ぼっち・ざ・りたーんず! 作:百合原理主義者
その日の私たち4人はプロデューサーさんから呼び出され、事務所の一室に集められていました。
「みんなで集まるってことは新しい仕事でしょうか? 私はこの後に雑誌の撮影があるから時間はそう取れないはずですけど……」
「今度は何だろうね、とにかく集まるようにだけ言われたから、詳しい話は聞いてないんだよね」
「最近仕事の量多くない? これから取材とか、めんどい……」
「……ここは叱りたいところなんだけど、確かにリョウには作曲もしてもらってるし、宣伝とかなら私でもやれるのは回してもらえるように、もう一度プロデューサーに掛け合ってみようかな」
ここ最近は皆がそれぞれの分野でバンドに貢献している姿を見ていた私は、少しでも自分にできることはないかと頭を巡らせます。
「わ、私もや、やれることします。……ろ、路上ライブとか?」
「ひとりちゃんには作詞っていう大役があるじゃない、ふふ、それに自慢みたいだけど今の私達が路上ライブとかしたら、かなりの大騒ぎになるんじゃないかしら?」
「あぅ……」
「甘いね郁代、そういうドッキリみたいなの時々ネットにあるけど、ちょっと普段と違う格好すれば、気づかれないんもんだよ……」
「いえいえ! 私達結束バンド! 音楽はもちろんですけど顔も結構売れてますよ!」
私の意見がやんわりと流された後、喜多ちゃんは目にもとまらぬ速さでスマホを操作して画面をこちらを見せてきます。
「ほら結束バンドで検索するとこんなに!」
突き出された画面を虹夏ちゃんとリョウさんが覗き込んでいるのを私は遠目で見守りました。
「エゴサじゃん……」
「そういいつつリョウもがっつり見てるじゃん」
SNS上のコメントや文章は、世の人たちに私達がどう思われているか、良くも悪くも生の感情を伝えてくるものです。
「あれ、ぼっちは見ないの?」
「わ、私、そういうのは自分の動画にコメントしてくれた人の奴だけとかにしてるんです……」
「へぇ、ぼっちちゃん意外と硬派だね」
「いえ、その手のものを見てしまうと、のめり込みすぎて何も手につかなくなるので……、正直ギターヒーローのコメント欄とかも1000回単位で見返してますし……」
「そ、そうなんだ」
「それに、わざわざ私達の音楽を見に来てくれた人たちのコメントはまだ治安はいいですけど、SNSとかの何気ない悪意のあるコメントを見たら1週間は寝込む自信があります……」
「うん! ぼっちちゃんは今のままでいいよ! アーティストは作品に熱意をぶつけた方が健全だね!」
「ぼっちとSNSは相性がいいようで悪いかもしれない……」
承認欲求は暴走寸前ですが、それで下手に恐ろしい言葉を目にしてしまったらと、恐れる私は薄目で画面を透かすだけで精いっぱいでした。
「うーん、そういうのをスルーするのもSNSでは大事だけど……、そうだひとりちゃん! なら私がみんなに対しての良さそうなコメントを読み上げるわ!」
そう言いながら喜多ちゃんは画面をスライドしていきます。
「じゃあ、虹夏先輩! えーと、〈かわいい、包容力がありそう〉〈やはりバンドのドラムは屋台骨、常識人感がライブから伝わってくる〉〈クラスのどんな奴にも挨拶をして男を勘違いさせる女感がある〉〈インナーマッスルありそう〉」
「お、おぉ……、って変なの混じってない?」
「リョウ先輩は……、〈イケメン、ミステリアスな雰囲気で彼氏に欲しい〉〈まさに完成されたベーシスト面、あのヒモ感のあるイケ顔はすごい〉〈たぶんだが金貸しから借りるより友人からお金を借りた方が利子がないからいいと素で思ってそうなツラの良さと厚さ〉〈顔が良い〉」
「フッ……」
「す、すごい、作曲とかもしてるはずなのに、ほぼ顔が良いことにしか言及されていない」
「ひとりちゃんは……〈美人だけど顔の表情がマジで一ミリの狂いなく同じ無表情で常人離れしている〉〈ラジオの情報によるとメンバーの喜多と仲が悪いらしい〉〈この人だけ話してる所を見た時がない〉〈おそらく技術的にギターヒーローのフォロワー、演奏法でリスペクトしてる部分が結構ある〉」
