まだ陽の高いある日――。
マゼラン市中心部の行政機関の集まるエリアに、新たなガミラス大使館は設けられていた。
その日、遊星爆弾症候群研究機構に所属する地球人医師や研究者らは、大使館からの招待を受け、館内の会議室に並べられたテーブル席に座っていた。並べられたテーブルの正面には大きなモニターが設置してあり、まさに今、数日前に到着したガミラス軍の科学者らが、遊星爆弾症候群の治療薬についての説明を行っていた。
肌の青いガミラス人らが熱弁を振るい、治療薬の高い効果を解説していた。
テーブル席には、研究機構の代表者以外に、市長のベルナールと、エリーサ・ドメル大使、そして地球連邦厚生福祉省の代表者らも同席し、成り行きを見守っていた。
「……このように、動物実験の段階は既に終えています。今回、本格的に地球人の治験者を募集し、安全性の確認を行いたいと考えております。何か質問は?」
参加者たちは、次々に手を挙げる。
矢継ぎ早の質問があり、専門用語が飛び交う。どのような質問にも、ガミラス人たちは、丁寧に回答していった。
市長のベルナールは、友好的なやり取りが続いているので心の底からほっとしていた。大使であるエリーサが地球へやって来てからおよそ三ヶ月。エリーサは、急に遊星爆弾症候群の治療薬が完成したと本国から連絡を受けたのだという。その製造方法の提供に関して、条件を交渉したいと本国は言っている、とのことであった。
ベルナール自身も、違和感を感じる話ではあったが、そのような重大な案件は、政府への相談が必要だった。そして、そのままの内容を火星から亜空間リレーを通じた通信でワシントンの地球連邦政府へ報告した所、案の定「条件を交渉」という言葉に厳しい反応があった。
それもそのはず、地球がガミラスとの戦争で文字通り破滅的な被害を受けのはご承知の通りである。
戦後、ガミラスへの対抗手段がヤマトを除きほぼ壊滅していた地球側にとって、アンドロメダを始めとした強力な宇宙戦艦を増産することは急務だった。しかし、波動コアの製造方法をイスカンダル側から提供されなかったことから、地球の技術者らはその製造方法を解明しようと懸命に解析に取り組んでいた。しかし大きな進展はなく、政府は今後の地球防衛をどうするか悩んでいた時期があった。
そんな時、ちょうどガトランティスとの本格的な戦争が始まっていたガミラス側から、波動砲との技術交換により、波動コアの代替え装置となるゲシュ=タム機関のコアを提供すると提案があった。喉から手が出るほど欲しい波動コアと同等の技術の提供との条件に、地球連邦政府は、苦渋の決断をすることになる。
こうして、手始めに双方不可侵の軍事同盟を結び、地球艦隊は確実にその数を増やしていった。しかし、その後の和平交渉で、戦争で受けた被害の損害賠償請求を放棄することを求められた。地球連邦政府はまたしても苦渋の決断をしなければならなくなった。戦力の乏しい地球側にとって、もう二度とガミラスと戦争状態にならないようにする事は、何をおいても最優先事項であった。不利な条件とはいえ、要求を飲む事でガミラスとの戦争を回避できるのであればと、平和条約が締結された。今日の友好関係は、そこから始まったのである。
これには、地球人の一部の活動家らは反発し、平和条約の破棄を求める運動や、デモ活動、更には大きなテロ事件も起きた。未だに、そのような様々な団体の活動は相変わらず続いている。
因みに、マゼラン銀河からの移民受け入れは、その交渉での条件として地球側から提案して決まったものである。表向きは、友好関係の象徴的な意味合いがあったのだが、有事の際の人質にもなるという裏のメリットがあった。当然、ガミラス側もそれを承知の上で了承した事であろうが、流石に銀河を支配する超大国としての余裕があったものと思われる。
そして、今回の一件である。
