千の言葉を紡ぐ者   作:チキンうまうま

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疾風 ①

 

「俺の嫌いなものを知っているか、ラウル。」

「なんすか?作品をこき下ろしてくる評論家ですか?」

 

 某月某日。スヴェンは拠点(ホーム)の一室で、眉間に皺を寄せて紙束と睨めっこをしていた。そんな彼の近くには、悲しくも巻き込まれたのだろう後輩、ラウルもまた同様に紙をその手に持っている。

 

「否定はしない。だがな、この俺の最も嫌いなものは…」

「は?」

「したくもない仕事だ!特にこんな遠征前の事務処理など反吐が出る!」

 

 そう吐き捨てて、スヴェンは紙束を机に放り投げた。ちゃんと物理的に纏められていなかったために当然のように散り散りになる書類を見て、ラウルはため息をついた。こうなったら愚痴に巻き込まれるんだろうな、という確信が彼にはあったのだ。

 

「とか言いながらも毎回ちゃんとやってるじゃないっすか。正直今更感ありますよ。」

「それは違うぞラウル!いいか?俺は別に自発的にしているんじゃない!他に当てがないからやらされているだけだ!」

「当てがない…まあ、否定はしませんけど。」

 

 そう言う彼らの脳裏には、現在の第一級冒険者達、つまりは幹部陣の顔が浮かんでいく。その中で団長であるフィン、副団長であるリヴェリアはともかくとして、最古参のはずのガレスはこういった仕事に欠片も向かず、それは同様に古参であるアイズも同様。ベートは書類仕事を嫌い、ティオナは細かい仕事ができない。ティオネはいたらフィンの負担が増える。ことごとくが脳筋という、悲しい現実なのである。

 

「だろう?だからこそ俺は今回お前を巻き込んだわけなんだが…。」

「なんで!?なんでそうなったんすか先輩!?」

「そんなもの俺が仕事を抱えている時にお前が暇そうなツラをしていたからだろう。恨むなら俺ではなく、ノコノコと俺の前に現れた自分を恨め。」

 

 これはひどい。パワハラかなにかか?

 

「クソだ!この人性格クソだ!」

 

 なお、巻き込まれた時にラウルは精一杯の抵抗をしているのだが、悲しいかなステータスの暴力で抑え込まれてしまっている。例えラウルがオールマイティ型の前衛でスヴェンが後衛といえど、レベル2つの差はあまりにも大きかった。

 

「今更だな。散々俺に巻き込まれておいてまだその境地に至っていなかったのか。」

「自覚あるクソ野郎!?一番厄介なやつじゃないっすか!!」

 

 悲しそうな声を上げるラウルを軽く鼻で笑うと、スヴェンは地面に落ちた書類を拾い上げた。どうやら作業を再開するつもりらしい。

 

「はは、なあにそう言うな。無事に終わったら飯の一つでも奢ってやる。『豊穣の女主人』でいいな?」

「あんたマジでそこしか行かないっすよね。まあ美味いし別にいいっすけど。」

 

 なお、その店は店主の意向で夜のメニューはなかなかのお値段をすることで有名である。まあなかなかのお値段とはいえ、第一級冒険者にとっては余裕で出せる金額なのだが。

 

「ならいいじゃないか。ほらとっとと終わらせるぞ。」

「はいっす。…ところで、先輩。」

「?なんだ?」

 

 再び書類に目を通したスヴェンに、これまた書類に視線を落としているラウルが口を開いた。

 

「飯屋のレパートリー少ない男はモテないっすよ。」

「マジで潰すぞお前。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、後輩を潰したと言うわけですか。」

「人聞きの悪いことを言うな、疾風(リオン)。」

 

 その日の夜。どうにか半死半生、と言った体ではあるが書類を終えた2人は、『豊穣の女主人』へとやってきていた。オラリオ屈指の名店として知られるこの店は、今日も多くの人で賑わっている。

 

「これは潰したんじゃない。勝手にバカスカ酒飲んで潰れたんだ。だから俺は悪くない。」

「…止めていないのなら同じなのでは?」

 

 はあ、と一つため息をついて、給仕のエルフ、リュー・リオンは彼の前に水の入ったグラスを置いた。そんな彼女の側には小さな箱が一つある。

 

「と言うか、私をその名前で呼ばないでください。」

「…別に誰も聞いてないと思うが。」

「それでも、です。シル達に迷惑をかけたくはありませんから。」

 

