千の言葉を紡ぐ者   作:チキンうまうま

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大切断①

 

 深夜のロキ・ファミリア。スヴェンはそのとある一室にて、机に向き合っていた。その右手には万年筆が握られており、カリカリと音を立てて紙にその想いを刻み込んでいく。

 別に彼は好き好んで夜に執筆を行うわけではない。ただいいネタが思い浮かんだために、寝る間も惜しんでその熱を冷まさないようにしているのだ。ネタは鮮度が命。これは彼のポリシーだった。

 

 そして小一時間は経っただろうか。ようやくいいところまで書き終わったスヴェンが眼鏡を外し、目を揉んだ瞬間に『それ』は来た。

 とっとっとっと軽い足取りが聞こえたかと思うと、急に扉が開かれる。そこから顔を出したのは1人のアマゾネスの少女。

 

「スヴェーーン!なんか本貸してーー!」

「ティオナ…。ノックくらいしろ。」

 

 ノックの一つもせずに入って来たのはティオナ・ヒリュテ。スヴェンの読者の1人である。

 

 

 

 

 

 

「というか、いいか?ティオナ。そもそもだがな、深夜に男の部屋に1人で来るんじゃあない。俺以外だと手を出されるぞ?」

「大丈夫大丈夫。あたしがこんなことするのスヴェンくらいだから。」

 

 なにが大丈夫なのかはわからないがとりあえずスヴェンはこの少女に(筋力的な意味で)手を出せないから確かに問題は無いのかもしれない。

 

「……それ本当に他の奴に言うんじゃ無いぞ。現実(リアル)の女を諦めた俺ならともかく、ラウルあたりは勘違いしかねん。」

「だから言わないって。」

 

 スヴェンの部屋の大量の蔵書を漁りながらティオナはおざなりに返事をする。大量の本があるこの部屋は、読書家にとっては暇つぶしに最適なのだ。部屋に入ってすぐ彼女は欠片も整頓されていない本棚に向かうと、その中をいじり回すのである。

 

「荒らすな、ティオナ。それでも整頓している。」

 

 嘘をつけ。

 

「こんなに汚いのに整頓してるわけないじゃん。なに言ってんの?」

「俺にだけわかる置き方だ。他人には理解できんだろうがな。」

 

 整頓してないやつはみんなそう言うんだ。

 それを知っているのだろう、ティオナは彼の発言を無視して、お目当ての本を探し始める。

 

「おい、だから漁るなと…、いつもの英雄譚なら場所を変えたからそこじゃない。その上だ。」

「あ、本当だ。え、本当に整頓してるの?」

「当然だ。蔵書の管理は持ち主の義務だからな。」

 

 …本当に整頓した結果なのかも知れない。そう言って得意げに彼はメガネを押し上げるが、実はしばしば『資料が無い!』と叫んでいるのは内緒である。

 

「ふーん…、ていうかさ、スヴェンなんで起きてんの?もう2時だよ?」

「そうか。その言葉、そっくりそのまま返してやろう。お前こそ寝ないのか若いのに。肌に悪いぞ。」

「あたしは今日ガッツリ昼寝しちゃったからさー、目が冴えてんだよね。」

 

 そう言ってペラペラと彼女が捲る本の名は『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』。多くの英雄の生き様を綴った名作である。今なお多くの訳本が出ており、スヴェンはそのほとんどを所持していた。

 

「お、やっぱこれ見たことない人だ。新しく買ったの?」

「ああ。有名な先生が訳していたのでな。つい買ってしまった。ちょっと高かったが幸い臨時収入もあったもんだから大人買いというやつだ。」

「モンスターを臨時収入って言うのはやめなよ。仮にも冒険者なんだしさ。」

「本職は物書きだ。収入比率をさておけば、の話ならな。」

 

 実際、まだまだ駆け出しであるスヴェンの原稿料は低い。そのために彼はネタ探しを兼ねてダンジョンへと潜るのだ。…その際、流石は第一級冒険者。たったの2.3日で数百万ヴァリスを稼いでくるのだが、それでも彼は本業は物書きだと言って憚らない。

 

「ふーん、あたしはよくわかんないなー、そういうの。」

「ならお前も書いてみればいい。丁度コンクールがあるから、出してみたらどうだ?」

「やめとく。途中で飽きそうだし。…てか、スヴェンが起きてたのってそのコンクールに出す原稿書くため?もしかしてあたしすごい邪魔?」

「いや?どうせ今夜は切り上げているからな。別に構わんぞ。」

 

 そう言って彼はすっかり冷めきったコーヒーを啜る。元は執筆作業のお供として眠気覚ましに用意していたものだが、今ではそれはティオナの話し相手を務めるためのものとなっていた。