そもそも、遊星爆弾症候群とは、ガミラスとの戦争が招いた大きな被害の中の一つの戦後の課題であった。ガミラス戦争時の無差別攻撃に利用された遊星爆弾には、地球人の人体に多大な影響のある植物の種子が含まれていた。この胞子を体内に取り込んでしまうと多臓器不全を起こす。それでも、直ぐに死に至る事は無く、ゆっくり時間を掛けて体内を蝕んでいき、患者を長く苦しめている。戦後九年が経とうという今でも、この病に苦しんでいる人々も少なく無い。
その特効薬が出来たという報告には、政府の高官らも、それを提供するのは当然のことであり、「条件を交渉」とは、いったいどういうつもりかと、感情的な反応を示す者も多かった。しかし、戦争で被った被害の賠償を放棄するという先の平和条約が前提としてあり、今回も三度苦渋の決断を迫られているのである。それでも、この問題が解決すれば、戦後のほとんどの問題は解決する事になる。政府は、この件の受け入れを内々で決定し、形ばかりの交渉をするつもりでいる。
これを知った世論は様々な反応があった。肯定的な意見も多く、家族の病気が治るのであればと新薬に期待する人々も多い。その一方で、水を得た魚のように活動家らは地球でデモ活動を活発に行い、反対意見を増やそうと躍起になっていた。とてもではないが、火星のガミラス人らの移民には知らせられないような問題が起きていた。これにより、地球から火星への渡航には、厳しいセキュリティが課せられていた。このような活動家らが火星に渡った場合の混乱は、絶対に防がなければならない。
その時、一人の中年の女性が挙手をした。ガミラスの科学者の代表者は、彼女を指名して質問を許した。
その人物は、立ち上がってスタッフからマイクを受け取ると、静かに語りだした。
「ありがとう。私は佐々木晴香」
彼女は、美晴の母親だった。ガミラスの科学者ら一人ひとりに瞳を向けると、それぞれに会釈をした。
「……私の夫も、遊星爆弾症候群で多臓器不全を起こしています。多くの他の患者さんたちと同じように。私は、これまで私の人生を掛けて夫の治療に全力を尽くしてきました。遊星爆弾症候群は、そもそもあなた方ガミラスとの戦争によってもたらされたものです」
ベルナールと、エリーサは、互いに顔を見合わせた。それまで、医学的な質問が続いていた中でのこの発言。ガミラスを糾弾する意図があるのではと身構えた。
しかし、それは杞憂に終わった。
「これまで、あなた方に対して、怒りを覚えた事もありました。しかし、そんな時代も終わりにする時が来たのだと思います。きっと、夫は救われるでしょう。あなた方の努力に、心から感謝しています。本当にありがとう」
中央に立っていたガミラス人の科学者は、笑顔を浮かべた。
「そう言ってもらえると、我々も頑張ったかいがあったというものです」
彼女も、それに対して、同じように笑顔を向けた。
「ここへ来る前に、夫の意志も確認してきました。被験者として、治験に協力するそうです。他にも、何名かの同意も確認しています。すぐにでも、治験を始められるでしょう。よろしくお願い申し上げます」
ベルナールとエリーサは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
しかし、この説明会が終わり、彼ら地球人の研究者らが退席したあと、本格的な交渉が始まる。
エリーサには、それが憂鬱だった。
説明会も終わり、地球人の医師や研究者らは、ガミラスの科学者らと地球式の握手を交わし、退室して行った。
晴香は、最後にエリーサの元にやって来た。エリーサは、作り笑顔を顔に貼り付けて、にこやかに握手した。
「ドメル大使。今回は、本当にありがとうございました」
「お役に立てて、私も嬉しく思います。これを機会に、地球とのより一層の友好を深められたらと思っています」
晴香は、握手をした手を繋いだまま、少し俯いた。
「どうされました?」
エリーサの言葉に、晴香ははっとして手を離すと、取り繕う様に微笑した。