 リオン。スヴェンは、いやスヴェン()はかつてリューのことをそう呼んでいた。今ではその名で呼ぶことを基本的にはやめているが、それでもこう言った場面で話していると、彼は自分のことをそうやって呼んでくるのだ。

 

「……相変わらず真面目だな、お前は。」

 

 まるで、あの頃を懐かしむかのように。

 

「そうですか?」

「そうだ。まあ真面目なだけじゃなくてお前はあの頃から頑固でめんどくさい奴だったが、本当に変わらん。」

「…怒られたいんですか?」

 

 そう言われてリューはスッとその目を細めた。彼女の中で、スヴェンは数少ない『雑に扱ってもいい相手』枠なのだ。

 

「やめてくれ、本当に。お前に殴られたら吐く。」

 

 そして睨まれたスヴェンはノータイムで降参した。かつて肩を並べたこの友人の強さはよく知っているし、なにより当時何度も怒らせては打ち込まれた拳の重みは彼の中に恐怖として刻み込まれている。

 

「ならそんなことは言わなければいいでしょう。相変わらず一言多いんです、あなたは。」

「…この間同じことをアーディにも言われたが…そんなにか?」

「そんなにです。…話は変わりますが、あなたに頼みがありまして。」

「なんだ?」

 

 スヴェンは油断していた。それはきっとエールと、そして美味しい食事のせいだろう。ほろ酔いで、ご機嫌な彼には悲しいことに危機察知能力が欠如していた。

 

「試食をお願いしたいんです。」

「へえ、試食を…なに?」

「ですから、試食です。」

 

 そう言って彼女は側に置いていた小さな容器を手に取った。それは弁当箱。スヴェンよりも小さなその手で握れるほどの、小さめの木製のお弁当箱であった。

 

「はっはっは…試食、試食か…。先に聞いておくが今回は何を作った?」

 

 側から見れば美女の手作り料理を味わえる幸せ者なのだが、彼の背中からは冷や汗が止まらない。彼の内心は、ただただ恐怖に支配されていた。リューの持つ可愛らしいサイズの弁当箱は、彼の目には深層のモンスターよりも禍々しいものに映っている。

 

「今回はパスタです。」

 

 リューはそう言って蓋を開けた。深淵かと思われるほどに真っ黒なパスタらしき何かが現れると同時に、形容し難い臭いが店内に溢れ出る。もうこの時点でスヴェンは逃げ出したくなっていた。

 

「パスタ、そう、パスタか。そうか、今回は黒いしイカスミパスタだな?」

「いいえ、普通のボンゴレパスタです。あなた好きでしょう?」

「……ああ、ボンゴレパスタは好きだな。確かに。」

 

 何故だ。何故イカスミを使っていないパスタが黒くなるんだ。そしてこの臭いの原因は海鮮に由来するものだったのか。通りで臭うはずだ。オラリオ育ちである彼には海は馴染みが薄く、だからこそこの臭いは耐え難いものだった。

 

「でしょう?さあ、食べてみてください。」

 

 そう言ってリューはパスタをスヴェンへと押し出した。異様な存在が、いよいよ彼へと突きつけられる。

 

(誰か!誰か助けてくれ!?)

 

 まさに絶対絶命。そんな彼は全力で助け舟(生贄)を探すが、第一候補(ラウル)は潰れたままだし、店員達は全員素知らぬ顔をして仕事に励んでいる。薄情な奴らだ。今度差し入れと称してクソまずいジュースをくれてやろう。ミア店長だけは目を合わせてきたが、お前がやるんだよ、と言わんばかりに顎をしゃくってきた。スヴェンを生贄にする気満々である。

 

「…食べてくれない、のですか?」

「いや、食べる!食べるとも!いやあ楽しみだ!」

 

 なかなか食べようとしないスヴェンに、リューは悲しげな顔をした。そしてスヴェンは、旧知の友人の悲しいことにそんな顔を無視できるほど外道ではなかった。

 

「…いただきます。」

「ええ、どうぞ。」

 

 リューが見守る中、スヴェンはとうとうパスタらしき何かへと口をつけた。

 

 

 そして次の日彼はトイレと親友になった。

 

「…スヴェン?大丈夫?」

「大丈夫ではない。ないが、流石にリオンのあの顔を見ては断れなかったんだ…。」

「そっか…。胃薬とかいる?」

「頼む。…いつもすまないな、アーディ。」

「それは言わない約束でしょ?」

 

 





リュー
 かわいい!強い!最高!

スヴェン
 トイレは友達。敵じゃない。

ラウル
 貧乏くじギリ回避。おめでとう。
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