「あぁ……、うん、ぼっちはまぁ……」
「喜多ちゃんは良さそうなコメントを選んでそれなの」
「うっ……」
ちょっと話したこともあるんです。
ただなぜかその部分がカットされて……
「ご、ごめんなさい、でも上位の検索結果ってことはそれだけ参考になるかなって……、ここらへんで止めておきましょうか」
「いや、ここまで来たら郁代の評判も見ないとだめでしょ」
「そうそう、不平等! だから喜多ちゃんのも読んじゃうよ!」
虹夏ちゃんが脇から手をさっと出して喜多ちゃんのスマホを操作します。
「なになに……〈今のメイクのトレンドを把握したい時に聞くとすごく助かる〉〈結束バンドのオシャレ駆け込み寺担当〉〈公式とは思えない頻度と速度でリプが飛んでくる〉〈S社のコスメCMにでてた時、堂々と他社製品のファンデを解説し始めた時は怒られてないのかなと思った〉」
「うん、郁代はちょっとSNSから離れようか」
「えっ、CMのヤツ、これ大丈夫だったの……?」
「あ、あはは、……結構本気で怒られました」
そんな風に他愛もない会話をしていると、部屋のドアの方から人の近づく足音が聞こえます。
「やぁ君たち! 待たせたね!」
ドアを勢いよく開け放って部屋に入るプロデューサーさんは、喜色満面、分かりやすいほどに上機嫌でした。
「クク、君たちに仕事がきたよ」
いつものように勿体ぶりながら話すプロデューサーさんを私たちは何の気なしに見ていましたが、次にでた言葉を聞いて、私達全員は驚きます。
「Nステの出演オファーだ!!」
「えっ! Nステってあの? タミさんのですか?」
「そ、そりゃ私達、結構有名になったけど、えっ、ほ、本当!?」
「お、おぉぉ……!」
あの番組はその時々の人気アーティストが選ばれます。
それは当然知っていて、その法則に当てはめれば、自分たちにもその資格があるということは理解していましたが、あの子供の頃から見ていた番組に自分が出れると聞いて、心が思わず興奮で浮ついてしまうのはどうしようもありませんでした。
「これから忙しくなるよー なにせリアルタイムの一発撮りだからね!」
この時の私は、浮ついた気持ちを抑えるのに必死です。
「とりあえずまだ本格的な打ち合わせもこれからだからね、山田チャンと喜多チャンはこれから出先でしょ? 大体の話は伊地知チャンと後藤チャンにしとくから! 後から聞いといてねー」
「プロデューサー、話なら私だけでもいいですよ」
「あー、それなんだけどさ……」
虹夏ちゃんにそう言われて、確かにその通りではあるのですが、私は焦りに押し出されるように声をあげました。
「い、いえ、私も出ます」
「おっ、そうかい? ならいいんだ」
この手の話は大抵虹夏ちゃんが話を受けて、各メンバー間の調整をするというのが、今の結束バンドの形です。
なので私がそれに顔を出したところで何ができる訳ではないのですが、それでも皆それぞれの役割をこなす中で、自分だけが何もしないというのは気まずいもので、私はそんな後ろ向きなやる気を出していました。
「まずステージの設備デザインの方向性だけ話来てるからさ、とりあえず向こうの提案のままでいいかな?」
「はい、いいと思います。じゃあこの日の打ち合わせはそのまま衣装も決める感じなんですね」
「うん、具体的な台本は結構直前になるからさ、とりあえずこの日は皆の時間空けとくから、忘れないでみんなで来てね」
リョウ先輩と喜多ちゃんが別の仕事に行き、実際に虹夏ちゃんとプロデューサーさんが、今後どう動くか、向こうの人がいつ何の打ち合わせに来るかの日程を話し合っている虹夏ちゃん、私はその横顔をチラリと覗きます。
「衣装の要望は、ステージに沿った形でみんなに聞いてみますから、早めに連絡させてもらいますね」
「オッケー! 頼むよ伊地知チャン」
おっ、大人だ……!