「ドメル大使は、私たちとの戦闘で夫を亡くされたと伺いました。それなのに、私たちの為にガミラスとの架け橋になって下さっている」
突然の事に、エリーサは困惑した。その話題は、周知の事実ではあったが、まだ触れてきた者はいなかったからだ。
「私も、正直今回の件は最初は素直に受け入れられませんでした。でも、今はこうしてガミラスの方々の真摯な対応を見て、なんて恥ずかしい考えを持っていたんだろうと、今は反省しております。私も、地球人の医師として、今回の件が順調に進むように、全力でサポートさせて頂きます。今後とも、どうぞよろしくお願い致します」
晴香は、深々と頭を下げた。
エリーサは、こんな人も地球人にはいるのかと、感慨を深めていた。
「あなたの夫も私の夫と同じです。戦争は、互いの憎しみを深めるばかり。私も過去に囚われず、未来を見て行こうと誓い、この地に派遣されて来ました。互いに理解し合えるように、一緒に努力させて下さい」
「もちろんです。よろしくお願いします」
最後にお辞儀をして立ち去ろうとした晴香は、立ち止まってもう一度戻って来た。
「あの、ごめんなさい。私事で恐縮ですが……。実は、私の娘は、夫の治療に協力すると言って、火星の防衛大分校の医学科で学生をやっているんです。それが、今回の事で、目標を見失ってしまったらしく、ガミラス人の教官に、やり場の無い怒りをぶつけているらしく……。昨夜も、連絡が来て愚痴を聞く羽目になりました」
エリーサは、何を言われるのだろうかと、顔色を変えないように気を付けながら身構えた。
晴香は、はにかみながら続けた。
「もし、可能であればそのガミラス人の教官に、そのような事情がある事を耳に入れて頂けたら助かります。私の娘も、悪気がある訳ではないのですが、それをわかって頂けたならと……。あぁ、ごめんなさい。私は何を言ってるのでしょう。このような話は、大使には関係ありませんのに」
エリーサは、ほっとしてもう一度笑顔を形作った。
「いいえ。メルダ・ディッツ大尉のことですよね。彼女は、ガミラス軍の高官のご息女で、私もよく存じております。私から直接伝えておきますので、どうぞご安心下さい」
晴香は、もう一度、とても深い礼をすると、その場を後にして行った。
大使館の応接室――。
エリーサは、打って変わって厳しい表情を見せた。
対峙するベルナール市長と、地球連邦厚生福祉省の次官らは、緊張の面持ちで条件交渉の場に臨んでいた。
「遊星爆弾症候群の治療薬をご提供する上でのこちらの条件とは、とても簡単な事です」
エリーサは、冷静に地球人たちの様子を眺めた。恐らく、これを伝えれば波紋を呼ぶだろう。しかし、地球駐在大使たる自分の役目だと、気を引き締めて口を開いた。
「今度、こちらにやって来るボラー連邦とガルマン帝国の難民ですが、我がガミラス連邦でも受け入れの準備をする事になりました。ついては、それにご協力頂きたい。条件はそれだけです」
ベルナールは、肩透かしを食らっていた。それだけか、と、直ぐにその意図を読み取れなかった。しかし、一部の厚生福祉省の次官らは、その意図に気付いたらしく、ひそひそと何やら会話を始めた。
「難民をガミラス連邦に引き渡す様に協力するのが条件、と言うことですか」
「その通り。全員である必要はありません」
ベルナールは、そこではっとした。
難民の受け入れは、単に困っている人を助ける意図だけではない。両国の情報を出来るだけ取得することも含まれている。また、マゼラン銀河の移民の時と同様に、もしもの時に、人質として活用出来るかも知れないと言う裏の意図もある。
ガミラスも、同じ事を考えていてもおかしくはない。
ベルナールには、これが彼女の冷酷な一面なのか、本国の意思を伝える役割に徹しているだけなのか、その表情からは読み取ることは難しかった。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。