太陽系まで、約五日の宇宙空間――。
ワープから抜けた難民輸送船の護衛艦隊は、通常航行へ移行して太陽系へと急いでいた。
「ここまでくればボラー艦隊の追手を撒いたと考えて良いでしょう」
主力戦艦ハルナの作戦会議室では、士官らが集まって話し合いをしていた。床の大スクリーンに、航路図が映し出されており、航海長が航路について説明をしている。
艦長葉山は、説明を聞いて内心ほっとしていた。あれから、追手に追いつかれるのでは、という強迫観念が拭えず、あまり眠れていなかったのもある。
「ボラー連邦の難民を乗せた輸送船のエンジンの調子はどうだ?」
「今のところ問題ありません。安全が確保出来たと確信出来たのであれば、連続ワープのスケジュールを少し緩めて頂いた方がいいと思います。これ以上、エンジンを酷使するのは危険です」
「いや、そうもいかん。ここで気を緩めて、追いつかれたら意味がない」
「そう、ですか……。わかりました。しかし、メンテナンスにとる時間を少しでも長く頂きたい」
「それは許可しよう」
それを聞いても技術科長は、腕組みをして眉間にしわを寄せている。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「いえ。私の気のせいかも知れません。連続ワープの合間に、何度か僅かな空間の歪みを観測しています」
「空間の歪み?」
「はい。しかし、ごく一般的な空間の歪みを探知しただけかも知れません。例えば、超極小のマイクロブラックホールが存在すると、そのような事象を観測する事はあり得ます。太陽系外の探索はまだ不十分なので、確かなデータが不足しています」
また、葉山の頭の中で危険を知らせるアラームが鳴り響く。しかし、だからといって、はっきりしたことが分からなければ対処する事も出来ない。
「それが追手では無いとは言い切れまい。念の為、観測を続けて警戒してくれ」
「承知しました」
主力戦艦ハルナでそのような会話がなされている頃――。
ボラー連邦の新造特務艦プラーシェルは、ハルナ率いる難民護衛艦隊の後を静かに追跡していた。
「チェルミネン艦長。これまでの航行履歴からみて、地球艦隊の連続ワープ再開まで、あと一時間程度と予想されます。我々の当直士官も今から交代させます」
「許可する」
チェルミネンと呼ばれた新造艦の艦長は、ひげを蓄えた大柄の人物である。彼は、スクリーンに捉えた地球艦隊の様子をじっと見つめた。
特務艦プラーシェルは、ブラックホール砲の技術を元にして新たに開発された遮蔽装置が正式に搭載された新造艦である。艦の周囲にマイクロブラックホールを生成することで重力レンズ効果をもたらし、目視出来なくなるのはもちろん、船体の電磁波をも遮り、レーダーなどでは捉えることが出来なくなる。
約一年前。ガルマン帝国との次元潜航艦の開発競争は熾烈を極めていた。しかし、それもガトランティスとの戦争の影響で開発は中断。ガルマン帝国に対抗する為に、既に確立していたブラックホール砲の技術を流用したこの遮蔽装置の開発が代わりに行われた。単に観測出来なくなるだけでも、次元潜航艦の脅威に対する抑止力として働くはずだと、ボラー連邦の新政府は考えている。
最初に開発された実験用のプロトタイプは十分な実績を上げ、そのデータを用いて直ちにこの新造特務艦が建造された。艦の舷側をぐるりと巡る円形のリングが特徴的で、そのリングでブラックホールの生成を行っている。船体の形状や塗装などに制約があり、また、遮蔽装置が作動中は一切の武装が使えないなど、他にも様々な制限があり、今の段階では実用化したとは言い難い。今回、実戦に投入して、予想した効果が得られるか、データをとることが任務の目的の一つになっている。
チェルミネンの思考は、副長が話し掛けた事で中断した。
「可能なら、輸送船を撃沈せよとの上からの命令ですが、ある意味今が最大のチャンスです。仕掛けますか?」
チェルミネンは、渋い表情でそれに応えた。
「確かにそうかも知れん。この艦の遮蔽装置が実戦で役に立つかの検証が主な目的だが、あの難民を始末する事にさほどの意味は無い。地球艦隊が我々を警戒している最中に撃沈する事が出来れば、今後、隠密行動で敵の司令船を撃沈する作戦も不可能では無くなる。しかし、我々の任務はそれだけではない。仕掛けるには、まだ地球連邦は遠い」
「工作員の回収……ですか。個人的には、そう簡単にはいかないと思っていますが」
「私もそう思う。いずれにせよ、慎重に機会を待とう」
その頃、地球の極東管区防衛軍病院では――。
地球に戻って来た佐々木美晴の母晴香は、夫である忠生を火星に移送する為に、その病室を訪れていた。
彼がぼんやりとニュースメディアの放送を眺める脇で、晴香は病室の荷物をバッグに詰めている。
「あなた。本当に治験者に選ばれて良かったわ。治療薬の効果が確かなら良いのだけれど。予想外の副作用が無いかだけが心配だわ」
「どうせ、先はそれ程長く無かったんだ。賭けてみる価値はあるさ。お前も頑張ってくれていたのに、先を越されてしまったな」
忠生は、そこで酷く咳き込んだ。晴香は、荷物を詰める手を止めて、彼の背後に回って背を擦った。
「気にしないで。私たちの科学力は、まだまだあちらさんには追いつけてないのは事実ね。それよりも、あなたと同じく、多くのこの病に苦しんでいる人々が救われるのなら、私は何だってするわ」