虹夏ちゃんはしっかりとしてる。
……なんて、そんなの昔から知っていましたが、今の虹夏ちゃんはそれでもどこか大人びてしまったように私は感じてしまいます。
堂々としてて、テキパキと言われたこと以上のことに気を回して……、私の面倒も見てくれて……
そんな風に考えると、今になって、みんなに守られている私を自覚し、首の後ろがチリチリとするような焦燥感が湧いてきます。
「いやー、とうとうここまで来たね、これでようやく君達にも出てきたんじゃないかな? 有名人の自覚って奴がさ!」
「あはは、でも夢はドームですから、まだまだですよ、人気なんて水物ですから」
「おっ、謙虚だねぇ~! そういう気持ちは大事だ。人気絶頂でスキャンダルなんてやめてくれよ! 例えば事務所に隠れて飲酒やタバコとか! ……SNSで炎上なんてのもよくあるだろ?」
「いま、皆やるべきことをしてるんでそんな暇ないですよ」
「隠し事……、本当にないよね?」
「それはもちろん……」
「例えばこの事務所以外で音楽活動してるとか……」
「えぇ、はい、後ろ暗いことは何も、その音楽活動という考え方は定義によりますけど」
あれ、なぜか少し場の空気が変だと感じて私は困惑します。
「うーん、僕としては一応活動してた前歴があるなら、契約の時に言うのが筋だと思うけどね」
「いいえ、プライベートな趣味のことを言う必要はないですよね」
「例えばだけどさ、その行為で収入が発生してたら、一応うちに報告義務があると思うんだけど、税金とかこっちでも計算してる訳なんだからさぁ……、そこらへん……」
「金銭関係の申告はこっちでしてました。副業に関する条件は、ストレイビートさんからここに来た時に書いてあります」
し、しんこく? たしか虹夏ちゃんがたくさん書類を持ってきて、いろいろ書けと言われてハンコと名前を書いた記憶があるけど……、
今思えばあれは何だったんだろう、そのことを虹夏ちゃんに書いた後に聞いたら、呆れた顔で“何か書類を書くように言われても絶対に自分が居ないときに書かないように”と虹夏ちゃんに念押しされた記憶しかありません……
「ふ、ふふ、どうだったかな?」
「はい、プロデューサーさん、結束バンドの名義は事務所の物ですが、それ以外の活動は私達がそれぞれ権利を持っていることは書類に明確に記載されてますから確認してきてもいいですよ」
話を追おうと必死に聞くが、難しい話について行けない
ただ、今のこの二人、笑顔で話しているはずなのになぜかピンと張り詰めた空気、その理由が分からない私は何もできずに縮こまることしかできません
「なぁ、後藤チャンは……」
「プロデューサー」
私の方にかけられた声を虹夏ちゃんが遮ります。
優しい虹夏ちゃんのこんなにも鋭い声を聞いたことがなかった私は、思わずビクリと震えてしまいます。
「事務所の皆さんにとって、私たちは若すぎですよね、迷惑かけて、しかも頼ってばかりです」
まっすぐな、相手の真芯に打ち込むような声で、虹夏ちゃんは一言一言を話します。
「でも、みんな真摯に各々ができることをしています」
この時、私は虹夏ちゃんを見て、あぁ、虹夏ちゃんは大人びてるんじゃなくて、もう立派な大人なんだと、私は心にストンと納得してしまいました。
「だから、プロデューサーさんには、せめて誠実に私たちと接してほしいです。学生が何を生意気なと思われようとも、その信頼関係がなければきっと何もできません」
プロデューサーさんの目がいつもの笑った口元ではなく、何か考え込むような思案顔を見せます。
「驚いたな……、若人の成長は……、いや止めよう、うん、君の言う通りだ。僕はどこかで君たちを子ども扱いしてたきらいがあったかもしれない」
プロデューサーさんは今まで見たことのない真面目な顔で頭を下げました。
「謝罪する。これからは君たちをちゃんと一人の大人として接しよう。約束するよ」
「こちらこそ、失礼な態度をとってすみませんでした」
虹夏ちゃんはすごい
きっと、このすごさは、私がどんなに努力し求めようと一生得られない類のモノだということを理解しながら
そんな光景を私は遠くからぼんやりと眺めていました。
「い、いよいよライブだね……」
虹夏ちゃんの不安そうな声に私は我に返る。
「結局台風は直撃……、客入りも良くない……」
「ま、まだライブまで時間がありますし、これから人も入ってきますよ!」
喜多ちゃんの明るい声も、今は寒々しい
この4人でちゃんとした箱で行う初ライブ、そう、思えば私たちの初ライブはこういう重苦しいプレッシャーの中で行われたモノだったと振り返る。
「こ、こんな天気だからこそ! も、盛り上げていきましょう、雨の日でも、その……、り、リラックスできて良いじゃないですか……!」
このままではまずいと思った私は上ずった声で何とかみんなを元気づけようと声をあげた。
「ぼっちがポジティブな言葉をひねり出そうとしている……!」
「ひ、ひとりちゃんにそこまで言わせるなんて……、私は自分が情けないわ……!」
