「知っているか?フィン。」
「どうしたんだい?スヴェン。質問を投げかけるなんて君らしくも無い。」
とある部屋の執務室。豪華な机と椅子に座った金髪の美少年と、ボサボサな茶髪の青年が書類を睨みつけながら話をしていた。
「いやなに。白という色は200色あるらしいんだ。俺たちはそれらをまとめて白、と呼んでいるだけでな。」
「へえ、それは興味深いね。普段僕たちの意識してない部分か。」
「ああ。俺も1人の物書きとしてそういうところは大事にしておきたくてな。最近は注意してみるようにしているんだ。」
パラリ、と書類を捲りながら会話が続いていく。
「物書き、ね。本業は『冒険者』だろう?」
「個人的には物書きを優先したいところだがな。俺にとってはダンジョンなどネタを探す場所に過ぎん。」
「…それについて【ロキ・ファミリア】の団長として言いたいことはあるけどね。君は無駄にちゃんと仕事をしているから文句をつけづらいな。」
「そうか、意外だな。そう見えるのか、俺は。」
その言葉にふむ、と頷く彼─スヴェン。その様子にフィンと呼ばれた少年は眉根を顰めた。
「…どういうことだい?スヴェン。なにが言いたいんだ?」
「…話を戻すぞ。白、についての話だ。」
言いにくいのだろう。問い詰められるような、いや実際に問い詰められた彼は重々しく口を開いた。
「この書類を見ろ、フィン。真っ白だな。」
「…そうだね。真っ白だ。それもびっくりするほどにね。」
そう言って彼が突きつけてきたのは1枚の書類。上の表題には『ロキ・ファミリア決算書類』と書かれている。かなり重要な書類なのだろう。
「だよな。俺も驚いた。何せこの書類のギルドへの提出期限、今日までだろう?」
「………そうだね。」
ゆっくりとお互いに顔を見合わせると、机の上の時計を引っ掴むようにして確認する。その時刻は─13時。
「これはまずくないか!?フィン!間に合うかこれ!?担当者誰だよ!」
「担当者なんか後で探せ!今からならリヴェリアを呼べばいけるかもしれない!早く呼んで来るんだ!」
「そんなことしてる余裕あるか!?お前の机のベル鳴らせ!その方が早い!」
「そんなことしてみろ!暴走したティオネに荒らされるに決まってる!それならまだしないほうがマシだ!」
「否定できんなそれは!…ええい、窓から叫べ!それが一番早い!」
「なるほど!その手があったか!」
2人は連日の書類仕事に疲れていた。
なんの躊躇いもなく窓を全開にすると、第一級にまで上り詰めた身体能力を活かして全力で声を張り上げる。
「「リヴェリアーーーー!助けてくれーーー!!」」
「何事だお前たち!?」
この直後、怒鳴りながらも助けに来てくれた副団長、リヴェリアによってギリギリで書類が間に合ったとか。
「生きてる。俺。」
「よくやったよ、僕たちは…。」
「…本当になにがあったんだお前たちは。」
その日の夜。なんとか書類をまとめ上げた3人は、執務室で力尽きていた。最も育ちの良いリヴェリアはソファでぐったりしているだけだが、男2人はもはや死に体と言わんばかりに机に突っ伏している。
「…本当に誰だ、あの書類の担当。マジで潰してやる。」
「やめてくれよ?君の魔法は本当におっかないんだから。」
「うるさいぞ、フィン。俺のこの怨み、断じて晴らさずにいられるものか。今までに溜め込んだ魔法100種全盛りで叩き込んでやる。」
「やめんか馬鹿者。」
ベシッとリヴェリアが物騒なことを言い続けるスヴェンの頭を叩いた。同ファミリア、同職の上司部下である2人には絶対的な力関係が存在するのだ。
「全く…。最初にちゃんと確認をしておけばよかっただけの話だろう?それをしなかった時点でお前の責任でもある。理解しているんだろう?」
「…ぐうの音も出ない正論だね、リヴェリア。」
「ぐう。」
だからといって誰がそう言えと。
「誰がそんなこと言えと言った。」
同じように思ったのだろう。再びリヴェリアがスヴェンの頭を叩いた。ぐえっと声を上げて潰れるスヴェンを見下ろすと、リヴェリアが立ち上がる。
「ん?リヴェリアはどこかいくのかい?」
「ああ。部屋に帰って休む。明日からはレフィーヤの指導もあるしな。」
