千の言葉を紡ぐ者   作:チキンうまうま

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超凡夫①

 ラウル・ノールドは後悔していた。どうして自分はこの道を通ってしまったのだろう。真昼間から彼は真剣にそう思った。

 

「………なにしてんすか?スヴェン先輩。」

 

 その状態でも彼は目の前の先輩─スヴェンに声をかけざるを得なかった。彼はなにかと周りの面倒ごとを背負い込む性分なのである。

 

「……ふぁんだ(なんだ)ふぁふぁ(ああ)ふぁふるか(ラウルか)。」

 

 彼の目の前ではラウルの先輩、スヴェンが芝生に寝転がっている。─なぜか芝生をもしゃもしゃと食べながら。

 

「いや、なに?じゃないんすよ!なんでまたこんなことしてるんすかあんた!」

「ごくん。…いやなに、少し行き詰まってな。気分転換というやつだ。」

「気分転換で本拠(ホーム)の芝生を食べる奴がどこにいるんすか!?」

「ここにいるだろう。」

「そうっすねえ!」

 

 悲しいことにラウルはスヴェンの奇行に毎度のように巻き込まれているのだ。

 

「まあよく聞くんだ、ラウル。俺とて別に好き好んでこんなことをしているわけではないんだ。」

「でしょうね。もし好き好んでやってたら先輩との関係を考えるとこっすもん。」

「なんだお前、そんなことを言っていいのか?もう飯奢ってやらんぞ?」

「やっぱ誰だってそういうことをしたくなる時くらいあるっすよね。仕方ないっす。」

「よろしい。」

 

 ラウルとスヴェン。この2人に絶対的な力関係が生まれた瞬間である。

 

「まあそんなことはいい。ことの始まりはこの俺が連載に行き詰まったことだ。」

「…例のやつですか。」

「そうだ。『月刊 ダンジョンに生きる』。そこで俺は第一級冒険者としてコラムを書いていてな。」

「また地味に適任が他にいなさそうな役目っすよね…。」

 

 大体の第一級冒険者は多忙である。例えダンジョンに潜っていない日でも、ファミリアの運営に携わったり、ギルドの任務に駆り出されたりしているのだ。そんな中で、雑誌のコラムを好き好んで受けるやつはそうそういないだろう。

 

「ああ。悔しいが今回の連載は俺の実力ではなく、その立場あってのことだろう。そのことは理解しているが、それはそれとして俺は今回の連載に全力を注ぐつもりだ。」

「…そういうところはすごいと思うっすよ。」

 

 ラウルは素直に感心した。てっきりこの男なら『立場も実力のうちだぜがはは』とか言い出すかと思っていたのである。

 

「ああ。俺はまずここを認めねばならん。俺が作家として認められていないのはなによりも実力が足りていない、ということをな。…そこで俺は毎度毎度ネタを搾り出しているわけだが、今回はまずいんだ。」

「まずい?なにがっすか?」

「ああ。話すと長くなるんだが…ここで話すのもなんだな。飯でも食いながら話さないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、本当に来てくれるのがお前のいいところだよな、ラウル。」

「いや、ここまで来たらそりゃ悩み聞くっすよ。俺も先輩には世話になってますし。」

「そうか…ありがとう。ならせめてここの代金は俺に出させてくれ。」

「正直期待してたっす。」

「そういうところだぞラウル。」

 

 2人が場所を変えたのは『豊穣の女主人』。ロキ・ファミリアでもしばしば贔屓にしている、オラリオでも人気の酒場である。ここは昼間ならかなりリーズナブルな値段で絶品料理が味わえるのだ。

 

「…ああ、リュー。ボンゴレパスタとシーフードピザとオムライスとシーザーサラダとドリアを頼む。全部大盛りで。ラウルはどうするんだ?」

「あ…俺はこのトマトパスタで。…先輩、あの店員さんと知り合いなんすか?」

「まあな。昔からの知り合いだ。それに俺がこの店に週何回通ってると思っている?」

 

 近くにいたエルフの店員に手早く注文を済ますと、スヴェンはラウルの方へと向き直る。その瞳のいつになく真剣さに、ラウルは思わず背筋を伸ばした。

 

「…で、だ。俺も作家の端くれ。絶対につまらない文章を書くやつだとは思われたくない。冒険者が強いと思われたいのと同じだ。」

「なるほど。わかりやすい。」

「ああ、…だが、今回はテーマがテーマでな。」

 

 そう言ってスヴェンはその端正な顔を歪ませる。ロキの趣味でファミリアには顔のいい男女が集まるが、その中でもこの男は知性あるイケメン、という方向でならかなり上に入るだろうとラウルは踏んでいた。

 