「そうだよみんな! ぼっちちゃんにこんなことを言わせるなんて!」
すこしは力になれただろうか……
いやでも、これ、狙った方向の元気の出し方じゃないような気がする……
「でもぼっち、雨と言っても暴風雨でリラックスは違くない……?」
「えっ、あの、でも、外の天気が悪いと安心しませんか? ……あぁ、こんな天気が悪いなら部屋で籠っていても、誰に後ろ指をさされなくてもいいんだ……、みたいな……」
「だれもそんなこと思わないんじゃ……?」
「えっ……?」
「とにかく! ぼっちちゃんの言う通り、もうお客さんは来てるんだし、みんなで気合を入れて行こう!」
「そうですよ! 気合い出しましょう!」
「気合を出したり入れたり、忙しいな私達……」
みんなの声が明るくなって、私は少しホッとしたと同時に、入り口から冷たい風が吹き込む
「ひゃーすごいあめぇ!」
へべけれな声を出しながら人影が倒れ込むように駆け込んできた。
「ぼっちちゃーん、きたよ~!」
こんな天気の中、始めに来てくれたお姉さん、そして続いてすぐに私のファンだといってくれる1号さんと2号さんの二人もお店に来てくれた。
「すごい濡れたねー」
「あっひとりちゃん!」
そう、こんな時でも、私たちの音楽をききに来てくれる人達はいる。
その期待に答えたい
……でも、いまの私に昔の初ライブのように皆をリードするギターができるのだろうか
今回のライブは、私だけがただ器用に弾くだけではダメなのだ。
この悪天候でわざわざ来てくれたライブのお客さんは筋金入りのライブフリークスか、特定バンドの熱心なファン
このアウェーな状況で委縮しているみんながやる演奏では、耳の肥えた人達の心は動かせないし、私たちのファンじゃない人なら始めから耳すら傾けてくれないだろう。
だから、いつかの私のようにリード―ギターとして、みんなを支えていかなければいけないだろう、……本来ならば
……しかし今回それは出来ない
昔はただ、がむしゃらにギターをかき鳴らしていたが、あんな演奏を今私がやれば、きっと歯止めはきかない、みんなの演奏を楽しんでしまう確信がある。
そうなってしまえば私はきっと、この世界にはいられないだろう
「うぅ……」
いったい私はどうしたら……
私程度の頭じゃ、都合のいい解決方法なんて見つからず、ただ時間だけが過ぎていく
「じゃあみんな! そろそろ向かおうか」
虹夏ちゃんの一言で、皆は控室の方へ向かっていく中、考えこんでいた私だけがのろのろと歩いたせいで遅れていった。
「おぉーい、テンパってんね! ぼっちちゃん」
その時、突然の衝撃と共に、後ろからお姉さんの腕が回される。
「えへへへ~、どうしようもないことをどうにかするしかないって感じの顔だね~」
お酒臭い息を当てながらしだれかかるお姉さんの重みを何とか耐えきります。
「え~、またなんか考え込んでんのー? 自分がどうにかしようって感じぃ、アハハハ、気負いすぎだってぼっちちゃん! もっと適当に行こうぜ~!」
「結束バンドの良さを……、私が……、私がうまく合わせて伝えないと……」
「へぇ……? 」
顔を横に向けると、お姉さんは更に私の顔に口を寄せて、周りに聞こえない程度の声量で囁いてくる。
「ふふふ、いいんだよ別にぃ合わせなくても、勝手にやってもうまいこと周りがやってくれるでしょ」
「で、でも、みんな緊張してて、このままじゃ……、まとまらない……、けど、い、今の私じゃ……」
「く、ふふ、周りを伺って合わせちゃだめでしょ、そう言うのが上手いバンドもあるけどさぁ……、ぼっちちゃんなら出来ちゃうんじゃない? 」
「えっ……?」
私に無理やり覗き込ませるようにお姉さんの目が私の眼前で開かれる。
「全部ねじ伏せて、従えてまとめちゃえばいいじゃん」
それは、でも、きっと、それで結束バンドの音楽は……、それをやって私は……
頭の中でグルグル回りながら、まとまらない言葉たちが浮かんでは消えていく
「前の路上ライブの時にやろうとしたじゃん? なんか楽しむの怖がってるみたいだけど別に良くない? 鬱憤晴らしだと思えばさ」
鏡写しのように重なるお姉さんの目線から逃れられずに吸い込まれそうになる。
「そういうぼっちちゃんもみてみたいけどなー」
自分の悩みを知ってか知らずか、言い当てられたことに動揺しながらも動けなくなる。
「こら! お前くっ付くな! ぼっちちゃんに酒の匂いが移るだろ!」
私がはっとすると、お姉さんの重みは私の肩から、潰れたカエルのような声とともに消え去った。
「ぐえッ」
「絡むな、ぼっちちゃんがお前から悪影響を受けたらどうする。ぼっちちゃんもこんな奴に優しくする必要はないぞ」
立ちつくす私に店長さんは目を向けると、はやくみんなと合流するように促され、同時に控室の方から虹夏ちゃんの声がした。
「ぼっちちゃん? どうしたの?」
「虹夏、はやくぼっちちゃん連れてけ、私はコイツに話がある」
「なんでぇ~!? せんぱーい、私今日はただの客ですよ~?」