 

「そっかー…。てかさ、スヴェンが今書いてるの見せてよ。どうせいい感じに書けたんでしょ?」

「…まあ、構わんが。汚すなよ。」

 

 そう言ってスヴェンが書きかけの原稿を手渡すと、ティオナは勢いよくそれを引ったくるようにして手に取った。

 

「わかってるわかってる。大事に読むよ。」

 

 そう言って読み始めたティオナが、数分後に突然ポツリとつぶやいた。

 

「…あたしさ、スヴェンの書くお話好きなんだよね。ちゃんとみんながハッピーエンドになるからさ。」

「それが俺のポリシーだからな。『せめて本の中だけでも誰もが幸せな物語を』、それが7年前に俺が立てた誓いだ。…って聞いてないのか。」

 

 どうやら独り言だったらしい。ティオナが聞いていないことに気づくと、スヴェンは小さく肩をすくめた。そのまま小さなあくびを一つ。どうやら夜更かしをしすぎたらしい。

 

「…ティオナ。すまないがもう帰ってくれ。俺は寝たい。原稿は貸してやるから明日にでも返してくれ。」

「んー…もうちょっと。」

「それでお前がちょっとで済んだ事はないんだよ。」

 

 まったく、と言いながらも彼は諦めたのか深くソファに腰を沈めた。どうやらただ言ってみただけだったらしい。暇なのか、そのまま小さく()()を開始する。

 

「【我が手中にあるは不変の財、不毀(こわれず)の宝。無限の蔵、時駆ける船。この世の全てを喰らうもの─『エニグマ』】」

 

 そう言った彼の手に、真っ黒な装丁のされた大きめの本が現れる。それを彼は掴み取ると、無造作にページを開いた。

 

「…これでいいか。」

 

 ぼそっと呟くと、彼は本の中に手を突っ込んで、中から一冊の文庫本を取り出した。いつでもどこでも読めるように【エニグマ】の中に仕舞ってあるこの本は彼のお気に入りなのだ。

 黙って原稿を読み続けるティオナを尻目に、スヴェンもまた、本の世界へと沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめだ、俺はもう限界だな。シャワーだけ浴びて寝るとしよう。」

「あたしもシャワー入る…。まさか2人して夜通し本読んじゃうなんてね…。」

「仕方ない。一冊読んだら変に目が冴えてしまったのが我々の運の尽きだ。」

 

 翌日の早朝。ティオナとスヴェンはホームの廊下をふらふらと歩いていた。その目元にはクマができており、誰がどうみても一睡もしてないのが明らかである。

 

「…どうだった?俺の小説は。」

「よかったよ?ただ回りくどいところがあったからそこだけなんとかしたほうがいいんじゃない?」

「そうか。なら見直すとしよう。…一眠りしたら、な。」

 

 話しながらも廊下を歩いていく2人。だが、圧倒的に動いていない彼らはとあることを忘れていた。

 そもそもロキ・ファミリアはほぼ全員が冒険者。そのため朝が早いものが多いのである。つまり、早朝から連れ立って歩く2人はそれなりに目撃されたと言うことだ。そして、だが今の彼らの状況とは、

 

 1、2人は22歳と17歳。決してあり得なくはない歳の差である。

 2、両者共に第一級冒険者。割と普段から仲が良いことも知られている。

 3、目の下のクマ。昨晩全く寝ていないことは明らか。

 4、その割には元気。

である。

 

 …それなりにお年頃も多いこのファミリアで、そんな2人が早朝から「シャワー」などと口走っているのを聞いた団員の心境や如何なものだったか。要は、「え?あの2人そんな仲だったの?」である。

 

 

 

 目撃者の誰かから生まれたこの噂が巡り巡ってこのことがロキ・ファミリアに激震をもたらすのはこの数日後の話。

 ついでにこの件はガネーシャ・ファミリアにも飛び火したとかなんとか。

 

 

 

「ティオナ!?ティオナなの!?友達だと思ってたのに!」

「違うってアーディ!本当になにもしてないからぁ!」

 

 そこには荒れ狂うショートカットの冒険者と、それを必死に宥めるアマゾネスがいたとかなんとか。当事者の男?ああ、ガネーシャ・ファミリアの団長に連れていかれたよ。生きているといいね。

 

 

 




【エニグマ】
 スヴェンの魔法。大型の図鑑くらいの本を召喚し、その中に自在にものを放り込むことができる。最大収容個数は本のページ数、現在では150ページくらい。本の大きさよりも大きいものは入れられない、と言う制限がある。

ティオナ
 かわいい。

スヴェン
 後衛なので耐久がゴミ。この後アマゾネスの姉の方からもボロ雑巾にされた。誤解なんです。
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