その日のロキ・ファミリアには朝からズッダンズッダンという音が響いていた。そのせいで誰もが一瞬は「何だこの音は?」と思うのだが、その音の出どころを知るや否や即座に対応を変える。「ああ、またあいつか」、と。
「……いや、それでほっといていいものなんすか?これ。」
「ならラウルが行きなさいよ。あたし嫌よ?スヴェン先輩に変に絡まれるの。」
朝から鳴り止まない音楽を無視して団員たちが平常運転で動き始める中、残念なことに一般的な感覚を持つラウルだけはこの状況に疑問を抱いていた。
「それも嫌っすけど…今ベートさんとかいないんすかね?あの人いたら速攻殴り込んでくれそうなんすけど。」
「昨日からダンジョン潜ってるらしいわよ。こないだからリヴェリア達もファミリア離れてダンジョン潜ってるし、そりゃ誰も先輩を止めないわよね。」
そう言ってラウルと話していた
「ま、ネタが湧くか眠くなったら止まるでしょ。それまでの辛抱よ。」
「だといいんすけどねぇ…。」
話しながら2人もまた他の団員にならってダンジョンに潜る準備を始める。せめて自分達は巻き込まれないように、そう願いながらファミリアをいち早く離れようとしているのだ。
既に巻き込まれた人がいる、なんてことを思わないまま、彼らは自分の身を守ろうとするのだった。
「…………………。」
アイズ・ヴァレンシュタインにとってスヴェンという人物は何かと付き合いの長い兄貴分である。それこそファミリアに入った時以来なのだから10年とまでは行かなくても人生の半分は行動を共にしている仲。彼もまた幼少期よりリヴェリアに育てられたこともあり、昔から自分を可愛がってくれた人物でもある。つまりはファミリアでもトップクラスに頭の上がらない人物、ということだ。
「…………………。」
だからこそ信じたくなかった。
「フッ…!フッ……!!」
「もっとや!もっとキレを意識するんや!」
「ああ、任せろ!」
「ええで!その調子や!……アイズたん!タンバリン止まっとるで!」
「…………うん。」
何でこの人は朝からズッダンズッダンと踊っているのだろうか。そしてなぜ自分はそれに巻き込まれてタンバリンを叩き続けているのだろうか。
「ええでええで!いい感じや!…その勢いでなるんや!ギャング・スターに!」
なって一体どうするつもりなのだろうか。スヴェンは冒険者どころか小説家ですらなかったのだろうか。と、いうかガネーシャ・ファミリアと仲がいいのに反社会勢力になってどうするつもりなのだろうか。
考えることをやめた頭のまま、アイズは静かに天井を眺めるのだった。
「も、もう限界だ…。すまない、ロキ。今日はここまでにしよう。」
「お?もう終いか?…まあこんな時間やしな。無理するわけにはいかんしこんなもんでええやろ。アイズたんもありがとね。」
「…あの、なんでスヴェンはいきなり踊り出したの?」
時計の針が11時を指す頃、ついにスヴェンの体力に限界が来た。床に倒れ込む彼を見て冒険者のくせにその程度で音を上げるのか、とアイズは一瞬思ったが、机の上の原稿用紙の束を見てその考えを改めた。どうやら原稿を徹夜で仕上げたあと、ノリと勢いで躍り続けていたらしい。そのせいで身体、というよりも心の方が限界を迎えたのだろう。アイズはそう結論づけた。
「…ああ。俺が急に躍り出した理由か。大した理由ではないんだがな。」
床に倒れ込んだ状態で、スヴェンが荒い呼吸のまま口を開いた。運動の後の汗のせいか無駄に爽やかな雰囲気を醸し出しているのが腹が立つ。
「そもそも俺がこの間ガネーシャ・ファミリアに遊びに行っていたのは知っているな?」
「うん。アーディさんのところだよね?」
「いやそんな『友達の家行ってきたわ』みたいな感覚で他派閥のホーム行かれても困るんやけどな?」
とりあえずロキの文句は放っておくとして、スヴェンが時折ガネーシャ・ファミリアのところへ遊びに行っているのは割と周知の事実である。彼が言うにはどうやらあの独特なセンスのホームを気に入ったとかなんとか。
「なら話が早い。で、だ。その日も俺はいつもの如くアーディとおやつを食べながら話したり本読んだりネタ出しをしていたわけだ。」
「やっとることがほんまに15年前から変わらんのよな2人とも。」
呆れるロキを無視してスヴェンの話は続く。
「その時だった。急に謎の音楽が『アイアム・ガネーシャ』の中にかかったのは!」
『アイアム・ガネーシャ』とはガネーシャ・ファミリアのホームの名前である。
「音楽ぅ?それがどないしてん。」
「ああ。俺も驚いたんだがな、その音楽がかかった途端、アーディが楽しそうに踊り出したんだ。」
「「………は?」」
あまりにも予想のつかない展開に、思わずアイズとロキの声が重なった。一体スヴェンは何を言っているのだろうか。