「うるせぇ! 良いからお前はこっちにこい!」
引きずられていくお姉さんをよそに、虹夏ちゃんは私の手を引く
「ほらほら、ぼっちちゃん、みんな待ってるよ!」
「は、はい……」
みんなの元へと向かいながら、私の頭にはお姉さんの言葉がまだ反響していた。
時は経ちライブ直前
結局あれから客足は増えず、目で追えばすぐに数えられる程度の人数のまま。
「よーし、そろそろ出番だね、みんなライブがんばるぞー!」
虹夏ちゃんの鼓舞でも、やはりみんなの緊張は抜けない、心なしか虹夏ちゃんの調子も落ち着かないみたいだ。
「一番目の結束バンドって知ってる?」
「しらなーい、興味ない」
「見とくのタルいね」
舞台袖から顔をのぞかせればそんな心無い声も聞こえてしまう。
ステージに上がって、それぞれの位置について準備するが、目の前の観客たちに熱はない
スマホをいじる人も多いし、時計やセトリで自分の目当てのバンドの出演時間を確認する人もいる。
私達、結束バンドは一番目、いわゆるハナと言われる順番。
ライブには出演順があり、それはライブハウスの店長が決めるものだ。
実力、人気、演出、出演者の希望、いろいろな要素が絡むが、つまるところ盛り上がるかどうかが問題であり、そう考えた時、それぞれの順番に対してある一定のイメージというものがある。
最後のトリは実力や経験のある人気バンドで盛り上がったままライブをしめる。
真ん中は中だるみさせない中堅がライブの熱を冷まさせない
そして私達の一番目、いわゆるハナは掴みが肝心と実力者を置いたり、一番目で緊張しないそれなりの経験を持つバンドが置かれる場合があるが、今回の場合はちがうだろう。
「ど、どうもー、結束バンドです!」
いわゆる前座……、というのは穿った見方だが、若手や経験の浅いバンドに経験を積ませるためのトップバッターという位置づけが、今の結束バンドの評価ということだ。
「本日は足元の悪い中お越しいただき誠にありがとうございます!」
「あっははー……、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ~……」
喜多ちゃんの挨拶に対する反応は薄い
「じゃあ喜多ちゃん! 早速一曲目いこう!」
観客の反応に身を少し縮こませる喜多ちゃんの背中を見て、すぐに虹夏ちゃんは当初のトークを切り上げた。
1曲目はギターと孤独と蒼い惑星
プレッシャーに晒されたみんなの演奏は、明らかに精彩を欠いていた。
虹夏ちゃんのいつものブレのないドラムが今日はもたついている。
喜多ちゃんもリハじゃ何時も出来ていた伸びのある声が出てない。
リョウさんもいつもはピッタリな虹夏ちゃんとの息が合ってない。
私も皆のフォローに回ろうとしても、そのズレがさらに曲全体の歪みとなる。
特に虹夏ちゃんとリョウさんのリズム帯が合わないのが致命的だ。そのせいで、喜多ちゃんもリズムが取れず、さらに周りに合わせる余裕がなくなって歌と演奏が安定しなくなるので、どんどん曲の纏まりが失われていく。
何とかみんなをまとめないと、そう思いながら鳴らす私のギターは空回りしていた。
ふと、目線をあげれば、観客の一人がライブハウスから出ていこうと出口の階段を上っている姿が見える。
悔しさが滲む
もしも、私が全力でみんなと一緒にギターが弾けたのなら……、私達結束バンドの本当の実力を見せられるのに……!
みんなをまとめる。
そんなことを考えている自分に対して自嘲する。
小さくまとまるのは私達のやり方じゃない、なのに必死にそんな小手先で何とかしようとしている自分が滑稽だった。
頭の中に先ほどのお姉さんの言葉が繰り返し響いて離れない。
「ギ、ギターと孤独と蒼い星でした!」
1曲目が終わる。
まだ私達は駆け出しのロックバンド、認知もされてなければこんなもので当たり前だ。
だから、本当はこんなことを思うなんて、傲慢もいいところで、勘違いも甚だしいのは分かる。
スマホに向ける目、聞き流してる耳、こちらに興味ないと冷めた観客のそぞろな態度……
「やっぱ全然パッとしないわ」
「早く来るんじゃなかったねー」
そんな態度に怒りが湧いて手が勝手に動いた。
「えっ」
メンバーの誰かの驚いた声を無視して、私はギターを勝手にならした。
自分の感情をガソリンにしてそのまま心にぶちこむ。
私の中にある鬱憤の爆発で回るエンジンで指がどんどん加速していく
これは傍から見れば暴走でしかないだろう。
皆の方は見ない
ギターソロを弾きながら、照明さんとPAさんのブースの方だけ目を向け、私の要求に答えろと睨んだ。
そのまま演奏を曲の頭に繋げれば、私の独断のせいで、少しもたついたが演奏は始まった。
演奏を楽しまないでやる音楽で、人の心が動かせるか
そんな音を楽しまない音楽で人を熱狂させられるのか
一人ぼっちの八つ当たりが人の心を打つなどあるのか
その答えを私は知っている。
私は答えを出してしまった。
どうだ、まだ退屈か?