「そうか、頑張ってくれよ。」
未だに疲れ切った様相の2人に、リヴェリアがはあ、とため息をついた。どうもこのファミリアは書類仕事ができるものが少ない。事務員でも雇うべきなのだろうか、とまで彼女は近頃考えているのだ。
「全く…おい、スヴェン。疲れが取れないなら
「そんなことしたら
「いや、スヴェン。今やってくれ。僕は休みたい。」
リヴェリアからの許可を受けて、フィンが即座にキメ顔を作った。無駄に顔がいい分様になるのが腹立たしい。
「…仕方ないな。やってやろう。…こういう時には俺の魔法は燃費良くて助かるな。─【千の言葉。万の想い。その全てを今ここに紡ぎ出さん。全てを語り、全てを騙れ。─グリモワール】」
そう言って彼が虚空に手をかざすと、そこに光の粒子と共に、一冊の本が現れる。それを見てフィンは僅かに口笛を吹いた。
「お、やってくれるんだ。」
「…相変わらず妙な魔法だな。」
2人を無視してスヴェンはページを捲る。お目当ては目の前のエルフ、リヴェリアの魔法。
「えーと、どれだどれだ。確かこの辺りに…。」
ベラベラとめくっていたが、お目当てのページが見つかったのだろう。その魔法が載っているページを睨むと、そこに載っている詠唱を始める。
「おおー、流石になれてるね、スヴェンも。」
「まあ、私の魔法はあいつも唱え慣れているだろうしな。」
「───【ヴァン・アルヘイム】!」
ようやく詠唱を終えたスヴェンがそう締めくくると同時に、部屋が光に満たされる。その光が収まった時には、部屋には1人の半死体と2人の健康な男女がいた。
「流石はリヴェリアの魔法。効き目がいいね。」
グリグリと肩を回すフィン。その様子に先程までの疲れ切った様子は見られない。
「とは言え、スヴェンの魔力あってのことでもあるだろう。日頃の鍛錬の成果が出ているな。」
瞠目して頷くリヴェリアもまた、満足した様子。後進が育つのは彼女にとって嬉しいことなのだ。
「………」
そして疲弊した状況で魔法を使ったために力尽きたスヴェン。彼はもはや突っ伏してピクリとも動かない。ただの屍のようだ。
三者三様。まさにその言葉通りの様子であった。
「……スヴェンはどうだ。」
動かなくなった(生きてはいる)スヴェンに毛布をかけながらリヴェリアがフィンに尋ねた。彼女とフィンは『オラリオ』最大派閥の団長と副団長。どうしても部下の様子は気になるのだ。
「すごくいいと思うよ。仕事はするし、規律は乱さない。周りとの協調性もそこそこにある。…まあ、蔵書が多いし行き詰まった時の奇行は時々苦情がくるけど、そのくらいだろうね。」
スヴェンという人物は、冒険者であるにもかかわらず、ダンジョンをネタの宝庫としか考えていない、自称『物書き』である。そのために、彼はしばしば小説絡みでの問題を起こすことがあった。……まあ他の若手たちに比べるとそんなもの些細なものなのだが。
「そうか。ならいい。…こいつ以外にも書類仕事ができる若手を増やさねばならんな。」
「だね。そろそろラウルにも本格的に教え込もうと思ってたし、丁度いいかな?」
「あいつはあいつでスヴェンを次期団長にしようとしているらしいがな。…スヴェンはそういうのに向いていないんだがな。」
「仕方ないさ。年も近くて仲もいいのに実力差は歴然。そうなると劣等感が生まれるのも仕方ないのさ。」
スヴェンはその特異な魔法も相まって極めて高い戦闘能力を有する。同世代でも、そんな彼に引け目のある人物は多いのだ。
「…そういうものか。」
「そういうものさ。ま、とりあえず今の僕たちにできるのは若手を育てることだけ。お互いにそこを頑張るとしようか。」
「そうだな。そうしよう。」
力尽きた1人の若者を囲むようにして、付き合いの長い2人はこれからの話を紡いでいく。
オラリオの、ロキ・ファミリアの夜はまだまだこれからだ。
スヴェン
ロキ・ファミリア所属の後衛魔道士。レベル6。【グリモワール】は彼の魔法。
フィン
ロキ・ファミリア団長。少年のようだがアラフォー。
リヴェリア
ロキ・ファミリア副団長。年齢不詳のエルフ。スヴェンの直属の上司。