「テーマ?なんなんすかそれ。」

「今回の雑誌のテーマだ。…それが『冒険者の恋愛と結婚』でな。正直俺にはとんと見当がつかん。」

「れんあいとけっこん」

 

 つい復唱してしまった。なんというテーマなのか。

 

「そうなんだ。…お前も知る通り、俺には恋人がいたことがなくてな。どうしようかと困っていたところなんだ。」

 

 少し恥ずかしげに語るスヴェンに、ラウルが驚いて聞き返した。と、いうか、恋人がいないという事実自体が初めて聞くものである。

 

「…え?先輩彼女いたことないんすか?ガネーシャ・ファミリアの幼馴染って恋人なんじゃなかったんすか?」

「アーディか。あいつはただの幼馴染だぞ。そういう関係になったことはない。そもそもお互いにそういう目で見てもいないだろうしな。」

 

 遠くから聞こえる皿の割れる音を背景に、2人は話し続ける。

 

「いや、あの【象神の詩(ヴィヤーサ)】っすよ!?ガネーシャ・ファミリアのアイドルっすよ!?」

「だとしても、だ。俺たちが何年の付き合いになると思っている?そもそも俺は初恋の相手に自分の手で引導を渡しているし、あまりにもそういうことに縁がないんだ。」

「いまさらっととんでもないこと言いませんでした?」

 

 少なくとも昼間から水の入ったグラスを傾けながら言っていいことではないことは間違いない。

 

「気のせいだ。…まあとにかく、そのせいで俺は困り果ててな。『こんな思いをするなら子兎にでもなってしまいたい』とまで思ったわけだ。」

「はあ…。え、まさか、それで?」

「ああ。子兎になるならまずは言動から。とりあえず芝生を食べてみたんだ。……びっくりするくらいまずかった。リアリティの追求、という意味ではある意味味を見ておいて良かったのかもしれん。」

「んなわけないでしょう…!」

 

 ここにきてラウルは深く後悔した。自分はなんて変人に捕まってしまったのか、と。

 

「…いや待て。ここはお前に聞けばいいのか。」

「は?なんでっすか?」

 

 思いついた、とばかりにとんでもないことを言い出したスヴェンに、ラウルが目を丸くする。割といつものことだが、この男の言動はラウルにとって予想つかないものが多いのだ。

 

「?なにを言っている。お前とアキの話だ。付き合っている、とまではいかなくてもいい感じにはなっているのだろう?それを聞かせてくれ。」

「なにを言ってるんすかあんた!俺とアキはただの同期で同僚っすよ!」

 

 話題に上がったのはアナキティ・オータム。彼らと同じファミリアに所属する大層美人な猫人(キャットピープル)。本人たちからは否定されているが、何かとアキとラウルはニコイチで数えられることが多いコンビだった。

 

「なんだと?…まあいい。それでも俺よりはマシだろう。ほらキリキリ話せ。」

「なんでっすか!話すことなんてないっすよ!」

 

 そう言って抵抗するラウルに、スヴェンはそれはそれは綺麗な笑みを浮かべた。

 

「いいのか?お前が抵抗するなら俺にはここの飯代を払わない、という選択肢もある。今財布持ってるのか?お前。」

「…なんて、悪辣な…!」

 

 ホームを歩いていたところを連れてこられたラウルは確かに財布を持っていない。しかもこの店で食い逃げなんぞしよう者は間違いなく殺される。なんてことを言ってくれるんだ、この男。ラウルは心底この男に話しかけたことを後悔した。

 

「なに、そんな顔をするな。ただお前は最近あったことを教えてくれればいい。…な、そうだろ?………言っておくが、話すまで俺はお前を解放しないと思え。」

「…悪魔っすかあんた…!」

「いい記事を書くためなら俺は悪魔にでもなろう。」

 

 そう言って笑う男が、ラウルにはこの世の何よりも恐ろしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、スヴェンだー!おーい!」

「ああ、アーディか。久しぶりだな。」

「うん、久しぶり!そうそう、あの記事読んだよ!」

「そうか、どうだった?」

「んっとねー、あれ、スヴェンの実体験?妙にリアリティあったけど。」

「いや?後輩から尋も…取材しただけだ。どうした?」

「ふーん…。私には聞いてくれないんだ?」

「…え?そもそもお前恋愛経験あるのか?俺今までお前の彼氏とか聞いたことないんだが。」

「…………」

「…………え、なにこの沈黙。」

「スヴェンの馬鹿ー!」 

「はぐわあああああ!?」




ラウル
 超凡夫。器用有能とは彼のこと。

アーディ
 僕はあの結末を認めません。

スヴェン
 紅葉食らってロキに大爆笑された。
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