がカーテンの向こうへ消えたので、美晴はもう一度端末のシミュレーションをやろうか思案した。
……やっぱり止めよう。
体は限界を迎えて悲鳴を上げようとしている。ここで無理をすれば、勝てるものも勝てない。
美晴は、自分のベッドに潜り込んだ。
寝ていなかったからなのか、ものの数分で美晴は夢の中にいた。
――彼女が生まれた時から、そこは、戦場だった。
彼女が生まれる前に、ガミラスとの戦争が始まっていた。当時横浜に住んでいた佐々木家だったが、都会への攻撃を恐れて、彼女が幼い頃の友人たちは、軒並み疎開していなくなってしまっていた。
佐々木家は、父が国連軍の本土防衛隊の一員として、地球に降りてきたガミラスの航宙機との戦闘を日々行っており、たまにしか会うことは無かった。
母はといえば、戦争が激化すると、国境なき医師団の医師になり、世界中を飛び回っていた。ガミラスの攻撃による怪我人や病人は余りにも多く、美晴は、幼い頃から母についてまわり、世界中を旅する事になった。いつしか、母の手伝いをする事で、次第に緊急救命医療の現場の場数を踏み、体で知識や経験を積んで行った。そうして、医官への道を目指す事になったのは、ごく自然な流れだった。
ある時、父はガミラスとの交戦で大怪我を負って入院する事になる。その頃には、もう遊星爆弾攻撃が始まっており、愛機を撃墜されて脱出した父は、爆心地の何処かに降りた。
怪我は数ヶ月の入院で回復したが、その時に遊星爆弾症候群を発症する敵性植物の胞子を体内に取り込んでしまったのだろう。しばらくは元気にしていたが、やがて内臓器官を犯されて、次第に衰弱していった。それでも、非常に長い期間をかけてゆっくりと病状が進行し、体調が良くなったり悪くなったりを繰り返していた。
美晴は、忙しい母から離れて、戦闘に出られなくなった父の元で暫く過ごしていた。戦闘に出られないとはいえ、優秀なパイロットだった父は、軍に留まり若い兵士たちの教官として活躍していた。それを目にした美晴は、やがてパイロットへの憧れを抱くようになる。
ガミラス戦争が終わり、コスモリバースシステムで地上に再び住めるようになると、ようやく家族はかつて横浜だった土地へと戻った。
横浜に戻ってきた母は、しばらく完治する見込みのない父の余命を嘆いていたが、遊星爆弾症候群を完治する新薬を研究する軍の研究機関の設立の噂を聞きつけると、すぐに職場をそこに移した。
その頃の美晴は、いつかは父を治す為、母の研究に参加しようと心に決め、日々普通の学校にも通いながら、医学の勉強にも励んでいた。
相変わらず軍に籍を置いていた父は、体調の良い時は引き続き教官を務めていた。美晴も、ある時父に連れられ父の操縦する航空機に乗せてもらう機会があった。その時から、航空機に魅せられ、父から操縦も教わるようになった。めきめきと腕を上げていった美晴に、衰弱していた父ではあったが、その腕をよく褒めてくれたものである。
美晴がいつも頭に乗せているゴーグルは、古い戦闘機の部品のコレクターだった父から譲り受けた物だ。美晴にとって、憧れの父が大切にしていた物であり、彼女にとっても大切な宝物になっていた。
それも長くは続かず、現在では、体調が思わしくない父は軍を退き、入退院を繰り返していた。
美晴にとって、父をそんな体にした戦争、そしてガミラス人は憎い敵だった。
美晴は、夢の中でうなされていた。
夢の中でも、このイライラが収まりそうも無い。
――あたしは、母の働く軍の遊星爆弾症候群の研究機関に入るべく、防衛大学校の医学科に入学した。パイロットにも憧れのような気持ちがあったが、何よりも優先事項は父の病気を治す事だ。
そう思ってここまで努力してきた。
なのに、ガミラスは、遊星爆弾症候群の治療薬が完成したという。
憧れていた空よりも、とにかく医官になろうとしていたのは、何の為だった?
父の命を救いたいから。
母を助けたいという想いから。
おかしい……。
あたしは、目的を見失っているんだ。
え? ガミラス人があたしらの教官をする?
あたしらを不幸にした「敵」であるはずのあいつらが、自由に空を飛ぶって?
偉そうに、あたしたちに教えるって?
いったい、何を?
理不尽だ。
あんな奴に、絶対に負ける訳にはいかない。
奴を叩きのめして、あたしはあたしの目的を取り戻す。
それまでは――。
そこで、はっと美晴は目が醒めた。
だが、まだ外は暗い。
かなり眠いはずなのに、彼女の眠りは、どうやら浅かったらしい。沢山の夢を見ていた気がするが、どうしても内容を思い出せない。
起きるには、まだ少し早い時間だったが、美晴はベッドを抜け出した。そして、服を着替えるとベッドを綺麗にし、脱いだ寝間着を畳んだ。そして、窓のカーテンを引き外を眺めた。
陰鬱な曇り空。
まるで、美晴の気持ちそのものだった。
美晴は、歯ブラシとタオルを掴むと、顔を洗いに部屋を出た。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。