「すまない……。ここの所調子が良かったんだが」
「無理しないで。火星までの長旅に耐えられるか、ちょっと心配だわ」
忠生は、もう大丈夫と、妻の擦る手をやんわりと止めた。
「俺も協力して、早く皆に治療が行き届く事を願ってるんだ。何としても、火星に辿り着かなきゃいけないよな」
晴香は、そんな彼の肩に手を置いて、しばらくそのままでいた。
そんな時、ベッドの脇にあるモニターから流れるニュースの映像に、二人は釘付けになった。
「今再び、ガミラスに対する抗議の声が高まっています」
モニター画面がスタジオから切り替わると、レポーターと思しき記者が極東管区行政局の建物の前で抗議活動を行うデモ隊の様子を紹介している。警察の機動隊が行政局の入口を固めているその目の前で、デモ隊は大きな声を上げている。それを更にマスメディアが取り囲んで取材活動を行っている。
「見てください。数千人規模の老若男女が、ここ行政局前に集結し、それぞれプラカードなどを手に、抗議の声を上げています。戦後ガミラスとの間で平和条約が締結され、近年はそういった抗議活動も下火になっていました。しかし、火星へのガミラス軍基地が正式に建設され、それに続いて今回の遊星爆弾症候群の治療薬の問題を巡り、再び抗議の声が高まっています」
レポーターは、シュプレヒコールを行うデモ隊の代表者に近付くと、マイクを向けてインタビューを始めた。
「今回のデモは、どういった目的で行っているのでしょうか?」
デモ隊の代表者は、カメラに目線を向けると、素直にインタビューに応じた。
「反ガミラス同盟日本支部代表の小島です。ガミラスは、大勢の人類が犠牲になったあの戦争を起こした敵国であります。連邦政府は、我々の抗議活動を無視して、太陽系内に新たなガミラス軍の基地建設を許しました。ガミラスは、大勢の我々の家族や友人ら同胞の命、そして人類の歴史上の重要な文化遺産など、その全てを奪った張本人であります。その責任も一切取らず、今でも領土拡大の野心を隠してもおりません。今こそ、戦争犯罪の責任を、彼らに取らせる時なのです。しかし、連邦政府はガミラスの言いなりになり、彼らの理不尽な要求を受け入れ続けています。このような事を続ける政府に抗議する為、我々は立ち上がりました。そして、多くの市民が我々の活動に共感し、これ程までに大きな声となりました。今回、新たな遊星爆弾症候群の治療薬の提供でも、ガミラスは条件を提示したといいます。そのような横暴がまたも許されていいのでしょうか? 我々は、戦争犯罪を犯したガミラスから、当然のごとく無条件で治療薬を提供されるべきです。今回の基地問題と合わせて、我々市民の声を政府に届けるべく、今日のデモ活動を行っています」
「ありがとうございます。ところで、地球連邦政府は、銀河系のボラー連邦やガルマン帝国の脅威や、先だってのガトランティスのような危険な大国への抑止力として、強力な軍事大国であるガミラス連邦との同盟は必要不可欠であると説明しています。これについてはどうお考えですか?」
「我々市民への説明が不十分だと考えています。政府は、再び戦争にならないような努力をちゃんと行っているのでしょうか? 寧ろ、ガミラス軍を受け入れた事で、彼らのような銀河の超大国に戦争の口実を与える事になっていないでしょうか? 連邦政府は、適切な外交活動を行い、戦争になる前に、互いに分かり合う努力をすべきです。我々は、今回のデモが終わり次第、火星のガミラス軍基地まで抗議活動を行いに行くつもりです」
「ありがとうございます。現場からは以上です」
モニターの映像は、ニュースメディアのスタジオに戻り、有識者とされる人物らがデモ活動についての意見などを述べていた。連邦政府のやり方がおかしいと、デモ団体に賛同する意見と、それに対して侵略者の脅威の為にやむ無しとする意見とが喧嘩腰に交わされている。
晴香は、大きな溜息をついた。
「良くないわね。今回の治験に影響が出なければ良いけど」
忠生は、再び咳き込んだ。はぁはぁと、息を整えて何とか喋ろうとしている。
「……俺もこんな身だ。ガミラスへの恨みはそう簡単には消えん。だが、一方で現実を見ることも必要だ。政府は、何でもかんでもガミラスの言いなりになっている訳じゃない。メディアの連中は、大局を見て判断している政府の意見もちゃんと取り上げるべきだ」
「そうね」
晴香は、モニターの電源を操作し、ニュース映像が消えた。
「荷物は片付けたわ。出発しましょうか、あなた」
「ああ。それにしても、一般人は火星の渡航制限がかかっている筈だが、あの連中いったいどうするつもりなんだろう?」
「一旦、忘れましょう。あなたは、治療に専念して」
同じ頃、ニュースメディアを放送していたスタジオ――。
「安孫子プロデューサー。今回の放送のリアルタイム視聴率、かなりいい結果が出ています。この抗議活動は、世界的に広がってますからね。視聴者の関心もかなり高いようです」
プロデューサーと呼ばれた細身の長髪の中年の男は、満足そうにしている。
「いいね。このまま、彼らを追っていこう。そうだな、密着取材を申し込もうか。私が、直接話をつけるよ」
「それはいい。かなり視聴率が稼げそうですね」
「連絡先を調べておいてくれないか?」
「はい、すぐに調べてお伝えします」
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。