これでも私を無視できるか?
周りは見ない、合わせるということを止めて、ただ自分の音を叩きつける。
気付けば既に最後の演奏は終わり、私は肩を上下させていた。
汗を吹き出しながら私は一瞬だけ観客席を見下ろす。
「すごっ……」
「……あの、名前なんだっけ……?」
「えっ、あっ? なに?」
「だから名前……」
「け、結束バンド……」
「いや、そっちじゃなくギターの娘……」
観客は皆、ピントの外れた目線でステージにいる私の方を見上げていた。
私は俯いた目線で皆の様子を伺う。
そこには、観客と同じような目で私を見るみんながいた。
きゅうと、心臓が縮む、私は吐き気をこらえたままステージ袖へと駆け込んだ。
「お゛えぇぇ……!」
耐え切れないまま嘔吐する。
次の出番のため、待機していた他のバンドが驚いているが、それでも止まらない。
戻ってきた虹夏ちゃん達が私に駆け寄ってくる。
「すごかったよぼっちちゃん!」
ライブが終わった後、介抱を受けながら、みんなが私を褒める。
でも、私は皆と目も合わせられなかった。
私はまた同じ間違いを犯したのだ。
バンドマンといえばライブ後の打ち上げ、私達は店長さんが主催してくれた飲み会に参加していた。
「ライブよく頑張った! 今日は私のおごりだから飲め」
思えば結束バンドはあまり打ち上げに積極的じゃないバンドだった。
いや、未成年だったのだから当たり前ではあるのだが、誘いは結構あったのを覚えている。
誘われた当時はわざわざ集まりに誘ってくれるなんて、みんないい人だなぁとしか考えていなかったのが、私の世間慣れのなさの証左だろう
全体で誘われた時は虹夏ちゃんが参加するしないを見極めてすっぱりと断っていたし、個人で誘われても喜多ちゃんが間に入ってくれた記憶がある。
「ぼっちちゃんも今日はすごく頑張ったな」
「はっ、はい……」
しかし、スターリーのライブではそんなことは一切なかったことを考えると、きっと店長さんが私達を守ってくれていたのだろうと、本当に今さらになって気づいた。
「店長さん……、いつも私たちを見てくれてありがとうございます」
「お、おう、ぼっちちゃんは大活躍したから、もっと好きなのを頼んでいいからな……!」
「え~、せんぱいさすが~ じゃあ私ビールおかわり~!」
「お前にゃ言ってねぇよ!!」
みんなでする打ち上げは楽しい、でも、のどに刺さった小骨のように、私はどうしても小さな違和感を覚えずにはいられなかった。
「ちょっとトイレに行ってきます……」
盛り上がっている打ち上げの最中、私はなるべく目立たないようにその場を後にした。
店の表に出て、静かに携帯を取り出し、今日は疲れたので帰りますとメッセージに打ち込み、送信しようとする。
「ぼっちちゃん」
だけど、その前に背後から声をかけられる。
「ひとりで外に出てどうしたの?」
「あっ、あ……、その、き、今日は色んな人ごみに居たせいで、疲れちゃって、その……」
私は振り向かずに言い訳をまくし立てる。
虹夏ちゃんの顔を今は見れなかった。
「ぼっちちゃん……、今日はありがとね、また私たちを助けてくれて」
「……いえ、私が勝手に暴走しただけです。ごめんなさい……」
「……あのさ、ぼっちちゃんがギターヒーローなんでしょ?」
その一言にビクリと肩を震わせる。
きっといつか虹夏ちゃんにはバレてしまうだろうとは思っていたが、それでもできるものなら知られたくはなかった。
「ごめん……、なんとなくだけど、ぼっちちゃんはそのこと知られたく無かったのかな」
「……」
「でもね、どうしても……」
「……方が良かったんです」
「え?」
「ギターヒーローなんていない方が良かったんです」
私はゆっくりと振り返り、虹夏ちゃんの目を見て、理解してもらえるように声をかけた。
「虹夏ちゃん、ギターヒーローになんて憧れる価値ないですよ。何がヒーローだって感じです。むしろ怪物ですよ、あんな承認欲求モンスター」
こんなことを今言っても分からないだろう、でも、吐き出さずにはいられなかった。
「認められたい、尊敬されたい、なのに周りを信じない、きっとギターヒーローはそういう奴です」
一度声をあげれば、続きの言葉は普段の口下手な自分とは思えないほどスルスルと出てくる。
語勢が強まっているうちに、いつの間にか私は俯いていた。