「言いたいことはわかる。だがな、これは事実なんだ。そして急に躍りながら移動し始めたアーディを追って俺が見たものは…!」
「ま、まさか!」
「そうだ!音楽に合わせてファミリアの全員が楽しそうに踊っているところだったんだ!あのシャクティさんですらがだぞ!」
「シャクティですらか!」
「そう!シャクティさんですらがだ!それも満面の笑みでだ!」
シャクティ・ヴァルマ。ガネーシャ・ファミリアの団長にしてスヴェンの幼馴染、アーディの実姉。現在独身。妙齢の麗人、子供(妹)がいる、独身という共通点からかリヴェリアと仲の良い人物でもある。
基本クール、と言うか冷静な彼女が音楽に合わせて踊る、と言うのはアイズにもロキにもちょっと想像ができなかった。が、スヴェンがここまで言うなら本当なのだろう。思わず出てきた生唾を飲み込みながら2人はそう思った。
「驚くのはここからだ!俺はただその踊りを眺めていたと思っていたが、気がつけば俺もその中に加わって踊っていた。…何を言っているのかわからんと思うが俺も一体何でそうなったのかが全くわからなかった。…ただ催眠術とかそんなチャチなもんじゃないと言うのは確かだ。全く…恐ろしいものを味わったものだ。」
「…それ、ほんとに恐ろしいの?」
聞く限りではまあまあ楽しそうである。
「気がつけばよくわからん踊りを踊っている、と言うのはなかなかに怖いぞ。で、だ。話を戻すと、躍り終わった俺はこう思ったわけだ。」
「お?なんや?」
そこで一度スヴェンは言葉を溜めた。キリッと普段よりも遥かに真剣そうな眼差しで2人を見据え、口を開く。
「これはネタになる、と」
「…いや、結局そこなんかい!」
ロキ、吠えた。それはそれはきっちり吠えた。そして大声こそ上げなかったが『近くにいたから』、と言う理由で巻き込まれたアイズもそう思っていた。コクコクと首肯して同意を示す。
「当たり前だろう。何で俺がわざわざネタにもならんことをせねばならんのだ。」
「いや、急に朝っぱらから人の部屋殴り込んできて『ダンスのレッスンだぜロキ!』とか言われたらなんか事情があるんかなって思うやん普通!いやまあ何も聞かんと着いてきたウチもウチやけどな!?思ったよりいつも通りやったんやな自分は!」
「それはそこで理由を聞かなかったロキの落ち度だな。俺がネタになるかどうか以外で動くかどうか。ロキはまずそこを判断すべきだったな。」
意外とロキも巻き込まれた側だったらしい。食ってかかるロキにしゃあしゃあと言い返すスヴェンを眺めながら、アイズは呆れかえっていた。
「ああ、アイズ。巻き込んですまないな。お礼、と言うのも何だが飯でも奢ろう。それが他に何かして欲しいこととかあるか?」
「して欲しいこと…。」
急に話しかけられてふむ、と考え込んでしまう。いっぱいのじゃが丸くん?悪くないけど自分でもできる。高いご飯?興味ない。武器?もうある。むむむ、とちょびっとだけ考えた後、閃いたアイズが口を開いた。
「…あ、ある。スヴェンにやって欲しいこと。」
「お?なんや?言ってみ言ってみ?」
「なんでロキが言うんだ…?まあいい、言ってみろ。俺にできることなら全力を尽くそうじゃないか。」
滅多にない妹のお願いに目を輝かせるスヴェンに、アイズはその『お願い』を告げた。
「うん…。私と一緒にダンジョン、来て?今から。」
「……うん?」
「…おっと?」
予想と違いますが?みたいな顔をする2人にアイズはなおも続ける。
「スヴェンのせいで朝からダンジョン行けなかったから。その分。荷物持ちと回復魔法、お願い。今から。」
「あの、アイズ?俺今ちょっと体調やばいんだが…?明日ではダメか?」
「今すぐ。」
「あ、はい。」
普段よりも遥かに強い意思表示を示すアイズに、スヴェンが諦めた。ヤバくないかこれは、と呟きながらよろよろと立ち上がる彼の肩に、ポンと手が置かれる。
「…なんだ、ロキ。俺は今から死地に向かうんだが。」
「ドン☆マイ!」
「……貴様ああ!」
死相を浮かべたスヴェンに対してロキはそれはそれはいい笑顔を向けた。これは決して安眠を妨害されたことに対する恨みからではない。決して。
そのままポコスカと殴り合う2人を置いて、アイズはスヴェンの部屋を出て自室へと向かう。ダンジョンへと向かう準備をするのだ。
「…スヴェンのできる範囲で潜らないと。」
むん、と小さくやる気を込めながら、アイズは廊下を歩いて行った。
ガネーシャと言えばインド。インドと言えばダンス。これは古事記にも書いています。
アイズ
かわいい。強い。
ロキ
関西弁が変だったら教えてください。
ポコスカと殴り合う2人
不思議な力が働いているので2人は殴り合っても無傷です