「空っぽなんですよ、しかも底が抜けてるせいで何時までも満たされない、ヒーロー? 本当に大切なモノを守れないのによくそんな……!」
「ぼっちちゃん」
虹夏ちゃんの手が私の体に触れていた。
「えっと……、ごめんね、怒らせちゃったかな」
「あっ……、ち、ちがくて……」
私は何を言っているのだろうか、こんな意味の分からない罵倒、困惑させるだけに決まっているのに……
「でもね、私はぼっちちゃんにどうしてもお礼が言いたかったんだ」
しかし、私の唐突な言葉に、虹夏ちゃんは気にしたそぶりも見せずほほ笑む
「実は私の夢はね、スターリーをもっと有名にすること、そのために有名なバンドになることなんだ」
知っている。店長さんがバンドを止めてこのスターリーを作った本当の理由は虹夏ちゃんのためだった。
だからこそ、そんな大事な店長さんのライブハウスのために、有名バンドになりたいというのが虹夏ちゃんの夢だ。
「でも、実際にやってみれば、問題ばっかでさ、そんな“もう無理だー”って時にいつも助けてくれてきたのがぼっちちゃんなんだよ」
「それは……、違くて」
「私はね、ぼっちちゃんが自分をどう思おうと、私にとってはぼっちちゃんは確かにヒーローだったよ」
「それは私の身勝手がそうみえるだけなんです……」
俯く私に虹夏ちゃんは困ったように笑い、“でもね……” そう言って言葉をつづけた。
「リョウは今度こそ自分の音楽をやること、喜多ちゃんは皆で何かすることに憧れてる」
「……」
「ぼっちちゃんは自分を身勝手っていうけどさ、私を含めて、みんな好き勝手にこの結束バンドにたくしてるんだよ」
優しい声色、未来を信じているのだろう、突き進むエネルギーが迸っている。
「ねぇ、ぼっちちゃんは今、なんでバンドをしてるの」
「………ギタリストとして、皆さんの大事な結束バンドを最高のバンドにしたいからです」
私はいつかのあの日と同じような夢を騙った。
私の一言に虚を突かれたように、虹夏ちゃんは私の顔をまじまじと見たまま固まってしまう。
「えっうん……、あ、ありがとう、わ、私ね! 思うんだよ、ぼっちちゃんがいたら夢をかなえられるって!」
それは違うよ虹夏ちゃん……
「だからこれからもたくさん見せてね」
本当は逆なんだ
「ぼっちちゃんのロック! ぼっちざろっくを!」
私のせいで夢は叶わなかったんだ。
あの輝かしい夢にはもう戻れない
ライブハウス“STARRY”
そこそこ地域に根付いた老舗と言われはじめた店舗、基本的にはある程度のレベルのバンドまで絞るハイレベルなライブが売りではあるが、店主の方針で、例え技術が未熟でも光るものがあれば即興の高校生バンドだろうとステージにあげる柔軟さによる常にフレッシュな空気感がこのライブハウスの特色といえるだろう。
そんな色とりどりの光と音を受ける場所で、それがまるで子守歌かのように、船を漕ぐ女がいた。
「おい虹夏、大丈夫か?」
「う、うぅん……、うわ、私寝てた?」
「あぁ」
「寝言言ってたり?」
「唸り声が聞こえそうなほど難しい顔してたぜ、ほら写真」
「うっ……、撮らないでよ」
「仕事で疲れてんだから、こっちの手伝いなんかしないで上で寝てろ、お前はいろいろ手を広げすぎなんだよ」
しかし、この音と光のなかで寝入る自分に呆れながらも、彼女は何故仕事の合間にここに来たのかを思い出す。
「うーん、でも私、ちょっと気になるバンドあるから、それ見たら戻るよ」
「お前がねじ込んだ奴らか? ったく、見たらすぐ戻れよ」
彼女は生返事を返しながら、ライブの出演者を楽しそうに眺める。
その様子を見ていた店主は呆れのため息をつくとバックヤードに消えていった。
結局彼女は姉の忠告を見事に破り、最後まで見たうえで、出演者にねぎらいの声をかけていく
「うっ、は、初ライブ、緊張しすぎて全然上手くいかなかったです……、喉が開いてる気がしない」
「あー、空気にのまれた。もう自分さえ正しければいいやって弾いてた!」
「というかライブの時ライブハウスが暗すぎだよー……って あっ! 虹夏さん!今日は私たちをライブに出してもらってありがとうございます!」
「せっかくチャンスをもらったのにすごいミスった……」
そんな中で彼女は自分が口利きをしてステージにあげた学生バンドへ近づいた。
「気にしないで、ガッツは伝わったよ、それに初ライブがボロボロだなんて通過儀礼みたいなもんだからね!」
ガールズバンド、ギターとボーカルとベースとドラム、人数は同じだが微妙に配役の違う、そのバンド達を、彼女は透かすように目を細めて眺めた。
きっとこれは代償行為なのだろう。
彼女は自分の冷静な部分でそう自己分析をする。
「でもやっぱり虹夏さんレベルのバンドでも初ライブはそうだったんですか? 私なんてライブ中暗すぎて、手元の弦、全然見えなかったですよ~」
「うーん、私のバンドのギタリストはそこにはつまずかなかったかな?」
「えぇ……すごいなぁ」
「その子はもともと薄暗い所で良く練習してたから……、押し入れとか」
「な! なるほど!!」
「いや、言ってみたけど、あんまり参考にしない方がいいかも」
こうして、ライブハウスに顔を見せて将来有望な後進の育成に熱心な自分でいるのも
「あっ伊地知さん! 先日はサポートドラム助かりました!」
「ホントほんと! スタジオで合わせるのにドラムがいないと練習にならないんで助かりましたよ!」
「いいよいいよー、私もやっぱり人と合わせて叩かないと腕がにぶっちゃうからお互い様だし」
「いやもう本当にやりやすくて、ウチのドラムの代わりに伊地知さんが入ってくれればいいと思ったわ」
「おい拗ねるぞ、……まぁ伊地知さんのドラムでやれるバンドはマジでやり易いだろうな」
「コラコラ、仲間のドラマーを大切にしなきゃダメでしょ、……まぁ私は趣味人みたいなものだから、じゃっ! 私はこれで失礼させてもらうね」
サポートドラムをかって出て、腕がなまらないようにするのも
「おつかれー、今日も良かったよー」
「あざっーす!!! おつかれしゃっす!」
「……すげーよな伊地知さん、あの年でレーベルの社長だろ、本人は零細っていってたけど、結構儲かってるらしいぜ」
「ネットの活動が中心の奴らが多いらしいが、普通にこのスターリーでスカウトされたバンドも何組かいるらしいな」
「はぁーまじで憧れるぜ」
「無理無理、高根の花だよ虹夏さんは、相手は元メジャーでレーベルの社長だぞ、しかも公認会計士……!」
「あぁ? 公認会計士? 社長ともなるとやっぱそういう資格もいるのかねぇ……」
「……おまえさ、その肩書のすごさ分かってねぇのか……?」
「はははは おまえ俺と同じ大学なんだから俺が商業高校出の落ちこぼれだって知ってんだろ」
「商業高校なら、なお知らない方がおかしいんだがな……、医師と弁護士レベルの資格だぞ、日商簿記程度でひーひー言ってる俺達には一生届かないぐらい頭もいいんだよあの人は」
もう二度と戻らない誰かを待つために事務所を立ち上げてみたのも……
彼女は自室のベッドには戻らず、ひとり空っぽなスタジオでひたすらにリズムを刻む。
メトロノームに合わせてたった一人、揺るがないリズムを叩きながら、彼女は何度考えたか分からない後悔を想う。
そう、自分こそがしっかりとしていなければダメだった。
あの中で、最も音楽の才能のない自分こそがやらねばいけない事を……、皆に任せられていたことが出来なかった。
そこまで考えて、彼女は後ろに人の気配があるのに気づく。
「なぁ、虹夏……」
「えっ、なに? ゴメン、ちょっと今、練習中なんだよね、最近どうしても時間作れなくて」
「ちょっと休まないか?」
「ううん、そんな暇とか無いからさ!」
「……なぁ、もう、いいんじゃないか?」
「……」
会話は途切れようともドラムを叩く音は止まらない。
彼女は行動し続ける。
何か良いこと、何か、こんな今をきっとよりマシにしてくれるなにかを常に探し続ける。
それは前向きな行動に見えて、全くの逆
きっと彼女は何かしていなければ押しつぶされてしまうから止まれない。
楽になるのは簡単だ。
諦めて認めればいい。
夢は破れた。もう叶わない、そう認めれば彼女は解放される。
「これは、私が始めた夢だから……」
だが、例えその可能性が全くのゼロだとしても、皆がもう折り合いをつけたとしても
「私が、私だけは諦めることは許さないよ」
自分だけはそれに手を伸ばし続ける義務がある。
一瞬だけ、そう血を吐くような声を彼女は俯いて絞り出した。
「虹夏……」
「大丈夫! 好きでやってることだから!」
顔をあげた時は、もう、いつもと一切変わらない笑顔だった。
あの頃から一切変わらず、変えようとしない笑顔
それを痛ましく思いながらも、その顔を見れば何も言えなくなってしまう彼女の姉は、ただ口をつぐんだ。